目次
1章 現代に巣くう忍たち
1 東大生、藤林悠輔
2 警視庁幹部、相馬泰
3 侵入者
2章 休日の忍たち
1 そして、平凡な一日が始まる
2 女子大生、進藤早紀
3 渋谷の通り魔
3章 足跡を残した忍たち
1 事件現場
2 警察官、上月静夜
3 容疑者、田上明央
4章 取調室の忍たち
1 テレビ記者、叶陽一郎
2 激突-伊賀と甲賀
3 静夜の罠
4 追跡者たち
5章 オモテの忍たち
1 お笑い芸人、風間英太
2 メイド、仁科ともえ
3 JAあおもり職員、応野邦彦
6章 ウラの忍たち
1 風魔の英太
2 戸隠のともえ
3 応変の邦彦
7章 アキバの忍たち
1 ともえと悠輔
2 帰り道
8章 学園祭の忍たち
1 東都大学若葉祭
2 舞台袖
3 トーキョーハンター
4 同業者
5 最強
9章 嵐の前の忍たち
1 ともえと早紀
2 ツイてるともえ
3 ツイてない悠輔
4 邪魔者
5 嵐が来る
10章 相見える忍たち
1 知らなくていい真実
2 悪い夢
3 百地悠輔という男
4 集いし5つの流派
5 赤い瞳の一族
6 ともえの提案
7 激突する赤と青
8 別れなさい
11章 動き出す忍たち
1 六本木のオフィス
2 戸隠の女王
3 忍者王
4 アキバのアイドル劇場
5 同盟
12章 恋煩いの忍たち
1 恋人は忍者
2 最後のデート
3 守ってみせる
13章 集結する忍たち
1 警視庁のメッセンジャー
2 集結した忍たち
3 悠輔の企み

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1 風魔の英太

「……はぁ」


 初めてのゴールデンの地となるはずだった新東京テレビの岐路、英太は電車のシートに座り深いため息をついた。


「ものも見事に……すべったな」


「……そうだね」


 相方マサシは言葉少なにそういうと手に持った携帯ゲーム機の方を集中させた


 何のゲームだかわからないが、きっとRPGのレベル上げだろう。先ほどから同じ動きしかしていない気がした


「しかし、なんでだろうな……前のコンビ俺たちよりすべってたはずだぜ? なのにあいつらはオンエアに乗るなんて──なんか理不尽だよな」


「うん……」


「ここまで来たらプロデューサーの好みとしか言えないな。爆笑エンターティナーって某プロデューサーのお気に入りじゃないとオンエアされないって噂だし──」


「へー、そうなんだ……」


「俺たちの前に出てきたコンビ──なんていう奴らだったっけ?」


「ピクシーズじゃなかった?」


「そうそう、いい大人の男が妖精コントしだすから、痛いのなんのって──」


「……」


 ゲームに没頭して沈黙するマサシを英太は苦々しく睨み付けた


「お前、よくこんな気分でゲームしてられるな」


「うん、嫌なこと忘れるから」


「そういう問題か? オレにはお前の神経がわからん」


 そういうと英太は腕組みを組んで窓の外を見た。


 もう日はどっぷりと暮れていた。


「ところで、エータ」


マサシはDSのボタンを押す手を止めずに一言言った。


「……なんだよ」


「今年も学園祭のオファーの頃だよね」


「ああ、そうだな」


 かったるい──英太はそう言いたげに深いため息をついた


 お笑い好きが集まるライブハウスとはちがい、大学生しかいない学園祭の水はどうもトーキョーハンターの肌に合わない気がしていたのだ。


「なんかさー今年、うちの事務所すごい大学担当になったらしいお」


「すごい? まさか東都大学とか言うなよ──」


「ピンポン! すごいじゃんエータ。大正解だお!」


「……マジで?」


 その一言に英太はくるっとマサシの方を振り向いた。


「どうするー? 東都大学なんてインテリだらけで絶対においらたち受けないよー」


「お前、そんなことでびびってるの?」


「だって、あんな中でおいらたちのネタやったら公開処刑みたいなもんだお……」


「バカだなあ……お前」


 そういうと英太は携帯ゲーム機に夢中のマサの目をじっと見るように言った。


「受けるか受けないかやってみなきゃわかんないだろ? たとえお笑いとか知らないエリート大学生でももしかしたら──受けるかもしれないぞ」


 その一言にマサシは初めて携帯ゲーム機から手を離し英太の顔を見た


「あれ?エータ……心変わりしたの?」


「何が?」


「だって、大学生に俺たちのネタは受けないって言ってたのおまいじゃん……」


「ああ……そのことね」


そう言うと英太は不敵な笑顔を浮かべた。


「そんな選り好みしてたら俺たちってビッグになれないような──そんな気がしてさ」


「それはそうだけど……」


「それにあの天下の東大生を笑わせてみろ、それだけでも俺たちに箔がつくんじゃね? これってチャンスだと思わない?」


「うーん」


 その言葉にマサシはしばしの間うなったが、すぐに頭を縦にふった。


「そうだお! エータの言うとおりだお!」


「だろ?」


「よーし、こうなったら東大生を爆笑させるネタ考えるっきゃないでそ! エータこれからおいらのうちに──」


「それはパス」


 英太その一言にマサは呆然とした顔をした。


「……なじぇ」


「だって俺──今日これから人に会う約束あるからな」


「これから──? エータって彼女いたっけな……」


「じゃ、俺はこの辺で……」


 そう言うと英太は座席を立ち電車のドアのほうへと歩いていった。


 マサシははっとした、話し込んでいて気づかなかったが英太が電車を乗り換えるターミナル駅に近づいていたのだ。


「エータ。明日は空いてるよな?」


「さあなあ……俺のバイト次第──だな」


「バイトねえ……」


──あれ、ところでエータって何のバイトしてるんだっけ? 


 その言葉を聞いてマサはふとそう思ったが、聞き返そうとしたときにはもう英太は電車を降りてしまっていた。


 何故だろう──電車を降りてホームに向かうエータはマサの知ってる彼とはどこか違うような気がした。

 




 摩天楼の底の底、世間の喧騒から離れたビルの谷間を彼は冷めた目で見下ろしていた。


 ビルの屋上の縁にちょこんと腰をかけ、まるで何かを待ちわびているかのようにその下を見つめ続けていた。


 風間英太は普段絶対に着ることのない黒のタンクトップを着ていた。


 そして、その右腕に彫られているのは摩利支天の刺青──風魔忍者の旗印だった。


「何の用だよ? 理沙」


 英太は後ろを振り向くことなく背後から迫る女の影を一言静止させた。


 彼女の腕にも摩利支天の刺青が彫られていた。


「いいえ、別に」


 理沙と呼ばれた女は英太よりも若干年上に見えたが、彼女は彼に一言一礼し敬意を払った


「今日はえらくお早い登場と思ったのよ」


「夜が暇になった。ただそれだけ」


「ふーん。またオーディションにスベったのね」


 その一言に英太は初めて表情を曇らせ理沙のほうをにらみつけた。


「……うるさい!」


「その様子を見ると図星のようね」


 そう言うと理沙は英太の横に立つと淡々とした表情で語りだした。


「ねえ、あなたいつまで売れない芸人やるつもりなの?」


「それは、俺が納得するまで……」


「あなた、自分の立場わかってるの? あなたは風魔流に残された唯一の継承者なのよ! それなのに忍ぶ世界とは正反対の芸能界めざすなんて……どうかしてるし!」


 その言葉を聞いて英太はうんざりした表情を浮かべた


「あーあ、また理沙の説教が始まった」


「説教じゃないの! 私はあなたのいるべき場所に戻れって言ってるの!」


「その話はもうやめよう」


 そう言うと英太はビルの縁にゆっくりと立ち上がった


「俺は風魔を継ぐ前に小さい頃の夢を叶えたかっただけ! それだけだよ」


「でも……さ」


「それに俺ちゃんと任務もそつなくこなしてるだろ! それでも文句あるのかよ!」


「………」


 その一言に理沙は反論する言葉を失い、悔しそうな表情をかみ締めた。


「わかったわ。好きにすればいいじゃない」


「言われなくてもそうするよ」


「でもね、これだけは覚えておきなさい!英太!」


 そう言うと理沙は険しい表情で英太をにらみつけた。


「もし他流派の連中が私たちを攻撃するような状況がこれから起きるかもしれない……そうなったら、あなた芸人をすっぱり辞めて私たちを率いて頂戴」


 それを聞いて英太は無邪気な高い笑い声をあげた。


「おいおい。理沙、それマジで言ってるの? こんな時代に忍者大戦みたいなことあるわけねえじゃん」


「……私は本気よ」


「本気かハッタリかは知らねぇけどさ、そうなったら超面白いよな!」


「は?」


 理沙は目を点にして英太を見た。彼はニヤニヤと不敵な笑みを浮かべながら期待に胸を躍らせているようだった


「だって、日本──いや世界で一番強い忍者がそれで決定されるんだろ? そんな状況、俺は燃えちゃうね。最強って言葉、すっげぇ魅力的!」


 その言葉を聞いて理沙は不思議そうな表情で英太を見た。


 どうしてこんなに忍者としての素質があるっていうのに、この子はお笑いの道など選んでしまったのだろう?


 いくらお笑いの道が夢だと言っても、彼には許されない道だとわかっているはずなのに……


 そう思うと理沙は英太のことがますますわからなくなり首を傾げるしかなかった。


「さて……と」


 英太は一言そういうとビルの下の様子を鋭い瞳で覗き込んだ。


 眼下には数人の人影がこちらの様子を先ほどからじろじろと伺っている。


「理沙、客が来たようだぜ」


「あら、本当」


「……なあ、今日は俺一人であいつら片付けていい?」


 英太のその問いに、理沙は一瞬首をかしげた。


「えらい張り切ってるわね」


「当たり前だろ。俺は今モチベーションが上がってるの!」


 そう言うと英太は懐から一本の短い棒を取り出した。


 それは英太の手に握られるといとも簡単に三倍の長さに変化し、そして彼はその棒を軽やかに回して見せた。


「まあ、見てろよ。あんな雑魚5分で片付けてやるよ」


英太は一言そういうと、何のためらいもなくビルの屋上から宙へと踏み切った。


そして暗黒漂う谷間の中心へと変形棒を構えて急落下していった。


ビルの谷間で待ち構える人影たちは、その異変にぎょっと空高く見上げた次の瞬間、英太は棒を振りかぶり激突する地面めがけて振りぬいた。


その瞬間、衝撃で地面はえぐり上がれ激しい衝撃波が彼らの身体を吹き飛ばしてしまった。


はらはらと宙に舞う土埃の中、くぼんだ地面の真ん中で英太は棒を構えて立ち尽くした。


目の前の敵は暗闇の中どこからともなく増えていく。


──そうだ、それでいいんだ。


英太はそれを見てにやりと笑みを浮かべ瞳を鋭く光らせた。


そして、無言のまま彼は好戦的に敵に棒を突きつけた次の瞬間、彼は地を蹴り敵に向かっていった。


2 戸隠のともえ

 そのころ──


 メイド喫茶のバイトをギリギリで切り上げた仁科ともえは久々に在校する大学を訪れていた


 冷泉大学──日本屈指のお嬢様学校と呼ばれる学校にともえは一応通っている


 一応と付けたのはメイド喫茶のバイトが忙しくてあまり熱心に大学に通ってはいないから。


 でも一応進学のために上京してきたのだから、行かないわけにはいかない場所──というべきなのだろうか


 構内でも一際目立つピンクのゴスロリファッションでともえは堂々と通学する


 屈指のお嬢様学校だからさすがにこんな格好をすると自分が浮きに浮きまくっているのは承知の上だ。


 だがこの格好をして目立つということはともえにとってかなり心地いいものだった。


 いくら白い目でみられようが陰口をたたかれようが、そんなのどうだっていい。


 お嬢様たちのファッション雑誌のコピーのような服装よりか自分の方がずっと健全だとともえは心の中でそう思っていた


「なんとか間に合ったわ」


今日こないと単位が危ないと脅された授業会場につくと、ともえは一言そうつぶやいた。


そして席にすわると、ピンクのフリフリレースのあしらったバックからルーズリーフを余裕の鼻歌まじりに取り出した。


今日、受ける授業はあまり人気がないのだろうか……講義室は若干寂しく生徒がぽつぽつ座っているだけだ。


まあ、あたしを脅しにかかる講師の担当の授業だ。面白いわけがない。


それに人が少ないほうが落ち着いて自分の世界に浸れる──


本当は今日はバイトや授業どころなんかではない。


アキバの量販店で見たあのニュースの中の彼のことを思い出すとともえは自然と胸がときめいた。


藤林悠輔──会いたい! でもどうやって彼の前に出ればいいのだろう。


あたしはあなたの元婚約者で今までずっとあなたのことを想って生きてきました──こんな本当のことをいきなり言ったらきっと引くに違いない。


それに──許婚とは言ってもともえと彼は一度も会い見えたことは一度もない。


もしかしたら、彼は自分のことなどとうの昔に忘れてしまっているかもしれない。


それでも、写真でしか見たことのない彼をともえはずっと愛していた。


伊賀と戸隠のお互いの事情で破綻となった婚約だけど、ただ一人ともえの中でだけそれはずっと生き続けていたのだ。


ともえが病んだようなため息をひとつ吐き出したその時、ひとがまばらでしんとした講義室ににぎやかな声が入ってきた。


それは3人組の女子学生。彼女たちは妙に盛り上がった状態でぺちゃくちゃとおしゃべりをしながらともえの前の席に座った。


「いいなあ~。早紀の彼氏……うらやましすぎるよー」


 その中の一人少しぽっちゃりとした茶髪女は講義室に響くような声でそう言った。


「ねえねえ、そんな男どこで知り合ったの?」


「んーとね……合コンだったかなあ?」


「うそぉー! あたし何回も合コン行ってるけど当たりなんて一度もないよ」


「そうそう、大体は下心ミエミエのスケベな男子ばっかなんだよねー」


 そう相槌を打ったのはひょろりと痩せた黒髪の女だった


「てかさあ、東都大学との合コンだなんてなんで私たちに誘わないのー? 私、早紀と親友だと思ったのにぃ~」


──東都大学?


 その単語を聞いてともえははっと顔を上げた


 最初はうるさいガールズトークだと興味のなかった3人組の話だったけど、それを聞いたとたんともえはそわそわと落ち着かなくなった。


「そう言われてもねえ」


 困ったようにそう答えたのは3人の中で最も容姿の整った女、進藤早紀だった。


「私も東都大学って聞いてさほど期待はしなかったのよ……」 


「そんなの嘘だぁ。東都大だなんて未来のサラブレッドの卵の宝庫じゃない」


 早紀のその言葉に連れの女子たちはブーブーと反論した。


それに対し早紀はあきれたような笑みを浮かべた。


「でもね本当なのよ。向こうのメンツも対したことなかったし、あなたたちの言うとおり下心ミエミエの男子ばっかりだったの。最初はね」


「最初?」


「でもね、会が始まって程なくして向こうの一人が急用で帰っちゃったの。そしたら席が開いちゃってさあ。多分東都大側の男子焦ったんじゃないかな? 急にトイレに篭って席を埋めるため友達に片っ端から電話したんじゃないかな?」


「それで来たのが──今の彼氏?」


「最初、彼が来たときさ……全然乗り気じゃなくて、むしろすっごい不機嫌そうで感じ悪かったわ。でもね、ルックスは私たちの中で一番人気だった。眼鏡かけてるけど全体的に整ったイケメンタイプだったわ」


「ふーん、顔は満点、態度は0点なんだ」


「でもね、確かに最初から無口で無愛想だったけど、私は逆にそこが気に入っちゃったな。彼、ほかの男子とは明らかに違う雰囲気出してたもん。なんか、そういうところがミステリアスでもっと彼のこと知りたいって思っちゃった」


「──で、アドレス交換したんだ」


「うん。最初断られるかなって思ったけど、快くアドレスは交換してくれたわ。それからちょこちょこメールしあって、2週間後二人きりで食事して──」


「あー!もういいわ! 早紀ののろけにつきあってらんない!」


 そういうとぽっちゃりの茶髪女は迷惑な高い声でそう叫んだ


「早紀、あんたラッキーよ。そんな男──このご時勢めったにいないんじゃない?」


「そうかな……」


「だって、大学は一流だし、顔はイケメンだし──性格はどうかはしらないけど、パーフェクトに近いじゃん。それに──」


 そういうとひょろりとした黒髪女がにやっと絵顔を浮かべ続けて言った。


「あんたの彼氏、この前渋谷で通り魔取り押さえたんでしょ。それって腕っ節もそこそこ強いってことじゃん!」


 それを聞いて後ろにいたともえは思わず息を呑んだ。


 それは彼女が想っている男性そのものと同じだったのだ。


「シーッ! それは内緒だって言ったじゃない!」


 早紀はその言葉を聞いて急に声を潜めて注意した


 おそらく彼女の恋人とこれは口外しないという約束でもしていたのであろう。


それを聞いた彼女の顔は若干不機嫌そうだった


「あっ!ごめーん。ついつい……」


 そう言うとひょろりとした黒髪女は軽く反省した。


「本当に勘弁して。彼、その件あまり喜んでないようだからさ……だから私もあまり人に言わないようにしてるのに」


「でもさ、昨日のニュース見た? あんたの彼氏映ってたよ?」


 その言葉を聞いて早紀は複雑な表情を浮かべて黙り込んだ。


 それはどこか本当は自慢したいのだが必死で我慢しているような──そんな風にうつった。


「ほら、あんたの彼氏は誇れるようなことしたんだよ。だからじゃんじゃん自慢したっていいと思うよ」


「そうそう、のろけにうつるかもしれないけどさ。こういうことはじゃんじゃんアピールしないと──」


 そういったその時、早紀はふっと後ろを振り返った。


 彼女の背後にはどこか恨めしい表情でじっと前を見つめるゴスロリ姿の女子大生ともえがいた。


 早紀と目が合った瞬間ともえははっと彼女から目をそらして、読んでもいない教科書に目を通した。


 だが、彼女たちの話を聞いた動揺はさすがに隠すことはできなかった


 ──何、あの女……


 教科書で顔を隠しながらともえは悔しさで思わず歯を食いしばった。


 本当は自分の婚約者だった男を何故この東京女がものにしていると思うとともえは嫉妬で心がいっぱいになった。


 ──あんたみたいな一般人に悠輔は似合わない!


 ともえは前に座る何も事情を知らない早紀にそんな呪いの言葉を投げかけた


 彼女のその手には呪いの藁人形がぎゅっと握り締められていた。

 




 久々に大学の帰り道──


 単位取得のための補習を受けてたせいで気づけばもうあたりは真っ暗になっていた。


 ともえは疲れきったような深いため息を吐いて自宅近くの最寄り駅を出た。


 下宿の住所はどちらかといえば都心の方だと思うけど、住宅街だからか夜の帰り道は街灯が少なく人気もない。


 明らかに変質者が出没しそうな、不気味な夜の路地。


 ともえが厚底ブーツを鳴らして夜道を歩いていると、明らかに異質に聞こえるもう一人の足音が高く響き渡った。


──また、来たよ。


尾行に慣れてないノンプロ的足音を聞きながら、ともえはあきれたようなため息をついた。


最近自分の周り嗅ぎまわるストーカーがいることは承知の上。


といっても相手は危険でもなんでもないもてないオタクたちばかり。放置していてもたいした被害はないのはわかっている。


だけど──ここまで、あたしを追いかけてくるなんて……いい度胸してるじゃない。あたしをどこの誰かと知ってやってきてるのかしら──


そう思った瞬間、ともえはくるりと後ろを振り返った。


それと同時に足音もぴたっと止まり、人影はさっと近くの電柱に身を隠した。


「……隠れても無駄なんじゃない?」


 ともえは明らかに不愉快な表情を浮かべて彼にそう告げた。


「あたしはあんたが付けているのずーっと前から気づいてるよ。そんな幼稚な尾行はあたしには通用しないってば」


そういった瞬間、電柱に身を隠していた人影はにゅっと顔を出した


いかにも根暗そうな眼鏡をかけたやせた男──彼はのそのそとともえの前に出ると一言言った。


「ともえちゃん……僕と付き合って!」


「そういうのお店で禁じられてるんだよね──」


「そんなの関係ない!」


そういうと男はどこからともなく花束を出し足を速めてともえに向かってきた。


「『ぶるーむ』で君と出合った瞬間運命を感じた。ともえちゃんがいないと僕──どうにかなりそうだよ! だから──お願いだよ。僕と付き合って──」


「断るわ」


そういった瞬間、ともえの瞳が暗く光った。


そして花束を持っていた男の手首を彼女は軽くひねって制したのだ。


「──ッ!」


 その瞬間、男が持っていた花束と同時に小さな果物ナイフも乾いた音を出して地面に落ちていった。


 それをともえは感情のない瞳で飄々と見つめていた。


「こういう物騒なもの、あんたみたいな甘ちゃんが持つものじゃないわ」


 そう言うとともえは地面に落ちた果物ナイフを拾った次の瞬間、それを彼の喉元に鋭く突きつけた。


 彼女に手を固められる苦痛とナイフの鋭い脅威に男は半べそをかいていた。


「あーあ。だから弱いオタクなんて嫌いなんだ」


 その瞬間ともえは果物ナイフを宙に投げ捨てて一言言った。


「あたしはね、もう運命の人を決めてるんだ。だから誰がどんなにストーカーしようとも無駄無駄! まあ、命の保障はしないのなら別だけどね……」


 そう言うとともえは強く握り締めていた男の手をやっと開放するとにこっと笑った。


 次の瞬間、一陣の風がその場に強く吹きつけた。


 季節はずれの木の葉がその強風にあおられて舞い上がると、彼女は男に向かってバイバイと手を振った。


 そして、木の葉が彼女を隠した瞬間、風とともに彼女は消えた。


 男は腰を抜かしながらともえの姿を探したが、彼女はまるで魔法を使ったかのように目の前いなくなっていたのだ。


「何者なんだ……」


 男は地面にへたりこんで声を上ずらせそう言うしかなかった。


 まるで幻だったかのような彼女の存在は男にとって小さな悪夢のようだった。


3 応変の邦彦

そのころ──


 応野邦彦は浮かない顔をして病院から自らの足で歩いて出てきた。


何度診ても無駄だというのに──邦彦はそう思いながら不機嫌そうな顔をした。


確かに普通の人間なら命はなかったかもしれない。トラックに真っ向から衝突してしまったのだから──


しかし、邦彦の身体は生まれつき普通ではない。だが、事を目の当たりにしていた人々にそれを伝えるのは許されないことだった。


しぶしぶ救急車に乗って病院に着いたはいいものの、それから検査検査のオンパレード。


何度診ても無駄だというのに、医者はしつこく邦彦の悪い部分を見つけ出そうと躍起になっていた。


仕舞いにはどこも悪くないのに検査入院しろと散々医者にせがまれてしまい、半ば喧嘩別れのように病院飛び出してしまった。


一般ピープルには信じられない話だろうが、邦彦の身体は驚くほど頑丈に出来ている。


身体鋼化──それが邦彦の受け継いだ応変流忍術の奥義。どんな衝撃が彼を襲おうとも鋼鉄のように硬くなった身体は最小のダメージで切り抜けられるのだ


ただ、それを職場の同僚や医者にはたやすくは言ってはならないことは邦彦も重々わかっている。だからみんな過剰に心配するのだ。


なんか余計な気苦労ばっかりだ。何も知らない人たちにそのことを説明するなんて──


邦彦は疲れたような深いため息をついてとぼとぼと街の路地を歩いていた。


カチカチと切れかけの点滅をする街灯に遠くでは番犬が吠えている声が聞こえた。


人気のない路地裏を歩いていたその時、対面側から一つの人影が目に入った。


邦彦は思わず足をぴたっと止め、そして鋭い視線でその前を見た。


どんどん足を速めて邦彦に近づく影。それは闇に白く光る刃を抜くと同時に勢いよく大地を蹴って邦彦に襲い掛かった。


だが、その行動は大分早くから邦彦は予想していたことだった。


彼は焦るそぶりも見せず、じっとその場に立ち尽くし男を細く鋭い瞳で見つめ続けた。


そして男の持つ刀が彼を断つために振りかぶられた瞬間だった──


今まで動かなかった邦彦は刹那のごとく男の懐へ飛び込み、そして大きな手をかざした。


次の瞬間、その手から驚くほどの衝撃波が走った。


日本刀を振りかざしていた男はその計り知れない力にあおられてまるで木の葉のように舞い跳んでいってしまった。


「やれやれ……」


 邦彦はため息とともに一言そういうと、くるりと後ろを振り返った


そこには四人の刺客が刀を構えて立ちはだかっていた


「こんなはた迷惑な刺客を送り込んだのはどこの流派だ……」


 そう言った次の瞬間、刺客たちは無言のまま邦彦を取り囲んだ。


話がわかってくれそうな相手ではないようだ──


その瞬間、いつもは寝ているような邦彦の細い目がギラリと大きく見開かれた。


そして、まるでタイミングを計ったかのように同時に襲い掛かった刺客を一人、岩のように大きな拳で一気にねじ伏せた。


その隙に乗じて他の刺客たちも刀を振り上げ次々と邦彦に襲い掛かった。


だが、邦彦は焦ることも避けることもせず、まるで仁王立ちのごとく彼らの前に立ちはだかった。


そして、次の瞬間刺客の刃が邦彦の身体を切り裂いた──はずだった。


その刃はぴたっと動きを止めていた。邦彦の腕のすぐ前で。


斬れるはずがない──この身体は鋭い刃の一振りでさえまったく通さない鋼鉄の身体なのだから。


腕一本だけで刃を受け止めて見せた邦彦に対し、刺客は明らかな焦燥感を浮かべていた。


鋼のような腕に思いっきり刀に力をこめ無理やり切り落とそうとしているようだがその刀は刃こぼれし始めていた。


それを見た邦彦は刺客の刀を払いのけると大きく息を吸い込んでもう一度刺客たちに手を大きくかざした。


次の瞬間、邦彦の手からまた眩い光と大気を揺るがす衝撃波が放たれた。


放たれた波動に刺客は対処する暇などなかった。あまりに強い衝撃は刺客を簡単に弾き飛ばし地面に叩きつけたのだった。


それを見て残りの刺客たちは恐れをなしたのか一歩また一歩と後ずさりし始めた。


邦彦は深いため息をつくと、彼らとは反対側の電信柱をにらみつけた。


「いい加減降りてこい」


 邦彦は一言そういうと掌をかざし光の弾を電信柱に放った。


だが、その光の弾は電信柱で高見の見物をしていた影を撃ち落とすことはできなかった。


音速のような光の弾を華麗に避けるようにその影はふっと地上に降りたのだ。


それを見て邦彦は初めて顔に警戒の色を見せた。


電信柱から降りてきたその男の服装はなぜか警官姿。だがそれ以上に邦彦を警戒させたのはその男が持ち合わせる強い波動と殺気だった。


「ほほぅ……これが東北一といわれる応変流の闘気術って奴か」


 警官姿の男上月静夜はニヤニヤと笑いながら邦彦を見た。


その瞳は寒気がするほどの青白い光を常に放っていた。


「それに、お前の身体はえらい硬いんだな。びっくりしたよ……刀は受け付けないわ、トラックに轢かれても平気だわ──」


 その言葉を聞いて邦彦ははっとした。


 何故昼間のあの事故をこの男は知っているのだろう──? まさかと思うがあのときからずっと監視してたのか?


「お前……何者だ?」


 そんな不信感を吐き出すかのように邦彦は静夜に向かって訝しげにそう聞いた。


「そんなに警戒することはないだろう。別に俺はお前の流派を潰そうなんておもっちゃいない」


 邦彦の質問に静夜ははぐらかしながら淡々と答えた。


「まあ、名乗るような者じゃないけどお前たちみたいな弱小流派じゃないって事だけは言っておこうか」


「何──?」


 その一言に邦彦は明らかに怒りの感情がこみ上げた。


 それを見て静夜はいやらしい笑みを浮かべて邦彦の前に近づいた。


「今回、お前を襲ったのは何の意図もないさ。ただ応変流最後の使い手って言われてる応野邦彦の戦いっぷりが見たかっただけ。それだけさ」


「ほう、それだけのためにわざわざかわいい部下を僕に差し出したのか?」


「俺の目標はすべての流派の奥義を破ること。そのためには研究が必要なんだよ」


 何だこいつ──目の前に現れた謎の警官姿の男上月静夜の言葉に邦彦は明らかな不信感を募らせた。


 どこの流派だか知らないが、彼の言うとおりなら相当な大流派の幹部クラスの忍者であろう。


 だが、彼がこの場に現れた理由が邦彦にはいまいちよくわからなかった。


 巨大流派の忍者たちが覇権を争っている中、一つ東北地方に取り残された応変流の後継者である邦彦に一体今更何の用なのだろう──?


「しかし、非常にもったいないね」


 静夜は一言そういうと深いため息をついて邦彦を見た。


「応変流はそれほどまでの力を持ちながら何故その力を発揮しようとしないんだ?」


「今の時代、ボクたち忍者が活躍できるとでもおもっているのか?」


「ああ、今の時代だからこそ俺たちは生き残らなくてはならない」


 その言葉を聞いて邦彦は初めて頬を緩めて笑った。


「何故、笑う?」


 それを見て静夜は初めて怪訝そうな顔を浮かべて言った。


「今の時代だからこそ生き残る? 馬鹿馬鹿しい。ボクはこんな時代だから忍者は消えた方がいいと思ってる」


「ほう……」


「お前が伊賀だか甲賀だか知らないが時代が変わっても覇権争いばかりしているお前らをボクは軽蔑するよ。むしろボクはそんな覇権争いを止めるために自分の力を使う」


 その言葉を聞いて男はにやっと嫌な笑みを浮かべた。


「なるほど。正義のヒーロー気取りだな」


 その一言に邦彦は黙ったまま静夜をにらみつけたが彼は表情を変えず淡々と言葉を続けた。


「まあいいさ。弱小流派に今の情勢など関係ないみたいだからな……せっかく俺が伊賀の若き家元の正体をばらしてやったって言うのに」


「何──?」


その言葉に邦彦ははっと顔を上げた。それを見て静夜は嬉しそうに微笑んだ。


「おや、やっぱり気になるようだね。あんなに覇権争いはゴメンだって言ってたのに」


「それは──」


「俺たちの争いを止めるために力を使いたいって言うなら、俺よりまずあの青年を何とかしないと話のつじつまが合わないぜ。なんせ彼はあんなに若くて大手の伊賀の率いているのだからね」


 そう言う静夜の顔は見ているこっちがむしゃくしゃするほど楽しそうに見えた。


 邦彦は不機嫌そうに顔を背けると戦意を喪失したようにくるっと静夜から背を向けた。


「もう、やめだ。ボクは帰る」


「どうして、もっとめぼしい情報をあげるって言うのに?」


「伊賀や甲賀の覇権争いに巻き込まれる筋合いはボクにはない。それだけさ」


「ほう……じゃあ、戸隠のくノ一の情報はいらないのか?」


 不意な静夜のその言葉に歩みだそうとした邦彦の身体は一瞬ぴたっと固まった。


 それを見て静夜はさらに煽り立てるかのように言葉を続けた。


「俺はずっと前から知ってたよ。お前らの流派と戸隠の浅からぬ因縁があるってことはね。だから今からお前が欲しがってる情報をあげようっていうのに……」


 そういうと静夜は深いため息をついて邦彦にむかって背を向けた。


「まあ、いらないって言うんならいいんだけどね。俺には何の関係もない話だし──!」


その瞬間だった。静夜は急に踵を変え軽やかに宙を舞った。


 それと同時に彼のすぐ真下を駆け抜けた強い衝撃波。


後ろからの強襲を予知したかのように静夜はそれを避けるように空を跳んでいった。


「不意打ちね……」


 地面にすっと降り立った静夜はそういうとじろりと邦彦をにらみつけた。


「この答えはどう取ったらいいんだろうな……」


「簡単さ」


 邦彦は静夜に立ちはだかるかのように構えた。


「ボクはお前の計画にはそう簡単には乗らない」


「ほう……ではここで俺とやり合うっていうのか?」


「いいや」


 そう言うと邦彦はまた放ち続けていた殺気を納めまた静夜に背を向けた。


 その態度に、静夜の顔は余裕から困惑へと変わった。


「あんたの言うとおり応変流と戸隠流は強い因縁の歴史があってね……その決着だけはボクがけりをつけなくてはならないんだ。だから──」


「──情報が欲しいとでも?」


 その言葉に邦彦は大きく頷いた。


 それを見て静夜は、一瞬戸惑った表情を浮かべたがすぐにそれは気持ち悪いような笑みに変わった。


「やれやれ、虫のいい話だぜ」


 そう言うと静夜はあきれたように両方の手のひらを上に向けた


「俺の計画どおりにならなくて自分の因縁にけりをつけようなんて──欲張りすぎもいいところだ」


「だからボクは力ずくでもその情報をお前から吐き出させるつもりだ!」


 その言葉を言ったとたん、邦彦の背中から這い出るような強く禍々しい殺気が発せられた。


 それを真っ先に感じた静夜はまるで強く警戒するかのように真顔で聞いた。


「お前……それ本気か?」


 その言葉に邦彦はただゆっくりと頷くだけだった。


 静夜はそれを見て一瞬考え込んだが、その決断を下すのは思っていたほど遅くはなかった。


「わかった。今回だけはお前に乗っかってみよう……」


1 ともえと悠輔

久しぶりに来た秋葉原は少しだけだが活気がないような、悠輔の目にはそう見えていた。


 無理はない。折の不景気と去年の通り魔事件の影響をもろに受けているのだろう。


だが、逆にその方がアキバ独特の浮ついた嫌な雰囲気がなくてどこか過ごしやすい町になったように悠輔には思えたのだ。


「──でさあ、悠輔。テレビのことどうするのー?」


 駅ビルから直通で伸びる大型電気店に向かいながら一緒についてきた早紀は大声でそう聞いてきた。


「どうって……普通でいいよ」


「だから、その普通って何?」


「何って言われても……」


 強い口調で早紀にそう言われて悠輔は困ったように閉口した。


 先ほどからずっとこの調子だ。一応無事引越しが終わって一段落していた昨日、早紀が部屋を訪れたとたん言われたことが「何この旧式のテレビ!」という一言だった。


 悠輔は今まで自分のテレビが旧式だとはこれしきも思ったことなどなかった。


 ちゃんと写るし音も出るしどこが悪いのかよくわからなかったけど、早紀曰く「これからは地デジの時代!」と言うわけで彼女連れでしぶしぶ大型電気店に買いに来たのだ。


 とは言うものの──テレビは壊れてないのに買い換えるってことに悠輔はどうも気が進まないところがあった。


 地デジになって今のテレビが見えなくなるのにあと三年──それまで使えればそれはそれでいいじゃないか。


 だが、都会っ子の早紀からすれば、自分の彼氏の部屋に真っ黒なブラウン管テレビがあることが許せないのだろう


 それを証明するかのようにテレビの品定めは悠輔よりも早紀の方が熱心だった。


「悠輔の部屋の大きさだと──32インチくらいがいいのかな」


「ええ、それ大きすぎるよ!」


「大丈夫よ。今液晶テレビは値崩れ起こしてるんだから。悠輔の予算で十分買えると思うよ」


「別に買うつもりなんか……」


 悠輔はその言葉を続けようと思ったがそれを胸の奥に飲み込んだ。


 たくさんの液晶テレビのディスプレイの前早紀は真剣な顔をして品定めしていたのだ。


「ねえ、そんなに本気にならなくても……」


「だーめ! 悠輔はもう少し都会っぽくならないとだめだよ!ここは東京!三重の山奥とはちがうんだから!」


「………」


 その一言に悠輔は重たいため息をついた。


 テレビが古いか新しいかなんて自分の好き好きじゃないか。なんで人に指図されないと……


「こんにちはぁ~」


 そこにまるで呼ばれてもないのに赤いハッピに鉢巻をした店員が割り込んできた


「お客さん。何かお探しですか。テレビのことなら私にお聞きください


「そうなんですよ。32インチくらいで十五万くらいで買える液晶テレビ探してるんですけど」


 早紀のその言葉は鉢巻の店員のスイッチを入れてしまった。


 お客ゲット!という声が聞こえるかのようにニカァと笑うと猛烈な勢いでしゃべりだした


「いやあ、若奥様お目が高い! そういうことなら私にお任せくださいよ。まずこの松芝電気の液晶テレビこれは今当店のお勧めの一品ですよ。それに──」


 何が若奥様だよ……しゃべりまくし立てる鉢巻の店員をじろっとにらみつけながら悠輔は心の中でそう思った。


きっとこの店員はきっと自分たちのことを新婚カップルだと勘違いしているのだろうけど、それはかなり迷惑な話だった。


延々とテレビの売り込みを図る店員のトークを話半分に聞きながら悠輔はもう一つため息を付いた──そのときだった。


「あのぅ……」


 そのか細い女の声を聞いて悠輔は思わず不機嫌そうな顔のまま振り返ってしまった。


 だが、そこにいたのはピンクのフリフリのゴスロリファッションに身を包んだ明らかにアキバにいそうなコスプレイヤーが立っていたのだ


「藤林悠輔さんですよね?」


「え……」


 その言葉を聞いて悠輔は思わず眉をひそめた。


 彼にはこのゴスロリファッションの彼女にまったくの見覚えがなかったのだ。


「君は誰だい?」


 悠輔は不審そうな表情を浮かべ彼女に冷たく一言そう聞いた


 だが彼女はお構い無しにニコッと笑った。


「あら? やっぱりあたしに見覚えがないんだ……まあ、半分覚悟はしてたけどね」


 その言葉を聞いて悠輔はもう一度頭をひねった。


一体このゴスロリの少女は何者なのだろう。


まるで自分を知っているかのような口ぶりに悠輔は不快感しか浮かんでこなかった


「いいの。気にしなくて」


「は?」


「あたしはあんたの反応を確認したかっただけ。でも思っていたほど驚かなかったなあ……」


「………」


 その瞬間、悠輔はこの少女の存在を少しだけ警戒し始めた。


 別に危険ってわけでもないが、この少女は何かが違う。それが何かと言うのは今はまだわからないけど、わからないから余計不安だった。


「君の名前は──」


「どうしたの? 悠輔?」


 緊張感を漂わせる悠輔を電器店店員とテレビの話しをしていた早紀が心配した様子で顔を覗かせた。


「やだ、怖い顔ねえ……なにかあったの──?」


「あら、進藤早紀さんじゃない」


 早紀の顔を見てゴスロリの少女はまた裏表ありそうな笑顔をにっこりと作って見せた。


「え……?」


 その言葉にさすがの早紀も戸惑いを覚えずにはいられないように悠輔には見えた。


 早紀も知っているということは──ますますこの少女の正体が見えなくなったような。一体彼女は何者なんだ……


「ねえ、知り合い?」


 悠輔は早紀に口を隠しながらひそひそとそう聞いたが、だが肝心の早紀は首をひねるばかりだった


「どこかで見覚えがあるんだけど……だれかは──?」


「やだぁ。忘れちゃったの? ダメじゃん……」


 早紀の言葉に対しゴスロリの少女はあきれたような表情を浮かべて二人に近づいた。


「よく講義室で一緒になるじゃない。冷泉大学のさぁ」


「あれ、私と同じ大学──?」


「そうだよー!あたしのこと気づいてないの~?」


「………」


 少女のその言葉に早紀は頭をもたげてしばらく考え込んだ。


 沈黙することしばし、早紀ははっと顔を上げて彼女の顔を見つめた。


「あ……! あのときのゴスロリの──!」


「やだぁ。今更思い出したの?」


 そんな早紀の態度にゴスロリの少女はちょっと不満げな表情を浮かべた。


「あたし、こんな格好だからもう少し早く気づいてくれると思ったのにー。ショック……」


「ごめんごめん、すぐに頭に浮かばなかったんだ……」


「もう、信じらんなーい!」


 そう言うとゴスロリの少女はぷんぷんと怒った表情を浮かべた


 それを見つめる早紀はどこか戸惑っているような、見ていてそんな感じが悠輔はした。


 おそらくこの二人、さほど仲良くはないのだろう。大学で顔見知り程度の間柄なんだろうなと容易に想像できた


「……ところでさ」


 悠輔はそんな二人の間に割って入るように一言言った。


「君、僕の質問に答えてないだろ」


「え? 質問って……」


「君は一体誰だって事」


 そう言う悠輔の呆れた顔を見て少女はにやっと笑った。


「やだ、悠輔……覚えてないの?」


「はあ?」


 その言葉に怪訝そうな目で彼女を見たが、当の本人はまったく気にせず話を続けた


「まあねぇー、気づかないほうが普通なのかもしれないよねー。あたしたち写真でしか出会ってないはずだから」


「写真──?」


 悠輔はその一言を聞いて一生懸命彼女の顔を頭の中の記憶から引っ張り出そうとした。


 自分は人よりも数倍記憶力には優れていると思ってはいるものの、どんなに頭の中を引っ掻き回しても目の前の少女の面影は影も形も見当たらない。


 やっぱり、この女──まったくもって見覚えがないな。


 悠輔がそう確信したその瞬間、彼女はまた大きなため息をついて言った。


「覚えてないならいいわ。私は冷泉大学1年の仁科ともえ。彼女とは──同級生ってことになるね」


 ゴスロリの少女はそう言うと悠輔の横にいる早紀をじろっと見つめた。


 その目はどことなくじとっと湿ったような深い暗さを悠輔は感じた。


「へえ、仁科さんって言うんだ……」


 だが早紀はそこまで深読みしてないのか、感心したように頷いた。


「ねえ、同じ大学って事だから今日から友達になろう!」


「え……早紀──」


 ──マジでそう思ってるの?


 悠輔は驚いたように早紀のほうを振り向いた。


彼女は無邪気な笑顔を浮かべ問題のゴスロリ少女ともえに手を差し伸べていた。


 そんな早紀の行動にともえは不気味なほど静かな対応だった。


ぴたっと黙り込んだまま彼女の手をジーっと見つめることしばし、やっと溶かしたように心を開くのに大分の時間がかかったような気が悠輔にはした。


「うん、いいよ!」


 まるでとってつけたかのような笑顔をともえは浮かべ早紀の手をぎゅっと握った。


 それに対し、深読みをまったくしない早紀は嬉しそうな微笑を浮かべた。


「じゃあ、携帯のアドレス交換しようよ!」


「いいよー」


 そう言いながら女子たちはお互いの携帯電話を出し赤外線通信を始めだした。


 悠輔はそれを遠巻きでじーっと見つめながら眉間にしわを寄せ深いため息をついた。


 いくら同じ大学の同級生だからとは言っても、こんな得体の知れない女と早紀が知り合いになるなんて──


 そう思うと悠輔はどうしても心の中に一端の不安を感じざるを得なかった。


 それがどういう理由なのかはわからない。ただ一つの理由は──仁科ともえと名乗ったこの少女の素性がさすがの悠輔にも完璧に見通すことが出来ないことなのだろう。


 第一、どうしてこの女は僕の顔と名前を知ってるんだ? こっちにはまったく記憶がないっていうのに──


「あーっ!もうこんな時間じゃん!」


 携帯電話をいじりながら仁科ともえはフロア中に響くような大声で叫んだ。


「ごっめーん! 今日、あたしこれからバイトなんだー!」


「そうなの?」


「もっと悠輔と早紀ちゃんと話ししたいんだけどさぁ……今日は時間がなくて」


「ううん、いいのいいの! バイトのほうが大事じゃん」


 ともえのその言葉に早紀は何の邪念もなくニコニコと受け止める。


 だが隣の悠輔はどうしても解せない気分でいっぱいになっていた。


 初体面に近いって言うのに、この女はどこまでなれなれしいんだ。僕なんてどうしてか呼び捨てだし……


「あたし、アキバでメイドやってるんだ! そう、この名刺あげるね☆」


 そういうとともえは頼んでもないのに悠輔と早紀にいそいそと名刺を配った


 ──メイド喫茶ぶるーむ 秋葉原店 ともえ☆……か


 フリフリの黒レースをあしらった派手な名刺を見ながら悠輔は深いため息を付いた。


 彼女が只者であろうがなかろうが、絶対に仲良くなりたくないタイプの人間なのは間違いない。


 できれば今回限りで会い見えるのは勘弁してほしい──悠輔は心の中からそう思っていた


「じゃあ、ばいばーい──」


 彼女は高く大きな声で二人に大きく手を振りながら立ち去ろうとしたそのときだった。


 それはその場にいた早紀や電器屋の店員に決して聞き取れられないだろう小さく潜んだ声で彼女は悠輔だけにある言葉を残したのだ。


「悠輔、眼鏡はずしていた方が絶対かっこいいよ」


「──!!


 その言葉に悠輔は思わず立ち去る彼女を振り返った。


 だがいつの間にかあの目立つゴスロリ姿は煙のように消えてなくなっていた。


「──どうしたの?悠輔……」


 そんな悠輔の様子を早紀は不安げに上目遣いに見上げた。


 彼は身も凍るような鋭い瞳である一点をじっと睨み付けていた。まるで先ほどの少女を必死で探すかのような視線で──


「いや……なんでもない」


 早紀の声を聞いて悠輔は視線を落とし深いため息をついた。


その顔は幾分か蒼白になっているようだった


「本当にどうかしたの? 顔青いよ……」


「──別に」


 そう言うと悠輔はもう一つ深く息を吐くと、どこに向かうでもなく歩みだした。


「ちょっとトイレ行ってくる」


「うん……」


 そんな彼に困惑しながらも早紀は深く頷いた。


「テレビだけど──もう君が選んじゃっていいよ。まかせる」


 悠輔は力なさげにそう言い残すとまるで幻鬼のごとくおぼろげな足取りでテレビコーナーから離れていった。


 悠輔、眼鏡はずしていた方がかっこいいよ──


 あの少女が最後に残したその言葉。その言葉は悠輔の胸を大きく動揺させていた。


 何を目的にそれを言い放ったのか。それはまだわからないけど、唯一つわかること──彼女が見ていた自分は眼鏡の下の顔だったということ。


 彼女は何者だ? 何故僕を知っているんだ? そして、何の目的で僕の前に現れたんだ──?


 その疑問が晴れる時はもしかしたら彼女と敵同士で対峙した時になるのだろうか……


 それを思うと悠輔の瞳は赤く不気味に光った。

 


2 帰り道

「本当に信じられない!」


 秋葉原からの帰り道、同行してくれた早紀の態度は対応に困るほど不機嫌そのものだった。


「テレビのこと一言まかせるってどういうことよ! それでトイレからすぐ帰ってきてくれれば話は別だけど──それから三十分一体何してたのよ!」


「何って──ちょっと迷子になっただけじゃないか」


「いいえ! 嘘よ嘘! 迷子になるなんて子供じゃないんだから!」


「と言ってもあの店すごく広いじゃん……」


「そう言うことを言ってるんじゃないの! 私はあなたの無責任さを怒ってるの!」


「無責任ねえ……」


 悠輔はその一言に困ったように頭をかいた。


 無理もない。仁科ともえの一件で悠輔の頭の中からテレビなんて飛んでなくなってしまったのだ。


 そうとは知らない早紀はあれ以降もずっとテレビの下調べをしていたらしく、戻ってきたときはちょうど悠輔の契約待ちの状態だったのだ。


 だが、悠輔にもはやテレビなど買う気などないわけで、そこでまたしても早紀とのいざこざが巻き起こってしまったわけなのだ。


「とにかく! 今度から大切な買い物にはもっと本気になってよね! 悠輔どこか抜けてていつも自分は関係ないって顔するんだもん……それが腹が立って仕方ないわ」


 そう言うと早紀は怒ったように腕を組みぷいとあさっての方向を向いた


 だが悠輔には早紀がどうして怒っているのかさっぱりわからないのが本音であった。


最近の女の子って奴はそんな些細なことで怒るのか。それとも早紀がただ特殊なだけなのか──悠輔にはまったく見当が付かなかった。


「ホントにもう……秋葉原まで来たのに無駄足になっちゃったじゃない」


「──そうかな?」


「え?」


 その言葉に早紀は悠輔のほうを振り返った。彼は口元には含み笑いを浮かんでいた。


「僕にとっては若干の収穫があったと思うけど?」


「ふうん……」


 そう言うと早紀は不機嫌そうに一つため息をついた。


 それから彼女は先ほどの怒りを押しこらえるかのようにぴたっと沈黙し始めた。


 やはり、彼女も薄々感づいているのだろうか。自分があのゴスロリ少女と対面してから様子がおかしいってことに──


 でも感づいているとしてもそれは所詮女の勘。悠輔とともえの裏の顔なんてさすがの早紀にも想像もできるはずがない。


 とはいえ──このまま早紀と不機嫌なまま別れるのもどこか忍びないと悠輔は思っていた。


 自分は恋愛上手ではないことはわかっている。それ故に早紀の一挙手一等足に冷や冷やしてしまう自分がいるのだ。


「ねえ……早紀」


 悠輔のその言葉に早紀はじろっと彼の方を振り返った。


 そんな彼女を安心させるかのように悠輔は輝くような笑顔を浮かべ言った。


「こんどさあ、僕の大学で学園祭があるみたいなんだ」


「ええ、知ってるわよ。東都大学の若葉祭って結構有名だし」


 ──そうなんだ。


 早紀のその言葉を聞いて悠輔は少しだけ感心してしまった。


 よくは知らないけれど、東京一の有名校だから学園祭も有名なのだろう。


「それでさあ、僕──君を案内したいんだ。うちの学校の学園祭をさあ」


「え……」


 その一言を聞いて早紀の足がぴたっと止まった。


 そしてもう一度悠輔のほうを振り向くと、先ほどの不機嫌そうな顔はどこへやら……眩いような笑顔を浮かべて彼に顔を寄せた。


「それ、本当!?


「……うん」


 それを聞いて早紀は急に態度を変えてはしゃぎだし始めた。


「わぁー! 私、悠輔の口からその言葉が出るの待ってたんだ~。一度でいいから若葉祭に行ってみたかったんだけど、さすがに一人で東都大っていうのもね……気が引けるって言うかなんていうか……だから悠輔が誘ってくれるのずーっ待ってたんだよ!」


 なんなんだよ。一体──早紀のその態度の変化に悠輔は思わず戸惑いを見せてしまった。


 女って奴はみんなこうなのか? 自分の好みのことを言ってくれればころっと態度を変えてしまうのが普通なのか? そう思うと悠輔は少しだけ女性不審になりそうになった。


「まあ、そういうことだから……今度の日曜日予定空けててね」


「うん! まかせといて!」


 早紀はそういうと悠輔の腕をぎゅっと掴んで彼の身体に身を寄せた。


 それを見て悠輔は顔を赤くしながら困ったように顔を掻いた。


 まるで猫みたいな気分屋の彼女に振り回されてる──そうは思ってはいるものの、そこが愛しいと思う自分もいる。


 まったく、恋ってやつは──そう思いながらも悠輔は恥ずかしながら早紀の肩に手を触れた。



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