目次
1章 現代に巣くう忍たち
1 東大生、藤林悠輔
2 警視庁幹部、相馬泰
3 侵入者
2章 休日の忍たち
1 そして、平凡な一日が始まる
2 女子大生、進藤早紀
3 渋谷の通り魔
3章 足跡を残した忍たち
1 事件現場
2 警察官、上月静夜
3 容疑者、田上明央
4章 取調室の忍たち
1 テレビ記者、叶陽一郎
2 激突-伊賀と甲賀
3 静夜の罠
4 追跡者たち
5章 オモテの忍たち
1 お笑い芸人、風間英太
2 メイド、仁科ともえ
3 JAあおもり職員、応野邦彦
6章 ウラの忍たち
1 風魔の英太
2 戸隠のともえ
3 応変の邦彦
7章 アキバの忍たち
1 ともえと悠輔
2 帰り道
8章 学園祭の忍たち
1 東都大学若葉祭
2 舞台袖
3 トーキョーハンター
4 同業者
5 最強
9章 嵐の前の忍たち
1 ともえと早紀
2 ツイてるともえ
3 ツイてない悠輔
4 邪魔者
5 嵐が来る
10章 相見える忍たち
1 知らなくていい真実
2 悪い夢
3 百地悠輔という男
4 集いし5つの流派
5 赤い瞳の一族
6 ともえの提案
7 激突する赤と青
8 別れなさい
11章 動き出す忍たち
1 六本木のオフィス
2 戸隠の女王
3 忍者王
4 アキバのアイドル劇場
5 同盟
12章 恋煩いの忍たち
1 恋人は忍者
2 最後のデート
3 守ってみせる
13章 集結する忍たち
1 警視庁のメッセンジャー
2 集結した忍たち
3 悠輔の企み

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4 追跡者たち

渋谷署を出るともうどっぷりと日が暮れて辺りは薄い夕闇に覆われていた。

 

それを見て悠輔はひとつ深いため息を付くと、駅に向かってゆっくりと歩き出した。

 

若者の街渋谷は夜を向かえさらに人が増えぎゅうぎゅうにごった返している。

 

普段ならここら辺でファーストフード店に入って軽い夕食をとるところだが、今日は疲れきってそんな気力もない。

 

街に繰り出す若い男女をよそに悠輔はうつむき加減に駅へと足早に消えていく。

 

そして、一気にホームに着くと悠輔はまたひとつ大きなため息を付いた。

 

「今、標的は渋谷駅山手線外回りのホームです……おそらく頭目の予想通りそのまま部屋に帰るのでしょう」

 

 悠輔は訝しげな表情を浮かべ周りを見回した。

 

 山手線の短い待ち合わせ時間、回りは携帯電話をかけるサラリーマンにiPhoneを聞く若者、手鏡を覗き込む女子高生におしゃべりをする主婦たち──

 

 彼らすべてが怪しいわけじゃない。むしろ素人目にみればまったく持って自然な形のホームの風景だ

 

 だが悠輔は薄々ながら何か別の違和感を覚え始めていた

 

 警察署を出たときから誰かに絶えず監視されているような視線を痛く感じていたのだ。

 

 そのとき緑色の車体の山手線がホームに滑り込んできた

 

 悠輔は首をひねりながら開いたドアからゆっくりと電車に乗り込んだ。

 

 渋谷から最寄り駅まで電車を乗り継いで約三〇分。

 

 その間もぴったりとマークされた視線は絶えず悠輔を襲った。

 

 もはや疑問の余地はない。僕はあれからずっと甲賀の奴らに付けられているんだ。

 

 それを確信した悠輔はあえて最寄り駅の二つ前の駅で電車を降りた。

 

 だが、悠輔を付ける影は動じることなくぴたりと彼に寄り添う。

 

 それどころか、時が立つごとにその影は一つ二つとみるみる数が増えていく。

 

 なるほど、ここでケリをつけるつもりだな──背後を付ける影たちの気配を感じながら悠輔は微笑を浮かべた。

 

 そのつもりでこうやって人気の少ない場所に奴らを誘導してやっているのだ。

 

 それを気づいているのかどうかは知らないが、目的地を前にして影たちの殺気はどんどん強く禍々しいものになっていく。

 

 その時、悠輔はふと足を止めた。

 

辺りはもう街の喧騒から大分離れ、街灯も一つもない薄暗い路地に入っていた。

 

その瞬間、彼を付けていた影たちの足音が砂利を踏みしめぴたっと止まった。

 

悠輔はにやっと笑った。そして彼らに気づかれないように眼鏡をすっと取り外した。

 

「僕が君たちに気づいてないとでも思ったかい?」

 

 悠輔はそう一言言った瞬間、振り向きざまにベルトに付けた針を抜き取りそれを瞬時に放った

 

 その瞬間、真っ先に彼を付けていたスーツ姿の男の喉下に針が刺さりそのまま崩れ落ちた。

 

「なんだ、たった十人ほどか……」

 

 追跡者たちの数を見て悠輔は少し不満げな表情を浮かべながら右手で針を器用にくるくると回した

 

「上月静夜も僕を舐めすぎだね。これだけの手勢で僕と相手しようなんて」

 

そういうと悠輔はにやっと笑い左手で彼らを誘うような手招きをした。

 

 そんな悠輔の挑発に甲賀の追跡者は皆カッと顔を赤くして憤怒し、次々と地を蹴り悠輔に襲い掛かった。

 

 それに対し悠輔はギリギリまでその場を動かなかった。そして彼らをじっと見つめる瞳は目の覚めるような真紅に染まった。

 

 襲い掛かった追っ手の一人が悠輔めがけ太刀を振り下ろしたその瞬間、その一撃はむなしく空を切った。

 

 彼はハッと周囲を見回したがどこにも相手の姿はない。

 

だが次の瞬間、彼は上を向くとそこに左右の手にたくさんの針を仕込んだ悠輔が文字のごとく空高く浮き上がっていた

 

その瞬間、悠輔は左右に持っていた無数の針を同時に真下の追っ手たちに解き放った。

 

それはまさに激しく叩きつける針の雨であった。

 

あまりに不意な攻撃をかわすことが出来ず、急所に直撃を受け倒れるものもいれば防御したものの腕を負傷したものも居た。

 

だが、悠輔にはわかっていた。今の一撃は致命傷には程遠いことを──

 

針の雨の一撃が一通り終わった瞬間、彼らの前にもう悠輔の姿はどこにもなかった

 

先ほどの攻撃にへきへきしていた彼らの顔に一気に焦りの色が浮かぶ

 

傷ついた身体で刀を構えながら彼らはじっと悠輔の登場を今や遅しと待ち構えていた──

 

その時だった。悠輔はあまりに意外なところに姿を現したのだ。

 

「攻撃してこないの?」

 

 その声にすべての忍者たちがぎょっとした表情を浮かべた

 

 悠輔は彼らが集まる中央に悠々とした顔で居座っていたのだ。

 

「何もしないなら、遠慮なくこちらから行くよ」

 

 そう言ったその瞬間、悠輔は近くに居た相手を一撃の手刀でなぎ倒していた。

 

 それを見た彼らは急いで臨戦態勢に入り悠輔を取り囲んだ。

 

 だが、それもすべて悠輔の想定の範囲内だった。

 

悠輔はまるで彼らを挑発するようににやっと笑って見せた。

 

それを見て彼らの一人が悠輔めがけ刀を振り落とす。それが口笛となった。

 

「すげえ……」

 

レンズ越しに悠輔を覗いていた甲賀の忍者は思わずそんな言葉を漏らした

 

悠輔の動きはまるで武術の演舞のごとく華麗であった。

 

どんなに複数の相手が襲ってこようとも悠輔はその筋を見極め鼻の差でその刃をかわしてみせた。

 

悠輔にとってそれはどうってことのない作業であった。

 

彼の瞳は特殊であった。裸眼で動く物を見るとそれはすべて止まって見えてしまうのだから。

 

普段は日常生活に支障を来すから矯正用の特殊レンズをいれた眼鏡をわざわざかけているが、今はその並外れた動体視力が特別に力を発揮するときだった。

 

右から左から──双方向から襲い掛かる凶刃を赤く染まった瞳で見極め針の穴を縫うように掠め取ると、すかさず敵に出来たほんの一瞬の隙を悠輔は容赦なく突いた。

 

鮮やか過ぎるカウンターキックは一方の敵の顔を砕き、一方の敵には振り返りざまに鋭い手刀で一撃で沈めた

 

その直後を襲うようにまた数人の敵が悠輔めがけて襲いかかる。

 

得られる結果は同じなのに──そう思いながら悠輔はとまって見える刃の軌道を見極め最も効率的に避けられるルートをはじき出した。

 

振り下ろされた刃を悠輔は体をかがめて綺麗に避けるとそのままの体勢で足を高く上げ敵のあごを砕いて見せた。

 

それと同時にまた別の敵が一対の刃を振りかざし斬りかかってきた。

 

だがその攻撃でさえ悠輔の瞳の前では無力であった。

 

小さな動きで何気なくそれをかわして見せたとたんそれよりも何十倍も鋭い悠輔のカウンターパンチが彼を襲った。

 

彼が崩れると同時に悠輔はまたしても数本の針を手に取っていた

 

「一体あいつ何本手裏剣を仕込んでるんだ……」

 

 上からカメラで狙う彼はレンズ越しに悠輔を見つめながらそうつぶやいた。

 

針を握り締めた悠輔は今度はそれを狙いを定めて一本一本丁寧に放った。

 

百発百中──その針は敵勢の刃を持つ手首や一撃必中の首筋にことごとくヒットし動きを封じられた彼らはその場に崩れ落ちた。

 

「どうだい? まだやるつもりかい?」

 

 悠輔はまるで残った相手を挑発するかのように一言そう言った。

 

 その言葉に仲間を倒され残り少なくなった甲賀の忍者たちは目の前の若者の壮絶な強さに一歩また一歩と後退し始めた。

 

 だが悠輔は彼らを生きたまま返す気など毛頭になかった。

 

 そのとき悠輔は初めて自分で攻撃を仕掛けたのだ。

 

 悠輔は地をぽんと蹴ると逃げ腰になっている彼らの懐に飛び込んだ。

 

 次の瞬間、悠輔は彼らの目の前ですばやく回転するとそれと同時に回し蹴りを放った。

 

 彼らはその瞬間、まるで鞠のように次々と宙を舞い、そして地に落ちたときにはもう意識を失っていた。

 

「……こんなものか」

 

 あまりにも手ごたえのなさに悠輔は残念そうな声を上げた。

 

 残ったのは腰を抜かした一人の甲賀者だけであった。

 

「頼む!命だけは……」

 

 彼は年若き伊賀の家元を前にして完璧に恐怖で震えていた

 

「やれやれ、こんなところで命乞いかい……」

 

 そんな彼を前にして悠輔は深いため息をついた。

 

「君はそれでも誇り高き甲賀の忍者かい? 君のボスがそんな君を見たらそれこそ命がないと思うよ」

 

「───」

 

 その言葉を聞いて甲賀の忍者は苦々しい表情で黙り込んだ。

 

「まあいい……」

 

 そういうと悠輔はおびえる彼の胸倉をぐっとつかむと軽々と持ち上げた。

 

「じゃあ、取引をしようか?」

 

「と……取引?」

 

「そう、僕は君の命を保障する代わりに君は上月静夜が何をたくらんでいるか僕に教えて欲しい──どうだい? 簡単な取引だろう?」

 

「それは──」

 

 その言葉に甲賀の忍者は顔をこわばらせる。命と名誉──どちらを取るか最後の最後まで悩んでいるようだ。

 

「取引がダメなら君をここでひねりつぶしてもいいんだよ」

 

 悠輔はクスクス笑いながら彼の胸倉にぐっと力を入れた。

 

 ますます喉をつぶされ彼は苦しそうな表情を浮かべた。

 

「まあ、根性のある忍者だったら僕の誘いに乗るわけないか……なんせ証拠のビデオを撮ってる奴がいるんだから」

 

 そう言うと悠輔は右上を向くと無邪気そうな笑顔を浮かべて見せた。

 

 それを見た瞬間、電柱の上でレンズ越しに一部始終を眺めていた甲賀の忍者は思わずぎょっと顔色を変えた。

 

「ついでだ。上月静夜に伝えておけ」

 

 そう言うと悠輔はびしっと決めたカメラ目線でゆっくりと台詞を続けた。

 

「僕を攻略するためにこんな雑魚を使って奥義を引き出そうとしようとしたのだろうけど、そんなことをしたって無駄なだけだよ。僕の真の強さを試したいんだったら君自身が真っ向勝負したほうが手っ取り早いんじゃないかな?──まあ、そんなことしたって君が伊賀の奥義を見破るなど出来るはずがないと思うけどね……」

 

 そう言った瞬間、悠輔は目にも留まらぬ速さで針を打ち放った。

 

 それはカメラを持っていた忍者の首に痛々しく刺さり、彼はそのまま電柱から地上へふらりと落ちていった。

 

「おっと、手加減するの忘れてた」

 

 そう言うと悠輔は胸倉を掴んでいた甲賀者の存在に気づいた。

 

 ふと、彼を見ると悠輔の締め技に口から泡を吐きながらぐったりと動かなくなっていた

 

 悠輔はそんな彼を見て乱暴に放り投げると、深いため息をつきながら再び特殊レンズ入りの眼鏡をかけた。

 

 しんと静まり返った路地裏──彼の周りにはただ男たちの躯が力なく横たわっていた。


1 お笑い芸人、風間英太

「次のニュースです」


 画面に映るのは新東京テレビの看板女性アナウンサー中島雪季恵。


 昼のニュースのメインが終わって六番ほど──息抜きのワールドニュースの後、彼女は顔色一つ変えずにそれを読んだ。


「五月十五日、渋谷で起きた男女五人を殺傷した通り魔事件の解決にかかわったとされる大学生に昨日渋谷署から感謝状が贈られました」

 彼はそのニュースを新東京テレビその場所でたまたま目に入った。


 楽屋とも呼べないフロアのロビー。地デジ化とうるさいテレビ局とは思えない旧式のブラウン管テレビにそれは映っていた。


「感謝状を授与されたのは東都大学2年生の藤林悠輔さん(19)渋谷通り魔事件の犯人を解決したして渋谷署署長賞が贈られました。この事件は五月15日に渋谷の大人気ファッションビル『シャイニーズ渋谷店』で田上明央容疑者が男女5人を殺傷したもので、たまたま恋人と『シャイニーズ渋谷店』を訪れていた藤林さんが田上容疑者を勇気を持って取り押さえました──」


「藤林……悠輔?」


 彼はまるで魂が抜かれたようにそのニュースに釘付けになり、まだ見ぬ英雄になった大学生の名を口走った。


だがそのニュースは無愛想に賞状を受け取る藤林悠輔の顔を一瞬だけ映しただけで、すぐに首都高の事故の話題に移り変わった


「──おい。エータ」


 名を呼ばれ彼はハッと我に返った。


 隣には小太りに眼鏡「綾波LOVE」という変なロゴの入ったTシャツを着た男──


 見た目どおりオタクっぽいが実際にもかなりのオタク湖川雅史、自称「秋葉原の申し子マサシ」だ。


「おまい、今のはないよぉー。お前のぼんやりで完璧にツッコミタイミング逃してるおー」


「あ……ゴメン、ゴメン」


 あまり迫力のないマサシの忠告に彼は軽々しく謝った。


 小柄な身体に黒と金──ツートンカラーのソフトモヒカンに両耳にジャラジャラと付けたピアス──


 オタクのマサと組むお笑いコンビ『トーキョーハンター』のツッコミ担当「渋谷の暴れん坊エータ」こと風間英太(かざまえいた)はどことなく都会的な空気をかもし出していた。


「おまいさあー、本気で今日の仕事するきあるのかぁ~」


「バカ!」


 そう言うと英太は勢いよくマサシの頭を叩いた


「あるに決まってるだろ! 当たり前のこと聞くなよ」


「じゃあなじぇ大事なネタ合わせのときによそ見なんか……」


「それは……あれだ」


 そういうと英太は取り繕うようにしゃべりだした


「オレ、ずーっと前から中島アナのファンだったんだ。ユキエちゃん見ると魂が飛んで言っちゃって……」


「へえ……ああいうのがタイプなんだ。エータって」


「ま……まあな」


 英太はそういうとぎこちない笑みを浮かべた。


 だがそんなみえみえの嘘も鈍いオタクには何とか本当の目的を悟られはしなかった。


「じゃあ、しっかりしてよ。そんなことより今は爆笑エンターティナーのオーディションでそ」


「そうだな。これってゴールデンで視聴率高い番組からな」


 そういうと英太はぐふぐふと笑った


「これに受かったらトーキョーハンター初のゴールデンだよな。ここは気合入れなきゃ!」


「そうそう、爆エンって色物芸人がひょっこり受かるらしいからさ、オタクとギャル男のコンビはきっとうまくいくお!」


「バカ! ギャル男じゃねえよ!」


 そういうとまた英太の激しいツッコミがマサシの二十顎にヒットした


「出来ることなら渋谷系ヒップホッパーって言って欲しいな。ギャル男だなんて言われると──寒気がするぜ」


「それじゃあ言いにくいでそ。ギャル男でじゅうぶ……」


「うるせー! これでいいんだよ!」


 英太の平手打ちに近いツッコミがまたしてもマサシのぷよぷよのほっぺをしばいた。


 だがそれに対しマサシはいつもの調子にへらへらと笑いながら答えた。


「おお! やっとエータのツッコミにいつものキレがもどったお!」


「バカ! オレはコレが普通だぜ? 爆エンオーディションはこれ以上のツッコミを……」


 その時だった。


自分たちとそう年の離れていないADが書類を持ってロビーに出てきて一言言った


「えーっと……これから爆笑エンターティナーのオーディションを行いますので、番号の順に部屋にお入りくださいー」


「おっと、ついに始まったな」


 そういうと英太はなんとも言えない不敵な笑顔を浮かべた。


「よーし、マサ。この番組を足がかりに全局のゴールデン制覇しようぜ!」


「おー!がんばろー!」


「そんじゃ……」


 英太はそういうとマサシにしかわからないアイコンタクトを送って言った


「最後に決めギャグの練習といこうか!」


「ほい!」


 そういった瞬間、マサシはすっと身体を下にかがめすっと両手を横に広げた。


 そしてすかさず英太も彼の後ろに立ち手を真上に上げて一言言った。


「東京タワー!」


2 メイド、仁科ともえ

同時刻──秋葉原、某大型電器屋ビル


 たくさん並んだ最新型薄型テレビがフロア中にびっしりと並べられ、それぞれバラバラの番組を映し出している。


 彼女がこの店にくる目的は電化製品がほしいわけじゃなくただの近道。


秋葉原駅直結でこの店はつづいておりここから出た方が少しだけだが早くアキバを抜けられる、ただそれだけの話。


 だから並べられたテレビなどいつもは何の興味もなく素通りしていける──はずだったのだ。


 だが、彼女はあるテレビの前で厚底ブーツを履いた足を止めた。


 液晶テレビに映るのはどこの局かさえわからないニュース番組。


 普通なら目にも留まらないような存在のその番組に彼女は釘付けになっていた


「五月十五日、渋谷で起きた男女五人を殺傷した通り魔事件の解決にかかわったとされる大学生に昨日渋谷署から感謝状が贈られました」


「おや、お客さん……」


 呆然とそのニュースを眺めていた彼女に一人の店員が話しかけてきた


 赤い法被に鉢巻姿──いかにも暑苦しそうな店員だ。


「そのテレビいいでしょう。松芝のアクアいって今一番当店で売れているモデルなんですよ。画質は見てのとおり最高! ほら新東京テレビの中島アナがこーんなにも綺麗に写っちゃって──すごいでしょー!買うなら今ですよー!」


 だが店員の問いかけにも彼女は黙ったままじっとニュースにかじりついていた。


 それを見た店員は苦笑を隠しながら彼女の年恰好を観察した。


 真っ黒なフリフリのレースのワンピースに真っ赤なリボンをあしらったツインテール。


 太ももまで覆ったニーソックスをはいて靴はこれでもかというほど厚底だ。


 確かに目立つ格好ではあるが、ここ秋葉原ではそう珍しくないゴスロリファッション。


 それを見た店員は戦法を変えて彼女に売り込みを図りだした。


「お客さん、アニメとか好きでしょ~。わかりますよ、ここの土地柄そんなお客さんたくさん見てきましたからね。では、どうです? このテレビだとアニメも信じられない高画質で見られますよ。最近のアニメはすべてデジタルで作ってますからね。それを受信するテレビもデジタルじゃないとねえ……遅れてるって感じがするじゃないですか?」


 それでも彼女からの応答はない


 手ごわい客だ──店員はそう思ったのだろう。


 店員は近くにおいてあったチャンネルを手に取ると、おもむろにニュースをCSのアニメ放送に切り替えてしまったのだ


「あ……」


 彼女はそのとき初めて反応を見せた。


「どうですかぁ~! やっぱり見てみないと高画質の実感はわかないでしょう……」


 だがその瞬間、彼女は怒った顔をして店員をにらみつけた。


 それを見て店員から一気に余裕の色がなくなった。ゴスロリの彼女の激怒した姿は思っていた以上に迫力があったからだ。


「バーカ! なにすんのよ!」


 彼女はづけづけと店員にそう詰め寄ると一言そういった


「アタシはただニュースが見たかっただけ! なのに勝手にチャンネルなんて──この店やっぱりネットで言われているようにサイテーだね!!


 そう言うだけ言ったあと店員を置いて彼女は踵を返してエスカレーターの方へと歩きだした


 あの空気の読めない店員に邪魔をされて重要なところは聞けずじまいだったが、彼女が特段そのニュースに固執するのにはわけがあった。


 あの通り魔事件を取り押さえた東大生──間違いない。彼はあたしの運命の人だ。


 そう思った瞬間、彼女の口元ににやりと笑みが浮かんだ。


 彼の姿を見て彼女は図らずもとてつもなくうれしい気分になり、心を躍らせながら軽々しい足取りでエスカレーターを降りていった。


「藤林──悠輔、か」


 エスカレーターを降りきって秋葉原の街に出た彼女は一言彼の名をつぶやいた。


 あの人も同じ町で同じように生活している。


 それはそれで嬉しいけど、彼は忘れてないだろうか──彼の許婚になるはずであった仁科(にしな)ともえという少女がいたことを……

 




「いらっしゃいませ!ご主人様!」


 秋葉原の雑居ビルの最上階、ドアを開くとピンクの壁紙と大勢の若き乙女のメイドがエンジェルボイスをそろえて客人を迎え入れる。


 メイドブームが去った今でも客足は盛況なメイド喫茶「ぶるーむ」に仁科ともえは働いていた。


「ご主人様はここは初めてですかぁ?あたしともえって言うんです。これからもよろしくね!」


 メイド服姿のともえは一言そういうと、客人にお絞りをそっと手渡した。


 客──と言ってもほぼ六割はアキバの常連のオタクたち。残り四割は観光がてらにやってきた素人さん。


 でもどちらも適当に愛想を振りまいていればかなりの確立で喜んでくれる──これが男ってやつなんだろうね。


「そっかぁ、ともえちゃんって言うんだ」


 眼鏡をかけた太った男──早く言えばキモデブってところだろうか。彼はともえの前に座るとしげしげと彼女の顔を見つめた。


「ともえちゃんは……何歳なんだな」


「えーっと、17歳でーす」


 嘘だ。本当は19歳のれっきとした大学生だ。


でも、これもサービストーク。信じようが信じないが本人たちの勝手だ


「家は東京なの?」


「んー、一応……ね」


これも嘘。本当は長野の片田舎育ちだ。


「そっかぁー」


 キモデブ男はそう言いながら真顔な顔をしてともえを見た


「ところで、どうしてメイドなんかになったの? もしかして自分からアピールして雇ってもらったの?」


「んー、ちがいますねえ」


 そう言うとともえは困ったような表情を浮かべた


「あたし、もともとアニメとか好きでさぁ……秋葉原うろついてたらこの店にスカウトされちゃったの。まあ、普段着てるのもゴスロリだしぃ、別に違和感はないです」


 この話だけは本当。初めて大学進学のため上京して真っ先に秋葉原に行ったら、早速メイド喫茶のスカウトが入った。


 メイド云々には興味はなかったけど、秋葉原で働けるってことだけで自分は即決したかもしれない。


 そしたら、あれよあれよと言う間に人気メイドの一角を担い、裏では相当のファンが着くような──アイドル的存在になってしまったのだ


「へえーメイドもスカウトされる時代なんだ。なんか芸能界みたいだね」


「ですよねぇー」


 そう言うとともえはケトルに入った紅茶をカップに注いだ


「あたし人気出過ぎで困っちゃってるんです。学校や家にもファンがおしよせて……ストーカー被害なんてしょっちゅうですよ」


「ええ! ストーカーってそんなにひどいの?」


 その問いにともえはこくりと頷いた


「じゃあ、そいつら僕がやっつけてあげるよ!」


「え……」


 その言葉にともえは思わず絶句した


「ともえちゃんはかわいいから絶対変な虫がやってくるでしょ!そいつらを僕が追い払って──!」


「そこまでしなくていいですぅ!」


 ともえの声は店内に響き渡った。


「あたし、これでも護身術習ってるんです。これで結構ストーカー撃退できるし……」


 護身術──本当はそんなかわいいものじゃない。


 自分が会得してしまったのは戸隠流忍術。下手すればストーカーを撃退どころか死の一歩手前にまで追い詰めてしまう技ばかりだ。


 でもそんな裏の顔はメイドになってるときにはご法度だ。


かわいくみんなに愛されるメイドにならなければ──


「あー、でもやっぱり守って欲しいかなあ……あたし、結構怖がりなんですぅ」


 猫かぶりはこの店でバイトしているときに身に着けた技だ。今は忍術云々よりどれだけ人に愛されるかが大事なのだ。


「よかったぁ」


 その言葉を聞いてキモデブは深いため息をついた


「ともえちゃんがストーカーぼこぼこにするところ想像しかかったけど、よかった。やっぱり女の子だね」


「はい! あたし、か弱い女子ですもん」


 ぼこぼこね──本当は実際にそうしかかったストーカーばかりなんだけど……


 ともえはその言葉を心の中でつぶやきながらキモデブの手前のカップに紅茶を注いだ。


 だけど、本当に自分はストーカーをぼこぼこにするほど可愛い娘なんかではない。手加減を間違えればそのストーカーを血みどろにしてしまうほどの力を秘めている。


でも、そんなこと言えない。今の自分は戸隠流の継承者の仁科ともえではなく「ぶるーむ」の人気メイドのともえなのだから。


「あ……」


 そう言うとともえは店の時計を見上げた


「もう三時──」


「え? 何か用事でもあるの?」


 キモデブがそう聞いてきたのでともえは困ったような笑顔を浮かべて否定した。


「ううん、なんでもないですぅ。気にしないで」


 でも、本当は気にしないってレベルの話ではない。四時半から絶対に出なければいけない大学の授業が入っていたのだ。


 この前担当の講師にこれ以上休むと単位をやらないよと言われたかなり危うい授業なのだ──


「だったら、いいや。僕、ともえちゃんとこうして話してるだけで幸せだからー」


「そうですかぁ~」


 そう言うとともえは引きつったような笑顔を浮かべた。


「そういわれると、ともえ……うれしいですぅ~」


 ──さっさと帰れよ。このキモオタデブ!!


 ともえは表ではピンク色の愛嬌を振りまきながらも心根の奥でブラックな毒をはき捨てた。


 この客をさっさと帰らせれば、ギリギリ大学の授業は間に合うだろう。


ただ──このキモデブがどこまで居座るかが、問題だ。


 ともえはキモデブに見られないように小さくため息をつくとまた輝くような笑顔を彼に向けた。


 アイドルメイドともえの時間への戦いはまだ始まったばかりであった。



3 JAあおもり職員、応野邦彦

同時刻──銀座


 彼は早めの昼食を軽くとりながら事務所にある小さなブラウン管テレビを見ていた


 新東京テレビのニュースショー、人気アナウンサーの中島雪季絵が淡々と読むニュースに彼はおにぎりをもつ手を止めていた。


「五月十五日、渋谷で起きた男女五人を殺傷した通り魔事件の解決にかかわったとされる大学生に昨日渋谷署から感謝状が贈られました」


「……ほう」


 そのニュースを聞きながら彼は手元のリモコンをつかって音量を上げた。


 ずっと注目はしていたニュースであった。


 凶器を持った通り魔を大学生ごときが簡単に制圧するなど普通ありえない。ありえるとしたらその大学生が普通じゃないという可能性しかない。


 それを思うと彼はその大学生の正体が気になって気になってしょうがなかった。


 だが、その大学生の名前と表情がブラウン管に映し出されたそのとき、事務所のドアが開き一人の同僚が彼を呼んだのだ。


「応野君、食事終わったかな? 終わったんなら手伝って欲しいんだけど……」


 それを聞いて彼は持っていたおにぎりを一口で食べ、ペットボトルのお茶を胃に急いで流し込んだ。


 そして、席を立ち上がるとにっこりとやさしげな笑顔を浮かべた


「ええ、今すぐいきますよ」


 同僚の男は思わず応野邦彦の姿を呆然と見上げた。


 彼はまるで聳え立つ壁のように身体が大きくそして頑丈そうだった。


 毎日彼を見ていて慣れているからとはいえ、立ち上がるとどうしてもその身体に見入ってしまうのであった


「応野君っていつからこんなに身体が大きくなったの?」


 同僚の男のその問いに、邦彦は嫌な顔一つせず淡々と答えた


「そうですね……大きくなり始めたのは小学生の高学年あたりかな?」


「え!? そのころから……」


「仕方ないですよ。うちの家系は身体が大きな家系ですから──」


 そういうと邦彦はふふっと笑った。威圧感のある体型ではあるが彼の笑顔はとても柔和で親しみがもてるものであった。


「それで、何か問題でもあったのですか?」


「いや……ね、ちょっとお店の方が忙しいらしいからさ」


「ははあ……わかりました」


 邦彦はそう答えると、椅子にかけてあった法被を大きな身体に羽織った


 そこには『JAあおもり』とでかでかと書かれていた。


「じゃあ、そっちにいきます」


 そう言うと応野は巨体を揺らしながらゆっくりと事務所の外へ出た


 銀座の路地にある青森物産館。そこは昼時の買い物客で盛況で満ち溢れるような活気に沸いていた。


応野邦彦(おうのくにひこ)は本来ならば青森の農協職員なのだが、半年前に転勤になり東京のアンテナショップに派遣されてきた。


主な仕事は各企業への青森の特産品の売り込みであるが、時々だが頼まれて店の手伝いも買ってでていた。


「お客さん! 青森りんごのタイムセールス中ですよー! これ3つで198円! 東京では考えられない安さでしょー! 買うなら今!ここで!ですよー!」


 応野の先輩のJA職員安嶋がそう声を掛けたそのとたん、店内の買い物客がどっと押し寄せてくるような感覚に邦彦はおそわれた。


 そう今のご時勢、誰しもが値段に敏感になっている。もともと物価の高い東京だとそれは尚更だった。


 タイムセールが始まったとたんビニール袋に入ったりんごの詰め合わせは飛ぶように売れ始めた。


 まるで、デパートのバーゲンセールだ……邦彦はそう思い顔を引きつらせそうになったがすぐに考えを入れ替えにこやかに笑いながらりんごの入ったビニール袋を客に渡していた。


 しばらくして、タイムセールス用のりんごの袋も少なくなり、客もそろそろまばらになってきたかと思ったとき、邦彦の前にワゴンよりも小さなお客さんが百円玉2つを握り締めた手を差し出していた。


 それに気づいた邦彦はその手の持ち主をチラッと見た。


まだ5歳ほどの小さな女の子だ──それを見た邦彦は少し微笑ましい気分になった。


そして安嶋に気づかれないように袋の中にもう一つおまけのりんごを入れて彼女の前に出て身体をかがめた


その瞬間、女の子は顔を硬直させた。


いくら身体をかがめても190センチは超える偉丈夫の身体だ。子供が威圧感を感じないわけがなかった。


「はい、どうぞ……」


 なんともにこやかな笑顔でりんごの袋を渡そうとしたとき、応野の前で女の子は堰を切ったように泣き始めた。


 それはどんどん大きくなり誰もが収集がつかなくなるほどだった


「応野君……君が子供の相手しちゃだめだろう」


 それを見ておろおろしている邦彦を見上げながら安嶋はあきれた声を出した。


 まるで、自分の身体が大きすぎるのが原因だと言わんばかりに。


「すいません……うちの子が」


 騒ぎを聞きつけてか女の子の母親と思われる女性が彼女の前に駆けつけた。


 しかし、彼女は泣き止むことはなくさらにいっそう何声を大きく上げた


「この娘なにかしましたか?困らせてしまってすいません」


「いえいえ、いいんですよ。こちらこそ対応不足で……」


 女の子の母親と先輩の安嶋が会話に気を取られている間、邦彦ははっと何かを察した。


 ついさっきまでそばで泣きべそをかいていたあの娘の声がまったく聞こえなくなっていたのだ。


 邦彦は込み合う店内をくまなく目で探した。そして一瞬だけアンテナショップの出入り口から出ていく彼女の靴を見つけたのだ。


 その瞬間、邦彦はすばやく売り場から離れて彼女の後を追っていた。


「ちょっと、応野君──」


 急に動き出した邦彦の巨体に驚いた安嶋は彼を制止しようとした。


だがその直後、母親はおろおろした様子で一言言った


「あれ、由美ちゃん──どこ?」


「え──?」


 女の子の母親と先輩の安嶋が置いてけぼりにされているその時、邦彦はアンテナショップの外へと飛び出した。


 彼の目の前の道路には女の子がりんごの袋を重たそうに持ってたどたどしく歩いていた。


 邦彦はそれを見て声を掛けようか一瞬戸惑った。


 先ほどみたいに自分の姿におびえ泣かれてしまっても困る話。だが、放っておくわけにはいかない──


 そう思った瞬間、邦彦は何かの気配をすばやく感じ取り女の子の遥か前方を見張った。


 そこには猛進してくる大型トラックの姿が見る見るうちに近づいてきたのだ。


 その瞬間、邦彦の表情はガラッと変わった。細くて柔和だった瞳を鋭く見開いた瞬間、彼はアスファルトを強く蹴り、トラックの目の前の女の子めがけて走り出した。


 けたたましく鳴り響くトラックのクラクション、それを見て呆然と立ち尽くす女の子──


 駆け寄った邦彦が彼女を抱き寄せたそのときにはトラックはすぐ眼前にせまっていた。


 それでも邦彦はまったく焦ることなく彼女を抱き寄せるとトラックに背を向け身体をかがめた。


 次の瞬間、事態は最悪の結果を生んだ。


 けたたましい急ブレーキ音とともに響く鈍い音。トラックは女の子がいた場所から少し流れてからゆっくりと停止した。


「由美ちゃん──!」


 女の子の母親はそれを目撃して声にならない声を叫び駆け寄った。


 ざわざわとただ回りのギャラリーの潜み声だけが大きく響く現場。


 誰しもが少女とそれを守ろうと飛び込んだ青年の安否を絶望視したそのときであった。


「ママ……」


 駆け寄った母親の耳に細い声大きく響いた。


 母親ははっとトラックの足元を見た。そこにはまるで大きな岩のように立ちはだかった男に守られるように女の子がきょとんとした表情で周りを見回していた。


「由美ちゃん!」


 それを見て母親は安堵の表情を浮かべ彼女に駆け寄った。


しかし、その次に襲われたのは娘の身を挺して守ったアンテナショップの店員への罪悪感だった。


トラックと激突したのだ。彼はきっと助かってはないだろう──


 そう思ったその時だった。


 彼はぱちっと目を開けると何事もなかったかのようにゆっくりと立ち上がった。


 そして、ゆっくりと肩を回しながら一つため息をついた。


 その様子を見て、周りのギャラリーは驚嘆のざわめきを強めた


 ──当たり前だ。大型トラックともろに激突したというのにけろっとしている男が目の前にいるのだから……


「──応野君?」


 そこに焦った表情で駆けつけた安嶋が声を掛けた


「君、無事なのかい? 怪我はないのかい?」


「え──?」


 それを聞いて邦彦は不思議そうな顔をした。


 ちょこちょこ肌の表面からは血が滲んでいたが、ただのかすり傷だとはわかっていた。


「別にどこも痛くありませんけど……」


「そういう問題じゃないでしょうが!」


 そう言うと安嶋は少し怒った様子で言い放った


「君はトラックに撥ねられたんだよ。それでどこも痛くないなんてありえないでしょ」


「はあ……」


 その問いに邦彦は返答に困った。


 まさか言えるはずがない。自分は状況に応じて身体を鋼化できる特異体質だなんて──


「とにかく、今すぐ病院に行きなさい!」


「でも──」


「でももクソもないよ! 君は車に轢かれた怪我人なんだから!」


「はあ……」


 その言葉に邦彦は困ったように頭をかいた。


 ──少し問題があったかもしれないな。


 邦彦は自分が激突したトラックのヘッドバンパーが大きくへこんでいるのを見て、事の重大さを痛感し始めた。


 きっと渋谷で通り魔を鎮圧したあの大学生も同じような気持ちだったのだろう。


 自分たちの力はこんな大勢の人の前で露にするにはあまりにも危険すぎる。彼らの前で自分の存在を世間に誇示するのは忍者としてあってはならないことだ──


 だが彼も自分も同じ言い訳をするであろう。こうするしか他なかった──と。


 救急車のサイレンが遠くから急激にこちらへ近づいてくる。


 多分どこを診ても異常は見つからないとは思うけど、あれに乗るほか残った手段はなさそうだ。


1 風魔の英太

「……はぁ」


 初めてのゴールデンの地となるはずだった新東京テレビの岐路、英太は電車のシートに座り深いため息をついた。


「ものも見事に……すべったな」


「……そうだね」


 相方マサシは言葉少なにそういうと手に持った携帯ゲーム機の方を集中させた


 何のゲームだかわからないが、きっとRPGのレベル上げだろう。先ほどから同じ動きしかしていない気がした


「しかし、なんでだろうな……前のコンビ俺たちよりすべってたはずだぜ? なのにあいつらはオンエアに乗るなんて──なんか理不尽だよな」


「うん……」


「ここまで来たらプロデューサーの好みとしか言えないな。爆笑エンターティナーって某プロデューサーのお気に入りじゃないとオンエアされないって噂だし──」


「へー、そうなんだ……」


「俺たちの前に出てきたコンビ──なんていう奴らだったっけ?」


「ピクシーズじゃなかった?」


「そうそう、いい大人の男が妖精コントしだすから、痛いのなんのって──」


「……」


 ゲームに没頭して沈黙するマサシを英太は苦々しく睨み付けた


「お前、よくこんな気分でゲームしてられるな」


「うん、嫌なこと忘れるから」


「そういう問題か? オレにはお前の神経がわからん」


 そういうと英太は腕組みを組んで窓の外を見た。


 もう日はどっぷりと暮れていた。


「ところで、エータ」


マサシはDSのボタンを押す手を止めずに一言言った。


「……なんだよ」


「今年も学園祭のオファーの頃だよね」


「ああ、そうだな」


 かったるい──英太はそう言いたげに深いため息をついた


 お笑い好きが集まるライブハウスとはちがい、大学生しかいない学園祭の水はどうもトーキョーハンターの肌に合わない気がしていたのだ。


「なんかさー今年、うちの事務所すごい大学担当になったらしいお」


「すごい? まさか東都大学とか言うなよ──」


「ピンポン! すごいじゃんエータ。大正解だお!」


「……マジで?」


 その一言に英太はくるっとマサシの方を振り向いた。


「どうするー? 東都大学なんてインテリだらけで絶対においらたち受けないよー」


「お前、そんなことでびびってるの?」


「だって、あんな中でおいらたちのネタやったら公開処刑みたいなもんだお……」


「バカだなあ……お前」


 そういうと英太は携帯ゲーム機に夢中のマサの目をじっと見るように言った。


「受けるか受けないかやってみなきゃわかんないだろ? たとえお笑いとか知らないエリート大学生でももしかしたら──受けるかもしれないぞ」


 その一言にマサシは初めて携帯ゲーム機から手を離し英太の顔を見た


「あれ?エータ……心変わりしたの?」


「何が?」


「だって、大学生に俺たちのネタは受けないって言ってたのおまいじゃん……」


「ああ……そのことね」


そう言うと英太は不敵な笑顔を浮かべた。


「そんな選り好みしてたら俺たちってビッグになれないような──そんな気がしてさ」


「それはそうだけど……」


「それにあの天下の東大生を笑わせてみろ、それだけでも俺たちに箔がつくんじゃね? これってチャンスだと思わない?」


「うーん」


 その言葉にマサシはしばしの間うなったが、すぐに頭を縦にふった。


「そうだお! エータの言うとおりだお!」


「だろ?」


「よーし、こうなったら東大生を爆笑させるネタ考えるっきゃないでそ! エータこれからおいらのうちに──」


「それはパス」


 英太その一言にマサは呆然とした顔をした。


「……なじぇ」


「だって俺──今日これから人に会う約束あるからな」


「これから──? エータって彼女いたっけな……」


「じゃ、俺はこの辺で……」


 そう言うと英太は座席を立ち電車のドアのほうへと歩いていった。


 マサシははっとした、話し込んでいて気づかなかったが英太が電車を乗り換えるターミナル駅に近づいていたのだ。


「エータ。明日は空いてるよな?」


「さあなあ……俺のバイト次第──だな」


「バイトねえ……」


──あれ、ところでエータって何のバイトしてるんだっけ? 


 その言葉を聞いてマサはふとそう思ったが、聞き返そうとしたときにはもう英太は電車を降りてしまっていた。


 何故だろう──電車を降りてホームに向かうエータはマサの知ってる彼とはどこか違うような気がした。

 




 摩天楼の底の底、世間の喧騒から離れたビルの谷間を彼は冷めた目で見下ろしていた。


 ビルの屋上の縁にちょこんと腰をかけ、まるで何かを待ちわびているかのようにその下を見つめ続けていた。


 風間英太は普段絶対に着ることのない黒のタンクトップを着ていた。


 そして、その右腕に彫られているのは摩利支天の刺青──風魔忍者の旗印だった。


「何の用だよ? 理沙」


 英太は後ろを振り向くことなく背後から迫る女の影を一言静止させた。


 彼女の腕にも摩利支天の刺青が彫られていた。


「いいえ、別に」


 理沙と呼ばれた女は英太よりも若干年上に見えたが、彼女は彼に一言一礼し敬意を払った


「今日はえらくお早い登場と思ったのよ」


「夜が暇になった。ただそれだけ」


「ふーん。またオーディションにスベったのね」


 その一言に英太は初めて表情を曇らせ理沙のほうをにらみつけた。


「……うるさい!」


「その様子を見ると図星のようね」


 そう言うと理沙は英太の横に立つと淡々とした表情で語りだした。


「ねえ、あなたいつまで売れない芸人やるつもりなの?」


「それは、俺が納得するまで……」


「あなた、自分の立場わかってるの? あなたは風魔流に残された唯一の継承者なのよ! それなのに忍ぶ世界とは正反対の芸能界めざすなんて……どうかしてるし!」


 その言葉を聞いて英太はうんざりした表情を浮かべた


「あーあ、また理沙の説教が始まった」


「説教じゃないの! 私はあなたのいるべき場所に戻れって言ってるの!」


「その話はもうやめよう」


 そう言うと英太はビルの縁にゆっくりと立ち上がった


「俺は風魔を継ぐ前に小さい頃の夢を叶えたかっただけ! それだけだよ」


「でも……さ」


「それに俺ちゃんと任務もそつなくこなしてるだろ! それでも文句あるのかよ!」


「………」


 その一言に理沙は反論する言葉を失い、悔しそうな表情をかみ締めた。


「わかったわ。好きにすればいいじゃない」


「言われなくてもそうするよ」


「でもね、これだけは覚えておきなさい!英太!」


 そう言うと理沙は険しい表情で英太をにらみつけた。


「もし他流派の連中が私たちを攻撃するような状況がこれから起きるかもしれない……そうなったら、あなた芸人をすっぱり辞めて私たちを率いて頂戴」


 それを聞いて英太は無邪気な高い笑い声をあげた。


「おいおい。理沙、それマジで言ってるの? こんな時代に忍者大戦みたいなことあるわけねえじゃん」


「……私は本気よ」


「本気かハッタリかは知らねぇけどさ、そうなったら超面白いよな!」


「は?」


 理沙は目を点にして英太を見た。彼はニヤニヤと不敵な笑みを浮かべながら期待に胸を躍らせているようだった


「だって、日本──いや世界で一番強い忍者がそれで決定されるんだろ? そんな状況、俺は燃えちゃうね。最強って言葉、すっげぇ魅力的!」


 その言葉を聞いて理沙は不思議そうな表情で英太を見た。


 どうしてこんなに忍者としての素質があるっていうのに、この子はお笑いの道など選んでしまったのだろう?


 いくらお笑いの道が夢だと言っても、彼には許されない道だとわかっているはずなのに……


 そう思うと理沙は英太のことがますますわからなくなり首を傾げるしかなかった。


「さて……と」


 英太は一言そういうとビルの下の様子を鋭い瞳で覗き込んだ。


 眼下には数人の人影がこちらの様子を先ほどからじろじろと伺っている。


「理沙、客が来たようだぜ」


「あら、本当」


「……なあ、今日は俺一人であいつら片付けていい?」


 英太のその問いに、理沙は一瞬首をかしげた。


「えらい張り切ってるわね」


「当たり前だろ。俺は今モチベーションが上がってるの!」


 そう言うと英太は懐から一本の短い棒を取り出した。


 それは英太の手に握られるといとも簡単に三倍の長さに変化し、そして彼はその棒を軽やかに回して見せた。


「まあ、見てろよ。あんな雑魚5分で片付けてやるよ」


英太は一言そういうと、何のためらいもなくビルの屋上から宙へと踏み切った。


そして暗黒漂う谷間の中心へと変形棒を構えて急落下していった。


ビルの谷間で待ち構える人影たちは、その異変にぎょっと空高く見上げた次の瞬間、英太は棒を振りかぶり激突する地面めがけて振りぬいた。


その瞬間、衝撃で地面はえぐり上がれ激しい衝撃波が彼らの身体を吹き飛ばしてしまった。


はらはらと宙に舞う土埃の中、くぼんだ地面の真ん中で英太は棒を構えて立ち尽くした。


目の前の敵は暗闇の中どこからともなく増えていく。


──そうだ、それでいいんだ。


英太はそれを見てにやりと笑みを浮かべ瞳を鋭く光らせた。


そして、無言のまま彼は好戦的に敵に棒を突きつけた次の瞬間、彼は地を蹴り敵に向かっていった。



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