目次
1章 現代に巣くう忍たち
1 東大生、藤林悠輔
2 警視庁幹部、相馬泰
3 侵入者
2章 休日の忍たち
1 そして、平凡な一日が始まる
2 女子大生、進藤早紀
3 渋谷の通り魔
3章 足跡を残した忍たち
1 事件現場
2 警察官、上月静夜
3 容疑者、田上明央
4章 取調室の忍たち
1 テレビ記者、叶陽一郎
2 激突-伊賀と甲賀
3 静夜の罠
4 追跡者たち
5章 オモテの忍たち
1 お笑い芸人、風間英太
2 メイド、仁科ともえ
3 JAあおもり職員、応野邦彦
6章 ウラの忍たち
1 風魔の英太
2 戸隠のともえ
3 応変の邦彦
7章 アキバの忍たち
1 ともえと悠輔
2 帰り道
8章 学園祭の忍たち
1 東都大学若葉祭
2 舞台袖
3 トーキョーハンター
4 同業者
5 最強
9章 嵐の前の忍たち
1 ともえと早紀
2 ツイてるともえ
3 ツイてない悠輔
4 邪魔者
5 嵐が来る
10章 相見える忍たち
1 知らなくていい真実
2 悪い夢
3 百地悠輔という男
4 集いし5つの流派
5 赤い瞳の一族
6 ともえの提案
7 激突する赤と青
8 別れなさい
11章 動き出す忍たち
1 六本木のオフィス
2 戸隠の女王
3 忍者王
4 アキバのアイドル劇場
5 同盟
12章 恋煩いの忍たち
1 恋人は忍者
2 最後のデート
3 守ってみせる
13章 集結する忍たち
1 警視庁のメッセンジャー
2 集結した忍たち
3 悠輔の企み

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11章 動き出す忍たち

1 六本木のオフィス

同時刻──六本木


通称六本木ヒルズと呼ばれるこのセレブタウンの一角のオフィスで彼はじっとパソコンのディスプレイを眺めていた。


しわ一つ無いぱりっとしたブランドスーツにきっちりしめられたネクタイ。それに鋭い視線を覆い隠すような眼鏡──


彼は残業のキーボードを打つ手を止め、ふと背後に広がる東京の摩天楼を眺めた。


相変わらず良い風景だ──


彼はそれをみてふっと表情を崩したが、すぐに気を入れ直すようにその視線は鋭くなった。


「社長……」


闇に沈んだオフィスの中その男が急に這い出るように彼の前に歩み出た。


 その瞳はどこか虚ろげで病的な光を帯びていた。


「なんだね……」


『社長』と呼ばれた彼はその男を見るなり険しい顔を見せた。


 それは企業のトップの顔というより別次元の険しさと鋭さを兼ねそろえた恐ろしい顔だった。


「ついに主要五流派が衝突しだしたようです」


 部下の男は彼を前にしてピタリと表情を動かすことなく淡々としゃべった。


 それは男自身が機械のような冷たさを放っているかのようであった。


「そうか……」


 彼は男の形式的な報告に彼は口元ににやりと笑みを浮かべた。


「ついに始まったか」


 それを聞いて彼はまるで気持ちがうずうずするような気分に陥った。


 この摩天楼の下で現代の忍者たちが生き残りをかけて熾烈な戦いを繰り広げる──その時をどれほど待ちわびたか。


 他の流派がつぶし合いをしてくれる中だからこそ、自分たちの躍進のチャンスが巡ってくる。


 彼はそれを重々判っていたのだ。


「──俺は出かける」


 彼はそう言い残すとオフィスチェアから立ち上がり機械的な男の前に立ちはだかった。


「彼らの後始末はお前たちに任せた。くれぐれもヘマをしないようにな……」


 彼はそう言うと男の目の前である暗示をかけるように指をパチンと鳴らした。


 その瞬間、男は瞳に人間的な光を取り戻したがすぐにその瞳は空虚に濁った。


「わかりました。社長──私はあなたの駒ですから」


 男はそう言うと彼に深々と礼をする。


 それは上司と部下というより支配者と僕という関係の方がしっくり来る光景であった。


「あとは頼んだぞ……」


 その瞬間、彼はふっと笑うとオフィスの向こうの闇の中へと溶け込むように消えていく。


 ただ去り際に眼鏡の奥の真紅の瞳だけを邪悪に光らせながら。


2 戸隠の女王

「あーっ! マジ疲れたし!!


 ともえはピンクで彩られた自室につくとフリフリのレースのベッドに沈んだ。


 そして仰向けに体を変えると、その天井に花と一緒に飾られた有る写真を恨めしく眺めた


 それはともえが一三歳の時に初めて見た時当時のお見合い写真を引き伸ばしたアイツ──藤林悠輔の一五歳の肖像


 今よりか大分幼く鋭さは感じない眼鏡姿の少年だけど、この姿だけ想って今まで五年間生きてきたというのに──


 憎らしい。アイツが憎らしい。


 ともえは写真から目をそらすようにもう一度身体をうつぶせに転び直すと深いため息をついてくまのぬいぐるみを抱きながら無駄にストラップが付いた携帯電話をいじりだした


 そしてともえはそのまま有る人物に電話をかけ始めた


 コール音が二三回──そして電話の向こうの人物はいつもと同じようにハイテンションな声ででた


「もしもしー。ともえちゃんかしらぁ?」


 年端に似合わず甲高い女の声。


 誰も知らなければ若い娘のような声にも聞こえるがこれでも40歳を過ぎたのオバサンだ。


「どうしちゃったのぉ? 自分から電話かけてくるなんて……」


「別に……」


 相変わらずな営業トーク全開の母、戸隠温泉旅館「にしな」の女将仁科綾の声を聞いてともえは不満げにベッドの上で身体を横に転がした。


「で、ともえ……今日の成果はどうだったのかしらぁ?」


「そんなの知らないっ! 忘れたいくらいよ!」


「あーら、ということは悠輔君にフルボッコにされたのね」


「違うっ!」


 母──こと戸隠流筆頭女頭目仁科綾のその言葉にともえはムキになってベッドから飛び起きた


「ともかくあんな奴知らないっ! 今まであたしがどれだけ悠輔を思って生きてきたか知らなかった上に東京で女作ってそっちの方がいいって言うのよ。もうっ!サイテーよッ!」


 その言葉に電話の向こうの綾はクスクスとわらいながら言った


「つまりあなた一般人に負けたのね」


「だーかーらッ! 違うってば!」


「いいのよー。あたしも昔同じような仕打ちを悠輔君のお父さんにされましたからね」


「悠輔の──お父さん?」


 母のその言葉にともえはきょとんとした表情を浮かべた


 だがそんなともえを置いて母の愚痴は止まらない。


「本当に藤林家の男どもはひっどい奴らばっかよね……あたしも昔、(けい)(すけ)に散々手込めにされて捨てられたのよ。ま、若気の至りってヤツね」


「藤林……圭輔……忍者王(キングオブニンジャ)


 ともえはまるで譫言のようにその名を呼ぶ


 噂には聞いていた──伊賀藤林流大家元藤林(ふじばやし)(けい)(すけ)。最大勢力伊賀藤林流を率いて忍者界のトップに君臨し続ける日本一残酷と言われる忍者王──


「なに……ママ、そんな男と寝たことあるの?」


 ともえは引きつった顔を浮かべ綾に真面目に問いかける


 だが電話の向こうの綾はいつもと同じ賑やかな口調で笑った。


「なーに。昔の話よ。昔の! それに圭輔ただのエロオヤジよ」


「そいつ日本一残酷な忍者じゃないの!?


「そんなに言うなら一度会えばいいわ。セクハラされるわよ」


 何その答え──ともえはそんな綾にムッとしながらもベッドの上に座り直し母に話を切り出した


「ねえ、ママ。聞きたいことが2つだけあるんだけど?」


「なあに?」


「一つはね……悠輔のこと。私と悠輔は許婚同士だってママ言ったよね」


 その問いに綾の楽しげな声が一瞬途切れ沈黙する。


 何その妖しい雲行き……と思いつつともえはさらに話を突きつめた


「なんかおかしいのよね。悠輔みたいな使い手が私の顔見ても覚えがないっていうのよね……とぼけてる感じじゃないし真顔で知らないって言うのよ。ママ、これってどう思う?」


 その言葉に綾はさらに沈黙を続けた。


 余りにも長い沈黙にともえは「ちゃんと答えて!」と催促しようとしたその時だった。


「ごめんねぇ……ともえちゃん」


 綾は相変わらずの明るい口調でともえに謝った


「あんたに早く伝えておけばよかったのかも知れないけど。もともと彼とのお見合いは無かったのよ──否、潰された……と言っても良いかしら」


「潰された?」


 母のその言葉を聞いてともえはさらに問い詰めようとしたが、その前に綾の怒気を含んだ声が電話の奥から響いてきた


「すべてはあの男──圭輔が悪い。私が切り出したお見合いの話を悠輔君に話す前に握りつぶしたのはアイツよッ!!


「はあ……」


「もう絶対に許さないッ!! ウチのともえちゃんを傷つけておいてタダじゃ置かない! 今度圭輔にあったときはコテンパンにしてやるんだからッ!!


 電話の向こうで母が地団駄を踏んでいるのが目に浮かぶ。


 自分の母親と悠輔の父親とどう言う因縁があるかは知らないし知る気にもならないけれども、ただ言えること──それは真上のお見合い写真の悠輔はあたし一人虚しく愛してただけ。


 なんだ。あたしなんかタダの道化じゃない……


「──ともえちゃん。大丈夫?」


 そんなともえを心配してか電話の向こうの綾は初めて母親っぽくともえを労って見せるが、その次にでた言葉はとんでもないものだった。


「悠輔君のこと、そんなにショックならウチの流派が藤林家に宣戦布告しちゃっていいのよ? 元はといえばあのエロオヤジが悪いんだから──」


「馬鹿いわないでよッ」


 母の恐ろしい言葉を聞いてともえはベッドの上に跳ね起きた。


「悠輔のことはあたしが蹴りを付けますッ! もう……ママが関わるとろくな事がないんだから」


「あら、そう言うことは悠輔君の命を奪ってでも一緒になろうって事?」


「そんなこと……ママに言う筋合いはないわッ!」


 だけど母の言う言葉は半分正解だった。


 もしかしたらあたしは悠輔の死を願っているのかも知れない。


悠輔があの東京女と一緒になりたいというならば彼の命を奪ってでもそれを阻止無ければ戸隠の姫と呼ばれる自分のプライドが許さない


 ただ、それを成し遂げるには今よりも相当なレベルが必要となる。なにせ相手は日本最大の忍者勢力伊賀藤林流──こちらもそれなりの覚悟で挑まなければ怪我どころでは済まされない。


「それよりもさあ……ママ、もう一つ聞きたいことがあるんだけど」


 ともえはベッドの上でごろりと体を変えながら電話の向こうの母に聞いた


「なあに?」


「ママ、応変流って知ってる?」


 その一言に綾の言葉が一瞬詰まったが、すぐにいつもの調子で返してきた


「──ええ、知ってるわよ。東北一の忍者集団で闘気術を最も得意にしてるって聞いたことがあるけど」


「そんなことあたしでも知ってるんですけど~」


 そう言うとともえはうつぶせに寝転がると暗い瞳を光らせ母に確信を突いた。


「ママ、ウチの流派とその応変流って昔何かあったの?」


「え──?」


「私、今日応変流のキモ男に散々邪魔されたんだぁ~。その時アイツが15年前戸隠に因縁着けられたって散々言うの。ホント意味ワカンナイし!」


 そう言うとともえは頬をぶうっと膨らました。


 だがそれ以上に動揺していたのは電話の向こうの綾だった。


「ともえちゃん……」


 先ほどの楽しげな口調は一転し、綾の声は低く暗く殺気までもが滲んでいるようにも聞こえた


「何から話せばいいのか……よくわからないけど、あなたの言うとおり我が戸隠流と応変流は15年前ある男を巡って大衝突をしたわ……それは壮絶であたしも数々の優秀な部下を失ったわ」


「それで?」


 母の声色の変わりように釣られるようにともえも声も自然と低くなった。


「勝ち負け? 向こうは東北の弱小集団よ。我が戸隠が負けるはずが無いじゃない……」


「そうじゃなくて……あたしが聞きたいのはその『ある男』の正体よ」


 ともえのその低い一言に綾は一瞬言葉を詰まらせたがすぐに声色を変えず言葉を続けた。


「あの男はとんでもない食わせ物だったわ。今考えてみると──何でアイツのために我が戸隠がこれほどまで血を流す羽目になったか、馬鹿馬鹿しくて腹が立ってくるわ」


「だからーアイツとかじゃ全然意味がワカンナイしッ!」


 ともえはムッとした表情を浮かべ母親の言葉に食ってかかる


 しかしそれを止めたのは綾の低く迫力のある一言だった。


「とにかく、ともえちゃん……赤い瞳を持つ一族には気をつけなさい」


「赤い──瞳?」


 その一言を聞いてともえは目をぱちくりしながらベッドの上に起き上がる。


 ともえは母の言っている意味がわからなかったが『赤い瞳』を持つ人間だけは一人だけだが特定できた。


 どうやらともえと悠輔、一族的にも深い深い因縁があるようだった。


「はいはい、わかりましたよ。藤林家の皆さんは今後とも注視してますよーだ!」


 それに対しともえはイライラした様子で電話の向こうの母に言い放った。


 綾はそれを見てクスクスと笑い声を上げいつもの調子で言った。


「あとね、ともえちゃん。伊賀と応変を相手にするなら、こちらも味方を作った方がよさげよ」


「味方!?


 それを聞いてともえはぎょっとした様子でオウム返しした。


「そうねえ……そうだとしたら残るは協力できるのは甲賀か風魔ね──」


「甲賀と風魔──ね」


 それを聞いてともえの脳裏に思い浮かぶのは二人の忍者──上月静夜と風間英太。


静夜は完璧に悠輔と対立しているから協力の話には乗ってくるかも知れない。だが──あの男は何を考えているのかわからないところが不気味。


だとすれば風魔の英太か──彼もまた勝手に悠輔をライバル視してる見たいだし、なんて言ったってあの男はかなりの単細胞だ。


「そうね──味方を作るのもいいわね」


 そう言うとともえはベッドの上でニヤッと病的な笑みを浮かべた。


「ありがと。ママ。お陰で光が見えたみたいよ」


3 忍者王

「──くそッ!」


 戦い終わりシャワーを浴びた悠輔は濡れ髪のまま小さな冷蔵庫を開けた


 よく見ると身体中至る所が切り傷だらけ──まあそういう光景を見るのは慣れた方だが、さすがに今日の事態には堪えた


 どこかの誰かさんのせいとは言わないが、どうしてあんなに日本で5本指に入るくらいの実力の忍者が集まってしまったのだろう。


 腕には自信がある悠輔でもさすがに彼ら全員を相手するのはどんなに命があっても足りない。


 だから──戸隠の姫の提案で水入りになったのは最初は頭に来たが内心安心したのも事実だった


 彼ら全員が自分を標的にしているならそれは3倍にして返すだけ──でも、そのためには自分はもっと強くならなきゃ無理だ


 もしかしたら最も恐れていたこと──大学生活どころじゃなくなる事態に発展するかも知れない。


 早紀にもおそらく自分の正体がばれてるだろうし、本当に踏んだり蹴ったりの一日だった。


「──くそッ!」


 もう何度同じ言葉を吐いたかわからない。


 悠輔は冷蔵庫の中からスポーツドリンクのペットボトルを取り出すと喉を鳴らしながら一気飲みした。


 そんな時だった。


 ちゃぶ台の上に置かれていた携帯電話がバイブと共に動き出した


 悠輔は不機嫌そうな表情を崩さず携帯電話の方へと歩いて行く


 サブディスプレイに映る発信先は──藤林圭輔。


「──父さん?」


 その名前を見て悠輔は驚きの色を顔に浮かべた。


珍しい──携帯を使って連絡なんて何年ぶりだろう。


まあ普段父親の連絡と言えば門下の者を使っての連絡ばかりなので、携帯の連絡は別の意味で稀だった。


悠輔は携帯を手に取ると表情を変えずに応答した


「よーう! 悠輔! 生きてるか?」


 開口一番、父圭輔はふざけた台詞を吐いた。


 それに対し悠輔は一瞬吹き出しそうになったが、すぐにその言葉の意味を悟った。


「生きてるって……もしかして今日の一件もう父さんの耳に?」


「当たり前だろ~今動画見てるけど、お前も災難だったなー。このメンツで生き残ったのが奇蹟だ」


 動画って──その言葉に悠輔は思わず絶句した


 今日の戦いの動画をだれが撮ってたというのか? 門下の者か? それとも静夜の息がかかった者か──どちらにしろ忍者王と呼ばれる藤林圭輔には今日の一件が筒抜けと言う訳だ


「で、今日は何の用? 今日のダメ出しでもしに来たの?」


「いや。ダメ出しするほどでもないだろ。お前はいつもと同じように完璧だった──ただ相手が悪かっただけ」


 そう言うと圭輔は小さなため息をついて言葉を続けた。


「お前、俺が東京行き許したときの約束事覚えてるか?」


「え──?」


 圭輔その言葉に悠輔は一瞬ためらいを覚えたが、すぐに言葉を返した

「1.勉学に勤しむ一方で伊賀藤林流東京支部を率いる事を忘れないこと。2.一般人に絶対正体を見せないこと。3.女遊びは大いにしてよし、でも深みにはまるな──」


「おー流石俺の息子だ。ちゃんと覚えてるじゃないか」


「馬鹿にしないでよ。これ高校卒業の夜に一筆書かされたんだよ」


「そうだっけ?まーいいや」


 そう言うと圭輔は小さな息を吐くと今までのおちゃらけた態度が一転した


「だけど、悠輔……今日これが破られたの気づいてるか?」


 その瞬間、悠輔はハッと息を呑んだ。


 一瞬、眼鏡の奥に光る父の真紅の瞳が頭を過ぎった


「まあ成り行きと言えば否定しないんだが、お前の交際相手──たしか進藤早紀さんだっけか──彼女におそらくお前の正体がばれている。これがどういう意味か解るか?悠輔?」


 それを聞いて悠輔は答えに躊躇いを覚えた


 だけど、逃げるわけにはいかない。それは突き付けられた現実なのだから──


「うちの掟では正体を知った人間は消す──ってことになるね」


「そうだな……」


 圭輔は淡々とした口調でそう肯定した


 さすが、日本一残酷な忍者と呼ばれる藤林圭輔だ──正体を知ったならば例え息子の交際相手でも手にかけろと平気で命令しかねない。


「こればかりはお前の一存を組まないと何とも言えない。だけどお前に残された道は3つ──何も言わず彼女と別れるか、うちの術で彼女の記憶を消すか──それとも」


「じゃあ、別れる」


 悠輔の答えは早かった。


 否、これしか最善の方法が無いと言ってもよかった


「お前はそれで良いんだな?」


「例外は認められないでしょう。大家元」


「解ってるんなら何も言わないよ──」


 圭輔はそう言うとククと小さく笑った


 電話でも相変わらず威圧感たっぷりだ。聞いてて風呂上がりの背中の汗が一気に引いた気がした。


「だけどなー悠輔。女遊びは禁止してるわけじゃないから。また新しい彼女つくればいいじゃないか」


「──そんな気になれるか」


 その言葉は悠輔の口から驚くほど綺麗に吐かれた


 なんで出たんだろう──一瞬、悠輔は自分のその言葉に驚きを隠せなかった。


「悠輔?」


 父圭輔はその言葉に困惑した様子だった。


 悠輔は急いで頭を整理し、まるで取り繕うように一言言った


「僕は父さんみたいな女好きじゃない。だから……とっかえひっかえ彼女を返るなんて考えられない」


「まあ、そうだけど……」


「こういう事態になったからには僕は表の生活を投げ打ってでも彼らと決着を付ける覚悟は出来ている──だから……当分彼女なんて──」


 その言葉を言いながら悠輔の心に大きな迷いが生まれていた。


 掟のために別れなきゃいけない女──だけどそれが正しいのか悠輔には解らなくなっていった


 こんな僕にも未練心が残ってるとはな──悠輔は一つ苦笑いをしてまた言葉を続けた


「だから、父さん。僕が引き起こした事態に僕は僕なりの形で片を付ける。だから父さん、もう口出ししないで欲しい」


 その一言に電話の向こうの圭輔は小さく笑った。


「ほう……じゃあそのお前なりの片の付け方っていうのを見届けるとするか」


4 アキバのアイドル劇場

翌日──


風間英太は表のお笑いの世界へ舞い戻っていた。


 とはいえ駆け出しのトーキョーハンターに待っている仕事はスポットライトの当たらないステージの前座──


「東京タワー!」


決めギャグを繰り出す度昨日の激闘の痛みが身体を軋ませる。


 だけど、それを顔に出しては芸としてまずいと思うからいつものように明るく振る舞ってみせる


「おいおい、東京タワーって古いなあ」


「スカイツリーにしろよ。カス」


 観客からの痛いヤジが英太たちを襲う。


 無理もない。今日の舞台は秋葉原だ。


 最近流行のアイドルグループの舞台の前座だと張り切ってやってきたら、とんでもない公開処刑だった


 相手はマサシと同じようなオタクばかり──しかも生半可なオタクなんかおらずみんなガッチガチのアイドルオタばかり


 これじゃあトーキョーハンターの最強のネタがウケるはずもなく、コテンパンに打ちのめされるだけだった。


「マサシ君今日もやっちゃってくださいッ!」


 ああ、この中で俺の真の姿を知ってるヤツなんて誰もいないんだろうなあ──


 英太はオタクで埋まったしんと静まりかえる観客席を見つめながらふとそう思った


 ここで風魔忍術使ったらどうなるかな? みんな俺のこと少しは尊敬するかな? この小憎たらしいアイドルオタを打ちのめすことはできるかな──


 ──そう、こんなメイド姿をしたカワイイアイドルオタ


「……!!


 英太はその瞬間ステージ上で仰天した。


 目が──合ってしまったのだ。フリフリのヘッドセットにフリルをたくさん付けたワンピースを着たメイドの少女と。


 いや、ここは秋葉原だ。そう言うアイドルオタクは山の数ほどいる。


 だけど──英太の目に飛び込んできたのはそんじょそこらのメイドさんではない。


 金髪のツインテールにくりっとした大きな目の中に暗い炎を灯した戸隠の女頭目その人物だったのだ


(が ん ば れ エータ!)


 彼女は声を出さずに唇の動きだけで英太にエールを送る。


 なるほど読唇術で読み取れと言うことか──


(あとで屋上で待ってるから。楽しみにしててね)


「……ちょ!エータッ!!


 ぼんやり彼女のメッセージを読み取っていた英太を邪魔したのはレッドリボン軍のTシャツを着たマサシだった


「ちゃんとツッコめお! オタクたちが笑ってるだろッ」


「あ……」


 その瞬間英太は素に戻ってしまった。


その瞬間会場を埋め尽くしていたアイドルオタたちから激しいブーイングが飛んだ。


「さっさと引っ込めチャラ男!」


「俺たちはシスコスフィアが見たいんだ!」


──あの野郎……


ネタに戻った英太は悔しげな表情を浮かべ先ほど彼女が居た席を見た


だが彼女はまるで煙のようにその場から消えて無くなっていた──


5 同盟

『会いたかったー♪ 会いたかったー♪ あなたに会いたかったー♪』


 シスコスフィアという秋葉原では熱狂的に愛されているアイドルグループのヒット曲が大音量で外に漏れてきている


何という薄っぺらい歌詞だ。一体何回会いたかったを連発すればいいと思っているのだろう。


英太は劇場の非常階段を一人登りながら不機嫌そうにため息をつきながらそう思った


先ほど英太たちの漫才に散々文句を言い散らかしていたアイドルオタたちは急に息を吹き返し得意のオタ芸を披露している頃だろう


 そして英太の相方マサシも、そのオタクたちに混ざってシスコスフィアのアツコちゃんにお熱を挙げているのだろう


 だけど英太はそんなことどうでもよかった


 アイツのお陰で不始末はあったかも知れないが無難に舞台は済ませた。あとは向こうの要求を聞くだけだ──


英太は劇場の屋上に続く扉をゆっくり開ける。


その瞳は深い夜の帳が降りたかのように暗く光っていた。


そしてその視線の先にいるのは屋上の端にちょこんと座った一人のメイド姿の少女──仁科ともえだった。


「エータ! おっそーい!!


 彼女は英太の姿を見るなり口を尖らせて一言言い放った


 それに対し彼は顔を引きつらせながら拳を握りわなわなと震わせた


「てめえ……あれだけ俺をかき回しておいて言いたいのはそれだけか」


「かき回すって?」


 まるでともえちゃんわかんなーいと言わんばかりに彼女はきょとんとした表情を浮かべ英太を見た


その表情が余計腹立たしく思え英太は鋭くともえを睨み付けた。


「てめえが変なところで心読出すから、漫才の方で素が出たじゃねえか……」


「あら、じゃあ大声で叫んだ方がよかったかなあ?」


「アホかッ! そう言う問題じゃねえよ」


 そう言うと英太は強い口調でともえに言い放った。


「つまり、俺が言いたいのは俺はステージの上、つまり表の仕事の真っ最中ってワケ! そんな時に割り込んで忍者の術使うアホがどこに──」


「まあ、あんたが仕事でヘマしようがしまいがどうでも良いんだけどね」


 そう言うとともえはツインテールの毛先をいじりながら英太の文句をぴしゃりとはね除けた。


 それに対し英太はさらに彼女に対し憎しみを増大させるかのようにじろっと睨み付ける


 その視線の中には幾分かの殺気が混ぜていた。


「で、お前の目的はなんだ? 戸隠の姫さんよぉ」


「あんたの表の仕事を邪魔しに来たわけじゃないんだけど、たまたまバイト帰りに近く通りかかったらあんたたち見つけたからちょうどいいと思って──」


「だから用件を言えよ」


 英太はそう言うと屋上のフェンスにもたれかかると鋭い視線でともえを睨んだ


 その顔は風魔の奥義継承者の顔へと一瞬で変わっていた


「もう……せっかちなヤツね……」


 そう言うとともえは屋上の縁に立つと器用にくるっと英太を器用に振り返った。


「ねえ、エータ。私と組まない?」


「……はぁ?」


 ともえの急な提案に英太は困惑の色を隠せなかった。


 一体いきなり何を言い出すんだ? 昨日までお互いにいがみ合ってた関係だったのに急に手を組めなど──


「何企んでやがる」


英太はフェンス越しにともえを睨み付けた。


 だがともえはいつもと同じように可愛子ぶった表情を浮かべている


「別にぃ~適当な流派がないからあんたを誘っただけだけど?」


「嘘付け。お前ら戸隠は昨日の件を見てヤバイとでも思ったか? 応変には目の敵にされ伊賀には袖に振られ──まあお前にとっては散々な一日だったよなあ」


 英太の挑発的な言葉は相変わらずのともえの顔に変化を生んだ。


 それを聞いて彼女はムッとした表情を浮かべ英太をじろっと睨み付けた


「うるさい」


 フェンス越しに英太を見つめるその瞳は闇に覆われたかのように暗くどこか病的にさえも思えた


 その瞬間彼女はアキバのアイドルメイドから戸隠流の女頭目の表情に変わった。


「その態度は俺の言ったことはまんざら外れじゃないって事か……」


 そんなともえの態度の変化を見て英太はニヤッと笑みを浮かべる


 そして更に彼女を挑発するかのように言い放った。


「伊賀とも応変とも戦う羽目になるから俺たちと組もうって話だったら俺は乗らないね。だって──第一お前との借りがまだ残ってる」


「そんなのどうだって良い! 今はあんたたちが味方になって欲しいのっ!」


「ほう……そんなに切羽詰まってるのか? 戸隠さんよ」


 英太のその一言にともえはうっと声を詰まらす。


 どうやら彼女の状況は相当切迫している。馬鹿な奴だ、顔にわかりやすくそう書いているじゃないか。


「そんなに味方が欲しいのなら他に当たれ。ほら──なんて言ったっけ……甲賀の根暗そうな兄ちゃん」


「上月静夜?」


「そうそう、あいつだって俺と同じ立場だぜ? そっちの方を先にコンタクト取った方がよくね?」


 その言葉にともえは一瞬考え込んでみたがすぐに呆れたようなため息を吐いた


「私、しずちゃんのこと苦手だなー」


 そう言うとともえは劇場の屋上に小さく腰掛けた


「だってしずちゃん何考えてるんだかさっぱり分かんないんだもん──それならちょっとくらい単細胞でわかりやすいあんたの方が……」


「おい。今俺のこと単細胞って言っただろ」


 英太はその一言にムッとした表情を隠さなかった


 だがともえはそれを無視してそのまま言葉を続けた。


「それにあんただって味方が居る方がこの先楽だと思うわ。だって悠輔って敵作りすぎだもん。あんたが倒す前に別の誰かが悠輔殺しちゃったらどうすんの?」


「それは──」


 それはその時、家元を倒した奴を倒せば最強じゃねえか──


 英太はそう言いたかったがその前に、フェンスの向こう側のともえは淡々と言葉を続けた


「この話、正式な同盟と取っていいのよ。エータ」


「は──?同盟?」


「そう、戸隠と風魔の同盟よ。まあそんな話になるとあたしたちの親同士の話し合いが必要かも知れないけど──」


 えらい大がかりな話になってきたな──ともえの話を聞いて英太は深いため息をついた。


 最初はただ闇雲に最強だけを目指して飛び込んだこの争い──それはもう英太個人では収集着かない大きな抗争に発展しているのは確かな話だ


 だけどこんなエキセントリックな女と同盟関係になれるのか? こちらにもちゃんと利があるものなのだろうか──


「そうなると……即答はできかねないな」


 英太は一言そう言うとフェンスに身体をもたれかけさせた。


「お前の言うとおり、同盟となるとまず俺のじいちゃんに聞かないと何とも言えない。だけど……」


「だけど?」


「お前も気づいてるだろ。燃え上がった炎はいきなりは消せない。この抗争──おそらく今よりもっと酷くなるだろう。だから──同盟っていうのは俺自身は賛成だ」


 本当に物事を複雑にしてる張本人はだれだ? 英太はムッとした表情で腕組みした。


 自分はただ最強の座さえ手に入ればそれで満足なのに──まるで皆がそれを阻んでいるようにしか英太には見えなかった。


「ホント? じゃあ、あんた味方になってくれる──」


「ちょっと待った」


 そう言うと英太はフェンスを前にして手をかざした


「俺はこの前の借りを忘れた訳じゃないぞ──機会がくればお前と再戦するからな。その時は覚悟しとけよ」


「えー!あんたどこまでもねちっこい男ねー!」


「ねちっこいって言うな! 俺はただお前に負けたことが納得いってない──」


「はいはい。わかったから。あたしは逃げも隠れもしませんよ」


 ともえはそう言うと持っていたフリフリレースの日傘を差した


 そして英太の方をくるりと向いてニッコリ笑った。


「じゃあ、エータ。今度会うまでに生きていてね」


 そう言ったともえはそのまま後ろに軽く飛んだ


 そして日傘を落下傘代わりにそのまま地上の大通りへと舞い降りていく


 その姿を見て英太は小さく舌打ちすると小さな声で呟いた。


「今度会うとき生きてないのはお前かもよ……」