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ネット心中の志願者たち

  • 「ネット心中」の志願者たち


 「自殺系サイト」で心中相手を呼びかけて、見知らぬ者同士が一緒に自殺する「ネット心中」が、インターネット時代に新たな方法として登場した。彼ら彼女らはなぜ、見知らぬ者同士で心中を図ったのだろうか。

 一方、実行までにはいたっていないが、「ネット心中」を試みるメールのやりとりを経験した人たちがいる。その経験者たちは、なぜ「自殺系サイト」につなぎ、「ネット心中」を呼びかけたり、呼びかけに応じたのか。話を聞くことができた。


「もう毎日にウンザリです」 奈緒の場合


 「ネット心中」を志願していた奈緒(23)=九州地方在住=が私自身のサイトで行った「ネット心中アンケート」に対して答えてくれた。そのことをきっかけに取材を申し込んだ。鬱状態であるため、メールでの取材ならよいというので、メール交換を始めた。その末、奈緒に会うことができた。私は九州におもむき、彼女の自殺願望と「ネット心中」の結びつきを探った。


 そもそも奈緒が自殺願望を抱いていたのは、いつ頃からだったのだろうか。

 「初めて自殺願望を抱いたのは中学生の時だから15才頃かな。イジメが嫌で学校の屋上から飛び下りようとしたんです。自分なんて、いても、いなくても一緒かな、と思って」

 いじめは中学2年のとき始まった。理由が分からないが、一部の男子生徒がモノを隠したり、モノを投げられたり、机を倒したりしていた。それは授業中でも行われ、教師は気が付いていただろうと、奈緒は言うが、教師が介入することはなかった。

 そうした状況の中で、4階建ての中学校校舎の屋上から飛び下りようとしたのだ。学校で死のうとしたのは、いじめた人たちへの復讐の意味もあった。学校に行く前に、遺書を書いて、自分の部屋の机の中に入れておいた。

 しかし、フェンスを乗り越えようとした時に、知らない女子生徒に見られて、「キャー!」と叫ばれた。奈緒は「誰かくる」と思い、その場から逃げ出した。

 「結局飛び下りれなかった。その時、見つかっていなければ、飛び下りたと思う。自殺をしようとしたのは、自分が嫌いだったから。クラスの人たちとうまくやっていけないし、とにかく嫌だったんです。何もかもどうでもいいや、って。でも、今でも思います。『飛び下りようと思えばできたのに、どうしてしなかったのだろう』と。」

 中学から抱き続ける自殺願望。たしかに、いじめをきっかけにした自殺も多いことだろう。1986年2月、「このままじゃ『生きジゴク』になっちゃうよ」との遺書を残した東京・中野区の中学2年生の自殺は、「いじめ自殺」の存在を大きくアピールした。94年11月、愛知県西尾市の中学2年生が自殺した時も、マスコミは大きく報道。その影響からか、全国でいじめ自殺が相次いだ。だから、いじめがどんなものであれ、本人にとって堪え難いものであれば、自殺に結びつくのは想像がつく。

 いじめは、最初ははっきりとした理由がないものもある。ただ、何かきっかけがあれば、始まり、そのいじめが継続する。そうしたいじめはそのクラスの人間関係、力関係によって決まるのだろう。しかも、奈緒さんの場合、授業中のいじめもあり、教師への不信につながる。ただ、いじめだけでなく、別の理由も自殺願望の背景にあるようだ。

 「実は…あんまり話したくはなかったんだけど、自殺願望のホントの理由はイジメも1つなんだけど、一番は家族の問題だったんです。今もそれを引きづってます」

 奈緒は「上手く整理して話せるか自信がありません」と言いながらも、家族のことについて話し始めた。




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おわりに

 ●おわりに


 この原稿を書き始めた7月移行、「ネット心中」の報道はめっきり減った。「ネット心中」そのものが発生しなかったのだ。この時期、なぜ「ネット心中」が起きなかったのか。

 理由を推察するに、「練炭自殺」としての「ネット心中」は、密閉空間が必要となる。苦しさを「睡眠薬」で抑えられたとしても、暑さを我慢できない可能性があるため、「車」や「部屋」を使うという手段が制限されたのではないか。

 また、多くの志願者は死後の状況まで考え、「奇麗に死にたい」とも考えている。すると、特に「車自殺」の場合は、カーエアコンを使ったとしても、バッテリーがあがってしまえば、死体の保存状態は悪化する。そのため、「奇麗に」は死ねない。こうした状況下では、確率論的に、「苦しまず」「奇麗に」という「ネット心中」の成功は低くなる。

 しかしながら、「ネット心中」の存在は、報道やインターネットを通じて、広く周知した。その結果、「ネット心中」を目的とした掲示板の書き込み、メールやチャットのやり取りは、従来よりも増加した。

 そのあおりを受けてか、悩みを吐き出し合う「自殺系サイト」にも、同様な書き込みが急増。掲示板の管理者がその対応に苦慮し、なかには自主的に閉鎖したサイトもみられる。一方で、「ネット心中」を目的としたサイトや掲示板も誕生しては消えての繰り替えしだ。

 こうした中で、自殺系サイトを規制できないのか、という議論も出て来ている。

 警察庁によると、「ネット心中」11件のうち、自殺志願者を募ったり自殺の方法を紹介したりして自殺を助長するサイトで知り合ったとみられるのは5件。掲示板で交流するうちに自殺に発展したとみられるケースも3件あった。残る3件は、どのサイトを通じて知り合ったのか特定できていない、という。規制について「通信の秘密や表現の自由などに関連して解決すべき問題があり、幅広い議論が必要」と警察庁は慎重な姿勢だ。

 自殺系サイトについて、警視庁が研究を委託した「インターネット上の少年に有害なコンテンツ対策研究会」(代表、苗村憲司・慶応大学環境情報学部教授)の報告書では、「一般に有害と考えられる」が、「内容や受信者の年齢等の属性、地域性によって有害の捉え方の程度が異なる」情報に位置づけられている。そのため、一律な規制は難しい。仮に規制をしたとしても、日本でも韓国でも自殺予防を目的にしたサイトで知り合った者同士の心中があったように、また日本では出会い系サイトでの出会いが結果的に心中となったように、どんどん形を変えて行くだけだ。

 結局、自殺予防対策のほか、インターネットのメディアリテラシー教育を推進していくことだ。特に、情報を信じ込みやすい、あるいはネガティウ゛な感情に共感しやすい人たちのリテラシー教育は重要だ。

 というのも、マスコミ効果論のひとつ「説得的コミュニケ-ションの研究」から考えれば、「同じ説得でもその影響の受け方は、説得技術によってのみ決まるのではなく、人によって異なる」ことが言われている。つまり「受け手の特性」「受け手の主体性」が問題になってくる。

 2003年に連鎖した「ネット心中」の場合、そのやりとりの中に「物語性」が欠如したものが多かった。物語を消し、淡々と日程や手段、場所の調整をしていく。こうした人々のタイプが、「ネット心中」の実行者だった。

 一方、「物語性」が豊かな「ネット心中」も今後は考えられる。ネット恋愛、メル友などインターネットを通じた人間関係は広がっている。そうした中で、お互いがネガティウ゛になって、心中を考えることもあり得る。

 そうした「受け手」の特徴に応じて、どのように、自殺予防の教育をしていくのか。自殺予防プログラムがまだまだ整備されていない日本では至難の業なのかもしれない。まだ、インターネットと自殺との関連は研究尽くされていない。

 最近は、メールカウンセリングや、オンラインの自助グループ等も出来ている。しかし、メールカウンセリングによる効果について、実証的に示した研究や報告はほとんどない。また、時折、グループ内でもトラブルが起きるなど、現状では、経験の蓄積はまだ不足している。実験段階と言ってもいいだろう。

 メールは文字情報主体で、そこに心のうちを読みとるのは、カウンセリングする側とクライアントとの関係での、もしくは自助グループ内でのメールコミュニケーションそのものの蓄積が不可欠だ。

 一方で、特に「ネット心中」を思い立つことが比較的多い年齢層は、インターネットをコミュニケーションの手段として利用するユーザーで、10代から30代に多く見られる。そうした年齢層は、電話相談よりも、メール相談のほうは親しみやすい。「いのちの電話」や「チャイルドライン」等の電話相談の普及とともに、まだ十分な経験や蓄積はないものの、メールでの窓口も増やしていくことも重要だろう。

 精神科医の中には、インターネットの有用性を理解しつつ、診断や治療を行っている人もいる。その一方で、インターネットのネガティウ゛な側面を見て、患者にインターネットを禁止する医者もいる。しかし、禁止した場合、インターネットに代わる依存対象を患者は見つけてしまうだろう。

 そのため、医療の現場では、インターネットの善悪の両面を意識しながら治療に当たってほしいと個人的には思っている。ただ、自殺予防にインターネットは万能薬とはならない。風邪薬的な効果はあったにせよ、最終的には、その当事者自身の生活問題の改善が必要だからだ。生活問題までは、インターネットコミュニケーションやメールカウンセリング、電話相談では、解決できない。大学の研究者、精神科医、自殺系サイトまたは精神系サイトの管理人、メールカウンセラーなどが連携したグループの設立が待たれてならない。



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奥付



ネット心中

(初出「ネット心中」NHK出版)

http://p.booklog.jp/book/57257


著者 : 渋井哲也
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/shibutetu/profile


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