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中央に、白いテーブルクロスを掛けた、椅子が優に十は置くことのできる大きな、丸みを帯びたテーブルがあり、その上には、燭台や、水差しや、花が飾ってあった。向かって左手のところには落ち着いた暖炉があり、右側の壁には、黒光りしている背の低い棚があり、それらの上にも、花や、装飾用の皿や、銀の燭台などが置いてあった。しかし何よりも目を惹いたのは、美事なシャンデリアと、壁に掛けられた、森の風景のタペストリーだった。ぼくは、その豪華さにしばらく目を奪われた。しかし、今目にするこの食堂の光景は、昔のときとは随分と異なっているに違いない。突き当たりに見える窓の向うの、樹木におおわれた庭の光景だけが、かろうじて当時を忍ばせてくれるような気がした。

 “ここの食堂も”とパーシバル夫人が言った、“いろいろと手を入れましたけど、でも、この中央のテーブルと、暖炉だけは昔のままだと思いますよ。余り立派だから変えるに忍びなかったんです。他は随分と変わっているでしょうけどね…”

 その言葉で、ぼくはじっと中央の丸みを帯びた、リネンの白いクロスにおおわれたテーブルと、黒い唐草模様のレリーフをほどこした暖炉とを眺めた。恐らく、ぼくの母親も幼い頃、ここで食事をし、このテーブルや暖炉に手を触れたりもしていたのだろう。しかしその当時、この食堂が、他にどのように飾り立てられていたのか知る由もなかった。ただ、ぼくは、樹木がいっぱい茂っている余りにも美事な窓の外の様子に心が惹かれ、ちょうどあった横のドアから、庭に出てみたくなった。

 “外に出てみてもいいですか?”と、ぼくは、振り向いて、パーシバル夫人に尋ねた。

 “ええどうぞ”と、パーシバル夫人は、快く承諾してくれた。

 ぼくはドアのところに歩み寄り、取手を取って、ドアをあけ、外に歩み出た。恐らく、ママもここを通って何度も外に出たであろうドア。庭への第一歩を踏み出すと、昼の日射しが、樹木や花や庭の芝生に降り注ぎ、まぶしかった。窓のすぐ下には、壁に沿って長い植え込みがあり、そこには数種類の黄色や赤や白いアネモネが咲いていて、風に揺れていた。食堂の窓のところは特に樹木が多く、潅木の下には、しだなどがおい茂っていた。しかし、ぼくの目を止めたのは、さっき、二階から見下ろすことになったかなりの広がりを持った蓮池だった。池のほとりにも様々な花が咲いており、さっき目にしたローマ風の彫像が、静かに池のそばに立っていた。ぼくの体は自然、その方向へと向うのだった。屋敷からそう離れていない池のほとりまで来ると、ぼくは足を止めた。そして、さっきは遠くに見えた蓮池を間近かに感じ、水面に浮かぶ睡蓮や、又、水に反映するスイセンや、イリスの花と共に、自分の姿をも見つめた。恐らくママもこの池で、このように自分の姿を見つめたことだろう。この、昔から存在し、変わることのない池については、何度もママから聞かされたものだった。今、その池のほとりに立って、何んとも言い表しようのない思いが胸に込み上げて来るのを感じた。ママは、まだぼくが生まれる遥か前、ほんの子供のときに、この池のそばで、両親や、家庭教師や、恐らくは女中たちに囲まれて、戯れていたのだろう。そうした遥か昔に、この庭でくり広げられた光景が、この明るい日射しの中で、ぼくの目に浮かぶような気がした。


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庭の向うで、ひと際高く、まっ直ぐに上にのびるように、美事に茂るニレの木や、どっしりとした、いくつもの煙突や、破風のある、レンガ造りの、沢山の白い窓が目を惹く、土色の館を見ていると、ここが本当にその場所なのだ、という実感がいよいよ強まって来るのだった。ぼくの目は自然、さっき足を踏み入れることになった二階の勉強部屋の窓、そして、ママの寝室の窓へと向き、それからさらに、大きな芝色の屋根よりも、もっと高く茂る樹木や、尖塔や、その上に広がるまっ青な、美しい空へと向かうのだった。

 そんなぼくの様子を、ドアのところから出て来たばかりのパーシバル夫人と、運転手の二人は、きつねにつままれたような表情で眺めていた。ぼくの、何かにつかれたようなその仕種に、恐らくあっけにとられたのだろう。二人は、言うべき言葉を持たないかのように、ただ、ぼくを見つめていた。その、沈黙のひとときを破ったのは、ぼくの方だった。

 “間違いありません”と、ぼくは、二人の方に向いて言った、“ここは、ぼくの母親が昔、口にしていたところです。――でもここは、ぼくが想像していたよりも、もっと広く、もっと美しいところでした。母親が、こんな素晴らしいところで暮らしていたなんて、思いも及ばなかったことです。本当に素晴らしいところです。何もかも…”

 その言葉で、パーシバル夫人の顔はほころんだ。

 “何んでしたら、庭に出たついでに、離れの屋敷の方へ案内しましょうか。すぐそこなんです”

 “ええ、是非お願いします”と、ぼくは答えた。

 夫人は、睡蓮の池に続く、庭に造られた小川のような細長い水路に沿って、塔の向う側へと、ぼくたちを案内した。

 すると、母屋と直角に連なるような形で、壁の色も、屋根の色も、ほぼ母屋と同じような造りをした、小さな館が現れた。それを目にしたとたん、ぼくには何んとも言えない感慨のようなものが、胸の中を走り去るのを感じた。本館とは別棟のこの小さな、しかし感じのよい館――その周囲を取り巻くようによく茂った樫の木が明るく輝いていたが、この館こそは、その後に続くすべての物語の発端ともなるべき舞台を提供したものなのだ。ぼくはそれを見るなり、この館こそは、レオノールがぼくに聞かせてくれたあの館であることを確信した。そうだ、間違いなくこの館なのだ、あのガラハ父娘が暮らし、この館の主に仕えて働くために住んでいた館なのだ。ぼくの関心は、母屋よりもむしろ、この小さな、しかし魅力的な別棟にあった。なぜなら、この館こそは、ぼくの母の母、クリスチーヌ・ガラハが暮らしていた館なのだから…

 ガラハ父娘が、どういうきっかけで、いつからこの館に住むようになったかについてまでは、ぼくも、詳しいことは聞いていなかった。しかしここの父娘が、ミリエル家の当主と、長男のモーリスに特に可愛がられていたことは、何度もレオノールから聞いて知っていた。ぼくは館の前に立ち、もう遥か昔の、ガラハ父娘や、ミリエル家の人々や、まだ若かったレオノールや、その姉が生きていた時代に思いを馳せようとした。この館を見ていると、なぜかしら、まるでその時代に居合わせているかのような、そんな気がしてくるのだった。


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恐らくそれは、レオノールの話しが余りにも生々しく、また、感動に満ちた内容だったからだろう。ぼくはとりわけ、まだ若かったレオノールがこの館に訪れ、そこで恐るべき光景――即ち、クリスチーヌと、モーリスの弟のバランとが、レオノールの気持を踏みにじるような情事を楽しんでいる光景を目にし、悲しみ、嘆願しながら追いすがろうとする半裸姿のクリスチーヌを振り切るようにして飛び出したのが、この館であることに思いを致した。その決定的な出来事のあった日から、この館はもう何十年経過しているのだろう。その館の屋根や壁は、明るい日射しを浴び、そういう事件など、まるでなかったように、無言の沈黙を続けているようだった。

 “何かありましたのですか?”と、パーシバル夫人は、ぼくの突然の静止をいぶかしむように、ぼくに尋ねた。

 “いえ、なんでもありません”夫人の声で突然、夢を破られ、現実に引き戻されたような気持になって、ぼくは答えた、“ただ少し、あることを思い出しただけです”

 “言いましたように、ここがその離れです”

 “ええ、見たとたん、そうだと分かりました”とぼくは落ち着いて答えた、“窓も、煙突も、なかなか素敵な館ですね。こんなところで暮らせたなんて、なかなか幸せなことです”

 “あなたのおっしゃるガラハとかいう執事は、本当にこの離れに暮らしていたのですか”と、パーシバル夫人は、ぼくの話しに、興味ありげに尋ねた。

 “ええ、だと思います”と、ぼくは答えた。

 “――でもここは、恐らく、あなたの期待に沿うようにはなってはいないでしょう”と、夫人は、気の毒そうに言った、“確か、この前に一度入ったところでは、この中は、アトリエになっていたみたいです。前の所有主の娘さんが、ここを改造して、自分の絵を画くアトリエに変えてしまったようですよ。だから、昔の家具などは何もなくて、古びたイーゼルとか、絵具のチューブとか、そんなのがころがっていたみたいです…”

 “アトリエに!”と、ぼくは驚いたように言った。

 しかしそうかも知れない。所有者が変われば、何もかも一変してしまうことも、やむを得ないことなのだ…

 

 パーシバル夫人と運転手に続いて、ぼくも、その別棟の入口に向かった。夫人は入口に立ち、ドアをあけかけたが、ドアには厳重に鍵が掛けられていて、開かないことが分かった。

 “御免なさい。うっかりして”と、夫人は振り向き、ぼくたちに謝った、“長いあいだ入ったことがないものだから、鍵が掛かっていたのも忘れていたんです。家の鍵は確か、主人が保管していますから、あるかないか調べて来ます。直ぐ戻って来ますから、そのあいだしばらく、ここでお待ち願いますか”

 “ええ、御迷惑をおかけします”と、ぼくは答えた。


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 “いいえ、すぐですから”夫人はそう言うなり、ぼくたち二人をその場に残して、館の方へと小走りに去って行った。

 “随分立派な館だねえ”と、夫人が去ってしまうと、運転手がぼくに言った、“庭も広くてきれいし、こんなに広ければ、人を呼んで野外パーティでも、できそうだね”

 野外パーティ! ぼくはそのことで、あることを思い出した。そしてもう一度、池や、その向うに広がる、芝生の色が美しい、広大な庭園を眺めた。広い、芝生の周りに縁どられた花壇や、刈り込みなどを目にして、そうだ、ここであの、盛大な、結婚披露パーティが行われたのだ、ということを思い出した。それはもう、何十年昔のことだろう。レオノールの姉、アヌーザと、ここの当主の長男であり、ミリエル繊維会社の副社長でもあったモーリスとが結ばれ、その披露パーティが行われたのは、まさしくここだったのだ。それは、ぼくの母リディアが生まれる、まだ一年以上も前のことだった。レオノールによれば、それは盛大なパーティだったそうだ。庭には、白塗りのしゃれたテーブルがいくつも並べられ、その上に、美事という他はない料理がいくつも並べられ、シャンペンやワインでみんなは乾杯し、楽しげな、愉快な饗宴がくり広げられた。楽士たちも呼ばれ、彼らの奏でる音楽に乗せて、みんなは踊ったりもしたということだ。しかし、その中心にはもちろん、アヌーザとモーリスがいた。彼等は、みんなから祝福を受け、みんなの前でキスをするようにせがまれもした。祝福の花束を持った、幸せ一杯の上品で、美しいアヌーザと、その横に、できるだけ落ち着きを保とうとしている、やや緊張気味のモーリスとが座っている光景は、レオノールから何度も聞かされ、目に浮かぶまでさえなっていた。しかし、それがここなのだ、ということについては、今の今まで思い浮かばなかった。

 「…あれは、ミリエル家の館の、大きな池がすぐ近くに見降ろせるところだった」と、レオノールは言っていた。

 村の教会で結婚式を挙げた後、二人がやって来たのは、まさにこの館の庭であり、レオノールの言葉から察すると、広い庭園の中でも、ちょうどあの池の向う側辺りの芝生が特に美事なところで、宴会は催されたのだ。

 ぼくはその場に立って、じっと、ユリやスイセンやサクラソウなどの花々が、その周囲に美事に咲いている、澄んだ水をたたえた、美しい睡蓮の池を眺めた。ちょうどあの池の、向う側辺りに沢山のテーブルが並べられ、賑やかに披露宴がくり広げられたのだろう。そのずっと先には、幾種類かのとうひや、ヒマラヤ杉や、樫や、その他の樹木が、一定の間隔を置いて茂っており、恐らく、木陰となってちょうどいいあの下辺りにも、テーブルが並べられ、饗宴が楽しまれたであろうことが推察された。芝生の切れ目の、庭の端辺りにも、アザミやデイジー、アマリリスなどの花々が、他の草に混じって、所狭しと咲いていた。実になごやかで、素晴らしい光景だった。ちょうどその前日は雨が降って、披露パーティが危ぶまれたということだったが、その当日は素晴らしく晴れ渡ったということだ。だからその日もきっと、この日のようによく晴れていたに違いない。季節もちょうど春で、この日のように、至るところ、春の花々が咲いていたことだろう。


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この広くて、素晴らしい庭が、あのとき以来、どのような変貌を遂げたのかぼくは知らないが、恐らくそんなに変わっている風には見えなかった。ただあのとき、レオノールが目にした光景――忘れ難い光景と違うただひとつの点は、あの賑やかな宴席も、それに列席した人々の姿も、楽士もメイドも花嫁の姿もなくて、今はただ静かな庭園が日を浴びて、そこにあるということだけだった。しかしあの日、レオノールは、あの晴れやかな、生涯忘れることのできない宴席の場で、初めて、若くて、美しいメイドのクリスチーヌ・ガラハと出会ったのだった。

 ――それが、この場所であり、この美しい庭園だったと知って、ぼくはまるで、夢のような気分に誘われた。確かに、結婚の披露パーティが盛大に催されるには、余りある庭園であり、ここでそれが取り行われたのはもう間違いのないことだった。だとするなら、レオノールはどこに腰掛け、人知れず客の注文の料理などを運んでいたクリスチーヌとは、どこで、どのようにして出会ったのだろう。また、クリスチーヌが、二人の結婚を祝う為に、得意のピアノを弾いて、素晴らしい歌声を聞かせたのはどこだったのだろう? いずれにせよ、レオノールとクリスチーヌとがここで出会うことは、レオノールの姉アヌーザの婚約の日から、既に運命づけられていたのだった。二人はその日、ここで運命的に引き合わされ、その後に起こったすべての事件が、この美しい庭園である、この場所から始まることになったのだった… そう考えると、ぼくはもう一度つくづくと、春の日を浴びた、美しい花に飾られた睡蓮の池や、その向うに広がる穏やかな芝生、木立の群れなどを眺めずにはいられなかった。

 

 “それで、この庭で何かあったのかね”不意に運転手がぼくに尋ねた。

 “いえ、聞いた話しを、ちょっと思い出していただけです”と、ぼくは落ち着いて答えた。

 “まあ、こういう大きな館と広い庭園なら、ちょっとした話しの一つや二つぐらいはあるだろう”と、運転手は言った、“余り詮索するのはよすがね、でも、もしよければ、少しぐらい聞かせてくれてもいいと思うんだが…”

 それでぼくは、ここで結婚披露宴があったことを、ほんの少しのあいだ、彼に語って聞かせることにした。

 

 しばらくすると、パーシバル夫人が、塔の下にあるドアから姿を現した。いそいそとやって来る夫人の手には、古びて黒光りした鍵がしっかりと握られていた。

 “お待たせして、御免なさい”とパーシバル夫人は、やって来るなり言った、“うちの主人ったら、鍵をみんないっしょくたにしているもんだから、見つけ出すのが大変。でも、やっと見つかったようですわ。ホラ、この通り”

 そう言って、パーシバル夫人は、その大きな鍵を、ぼくたちの目の前にさし出した。それからすぐ、ぼくたちの立っている前を通り越して、別棟のドアの所へと向かった。



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