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 やがて、あのときと同じように汽車が入って来、ぼくは、晴れ渡った空の下で、汽車に乗り込んだ。乗り込み際振り向くと、今しがたいたベンチの脇の草むらに、名も知らぬ、小さな、青い花が、陽光を浴びて風に揺れていたのが印象的だった。この静かな駅で、ぼくの旅立ちを見送る者はひとりもなく、あの花だけが、無言の表情で、ぼくの乗車の様子を見守ってくれていた。

 

 ぼくが、余り乗客のいない、ガラーンとした座席のひとつに腰掛けるや、列車はゆっくりと動き始めた。ぼくの席は窓際だったが、もう窓の外を見ようとは思わなかった。もう何度も見慣れた光景――それに、残して来た我が家が今、郷愁を誘うと困るからだった。それで、窓から射し込む光を感じながら、ぼくは、膝の上に本を広げた。旅の時間潰しにと持って来た本のうちの一冊だったが、たまたま手に取ったその本は、たちまちぼくの心を奪い、列車の時の経つのも忘れさせた。ときどき目が疲れて、窓の外の景色を見、今が鉄橋を走っているとか、広い果樹園のそばを走っているとかが分かった以外、その本の世界に心を奪われ続けた。それは、そう長くない中編の小説だったが、題名は、「デイジー・ミラー」と言った。もう百年以上も前に読者を勝ち得たこの本は、今も決して、その輝きを失ってはいなかった。この小説のヒロイン、デイジー・ミラー。彼女のあふれるばかりの美しさや、生き生きとした魅力、については忘れることがないだろう。生真面目なウィンターボーンを通して語られる彼女の生き様は、その最初の登場のとき以来、読者の心を離すことがない。こんな美しい彼女なら、たとい初対面でも付き合いを願いたいと思うウィンターボーンに対して、願ってもないことだが、彼女の方から誘いの言葉をかけてくれるその自然さ。その自然なふるまいが、やがて、社交界の醜聞となり、彼女の命取りとなるのだが、それは、彼女の社交好きな性格が成させるごく自然な行動以外の何ものでもなかったのだ。彼女には、ごく簡単に誰ともお友だちになれるそんな性癖が備わっている。とりわけ美しいが故に、男はすぐ彼女と親しくなるのだろう。しかしそれは、――当時の社会習俗についてぼくはほとんど何も知らないのだが、当時のヨーロッパにおけるアメリカ人の社交界において、彼女は蓮葉な女であり、醜聞の種以外の何ものでもなく、社交界の人々のつれない仕打ちを受け、やがて完全に、社交界から締め出されてしまうことになる。しかし彼女の自然な性格は、それでいじけることもなく、社交界の外で、ジョヴァネリという愉快なイタリア人との交際に活路を見いだして行く。それは、彼女がアメリカの社交界で得たごく自然なふるまいを、そのままこのヨーロッパでも延長しているに過ぎず、なんの悪意も、大胆さも、情熱も秘められているわけでもなく、言わば、彼女の「無邪気さ」そのものなのだ。しかしそれは同時に、旧弊じみた当時のヨーロッパ化されたアメリカ人の社交界に受け容れられることはなく、彼女の経験不足、あるいは未熟さゆえに、彼女は、人々の鼻つまみ者となって行くのだ。このように見て行くと、彼女の「死」そのものに、特別意味があるわけではない。


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ある社会状況の中に投げ込まれた一人の女の生き様として、興味を持たせるのに成功した小説として、読むことができるだろう。――ともかく、それを読み終えたとき、列車はなおも走り続けていたが、陽が段々と傾き、丘の上に、うっすらと森に囲まれた城塞が、まだ衰えることのない陽光を浴びて、そびえているのを目にして、ぼくは、一世紀前の当時の時代と、その時代を、ほんの短く生きたデイジー・ミラー、あるいは、デイジー・ミラーのような少女に思いを馳せた。目の前をかすめて行く光景は、すべて「自然」の風景以外の何ものでもなかったが、ぼくの脳裏は完全に、この小説からのみ知られる、当時のヨーロッパ社交界と、その風景へと向けられるのだった。そのように美しく、そのように無邪気にふるまうことのできた少女が、昔、どこかにいたのだし、今も、どこかにいるのかも知れない。ぼくは、本を読み終えて、彼女の生き生きとした、悲劇的な人生が、いつまでも、余韻を伴って、心に残るのを感じた。何か、感動すべきものに出会ったときにいつも感じる、あの、一種、茫然とした状態だった。心はそれに捕らわれ、もうそれ以外のことは考えることもできない… しかし、どうして今、「デイジー・ミラー」なのか? と問われれば、ぼくは、その答えを知らない。旅の準備に、たまたま、ぼくの旅行鞄に紛れ込んだ一冊だったのだし、その内容について、あらかじめ知って読んだわけでもなかった。ただ、その題名に惹かれて読んだのかも知れないが、この、無邪気と、奔放さの典型であるような「デイジー・ミラー」の名だけは、永く、ぼくの記憶に残ることになるだろう。最後に、この種のアメリカ娘が、1860年代には、ヨーロッパのそこここに見られたが、70年代になると、急にパッタリと見られなくなってしまったという後日談が、何か、ぼくの心を暗いものにした。そうした、短い一時代を生きた典型を、このような芸術的な作品の中に結晶できたということは、それだけでも、値打のあることだ、と言うことができるだろう。実は、ぼくの求めていた作品は、そのような作品だったかも知れないのだ… まだ、読み終えて間もなく、列車が走っているとき、是非この一冊を、リサに勧めてやろうと、ぼくはその場で決意した。

 

 長い列車の旅だった。途中、いくつかの大きな駅に止まり、そして、最後の駅で汽車を乗り換えた。陽春の、最後の光が、美しい空を背景に、地平線へと沈むと、やがて闇が訪れた。ぼくは、寝台車を離れ、予約していた食堂車へと向かった。既に食堂車は、人々で混雑しており、ウェイターやウェイトレスが、忙しそうにテーブルのあいだを往き来していた。ぼくは、白いテーブルクロスにおおわれた、二人掛けのテーブルが空いているのを目にすると、そこに腰を降ろした。さっそくウェイターがやって来、ぼくは、ディナーとワインとを注文した。他のテーブルでは皆、楽しそうにしゃべり合っているのに、このテーブルだけが、向かいに人がいないのが、寂しかった。ぼくは、暗闇ガラスに、自分の姿や、車内の賑やかな様子が映っているのを目にしながら、ふと、デイジー・ミラーのような美しい少女が、向かいの席に坐ってくれないだろうか、と空想した。そんなことにでもなれば、この旅はとんでもない方向へ行くことになるかも知れない。だがもし、そんな彼女が目の前に現れれば、ぼくはどのように応対することができるだろうか?


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ウィンターボーンのように、ごく自然に行くか、どうかは疑問だった。あの、初めての出会い、導入部をよく思い起こしてみよう。最初は弟が現れ、それから姉、デイジー・ミラーが現れたのだ。白いモスリンの服装の、輝くばかりの美しさを伴って。その彼女が、一向、ウィンターボーンに気を惹かれる様子はなかったのだが、ウィンターボーンの方は、彼女のまばゆいばかりの美しさを目にした瞬間、身も心もすっかり奪われてしまったのだ。こういう出会いは重要である。なぜなら、それは、人々の青春時代にしか、あるいは、いつまでも心に青春時代を持ち続けている人にしか経験できない、初々しい出会いだからである。ウィンターボーンは、このチャンスを捕らえて離さなかった。彼は、積極的に彼女に話しかけ、その当時としては、というより今でも、ぶしつけなことであり、困難なことでもあるのだが、ウィンターボーンはそのようにして、彼女と友だちになることに成功したのだった。しかしぼくが、そのように出来るかは疑問だった。美しい少女を前にすれば、恐らくぼくは、言葉を失ってしまうであろうから。それに、自分のように孤独で、将来のない人間が、どのようにして、美しい彼女を、明るい気分にさせることができるというのだろう? それは、ウィンターボーンにしてもできなかったことであり、ただ、あの美男のイタリア人、ジョヴァネリにして初めて可能なことであったのだ。恐らく、無邪気で、快活なデイジーを楽しませられるのは、いつの時代でも、そのような種族の人々であり、そうでない自分には不可能なことだ、と悟った。

 

 このように、デイジー・ミラーに源を発した空想は、広がって行くばかりだった。食事は運ばれて来たが、相変わらず、向かいの席と、白いテーブルクロスの一角は、空いたままだった。ぼくはふと、自分の過去を振り返った。ぼくの人生には、様々な女が現れては消えた。確かに、多くの女の中で、ぼくの心を感動させるような女が現れることは、まれだった。しかし、そのような女も、現実にはいたのだし、デイジー・ミラーのように、ただ美しさだけで、感動させるような女もいれば、この小説のように、現実そのものではなくとも、そのような女性をほうふつとさせるような作品によって、女に感動させられるようなこともあった。ぼくは、このように感動を与える女について、もっと深く知りたいと思った。どうして彼女らは、ぼくに感動を与えるのだろうか? その理由は、何んだろうか? これは決して、どうでもいいことではなかった。なぜならこの問題は、ぼくの人生の重要な部分を占める、解決不可能な、永遠のテーマのように思えていたからである。そればかりでなく、この問題を解決しない限り、即ち、もう女のことで頭を悩まされるようなことがなくならない限り、次のステップへと進むことは、不可能なことのように思われた。ぼくが、普通のサラリーマンや、技術者になろうとするのではなく、創作に固執しようとするのも、まさに、女のためなのだ。この世に女というものが存在せず、その存在を知りもしなかったとするなら、ぼくは、小説を読もうとも、書こうとも思わなかっただろう…


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 結局、デイジー・ミラーのような少女は現れなかった。ぼくは空しく食堂車を引き上げ、食堂車の賑わいからも去って、孤独な、自分の寝台車へと戻った。そしてまだ時刻は早かったが、ベッドの上に、ゴロリと横になった。さっきの賑わいがまるで嘘のような、ここは静けさだった。ぼくはひとり、またもひとりになった。ただ列車の響だけが、その振動と共に耳に聞こえて来る。ベッドのランプは薄明るく、自分の寝息が聞き取れそうだった。明日になれば、ぼくは、目的地のリランに着くだろう。そこで、まず、予約してあるホテルに行き、それから一切の行動を開始するだろう。何ひとつ見落とさず、何ひとつ聞き逃しはしない。――しかし、そこで誰に会うというのだろう? ぼくたちのことは何ひとつ知らない村人。あるいは少しは覚えてくれているかも知れない村人。きっと、昔の多くの顔ぶれはもう変わってしまっていることだろう。そんな村の中へ分け入って、ぼくは何をしようとしているのだろうか? ただ昔にもう一度触れ合いたい、そんなものでいいのだろうか? ぼくが触れ合いたいと本当に願っているものは、そのような、もう過ぎ去ってしまった過去ではなく、あの小説に出て来たような、美しくて、無邪気で、何ひとつ罪の意識を持たない、あのような少女ではなかったのか? しかしそれは、小説にして初めて可能な人物像であって、実際には、なかなか存在しないのではないだろうか? ぼくが惹かれ、感動したのは、小説上のデイジー・ミラーであって、実際に、そのような少女が現れたとしても、ぼくはそれほど感動しないのではないだろうか? それについては、答えは見つからなかった。しかしただひとつ確かなことは、ぼくがこれから成そうとしていることは、すべて空しい、という意識だった。なぜなら、思い出はすべて死者であり、ぼくは、死者を相手に、これから行動を起こそうとしているのだから。――しかし、ぼくが本当に求めているものは、やはり生きている人、生きている人と出会い、そして、共に生きる、ということなのだ…

 

 その後、夜が更けるにつれ、デイジー・ミラーの亡霊が、何度もぼくのもうろうとした意識の中で横切り、一度も見たことのないはずの彼女が、肉体と表情とを伴って、ぼくのそばに現れたような気がした。そのたびにぼくは目が覚め、いま、自分が汽車のベッドの上に寝ているのだ、ということに気が付くのだった。しかし、意識は再び、夢の中へと入り、彼女の声や、その生き様が、繰り返し、ぼくの目や耳に聞こえ、重い心のぼくを悩まし、あるいは、興奮し続けるのだった。デイジー・ミラーという魔物は、ぼくにとって何んだったのか、それはついに結論が出ないままだった…


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 …朝になって、汽車は、遠くに森におおわれた小高い丘のような山を背景に、一面、麦畑やじゃがいも、その他の畑で区切られた、広い平野のまっただ中を走っていた。ふぞろいに建ち並ぶ農家や、植林された見事な、さんざしや、樫の木立がある他は、一面、手入れのよく行き届いた畑が広がっているだけだった。ぼくは、つい今しがた目が覚めたばかりで、窓から外を眺めていた。既に晴れ上がった空の下で、朝の日射しが、明るく、広がる畑を一面、照らしていた。やがて、遠方の、森におおわれた丘陵のふもとに、ひと際高く、空を突き刺すような、教会の尖塔が見えて来た。恐らくそれは、名も知れない村の教会だろうが、その光景は、早くも、やがて訪れるはずのリトイアの村への思いとも重なって、憧れと、なつかしい思いとが交錯するような気分を引き起こさせた。ぼくの気持は早くも、ぼくの第二の故郷、リトイアヘと羽ばたいて行った。――もう心には、昨晩あれほど夢中にさせたデイジー・ミラーのことは、すっかり消え去っていた。小説には小説の世界があるかも知れないが、やはり、ぼくの心を捕らえて離さないものは、目の前に展開する、このような現実なのだ。列車のゴーゴーいう響き、窓の外に広がる、明るい、伸びやかで、のどかな光景は、全くの春を感じさせ、ぼくに、さわやかさをもたらしてくれた。野原のところどころに咲く、あの紅い花の群れは、スミレ、そして、あの黄色い花の群れは、きんぽうげ、なのだろうか? それらが、楽しそうに、早朝の、春の風に揺れている。きっと、ぼくがこれから向かうリトイアの村も、このような花や木におおわれていることだろう。列車と平行して走る小川も素晴らしかった。広い平野のまん中に、青い空を反映し、キラリと光って見える小川は、とうとうと、冷たい水をたたえていた。あれは単なる小川か、それとも運河なのだろうか? 列車は、相当の速度で走っているに違いなかったが、風景は一向、変わることがなかった…

 

 …そのようにして、長い列車の旅も終わりに近づきつつあった。静かに広がる田園地帯と、その田園地帯のあいだをゆったりと流れる中程度の広がりを持つ川の向うに、遠くの、森におおわれたなだらかな山と、丘陵のような山とが交錯するところ、うっすらと、もやにおおわれたような町が見え始めて来た。なだらかな丘陵に沿って、建物の白い壁や、川にかけられた石造りの橋などが、段々と具体的に見えて来る。町の中央辺りに、他の建物に交じって、教会の尖塔らしきものが見え、あそこが町の中心地らしいと分かった。このように、うすもやに包まれて、次第にはっきりと、その全貌を現して来る、田園とその向こうに広がる美しい湖とに囲まれた町が、人口10万を越えるリランの町だった。ぼくの目は、鏡のような川面の向こうに見えるリランの町の広がりに、しばらくじっと釘づけになった。

 ――列車はやがて、吸い込まれるように、その町の中に入って行き、速度をゆるめると、やがて現れた駅の横で、ゆっくりと停車した。ぼくは、胸を踊らせながら、荷物を手に取り、他の乗客と共に、列車から降りた。なんというまばゆさ、駅に茂っているシラカバの緑の濃さ、そして、ここから見える、町並みの屋根の輝かしさ、だったことだろう。



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