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鑑賞物としての詰将棋作品論

鑑賞物としての詰将棋作品論

會場健大

 

 

役にたたないものは 愛するほかはないものだから   ―寺山修司「小指を探せ」より

 

はじめに

 

みなさん、詰将棋はお好きですか? 

 

こう聞くと、「苦手だ」とか「11手までならなんとか……」「強くなるためには、もっと解いたほうがいいんでしょうけどね」とおっしゃる方が多いようです。

 

こうした方にもう少しお話を聞いてみると、将棋が強くなりたいから、そのトレーニングとして、受験勉強をするみたいに嫌々詰将棋と向き合っている方が大半のようです。これは詰将棋を作る人間として少し寂しく思います。というのも、多くの作家は―少なくとも私はということですが―将棋のために詰将棋を作ってはいないからです。

 

私はこういう例え話をよく使います。

 

将棋のルールをスケートリンクだと考えてみてください。ある人たちは、その上で競争をすることを思いつきました。スピードスケートの始まりですね。これが言ってみれば指し将棋のようなものです。盤上というスケートリンクで己の持つ力を最大限に発揮して相手に勝つことが目的なわけです。

 

一方で、氷の上ではもちろん競争も出来るけれど、こんなステップを踏んでみても楽しいんじゃないか、スピンもできる、ジャンプだってできちゃうかも、と思いついた人達がいました。フィギュアスケートの始まりです。まずは可能性を楽しむということ、これは詰将棋の精神にとてもよく似ています。相手のことは関係ない、ただ盤上でこういう演技を実現してみたいと考え、その表現を可能にするために自分の技術を磨くのです。

 

もっと近い例えを使えば、サッカーの基本練習にリフティングというのがありますね。ボールを地面に落とさないように延々と蹴り続ける練習です。あのリフティングも、単なる練習というだけに終わらず、いろいろ複雑なテクニックが生まれるようになりました。うまくできると楽しいからです。今ではパフォーマンスとして、より難しい技を編み出して実演してみせる人たちがいます。ボールをまたいでから蹴ったり、頭に載せてみたり。ブレイクダンスしながらリフティングする人もいます。ああいうのは単に楽しいからやっているのであって、それ以上でも以下でもありません。だから、「そのテクニックは確かにすごいけどさ、それを試合のどこで使うって言うんだい」とか言われるとちょっぴりがっかりしてしまいます。

 

何が言いたいかというと、こういうことです。

 

将棋と詰将棋とは、完全に別物なのです。将棋はストイックなもの、詰将棋は、楽しむものです。

 

だから、詰将棋と向き合うとき、必ずしもそれを与えられた試練のように考える必要はないのです。スピードスケートの選手がフィギュアに苦手意識を持つことなどないのと同じように、将棋ファンが詰将棋を眺める時も、もっと肩の力を抜いていいのではないでしょうか。

 

そうした詰将棋との付き合い方として、私は「鑑賞」を提案します。詰将棋の図面を見たとき、つい考えてしまうという方は多いでしょう。解けるまで答えは聞きたくないとか、何手詰かも知りたくないという方はたくさんいらっしゃいます。けれど、それが詰将棋を辛く苦しいものにしているのであれば、ちょっともったいない。

 

答えを見てしまいましょう。そして盤に並べてみてください。本当に優れた詰将棋というのは、それだけで十分楽しめます。並べてみてもピンとこない作品もあるでしょう。それは駄作です。そんなものをうんうんうなって解かずに済んでよかったと思いましょう。

 

そして優れた作品に出会ったら、人に教えてあげましょう。その人がどうしても解きたいと言ったら解かせてあげればいいし、お手上げだというのであれば答えを教えてあげてください。こうして、詰将棋というものが、一人きりで自分と戦うものというだけで終わらずに、人の心を一つにする歌のように、美しい広がりを見せていったなら、こんなに嬉しいことはありません。

 

そこで、そうした取り組みをまず自分ではじめてみようということで、今回本稿を書かせていただくことにしました。詰将棋史上の優れた作品を、皆さんと一緒に楽しんで鑑賞したいと思います。

 

はじめに、の次に

 

では詰将棋鑑賞をしていきましょう。詰将棋には様々な価値観があります。数多くの作家が自らの理念に従って創作をしています。そうした作者の主張や鑑賞のツボを押さえながら解説できればと思います。

 

詰将棋には大きく分けて二つの流れが存在しています。一つは終盤のトレーニングのために作られる詰将棋で、プロ棋士の名前でまとめられ出版されているものです。手数は3手~17手くらいで、実戦形から実戦的な手順で詰むものが多いですね。こうしたものは「問題」と呼ぶのがふさわしいと思います。もう一つの流れは、アマチュア作家によるものです。詰将棋パラダイスや将棋世界の詰将棋欄などにアマチュアの手による詰将棋が投稿、発表されています。こうした詰将棋の特徴は、実戦からいかに飛躍した手順を実現できるかということに全精力を傾けているところにあります。こうした詰将棋はしばしば実戦には何の役にも立たず、またしばしば解答者にとって読みの訓練にはならないほど簡単であったり、そうかと思えばある時には実戦でこのような局面に出くわすことはありえないのではないかというほど複雑であったりします。こうした詰将棋は、将棋の訓練という外部的な目的から離れて、詰将棋自体の面白さを自由に表現するものです。またそれに接する者に対し、それによって何を得るかという功利的な態度ではなく、ただ純粋にその表現を楽しむ態度を要求します。こうした性質はそのまま芸術作品のそれにあたります。したがってこのような流れで作られた詰将棋は往々にして「作品」と呼ばれます。本稿では、指将棋を中心に楽しまれる皆さんにとって、親しむ機会が少ないと思われる詰将棋「作品」のご紹介をしていきたいと思います。

 

さて、すでに述べたように詰将棋は芸術の要素を持っていますが、芸術の評価というのは時代相対的なものです。したがって、詰将棋を鑑賞していただくためには少し詰将棋の歴史についても触れておく必要があるでしょう。第一章では、「問題」として出発した詰将棋が「作品」になってゆく様子を、純粋な歴史的事実の羅列ではなくて恐縮ですが、感覚的な説明として与えられればと思います。また以下で指将棋ファンの方の意見を代弁する存在として、AくんとBくんに登場してもらうことにしましょう。ところどころで私の説明に対して茶々を入れてもらうことにします。

 

さて、このあと出てくる作品の解説は、図面をできるだけ多くしたつもりですが、読むだけで手順を追うのはつらいところもあるかもしれません。ぜひ、ご面倒でもできるだけ盤に並べてご鑑賞いただきたいと思います。その方が捨て駒の手触りなどをより楽しめると思うからです。

 

第一章     詰将棋はどのようにして指将棋の世界を飛び出したか 

 

「実戦形は詰将棋のふるさと」という言葉があります。詰将棋はまず実戦の終盤において、王様を捕まえる訓練として登場しました。また、指将棋ファンの方にとっては、実戦形の詰将棋は指将棋と詰将棋の橋渡し役として適当であると考え、これを第一章に持ってくることにしました。この章では、3つの詰将棋を見ていただきます。順に「指将棋の練習問題以上の意味を持たなかった頃の詰将棋」「現代的価値観において詰将棋作品としての性質を備え、また同時に指将棋ファンからも好意的に迎えられるであろう作品」「実戦形の形式を借りてはいるが、純粋に詰将棋的な手順で指将棋ファンには理解しにくいであろう作品」です。詰将棋作品が次第に将棋との結びつきから離れて、詰将棋のための詰将棋になっていく様子を、実戦形という制約のもとで疑似的に体験していただければと思います。

 

では、最初に「指将棋の練習問題以上の意味を持たなかった頃の詰将棋」です。現存する最古の詰将棋文献は初代大橋宗桂(1555~1634)によるものです。その中から一題。



大橋宗桂作 (1703年[1]、象戯力草 第89番) 

 

▲3一銀    △1二玉    ▲2二金    △1三玉    ▲2五桂打  △2四玉

▲3三銀    △同 桂    ▲2三金    △同 玉    ▲3三桂成  △1三玉

▲2五桂打  △2四玉    ▲3四成桂  △同 玉    ▲3三桂成  △2四玉

▲2五歩    △1三玉    ▲2二銀不成△1二玉    ▲2四桂

まで23手詰 (一歩余る)


[1]没後まとめられたもの。


A 手順もすごく実戦的だね。▲3一銀は捨て駒ではあるけど、実戦でも頻出の手筋だし。

B 駒が余ったよ?

 

当時は駒余りも許容されていたんですね。あくまで練習なわけだから、詰みさえすればいい。本作の手順について言えば、3四成桂から3三桂成と桂を活用して2五に歩を打つスペースを空けるところなんかは面白いといえるでしょう。しかし全般的に草創期の詰将棋には妙手もほとんどなく、ただ力任せに詰ます手順が多く見られます。しかし、歴史的なことを言うとこの大橋宗桂という人は幕府から初代の将棋所に任じられ、将軍に詰将棋作品集を献上するというしきたりを作りました。この将棋所としてのプライド、将軍に下手なものは見せられないという義務感、それにこのあと長く続く江戸時代という平和な時代によって、詰将棋は華麗なものへと変貌していくことになります。その詳細な歴史は語ればきりがありませんが、第二章で少し触れます。

 

では次に、「現代的価値観において詰将棋作品としての性質を備え、また同時に指将棋ファンからも好意的に迎えられるであろう作品」です。



相馬康幸作 詰将棋マニアックス Anthology No.19 初出調査中

 

B きれいな美濃囲い!

A これくらいなら盤駒使わずに解けるよ。きれいに詰むね。

 

▲7一銀    △9二玉    ▲9三香    △同 玉    ▲8二銀打  △9二玉

▲9三香    △同 桂    ▲8一銀不成△同 玉    ▲7二飛成  △同 金

▲8二香    △同 金    ▲同銀成    △同 玉    ▲7一銀    △7二玉

▲6一飛成  △同 玉    ▲6二金

まで21手詰

 

A こういうのがいいんだよ! 実戦で役に立ちそうじゃん。まあ実戦では持ち駒が銀銀香歩歩とかなんだろうけど。将来この筋で詰ますことがあるかも! っていう問題は解いてよかったって思うよね。

 

やっぱりこういう作品の需要が一番大きいですよね。きれいな初形で程よく読みの練習になり、解いた後にちょっと気持ちいい作品。しかし作家の立場から言うと、ここまでよくできた作品はめったに作れるものではありません。

 

B さっきの作品はべったり詰んじゃったけど、こっちは同じ実戦形でもきれいに捨て駒が出てくるんだね。この捨て駒っていう感覚がやっぱり詰将棋には大事なのかな?

 

実はそこはすごく難しい問題で、捨て駒に乏しい傑作もたくさんあります。捨て駒によって解答者に満足感を与えるというのは詰将棋を作る上ではあくまで一つの選択肢であって、詰将棋に必ずしも必要なわけではありません。たとえば作品の構想自体が狙いになるような作品では、捨て駒の気持ちよさはあまり要求されないことも多いのです。その辺はおいおい説明できればと思いますが、皆さんが接する詰将棋は捨て駒で決める作品が多いと思いますし、また作る際にも捨て駒を入れておけば詰将棋らしい手順になると言っていいでしょう。

 

さて、次は「実戦形の形式を借りてはいるが、純粋に詰将棋的な手順で指将棋ファンには理解しにくいであろう作品」です。同じ作者によるもう一つの美濃囲い図式をお目にかけましょう。

A これも端を利かして銀をかけた感じが実戦っぽいね。ちょっと持ち駒多いけど。


相馬康幸作 詰将棋マニアックス Collection No.21 初出調査中

 

初手から

▲7一銀打  △9一玉    ▲9二歩    △同 玉    ▲8四桂    △9一玉



まず銀を繋いで端に追いやり、一歩叩いて桂を据えてやります。こうすると7二の銀に桂の狙いがつくことに注意。

 

以下の手順

▲8二銀成  △同 玉    ▲7二桂成  △同 銀


この図と最初の図を見比べてみてください。

B 6三の銀がなくなってる!

A 持ち駒も桂と歩が減ってるけどな。

B あまり状況が変わってる気がしないけど、もう一回▲7一銀打しか手がないよね。

 

以下の手順

▲7一銀打  △9一玉   ▲9二歩    △同 玉    ▲8四桂    △9一玉   

▲8二銀成  △同 玉  ▲7二桂成  △同 金 


B もう一セット同じ手順が出てきた!

A その結果、今度は7二の銀も消えて金に変わってるわけだね。

 

以下の手順

▲7一銀打  △9一玉    ▲9二歩    △同 玉  ▲8四桂    △9一玉   

▲8二銀成

さらにもう一セット繰り返しますが、今度△同玉では▲7二桂成以下簡単ですね。したがってこれを同金と取ることになって打歩詰が解消されます。以下は収束手順に入ります。駒がきれいにさばけて詰み上がりますので、並べてみてください。

 

以下の手順

△同 金    ▲9二歩    △同 金  ▲8一龍    △同 玉    ▲9二桂成 

△7二玉    ▲5四馬    △6三角  ▲6四桂    △6二玉    ▲5三金   

△7一玉    ▲7二桂成  △同 角  ▲同 馬    △同 玉    ▲6三角   

△7一玉    ▲8一成桂  △6一玉  ▲5一歩成  △同 玉    ▲5二金

まで51手詰


B 51手もかかったんだね。なんだかそんな気がしないよ。

 

局面局面で必然の手が多かったこともあるでしょうし、反復趣向の作品は一度サイクルがわかるとだいぶ読みを省けますから、実際の手数ほどには難しくないものなのです。この辺も指将棋ファンが誤解していることのひとつかもしれませんね。100手を超える詰将棋は考える気も起きない方とか。実際には20手くらいの詰将棋よりよっぽど簡単なことだって、往々にしてあるものですよ。

A 最後は解説ずいぶんさらっと流したな! もう少し解説するとこあるんじゃないのか?

まあそうなんですけど、メインテーマの部分が終わったので、鑑賞としてはちゃんと詰むことさえ確認できれば……。ああ角合も出るんだ~うまくまとまってるね~みたいな。

B メインテーマ?

この作品においては、銀剥がし趣向というのがテーマになっています。剥がしとは文字通り、玉方の駒を一枚一枚取っていくことだと思ってください。そしてそれを反復させるのが詰将棋らしい遊び心で、ふつうこういう繰り返し手順を「趣向手順」と呼びます。この作品では銀を剥がす趣向手順なので、銀剥がし趣向というわけです。個人的には、趣向という言葉はまさにぴったりだと思います。「ああ、ちょっとした趣向だね、面白いね」という感じが詰将棋への態度としてちょうどいいのです。

テーマと言いましたが、草創期の詰将棋になくて今の詰将棋にあるもの、それこそがテーマなんです! つまり作図する側は、単に王手の連続で詰むというだけではなく、手順や配置の中に何かしらのテーマを表現していなくてはならない。こういう流れが江戸時代の将棋所や民間の愛棋家の間で醸成されていきました。表現するテーマは、今までほかの人によって図化されているものでは作る意味がない。したがって詰将棋のテーマはどんどん奇抜になってゆきます。これが詰将棋が単なる練習問題から離れていった理由なんです。いつしか詰将棋が表現する手順は、絶対に実戦では現れないようなものになっていきました。

 

先に難しい問題だと書きましたが、捨て駒というのはテーマの一つであると思ってください。実は詰将棋作家の中には「ただの捨て駒なんてテーマでも何でもない」という立場の人も多いのです。捨て駒の連続で詰むような作品は手筋物と呼ばれています。手筋物しか作らない作家もいる一方で、「手筋物の価値を認めないわけではないけど、自分で作る気には全くならない」という作家も多く、論争のあるところです(まあはっきり言って詰将棋界なんて論争だらけです)。イメージとしては、手筋物は娯楽小説で、解答者にとって無難に楽しめるものですが、予定調和な部分もあり新奇性には欠けます。それ以外のテーマで作られた作品は純文学のようなもので、常に新しい表現を求めて進化を続けますが、そのよさを理解することは難しく、指将棋ファンにはあまりウケがよくありません。もちろんテーマをしっかり表現した作品が捨て駒もきっちり決めていたら評価が上がるのは疑いない事実です。芸術的な文学が大衆的な面白さも持っていたら絶対に売れます。当たり前ですね。

 

とりあえず、指将棋ファンの方に少しでも興味を持っていただきやすくするために、実戦形の作品から導入しましたが、実戦形という非常に強い制約のもとでは、表現できるテーマが限られてきます。ということでここからは恐ろしい顔をした作品が数多く登場することになると思いますが、心配することはありません。しつこいようですが、鑑賞とはその作品と対決することではなく、仲良く遊んでやることなのです。その作品のことを深く知れば知るほど、なんで作品がそんな顔をしていなければならなかったのか理解できますし、恐ろしいと思った顔が美しく見えてくることさえあるでしょう。

 

第二章 古典詰将棋の到達点 -看寿、宗看、久留島喜内-

 

テーマを表現するということに目覚めた詰将棋が江戸時代に大きな発展を遂げたことはすでに述べました。そんな江戸時代の詰将棋の三つの到達点については簡単に触れておきましょう。第一には伊藤看寿です。彼は五世名人伊藤宗印の子供で、兄の宗看が七世名人を襲名したため八段止まりでしたが(当時は終生名人でした)、没後名人位を贈られています。なお贈名人は看寿と阪田三吉しかいないと言えばそのすごさが分かるでしょう。作風は雄大な構想や美しい趣向手順を、洗練された構成意識のもとに華麗に表現するもので、現在に至るまで最も好きな作家に挙げる人も多いほどです。その中から有名な作品を一つご紹介しましょう。


伊藤看寿作 (1755年  将棋図巧 一番)

 

A 恐ろしい顔が登場って言ってたけど、本当にすごい顔だな!

B こんなに駒が多いとそれだけでパニックっていうか、どこからどう手をつけていいやらわからないよ。

まあ冷静に駒の利きを確認しましょう。けっこう手は限られています。まずはこう進めましょう。

 

▲5四銀    △7五玉    ▲8七桂    △8六玉 


B そういわれればその手順しかないような気がする。

A ここで手拍子に▲9五角成とすると△7六玉で打歩詰だけど……

 

▲6六龍    △同 龍  ▲9五角成  △7六玉    ▲7七歩    △同 龍   

▲同 馬    △8五玉 


▲6六竜が好手で、ここに竜を呼んでおけば打歩詰を打開できます。

B なるほど、いい手だね。

と、ここまでが序ですね。

B 序って? 序破急の序?

まあだいたいそうですね。特に古典詰将棋の場合、メインテーマに入るまでに少し手を入れておくのが流儀だったんですね。むき出しの趣向は品がないというわけです。古典的な趣向作の作りは序→テーマ→収束という構成がふつうだったんです。最近では、すっとテーマ部分に入る人も多くなってきました。これはどちらがいいというものでもなく、考え方の違いですね。本作の序ですが、これ以上は望めない序なのではないでしょうか。要の押さえ駒になる銀を打つところから始まり、その銀打ちに必要だった竜を捨て駒でさらりと消してしまいます。

A じゃあここからが本番なわけか。うーん。▲8四飛なんかそれっぽいんだけど。

B ねえねえ、▲9五馬~▲7七馬ってずっと繰り返せるよ!

A アホか、連続王手の千日手でこっちが負けになってしまうわ。

 

以下の想定手順

▲8四飛  △同 玉  ▲9五馬  △8三玉  ▲8二金  △同 歩 

▲8四歩  △9二玉  ▲8一銀  △9一玉  ▲8二と  △同 玉

▲7二金  △9一玉  



A 打ち歩詰だ……

B 打ち歩詰ってホントにあるんだねえ。実戦では出たことないよ。

打ち歩詰は詰将棋のためのルールと言われるくらい、詰将棋の豊かな発展に貢献しています。打ち歩詰関係の作品だけで、全体の1割くらい行くんじゃないかな。さて、本作はこの打ち歩詰をどう打開するかというのがテーマです。さっきBさんが惜しいことを言っていましたよ。
B ホントに? やったー。さっき反復趣向ってのやったからね。

A しかしただ反復するだけでは趣向にならないからな。

その通りです。趣向手順というのは、同じことを繰り返しているようでいて少しずつ局面が変化していることが大事。序が終わった部分を再掲します。

 



~数分経過~

 

A 分からん! でもきっと詰将棋らしい手が出るんだと思うけど……

B 実戦だったら▲1五飛って打って角抜いちゃうのにね。

A こら、身もふたもないこと言うな。

ちょっと待ってください、▲1五飛にはどう受けるんですか?

A そりゃもう△2五歩合くらいで全然……。お?

B なになに?

(以下ちょっと難しいです)

想定手順

▲1五飛    △2五歩    ▲9五馬    △7六玉    ▲1六飛    △2六香

▲7七馬    △8五玉    ▲7六角  

A 途中図で△8四玉は▲9五馬△8三玉▲8二金△同歩▲1三飛成で7三の駒数で勝ってるから詰みだな。

△同 香    ▲9五馬    △7四玉  ▲9六馬    △8五金    ▲同 馬   

△同 玉    ▲9五金    △7四玉  ▲6六桂    △8三玉    ▲8二金   

△同 歩    ▲8四歩    △9二玉  ▲8一銀  △9一玉  ▲8二と

△同 玉  ▲1二飛成



A これは変化多いけど詰んでる。

B 難しいよ~。途中の金合は何?

A 桂合とかだと取らずに▲6六桂以下進められて早い。馬が9五にのぞけるからな。さて、歩合だと詰むことがわかったわけだけど、何合が正解なのかな。前ページの途中図で△8四玉引いたときに▲9五馬をされなければいいから、飛車合かな?

 

▲1五飛    △2五飛 


A これでさっきの変化が詰まない。



A 以下△9五同飛で逃れ。

B じゃあせっかくの飛車合だしもらっておこうよ。

 

▲同 飛    △同 角  


これで問題設定の局面から持ち駒が変わらず、角の位置が1六→2五に変わったわけですね。

A どうやら狙いが見えてきたぞ。こういうことなんじゃないか?

▲9五馬    △7六玉  ▲2六飛 


B また合駒?

A まあ、ここもとりあえず歩合しておくか。

仮想手順

△3六歩  ▲7七馬  △8五玉  ▲2五飛  △5五歩  ▲7六角

△同 香  ▲9五馬  △7四玉  ▲9六馬  △8五香  ▲6六桂



A 以下ほぼ同様に詰みか。ということは、仮想図で桂を取れるように……

B 3六の合駒は飛車だね!

ここまでくれば解けたも同然ですね! この手順を繰り返せることがわかったので、角をおびき寄せてください。

B まだよくわかんないよ?

 

△3六飛    ▲同 飛    △同 角    ▲7七馬    △8五玉  ▲3五飛   

△4五飛    ▲同 飛    △同 角    ▲9五馬    △7六玉  ▲4六飛   

△5六飛    ▲同 飛    △同 角    ▲7七馬    △8五玉  ▲8四飛  


5六まで角を呼べば、最初に試した▲8四飛以下の手順に入れるのです! もう少し進めればそれがはっきりします。

 

△同 玉    ▲9五馬    △8三玉    ▲8二金    △同 歩  ▲7五桂 


ここで桂跳ねを入れて香を動かしておくのが肝心。△同銀なら▲7三馬で簡単です。

 

△同 香    ▲8四歩    △9二玉    ▲8一銀    △9一玉  ▲8二と   

△同 玉    ▲7二金    △9一玉    ▲9二歩   


B あ~! 歩が打てるようになってる!

この歩打ちを作るために、飛車打ち飛車合を繰り返して角を5六まで呼ぶという壮大な構想だったのです。しかも馬を支える機構になっていた桂を跳ね捨てる味のいい手まで交えています。とても江戸時代の作品とは思えない完成度です。さて、ここからは収束。これもなかなかきれいにまとめています。

△同 角  ▲同銀成    △同 玉    ▲7四角    △9一玉    ▲8二金   

△同 玉  ▲8三歩成  △7一玉    ▲6二馬    △同 玉    ▲6三銀成 

△6一玉  ▲7二と    △5一玉    ▲5二成銀

まで69手詰



A 出たよ、以下詰み。

B 最後に趣向手順の核になっていた馬を捨てて仕上げるところはうまいね。もう取り残される駒になるのかと思ってたよ。

看寿の作品は特に、テーマを構成していた舞台装置の駒をきっちりさばいて収束する作品が多いようです。その影響もあって、趣向作ではテーマの部分で主役だった駒を収束で消すのが一つの作り方になっています。それはともかく、こうした謎解きをじっくり追いかけていくのはどうでしたか? 優れた詰将棋ほど、ややこしい変化で目くらましをするようなことをせず、一つの大きな謎の設定と、そのスマートな解決が用意されているものなのです。本作は特に優れた達成の一つで、昭和の詰将棋界に大きな影響を残しました。内藤國雄がこの作品に感銘を受けて将棋の道に入ったのも有名な話ですね。

 

また、すごい形に見えた初形ですが、鑑賞し終わってみてどうですか? 一つ一つの駒が最大限に働いていることがお分かりになったのではないでしょうか。駒の機能を理解し、その配置の必然性に気づけば、見かけの複雑さとは異なってむしろ簡潔で効率のよい表現であることがお分かりになると思います。そして、そうした表現の技術そのものが、表現されているテーマと同じくらい、感嘆すべきものであることに気づくのではないでしょうか。そういった意味で、これから詰将棋をご覧になるときは、配置の妙にも注意していただきたいと思います。

 

さらに江戸時代の達成として、伊藤宗看の作品を挙げておきましょう。伊藤宗看は看寿の兄で、終身制だった時代の七世名人です。その作風は豪放かつ難解です。看寿と同様に雄大な構想を盤上に描きましたが、看寿と決定的に異なるのは、その作品の力強さです。紛れの非常に多い局面から、強引とすらいえるような妙手の連発で局面を切り開いていく作品を多く残しています。こうした妙手主義、難解主義は看寿の華麗な作風と並んで、後世に影響を与えました。そんな宗看の代表作がこちらです。


伊藤宗看作 (1734年 将棋無双 30番)

 

▲2三金    △2五玉    ▲2四金    △同 玉 


初手からいきなり四手かけて2二の金を消してしまいます。途中さまざまな変化がありますが略。ともあれ、このような捨て駒の押し売りは宗看の得意技の一つです。この金を捨てる手は将来の伏線になっています。以下飛車をもぎ取って左辺下部へ追い込みます。

▲3四飛成  △同 玉  ▲3三飛    △4五玉    ▲3五飛成  △5六玉   

▲5五龍    △6七玉  ▲6六龍    △7八玉    ▲7九香    △同 玉   

▲6八銀    △8八玉  ▲7七龍    △9八玉    ▲9九歩    △同 玉   

▲9七龍    △9八銀成 



この局面から、雄大な趣向手順が実現します。主役はいま4八にいる馬です。

▲6六馬    △8九玉    ▲5六馬    △9九玉    ▲5五馬    △8九玉

▲4五馬    △9九玉    ▲4四馬    △8九玉    ▲3四馬    △9九玉

▲3三馬    △8九玉    ▲2三馬    △9九玉    ▲2二馬    △8九玉

▲1二馬 


合駒が利かないことを見越して、馬が一路ずつじりじり離れていきます。途中▲5六馬に△7八歩合なら▲同馬△同玉▲7七竜以下作意に短絡するわけです。攻め方もそんなことは百も承知で「合駒をくれないなら、1二に落ちている歩を自分で取りに行きますよ」と馬を遠ざけていくわけです。

A このとき▲2二馬とするために、初形の2二金は邪魔駒だったというわけか。

そういうことです。初形からは見えない馬のラインを開けるための伏線を、宗看らしい捨て駒でもって表現した味わい深い序でした。序に将来の伏線を入れておくという作り方も、一つの作り方として現代詰将棋に受け継がれています。さて、1二の歩を拾った馬が戻ってきますよ。

△9九玉    ▲2二馬    △8九玉    ▲2三馬    △9九玉  ▲3三馬    

△8九玉    ▲3四馬    △9九玉    ▲4四馬    △8九玉  ▲4五馬   

△9九玉    ▲5五馬    △8九玉    ▲5六馬    △9九玉  ▲6六馬   

△8九玉    ▲6七馬    △9九玉    ▲7七馬    △8九玉  ▲7八馬   

△同 玉


一歩取った馬は玉を7八におびき出すという使命を果たして消えます。なお、このように馬がじりじりと玉に近づいたり離れたりする趣向を、馬鋸といいます。鋸引きするようなイメージからです。馬鋸の技法自体もこの後爆発的な発展を遂げることになるのですが、それはまた別のお話。本図以下は▲7七竜以下右辺へ追います。

▲7七龍    △6九玉    ▲7九龍    △5八玉  ▲5九龍    △4七玉   

▲5七龍    △3八玉    ▲3七金    △2八玉  ▲2七金    △3八玉   

▲2八金    △3九玉    ▲4八銀    △2八玉  ▲3七龍    △1八玉   

▲1九歩    △同 玉    ▲1七龍    △1八銀成



どこかで見たような図になりましたが…

▲8二角成  △2九玉    ▲8三馬    △1九玉    ▲7三馬    △2九玉

▲7四馬    △1九玉    ▲6四馬    △2九玉    ▲6五馬    △1九玉

▲5五馬    △2九玉    ▲5六馬    △1九玉    ▲4六馬    △2九玉

▲4七馬    △1九玉    ▲3七馬    △2九玉    ▲3八馬 


はたせるかな、右側で先ほどと同様の馬鋸が出現しました。今度は玉を3八に引っ張り出すためだけの片道馬鋸です。以下収束してみるとどうでしょう。

△同 玉  ▲3七龍    △4九玉    ▲3九龍    △5八玉    ▲5九龍

まで119手詰



B 左右対称形!

そうです。成銀ということまで一致しています。左右で同じ趣向が出る作品で左右対称形の詰上がりにするというのは作者の美意識が感じられますね。なお、この作品では宗看特有の難解さはあまり発揮されていません。というのも、私が難解なだけの作品が嫌いだからなんですが、「詰むや詰まざるや」とまで称された宗看流難解作の片鱗だけでも味わいたいという方は、無双の一番でも少し考えてみるとよいかもしれません。一応11手詰ですから。


伊藤宗看作 (1734年 将棋無双 1番) 解答本章末尾にて

 

A 一応って何さ?

きれいに詰む順が作意で11手とされているんですが、変化手順(玉方の作意とは異なる逃げ方、受け方を詰ます手順)が平気で17手とか19手とかだったりするので。そして全部が変化の変化なども伴っていて超難解です。でもとにかく全部詰むことは詰みます。本当に読みの訓練というだけならもってこいです。

B そういえば図巧、無双の二冊を解けば最低でもプロ四段にはなれるって有名な言葉があるよね。

そうですね。でもウソです。第一、図巧と無双には何作か不詰作があるし。それはおいておいても、読みの力をつけるためだけに図巧や無双を解くというのは、なんだか漫画で漢字の勉強をするような、変な感じがします。もっと肩の力を抜いて詰将棋と向き合ってほしいなあというのが僕の願いです。

 

さて、古図式を語る上でもう一人、避けては通れない作家がいます。久留島喜内です。彼は江戸時代の高名な和算家でもあり、作品にも数学的思考が反映されていると言われています。その代表作のいくつかは、味つけもそこそこにむき出しの論理の積み重ねで構成されており、その手法は知恵の輪に例えられました。詰将棋を高度に論理的なパズルとして提示した最初の人物であると思います。



久留島喜内 (年代不詳、将棋妙案79番)

本作は「馬知恵の輪」と呼ばれる作品です。

A 年代不詳?

久留島喜内は細事にこだわらない天才タイプで、数学の業績も詰将棋作品も記録に残さなかったそうです。自分の頭にあればそれでいいという感覚だったんでしょうね。「将棋妙案」をはじめとする作品集は、後年に弟子がまとめたものとされていますが詳細は不明です。では作品に入りますよ。

▲5七金    △同 玉    ▲4七香    △同 玉    ▲4八馬    △3六玉



ここから馬で玉を追い上げる回転が始まります。その回転の間に、いくつかの鍵が散りばめられています。その鍵はいずれも論理的に繋がっていて、一つ前の鍵を見つけないと次の鍵を開けることはできません。

▲3七馬    △2五玉    ▲1五馬    △3四玉    ▲2四馬    △4三玉

▲4二馬    △5四玉    ▲5三馬    △6五玉    ▲7五馬    △5六玉

▲6六馬    △4七玉    ▲4八馬    △3六玉


最初の鍵は簡単です。回転の仕組みを確認しながら一回転している間に、6六の桂を入手できます。これを使って次の鍵を開けます。

▲3七馬    △2五玉  ▲1五馬    △3四玉    ▲2四馬    △4三玉   

▲4二馬    △5四玉  ▲5三馬    △6五玉    ▲7五馬    △5六玉   

▲6八桂    △同銀成


▲6八桂と捨てて、銀を移動させました。これによってどのような効果がもたらされるのか、次の回転に入りましょう。

▲6六馬    △4七玉    ▲4八馬    △3六玉    ▲3七馬    △2五玉

▲1五馬    △3四玉    ▲2四馬    △4三玉    ▲4二馬    △5四玉

▲5三馬    △6五玉    ▲6八龍


この瞬間に▲6八竜と取るために、銀を動かしておく必要があったんですね。この銀をどう使うのでしょうか。

△同 と    ▲7五馬    △5六玉  ▲6六馬    △4七玉    ▲4八馬   

△3六玉    ▲3七馬    △2五玉  ▲1五馬    △3四玉    ▲2四馬   

△4三玉    ▲4二馬    △5四玉  ▲6三銀 


▲6三銀と鋭い手が入ります! これを△同玉は▲5三馬以下簡単ですね。

△同 角    ▲5三馬    △6五玉    ▲7五馬    △5六玉  ▲6六馬   

△4七玉    ▲4八馬    △3六玉    ▲3七馬    △2五玉  ▲2一龍


角が移動したことにより、竜を活用できるようになりました。▲2一竜と銀を取って迫ります。ここで△同銀は▲1五馬△3四玉▲2三銀△4三玉▲5二馬で、3四がふさがったので一回転して詰みます。したがって合駒ですが、▲1五馬△3四玉▲3二竜に備えて2三に銀を合駒するのが正解になります。

△2三銀打  ▲1五馬    △3四玉    ▲3二龍    △同 銀  ▲2四馬   

△4三玉    ▲4二馬    △5四玉    ▲5三馬    △6五玉  ▲7五馬   

△5六玉    ▲6六馬    △4七玉    ▲4八馬    △3六玉


こうして銀を二枚手に入れたことで、最後の鍵を開けることができます。先ほど6八で銀を取ったときは一枚しか手に入らなかったことに注意してください。

▲2七銀    △同成香    ▲同 金    △同 玉    ▲1八銀    △3六玉

▲3九香


成香を清算して、▲3九香を据えることができました! 以下は回転ルートがふさがったので一回転して詰み上がります。

△2五玉    ▲1五馬    △3四玉    ▲2四馬    △4三玉  ▲4二馬   

△5四玉    ▲5三馬    △6五玉    ▲7五馬    △5六玉  ▲6六馬   

△4七玉    ▲4八馬    △5六玉    ▲6六金

まで119手詰



A 本当にパズルって感じだね。入れ替えパズルとかあるじゃない。それを将棋のルールを使って作りましたって感じ。

B 単純に馬がぐるぐる回るのが面白かった。何回転したかな。

鍵が六個で、回転数も六回ですね。一回転のうちに鍵が二個入っちゃうと面白くない。あくまで一サイクルに一個の割合で鍵が入ることで、手数も伸ばせるし単純に構成として面白くなります。このような久留島喜内の創作法もまた、後世の長編作家に大きな影響を与えました。

 

江戸時代の三大作家の作品を見ていただきましたが、いかがだったでしょうか。作風をまとめると、華麗な看寿、豪快な宗看、緻密な喜内といったところでしょうか。このように栄華を極めた江戸詰将棋ですが、この後、将棋所が献上図式を廃止してしまったこともあって、しばらく低迷期に入ります。しかし昭和の作家たちには時代を超えて看寿、宗看、久留島喜内らの作品の良さが伝わり、現代詰将棋の基礎となりました。現代詰将棋の価値観のほとんどは、これら古典のうちにすでにあると言っていいでしょう。次の章からは、そうした古典の影響を消化しさらに進化した昭和~平成の作品を見ていただきます。


無双1番 正解

▲4二桂成 △同 金  ▲3三金  △同 金  ▲4四銀  △同 金

▲3三龍  △同 玉  ▲4五桂  △同 金  ▲3四金

まで11手詰

変化手順[2]

四手目 △同飛には▲4四銀△5二玉▲4二角成で

     △6二玉なら▲7四桂で

      △7三玉なら▲8三金△同玉▲3三龍△同桂▲8一飛以下

      △6三玉なら▲3三龍△同桂▲5三馬△7四玉▲8五金以下

     △6三玉なら▲3三龍で

      △同桂なら▲9三飛△7三合▲5三馬△7四玉▲6六桂以下

      △5三桂合なら▲同龍で

       △同桂なら▲同馬△7四玉▲8五金△7三玉▲9三飛以下

       △7四玉なら▲8五金△同玉▲8七飛△8六合▲8三龍以下

    △同桂には▲4四銀△5二玉▲5三金以下

    △5二玉には▲5四龍で

     △6二玉なら▲6三歩△7一玉▲8二銀以下

     △5三歩なら▲同角成で

△同金なら▲6三金△5一玉▲4三桂まで

△同桂なら▲6三金で

△5一玉なら▲4二金△同飛▲4三桂△同飛▲4一金△同玉▲4三龍以下

△4一玉なら▲4二金△同飛▲3三桂△3二玉▲2三銀以下

六手目 △5二玉には▲5三金△同桂▲同銀成△5一玉▲2一龍以下

八手目 △5二玉には▲5三金△同桂▲同龍△4一玉▲3三桂以下


[2]変化手順の詳細は「詰むや詰まざるや-将棋無双・将棋図巧」(門脇芳雄、1975、平凡社東洋文庫282)によった。



第三章 構想派作家の黄金期 

 

古典詰将棋の代表的な作品群を見ていただきました。こうした作品群にすでに表れていた、詰将棋の論理的な側面は昭和に入ってさらに研究されてゆきました。これに影響を与えたのはたとえばすでにご紹介した看寿の図巧一番のような作品です。あの作品のように、将棋のルールなどを論理的に利用して巧妙な手順を成立させたり、解答者へ謎解きを提供する作品を志向する作家は構想派と呼ばれています。彼らは競うように、新手筋や既存のルールに新しい視点を投げかける手順を開発してきました。ここではそうした作品を鑑賞していくことにしましょう。

 

まずは変則合駒の出る作品を見ていきましょう。特に昭和に入って、合駒を作品内で巧妙に処理する技術が進歩しました。ある時期には、森田正司や北川邦男らを中心に、変則的な合駒を取り入れることで短編中編に新味を出そうとする試みが活発になされました。その中から一作ご紹介します。


北川邦男作 (近代将棋1961年2月号、第17期塚田賞短編賞)

 

B すごくシンプルな図に見えるよ! 今なら簡単に解けそう。

A ずっとすごい盤面を見てきたからなー。

そう思うのも無理はありませんが、これは解こうとすればなかなか手ごわいですよ。

A まずは単純に▲2八香とか打ってみるか。

△1六玉は▲1五と△1七玉(同玉は▲1四飛)▲3五馬までですね。


そこで△2七合駒を考えます。金合以外なら何合でも、▲同香に対して△1六玉で捕まらなくなります。


2七から3八への脱出を防げませんね。そこで合駒を取らずに攻める必要があるわけですが……

 

△2七歩合は▲3五馬△1六玉▲3六飛まで。金合でも結局2六の駒数が足りてるから詰みます。


B なるほど、じゃあ△2七銀合かな?

それも残念ながら▲3五馬△1六玉▲3六飛△同銀成▲1五と△同玉▲2五馬まで。


A わかった、きっとこうするんだ。

▲2八香  △2七角成!


A これなら▲3五馬△1六玉▲3六飛△同馬で、▲1五と△同玉としても馬が2五に利いてて詰まない。この図で単に▲1五ととしても、取れば詰むけど△2六玉で詰まない。あとめぼしい手は……。▲2四飛は△1六玉▲1五とで、これも取ってくれれば詰むけど△1七玉▲2七飛△1八玉で詰まない。


このように、▲2八香には△2七角成が最強の抵抗で詰まないのです。では何がおかしかったのでしょうか。上の図に気づきのヒントがあります。この変化で、初手に香を2九から打っていたらどうでしょうか。この1八の空間は飛車が利いていて、この変化も詰みではないでしょうか。

B 二枚も利いてるところに打つの?

A なるほど、ちょっと浮かびにくいけど△同とは▲2四飛△1六玉▲1八飛で簡単か。△同角成なら▲3五馬△1六玉▲3六飛△2七玉▲2四飛△1八玉▲1六飛まで。これは取れないんだね。

B 本当だ。これで△2七角成も詰むし、これが正解?

残念ながら違います。玉方は△2八歩合と落として抵抗します。


これを▲同香と取らせてさらにすごい手が出ます。

▲同 香  △2七角不成!

A 移動中合を不成で!!

そうです。先に△2八歩を落としておいた効果で、この図から▲2四飛が詰まなくなっています。1八に潜り込めるスペースが復活したからです。そのかわり、先ほどと違って一歩渡しているので、次の手順が生じています。

▲3五馬    △1六玉

この時、角が成っていると▲1七歩△同馬▲2五馬までですね。したがってこの手順を避けるために、角は不成でなくてはならないのです。この四手は中編の内容と言ってもいいくらい密度の濃い攻防で、短編詰将棋史に残るものです。この図以下、二枚の飛車をさばいて軽快に収束します。

▲3六飛    △同角成    ▲1五と    △同 玉    ▲1四飛    △同 馬  

▲1六歩    △同 玉    ▲2六馬

まで15手詰

A とてもじゃないけど15手の内容とは思えなかったな。

変化紛れが複雑に絡み合って、相当の手を読まされているからですね。またこの絡み合いを分析すればするほど、奇跡的なバランスでこの作品が成立していることがわかります。北川邦男はこのように高度な構想に基づいた不思議な手順を、簡潔な構図と短い手数ですっきりと表現してみせ、一世を風靡した短編作家です。夭折が惜しまれます。



「ハレー彗星」 森長宏明作 (近代将棋1980年8月号、第56期塚田賞長編賞)

森長宏明は昭和詰将棋を語る上で欠かせない作家のひとりです。その才能は特に構想中編や長編趣向作などで発揮され、数々の名作を残しています。その中から代表作の一つをご紹介します。

 

▲9七角    △8七玉    ▲9八銀    △同 玉 


序が終わり、ここからが主題です。

A とりあえず自然に▲5三角成としてみるか。

 

想定手順

▲5三角成 △8九玉  ▲4九飛    △7九歩成  ▲9八銀    △7八玉   

▲7九飛    △同 玉  ▲3五馬


ここが問題の局面です。△8八玉は▲8九歩△7八玉▲6八馬で簡単、また△7八玉は▲6八金△7九玉▲6七金と金を繰り替えるのが好手で、以下△7八玉▲6八馬△8八玉▲7七馬△7九玉▲6八馬△8八玉▲8九香まで。したがって玉方は工夫します。

 

△6八角!   ▲同 馬    △8八玉


△6八角の捨て合が急所。これを▲同馬と取らせてしまえば、先ほどの金の繰り替えで香に狙いをつけることができません。上図で打ち歩詰のようですが、打開策があります。

▲7七馬    △同 玉    ▲7九香



ばっさり▲7七馬が唯一の手です。同玉に対し、あわてて▲6八角と打つと△7八玉に▲7九香と打たされ(7三に攻め方歩があることに注意)△8八玉でまた打ち歩詰になってしまいます。


したがって先に▲7九香と据えて合駒を尋ねるのが正解です。歩合なら今度は7九に利かないように▲5九角と控えて打ちます。以下△8八玉で次図。


以下▲8九歩△7九玉▲6八角△6九玉▲5九金までです。この▲5九角に備えて8九に利く駒を合駒する必要があるようです。この場合は銀合が正解です。

 

△7八銀  


さて、これで▲5九角は詰みませんが、そのかわり8九に玉方の利きが発生しているので打ち歩詰を打開することができます。

 

▲6八角    △8八玉  ▲8九歩


以下清算して上部に追い出します。

△同銀成    ▲同 銀    △同 玉    ▲7八銀    △8八玉  ▲7七角   

△7九玉    ▲9九飛    △7八玉    ▲6八金    △8七玉  ▲8九飛   

△7六玉    ▲8五銀    △7五玉    ▲8六角    △8五玉  ▲5三角成 

△9四玉



さて、順調に追ってきたのですが、ここではたと手が止まります。もう、うんともすんとも手が続きません。したがって解答者はここで今までの手順を点検する必要に迫られるわけです。しかしこれは鑑賞ですから、ネタばらしをしてしまいましょう。ここであと一歩あれば、▲9五歩以下詰むのです。その一歩をどこで稼ぐか? それが作者が設定した本作の謎解きです。それには打ち歩詰に関わるある構想を看破する必要があります。仮想図手順が始まる前の最後の図、問題設定図に戻ってみましょう。


ここで▲5三角成と開いたのでしたね。

B でも、角の開き場所で一歩変わってくるって言われてもピンとこないけど……

角の開き場所だけが問題なのではありません。開き場所と開き方が問題なのです。

A 開き方って言ったら、あれしかないじゃないか。

 

正解手順

▲3一角不成!


B 一番遠くに不成で開くのが唯一解なのか! でもどういう意味?

手順を追ってみましょう。

 

△8九玉  ▲4九飛    △7九歩成  ▲9八銀    △7八玉    ▲7九飛   

△同 玉  ▲1三角不成!

ここで▲1三に生角の状態でいたい、というのが攻め方の目論見なんです。つまり、この状態からならこのあと角にも馬にもなれる。そのための唯一の組み合わせが▲3一角不成から▲1三角不成だったんです。

A 角を選べることのメリットが歩の入手になにか結びつくの?

まず、△8八玉や△7八玉が先ほどの変化と同様に詰むことを確認してください。この変化では6八に馬が来れることが重要なわけですね。したがって、先ほどの手順では△6八角合と受けていたのですが、角のままというオプションも選べる状況ではどうでしょう。

 

仮想手順

△6八角  ▲同角不成 △8八玉  ▲8九歩

B ▲8九歩が打てる!

A △以下7八玉に▲8七角か。▲6八同角不成に△7八玉なら▲8九角以下だね。

そのようなわけで、角も馬も選べるという状態を玉方は許しちゃいけないわけです。そこで次のような手が必要になります。

 

△2四歩!


△2四歩。味わい深い手ではないでしょうか。1三の角というのは玉方が△7八玉か△6八角合かを見極めてから態度を決めますよ、という手なわけです。それに対し、いえいえ、そちらが先に態度を決めてください、こちらはそれを見て手を選びますから、というのがこの△2四歩の意味なのです。このような手筋を打診中合と呼びます。棋は対話といいますが、まさにそんな感じの攻防ですね。さて、これを▲同角不成では今度こそ△7八玉で詰まなくなるので、▲同角成が必然になります。そして先ほどの仮想手順に合流するわけですが、違うのは打診中合をさせた分、一歩多く入手できたことです。したがってさきほどの最後の仮想図で▲9五歩が叩けて収束します。以下長手数になりますが並べてみてください。

▲同角成    △6八角    ▲同 馬    △8八玉  ▲7七馬    △同 玉   

▲7九香    △7八銀    ▲6八角    △8八玉  ▲8九歩    △同銀成   

▲同 銀    △同 玉    ▲7八銀    △8八玉  ▲7七角    △7九玉   

▲9九飛    △7八玉    ▲6八金    △8七玉  ▲8九飛    △7六玉   

▲8五銀    △7五玉    ▲8六角    △8五玉  ▲5三角成  △9四玉   

▲9五歩    △同 玉    ▲8六馬    △8四玉  ▲8五馬    △8三玉   

▲8四馬    △9二玉    ▲7四馬    △9一玉  ▲8一飛成  △同 玉   

▲7二歩成  △同 玉    ▲6三銀成  △8一玉  ▲7二金    △9一玉   

▲7三馬    △9二玉    ▲8二金

まで65手詰


打診中合自体は、江戸時代の古典にその最初の作品が作られていますが、本作ではそれを含みに一歩を探す伏線構想作としてまとめたところにオリジナリティーがあります。しかもその表現として、最遠への不成限定移動というインパクトのある手を導入したのはすばらしいセンスです。また、ハレー彗星というタイトルも、最遠移動したかと思うと大きな弧を描いて戻ってくる角の軌跡を見立てたもので、論理的にも感覚的にも大変美しい作品になっています。

A 収束は特に面白い手もないみたいだけど。

確かに妙手と言えるような手はありませんが、詰上がり図を見ていただければわかるように、構想の舞台を全部処理しきってさっぱりとした詰上がりになっています。特に現代詰将棋において、テーマを演じた部分と収束の部分を同一の空間でこなすという構成法の評価は非常に高いです。要するに、収束用の駒だとかは、少なければ少ないほどいいわけです。駒数さえ増やしていいなら、作者の技量をもってすれば収束に妙手を入れることは簡単でしょう。しかしそれでは演出が過剰になると感じてこの簡潔な図を選んだはずです。そういった作者の美意識も鑑賞してほしいですね。



市島啓樹作 (詰将棋パラダイス1997年11月号)

 

これも打ち歩詰に関連した作品ですが、作例の非常に少ない手筋が出てきます。まずは自然に進めてみましょう。

 

初手からの仮想手順

▲7一角  △5三歩  ▲同角成  △同 竜  ▲4五歩  △同 玉

▲3四角  △3六玉


この順は駒不足のようです(なお、この逃れ手順はこの後の手順と比較しやすいものを選んでいます。実際には▲7一角に△4五玉くらいでも逃れ)。それではどうすればよいのでしょうか。玉方の1四金に狙いがつけられる方は鋭いです。

 

正解手順

▲3四金    △4五玉    ▲4四金    △同 玉    ▲7一角  


なんと初形から2五の金が邪魔駒。以下玉方が平凡に対応するとこうなります。

 

想定手順

△5三歩  ▲同角成  △同 竜  ▲4五歩  △同 玉  ▲2三角

以下△3六玉には▲1四角成(これが2五金を消去しておいた効果)△4五玉▲2三馬△3六玉▲3七金以下ですね。したがってここで玉方は金を取られないような着手をする必要があります。それが次の手。

 

△3四歩

これは▲同角成と取らざるを得ません。以下△3六玉で金は取れませんが、さらに続けて▲3七歩△2六玉(△同とは▲同竜まで)▲1五銀△同金とすると次の図になります。

以下▲2七歩△同玉▲4五馬△2六玉▲3六馬までですね。

A 金消去の伏線はともかく、その後はずいぶん単純に詰んだ気がするけど、こんなものなわけ?

もちろん違います。玉方には▲7一角の王手に対して巧妙な延命手段があるのです。上の図は重要な変化図ですから覚えておいてください。後に戻ってくることになります。

 


正解手順

△5三龍!


竜を移動合するのが正解です。これだけでは狙いがはっきりしませんからもう少し進めましょう。

                       

▲同角成    △同 銀    ▲4五飛   


B あれ、結局この飛車を4五に捨てるしか手がないんだね。

そうなのです。先ほどは歩合→4五歩でした。しかしこの局面を冷静に見れば、何合でもその合駒を取ってすぐ捨てるしか手がないことに気づくはずです(桂合を除く。なお桂合は上の局面から▲3六桂で早い)。ということはどういうことになりますか?

B どういうこと?

A ……4五で捨てさせる駒は、玉方の意思で決定できるってことか!

その通りです!

B それが詰むかどうかにどう繋がるの?

玉方にはどうしても飛車を捨ててほしい理由があるのです。

 

△同 玉    ▲2三角    △3四飛!


B 飛車の捨て合だ!

先ほどはこの捨て合が歩でしたので簡単に詰みました。しかし飛車ならどうでしょうか?

A ふつうはより強い駒が入手できたらより簡単に詰むとしたものだけれど。

そう思うのがふつうですよね。では実際に、先ほどと同様に進めるとどうなるでしょうか。

 

▲同角成    △3六玉    ▲3七飛    △2六玉    ▲1五銀    △同 金


B ▲2七歩が打てない!

その通り、この局面で攻め方は打ち歩詰に誘導されてしまっているのです! △5三歩合だったときの図と比較してみてください。


整理しましょう。①玉方は上の再掲仮想図の局面を打ち歩詰にしたい。②そのためには3七に打たれる駒が飛車であればいい。③攻め方が3七に打つ駒は、玉方が3四で捨て合として渡す駒。④3四に飛車合をしたいが、飛車は盤上にすべて出払っていて、駒台にない。⑤そのために玉方はあえて盤上の竜を合駒として用いて、攻め方に取らせる! ⑥攻め方はその手に入れた飛車をすぐ捨てるしか手がない。⑦結果として、玉方は盤上に落ちていた飛車を駒台に乗せることに成功する! という筋書きになっているわけですね。分かりましたか?

A 分かった。作者は別の世界の住人だ。

いえいえ、そんなことはありません。しかし、ほかの人がまだ構成していない論理を図化するのが構想作の肝ですから、あるいは別世界の発想というのも褒め言葉になるかもしれませんね。一応専門的なことを言えば、前半のメイン、移動合によって玉方が将来の合駒を盤上から回収しておく手筋と、後半のメイン、歩ではなく高い合駒を渡すことによって打ち歩詰を誘導する手筋はそれぞれ別々に作られています。しかし、それを接合できると考え、実際にそれを盤上に表現した作者はやはりすごいと言えるでしょうね。ところで、部分的には打ち歩詰に誘導された上図ですが、別にこれで不正解というわけではありません。この後、飛車を歩に打ちかえて収束します。並べてみてください。

 

▲3六飛    △同 玉    ▲3七歩    △2六玉    ▲6六龍    △同 と

▲2七歩    △同 玉    ▲4五馬    △2六玉    ▲3六馬

まで29手詰


A ▲6六竜に△4六飛合だと?

それは▲同飛△同と▲2七歩△同玉▲2八飛までですね。

A それは分かるよ。でもそれって同じ29手詰じゃないの? それで駒が余れば玉方が逃げ間違えたんだって分かるけど、この作品の場合は駒が余らないから正解なのかそうじゃないのか判断できない。

 

変化同手数と呼ばれる問題ですね。これは詰将棋の厳密なルールを作ろうという運動の上で常に問題になってきたものです。

B 厳密なルールってまだないの……?

ありません。慣習というか、その場その場の空気でなんとなく判断されてきたのです。ですから、ルールに基づいてどちらが正解と強制することはできません。どちらも正解です。また同様に、この作品がルールに基づいて不完全作となることもありません。そういう厳密な議論の道具がまだ出そろっていないのです。まあしかし、この作品について変化同手数を云々する人がいない理由は説明できます。まず第一に、テーマと関係ない部分で発生した変化同手数だということ。メインとなる部分で変化同手数が存在し、メインテーマを解答者に見せることなく終わってしまう可能性がある作品は問題です。また、変化同手数の部分があまりに長い場合も毛嫌いされますが、この場合は収束の5手なのでほとんど気になりません。第二に、変化同手数の中に余詰があることです。△6六飛合に対して、▲同飛と取らずに▲2七歩と叩く手があります。以下△同玉▲4五馬△2六玉でさらに以下▲3六馬でも▲4六飛でも詰みます。つまりこちらの方はもとより詰将棋の体を為していないので、完全作を作る義務のある作者がどちらを作意手順に設定していたかは明らかだというわけです。このような変化同手数の中の余詰を変化別詰と呼びます。これを正解とするか誤解とするか、ということも実はその場の空気で判断されてきた事情があって統一見解はありません。

B ややこしいよ……。

このような規約のあいまいさが詰将棋の敷居を高くしているという意見もありますが、当分詰将棋規約が制定されることはないと思われます。まあ私としては細かいことにとらわれず、ただただ楽しんでほしいという一心です。でもルールの不備ということで言えば、将棋それ自体だって怪しいものですよ。

A そんなことないよ! 言うに事欠いて将棋の侮辱とは許せん。

まあそうムキにならずに、次の作品を見てください。


「最後の審判」 縫田光司作 (詰将棋パラダイス1997年1月号)

 

この作品は、詰将棋のルールではなく、「将棋自体のルールの不備」によって、詰むか不詰か決定できないとされています。そのようなわけで、現時点では厳密にいえばこの作品は詰将棋ではありませんが、一応作者の主張を追う形でご紹介いたします。なお作者本人による詳細な解説がhttp://www2u.biglobe.ne.jp/~nuida/h/t/syokei.htmにありますのでご参照ください。余談ですので細かい変化は省略させていただきます。簡単に手順を追いましょう。

▲5六角



初手は▲5六角。これを▲6七角と打つと不詰なのは後ほどご説明します。

以下の手順

△4四玉    ▲3三銀引不成△5三玉  ▲4二銀引不成△5二玉  ▲7四角   

△6三角    ▲同角成    △同 玉    ▲8五角    △6二玉  ▲5一銀不成

△5三玉    ▲4二銀上不成△4四玉  ▲4五歩    △同 玉  ▲6七角


銀の階段を上下させて角合を奪い、▲8五角と据えなおすのが基本となる手順。これは将来4九の金に狙いをつけるための打ち替えです。ここで黙って△4四玉と逃げると早く詰んでしまいます。したがって上図の局面で4九の金から角道をそらすため、5六に捨て合が必要です。なお、玉方の持ち駒は飛角歩しかありません。したがって△5六歩。これを取るとどうなるでしょうか。

△5六歩    ▲同 角


B 初手を指した局面に戻っちゃった!

A そんなばかな……。局面が何一つ変わらず同じなんて、無駄な手順じゃないのか?

しかしこの作品では、全く同じ局面を繰り返すことにこそ意味があるんですね。

以下の手順

△4四玉    ▲3三銀引不成△5三玉  ▲4二銀引不成  △5二玉  ▲7四角   

△6三角    ▲同角成    △同 玉  ▲8五角    △6二玉    ▲5一銀不成

△5三玉    ▲4二銀上不成△4四玉  ▲4五歩    △同 玉    ▲6七角   

△5六歩    ▲同 角 

全く同じ手順を繰り返して、この局面は三回目ですね。

B 何がしたいのやら。

△4四玉  ▲3三銀引不成△5三玉  ▲4二銀引不成  △5二玉  ▲7四角   

△6三角  ▲同角成    △同 玉    ▲8五角    △6二玉    ▲5一銀不成

△5三玉  ▲4二銀上不成△4四玉  ▲4五歩    △同 玉    ▲6七角 


さて、この局面で今まで通り△5六歩と捨て合できるでしょうか。それが最後の審判です。

B できるに決まってるじゃない。

A 待て待て、何のために今までの手順を繰り返したのかだよ……。△5六歩と打たれた時、攻め方の着手は▲同角しかないわけだ。これは詰将棋だから王手を続けるためにというよりは、自分の玉に対する王手への対応としてこれしか手がないわけだよ。

B そうだけど……

A そこで問題になるのは、何のために今までの手順を繰り返してきたかっていうことだけど……。確か一つ前の図はすでに三回出てるんだよね? じゃあ、仮に玉方が△5六歩を打つと、必然的に指さなければならない▲同角の局面が四回目になる。

B 千日手か。

A 違うよ。ただの千日手なら問題ないけど、この場合は連続王手の千日手になるから、攻め方の反則負けになっちゃう。

B え~、じゃあ、この△5六歩は取れないの? それで逃れか。

A ちょっと待って、その場合先手玉はどういう扱いになるの? △5六歩を▲同角と取れないとなると、先手玉は詰んじゃってるんだけど……。ただ、その詰ませ方が「歩を打つ手」になるじゃないか!

 

そのとおりです。この作品の構造とそれを支える作者の主張を整理しましょう。この作品の場合、攻め方は同じ手順を何回も繰り返すこと自体が知恵の輪の鍵になっているわけです。玉方の抵抗である△5六歩は、歩を打つ手でしかも攻め方玉への王手であり、それを外す手もまた玉方への王手しかない。したがって同じ手順が三回繰り返された瞬間に△5六歩は打ち歩詰の禁手になる、というのが作者の主張です。なぜならその歩に対する合法手は▲同角しかないわけですが、それが合法なのは三回目までで、四回目は反則手になってしまうからです。したがって△5六歩に対して攻め方は合法手が存在せず、すなわち詰みになります。しかし△5六歩が詰みならば、それは打ち歩詰の反則手です。結局、四回目のループに入ることはできず、玉方の方が捨て合の延命手段を放棄して手を変えることになります(なお、初手を▲6七角と打っていると、△5六歩▲同角以下一歩多く手にしてループに入りますが、上図の▲6七角自体が四回目の着手になってしまい反則で指せません。これが初手▲5六角が限定である理由です)。それによって攻め方は当初の目論見通り4九の金を入手して詰上がります。収束を確認しておきましょう。

△4四玉  ▲3三銀上不成△3五玉  ▲2七桂    △2六玉    ▲1六金   

△2七玉  ▲4九角    △同 と    ▲2八金

まで69手詰




本作は作者の意図とは異なり、幅広い議論を呼ぶことになりました。結論として、この作品を詰むとも詰まないとも言えないということになりました。この作品と、それを巡る一連の論争によって、結局次のような将棋のルールの不備が指摘されることになりました。すなわち、「王手の状態から逃れる手が反則手しかない場合、それは詰みとするのか」という部分が、将棋のルール上定義されていないのです。

A そりゃそうなんだろうけど、別にめったに起こることじゃないし、わざわざ取り決めを作るのもばからしくない?

まあこういうことに面白味を感じるのが詰将棋作家という人種です。そのくせ詰将棋自体のルールは固まっていないわけですが、それは興味がないからというよりはみんな一過言持っているので一つに決められないという理由の方が大きいですね。あと、細かいことを言うと将棋ではステイルメイトの扱いも定まっていないですね。これはチェスにある概念で、合法の着手が一つも存在しない状態をいいます。将棋では次のような局面で先手番だった場合がそれにあたります。


先手は持ち駒もないし、玉を動かす手は全部反則だし、指せる手がないわけです。

A こんなもん投了しろよ。勝てる可能性がない局面はすなわち負けということだよ。

そう思うのは自然ですが、チェスプレイヤーに対してもそう言えますか? 実はチェスではステイルメイトの局面は引き分けになります。ですから、負けている方はステイルメイトを狙うのが戦術の一つになります。つまり、こういうことです。直観的にはいくら自明なことであっても、それは実際にルールとして明文化されていない限り、いかなる判断も下せないのです。構想作の話からだいぶ脱線してしまいましたが、将棋ファンの方にこそぜひこういうことを考えていただきたいと思います。

 

ちょっと理屈っぽい話が続きましたので、次の章ではもっと単純に楽しめる作品群をご紹介することにしましょう。

 

 

第四章 詰将棋で描くストーリー 

 

さて、先ほどの作品群は非常に論理的なテーマの作品で、作品の狙いをシンプルに言語化することができました。しかし、詰将棋のテーマというのは必ずしもここまで論理的である必要もないんですね。なんとなく駒が描く軌跡が面白い、といったようなことでもいいわけです。あるいはそうした駒の運動の中に詩情を見出す人たちも現れてきました。黒川一郎や初期の山田修司をはじめとする、浪漫派と呼ばれる作家群です。まずは小品を一つ。この駒数でシンプルな追い趣向が展開される様子を、純粋に楽しんでください


黒川一郎作 (詰将棋パラダイス1969年9月号)

▲2七銀    △1七玉    ▲2六銀    △1六玉    ▲2五銀    △1五玉

▲2四銀    △1四玉    ▲2三銀不成△1三玉  


するすると追い上げます。途中玉が上部に動けば3一の飛車が成りかえってそれまで。ここからシンプルに折り返します。

▲1二銀成  △同 玉  ▲1一金    △1三玉    ▲1二金    △同 玉   

▲1一飛成  △同 玉  ▲2一歩成



あとは引き戻すだけですね。

△1二玉    ▲2二と    △1三玉    ▲2三と    △1四玉  ▲2四と   

△1五玉    ▲2五と    △1六玉    ▲2六と    △1七玉  ▲2七と   

△1八玉    ▲2八と

まで33手詰



B これはずいぶん簡単だね。

A 全然考えるところがないじゃないか。こんなんで詰将棋って言えるの?

浪漫派が登場したころは、古典詰将棋の影響が特に強いころで、序、趣向、収束、さらにたとえば伏線手だとか、難解な妙手が散りばめられた重厚な長編作が優れた作品であるとされていたころでした。そこへ現れた浪漫派の作品は、基本的に難しい手はあまりない。そしてむき出しの趣向が始まったかと思うと、あまり味付けされていないあっさりした収束手順で詰み上がります。過剰な修飾を排除し、シンプルな趣向手順がさらさらと流れていく様子を無心に楽しむことで、そこにある種の詩情が見出される、というのがこの浪漫派の作風でした。したがって、難解至上主義の解答者からは、激烈な批判を受けることも少なくなかったようです。それでも批判にめげず、浪漫派は優れた作品を次々に発表してゆき、次第に市民権を得るようになりました。その作品のいくつかを、その作品に込められた思いとともに鑑賞していきましょう。


「晩鐘」 黒川一郎作 (近代将棋1952年11月号)

▲8一歩成  △同 玉    ▲8二歩    △9一玉    ▲8三桂打  △同 銀

▲同桂不成  △同 馬    ▲8一歩成  △同 玉    ▲8二銀打  △同 馬

▲同銀成    △同 玉    ▲7一角


上部で守備駒を清算する、率直に言ってあまりひねりのない序から始まって趣向の舞台が整います。▲7一角と打って玉は上がる一手。

B 6一、4三、2五のと金が利いているから馬で追えるんだね。

△7三玉    ▲6二角成 △6四玉  ▲5三馬   △5五玉    ▲4四馬   

△4六玉    ▲3五馬    △3七玉  ▲2六馬    △4六玉


B 途中王様が逆走するとどうなるの?

A それは折り返し趣向に早く入っちゃうから損なんじゃない? この後の手順を見ればわかるよ。

ここから六手一組の捨て絞り趣向が始まります。

▲4七と    △同 玉    ▲4八金    △4六玉  ▲3五馬    △5五玉


B なんかこう……動いた!!

A 4七とにすぐ5五玉と逃げると、5六と~6五と~7四と~以下だね。

▲5六と    △同 玉    ▲5七金    △5五玉  ▲4四馬    △6四玉   

▲6五と    △同 玉    ▲6六金    △6四玉  ▲5三馬    △7三玉   

▲7四と    △同 玉    ▲7五金    △7三玉  ▲6二馬    △8二玉   

▲8三銀成  △同 玉    ▲8四金    △8二玉  ▲7一馬    △9一玉   

▲9二歩成  △同 玉    ▲9三金    △9一玉  ▲8二金

まで61手詰


その趣向手順のまま、詰み上がりました。古典的な作品のように趣向の舞台から追い出して外部で詰ますのではなく、趣向の中に収束も入っているという作り方は、後世の作家に影響を与えました。さて、こうした作品を見て、あなたはどのように感じたでしょうか。作者がこの作品に寄せたコメントがあります。

 

西空が茜に染まり、鴉が(ねぐら)に急ぐ……。遠く鳴り出す山寺の鐘。そう、と金の一つ一つが夕もやに溶けこむ鐘の音。摺りあがる金がその余韻を含んで、また一つ鐘が泌みるように鳴る。農夫は鍬を洗い、童らは手をつないで、夕餉(ゆうげ)の香りを思い浮かべながら家路へ……[3]

 

B へえ~。情緒があるね。

先ほど詰将棋を娯楽小説と純文学に例えましたが、黒川一郎は「詰将棋で詩を書く」と評された作家です。作品のシンプルに感覚に訴える力と、優れた命名も手伝って、ある情景を詰将棋作品の中に詩的感覚でもって体現させることに成功しています。

A 引用の文章は確かに美しい光景だと思うけど、詰将棋を解いた人にこの光景を想像しろって無理じゃない?

いや、それはそれでいいんです。必ずしも作者と同じ光景が脳裏に結ばれなければならないというわけでもない。要するにこの作品から、論理的なことを超えて感覚に訴えるものが何かあれば、それでいいわけです。それこそ詩と読者の関係に近いものがあります。もちろん作品に作者の意図はありますが、それに接した人がどのような感覚を抱くかは自由なのです。作者の意図を超えた美しさを感じ取る人もいるかもしれないし、言いたいことはわかるが、まるでつまらんということもあるでしょう。ただこのような観点で詰将棋創作をする人も存在することと、そうした作品の前では無心に楽しむことを覚えていただきたいなと思います。



[3]本引用は「近代将棋図式精選」(森田銀杏、1983年、西東書房)からの孫引き。引用先に明記がないが、「将棋浪曼集 趣向型詰将棋百番」(黒川一郎、1973年、西東書房)からの引用と推測される。将棋浪曼集が入手困難で調査できなかった。


浪漫派の作品からもう一作。



「死と乙女」 山田修司作 (詰将棋パラダイス1951年10月号)

 

▲7四銀成  △8二玉    ▲8一と    △同 玉    ▲7一と    △同 玉

▲7三香    △6一玉    ▲7二香成


さらっと主題に入ります。この成香が王様を単騎追撃するという趣向。取ると金駒二枚で簡単ですね。

△5一玉    ▲6二成香  △4一玉  ▲5二成香  △3一玉    ▲4二成香 

△同 玉    ▲4三銀    △3一玉  ▲3二金


4二まで追ったところで成香を取らざるを得なくなります。2一にかわせば▲3二金以下。同玉にも銀金と重ねて2二の金と清算します。1六に桂が控えていることに注目してください。

△同 金    ▲同銀成    △同 玉    ▲2四桂    △4一玉  ▲3二桂成


いま来た道を今度は成桂で追い戻す往復趣向になるわけです。持ち駒金金ですからこれも取れませんね。それだけでは終わりません。右辺の折り返し部分と同様に8六桂が待機していることがわかりますね。

△5一玉    ▲4二成桂  △6一玉    ▲5二成桂  △7一玉  ▲6二成桂 

△8一玉    ▲7二成桂  △同 玉    ▲7三金    △8一玉  ▲8二金打 

△同 金    ▲同 金    △同 玉    ▲9四桂    △7一玉  ▲8二桂成


左辺の金銀を清算してもう片道の趣向を実現するわけです。

△6一玉    ▲7二成桂  △5一玉    ▲6二成桂  △4一玉  ▲5二成桂 

△3一玉    ▲4二成桂  △2一玉    ▲3二成桂  △同 玉



3二まで追ったところで玉はこの成桂を取るしかなくなり、以下収束。

▲3三銀    △2三玉    ▲3五桂    △同 歩    ▲3四金    △1二玉

▲2四桂    △1一玉    ▲2二銀成  △同 玉    ▲3三と    △1一玉

▲1二桂成  △同 玉    ▲2三金    △2一玉    ▲2二と

まで71手詰


説明は不要なほど易しい作品だと思います。しかし美しい。

B こういうの楽しいね。ひものついてない駒が取れずに逃げ回る王様ってなんだか不思議。しかもそれが三回も出てくるなんて。

A 金駒二枚あれば取れないのは当然だから不思議な感じは受けないけれど、確かに単純に面白い。死と乙女っていう題名にはどんな意味が込められてるのかな?

 

これは作者本人の命名ではなく、発表時の解説者である土屋健が感激のあまり命名してしまったようです。その解説は名文として名高いので、少し長いですが引用します。

 

何と云ふ美しい旋律に満ちた作であろう、小さな駒が奏でる悲しい迄に麗しい調べは魂を揺り、見る者をして恍惚と酔はさずには置かない。詰手順が面白い、最初の駒配りに無理がない、詰上り亦美しい、二回往復する玉の画く軌跡を夫々妙手と見たい、など言ふ事は蛇足である。まして平易であるの妙手が無いのと論ずるに至つては烏滸(おこ)の沙汰である。現在迄に発表された山田君の数ある作中でも突兀(とっこつ)として聳ゆる最高峰である。(中略)より重視しなくてはならぬのは、この作が醸すアトモスフェアであり歌ふ詩である。預言者イザヤではないが、かつてこのことあるを予言した選者の言は適中した。山田君はまづそれを為した。小さな駒々が織りなす階調と色彩は永遠の栄光と生命を唱い尽きるところを知らない。山田君が本作品に「小独楽」と題したのは、小駒作品である事と独り楽しむと云ふ点より名付けたものだが、楽しむ事は詰将棋の本質だ。然し本図は独り楽しむ境地を遙かに脱し、解く者総てに楽しみを与へずには置かない。その点不適当であると考へ、図面に傍注しなかった。「死と乙女」これこそ題するとすれば最もふさはしくはないだろうか。選者はロマンチストではないが反射的にこの題が脳裏に仄めいた、と云ふより全身を以つて感得したのである。「死と乙女」これはシューベルトのクワルテット(四重奏)であるがセロは常に死の如く甘く、低く誘ひ、バイオリンは不協和音を以つて乙女の儚い抵抗をすすり泣く如く亦訴へるが如く救ひを求める。遂に死の勝利の円舞曲で終る。本図では香と桂が取れ取れと玉を誘惑する。取れば即ち死を意味する。右に左に救ひを願ふ玉の悲しい反抗も、勝利の円舞曲を表現する右側に於ける折衝で死の凱歌を以つて終る。簡単な序曲より直ちに主題に入り軽快なワルツで幕となる本作品に陶酔したのは選者独りではあるまいと思ふ。近代詰将棋中のロマンスを代表する佳作である。

 某作家が本題に酔ひ己が作風に思を致し「止んぬる哉」の一言と共に駒を投じたと言はれて居るが、選者は決してそれが誇張とは思えない。再び言ふ、この傑作を題して「死と乙女」[4]

 

A ここまで一つの詰将棋に惚れ込めるものなのか。

B しかし作者の命名があるのに選者が勝手に取り下げてしまうってのもどうなのかな?

 

今だったら黙ってそんなことは許されないでしょうね。しかしこの文章には圧倒的な説得力があります。本作の発表時、作品自体の美しさとともにこの選者の熱のこもった解説、というより評論が話題を呼び、「死と乙女」という題名が定着することになりました。

 

浪漫派のその後ですが、最近では浪漫派と呼ばれる作風の人はあまり見受けられなくなりました。これはシンプルで新鮮な趣向手順が発掘され尽くして、見つけにくくなったことによるところが大きいと思います。次第に趣向手順の美しさだけで新鮮な作品を作ることが難しくなっていったのです。黒川一郎の編み出した趣向手順は後進の作家に模倣され、陳腐化していきました。また山田修司はしばらくの沈黙を経て浪漫派的趣向作を離れ、構想派中編作家として一時代を築くことになります。この結果、昭和も後期に入ると趣向手順にも合駒を取り入れたりして複雑化させるのが主流になっていきます。そんな中、浪漫派の構成法自体は幅広く浸透してゆきました。

 

そうした方法論を代表する一人として、相馬康幸がいます。おそらく時代が違えば浪漫派の創始者になっていたであろうこの作家については、先に実戦形の項目で二作品を引用しています。しかしあれは作者にとって裏芸のようなもので、本職ともいえる領域では、一切の修飾を排した舞台でただただ駒が躍動する趣向作を数多く発表しています。しかし浪漫派と決定的に異なる点として、相馬康幸は作品にあまり情緒的な思い入れを与えることはしません。浪漫派と同じような発想で作られた作品であっても、駒の描く詩情を感じるどころか、むしろ無機質な機械仕掛けの歯車が正確にカチリカチリと動作する様子を見ているような、不思議な手触りがあります。作品を一つ引用します。


[4]「夢の華」(山田修司、1998年、毎日コミュニケーションズ)から孫引き。引用の際に原文から省略、補足した部分があるとのこと。なお本引用における中略は會場による。オリジナルの文章は掲載号調査中。



相馬康幸作 Collection No.31

▲8六金    △9七玉    ▲9八歩    △同成桂    ▲8七金    △同 玉

▲7六馬    △9七玉    ▲9八馬    △8六玉    ▲7六馬    △9七玉



軽い序が終わりました。ここから打ち歩詰を打開するため馬が離れてゆきます。▲7五馬に対し、合駒はその瞬間▲9八歩があるので利きません。△8六金合は▲9八歩△8七玉▲8六馬以下です。飛車合もほぼ同様。

▲7五馬    △8七玉    ▲6五馬    △8六玉    ▲7八桂


合駒が利かない玉は馬に連れられて移動してゆきます。8六まで玉が来たところで▲7八桂。

△同桂成  ▲7五馬    △8七玉    ▲8八歩


馬が再び王様を追い落としにかかって、このタイミングで▲8八歩を入れます。

△同成桂    ▲7六馬    △9七玉  ▲9八歩


序が終わった局面と比較してみてください。この局面で▲9八歩が打てるようになっています。これで成桂を一枚剥がすと…

△同成桂    ▲同 馬    △8六玉    ▲7六馬    △9七玉


序が終わった局面から6六の桂が消えた局面になりました。この手順を数回繰り返して6七の成桂、7九の成桂を順次剥がしてゆきます。

▲7五馬    △8七玉    ▲6五馬    △8六玉    ▲7八桂    △同成桂上

▲7五馬    △8七玉    ▲8八歩    △同成桂    ▲7六馬    △9七玉

▲9八歩    △同成桂    ▲同 馬    △8六玉    ▲7六馬    △9七玉

▲7五馬    △8七玉    ▲6五馬    △8六玉    ▲7八桂    △同成桂

▲7五馬    △8七玉    ▲8八歩    △同成桂    ▲7六馬    △9七玉

▲9八歩    △同成桂    ▲同 馬    △8六玉    ▲7六馬    △9七玉

▲7五馬    △8七玉    ▲6五馬    △8六玉    ▲7八桂


すると今度はこの桂を歩で取らざるを得なくなります。△7八同金は以下同様に進めて金が剥がせるので早くなります。

△同歩成  ▲7五馬    △8七玉    ▲8八歩    △同 と    ▲7六馬   

△9七玉  ▲9八歩    △同 と    ▲同 馬    △8六玉    ▲7六馬   

△9七玉  ▲7五馬


するとこの局面で、今までは▲8七玉と打ち歩詰の状態に逃げ、▲8八歩を食らわないようにしてきたわけですが、7七の歩が消えたこの図では▲8八歩が打ち歩詰になりません。以下△7七玉▲7六馬まで。したがってここで合駒をせざるを得なくなります。▲9八歩△8七玉に▲7六馬がありますから、横に利く合駒が必然。飛車が最長手順になることがわかれば、以下収束です。

△8六飛    ▲同 馬    △同 玉    ▲8七歩    △9七玉  ▲9八飛   

△8七玉    ▲8八飛    △9七玉    ▲7七飛

まで95手詰



打ち歩詰を回避する馬の運動と、成桂をおびき出して剥がす一連のやり取りが歯車のように連動して、時計仕掛けの本作における時間を進めてゆきます。気づけば趣向の雰囲気を壊さぬままあっさりと詰み上がります。収束に余計なアクセントを持ってこないことで、駒が連動する趣向部分と収束とがひとつながりの構造物として見えてきます。こうした構成の作品を作者は「ピュアな詰将棋」と呼んで志向しているようです。ここには古典詰将棋の構成を古いものとした浪漫派と同質の美的価値観が見て取れるように思います。現代詰将棋作家の最重要人物の一人ですので簡単ですが取り上げさせていただきました。

 

また逆に、構成法はさておいても、詰将棋で物語を描くという思想はさらに拡大し、多くの名作が残されています。


「ボディガード」 波崎黒生作 (詰将棋パラダイス1996年10月号 看寿賞中編賞)

 

▲2九香    △2八銀


合駒で発生したこの銀が王様のボディガード。あたかも銃で撃たれる瞬間に身を投げ出すかのようなインパクトある登場です。このあと押し寄せる敵の攻撃を防ぎ続けます。

▲3七金    △同 龍    ▲1六角    △3六玉  ▲3七銀    △同銀不成


まず王様の右腕(?)である龍を巡る攻防。龍は討死にしますが、ボディガードの銀が不成で王様だけは助け出します。

▲2七角    △4七玉    ▲4八歩    △同銀不成  ▲5七金    △同銀不成 

▲4八歩    △同銀不成


さらに連続で襲い掛かる鉄砲玉たちを軽く切り払います。これも全部不成。

▲6七飛    △5七桂打  ▲4六飛    △3七玉    ▲5七飛    △同桂不成 

▲3六飛    △4七玉  ▲3九桂    △同銀不成


敵に寝返った桂もばっさり不成で切り捨て御免。手順中、桂不成のおまけつきです。これは直後の4九桂を同桂成で逃れるため。

▲4六飛    △3七玉    ▲4九飛    △2六玉  ▲6三角成  △2八香   

▲同 香    △同銀成


ここに至ってついに成らざるを得なくなります。

B 6回動いて、成銀になって最初に現れた場所に帰ってきたんだね。

▲4六飛    △3七玉  ▲3九香    △同成銀    ▲3六馬    △3八玉    ▲4七馬    △2七玉  ▲2六飛    △同 歩    ▲3七馬

まで45手詰



さらに一回動きますが、飛車捨ての鋭手などもあって、ついに王様を守り切れず詰上がります。でもボディーガードのはかない奮闘は楽しんでいただけたのではないでしょうか。

 

第五章 条件作の世界 

 

さて、詰将棋のテーマとして、論理的なもの、情緒的なものをそれぞれ見ていただきましたが、もっと違ったテーマの立て方も存在するんですね。それは条件作図というものです。さまざまな条件を設定し、その中で詰将棋を成立させること自体がテーマになっているわけです。もちろんこういう作品に対しては、「こんな制約でこんなにいい手順が出るのか」という風に鑑賞していただければ幸いです。そのでは、条件作の代表的なものをいくつかご紹介していきましょう。なお、この章あたりから解説がほとんどなくなってただの作品紹介になってしまうと思われます。というのも筆者の修論がいよいよやばくなってきたので……

A 修論なんかやめちまえよ。

とにかく、並べるだけで良さが分かる作品ばかりですので、一つ一つ盤に並べていただければ嬉しいです。

 

初形条件作

使用駒の種類や、配置の形などに制約をつけたものです。具体的にどんなものがあるか見ていきましょう。

 

・飛角図式

初形で盤上にある駒が、飛車と角(あるいは龍馬)だけの詰将棋です。持ち駒は自由に設定できるとされることが多いため作りやすく、作例の多い図式です。



江口伸治作 (詰将棋パラダイス2001年10月号、看寿賞中編賞)

▲2三歩    △同 玉    ▲4一角成  △1二玉    ▲4二飛成  △3二歩

▲同 龍    △2二歩    ▲1三歩    △同 玉    ▲2五桂    △1二玉

▲1三歩    △1一玉    ▲3一龍    △2一桂    ▲同 龍    △同 玉

▲3一馬寄  △1一玉    ▲2三桂    △同 歩    ▲4四馬    △同 飛

▲1二歩成  △同 玉    ▲1三桂成  △1一玉    ▲2二馬

まで29手詰

のっけから難しい作品で恐縮ですが、細かい変化は省略。江口伸治は飛角図式のスペシャリストで、おおざっぱな手順になりがちだった飛角図式に細やかな攻防や深い変化紛れを加えてそのレベルを大きく引き上げました。そう遠くない将来に、飛角図式だけで構成された作品集を編まれることでしょう。

 

・七色図式

飛角金銀桂香歩を一枚ずつ使うもの。こちらは持ち駒と合わせて七色とするべきという立場が優勢。

B 優勢とは……

ここもまあ議論があるところなんです。まあこういう細かいことが統一される日は来ないでしょう。


「セブン・センシズ」 山田康平作 (詰将棋パラダイス1989年1月号 看寿賞中編賞)

▲2五馬    △1三玉    ▲3五馬    △1二玉    ▲1一桂成  △同 玉

▲2一金    △同 玉    ▲2五香    △2二桂    ▲同香成    △同 玉

▲1四桂    △1二玉    ▲4五馬    △3四歩    ▲同 馬    △2三歩

▲同 馬    △同 玉    ▲3二銀不成△1二玉    ▲1三歩    △1一玉

▲2一銀成  △同 玉    ▲1二歩成  △同 玉    ▲3二龍    △1三玉

▲2二龍    △1四玉    ▲1五歩    △同 玉    ▲2五龍

まで35手詰

 

手が限られているため先ほどより易しいですが、歩の連合から清涼詰など見応えのある内容です。

 



・豆腐図式

盤面初形が歩とと金だけで構成された作品。ふつう持ち駒はなんでもよい。


「Fireflies」 岡村孝雄作 (詰将棋パラダイス2010年4月号)

 

▲4五と上  △6四玉    ▲7四と上  △5三玉    ▲4四と直  △4二玉

▲3三と    △5三玉    ▲6三と上  △5四玉    ▲6五と    △同 玉

▲6六と左  △5四玉    ▲4五と    △同 玉    ▲5六と上  △4四玉

▲3四と    △同 玉    ▲2五と直  △4三玉    ▲4四歩    △同 玉

▲5五と左  △4三玉    ▲3四と    △同 玉    ▲4五と上  △3三玉

▲4四と左  △4二玉    ▲5二と    △同 玉    ▲6二と上  △4二玉

▲4一と    △同 玉    ▲5一と寄  △3二玉    ▲2三と    △同 玉

▲3四と上  △1三玉    ▲2四と上  △2二玉    ▲3三と左  △1一玉

▲1二歩    △2一玉    ▲2二歩    △3一玉    ▲4二と    △同 玉

▲5二と寄  △3一玉    ▲4一と寄  △2二玉    ▲3三と直  △2一玉

▲3一と    △同 玉    ▲4二と寄  △2一玉    ▲3二と寄  △1二玉

▲2二と上

まで67手詰

 

これは同じ作者の「海雪」と合わせて豆腐図式のあり方を根底から覆した傑作です。ぜひ並べてみてください。

 

・裸玉


「驚愕の曠野」 岡村孝雄作 (詰将棋パラダイス2003年11月号 看寿賞特別賞)

 

B 盤上に王様だけだ!

こんなのが人間に作れるんだなあという、ただただそれを味わう作品です。ちなみにこれはコンピュータでも解けません。少なくともうちのPCでは。

▲3三角  △4二角  ▲同角成  △同 玉  ▲6四角    △5三角   

▲4三歩    △3二玉    ▲3三歩    △2二玉  ▲2三歩    △1二玉   

▲1三歩    △2三玉    ▲2四歩    △同 玉  ▲2五歩    △同 玉   

▲3六銀    △同 玉    ▲3七金    △2五玉  ▲2六歩    △3四玉   

▲4五銀    △同 玉    ▲4六金    △3四玉  ▲4五金打  △2四玉   

▲3五金上  △同 角    ▲2五金    △1三玉  ▲3一角成  △2二歩   

▲1四歩    △1二玉    ▲1三金    △同 角  ▲同歩成    △同 玉   

▲1四歩    △1二玉    ▲2三角    △1一玉  ▲2二馬    △同 玉   

▲1三歩成  △同 玉    ▲1四金    △2二玉  ▲3二角成  △1一玉   

▲1二歩    △同 玉    ▲2三金    △1一玉  ▲2二金

まで59手詰

収束に角捨てもびしっと入って、これが唯一解として成立してるんだから恐れ入ります。

 

初形の使用駒趣向には他にも、鶯図式(歩桂香のみ)、金銀図式、一色図式(初形ある種類の駒のみ)、無防備図式(玉以外の玉方駒なし)などなどがあります。

B 鶯図式はなんかいい感じのネーミングだけど、なんでこう言うの?

歩桂香で「ホーホケキョ」っぽいからです。

B ……。

僕に言われても困ります。

 

曲詰

 

先ほどの作品は初形に意味がある作品でしたが、詰上がりに意味がある作品もあります。あぶり出し曲詰と呼ばれる趣向で、これは特に解答者から人気が高く、数多くの作品が作られています。


北原義治作 (近代将棋1959年1月号 第13期塚田賞中編賞)

▲4六馬    △3四玉    ▲2五銀    △同 玉    ▲3六龍    △3四玉

▲4三桂成  △同 玉    ▲5四銀    △同 玉    ▲6四馬    △4三玉

▲4二馬    △5四玉    ▲6四金    △5五玉    ▲4七桂    △同 馬

▲5四金    △同 玉    ▲8四龍    △7四金    ▲同 龍    △同 馬

▲6四金    △5五玉    ▲6五金    △同 馬    ▲6四馬    △同 馬

▲5六龍

まで31手詰


盤上を大きく躍動する馬の動きに見とれつつ、小味な小駒捨てや玉方の移動合という妙防に感心しているといつの間にか盤上に大きなYの字が浮かび上がります。

 

さて、数ある条件作の中でも、一番人気を集め、一つの世界を築いてきたのが「煙詰」という条件です。それについては、章を改めて取り上げることにしましょう。

 

第六章 煙詰という神話

 

煙詰という存在については、有名なのでご存知の方も多いかと思います。これは初形に全部の駒が配置されていて、それが詰上がりに最小限な三枚を除いてすべて消えてしまうというもので、第一章に出てきた看寿の代表作です。


伊藤看寿作 (1755年 将棋図巧 99番)

▲8一と    △同 玉    ▲7一香成  △9一玉    ▲8一成香  △同 玉

▲7二と    △9一玉    ▲8二と    △同 玉    ▲7三歩成  △9一玉

▲8二と    △同 玉    ▲7三と    △9一玉    ▲8二と    △同 玉

▲7二香成  △9一玉    ▲8二成香  △同 玉    ▲9三馬    △同 玉

▲7三飛    △9四玉    ▲8三飛成  △8五玉    ▲8四龍    △同 玉

▲5四龍    △9五玉    ▲9六香    △同銀成    ▲同 歩    △同 玉

▲8七銀    △9七玉    ▲9四龍    △8七玉    ▲8五龍    △7八玉

▲8八龍    △6七玉    ▲6八銀    △5八玉    ▲5七銀    △4七玉

▲4六と    △5七玉    ▲5六金    △同 と    ▲同と引    △6七玉

▲7六銀    △同 玉    ▲6六と    △同 玉    ▲7七龍    △6五玉

▲5五と    △同 玉    ▲6六龍    △4五玉    ▲4四と    △同 玉

▲5六龍    △5五歩    ▲同 龍    △3三玉    ▲5三龍    △3四玉

▲4四龍    △2三玉    ▲2四龍    △同 玉    ▲1五と    △3四玉

▲4四金    △2三玉    ▲2四歩    △1三玉    ▲2三金    △同 銀

▲同歩成    △同 玉    ▲3五桂    △1二玉    ▲1三歩    △同 玉

▲1四歩    △1二玉    ▲1三銀    △同 桂    ▲同歩成    △同 玉

▲2三桂成  △同 玉    ▲3三金    △1二玉    ▲1三歩    △同 玉

▲2五桂    △1二玉    ▲2三金    △同 玉    ▲3三角成  △1二玉

▲1三桂成  △同 玉    ▲2四と    △1二玉    ▲2三と    △1一玉

▲2一香成  △同 玉    ▲2二馬

まで117手詰


この作図条件、すなわち39枚の駒を配置し3枚まで減らして詰上げるという条件は、看寿以降200年近く誰もなしえませんでした。しかし黒川一郎が1954年に第二号局「落花」を発表して歴史に新しい一ページを書き加えると、以降煙詰のノウハウは広く研究されて煙詰量産時代と言われるまでになりました。そうした量産化の中でも、詰将棋作家は同じような作品を作ることをよしとせず、今までと違ったテーマを取り入れることに腐心し続けた結果、かつて不可能と言われた構想を次々と実現してしまいました。そんな現代煙詰の最高レベルのものをご紹介します。


「大航海」 添川公司作 (近代将棋1992年11月号 看寿賞長編賞)

七種合+還元玉という壮大な煙詰です。

A どういう意味?

七種合とは、詰手順の中で玉方が飛角金銀桂香歩の七種類の合駒を全部駆使する詰将棋の条件作の一つです。そして還元玉とは、初形配置で玉がいるまさにその位置で詰上がりますよ、という条件というか作品の付加価値ですね。ただ煙詰の場合盤上を広く使うのが当たり前なわけですから、還元玉というのはかなり難しい条件になります。

 

▲1八龍    △1六と    ▲2四銀不成△同 と    ▲2六と    △同 玉

▲2四飛    △2五銀


まず銀合。 飛×角×金×銀○桂×香×歩×

▲2七歩    △1五玉    ▲2五飛    △同 玉  ▲2六銀    △同 と   

▲同 歩    △同 玉    ▲1七龍    △2五玉  ▲2六歩    △2四玉   

▲3四と 


このと金捨ては将来に備えた伏線になっています。

△同 桂    ▲3五成香  △同 玉  ▲1五龍    △3六玉    ▲2五龍   

△2七玉    ▲1八と    △同 玉  ▲1六龍    △2八玉    ▲3九と   

△同 玉    ▲1九龍    △2九飛


飛車合です。飛○角×金×銀○桂×香×歩×

▲4九金    △同 玉    ▲2九龍    △3九金 


金合。飛○角×金○銀○桂×香×歩×

▲5八銀    △同 金  ▲5九飛    △同 金    ▲同 と    △同 玉   

▲3九龍    △4九角


角合。飛○角○金○銀○桂×香×歩×

▲6九金    △同 玉    ▲4九龍    △7八玉    ▲5八龍    △6八香


香合。飛○角○金○銀○桂×香○歩×

▲8七角    △8九玉    ▲9八角    △同 玉    ▲6八龍    △8八金

▲9七金    △同 玉    ▲8七金    △同 金    ▲9九香    △9八歩


歩合です。飛○角○金○銀○桂×香○歩○ あとは桂合だけですね。

▲同 香    △同 金    ▲7七龍    △9六玉    ▲9七歩    △同 金

▲9五と    △同 玉    ▲9七龍    △8四玉    ▲8六龍    △8五歩

▲9五金    △9三玉    ▲8三桂成  △同 玉    ▲8五龍    △9二玉

▲8三金    △9一玉    ▲9二歩    △同成香    ▲同 金    △同 玉

▲9四香    △9三桂 


ついに七種合が出そろいました。あとは煙るだけですね。

▲同香成    △同 玉    ▲9四金    △9二玉  ▲8三金    △8一玉   

▲7二金    △同 玉    ▲6二歩成  △同成銀  ▲7三歩


この局面で、△同玉と応じる手があります。以下▲6四と△同玉▲8四龍△5四玉▲4五桂以下。ところが最初に▲3四とを入れておかないと、今3四にいる桂が4二にいますから、最後の4五桂を△同成香で▲5四龍とできず逃れになるのです。潜伏期間の長い変化伏線でした。

△同成銀    ▲6四桂    △同成銀    ▲7三歩    △同 玉  ▲6四と   

△同 玉    ▲7四龍    △5三玉    ▲4四銀    △6二玉  ▲5四桂   

△同成香    ▲6一と    △同 玉    ▲5一香成  △同 玉  ▲5四龍   

△4一玉    ▲4二香    △同成桂    ▲同歩成    △同 玉  ▲4三銀成 

△3一玉    ▲3四龍    △2一玉    ▲3二成銀  △1一玉  ▲2二成銀 

△同 玉    ▲1四桂    △2一玉    ▲1三桂    △1二玉  ▲3二龍   

△1三玉    ▲2二龍    △1四玉    ▲1五歩    △同 玉  ▲2五龍

まで145手詰



作者の添川公司は現代詰将棋の最重要人物。煙詰に革新を起こした作家で、今までと全く異なる方法論で煙詰を次から次へと作ってしまいます。しかしこれだけ煙詰が作れると言っても、それは添川公司の才能のほんの一部でしかありません。新機軸の超長編趣向作も数多く発表しています。

 

次に都煙をご紹介しましょう。都煙とは都の地点、すなわち5五で詰上がる煙詰で、必然的に最後の駒は4枚になります。4枚残る詰上がりを煙と認めてよいのかという論争が巻き起こりましたが、駒場和男が発表した都煙三部作「夕霧」「かぐや姫」「父帰る」はそんな論争ごときでは揺らがない傑作揃いでした。次第に都煙は市民権を得ていくことになります。その三部作から「父帰る」をご紹介。


「父帰る」 駒場和男作 詰将棋パラダイス1969年4月号

▲4五と寄  △6五玉    ▲5五と    △同 玉 


6五の桂を消しておくのが伏線。

▲6六角    △同 玉  ▲5七金    △同 玉    ▲5八銀    △6六玉   

▲7八桂    △同 金  ▲6七銀    △同 玉    ▲7九桂    △同 金   

▲6八香    △7八玉  ▲7七飛    △同 玉    ▲7九龍    △8六玉   

▲8五と    △同 玉  ▲8四と    △8六玉    ▲8五と    △同 玉   

▲9四銀不成△8六玉  ▲7七金    △9七玉    ▲8七金    △同 玉   

▲6五角


この角を打つために、6五桂は邪魔駒だったんですね。

△9六玉  ▲8五銀    △同 玉    ▲7六龍    △9五玉    ▲9四と   

△同 玉  ▲8三角成  △同 玉    ▲8五龍    △9二玉    ▲9四龍   

△8二玉  ▲7三と    △同 玉    ▲6三歩成  △同 香    ▲同香成   

△同 玉  ▲6四歩    △7三玉    ▲7五香    △8二玉    ▲8一と   

△同 玉  ▲7一歩成  △同 金    ▲同香成    △同 玉    ▲7四龍   

△7二角


角合が出てきました。以下これを入手します。

▲6二金    △同 玉    ▲6三歩成  △同 角    ▲5二香成  △同 角

▲同 と    △同 銀    ▲5三歩成  △同 銀    ▲同 と    △同 玉

▲7五角


この▲7五角が限定打。初形にあった角が戻ってきたことにも注目してください。

△4三玉    ▲6三龍    △3四玉    ▲4五銀    △2五玉  ▲2三龍   

△2四飛    ▲3六銀    △1五玉    ▲1六歩    △同 玉  ▲2七金   

△1五玉    ▲2六金    △同 飛    ▲同 龍    △同 玉  ▲2三飛   

△3七玉    ▲2七飛成  △4六玉    ▲4七龍    △5五玉  ▲4五龍

まで103手詰



初形で7五にいる角は一度消えますが合駒で復活して再び限定打で7五に復活します。そうして角の待っているわが家へ、盤上放浪の旅を終えた父も帰ってきて5五で詰上がるというわけです。なんと都還元煙というとてつもない難条件作でした。

 

次は小駒煙です。大駒を使わず、小駒だけで玉を追いつつ駒を消してゆくことは、当初不可能とすらいわれていました。しかしこれもいくつかの方法が見つかり、多くの作品が生まれています。これからお目にかけるのは、その一つの到達点ともいえる作品です。


「月蝕」 伊藤正作 (近代将棋1981年9月号 看寿賞長編賞)

 

B この初形の前では言葉がないよ。

A こんなに密集してて煙るの?

 

▲1七と    △同 玉    ▲2六銀    △同 と    ▲1八歩    △1六玉

▲2六と    △同 玉    ▲3七銀左  △同 と    ▲同 銀    △1六玉


以下いま3七の銀と2九の成香がじりじりとせり上がっていく仕掛けになっています。

▲2八桂    △同歩成    ▲1七歩    △同 玉    ▲2八成香  △1六玉

▲1五金    △同 玉    ▲2五と    △同 玉    ▲3六と    △同 と

▲同 銀    △1五玉    ▲1六歩    △同 玉    ▲2七成香  △1五玉

▲1四金    △同 玉    ▲1五歩    △同 玉 


下半分の爆破に成功しました。

▲1六歩    △1四玉  ▲1三と    △同 と    ▲同 金    △同 玉   

▲1二桂成  △1四玉  ▲2四と    △同 玉    ▲3五銀    △2三玉   

▲2四歩    △1四玉  ▲1五歩    △同 玉    ▲2六成香  △1四玉   

▲1三成桂  △同 玉  ▲2三歩成  △同 玉    ▲3四と    △同成桂   

▲同 銀    △1三玉  ▲1四歩    △同 玉    ▲2五成香  △1三玉 


▲1二金    △同 玉  ▲1三歩    △同 玉    ▲1四歩    △1二玉   

▲2四桂    △2一玉  ▲3一香成  △1一玉    ▲2一成香  △同 玉   

▲3二香成  △同成桂  ▲同桂成    △同 玉    ▲3三銀直成△2一玉   

▲2二成銀  △同 玉  ▲3三銀不成△2一玉    ▲2二歩    △1一玉   

▲2三桂    △1二玉  ▲1三歩成  △同 玉    ▲2四成香  △1二玉   

▲1一桂成  △同 玉  ▲2一歩成  △同 玉    ▲3二銀不成△1一玉   

▲1二歩    △同 玉  ▲2三成香  △1一玉    ▲2一銀成  △同 玉   

▲3二香成  △1一玉  ▲2二成香直

まで109手詰


最後に、全体の追い手順を支えていた3九の香が動き出して詰上がります。奇跡のような作品。

 

最後に無防備煙です。これは無防備図式と煙詰の融合ですね。

B 無防備図式って、玉以外全部攻め駒っていう図式のことだよね?

A そんなの煙にすることなんて不可能だよ! だって38枚全部攻め方の駒なんでしょ?すぐ詰んじゃうよ。

小駒煙同様、無防備煙も作図は不可能だと言われていたんですが、駒場和男が最初に「三十六人斬り」を発表して以来、今では完全作が10作ほど知られています。


橋本孝治作 (詰将棋パラダイス1989年6月号 看寿賞長編賞)

B 本当に全部攻め駒だと壮観だなあ……。

 

▲2五と    △同 玉    ▲3五と    △1六玉    ▲3四桂    △2七玉

▲2六龍    △同 玉    ▲5六龍    △2七玉    ▲1八銀    △同 玉

▲1六龍    △2九玉    ▲2七龍    △3九玉    ▲4九金    △同 玉

▲2九龍    △3九銀    ▲5九金    △同 玉    ▲3九龍    △6八玉

▲3八龍    △7九玉    ▲8八龍    △6九玉    ▲5八龍    △7九玉

▲8八銀    △8九玉    ▲6九龍    △8八玉    ▲9七銀    △9八玉

▲7八龍    △9七玉    ▲9六と    △同 玉    ▲9八龍    △8五玉

▲8七龍    △8六歩    ▲8四と    △同 玉    ▲8六龍    △8五飛


飛車合が出てきました。

▲7四と    △9三玉    ▲9二と    △同 玉    ▲9一桂成  △同 玉

▲9二歩    △同 玉    ▲8三と    △9一玉    ▲8二と    △同 飛

▲同 龍    △同 玉    ▲8四飛    △7二玉


ここからのきめ細やかな絞り込み手順が圧巻です。

▲6三歩成  △7一玉  ▲6二と    △同 玉    ▲8二飛成  △6三玉   

▲8三龍    △6二玉  ▲5二歩成  △7一玉    ▲6二と    △同 玉   

▲8二龍    △6三玉  ▲5三香成  △7四玉    ▲6五と    △同 玉   

▲8五龍    △6四玉  ▲7五龍    △5三玉    ▲5二と    △6三玉   

▲5五桂    △5四玉  ▲5三と    △同 玉    ▲7三龍    △5四玉   

▲6三龍    △5五玉  ▲6六龍    △5四玉    ▲4五と    △同 玉   

▲4六金    △4四玉  ▲5五龍    △4三玉    ▲4二桂成  △同 玉    

▲3三香成  △同 玉  ▲3四銀不成△4二玉    ▲3三銀成  △同 玉   

▲3四馬    △同 玉  ▲3五金    △3三玉    ▲4四龍    △3二玉   

▲2三香成  △同 玉  ▲2四金    △2二玉    ▲3三龍    △1一玉   

▲1二歩成  △同 玉  ▲1三金    △1一玉    ▲2二龍

まで129手詰


A うまくできてるもんだなあ。王手はちゃんと続くうえに、玉も攻め方の駒を取れるような絶妙の配置になってるんだね。

 

無防備煙はただただ駒を取らせるだけの単調な手順になりがちなのですが、本作は合駒なども出てきて手順に深みがあります。また飛車合を奪ってからの絞り込みは細やかな手順で美しい。無防備煙の最上の作品の一つです。なお、玉位置が五段目というのも無防備煙で最も上です。ふつう九段目とか八段目にいることが多いですからね。また、自陣と金がないというのもこの条件では奇跡的。普通の煙詰でも自陣の一番低いところにと金がいたりする作品は多く、実戦をあまり指さない詰将棋派の人間でさえ「どこから引っ張ってきたんだよ」だとか揶揄することがあるものですが、本作は非の打ちどころがありません。

 

さて、小駒煙を除けば煙詰の主役は龍という時代が長く続きました。一番強い駒で、追いやすいからです。しかし、次第に龍追いによる煙は手順の類型化が目立つようになってきました。そのため、最新のトレンドでは馬追いで煙詰を作るのが主流です。


安武翔太作 (詰将棋パラダイス2008年4月号 看寿賞長編賞)

▲9三歩成  △9一玉    ▲8二と寄  △同 金    ▲同 と    △同 香

▲9二歩    △同 玉    ▲9三金    △同 玉    ▲8四と    △同 香

▲8三金    △同 玉    ▲8四歩    △同 玉    ▲8五飛    △7三玉

▲6四と    △同 玉    ▲7五銀    △6五玉    ▲4三角成  △5六玉

▲5七金    △同 玉    ▲6六銀    △同 玉    ▲7六馬引  △5六玉

▲5九香


ここで最下段に打つ▲5九香が妙手です。

△同飛成    ▲4七金    △同 と    ▲5七香    △同 玉  ▲8七飛   

△5六玉    ▲4六と    △同 玉    ▲4七飛    △5六玉  ▲5七香   

△同 龍    ▲同 飛    △同 玉    ▲5八飛    △同 と


結局竜が出てくることは一度もないまま、飛車が二枚とも消えてしまいました。この後は二度と登場しません。以下は二枚馬の連携と小駒の活用で絞り込んでいきます。この手順がまた圧巻。

▲同馬行    △5六玉    ▲4七馬    △5五玉    ▲6五馬左  △4四玉

▲4五銀    △3三玉    ▲2二銀不成△同 玉    ▲1二香成  △同 玉

▲2四桂    △同 歩    ▲1三歩    △同 玉    ▲1四銀    △2二玉

▲2三歩    △3三玉    ▲2五桂    △同 歩    ▲3四銀    △同 玉

▲2五馬    △4四玉    ▲2六馬    △3五歩    ▲同 馬    △3三玉

▲5五馬    △3二玉    ▲5四馬    △4一玉    ▲4二歩    △同 玉

▲5三馬左  △4一玉    ▲4二歩    △3二玉    ▲3三歩    △同 玉

▲4四馬引  △4二玉    ▲4三歩    △4一玉    ▲5一桂成  △同 玉

▲6二馬    △4一玉    ▲4二歩成  △同 玉    ▲5三馬行  △3二玉

▲3三歩    △同 玉    ▲4四馬    △2四玉    ▲5一馬    △1四玉

▲1五馬    △2三玉    ▲3五桂    △1二玉    ▲1三歩    △同 玉

▲1四歩    △1二玉    ▲2三桂成  △同 玉    ▲3三馬左  △1二玉

▲1三歩成  △同 玉    ▲2四馬行  △1二玉    ▲2三馬行  △2一玉

▲2二馬

まで127手詰


飛車はあくまでアクセントとしてわき役に徹し、二枚馬の連携が前面に押し出された追い手順になっていることに注目してください。このような馬追い煙は新鮮な手順が得られますが作るのが難しいことは間違いなく、爆発的に作例が増えるというところまでは至っていません。今後もしばらく流行が続くでしょう。

 

 

まとめ

ざっと詰将棋のテーマというものについて駆け足で見てきたわけですが、いかがでしたか? 本当は他にも取り上げたいテーマ(超短編と超長編)があったのですが、それは次回の宿題にしたいと思います。

 

とにかく、詰将棋の世界が将棋の世界とはほんの少し違うこと、これが分かっていただけたらそれだけで十分です。そして詰将棋を、難しい問題ではなく、美しい作品だと思っていただければすごくうれしいです。さらに、こういう美しい作品をほかにも鑑賞してみたい、と思ってくださったなら最高に幸せです。

 

もう一度、大事なことなので繰り返させてください。詰将棋は、将棋が強くなるためのテストの問題ではありません。むしろ、テスト用紙の裏にこっそり書かれた落書きなのです。問題を解くだとか、競争社会を勝ち抜くだとか、そういうことに疲れた一瞬に、ふと想像力と遊び心、それにほんの少しのいたずら心で、すらすらとペンを走らせる楽しさ。詰将棋の世界には、そうした落書きも「面白いね」と受け入れてくれる優しさがあふれています。

 

ですから、ぜひここは一つ「こんなのテストと関係ない」と怒らずに、詰将棋という落書きを見に来ませんか? そしてクスリと笑ってやってはくださいませんか? 

 

さらにもしよろしければ……

 

 

 

あなたもテスト用紙を裏返して、夢のある絵を描いてみませんか?


ふれあう将棋3

   ふれあう将棋3
   ふりごま


ぼくの名前は「ぽふぽふ」。

これまで小さな公民館で開催されている将棋道場の見学、そして、大会にも参加してみた。
人とふれあう将棋の面白さ、楽しさが伝わるといいな。
でも、いろんな理由があって外で将棋を指せない人もいるよね。
なんとなく怖いとか、一人だと心細いとか。
田舎に住んでいて道場や大会の環境に恵まれていないとか。
そんな人たちのために、今回は自宅で将棋を指してみよう。

自宅で将棋といえば、将棋盤を用意して本を見ながら駒を並べることが多いかな。
テレビの講座を見たり、詰将棋の本を読んだり、新聞の将棋欄を眺めたり、なんてことも。
でも、ちょっと待って。これだと、「ふれあい」がないよね?
だから、今回はネットを使って積極的に外に出てみるよ。

とりあえず、外に出る経路はインターネット。
必要なものは、パソコンやスマートフォン。
あとは、対局場を選ぶだけ。
とても簡単だよね?

さて、どこがいいかな。
ひたすら番数をこなしたい人は、対局者がたくさんいる対局場がオススメ。
さあ対局開始だ! ……その前に、自分の棋力を決めないと駄目なんだよね。
これは実際の道場や大会と同じで、対局相手を決める上で重要だったりするんだ。
自己申告で棋力を決めるところも同じなんだけど、ネットと実世界にはズレがあることも。
例えば、町道場で三段の人が、とあるネット将棋では1級だったりすることは日常茶飯事。
対局場によって棋力の絶対値が変動することは仕方ないんだよね。
さらに、ネット将棋の中でも対局場によって棋力に差が出たりする。
ちょうど、全国のいろんな道場にも差があるのと同じなんだ。
とはいえ、ネット将棋を始めるには、棋力を決めておこう。

ネット将棋における棋力は「レーティング」と呼ばれる点数に換算して評価することが多いよ。
そして、対局結果に応じて、この点数が増減していく。しかも、増減値は相手との棋力差により変わる。
自分より強い人に勝つと大きく点数アップし、弱い人に負けると大きく点数ダウンする仕組み。
そうやって対局を重ねていくと、自分の真の実力値がおおよそ定まっていくよ。
だから、自己申告の点数が多少違っても全然大丈夫。

でもでも、残念ながら、ネットの世界には、本当はものすごく強いのに、低い点数で申請する人がいる。
これを「過小申告」と呼ぶのだけど、弱い者イジメするような人たちなんだよね。
もちろん、その人たちも勝ち続けていくと点数がどんどん上がってしまうのだけど。
他にも、「ソフト指し」と呼ばれる人たちもいる。その名の通り、将棋ソフトを使って対局する人。

とにかく、自分なりの点数を決めたら、まずは対局してみよう。
点数の変動に一喜一憂するもよし、点数に関係なく戦法を試すなど研究に没頭するもよし。
ネット将棋の対局に慣れることが大切かな。
特に、実際の駒と違って、画面上の駒をマウスや指で操作するわけだから、感覚が違うよね。
操作ミスをして、「成り」と「不成り」を間違えてしまうこともある。
時間に追われて慌てて指したり、知らない間に時間切れになっていることもある。
でも、盤駒を使った対局とは違う独特の雰囲気を味わえることが、ネット将棋の魅力のひとつでもあるよ。

ネット将棋の持ち時間は、対局場によっていろいろあるから、自分に合ったものを選べば良いかな。
とにかく早く指したい人は1手30秒、じっくり考えたい人は持ち時間15分とか。
大会を意識したいなら10分切れ負け、もっと早く脳を刺激したいなら3分切れ負けとか。
他にも、1手10秒、1分切れ負け、じっくり30分、長考3時間などもあるから、目的に応じて選ぼう。

対局相手についても、実は人間だけじゃない。
対局場によっては、悪意ある人間の「ソフト指し」とは異なり、正々堂々とコンピュータが対局相手になることもある。
その場合、コンピュータつまりソフトであることが明確に表示されているから、純粋に人間代表として戦えるよね。
将棋ソフトの開発競争が激化している今の時代は、コンピュータ同士の練習対局がネット上で日々行われている。
その対局場に人間代表としてエントリすることも可能なので、コンピュータと「ふれあう」こともできるよ。
残念ながら、多くの人が対局に勝てないかもしれないけれど。

ネット将棋の要素として、レーティング・対局時間・対局相手があり、それらに応じた対局場がある。
もうひとつ大切な要素は、感想戦を含めた検討ができるかどうかという点。
たくさん指して経験を積むことに重きを置く人もいれば、一局を丹念に振り返る人もいるよね。
一手一手を確認して、どこが悪手だったか、どう指すべきだったか、相手は何を考えていたかをじっくり検討する。
「感想戦」を大切にしたい人向けに、検討しやすい環境を提供してくれる対局場もあるんだ。
そういうところには、同じような仲間が集まってくるので、ネット上で友達ができるかもしれないよ。
あるいは、すごく強い人が指導対局をしてくれるかもしれない。

対局後に感想戦をして、ときには、他の人の観戦をしたり、その感想戦に参加してみたり。
ネット将棋は不特定多数の人と接する機会が増える点も魅力のひとつ。
いろんなサークルもあるし、サークル内外のイベント対局もあったり。
ほとんど町道場と変わらないくらいの充実したサークルもあるんだよね。
個人でネット将棋を楽しむだけでなく、仲間とワイワイするのも面白いかもしれないよ。
とある対局場では、夏にリレー将棋が開催される。
4人一組でチームを作り、15手ずつ指してメンバー交代していくんだ。
チーム構成については、4人のレーティングの合計点数に制約があるんだけど、選び方にも特色が出るよね。
メンバー個人のレーティング、そして、オーダーが勝敗に影響を与えるというリレー将棋。
道場や大会に出られなくても、自宅にいながら参加可能なイベント。

対局やイベントを通して、ネットの向こうにいる多くの人に出会い、ふれあう。
直接ではないけれど、いろいろ楽しい出会いがあるよ。
もちろん、顔を合わせないがゆえに起こるトラブルもあるかもしれない。
言葉ひとつとってみても、真意が伝わらなかったり、誤解を招いたり。
でも、自宅にいながら、ふれあうことができるメリットの方が大きいかもしれないよ。

人と人との「ふれあう将棋」を通して、将棋の面白さを広く伝えられると、また仲間も増えるよね。
将棋を指さないけど、観るのが好きだ、という人もネット将棋はひとつのツールとして活用できるよね。
ネットで知り合って、意気投合して、そのままオフラインで実際に会ってみることもあるよね。
実は近くに将棋を指す人がいることを知るキッカケになるかもしれない。
そんな可能性を秘めたネット将棋は、いろんな目的の人に役立つといいな。

ぼくは将棋の普及のために未来からやってきた。
道場や大会は人を通して将棋が指せる場所。
そして、ネット将棋もまた、人を通して将棋が指せる場所。
さらに、コンピュータとも将棋が指せる面白い場所。
物理的な距離の制約を受けないネット将棋。
世界中の多くの人たちと出会い、もっともっと楽しんでもらえるといいな。


駒zoneと私~ちょっと私的な清水らくは論

【「駒.zone」と私~ちょっと私的な清水らくは論】
                                      ぜいらむ

 「駒.zone」編集長・清水らくは氏から初めて「駒.zone」への参加を打診されたのは今となっては懐かしいVol.1企画「ツイッター三択将棋」でのことだった。記念すべき創刊号である。なぜ私に声をかけてくださったのかその真意は判らないけれど、いや何となくわかるけれど、いずれにせよそれはツイッターのとりなす不思議な縁であり、そしてあの時のらくはさんの「選択」がなければ恐らく今自分が見ているこの世界の風景は全く違ったものになっていただろうと思うと奇妙な感覚を味わったりもする。
 清水らくは氏は「駒.zone」創刊以前から既に、小説や詩を多数発表(投稿、入選歴あり)されていた。創作についての自身のエピソード、考え方、感じ方、これからの希望、夢、そういったことの諸々をツイッターを通して語る氏の言葉は、多くの人が目にされていたと思う。そう言えば「駒.zone」プロジェクトもツイッター上の何気ない一言から始まったのだった。
 やがて「駒.zone」が創刊され、多くの人の暖かい支援とらくは氏を初めとしたレギュラースタッフ陣のたゆまぬ努力の元、今に至るまで刊行されつづけている。将棋ファンとしての想いと文芸愛好家としての想い。それらが融合した素晴らしい活動だと思う。こういう将棋の楽しみ方があっただなんて……例えばプロ棋士の方々はこういう将棋ファンの在り様を想像したことがあっただろうかと、プロ棋士ツイッタラーのどなたかに尋ねてみたいと常々思っている。
 また「駒.zone」の旗揚げを決意されたらくはさんの行動力に敬礼したいとも常々思っているのだが、後者の方は遠慮することはなさそうなので、明日にでも熊本の方角に向かって敬礼しておくことにしよう。
 さて、そんな「将棋クラスタ文芸部の旗手」らくはさんのツイートを眺めていて「何だか、らくはさん楽しそうだなー」と思って「小説寄稿させてくださいな」と連絡したのが確か Vol.2公開直後だったと思う。だが私は、すぐにそのことを後悔するハメになった。公開直後すぐに後悔直後だった。
 ところで。
 私と「文芸」ということで言えば、中学生の時に「ミステリ研究会」的な何かしらをしていたことがあったのだが、これはミステリを読んで「殺人トリック」にハマった馬鹿数名が、ひたすら「完全犯罪トリック」を考え続けるだけの活動だった。ミステリ作品は読んでいたけれど「文芸活動」であったとはとても言えない。むしろ「犯罪活動」と言った方が分野的に近いと言える。ただしそのトリックを実行に移してはいないので警察が我々を逮捕することは出来ないだろう。
 というわけで(?)私が「駒.zone」に寄稿した小説はVol.3の「ツクモさん、指しすぎです」というものであったのだが、実は初めはミステリを寄稿するつもりだったし書き始めてもいたのである。
 絶対に発表しないつもりなのでここでプロットのネタばらしをしてしまうと、それは――。
「将●連●会●が●●の●●で殺害された。警察の捜査は難航しやがて自殺説まで浮上する。会●の死に不審を抱いたミステリファンの新四段・江戸川垂歩(仮名)はその謎に挑み、やがて『真犯人は●流棋士全員による共謀』という驚愕の真実に突きあたる……というのが実はミス・リードで江戸川垂歩(仮名)は単なるアホ。事件の真相に気付くもそのあまりに哀しい真実を前に、それを公表することにためらいを覚えた観戦記者・「団栗饂飩」記者(仮名)は、名人戦最終局の観戦記にメッセージ(暗号)を記すのだった……。
ちなみに真犯人は、江戸川垂歩四段(仮名)が●イ●タ●で●●ロ●している●●●●ーの●●●の●謀」
 というものだった。どうだ面白そうだろう?絶対発表しないけど。ていうかもう出来ないけれど。
 小説を寄稿しようと思った時に考えたこと、それは「ツイッターの将棋TLの雰囲気を何とか持ちこめないものか?」ということだった。元がツイッターでの呟きをきっかけにして始まった企画であるし、ここはひとつ「ネタは全部ツイッターから拾う」の精神で書いてみよう、と。
 結果的に妖怪うんちくだらけになってしまった。当たり前である。だって私のTLは7割方、妖怪やそれに類する話で溢れているのだから。あとガンダムとか。
 さて、小説を書き始めてみて初めて気がついたことがある。ちょっとだけ悩んだこと、後悔したこともあった。
 後悔したことは「これを寄稿することで、らくはさんに(もの凄く色んな意味で)迷惑が掛からないか」ということである。気の迷いで「寄稿します」だなんて言わなければ良かったと、これはかなり本気で後悔した。「駒.zone」というのは、将棋と文芸を楽しむためのプラットフォームなのであって、迷惑だとか何とかそんなことは気にせずに気軽に楽しめばいいと思うのだが、深夜に一人思索に耽っているとつい色々と余計なことが頭をよぎってしまう。小心者なのである。田沼泥鮒に「坐禅組んでみない?」と言われてしまいそうだ。
 ただ、編集者側の立場にたって言えば、一度「寄稿する」と言ったことを「やっぱり止めます」と言えばもっと迷惑を掛けることになりかねないので諦めることにした。好きなように書くからボツにしてくれと、そういう心境だった。まぁ結局は(ある意味)迷惑をかけることになってしまったわけであるが。
 気付いたこと、悩んだこと。それは「書かないという決断」についてだった。この場合の”書かない”とは「ツクモさんて6万字超えてたじゃん、書かない決断してないじゃん」的な文字数のことではなく、放送禁止用語がありすぎてこのままでは原稿が「ピー」だらけになってしまうぞ!とかそういうことではなく、遊園地で働いているアメリカ生まれのネズミのことには触れてはいけない、とかそういうことでもない。上手く表現できないのだけれど、私は小説というものを初めて書きながら、このステージの上では「言いたいこと」は書いてはいけないという気がしてきていた。「言いたいこと」があってはいけない気もしていた。素人が何を生意気な……と思われるかもしれないし、そしてそれは事実、生意気なことなのだと思うけれど、とにかく素人なりにそういうことを思ったのだった。
  でも「良かった」と思えたこともあった。
 物語世界を幻視すること(妄想ともいう)。その世界を文字によってデッサンすること。見えているけれど書かない世界。書かないけれど進行していく世界。その体験は現実世界においても「会ったこともないけれど、どこかにいる誰かの人生の物語」へと想いを馳せるきっかけになった。そういう「世界の見方」を、あの夏、私は体験したのだ。
 「物語を書く」という行為の後にフィルタリングされた視界の先にあった世界の風景は、だからとても新鮮だった。冒頭で書いた「あの時のらくはさんの「選択」がなければ、恐らく今自分が見ているこの世界の風景は全く違ったものになっていた」とは、そういうことだ。
 自分で書いてみて、その「デッサン」の粗さを痛感して「プロの作家さんは凄いなぁ……と心から思ったし、一方でこの「創作をする」という行為自体は、作家を目指すとかそういうことではなく、もっと気軽に「趣味」として成立するものなのかもしれないな、とも思ったのだった。これもまた、らくはさんの「選択」によって得られた得難い「気づき」である。
 だから「駒.zone」に興味を持った人がいたら、ジャンルや企画やレベルのことなど気にせず気軽に寄稿の相談をしてみたらいいと、そう思う。小説でも詩でも俳句でもイラストでも漫画でも、エッセイでも論考でも。将棋をテーマにした雑誌なのだから「俺様定跡」の発表でもいいじゃないかとも思う。
 何でもあり。何であってもいいはず。「駒.zone」にはそういう「場」としての良さがあると、そう思うのだ。
 その他、色々ある。寄稿に際しての、らくはさんとのメールのやり取りでも色々あった。
 色々あって。
 物語を書くことを通して自分を見つめ直して。
 見つめ直してみたらやっぱり自分は馬鹿だったということに気付き直しただけで。
 「ツクモさん」なんて特に何のテーマもない単なるお笑い小説だけれど、書いている本人の中では色々な(ちょっとカッコつけた言い方をすれば)哲学的思索が駆け巡っていて。
 だから多分、傍から見ればもの凄く気難しいというか、眉間に可愛く皺を寄せながらの執筆だったと思う。
 とまぁそんな、他人が見たらどうでもいいような、そしてしょうもない私の葛藤を知ってか知らずか、らくはさんは快く、優しく、幾多の指導・アドバイスをしてくださったのだった。
 そんなわけで。
 今ではらくはさんは、私にとって「部活の優しい先輩」という存在に近いかもしれない。
 ……いや違う。全っ然近くなかった。何しろ らくはさんときたら、ちゃんと「指導」をす
る人だったのだから。
 そもそも部活の先輩と言えば「サボってもキャプテンに怒られないお洒落な言い訳の仕方」とか「10年ぐらい前から我が校に存在する、プール裏の女子更衣室直通の壁の穴」とか「部室の屋根裏部屋に設置された司書のいないエロ本図書館」とか「数学教師がタバコの吸い殻をこっそり廃棄し続けた結果出来あがった、学校裏の山の茂みの中にある謎のアリ塚風モニュメント」とか「授業中に脈絡もなく政府批判を始める国語教師のアイツの正体は実はメン・イン・ブラック」といったような、とてもトリビアな知識だけを授けてくれる存在のはずである。
 私が在籍していたテニス部にはそんな先輩しかいなかった。そんな先輩にばっかり目を付けられていたとも言う。
 ちなみにその先輩は練習なんかちっともしないのに、誰よりも力強いサーブを打ち込み、誰よりも華麗なスマッシュを決め、誰よりも喧嘩が強くて、誰よりも可愛い男子にモテていた。 女子にモテていたかどうかまでは寡聞にして知らないが。天才だったのかもしれないし実家が富豪で庭にテニスコートがあって小さいころから英才教育を受けていたのかもしれないし、人知れず隠れて努力をしていたのかもしれない。人知れず、あのプール裏の空き地で素振りでもしていたのかもしれない。
 らくは氏も隠れた努力をたくさんしているのだろう。博士号を持ち大学講師として現場で教鞭もとっている氏は、講義の準備をし、自らの研究も行い、一方で各誌に詩を発表し小説の投稿をし将棋ウォーズで荒ぶり(多分)、将棋倶楽部24でらくは無双して(風の噂)、YouTubeで初音ミクの動画を天網恢恢疎にして漏らさぬほどチェックして(確かな推測)……そして「無責任」や「駒.zone」の編集をしつつ自らも作品を発表し続けている。すさまじいスケジュール消化っぷりであり、氏の時間管理スキルの高さが伺える。らくはさんの使っている手帳を見たい。ていうか欲しい。そして今「一週間の歌」の替え歌「らくはの一週間」がわたしの脳内でリピートし始めた。
 日曜日は将棋ウォーズをして、月曜日も将棋ウォーズをして。
 火曜日は将棋ウォーズをして、水曜日も将棋ウォーズをした。
 金曜日は採点もせず、土曜日は将棋ウォーズばかり。
 テュリャテュリャテュリャテュリャテュリャテュリャリャ

 いつ小説や詩を書いているのか全く謎だ。……そうか判ったぞ木曜日だなっ!
 というのはささやかな冗談であって、そもそも将棋ウォーズは1日3局までしか指せない(無料会員の場合)はずなのでそんなにやっていられない。推測するに、先輩は脳の働きを違う分野へと切り替えるスイッチが相当に高性能な方なのだと思う。たとえ将棋で悔しい負け方をしたとしても、数秒後には静かな笑みをたたえて教え子のレポートを採点している氏の姿が、隠しカメラの映像を映すモニターを見ているかのように鮮明に目に浮かぶ。鮮明すぎてちょっと怖い。
 おいおい、このカメラ性能が良すぎるぞ……って、うわ何をするヤメ(ry……
 ……ガシャン!……。 ……破壊された。隠しカメラが……。あれ高かったのに……。
 ともあれ。
 号を重ねながら少しずつ新しい挑戦を続ける「駒.zone」。将来的には「紙の駒.zone」で文フリへの進出を目指しているとも聞く。氏の人柄と志に惹かれ多くの同志が集まる「駒.zone」の今後の活躍と発展を願い、そして心から応援したい。したいじゃなくてする。応援する。熊本に向かって敬礼しながら応援する。頑張れらくは先輩と仲間たち。
 そして私も、らくはさんの足を引っ張らない程度にちょろっと、時々でいいから、気が向いたときにでも参加させていただければなー……なんてことを今は思っているのだった。

 2012年某月吉日、窓際で金魚を愛でながら


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