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駒zoneとわたし

駒zoneと私~ちょっと私的な清水らくは論

【「駒.zone」と私~ちょっと私的な清水らくは論】
                                      ぜいらむ

 「駒.zone」編集長・清水らくは氏から初めて「駒.zone」への参加を打診されたのは今となっては懐かしいVol.1企画「ツイッター三択将棋」でのことだった。記念すべき創刊号である。なぜ私に声をかけてくださったのかその真意は判らないけれど、いや何となくわかるけれど、いずれにせよそれはツイッターのとりなす不思議な縁であり、そしてあの時のらくはさんの「選択」がなければ恐らく今自分が見ているこの世界の風景は全く違ったものになっていただろうと思うと奇妙な感覚を味わったりもする。
 清水らくは氏は「駒.zone」創刊以前から既に、小説や詩を多数発表(投稿、入選歴あり)されていた。創作についての自身のエピソード、考え方、感じ方、これからの希望、夢、そういったことの諸々をツイッターを通して語る氏の言葉は、多くの人が目にされていたと思う。そう言えば「駒.zone」プロジェクトもツイッター上の何気ない一言から始まったのだった。
 やがて「駒.zone」が創刊され、多くの人の暖かい支援とらくは氏を初めとしたレギュラースタッフ陣のたゆまぬ努力の元、今に至るまで刊行されつづけている。将棋ファンとしての想いと文芸愛好家としての想い。それらが融合した素晴らしい活動だと思う。こういう将棋の楽しみ方があっただなんて……例えばプロ棋士の方々はこういう将棋ファンの在り様を想像したことがあっただろうかと、プロ棋士ツイッタラーのどなたかに尋ねてみたいと常々思っている。
 また「駒.zone」の旗揚げを決意されたらくはさんの行動力に敬礼したいとも常々思っているのだが、後者の方は遠慮することはなさそうなので、明日にでも熊本の方角に向かって敬礼しておくことにしよう。
 さて、そんな「将棋クラスタ文芸部の旗手」らくはさんのツイートを眺めていて「何だか、らくはさん楽しそうだなー」と思って「小説寄稿させてくださいな」と連絡したのが確か Vol.2公開直後だったと思う。だが私は、すぐにそのことを後悔するハメになった。公開直後すぐに後悔直後だった。
 ところで。
 私と「文芸」ということで言えば、中学生の時に「ミステリ研究会」的な何かしらをしていたことがあったのだが、これはミステリを読んで「殺人トリック」にハマった馬鹿数名が、ひたすら「完全犯罪トリック」を考え続けるだけの活動だった。ミステリ作品は読んでいたけれど「文芸活動」であったとはとても言えない。むしろ「犯罪活動」と言った方が分野的に近いと言える。ただしそのトリックを実行に移してはいないので警察が我々を逮捕することは出来ないだろう。
 というわけで(?)私が「駒.zone」に寄稿した小説はVol.3の「ツクモさん、指しすぎです」というものであったのだが、実は初めはミステリを寄稿するつもりだったし書き始めてもいたのである。
 絶対に発表しないつもりなのでここでプロットのネタばらしをしてしまうと、それは――。
「将●連●会●が●●の●●で殺害された。警察の捜査は難航しやがて自殺説まで浮上する。会●の死に不審を抱いたミステリファンの新四段・江戸川垂歩(仮名)はその謎に挑み、やがて『真犯人は●流棋士全員による共謀』という驚愕の真実に突きあたる……というのが実はミス・リードで江戸川垂歩(仮名)は単なるアホ。事件の真相に気付くもそのあまりに哀しい真実を前に、それを公表することにためらいを覚えた観戦記者・「団栗饂飩」記者(仮名)は、名人戦最終局の観戦記にメッセージ(暗号)を記すのだった……。
ちなみに真犯人は、江戸川垂歩四段(仮名)が●イ●タ●で●●ロ●している●●●●ーの●●●の●謀」
 というものだった。どうだ面白そうだろう?絶対発表しないけど。ていうかもう出来ないけれど。
 小説を寄稿しようと思った時に考えたこと、それは「ツイッターの将棋TLの雰囲気を何とか持ちこめないものか?」ということだった。元がツイッターでの呟きをきっかけにして始まった企画であるし、ここはひとつ「ネタは全部ツイッターから拾う」の精神で書いてみよう、と。
 結果的に妖怪うんちくだらけになってしまった。当たり前である。だって私のTLは7割方、妖怪やそれに類する話で溢れているのだから。あとガンダムとか。
 さて、小説を書き始めてみて初めて気がついたことがある。ちょっとだけ悩んだこと、後悔したこともあった。
 後悔したことは「これを寄稿することで、らくはさんに(もの凄く色んな意味で)迷惑が掛からないか」ということである。気の迷いで「寄稿します」だなんて言わなければ良かったと、これはかなり本気で後悔した。「駒.zone」というのは、将棋と文芸を楽しむためのプラットフォームなのであって、迷惑だとか何とかそんなことは気にせずに気軽に楽しめばいいと思うのだが、深夜に一人思索に耽っているとつい色々と余計なことが頭をよぎってしまう。小心者なのである。田沼泥鮒に「坐禅組んでみない?」と言われてしまいそうだ。
 ただ、編集者側の立場にたって言えば、一度「寄稿する」と言ったことを「やっぱり止めます」と言えばもっと迷惑を掛けることになりかねないので諦めることにした。好きなように書くからボツにしてくれと、そういう心境だった。まぁ結局は(ある意味)迷惑をかけることになってしまったわけであるが。
 気付いたこと、悩んだこと。それは「書かないという決断」についてだった。この場合の”書かない”とは「ツクモさんて6万字超えてたじゃん、書かない決断してないじゃん」的な文字数のことではなく、放送禁止用語がありすぎてこのままでは原稿が「ピー」だらけになってしまうぞ!とかそういうことではなく、遊園地で働いているアメリカ生まれのネズミのことには触れてはいけない、とかそういうことでもない。上手く表現できないのだけれど、私は小説というものを初めて書きながら、このステージの上では「言いたいこと」は書いてはいけないという気がしてきていた。「言いたいこと」があってはいけない気もしていた。素人が何を生意気な……と思われるかもしれないし、そしてそれは事実、生意気なことなのだと思うけれど、とにかく素人なりにそういうことを思ったのだった。
  でも「良かった」と思えたこともあった。
 物語世界を幻視すること(妄想ともいう)。その世界を文字によってデッサンすること。見えているけれど書かない世界。書かないけれど進行していく世界。その体験は現実世界においても「会ったこともないけれど、どこかにいる誰かの人生の物語」へと想いを馳せるきっかけになった。そういう「世界の見方」を、あの夏、私は体験したのだ。
 「物語を書く」という行為の後にフィルタリングされた視界の先にあった世界の風景は、だからとても新鮮だった。冒頭で書いた「あの時のらくはさんの「選択」がなければ、恐らく今自分が見ているこの世界の風景は全く違ったものになっていた」とは、そういうことだ。
 自分で書いてみて、その「デッサン」の粗さを痛感して「プロの作家さんは凄いなぁ……と心から思ったし、一方でこの「創作をする」という行為自体は、作家を目指すとかそういうことではなく、もっと気軽に「趣味」として成立するものなのかもしれないな、とも思ったのだった。これもまた、らくはさんの「選択」によって得られた得難い「気づき」である。
 だから「駒.zone」に興味を持った人がいたら、ジャンルや企画やレベルのことなど気にせず気軽に寄稿の相談をしてみたらいいと、そう思う。小説でも詩でも俳句でもイラストでも漫画でも、エッセイでも論考でも。将棋をテーマにした雑誌なのだから「俺様定跡」の発表でもいいじゃないかとも思う。
 何でもあり。何であってもいいはず。「駒.zone」にはそういう「場」としての良さがあると、そう思うのだ。
 その他、色々ある。寄稿に際しての、らくはさんとのメールのやり取りでも色々あった。
 色々あって。
 物語を書くことを通して自分を見つめ直して。
 見つめ直してみたらやっぱり自分は馬鹿だったということに気付き直しただけで。
 「ツクモさん」なんて特に何のテーマもない単なるお笑い小説だけれど、書いている本人の中では色々な(ちょっとカッコつけた言い方をすれば)哲学的思索が駆け巡っていて。
 だから多分、傍から見ればもの凄く気難しいというか、眉間に可愛く皺を寄せながらの執筆だったと思う。
 とまぁそんな、他人が見たらどうでもいいような、そしてしょうもない私の葛藤を知ってか知らずか、らくはさんは快く、優しく、幾多の指導・アドバイスをしてくださったのだった。
 そんなわけで。
 今ではらくはさんは、私にとって「部活の優しい先輩」という存在に近いかもしれない。
 ……いや違う。全っ然近くなかった。何しろ らくはさんときたら、ちゃんと「指導」をす
る人だったのだから。
 そもそも部活の先輩と言えば「サボってもキャプテンに怒られないお洒落な言い訳の仕方」とか「10年ぐらい前から我が校に存在する、プール裏の女子更衣室直通の壁の穴」とか「部室の屋根裏部屋に設置された司書のいないエロ本図書館」とか「数学教師がタバコの吸い殻をこっそり廃棄し続けた結果出来あがった、学校裏の山の茂みの中にある謎のアリ塚風モニュメント」とか「授業中に脈絡もなく政府批判を始める国語教師のアイツの正体は実はメン・イン・ブラック」といったような、とてもトリビアな知識だけを授けてくれる存在のはずである。
 私が在籍していたテニス部にはそんな先輩しかいなかった。そんな先輩にばっかり目を付けられていたとも言う。
 ちなみにその先輩は練習なんかちっともしないのに、誰よりも力強いサーブを打ち込み、誰よりも華麗なスマッシュを決め、誰よりも喧嘩が強くて、誰よりも可愛い男子にモテていた。 女子にモテていたかどうかまでは寡聞にして知らないが。天才だったのかもしれないし実家が富豪で庭にテニスコートがあって小さいころから英才教育を受けていたのかもしれないし、人知れず隠れて努力をしていたのかもしれない。人知れず、あのプール裏の空き地で素振りでもしていたのかもしれない。
 らくは氏も隠れた努力をたくさんしているのだろう。博士号を持ち大学講師として現場で教鞭もとっている氏は、講義の準備をし、自らの研究も行い、一方で各誌に詩を発表し小説の投稿をし将棋ウォーズで荒ぶり(多分)、将棋倶楽部24でらくは無双して(風の噂)、YouTubeで初音ミクの動画を天網恢恢疎にして漏らさぬほどチェックして(確かな推測)……そして「無責任」や「駒.zone」の編集をしつつ自らも作品を発表し続けている。すさまじいスケジュール消化っぷりであり、氏の時間管理スキルの高さが伺える。らくはさんの使っている手帳を見たい。ていうか欲しい。そして今「一週間の歌」の替え歌「らくはの一週間」がわたしの脳内でリピートし始めた。
 日曜日は将棋ウォーズをして、月曜日も将棋ウォーズをして。
 火曜日は将棋ウォーズをして、水曜日も将棋ウォーズをした。
 金曜日は採点もせず、土曜日は将棋ウォーズばかり。
 テュリャテュリャテュリャテュリャテュリャテュリャリャ

 いつ小説や詩を書いているのか全く謎だ。……そうか判ったぞ木曜日だなっ!
 というのはささやかな冗談であって、そもそも将棋ウォーズは1日3局までしか指せない(無料会員の場合)はずなのでそんなにやっていられない。推測するに、先輩は脳の働きを違う分野へと切り替えるスイッチが相当に高性能な方なのだと思う。たとえ将棋で悔しい負け方をしたとしても、数秒後には静かな笑みをたたえて教え子のレポートを採点している氏の姿が、隠しカメラの映像を映すモニターを見ているかのように鮮明に目に浮かぶ。鮮明すぎてちょっと怖い。
 おいおい、このカメラ性能が良すぎるぞ……って、うわ何をするヤメ(ry……
 ……ガシャン!……。 ……破壊された。隠しカメラが……。あれ高かったのに……。
 ともあれ。
 号を重ねながら少しずつ新しい挑戦を続ける「駒.zone」。将来的には「紙の駒.zone」で文フリへの進出を目指しているとも聞く。氏の人柄と志に惹かれ多くの同志が集まる「駒.zone」の今後の活躍と発展を願い、そして心から応援したい。したいじゃなくてする。応援する。熊本に向かって敬礼しながら応援する。頑張れらくは先輩と仲間たち。
 そして私も、らくはさんの足を引っ張らない程度にちょろっと、時々でいいから、気が向いたときにでも参加させていただければなー……なんてことを今は思っているのだった。

 2012年某月吉日、窓際で金魚を愛でながら