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フォーチューンテラー・奈々

フォーチューンテラー・奈々

~チェックメイト・ミステリー(?)~

    フォーチューンテラー・奈々

                 「避暑地でチェックメイト」の巻

                             皐倫藍那(Sawatomo Aina)

1.奈々、チェスの問題を出題される

 

「では、チェスなど如何でしょう?」

 退屈だ……何かないのか?という黒麹町財閥令嬢・奈々の問いに、執事の逢坂航はそう答えた。

 ここはN県にある避暑地に建てられたやたらと無駄に豪華な別荘で、幼少の頃から現代医学では治療不可能と医者から見放された、ちょっと他人には言えないかなり意味不明な奇病を抱えている奈々は、季節を問わずよく静養に来るのだった。

 8月初旬。今年中学生になったばかりの彼女の通う関東地方のとあるお嬢様学校は夏休みに入っている。とは言え、小学校の頃から学校を休みがちな奈々にとっては、今が夏休みかどうか等あまり関係がない。

「チェス?……とはまた地味なものを持ちだしてきたものだな」

 食堂で3時のおやつを食しながら、お嬢様はそう言った。

「そうでもありません。中々奥が深いですし頭脳スポーツとして世界中で人気です。お嬢様のような知的で瑞々しい女子中学生にピッタリのゲームかと」

 ”瑞々しい女子中学生”の辺りで逢坂の口の端から二股に割れた細長い舌がチロチロ覗いたような気配がして奈々は一瞬背中に寒気が走り、思わず執事を蹴り倒そうかという衝動に駆られたが、「淑女の品格……淑女の品格……」とブツブツ呟くことで何とか自重した。”蹴り倒そう”等という発想をしている時点で既に淑女失格ではあるのだが。

 それはともかく、奈々は「チェス」の方に興味をそそられていた。実は小学5年生の時に父から手ほどきを受けて、しばらく凝っていたことがあるのだ。体調が悪化する等して、一年以上チェスからは離れているが、父がいつも「奈々はスジがいい。天才かもしれない!天才美少女チェスプレイヤーかもしれない!」という感じに過剰に誉めてくれていたことを今でも覚えている。奈々の父は「誉めまくって育てる」主義なのだった。でもアレはいくらなんでも誉めすぎだろう。

「宜しければ私がお相手しましょうか?」

「いや……ちょ、ちょっと待て」

 目付きが怪しい。瞳と書いてサディスティックと読む、というぐらいに視線が冷たい。コイツさては腕前に自信があるな?ボクをぼっこぼこにする気じゃ……。

 何しろチェスを中断して一年以上が経過しており、ルールは憶えていても実戦のコツなど忘れてしまっている。奈々は改めて執事の様子を伺った。長身でスマートな体型。銀縁片眼鏡の奥に光る瞳は知性に溢れている。というかドSに見える。年齢は30代半ばだったと記憶している。妙に落ち着いた雰囲気の執事を見ていると、奈々はとても勝てる気がしないのだった。

 実際、逢坂はかなりの腕前でネットのチェス対局サイトのレーティングは軽く2000を超えている。いくら筋がいいとは言っても、まだまだ初心の域を出ていない奈々が勝てる道理がないのだが、財閥令嬢だけあって、使用人に負けてなるものかというしょうもないプライドがあるのだった。

「なるほど。ブランクが空きすぎたので、いきなりの実戦はキツイということですか……お嬢様も意外とヘタレですね。ではウォーミングアップを兼ねて、私からエンドゲームの問題をお出ししましょう」

「エンドゲームの問題?」

 ”ヘタレ”という単語が聴こえたが、それはきっとチェス用語の一種に違いないと思い込むことにして奈々は尋ねた。

「えぇ、まぁチェスのルールを用いて行う、終盤……特にキングをメイトする直前の局面を扱った問題です。一種のパズルと思っていただければ」

「ふむ……良い頭の体操になりそうだな」

「えぇ、お嬢様の頭も少しは良くなるかもしれません」

「……何だと?」

「失礼、口が滑りました。お嬢様の肌のあまりの美しさに涎が出てしまって舌が滑って……」

「全っ然フォローになってないし、気持ち悪いわボケ!」

 奈々に蹴り飛ばされた逢坂は、何故か嬉しそうな表情をしながら部屋を出ていき、しばらくして真鍮製のチェスセットを持ってきた。

 執事はそれをテーブルの上に置き、それからチェスピースを並べた。

「こちらです。お嬢様、白番を持って勝ちに導いてください。ルールを知ってさえいれば、サルでも解ける問題です」

 こいつ、いちいちカンに触る奴だなぁ……と思いながら奈々が盤上に目をやると、そこにはこんな局面が出来上がっていた。

 

                               問題図

POSITION

白:Kc2 Pc7

黒:Ka1 Rd4



 

 

「逢坂」

「何でしょう?お嬢様」

「……ふっ、国際大会に出場した経験もある父上から直々に手ほどきを受けたこのボクをナメてもらっては困るな」

「お嬢様、私はまだお嬢様のおみ足を舐めたことはございませんが」

「誰が足の話をしとるかボケ!君なんかに舐めさせる足はないっつーの!」

「何ですと!?……だ、誰になら舐めさせるおつもりなのですか、お嬢様!!」

「そうじゃなくて!その話はおしまい!ボクのチェスの力を見くびるなって言ってんの!」

「あぁ何だチェスの話でしたか。失礼しました。……ではこの問題を一目で?」

「当然だ。この局面、いきなりのチェックメイトはなさそうだが、盤上に白ポーンが残っている。このポーンをクイーンにすれば、クイーン対ルークの戦力差になる。つまり!」

 奈々は白ポーンをつまみあげるとボードの脇に置き、代わりに白クイーンをつまみあげ、それをc8のマス目に置いた。

 

                                  図2

 1.c8=Q


 白はクイーンを作った。次に  2.Qc3 とチェックをかけてから

 一気にチェックメイトの狙いがある。(例:2...Ka2  3.Qb2#)




 

「ポーンを進めてクイーンへのプロモーション。これで後は、目隠ししてても白の勝ちだな」

「目隠し?……おおっ! 偶然ですが私のポケットにちょうど目隠しプレイに最適の手ぬぐいが」

「ボクを目隠ししてどうする!ていうか、君はいつもそんなものを持ち歩いているのか?」

「いつなんどき目隠しプレイを求められるか判りませんので」

「何がどういう状況になったら目隠しを求められると思うんだ?君は変態なのか?」

「そんな……お嬢様が目隠しの話を私に振るから……」

「ボクはチェスの話をしているんだ。1.c8=Q とクイーンを作れば簡単に勝てるって言ってんの!」

「あぁ何だチェスの話でしたか。なるほど 1.c8=Q。その後は?」

「例えば、こう黒が 1...Ra4とすると、白は 2.Qc3(図3)。これがチェックになるから黒キングは  2...Ka2と逃げるしかなくて、次に白が 3.Qb2 と指してチェックメイトだな」

「なるほど……」

 

 

                                 図3


問題図から
1.c8=Q Ra4
2.Qc3
と進んだ局面。


c3のクイーンでa1の黒キングにチェックがかかっている。黒キングは Ka2 と逃げるしかないが、Qb2とクイーンを移動してチェックメイト。



 

「実にお見事です!お嬢様」

 逢坂の口の端が皮肉な笑みをたたえて吊りあがっていた。それには気付かず鼻高々になっている奈々に向かって、逢坂は

「ぷっw……勝てるゲームをわざわざドローにしてしまわれるとは。お嬢様はかなり度の過ぎた平和主義者とお見受けしました」

「なにっ?」

 何を言っているのだこの男は?黒はしっかりメイトされたじゃないか!

 訝しがる奈々の目の前で、逢坂は左目に掛かった片眼鏡にそっと左手をやり、それから、しなやかな右手で黒ルークをつまみあげた。


                              図4


問題図から
1. c8=Q Rc4+ の局面。


 黒はルークで白のキングにチェックを掛けた。しかしこの位置には白クイーンの効きがあるので、 この黒ルークは次手で取られるのだが……?


 

「チェックです、お嬢様」

「何をやっている。クイーンで取り返して白の楽勝じゃないか」

 すかさず 2.Qxc4と、ルークを取り除く奈々だったが……。

「お嬢様、ステールメイトです」

「……へ?」

 

                               図5                                  

 


*図面はここで黒番。

 ・黒が動かせる駒はキングのみ

 ・ただし黒キングはどこに動いても白クイーンか白キングの効きに入って取られてしまう。

 ・チェスでは動いた先でチェックが掛る位置にキングを動かしてはならない。つまり「キン

  グの自殺」はルール上認められていない。

 ……この状態を「ステールメイト」と言いドロー(引き分け)となってしまう。


 

 

「引き分けなのか?……引き分けじゃ……ダメか……」

「私はチェスのドローは決して嫌いではありませんが、しかし楽に勝てるゲームをステールメイトにされるのは好みませんね。好みと言えば、ステールメイトよりはアキバのメイドの方が好みです」

 いやそんな情報いらないから。中1女子に向かってメイドカフェの話を振るなよ。

「そうそう、そう言えば、メイドの人選をちょっと考え直した方がいいと、先日お父上に進言させて頂いたのですが」

「何のためにそんなことを!?」

「いや、”避暑地の萌え別荘”って新しいかなって……」

「誰得なんだそれは!?」

 観光客でも呼ぶ気なのか?ボクの居場所がなくなるじゃないか!

 油断するとこの別荘が全て執事の趣味で覆い尽くされてしまいそうだ。奈々は心ひそかに、父の良識にあらん限りの声援を送るのだった。

「それはそれとして、お嬢様が自らの意思でこのゲームをどうしてもドローにしたい、とそうおっしゃるのでしたら、あえて 1.c8=Qを正解と申し上げても構いませんが?」

 嫌味なヤローだなー。

 奈々は改めて盤面を凝視するが、しかし他の手は浮かばない。自分の考えた手順に間違いがあるとは思えなかった。もしかして、いきなりポーンを使うのではなくて一旦、1.Kb3、と動かしたりするのだろうか?しかしそれは以下、   1...Rd3(チェック)とされて、

   2.Kc2 は ..Rd4 で元に戻るからレピティション(同一局面3回でドロー)になる。  

   2.Ka4 と上に上がると、今度は 2... Rc3(ポーンが必ず取られるの図)とされて、次にどうやっても白ポーンが取られてしまう……。その局面は、白「キングのみ」vs 黒「キング&ルーク」 になってさすがにこれは負けだろう。

 


              ポーンが必ず取られるの図

 白は次に必ず c8=Q とクイーンを作れるが、 xR8とすぐ取り返されてしまう。

 

ここからは例えば以下の手順で黒の勝ちになる。興味のある方は盤で並べてみてください。

 

3.c8=Q  xRc8

4.Kb5    Kb2

5.Kb6   Kb3

6.Kb7  Rc1(キングの当たりからルークを逃がす)

7.Kb8  Kb4

8.Kb7  Kb5

9.Kb8  Kb6 (白キングは動かせるスペースがほとんどない)

10.Ka8  Rh1  (ここでルークを端へ。次の狙いを白は受けることが出来ない)

11.Kb8  Rh8#  0-1(チェックメイト で黒の勝ち)


 

「……これ、ホントに白が勝てるのか?」

「ぷっw……当たり前じゃないですか、お嬢様」

 コイツ!笑いやがった! くそっ!馬鹿にして!

    生まれてこの方お金で苦労したことなんか0.1秒もない超絶大富豪のお嬢様はイラつく余りにテーブルの下で貧乏ゆすりを始めていた。

「一つ確認しておきたいことがあるのだが……もしかして君はボクの事がキライなのか?」

「そんなまさか!」

 執事は心底驚いたような表情をしてこういった。

「黒髪ロングのボクっ娘中学生をキライな人間の男子など、この地球上には存在しませんよ、お嬢様!!」

 何だか微妙に会話が成り立っていない気がする。というか、聞きたい事を聞いたら聞きたくない話を聞かされた気分だった。あと、ボクのことを「ボクっ娘」と呼びながら熱い視線を飛ばすのはやめろ。どうも最近、この執事の変態度が増してきたような気がするな。コイツ、ウチに来た当初からこんなキャラだったっけ?執事の仕事が忙しすぎておかしくなってしまったのだろうか?

 再び盤上に視線を戻す奈々を見つめる執事の口の端からは、二股にわかれた細長い舌がチロチロ、チロチロ……と蠢いていた。次の一瞬、彼の瞳はまるで、あの足のない爬虫類の如く虹彩は赤く染まり、そして瞳孔は縦長の楕円形に変化していた……のだが、奈々はそれに気づいていない。

「正解を申しあげましょうか?」

「うるさい!うるさい!うるさい!……もうちょっと考えるからあっちへ行ってて!」

 お嬢様はキレた。逢坂は「お嬢様がキレた……ハァ……ハァ……」という気持ち悪いセリフを呟きながら――そしてまたあの先端の割れた不気味な舌をチロチロさせながら――食堂から叩きだされたのだった。

 

 

2.奈々、ヒントをもらう。ただし占いで。

 

「さて……。さっぱりわからないな。……しかしギブアップなんかしたらあの変態執事に何を言われるか……。仕方ない、アレを使おう。インチキっぽいが、これは正義のためなのだ」

 とわけの判らないことを呟きながら、奈々は懐から小さな紙箱を取り出した。

 手のひらに乗る程度のサイズである。蓋を開け彼女が中から取りだしたもの――。

 

 ――それは、一そろいのタロット・カードだった。

 

 指し手がわからないので占いで決めようという、まぁ浅はかと言えば浅はかな考えである。

 というか、チェスの問題を解こうという時に自分で考えることを放棄しているのだから、もしこれで正解が判ったりしたらやはりインチキかもしれない。ルール上、対局中のタロットが禁止されているかどうかは不明であるが……。

 

 体調を崩して自宅やこの別荘で、財力に物を言わせた豪華絢爛な引き籠り生活をしている時の奈々の趣味の一つがこのタロットである。

 家族の他は、執事その他使用人の一部にしか知らされていない、不可解な奇病に罹っている黒麹町家の令嬢は、いつも自分の健康や将来に不安を抱えながら生きていた。タロットを用いて行う観想は、そんな彼女の不安を癒すとても大事な儀式なのである。奈々にとってこれは、決して吉凶を占うためのツールではない。抗うことの出来ない運命にどう向き合えばいいのか、そのためのアドバイスをくれるパートナーであり、優しく、時に厳しい家族であり、そしてまた自分の中の内なる精霊の声である。

 迷ったらタロットで決断する。それが奈々の生き方だった。

「将来は、占い師になろうかな……」

 と考えたことも何度もある。実際、親が超絶大富豪なので、なろうと思えば、というか店を構えて占い師の看板を出すだけなら今すぐでも出来そうだ。ただし客が付くかどうかは自分の腕次第。だから彼女は、彼女なりにずっと真剣に勉強しているのだった。「スジがいい」とあれだけ父に褒めそやされたチェスのことをずっと忘れていたほどに。ただ人を相手に鑑定をするためにはそれなりの人生経験を積んでいく必要があるかもしれない。

 それはともかくとして、チェスの問題如きでタロットに頼る人生観というのもアレだが……そこはそれ、まだ中学一年生の13歳の少女である。しかもボクッ娘である。大目に見てやってほしい。

 タロットカードは大アルカナ22枚とと小アルカナ56枚、計78枚で1つのセットになっている。大アルカナだけを用いたり、あるいは78枚全てを用いたり、その他スプレッド(占うためにカードを場に展開する方法)の種類は数多くある。何を占うのか、どういう問題を扱おうとしているのかによって、それらを上手く使い分けるのが理想なのだが、全てを完璧にマスターしている人は、専門家であっても、そう多くはいないかもしれない。とにかく色んな方法論、解釈がありまたタロットカード自体にも様々な絵柄の種類がある。全てを網羅するのは中々困難だ。チェスと同じくらい……あるいはそれ以上に奥深いのかもしれなかった。

 そんな中、大アルカナと小アルカナを分けてシャッフルし、大アルカナで大まかな現状認識をする、または現在起こっていることの問題点の洗い出しを行い、次いで小アルカナで具体的なイメージを得ようとするのが、奈々の一番好きなリーディング法だった。

「今日は、全部使ってワンオラクルで行くか……」

 奈々は78枚のカードをシャッフルする。テーブルに深紅のタロット・クロスを広げ、目を瞑ってクロスの上でゆっくりと、精神を研ぎ澄ますように混ぜ合わせていく。チェスボードを思い浮かべつ、深く深く観想する。

「ボクが……見落としている手は……何だろう?」

 カードを揃えカッティングし、再び揃えカードの天地を決定してから、今度はそれをクロスの上に扇形に広げた。眼を開けると、その中に……奈々には淡く光るカードが1枚見えるのだった。

 

 ――あのカードが、ボクを呼んでる。

 奈々はカードを抜き取って自分の前にそっと置くと、それからゆっくりと表を向けた。

 

 ―― Strength。

 「力」のカードの正位置だった。

 そのカードには白い衣装を纏った女性が獰猛な獅子をやさしく手なずけている様子が描かれている。

 日本語ではただ「力」のカードと呼ばれるが、それは決して対象と戦ってねじ伏せる「

Power」の力ではないことを意味する。湧き上がる精神性、全てを包み込む包容力、忍耐力、

根気、抑制……そういう力。ネガティブな情動や獣性の力ではなく、むしろそうした暴走しがちな力を御するためのエネルギー。その象徴が「Strength」なのである。

 

 ――ボクの内なる精霊は、このカードで何を伝えようとしているんだろう……。

 奈々にとってタロットは内なる声との「対話」の場でもある。自分の精神が不安定な時、理不尽な怒りや妄念で心が満たされている時、その声は遠くへ行ってしまう。そうならないために、自分自身を見失わないために、あるいは……生まれながらの奇病を抱えた自分を嫌いになってしまわないために、奈々はタロットを友としているのだった。もはやもはや心の拠り所であり、あるいはもう、これに「すがっている」とすら言えるのかもしれない。

 

「白は、ポーンをクイーンにするという当たり前の手を指しただけなのに、その力のせいでステールメイトになって勝てなかったんだよね……」

 チェス盤上における最強の力の行使……それでは決して事態を解決できないことの暗示なのだろうか。このカードの女性がそうしているように……力を抑えなくてはいけない?ポーンが持つ能力の一つ、クイーンへのプロモーション。その最強の潜在能力を正しく導いてあげるには、どうしたらいいのだろう?

 

 カードを見つめ、再び目を閉じて観想に入る。そして奈々は、今一度プロモーションのルールを反芻した。

「ポーンは、再後段に進んだ時、キングとポーン以外のピースに昇格する――んだったな、そう言えば」

 

 奈々に天啓が降りた。眼を開き、呟く。

「……そうか。ボクは力を正しく使えていなかったのか……」

 

 

3.奈々、解決する

 

次の朝。

「如何でしたかお嬢様?」

 逢坂はとても気分が良かった。彼は、朝のお嬢様が大好きなのだ。奈々には内緒にしている

が、というかバレたら解雇ものの不祥事なのだが、不祥事というかほとんど犯罪まがいの行為でもあるのだが、特に起きる直前の様子が大好物で、明け方こっそり部屋に忍び込んで寝顔を覗きこんだこと、その回数は10や20どころではない。毎日かもしれない。執事としては有能ではあるのだが、実に気持ち悪い奴で、これから執事を雇おうと考えている人は、こういう男だけは選んではいけない。

「如何とは?」

「昨日のチェスの問題です。あれから随分お考えになられていたようですが……」

 ――どうせ出来なかったんだろう、アホだから、とか思っているなこの野郎。

 執事の表情を伺い内心イラッとしながらも、奈々は無言のままテーブルに置かれたチェスボードを指し示した。


   (図6)



*白が、問題図から1.c8=R と指した局面。

 

「ポーンをクイーンにするのではなく、あえて1つ弱いルークへのアンダープロモーション。まさか君がそんなシャレた問題を作るとは夢にも思わず、うっかり油断した」

 タロットを使ってヒントをもらったことを内緒にしているが、実のところ彼女には後ろめたい気持ちなど微塵もないのだった。あれは……タロットは、彼女の分身なのだから。

「……では、昨日と同じくここで黒が 1...Rc4 とすると……」

「白が 2.xRc4 と取れば、今度はステールメイトにはならないだろう?」

 


                                 図7


*ルークとクイーンの力の差で、黒キングにはまだ逃げるスペースがあるため

ステールメイトにならない。

 

以下

2.       ...Ka2 (唯一、黒キングを動かせる場所)

3.Ra4#  1-0 (チェックメイトで白の勝ち)  


 

 

「1...Ra4なら 2.Kb3  Ra2(黒ルークが逃げる手。ここ以外のどこへ動いても、結果はほとんど

同じになる)  Rc1でチェックメイト(図8)。黒ルークを動かさない手、例えばKb1なら Ka4

と黒ルークを取って(図9)白の勝ちだ」

 


                              図8

 

問題図から


1.Rc8=R   Ra4

2.Kb3       Ra2

3.Rc8#  でチェックメイトとなった局面


 

 


 

 ==============

図9                                

 

   問題図から

   1.c8=R   Ra4

   2.Kb3     Kb1

   3.Ka4

   となって白がルークを取った局面。

   ここからは

 

   3.     ..Kb2

   4.Kb4  Ka2

   5.Kc3  Ka1

   6.Kc2  Ka2

   7.Ra8#   1-0 ( チェックメイトで白の勝ち)


 

「お見事です、お嬢様」

「ふっ、当然だ。次はもう少し骨のある問題を持って来るのだな」

「確かに私は美少女の鎖骨が大好物ですが、しかもネットで『美少女  鎖骨』の検索をしてしまうくらいの鎖骨フェチですが、しかしお嬢様、鎖骨を持ってこいと言われましても、そう簡単に生贄の美少女は見つかりません」

「誰が鎖骨の話をしとるか!」

 怒鳴りながら、自分がノースリーブのサマードレスを着ていることに気づいて反射的に肩に手をやる奈々だった。

 そう言えば、メイドたちが隙あらばボクにノースリーブの衣装を着せたがるのは、コイツの差し金だったのか!?ていうか、ノースリーブ以外の衣装ってこの別荘に置いてあるのか?

「ボクの鎖骨をジロジロ見るな、このド変態!……もう少しレベルの高い問題を用意してみろと言ってるんだ!」

「つまり問題のレベルが上がるに従ってお嬢様の鎖骨もどんどん露わになっていくと……」

「だから鎖骨の話はしてねぇーっつーの!」

 あと、これ以上露わに出来るかバカ! 駒.zoneに掲載出来なくなるわ!

「承知いたしました、お嬢様。……ではまた後日、今度はもっと興味深い問題をご用意させていただきますよ……」

 朝の紅茶を奈々のカップに注いだ後、変態執事・逢坂航は踵を返して食堂の出口へと向かって行った。

 その時――。

 黒麹町家のお嬢様が思いっきり”あかんべー”をしているその視線の先で。

 逢坂航の双眸は、まるで蛇のような縦に細長い瞳孔へと変化し、虹彩は赤く染まり、そして吊り
あがった口の端からは、先端の裂けた細長い紐のようなどす黒い不気味な舌が、チロチロ、チロチロ
と蠢いていた……。

 

  fin...