閉じる


目次

はじめに
第一章 夢を叶える
     夢や目標が無くても生きてはいける
     ヴィジョンはそこそこ明確に
     妄想から始めましょう
     幸せの基準は人それぞれ
     それってあなたの望みですか?
     望む状況を今ありありと感じる
     プロセスも結果も宇宙に委ねる
     今、目の前のことに集中する
     全ての原因があなたにあるわけでは無い

第二章 祈りの科学
     苦しい時だけ祈ってもダメ
     基本は肯定形と現在形
     祈ることは、祈られること?
     純粋性が叶える鍵
     思い込みから自由になる
     感情をうまく流す
     宇宙からえこひいきされるには?
     岩戸開きにはリオのカーニバル?

第三章 セルフイメージ
     幸せな人はセルフイメージが高い
     自分を外側から変えてみる
     幸せのカタチ、美しさの基本は何か?
     本物を見て感じて、行動はエレガントに
     自分の良いところに意識を向ける
     繊細なセンスを身につける
     中身もそこそこ大切です
     ラテン系で豊かに生きる

おわりに


はじめに

 全国のシニョーラの皆さん、こんにちは。ジャン・ピエール・リュウゾウです。名前はフランス風だけど中身はラテン系、自称幸せ伝道師です。

 

 第一作目は、おかげさまで予想を超える多くのかたに読んでいただき、まことにありがとうございます。第二作目では皆さん自身の幸せをさらに具現化するための、ささやかなヒントを書いてみたいと思います。

 本書は、第一作目の続編として書いています。もしまだお読みでないかたは『ラテン系幸せ講座 1基礎編』の特に第一章と第二章のアタマを先に読まれることをお勧めします。ちゃんと読んでくださいね。イイこと書いてますから。

 

 さて、ラテン系とタイトルのつく本を書いていることもあって、私もラテンについて調べだしました。まぁ〜、ホントは書く前に調べたりするのが正しい順序かもしれませんが、そこはほら、ラテン系ですから。後で帳尻合わせりゃいいかなっと。(汗)

 

 そこで、日本で「ちょいわるオヤジ」として有名なパンツェッタ・ジローラモさんの本とかも読んだわけですよ。そしたらまぁ、第一作目に書いた内容もけっこうイイ線いってるじゃないの、ということがわかりました。共通する考え方がとっても多かったです。あ〜、良かった。

 

 第一作目では主にイタリアやスペイン系のラテンのノリで書かせていただきましたが、最近では中南米ラテンアメリカの人たちのこともヒスパニックとは言わず、ラティーノ(ラテン系、スペイン語で女性の場合はラティーナ)と言うようですね。ラテンの国といった場合、ラテンアメリカのことを指すことも多くなってきました。

 

 今、日本では、自殺や鬱や引きこもりなどがとても多いと聞きます。特に年間自殺者は3万人以上、悲しい事に世界でトップクラスです。これに対して、ラテンアメリカの国では自殺は皆無に等しく、引きこもりも考えられない。仕事を失ってもホームレスになることも考えられないという話です。

 

 だからといって、皆さんがラテン人になることを勧めているわけではありません。待ち合わせ時間にルーズとか、そのまま真似しないほうがイイことも少しありますからね。

 

 ただ、日本には優れた文化や技術がありますが、そこにラテン的な生きかたをプラスすれば、もっと皆が幸せな素晴らしい世の中になると考えているのです。私はこれからの世界には、次の三つが大切だと考えています。本書全体を貫く(なぁ〜んて言うと大層だけど)、基本テーマでもあります。

 

・日本の伝統・文化、技術

・ラテン系の陽気なノリ

・内なる宇宙、私たちを取り巻く宇宙(自然)への理解

 

 日本の伝統・文化には、職人に受け継がれた高度な技術も含んでいます。日本の職人さんの技術は凄いですよ。実は、日本人も明治時代の初期〜中期頃まではラテン系に近かったと言われています。元々その素質はあるのです。変化の多い今こそ、ラテン系のノリで、元気に陽気に幸せに生きましょう!

 

 この本を読まれた皆さんが、さらなる幸せと楽しさに導かれますように。ささやかな知恵を分け合いたいと思います。

2012年9月

ジャン・ピエール・リュウゾウ


第一章 夢を叶える



第一章 夢を叶える


夢や目標が無くても生きてはいける

 いきなり章のタイトルと節のタイトルが矛盾してるじゃないの、と言われそうですが、実際のところ、夢とか目標が無くたって、生きてはいけますよね。
 だから「あなたの夢は何ですか?」とか「人生にどんな目標をお持ちですか?」と聞かれて「う〜ん、特に無いですねぇ〜。」と答えても別に恥ずかしいことでは無いのです。ちょっと気が楽になりましたか?

 ただ、ある程度の自分なりのテーマとか、好みとか、行き先とかを持っていないと、自分以外の他人の考えに付いていくことになります。

 たとえばタクシーに乗って「どこかイイところに行ってください」と言ったとしましょう。フツーそれで発車してくれる運転手さんはいないと思いますが、仮の話としてどこかへ行けたとします。
 でも到着地はおそらく、皆さんの考えているイイところではなくて、運転手さんの考えているイイところですよね。そこでバッチリ趣味が合えばいいですけど。

 私も昔、パリでタクシーに乗った時、行き先は一応ちゃんと伝えたのですが、途中で気さくな運転手さんがフランス語でいろいろと話しかけてこられたことがありました。
 しかし英語はともかくフランス語はほとんどわかりません。えっ、名前はフランス人っぽいのにフランス語を知らないのかって? だって、ジャン・ピエール・リュウゾウ、っていうのは、ペンネームですからぁ〜。(汗)

 とりあえず何を言ってるのかわからなかったので、ひたすら「ウィ、ウィ」とテキトーに相槌を打つことにしたのです。余談ですが、フランス語でおなら(屁)のことは、ぺと言います。あっ、こりゃ失礼。

 さてその運転手さん、良い人だったみたいで変なところには連れて行かれませんでしたが、気がつくとなんだかいろんな観光スポットに寄って、なかなか目的地にたどり着けませんでした。

 後から考えると、どうやら「兄ちゃん、パリにはこんなステキなところが あるけど、ちょっと寄ってみないかい?」といったことを言われていたようです。
 私が「ウィ、ウィ」と相槌を打つものだから、親切に観光案内してくれていたのでした。一応、仕事で行ってたんだけど、ただの旅行者と思われたのかも。(爆)

 つまり行き先はある程度決めて、途中でも方針はハッキリしていないと、結果的にほとんどの場合、他人の行きたいところに連れていかれます。
 連れていってくれる人が親切な良い人なら、道草も楽しくて、新しい発見があるかも知れませんが、他人をコントロールしようとするような人に従うと、ひたすら振り回されることになります。それでは楽しくないですよね。

 また特に夢や希望が無くても、生きていくからには誰でも基本的な欲はありますよね。食欲・性欲・睡眠欲。これらがある程度満たされていないと、やはり幸せを感じることは出来ないのです。
 そこでまず、夢や希望が無くても基本的な欲求を満たすことから考えてみても良いと思います。

 たとえば、食欲と睡眠欲を満たすには、仕事と家が要ります。ラテン的に考えると、もし仕事が無くてもしばらく友達の家に居候させてもらう、という手もあります。良い人間関係、ってのもテーマの一つになりますね。そんな感じで、ひとつ気楽に考えていきましょう。


ヴィジョンはそこそこ明確に

 さて、基本姿勢が確認出来たところで、皆さんの幸せについて考えていきましょう。ここで、まだ過去のトラウマとやらにしがみついて不幸に酔いしれている人は居ませんよね。
 もし自分を悲劇のヒロインにしたい人がいたら、ここから先読まなくてもいいですからね。過去がどうだったか知らないけど、そういうのは、ひとまず横に置いておいてくださいね。

 えっなになに、未来のヴィジョンとか考えると、ついつい悲観的になる? オッケーわかりました、まだ楽天的なラテン気分に浸れないかたのために、とってもシンプルなことをお教えしましょう。

 実は、世の中に幸せな人より、不幸な人のほうが多いように感じられるのは、けっこう単純なことが原因かもしれないのです。
 それは、不幸や悲劇のほうが考えやすい、ということです。幸せや不幸せって本来、自分がどう感じるかという主観的なものだと思いますが、不幸や悲劇の場合は、パターンが限られていますよね。

 お釈迦さんも生老病死の四苦、それに愛離別苦、怨憎会苦、求不得苦、五陰盛苦も加えた四苦八苦で説明しています。苦しみや不幸って、ほぼこの計8つのパターンのいずれかに当てはまるのです。
 お釈迦さんはインドの人ですから、実際はこんな漢字だらけで説明していないと思いますが、まぁ〜、そんなことは、どうでもいいか。

 これに対して、幸せのパターンは人の数だけに限らず、星の数ほどあります。不幸のパターンは世界共通、でも幸せのパターンは千差万別、星の数。
 宇宙には無限の可能性があるので、宇宙から観ても、一人一人が幸せなのが本来の自然な姿だと思います。

 劇作家も喜劇より悲劇のほうが書きやすいと言います。それは限られたパターンで話を展開出来るからです。これに対して、お笑い芸人の笑いのパターンは千差万別で、また時流によってウケが変わるのでネタを考えるのが大変だそうです。本来は、嬉しくて楽しいほうが自然なのですけどね。
 
 人間の思考回路って、わりとズボラに出来ていまして、放っておくと楽をしようとするんですね。で、何か考えようかという時にはパターンが少ないほうが考えやすいので、ついついそちらに引っ張られるのです。
 もうおわかりですね。思考を方向付けずに放っておくと、パターンが少ない悲観的なほうに考えが引っ張られるというわけ。実にシンプルなことなのです。

 宇宙には共鳴するという性質がありますので、幸せに意識をフォーカスしていると幸せな現象に導かれます。ですので、普段から自分の幸せを明確にする習慣をつけていると、そっちに意識を持っていきやすいと言えます。

 というわけで、この節のタイトルにあるように自分自身の幸せのヴィジョンというのは、ある程度明確にしておいたほうが、良いですよということになるのです。ある程度、自分のテーマとか生きていく方針とか、幸せのヴィジョンをハッキリしておくと、常にそこにフォーカス出来ます。

 ただまぁ、パターンの決まっていない幸せについて、いきなり考えるのも難しいと感じるかもしれません。
 でも、皆さん、フツーにあれも欲しい、コレも欲しい、あんなことしたい、こんなことしたい、あそこに行きたい、ここに行きたい、誰それと親しくなりたい、こんなふうになりたい、これ以上脂肪は要らないけれど、希望はもっと欲しい、とかいろいろありますよね。それでいいんです。そこから始めましょう。


読者登録

Jean-Pierre Ryuzoさんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について