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岩戸開きにはリオのカーニバル?

 神社で祝詞をあげると、雷が鳴ったり、雨が降ってくることもあります。祈りに対して、自然が反応してくれるのです。自然と交流している感覚は、畏敬の念を感じるとともに、とても嬉しく、楽しいものです。
 祈りとは、意を祝る、意を宣ることであり、自らの意思を表明し、意識を祝福と感謝で満たすことです。意を乗せるとは、望む結果に意識の周波数を合わせることであると言えます。

 豊かさと共鳴するためにはその状態を実現すれば良いのです。お金も人も自然に集まってくるのは、徳のある人のところ。徳のある人とは、周りの人を幸せにする、嬉しくさせる、喜ばれる人。明るい言葉、暖かい言葉、肯定的な言葉を使い、愛で行動する人です。
 徳のある人とは、真の意味で謙虚な人とも言えます。さらに福相のひとは笑顔がステキです。

 江戸中期の心学者、石田梅岩の弟子の一人が昔、京都で「金儲けの方法伝授します」という看板を出して講座を開きました。そこに訪ねてきた人がその梅岩の弟子に「どうしたらお金持ちになれるのですか?」と聞くと、次のような答えが返ってきたそうです。

「まずは、福相になることです。」

 しかし顔の相は生まれつきで、そう簡単に変えられないと問うと、「恵比寿さまや大黒さまのようすを見習って、いつも笑顔でいると福相になります。」と言う答えが返ってきたそうです。恵比寿さまの名前からきたヱビス顔のヱビスは「笑みす」にも通じるようです。

 石田梅岩の教えには『福相になるの伝授』というものがありますし、弟子の手島堵庵・布施松翁からその教えを受け継いだ脇坂義堂の書に『かねもうかるの伝授』というものもあります。


 どんな状況からでも力強く生きているかたたちがおられます。私が出会った先生の一人、大塚全教尼さんは「エンジョイしなければ仕事も人生もつまらないものになる」と言われていました。

 大塚全教尼さんは、4歳の時に小児麻痺にかかり、両手がほとんど動かない身体になられましたが、大石順教尼さんに師事し、出家得度されたかたです。
 大石順教尼さんは、乱心した養父に両腕を切り落とされながらも、19歳の時にカナリヤがくちばしだけで雛を育てるのを見、口に筆をくわえて書画を描くことに取り組まれ、後に出家して仏道を志されたとてもチャーミングな優れた尼僧です。落語家の柳家金語楼さんと兄弟のように仲良しでした。

 全教尼さんは順教尼さんの一番弟子として、順教尼さんの設立された身体障害者自立支援団体を引き継がれ、自らも左足とわずかに動く左手で書や絵画の創作活動を続けられ、世界身体障害者芸術家協会名誉会員としても活動されました。

 順教尼さんと全教尼さんが暮らされていた、京都山科勧修寺境内の無心庵、その隣の茶室の名前は『可笑庵』といいます。「可笑」とは、今風に言えば「笑っていいとも」です。
 身体の障害をものともせず、健常者よりも力強い人生を歩んで多くの人たちに道を示されたかたから出てくる「エンジョイ」という言葉は私たちに元気を与えてくれます。


 さて、古事記などに出てくる岩戸開き神話では、神々が岩戸に隠れた天照大神を外に出すのにどうしたでしょうか?
 しかめ面をして、いろいろと議論しながら、力づくで岩戸を開いたか?というと答えはNOです。この行き先の見えない不透明な現代社会を明るくするためにも、神々のとった方法を真似てみるのはいかがでしょうか。否定的な議論、武力や経済的な圧力などでは世の中は明るく変革できません。もっと素晴らしいヒントが神話にはあります。

 神話によると神々は、天児屋根命(アメノコヤネノミコト)という神さまのプロデュースによって様々な準備をしましたが、最終段階では岩戸の前でアメノウズメという女神が裸に近い姿でダイナミックな踊りをし、それを見ながら、皆で大笑いしてドンチャン騒ぎをしたように書かれています。その時に神々が唱和したのが次のセリフです。

天晴れ あな面白 あな楽し あなさやけ おけ

 文献としてこの言葉が出てくるのは、忌部(斎部)氏の伝承を斎部広成がまとめ、大同二年(807年)に上選した『古語拾遺』です。

 簡単に場面を解説すると、天の岩戸が開いて日神、天照大神が姿を現し、光が差した状態が「天晴れ」。
 その光が神々の顔に当たり、面(つまり顔)が白くなった状態が「面白」、そして世界が光り輝き、晴れ晴れとして手を伸ばして踊り始める状態が「手 伸し」で「楽し」。
 岩戸の前で神懸かりになって踊っていたアメノウズメが手に持っていたササの葉の揺れる清明な音が「さやけ」です。

 古語拾遺には、オケは木の名と書いてありますが、私は木の名ではなく、逆さに伏せた桶(もともとはウケといっていた)のことではないか?と解釈しています。
 祭祀規定を記した延喜式、貞観儀式の鎮魂の条に「宇気槽(うけふね)を伏せて桙(ほこ)で撞く(つく)」という、まるで男性性と女性性の融合のような表現が出てきます。その時のかけ声が「おけ」です。神楽歌には、囃子言葉「於介(おけ)」というのもあります。

 アメノウズメは伏せた桶の上で(ディスコのお立ち台みたいに)ササの葉を持って踊っていたのかもしれません。岩戸神話の光景は、まるでラテンアメリカ、リオのカーニバルみたいでもあります。

 それにしても「面白い」という言葉が、顔がぱぁ〜っと明るくなって白く輝く状態を表しており、「楽し」が手を伸ばして踊り出すような状態を表しているというのも、面白いと思いませんか?
 神話では、岩戸を開いて光の神を外に出す、つまり自分たちのいる世界を明るくするためには、しかめ面をして考え込んむのではなく、自ら行動し、笑い、喜び、感動によって自らの意識を高めてみてはどうでしょうか?と教えてくれているようです。

 また大勢で行うとなお効果的です。大勢で瞑想をすると、至福の共鳴をもたらし、周りの環境にも調和をもたらすようです。世界各地でさまざまな実証実験や大勢での祈りのプロジェクトなどが実施されています。

 あるインドの聖者によると、神の名前の一つは「サット・チット・アーナンダ」だそうです。サット・チット・アーナンダとは、存在・意識・至福。
 神々の世界、私たちの意識の深いレベル、根本神性の世界は、至福に満ちた世界、喜びの世界です。そこに繋がり、祈りが通じるようにするには、至福にフォーカスすれば良いのです。やっぱり、ラテン系で楽しく!が鍵かもしれませんね。

第三章 セルフイメージ



第三章 セルフイメージ


幸せな人はセルフイメージが高い

 皆さんが今までの自分から一皮むけて、新しい自分になれば、それまでの殻や固定観念を打ち破って、新しい可能性を拡げることが出来ます。
 その一番の近道は、皆さんが自分自身に対して抱いているセルフイメージを上げることです。幸せな人を観察すると、皆さんとてもセルフイメージが高いようです。ラテン系の人たちもセルフイメージは高いです。今の自分を肯定して、自信を持って生きているようです。

 セルフイメージというのは、自分の感じかた次第でどうにでもなります。しかし、自分の内側は目で見ても見えませんし、掴みどころがありません。掴みどころの無いところにアプローチしようとしても無理があります。ラテン系は無駄な努力はしません。

 自分の内側をどうこうするより、まずは自分の外側、形から入ると効果的です。内と外というのは密接に関連しています。たとえば、部屋の状態、人相、姿勢などはその人の内側も表しているのです。
 使う言葉、行動や姿勢、環境を変えるだけで、意識や心の状態を改善することが出来ます。外側の形から意識を変えるというアプローチもあるのです。意識を綺麗にするだけでなく、形からアプローチすることによって、そこに新しいバイブレーションも生まれます。意識のエネルギーを高めるには、形から入ると取り組みやすいのです。

 江戸中期の観相学の大家、水野南北(1760〜1834年)は、幼少時に両親を亡くし、荒れるのですが、観相学、人相や姿勢、食事の仕方などを徹底的に研究し、偉大な人物になりました。

 私も昔は、現在を知っている人からは想像もつかないような、とても根暗で存在感の薄い人間だったのです。しかし外側からのアプローチで自分のセルフイメージを変えていきました。

 小学生時代の私はそこそこ勉強が出来て、音楽で大きな舞台にも出してもらっていたので、ナイスな小学生でしたが、中学生の時は3年生でも身長が149cmしかなく、勉強も出来ず、スポーツも出来ず、その延長で高校生時代も同じクラスの女性とも口がきけないほど内気で、影の薄い少年でした。
 でも大学生ぐらいから少しずつセルフイメージを上げることに成功し、今から25年ぐらい前は、自分で言うのも何ですが、けっこうモテました。

 そして今では、大勢の人前で講演をしたり、歌を歌ったりといったことも楽しく出来るようになりました。たぶん中学高校時代の同級生が今の私を知ったら、年齢に似合わず「やっだぁ〜っ、うっそぉー、しんじられなぁ〜い!」と女子高生の頃に(身体的には、ほぼ100%戻りませんが、気持ちだけ)戻って驚くに違いありません。

 2005年には『人は見た目が9割』(竹内一郎著、新潮新書)という本が出版され、話題になりましたが、顔と服装も含めた外見的な姿が、個人的な運命にも大きな影響を与えると言っても過言ではありません。

自分を外側から変えてみる

 外側からセルフイメージを変えていくには、服装、髪型、姿勢を変えてみるのが一番わかりやすいです。
 服装を変えるだけで、気持ちもずいぶん変わります。アメリカには、ドレス・フォー・サクセスという言葉があるほどビジネスの世界でも服装は大きく影響すると考えている人が多いようです。またナポレオンの言葉にも 「人は着ている服装のようになる」というものまであります。

 特に服装からセルフイメージを大きく変えたい場合、その道のプロにまかせたほうが間違いありません。自分にわからないことは、プロにまかせるのです。セルフイメージを変えるためには、今までの自分の思考パターンを完全に超える大きな変化が必要だからでもあります。そのためには自分以外の専門家からのアドバイスが効果的です。
 私の場合もファッション雑誌を見て、自分に合う服がどんな服か検討してみましたが、どう組み合わせたら良いのか、さっぱりわかりませんでした。そこでプロにまかせる事にしました。面倒くさかったというのもあるけど。

 まず自分が求める理想の姿を思い浮かべてみました。まず第一章に書いたような自分の求めるテーマ、方向性などを明らかにしてから、外見を変えることに取り組んでみましょう。当時の私はとっても内気で根暗でしたので、その全く正反対にある陽気で明るい自分をイメージしてみました。陽気で明るいというと、イタリアンかラテン系、また好きな俳優さんが着ているブランドが候補に挙がりました。
 そして、今までの自分では入ろうとも思わなかった、センスの良さそうなブランドの専門店に入り、店長を呼んでもらい、こう言いました。「この店ですべて揃えたいので、私を上から下までコーディネイトしてもらえませんか? 予算○○万円くらいで。」

 最初の予算は、当時の給料1ヶ月分ぐらいをかけました。店の人にも真剣になってもらおうと思ったら、それぐらいの覚悟は必要です。
 いくらその店に来た客が、その店にふさわしくないような姿をしていても、このように言われて真摯に対応してくれない店もまず無いと思います。私は下着以外、靴まですべてその店で揃えました。

 昔の歌で「ボロは〜、着てても〜、心は錦〜」といった歌詞がありましたが、これはある程度悟りを得た人のことで、一般の人にはこれは全く当てはまりません。セルフイメージを上げるには、ある程度費用をかけてでも質の良い服を着ることをお勧めします。人生が大きく変わります。

 装飾品や衣服のすべてにお金をかけすぎるのは良くないですが、家の中が百円均一のものばかり、着ている服もディスカウントショップの服ばかり、というのもいただけません。少し高価でも上質なもの、ある程度高級なものを持ったり、身につけるとセルフイメージが必ずアップします。

 私の師匠の一人、出雲大社大阪分詞教主の吉村亀治先生も「服や物を買う場合は、絶対に安物は買わず、少し高価でも必ず上等なもの、上質なものを買って大切に使うように」と言われていました。江戸時代の観相学の大家、水野南北も「衣服や住まいも贅沢すぎるものは大凶」としつつも「倹約は吉であるが、ケチは凶」と言っています。

 私も最初のうちは、服に着られているという感じで、自分でもかなり違和感がありましたが、店長を信頼して、そういうことを数回続けているうち、何となくサマになっていきました。そのうち上得意ということで、お店に行くとコーヒーまで出してくれるようになりました。(笑)

 セルフイメージもアップし、一人でアメリカに仕事に行った時も堂々とアメリカ人と応対して仕事をこなしていけました。
 飛行機のなかでも空き時間の出来たキャビン・アテンダントさんが横に座って話しかけてきたり、サンフランシスコでは展示会で少し話しをしたセレブな初対面の女性から食事に誘われたりもしました。
 高校時代に同じクラスの女性とも口がきけなかった自分との差に自分でも驚いたものです。

 最初は少々お金をかけてでも服装からセルフイメージを上げると、そのうちたとえリーズナブルな服を着ていても、極端な話、褌一丁でも堂々としていられるようになります。

 ビジネスマン、ビジネスウーマンは、ピシッとしたシャツ、よく磨かれた靴を履くだけでもセルフイメージが上がります。男性なら、雨の多い季節には、ズボンプレッサーもお勧めです。
 また靴下やハンカチだけでもブランドものにするだけで、セルフイメージが上がりますので、ぜひ一度お試しください。


 女性の場合は、服装だけでなく、お化粧というアプローチもあるので有利ですね。また少し高級なアクセサリーを身につけてみる、というのも効果的です。まがい物はダメですよ。ぜひ本物を身につけてくださいね。
 だからといって、私がそのように言っていたから、と旦那さんやパートナーに強引におねだりしたりしないでくださいね。世の男性を敵に回したくないので。(汗)

 最近では服装やその人に合った色を「カラー・コーディネイト」してくれる専門家もおられますし、お化粧についても「開運メイク」というのを教えてくださる専門家もおられるので、時間と予算に余裕があれば試してみても良いでしょう。

 ちなみに服装では特に色が大切です。マーケティングの専門家や心理学者によると、人間の脳に入る情報の80%以上は視覚からの情報で、人間は無意識のうちに最初に目に入ってから90秒以内に対象物を判断しており、その60~90%は色だけに基づいて行われていると言われています。

 色を意識して変えることによって、ブランド認知度は最大80%向上し、色の使用によって、雑誌などの読者数を40%増やし、テキストなどの学習効果を55~78%、理解度を73%向上できるという調査結果まであります。それほど色というのは、人に与える印象のなかでも重要なのです。

 極端な話、皆によく覚えてもらったり、注目されたかったら、明るい暖色系の服を着るのが良いのです。ジャン・ピエールのお会いしたかたには、あえて赤系の色を選んで着ているビジネス・ウーマンもおられました。

 さらに服装の色を利用した高度な心理テクニックとしては、異性を引きつけるためのイメージ戦略もあります。
 たとえば、最初に相手の注目を集めたいときは赤系の服、そこそこ親しくなったら、今度は清純なイメージの白、さらに癒し系の薄いピンクや淡いグリーンなど、また仕事が出来るように見せたかったらブルー系の服も着てみるといった感じです。

 もし目立ちたくなかったら、ネズミ色や茶系の服ばかり着ていたらいいですが、そういう色が好きだという人ではない限り、あまりオフィス着などにはお勧め出来ません。ネズミ色って、ジャージとかならいいんですけど。
 また地味な色の服を着た場合は、よく光る大きめのアクセサリーでアクセントを付けたりするのはお勧めです。
 なお、黒い服は仕事着のダークスーツは良いとしても、ほかの場合、けっこう強い印象を与える色なので、なかなかコーディネートは難しいです。


 自分のセルフイメージを外観から変えるためには服装だけでなく、髪型を変えることにも効果的です。ヘアスタイルを変えるだけでずいぶんイメージも変わるものです。
 私の場合、元々超ストレートヘアだった上に、大学生時代はバンドをやっていたので、ロングヘアにしたのですが、一歩間違うと、まるでホラー映画に出てくる幽霊みたいでした。

 そこでパーマをかけたり、髪型に関してもプロにまかせて、ある程度お金をかけてイメージを変えてみたのです。女性ばかりの美容院に行くのは、最初は勇気が要りましたが、イメージアップが出来たという意味では多いに効果がありました。

 内側だけでどうこうするよりも、目で見てわかる外側をなんとかしたほうが手っ取り早い場合も多いのです。さらに外側をなんとかしないと、内側だけではどうにもならない状況もあります。
 セルフイメージをアップするためにセンスの良い高級な服を着たりすると、そのセンスの良い高級な服のエネルギーが自分自身の体験として記憶されます。
 その結果、皆さんの意識もそれに応じたレベルへと変化していきます。そしてそれが身に付くようになってくると、皆さんが意識したことによって、センスの良い高級な服にふさわしい環境を皆さんの周りに引き寄せてくるのです。

幸せのカタチ、美しさの基本は何か?

 先の祈りの章でも書きましたが、美しく、純粋な人は自然の支援を得られます。生活の様々な面でも人は形の美しさに惹かれます。たとえば、人気のあるデジタルカメラやデジタルプレイヤーは黄金比(最も美しいとされる比率、1:1.618)に近いデザインです。西洋の神殿やヴィーナス像などにも黄金比が隠れています。

 可愛らしいと人気のあるキャラクター、ハローキティやマイメロディは、黄金比の次に美しいとされ、日本人が好きな白銀比(1:ルート2、およそ1:1.414)の長方形にぴったりと収まります。
 このように外見の形もとても重要なのです。神社や寺院など古くて美しい日本建築、五重塔などには、この白銀比が多く使われています。

 ところでよく美容サロンのことをエステティックサロンといいます。このエステティック、Estheticとその類語のAestheticは美的な、審美的な、という意味です。この反対語が何かご存知ですか?

 美しいの反対だから、不細工だろうって? 残念ながら、違います。Esthetic/Aestheticの反対語は、各単語の頭にAnを付けたAnesthetic/Anaestheticとなりますが、これは無感覚なとか、麻痺状態を意味します。

 では、このエステティクな美しさとは何でしょうか? エステティクの反対の無感覚な麻痺状態というのは、こわばった無表情な顔ということになりますよね。音叉は同じ形に共鳴します。実は、美しい形とは笑顔です。純粋な笑顔なのです。

 もう一つ、美しさの基本、それは光っていることです。風水でも家のなかでドアノブなどの金属部分をピカピカに磨くと金運が上がると言っている人がいますが、イタリアなどの家庭でも電灯のスイッチやドアノブ、洗面所の金属部分をピカピカに磨いているところが多いと聞きます。そのような部分を磨くだけで家全体が多少埃があっても綺麗に見えるのです。

 実は、服装でも同じ。それには靴をピカピカにしていると同じようにゴージャスな雰囲気を醸し出せるそうです。聞くところによると、ヨーロッパなどの高級ホテルのベルボーイは、客の時計と靴を見て、そこから客の収入レベルまで判断しているそうです。靴をピカピカにするとそれだけで皆さんの評価も自然と上がるかもしれません。


 美しいカタチとしては、身体の姿勢も大切です。私の中学・高校生当時の姿勢を鏡で見ると、もの凄い猫背でした。そこで、毎日姿見の鏡で背筋と首から姿勢を直していきました。
 また姿勢が悪い人や体力の衰えている人に多く見られる現象の一つとして、骨盤が後ろに倒れた状態、つまり「へっぴり腰」が挙げられます。

 奈良・平安時代の貴族たちは、子供の姿勢と血流を良くするために、乳母が手のひらを子供のお尻の下にあてて子育てをしていました。
 実は私も小学生の頃は、自らの直感に基づいて自然に自分で両手をお尻の下に敷き、背骨を矯正していました。しかし小学校の先生に行儀が悪いと言われ、止めさせられてしまいました。学校の先生でもこういう基本的なことをご存じ無いこともあります。
 最近は、そういうことを意識したお尻の下に敷く特殊なマットが売っているので、椅子の座面に置いて利用しています。

 また姿勢に続いて、歩き方もなかなか重要なポイントです。ニューヨークを颯爽と歩いている外人さんとか、もの凄く格好いいですよね。なお現代人は、普通、西洋の方式で手と足を逆に出して歩きます。
 しかしこの歩き方を長時間続けていると、実は腰がねじれて背骨と腰椎に負担がかかり、右脳と左脳のバランスも悪くなるのです。
 
 日本の古くからの伝統では、ナンバと呼ばれる歩き方をします。ナンパじゃないですよ。手を腰のあたりに当てたままか、ちょっと漫画みたいですが、手と足を同じ向きに出して歩くのです。
 腰が痛い方や腰の歪みが原因で身体が不調の方は、この日本の古来からの歩き方をすれば、調子がよくなるハズです。
 
 映画やテレビの日本の時代劇でも重要な老中の話し合いの時などには裃に長い袴を履いて殿中を歩いて集まりましたが、なぜあのように一見歩きにくい格好をしていたかというと、強制的に日本古来からの歩き方にして、右脳と左脳を調和させ、頭脳明晰にするためだったとも言われています。

 日本の陸上競技のメダル獲得選手にも手をあまり振らない、いわゆる忍者走りをしている選手がいましたが、これも日本古来の歩きかたの変形と言えます。能や狂言の動きにもナンバの伝統が活かされているようです。
 日本の旅館の女将などは今でも膝に手を当てて歩いていますが、日本でも明治時代までは多くの人がこういう歩き方をしていたそうです。

 欧米式の歩き方は、元々は軍隊の歩き方です。あのような歩き方をすると、脳の働きの上から、上官からの命令を受け入れやすくなり、統率が取りやすくなるからです。
 誰かにコントロールされたくない人は、手を足と同じ方向に出すのに少し抵抗はあっても、気のついた時でいいですから、脳と腰と背骨のためにも膝か腰に手を当てて歩くことをお勧めします。

 さらに歩く時のラインをしっかり取ったり、足さばきをよくするなど、最近はウォーキングの専門家もおられますので、さらに美しい歩きかたをマスターしたいかたは、そういう専門家に習うか、本屋やDVDで勉強してください。

 このように笑顔、美しい姿勢、身体に負担をかけず、頭の働きを良くする歩きかたをしていると、周りから見ても印象が良くなりますし、おのずとセルフイメージもアップします。


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