閉じる


<<最初から読む

15 / 31ページ

基本は肯定形と現在形

 さて、祈っているだけで行動しないと何も変わりません。先日、海外映画を観ていたら、ある国の逸話でこんな話が出てきました。

 とても貧しい男が神に「どうか、私にクジで大金を当ててください」と祈りました。親切な神は、その男に対してこう言いました「頼むから、その前にクジを買ってくれ!」(爆) 自分から何かアクションを起こさないことには、神(宇宙)も助けようがないのです。

 ただし、感謝の気持ちで神(宇宙)と通じ、自分から行動していても、祈りかたそのものが間違っていると、それは祈りにはなりません。祈りが叶うためには、それが宇宙の仕組みに合っている必要があるのです。

 まず最初に前書の基礎編、第一章にも書きましたが、宇宙には肯定形のみ通じます。宇宙語に否定形はありません。
 なぜなら、宇宙は全てを包み込んでいるからです。そして本質は一つ、一元性の世界なのです。光とか闇といった二元性ではなく、それを超えた光そのものが宇宙の本質です。

 ですから、改めて書くと、神社などで祈る際、「〜しませんように」といった祈りかたは、宇宙意識から見ると、間違いになります。
 宇宙意識は「〜」の部分だけを認識して、実現します。祈りかたを間違えると、望む結果と逆のことが具現化しますので、注意が必要です。

 では、どのように祈れば良いのでしょうか? たとえばキリスト教などの祈りを例に挙げると、神の名において祈るということがよく行われます。
 神の名を訳するとアイ・アム・ザット・アイ・アム、私はそれである、〜であるという意味になると言われています。キリスト教の祈りでは一通り、望む結果を述べた後、神の名においてその実現を祈ります。
 また祈りの〆の言葉、「アーメン」には祈りをさらに肯定する「その通り」という意味も含んでいるようです。ずばり肯定形の祈りなのです。

 肯定形で祈ると、それを現実として体験出来るようになります。もし今病気の人が健康になりたければ「これ以上病気がひどくなりませんように」と祈るのではなく、「私は日々、本来の健康を取り戻しつつあります。ありがとうございます。」といった感じで祈ったほうが効果があります。

 新聞や雑誌、テレビなどは情報を得る手段としては便利ですが、その内容の多くは否定的なものです。否定的なことのほうがニュースにしやすいから でしょうか。メディアの情報は、参考になることもあります。しかし一方的に否定的なニュースを取り込むのは良くないと考えられます。

 自分が意識したことを宇宙は増幅します。意識をどこに向けるか、どこにフォーカスするのかが大切なのです。これはよくあることですが、新聞やテレビである事件が大きく報道されると、それとよく似た事件が続けて起こったりします。
 人々の心理状態によって株価も大きく動きます。否定的なことに人の意識が向くと否定的な事件が多くなり、肯定的なことに人々の意識が向くと平和な話題が増えるのです。

 前書でマザー・テレサの言葉を紹介しましたが、平和運動にしても環境問題への取り組みに関しても、否定的なことばかりに目を向けないで、肯定的なことに目を向けて活動したほうが効果的です。否定的な考えで行動すると、結果的にそれは自分も傷つけることになるのです。何かに対する反対デモなどもそうです。
 もっと愛にもとづいて行動することがとても大切だと思いませんか? そのために出来ることを考えましょう。最近、日本の原発反対運動の様子なども見ていると、愛に目覚めて行動している人が増えてきたように感じます。日本人の意識は、世界の国々から見ても、よりステップアップしたように感じて嬉しく思います。

 幸せに生きるには、出来るだけ肯定的なことに意識を向けること。無意味にテレビをつけっぱなしにしたりせず、人の幸せをお祝いするなど幸せなニュースに意識を向ける習慣を持ったほうが良いでしょう。

 たしか北欧のある国では、ニュースの半分以上は良いニュースを流しましょう、という法案が通ったそうです。とても賢い選択だと思います。
 誰かにお目出度いことがあったら、どんどん皆でお祝いしましょう。こういうところで、ケチって何もしないというのは、結果的に自分にもよろしくありません。ささやかでもいいので、無理の無い範囲でお祝いしましょう。


 さて次のポイントとして、宇宙には今、現在形のみ通じます。宇宙には永遠の今があります。宇宙意識のレベルでは、過去形や未来形はありません。
 したがってこれまた前書でも書きましたが宇宙意識のレベルでは、過去形や未来形は無いので「〜しますように」とか、「〜になりますように」という願いかたは、間違いになります。

 たとえば「お金持ちになれますように」という未来形の祈りかたも、間違い。もしとっても親切な神さまがいて、その祈りが聞き届けられるとどうなるか。なんと、ずっと「お金持ちになりますように」と言っている状態が実現され、一向にお金持ちにはならないのです。でも、こういう祈り方をしている人が、実に多いのですよ。

 信念とは、今の心を信じること。祈りや願いを叶えたかったら、それが叶った時の心を今の心にする、ということが大切なのです。
 ある日、講演後に一人の年配の女性が私のところにやってきて、大学受験をする孫の合格祈願のために絵馬を神社に納めたいが、どのように書けば良いか、と尋ねて来られました。

 願い事を叶えたい場合は、その具体的な事柄、望む状態、そしてそれが実現した感覚として、感謝の言葉で締めくくります。この場合、「○○大学 合格 ありがとうございます」というのが宇宙の法則に基づいた絵馬の書き方の一例になります。神社にちゃんとしたスタイルがある場合は、それを手本にしていただいたらいいですが、一つの例として参考にしてください。

 宇宙は、今という時間軸で応えてくれますので、「合格しますように」といった文法では通じにくいのです。また肯定的な内容のみに応えてくれますので「試験に落ちませんように」というのももちろん間違いです。

 スピリチュアル系の人たちの間では、よく過去形で願いを言うというと叶うということを勧めているかたが多いですが、実は過去形の願いが通じるのは、とっても素直で意識の純粋な人だけなのです。
 なぜなら、もし仮に「私はお金持ちになりました。ありがとうございます。」と祈ったとしますと、普通の人の潜在意識は「それって、今と照らし合わせてみると、嘘じゃん」とあっさり否定してしまいます。いくら何度宣言しても無駄です。それでは願いも叶いません。

 私たちのような凡人は、肯定形、現在形で祈るほうが効果的です。また現在形や現在進行形が難しいと感じたら、望む状況を単語として述べることをお勧めします。先の絵馬の例でいくと「合格」という単語です。
 あっさり「家庭円満、健康増進」てな感じの四字熟語で希望を述べ、その後に感謝の「ありがとうございます」と付けるぐらいが良いと思います。

祈ることは、祈られること?

 神社やお寺や教会に行って神に祈るといった場合、巡り巡って、誰に祈っているか、皆さんはご存じですか?

 ある日、私は京都のとある神社の摂社で不思議な体験をしました。どこの神社か具体的に書いてしまうと、雑誌のパワー・スポット特集にでも載ってしまって大勢の観光客の皆さんが押し寄せ、静寂が失われてしまうので一応伏せておきます。京都の西南の神社とだけ言っておきましょう。
 
 そこは、周りが池になっているところに小さな地主社の祠があるのですが、元々の土地の神様を祀っています。そこで手を合わせて祈った時、目を閉じると、不思議なことに手を合わせて祈っている自分の姿が、真正面から観えたのです。
 不思議に思って目を開けると、祠に向かって祈っている自分がいます。でも目を閉じるとまた祈っている自分の姿が、真正面から見えたのです。つまり目を閉じた時は、視線は祠の中からになっていたのです。

 これって、どうゆうこと?と不思議でしたが、恐いという感覚はなく、とっても愉快な気持ちになりました。まるで祈ることは、祈られることでもあるのですよ、と教えられたようでした。

 宇宙は一つ、ワンネスですが、多様性に満ちています。娘がまだ三歳ぐらいの時、毎朝、毎晩、多くの神々に祈りを捧げている私を見て、どうしてそんなにたくさんの神さまにお祈りしているの?、と訊ねてきたことがあります。
 これに対して、私は直感的に「ダイヤモンドを磨いているようなものだよ」と答えました。その内容が三歳の娘に理解出来たかどうかはわかりませんが、娘はふぅ〜ん、と言って一応その会話はそこで完結しました。

 宇宙のワンネスと多様性を、ダイヤモンドのように考えるとわかりやすいと思います。宇宙というダイヤモンドの様々な面を磨いているのです。ダイヤモンドって、原石ではガラスとあまり見分けがつきませんが、カット面が多いとキラキラ輝いて綺麗でしょ?

 多くの神々(宇宙)に祈りを捧げるということは、多様な面を見ているようですが、巡り巡って結局は自分自身を祈っていることにもなるのです。
 多くの神さま、仏さまに祈っていてもそれは自分に繋がっています。祈ることは、祈られることでもあります。神社の神殿には、鏡があります。そこに写るのは、皆さん自身の姿ではないでしょうか。

 観音の像を拝む時、観音さまも皆さんに祈っています。これを知っていると、一方的な祈りではなく、相互コミュニケーションの祈りの輪が完成します。少し余談ですが、座っている仏さまのように見えるという喉仏も、前を向いているのではなく、実は自分のほうに向いているそうです。

 神社で打つ柏手も、元々は人が道で会ったとき、お互いを褒め称えるように拍手したことに由来しているという説もあり、本来は双方向なのです。
 本来の祈りというのは、共鳴、共振であり、一方的なお願いではありません。一方的なのは単なるお願いでしか無いのです。祈りと単なるお願いは違います。感謝し、肯定的に、現在形で祈り、自ら行動するとき、皆さんの祈りは宇宙と共鳴し、幸せな現実となって、皆さんの体験に現れてきます。

純粋性が叶える鍵

 松任谷由美さんの歌の歌詞に「小さい頃は、神様がいて、不思議に夢を叶えてくれた やさしい気持で目覚めた朝は、おとなになっても奇跡はおこるよ」というのがあります。私の大好きな「やさしさに包まれたなら」という曲の出だしの歌詞です。

 まだ荒井由実さんの名で活動されていた初期の歌ですが、とってもいい歌です。聴いたことが無いかたは、ぜひ一度聴いてください。
 この歌の歌詞をじっくり味わうだけでも子供の頃の純粋性が蘇るかもしれません。子供の頃は、この歌の歌詞のように不思議に夢が叶いやすかった、ということはありませんか?

 また平安時代の『梁塵秘抄』(りょうじんひしょう)という書には、次のような一節があります。

遊びをせむとや 生まれけむ  戯れせんとや 生まれけむ
遊ぶ子供の 声聞けば  我が身さへこそ 揺るがるれ
                    『梁塵秘抄』

 私の好きな歴史上の人物に平安時代では、後白河上皇と在原業平がおられます。この『梁塵秘抄』は、前者の後白河上皇(1127〜1192年)が編纂したものです。京都の三十三間堂を建立して千体の千手観音を納めたことでも知られる第77代天皇ですが、一言で言うと「ブッ飛び天皇」。
 大河ドラマなどでは、少し狡猾な人物として描かれることが多いのですが、乙前という今様の女芸人を師と仰ぐ、斬新な発想の持ち主でした。今様とは、「当世はやりの」という意味で、平安中期に起こった流行歌謡のことです。

 現代にたとえれば、天皇陛下が演歌歌手のお弟子さんになって、一晩中、歌謡曲を歌うようなもので、想像しただけで気絶しそうになります。おそらく、周りは大変だったでしょうけど、後白河上皇は、枠に囚われない、子供のような無邪気な人だったのではないか?と思います。

 子供のような純粋な心を、日本では古来より「あかき心」と言い、宇宙の法則に叶う誠の心として尊んできました。生まれたての子供のことを赤ちゃんといいますよね。
 赤ちゃんとは、ただ肌の色が赤いからそう言うだけではなく「明き心」、とても純粋な心を持っている、また元気に溢れているという意味も含んでいるのです。
 赤ちゃんや子供の時は、言葉と行動、意識(心、感情など)がまさに一体です。生まれた時からグレている人はいません。皆さんとても純粋です。

 子供の時の純粋性は、大人になるにつれて失われがちですが、古来より日本人はその純粋性を保つように、伝統的な行事の中に様々な工夫をしてきました。たとえば七夕の時期になると、日本人は子供の頃の純粋な願いを思い出したりします。

 毎年7月7日、本来は旧暦の7月7日(8月中旬の上弦の月の日)、笹の枝に願い事を書いた短冊を付けて飾ります。
 短冊に願い事を書くのは、平安時代の頃、中国から伝わった乞功奠(きこうでん)という行事に基づいていると言われています。機織りがとても上手であったとされる織女星に、機織りがうまくなるように女の子が祈りをささげていたのです。

 我が家でも長女が幼稚園の頃、笹の枝をもらってきて、折り紙で作った短冊に熱心に願い事を書いておりました。仕事から遅くに帰ると、私の分も代わりに書いてくれたとのこと。
 何と書いてくれたのか後で見てみると、そこには「りっぱなオトコになれますように!」と書いてありました。はたして、その願いは叶ったのでしょうか?(笑)

 世の中の多くの人達は、潜在意識より深いレベルに、まるで雲がかかって太陽の光が届かないように、霧がかかっている状態の場合が多いようです。これをサギリ(狭霧)といいます。誰の内にもある太陽のような根本神性の光を遮る霧のようなモヤモヤです。

 この意識の中にモヤモヤがある状態で、いくら積極的な言葉を使ってもなかなか意識の奥深くまで浸透しません。また内なる神性も出てこないので、結果的に願いがなかなか叶わないか、もし叶ったとしても砂上の楼閣のように一時的な達成に終わってしまうのです。次の節でもこのあたりをクリアにするコツを書きます。
 鍵となるのは、意識、心の純粋性です。意識のとても純粋な人を神道では 「浄き、明き、直き、誠の心」を持っている人といいます。

 なお意識をクリアにする場合、まず第一章で書いているように皆さんの幸せのビジョンを明確にし、それから意識をクリアにしていくことをお勧めします。そのほうが、楽しく効果的に取り組めます。
 自分の意識を綺麗にするぞぉ!とあまり力を入れすぎると、修行みたいになってしまいます。

 意識をクリアにするには、一つには音を使った手法があります。これについては、前書の第二章の「心身を癒す音の神秘」で書きましたが、自然界のホワイトノイズやピンクノイズを含む、滝の音、清流の音などに浸ることを習慣にしていると、その音の働きによって意識がクリアになります。

 日本庭園や寺院の庭などには、流水を人工的に作ったりしていますが、これは時々縁側などに座ってその音を楽しみ、意識をクリアにしていた古代の人たちの知恵なのではないか、と私は考えています。
 また瞑想もお勧めです。禅やインドの瞑想など、様々な手法がありますが、本だけでは修得しにくいので、ヨーガや瞑想の指導者について学ばれることをお勧めします。

思い込みから自由になる

 願いを叶えたかったら、自分自身の意識をクリアにする、綺麗にする必要がある、ということを書いてきましたが、特に感情面の問題や、思いこみ、偏見なども晴らしておくことが必要です。

 いくら良い言葉を使って、良い行動をしても願いが成就しない場合、また困難な状況になる場合には心、意識を深いレベルから綺麗にする必要があります。
 たとえば、ベストセラーとなった『ザ・シークレット』に書かれたことを実践しても、どうもうまくいかない、という人は、この大切なキー・ポイントが抜けているのです。

 ポジティヴ・シンキングでもある程度の成果は出ますし、自分の欲しい現象や物事を引き寄せたり、それなりの収穫はありますが、ある段階で大きな壁にぶつかることもあります。そのような壁の原因や、それを超える方法については、残念ながら今まで、ほとんど誰も述べてきませんでした。

 しかし『ザ・シークレット』に登場する24人の賢者の中の一人、作家でマーケッターのジョー・ビタリー博士は『ザ・キー』(イースト・プレス)という著書で、まさに私がたどり着いたのと同じようなポイントについて開示しています。この本でジョー・ビタリー博士は、主に感情的なものをクリアする方法について書いています。

 昔、哲学者デカルトは「我思うゆえに我あり」と言いましたが、本当のことを言うと、我思わなくても我は在ります。(爆)
 実は、ゴチャゴチャした思いが無いほうが、真実の私が姿を現すのです。ひょっとすると、あなたにとって思いこみは、重いゴミかも知れません。長年の思いこみが皆さんの自由な思考や行動を制限している場合もあります。「思い込みは、重いゴミ」、思い込みから自由になりましょう。

 映画スターウォーズに出てくるジェダイマスターの長老ヨーダもエピソード5「帝国の逆襲」の中でルークに次のような台詞を言っています。

You must unlearn what you have learned.  Yoda

 学んだ知識を手放せとか、思い込みや、固定観念など捨てなさいという意味です。だからといって、ジャン・ピエールの本で読んだことをあっさり忘れないでくださいね。(汗)

 そして、第一章でプロセスは宇宙にまかす、結果そのものも宇宙に委ねるという話を書きましたが、祈りの場合も同様です。
 何か具体的なことを希望している場合、日本の武士道精神では「神よご照覧あれ」という姿勢で祈ります。つまり「私は○○を成しとげようと思います。どうぞ後押しよろしくお願いします。」という感じで祈るのです。

 出雲大社大阪分詞教主をされていた吉村亀治先生は「余計なことをごちゃごちゃ祈らんでもええ。ゆく先よろしくお願いします、だけでええんや。」と教えられました。神々と共鳴すれば、余計なことを言わなくても通じるそうです。思い込みや、固定観念から自由になって、素の気持ちで祈ってみましょう。

 祈りや願いを発したら、宇宙や神々はそれにどのように応えてくれるのでしょうか? 実は私たちが想像する以上のものをもたらしてくれることも多いのです。宇宙は増幅エコーで応えてくれます。
 普通、山彦の場合は、ヤッホーッと言うと、少し小さい音でヤッホーッと返ってきます。しかし大地に種を蒔くと、多くの実がなります。一粒の稲から多くの稲穂が実ります。日本で古くから一粒万倍と言われるように何倍にもなって返ってくるのです。
 何かに意識をフォーカスしただけで、皆さんにとってのその対象のエネルギーは増幅されます。少なくとも一つの目安としては、十倍以上になって返ってきます。

 この素晴らしい恩恵を得るためにも思い込みや、固定観念から自由になって、素の気持ちになることが大切です。
 思いこみを整理するには、一度道徳的なことは横に置いて、自分がしなければいけないと思っていることを一度見直してみると良いかも知れません。

 道徳的なことは、人間社会を円滑にするために人間のアタマで考えたことも多いです。それが必ずしも宇宙の法則に則っているか、というとそうと言い切れない場合もあります。宗教的な戒律なども含めて、一度原点に立ち返って考えてみてください。
 大勢の人がやっていることだから、あなたもしないといけないというのは理由にはならないのです。逆に誰もしていないことでも、皆さんにとって大切なことがあるかも知れません。

 イライラするとか、気分がスッキリしないときには、まず部屋の掃除をしてみると気分もスッキリすることが多いと前にも書きました。掃除は一番、効果的な方法です。不要品を減らしたり、家の玄関と水回り、トイレなどを綺麗にして、家のエネルギーの流れをよくすることがポイントです。

 何かに迷ったりしている時など、内面からスッキリする手法に取り組むのも良いですが、意識や心は目に見えず、掴みどころがありませんので、それを整理することはなかなか難しいです。それよりも部屋の掃除をすると、アッサリと気持ちの整理もつくことがあります。
 また気分をリセットするのも良い考えです。たとえば、普段と違った体験の出来る旅行、海外旅行などをしてみると、素の自分を見つめる良い機会になるかもしれません。

 また何かを得たかったら、逆によく引くと、何倍にもなって返ってくるということも言えます。弓をしっかり引くと、矢が遠くまで飛んでいきます。いい空気を吸いたければ、まずしっかり吐くことが大切です。お金が欲しかったら、まず人に喜ばれることを提供すること。

 自分の話をよく聞いて欲しかったら、まず人の話を良く聞くことが大切です。人間には耳が二つ、口が一つなのもよく聞くためなのかもしれません。
 祈る場合も、まず願いごとをする前に、感謝する。そして自分の思い込みや、固定観念など余計なものを取っていく、引いていくと良いと思います。

感情をうまく流す

 思い込みから自由になったら、感情面もクリアにしていくことをお勧めします。感情というのは、抑えるものではありません。喜びや楽しみなど、良い感情を表に出すというのは良いことですが、特に悪い感情、怒りの感情や涙も抑えるのではなく、うまく流すことが大切です。ラテン系の人たちは、けっこう感情を表に出します。

 ときには怒ってもいいのです。泣いてもいいのです。大切なのは、感情に振り回されないことです。感情をコントロールするとは、原因を認識して、適切に流すこと。
 感情は、人の生活を向上させたり、さまざまな技術を進化させる原動力にもなります。人間は、知識以前に感情があるからこそ進化してきたのです。マインド、知識だけだと進歩はありません。まずハートの点火が必要です。

 怒りの原因は、意外と単純な場合も多いです。怒りが湧いてきた時やイライラする時、次のような項目のいずれかに当てはまることが多いです。
 お腹が空いていないか? 寒くないか? 寝不足ではないか? 換気は充分か? 空気が乾燥しすぎていないか? 湿気が多すぎないか? 便通は良 いか? 喉が渇いていないか? 疲れすぎていないか? など。

 これらの一つ以上が当てはまる場合は、その原因を解決することによって、怒りの感情が解消されてしまう場合も多いです。まずちゃんとご飯を食べて、しっかり暖まって、その上で考えてみましょう。また笑いと感動は怒りを消します。少し意識して笑いと感動に繋がる体験をしてみましょう。


 もし不安や恐怖が涌いてきたら、自分がそういう感情を抱いているということを認めてみてください。自分で「あ〜、私は怖がっているのだ」とその感情を認めるだけで、不安な気持ちも収まります。
 実は、人間の神経系統は自分でその状態を認識すると、自動的にバランスを取るように出来ているのです。

 胸がドキドキする時は自分で脈を取ると、ドキドキも収まります。もし緊張して胸がドキドキする時は、胸に手を当てるか、手首にもう一方の指を当てて、脈を測ってみてください。不思議に気持ちが穏やかになります。
 不安感や怖い気持ちや怒りが涌いてきた時もその感情を一度認めてみてください。すると、その気持ちが収まることもあります。


 また呼吸に意識を向けてみてください。人は生まれた時に産声を上げ、死ぬときには息を引き取ります。人の呼吸は、寄せては返す海の波にも似ています。
 海の波は、1分間に18回寄せては返します。その倍数のさらに倍数が、人間の脈拍数と同じ72回になります。呼吸と脈拍のリズムは、倍数で調和しているのです。成人の安静時の呼吸数は、平均的には1分間に16〜18回(吐く+吸うで2回)、子供は、1分間に20回程度と成人よりは多く、睡眠時には成人で12〜15回程度になります。

 体調の悪い時、感情的に乱れているときなどには、呼吸は浅く、早くなります。波の音のCDなどを聴きながら、回数を気にせず深く、長い呼吸してみましょう。ゆったりとした気持ちで、波の音に身を任せながら、深い呼吸をしてみてください。ゆっくり深呼吸すると、1分間に8回程度の呼吸数になります。
 そこから徐々に呼吸のリズムをアップし、4秒で吐いて、3秒で吸うと、だいたい寄せては返す波と同じ1分間に16〜18回、吐いたり、吸ったりという正常なリズムになります。すると、感情のさざ波も収まり、穏やかな気持ちになります。


読者登録

Jean-Pierre Ryuzoさんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について