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今、目の前のことに集中する

 夢を叶えるステップ、V:Vision、F:Feel、R:Release、について説明してきました。次は4つ目のA:Actionです。
 あなたの望むヴィジョンを明らかにして、それを感じられるぐらいにまで高めても、あなたがじっとしているだけで何も行動しなければ、単なる妄想だけで終わってしまうことも多いです。

 マラソンランナーは、まずスタートでは足をしっかり固定します。浮き足だっていると、力強いスタートダッシュをすることが出来ません。
 そこで大切なのは、まず今、目の前のことに集中することです。もしも今目の前のことが、直接あなたのヴィジョンとは違っていたとしても、まずは今のあなたの日常生活の役割にしっかり取り組み、足下を固めましょう。

 あまり先のことを考えすぎて、今に地に足がついていないと幽霊みたいになってしまいます。幽霊に足が無いというのは、地に足ついていない、今現在に居ないという意味もあるのです。
 もしあなたが主婦で家庭にいるなら、勉強会やセミナーばかりに出かけていないで、家族の食事、掃除、洗濯などの家事をしっかりやることが足下を固めることになります。しかし日々の雑事に振り回されないようにすることも大切です。

 あなたのヴィジョンを少し意識したり、近い楽しいイベントを意識しながら行うと、身体も心も軽くなります。たとえば休日に部屋の掃除をしても楽しくありませんが、一週間後に行く旅行でワクワクしている時は、部屋の掃除も楽しくなるのと同じです。
 まず日常生活で、地に足付けて、足下を固めつつ、ヴィジョンは軽く意識してみましょう。あまり目標として意識しすぎないほうが良いです。目標からも自由になりましょう。


 そして、あなたのヴィジョンに関することをたとえ小さなことからでもいいですから、とにかく今すぐ始めることが大切です。日常をしっかりした上で、少しずつ、今すぐヴィジョンに関係した行動をするのです。日々の雑事に振り回されて、あなたの夢を後回しにしてはいけません。

 だからといって、努力のしすぎもお勧めできません。力を入れすぎると、宇宙のリズムからズレてしまいます。ラテン的に気楽になってください。努力からも自由になりましょう。がんばりすぎないこと。

 元々、漢字の努力の努の字源は、奴隷の奴の力だそうです。つまりイヤイヤでも出す力といった意味になります。
 努の文字の又は、股ではなく手を表す文字。つまり出産の時の力ではありません。出産を表す字は、分娩の娩の右辺、免という字です。勉強の勉にはこの字が入っています。
 一方、奴隷の奴に心を付けると、怒りという字にもなってしまいます。努力しすぎる人は、努力していないように見える人に対して、怒りを感じることすらあります。ラテン系には無理な努力は似合いません。

 無心に何かに打ち込む姿は美しいですが、その時本人は夢中で、無心で、努力しているという意識すら無いのではないでしょうか。
 そういう人を宇宙は味方します。滝のように汗水たらしていても、たとえ泥だらけでも、美しいのです。ゴリさんが、何かに夢中になることをゴリ夢中と言います(←言いません!)が、いろいろ迷って霧の中をさまようのではなく、一つのことに夢中になりましょう。


 健全な努力というのは、継続する力です。多少苦しいことがあっても、たとえ失敗しても、自分が情熱を持って続けられることを選んでいれば、そこには健全な努力が生まれます。何があっても一つのことを続けることが夢の実現へと繋がります。

 私の母方の祖母の父、血縁上の曾祖父は、明治、大正時代から日本の食料需要の多くを扱っていた大阪の乾物問屋三代目として大きな商いをしていました。
 曾祖父は「運・鈍・根」の三つを大切にしていたそうです。「運・鈍・根」のうち、根とは、すぐにあきらめずに一つの事に根気強くやり抜き、つかんだチャンスを活かすことを意味しています。つまり健全に努力をするとは、続けるということなのです。

 当初、曾祖父の教えとして「運・鈍・根」を聞いた時は、さすがご先祖さん、イイこというなぁ〜と感心しましたが、後でよく調べたら、それは近江商人とかに昔から伝わる言葉で、曾祖父オリジナルではありませんでした。いろんな人が、この教えを使っていたのです。やられたぁ〜!(汗)

 また天職というものは、なかなかわかりにくいかもしれませんが、自分の得意なこと、好きなこと、好きな人、尊敬できる人を見つけると、適職が見つかります。

 自分の得意なことが見つからなくても今、目の前にある仕事を熱心にやり続けてみると、それが得意な仕事になることもあります。
 ある調査では、どんなことでも一万時間続けると、その道のプロになれることが多いそうです。毎日十時間、何かを続けると、三年足らずで一万時間を超えます。毎日三時間だったら、約十年です。

 剣豪、宮本武蔵の『五輪書』には「千日をもって鍛とし、万日をもって錬とす」とありますが、音楽界に偉大な影響を与えたビートルズもリバプールでグループを結成し、下積みバンドとして過ごした時間が一万時間なのだそうです。

 大きく世に出られるかどうかは別としても、一つのことを一万時間やり続けると、それをマスターすることは充分出来ますし、その道のプロになれる可能性は高いです。もし仕事で迷ったら、自分がやり続けられること、自分が好きなことを一万時間続けてみましょう。
 最初から一万時間は長く感じるようなら、まず千時間を目安に取り組んで みましょう。それだけでも何かが違ってくるかもしれません。


 さて、毎日少しずつ行動していしても、なかなか自分のヴィジョンに近づけていない、と感じることがあるかもしれません。
 しかし現状維持でもそれなりに動いているあかしです。鳥だって羽ばたくのをやめるとそのうち落っこちますが、飛んでいるということは適当に羽ばたいているということです。つまり一見、進歩が無いように見えてもオッケーなのです。

 たとえ進歩が遅いように感じたり、失敗したとしても、あなたがマフィアの一員でも無い限り、命まで失うことは普通はありません。そこで自分を追いつめすぎないようにしましょう。ときには「これでいいのだ」と現状を肯定すると気が楽になります。予定はあくまでも予定なのです。余談ですが「これでいいのだ」の天才バカボンのテーマ曲の英語版の歌詞は「Hey, Hey, It's OK!」だそうです。

 だからといって、いつまでも現状維持でだらだらすることはお勧めしません。少しずつでもいいから、うまく進歩する方法を見つけて、前に進んでいきましょう。
 真面目すぎる人は、どんどん自分を追いつめてしまいがちですが、自分への言い訳はたまには必要です。そこそこ言い訳してもいいわけです。高田純次さんもそう言ってます。たぶん。

 うまくいかずにあまり進歩していないように感じるときは、自分に言い訳をしても良いのです。そして、もし少しでもうまくいったら、思い切り自画自賛して自分を誉めましょう。
 またピンチはチャンスなどと言う人もいますが、冷静に考えるとピンチはピンチです。ただ、そこで自分を追いつめないで、気を大きく。タイミングを見計らえば、またチャンスが巡ってくることもあります。

全ての原因があなたにあるわけでは無い

 ラテン系の人は、何かトラブルがあると、たとえば運転手の人が時間に遅れたりすると平気で車の調子が悪かったせいにしたりします。これって日本人の感覚からすると、ふざけてんのか?と思ったりします。
 またよくスピリチュアルの世界では、すべての原因は自分にある、ということが言われています。でも果たして本当にそうでしょうか?

 屁理屈のように聞こえるかも知れませんが、自分に全ての原因があるとすると、内と外とでは100:0でバランス悪くないでしょうか? また全て周りのせいという考え方も内と外では0:100でバランス悪いですね。

 ここはひとつバランス良く、内と外の原因は、50:50ということで、いかがでしょうか? 何かあったら半分は周りのせい、ということで。
 余談ですが誰かのせいで酷い目にあった場合、アイツのせいで!というより、アイツのおかげで!と言ったほうが言霊としては良いですよん。(笑)
 何かが起こったとき、自分の内側だけの問題では無い場合もあるのです。外因からも影響を受けています。もちろん、その外因を引き寄せているのは自分自身ですが。

 ここで少しシャーマン的な話をしますと、皆さんたとえば大きな湖を浄化しようというとき、どうするかご存知ですか?
 実は、いきなり湖全体に対して祈ったりはしません。もっとも体力的にもキツイですからね。どうするかというと、その湖の水をコップか容器に汲んで、その水を湖全体の一部と見なして祈祷するのです。そして祈祷後その水を湖に返します。すると、あら不思議、湖全体が浄化されるのです。

 宇宙はワンネス、共鳴する、全てが関係している、といった仕組みの応用です。数学的にはフラクタル理論で説明出来たりしますが、難しい話は、ここではやめておきましょう。

 これを自分に当てはめるとどうでしょうか? そう。自分を100%磨きたければ、自分のなかの1%を磨けば良いということになります。
 1%と言ったって、それどれぐらいですか?と言われても困りますが、たとえば皆さんの得意なこと、好きなことが100個あったとしましょう。そのうち1つをテーマとして集中すれば、皆さんの人生が大きく変わるってことです。
 もし皆さんの得意なこと、好きなことが20個しか見つからなかったとしたら、そのうち1個に集中すれば、なんと!、自分を5%も磨けることになります。(笑)

 ここで大切なことは、自分の欠点を改善しようなどと考えないことです。長所に注目してください。また自分の好きなことでもいいです。まず良いところ、得意な分野を伸ばしてみようと考えてテーマを決めてください。欠点からスタートすると、壁にぶち当たります。

 たとえば、英会話できるように英語の勉強をしようという場合でも、自分は英語が苦手だからそこを改善しよう、とするのではなく、海外に行って楽しく旅行したい、もっと外国の人と楽しくコミュニケーションしたいから、英語が話せるようになろう!というようなノリで、楽しくなることを動機にしてください。

第二章 祈りの科学



第二章 祈りの科学


苦しい時だけ祈ってもダメ

 祈りの科学、なんていうと大層ですが、まぁ〜なんとなくカッコいいから章のタイトルにしてみました。さて、多くの人は、何か迷ったり、苦しいことがあると神社やお寺に行って、祈ります。日本では、特に信仰心の無い人でもお正月に初詣といって、神社に参拝します。

 しかし、もし皆さんが神さまの立場だったらどうでしょうか。一人の男性が、やってきて10円玉を賽銭箱に投げ入れ、祈りました「宝くじで1億円当たりますように」。また別の女性がやってきて、今度は百円玉を賽銭箱に入れて祈りました「ステキな彼氏と巡り会いますように」。皆さんだったら、これを聞き入れますか? 実はこれは祈りではなく、単なる願いごとです。

 そもそも10円で1億円とか、100円でステキな彼氏とか、冗談じゃないですが、神さまは別にお金を必要とはしていません。祈りを叶えるのにお金を要求したりはしないのです。
 神社やお寺には維持費用などが必要ですが、神さまは100円だとちょっと祈りを聞けないけど、1万円出してくれたら考えてみますわ、てなことはありません。多く出したほうが叶いそうな気はしますが、それは直接は関係ありません。ほとんど気分的なものです。

 そもそも、お賽銭というのは、自分の魂の一部を捧げて(エネルギー捧げて)祈りますという行為の一つの象徴とも言えます。お祭りの時には、神前に一杯、海の幸や山の幸、お菓子などの供物を供えますよね。それは、感謝の印であり、祈りの真剣さの決意表明でもあるのです。

 基本的な話、神社などでもどこでも祈る際には、その対象(神さま)と繋がらない限り、祈りも通じません。フツー皆さん、遠方の誰かと話したいときは、ちゃんと電話をかけて(相手と回線を繋いで)から話をしますよね。
 しかし、なぜか神社などでは神さまと通じないで、願い事を言う人が、後を絶たないのです。それって、単純におかしくないですか?

 また、よく昔から「苦しいときの神頼み」と言いますが、苦しい時だけ頼んでもダメなのです。常日頃の感謝の気持ちが皆さんの意識を高めます。
 祈りが宇宙に通じるものであれば、願いは叶います。前書で宇宙は同じ周波数で共鳴すると書きましたが、神(宇宙)と通じてこそ、初めて祈りは届きます。祈りとは、意乗り、意宣り。自分の意識と精妙な次元の意識を共鳴させてこそ、本当の祈りとなるのです。

 神(宇宙)に通じる最も近道は、感謝の気持ち。神々の世界は喜び、至福の世界です。感謝をすることによってその波動と共鳴し、皆さん自身の意識が高まります。精妙なレベル、つまり神々のレベルと共鳴するのです。
 神主さんの奏上される祝詞の文法を参考にしていただいてもわかりますが、祝詞って基本的に「かけまくもかしこき、○○の大神、~~~」といった感じで、冒頭から敬い、誉め讃え、感謝します。

 感謝をすると夢に近づくし、徳を積めます。感謝すると感謝するような出来事が起こる、というシンプルなメカニズムの応用です。誉める・感謝→祈り→実現→感謝というサイクルです。
 感謝をすることによって、喜びの波動と共鳴し、皆さん自身の意識が高まります。精妙なレベル、つまり神々のレベルと共鳴出来るようになるのです。

 感謝して祈ると神と通じますし、結果的にそれが何倍にもなって返ってきます。一般的な神社や仏閣での作法は、そこにある案内板や書籍に譲るとして、まずは感謝してみましょう。感謝で周波数を合わせて初めて、祈りが通じるのです。
 いきなり感謝するのが難しければ、すでに起きていることに感謝してください。今、感謝できることを探してみると、一つや二つ必ずあるはずです。

 お笑い芸人の明石家さんまさんの明言に「生きてるだけで丸儲け」というのがあるそうですが、素晴らしい言葉ですね。マジシャンのマギー審司さんの師匠のマギー司郎さんの言葉にも「生きてるだけで、だいたいOK」というのがあります。これも素晴らしい。まず今、生きてることを感謝してみてはいかがでしょうか。

 今に感謝すれば、宇宙の豊かさに通じます。今に感謝して、幸せや豊かさを感じられれば、幸せや豊かさを引き寄せることに繋がります。TVやラジオも周波数を合わせて初めて受信出来ます。常々、感謝の気持ちで祈っていれば、たとえ苦しいことがあっても、祈りはすぐに通じ、幸せな出来事を引き寄せられるのです。

 考えようによっては、参拝に行けることからしてすでに奇跡です。出かけられるほど健康で、交通費も出せて、時間の余裕もあり、さらに条件が揃って初めて参拝に行けるのです。神社やお寺で参拝出来ること自体恵まれています。こういった小さな奇跡から感謝してみては、いかがでしょうか。

基本は肯定形と現在形

 さて、祈っているだけで行動しないと何も変わりません。先日、海外映画を観ていたら、ある国の逸話でこんな話が出てきました。

 とても貧しい男が神に「どうか、私にクジで大金を当ててください」と祈りました。親切な神は、その男に対してこう言いました「頼むから、その前にクジを買ってくれ!」(爆) 自分から何かアクションを起こさないことには、神(宇宙)も助けようがないのです。

 ただし、感謝の気持ちで神(宇宙)と通じ、自分から行動していても、祈りかたそのものが間違っていると、それは祈りにはなりません。祈りが叶うためには、それが宇宙の仕組みに合っている必要があるのです。

 まず最初に前書の基礎編、第一章にも書きましたが、宇宙には肯定形のみ通じます。宇宙語に否定形はありません。
 なぜなら、宇宙は全てを包み込んでいるからです。そして本質は一つ、一元性の世界なのです。光とか闇といった二元性ではなく、それを超えた光そのものが宇宙の本質です。

 ですから、改めて書くと、神社などで祈る際、「〜しませんように」といった祈りかたは、宇宙意識から見ると、間違いになります。
 宇宙意識は「〜」の部分だけを認識して、実現します。祈りかたを間違えると、望む結果と逆のことが具現化しますので、注意が必要です。

 では、どのように祈れば良いのでしょうか? たとえばキリスト教などの祈りを例に挙げると、神の名において祈るということがよく行われます。
 神の名を訳するとアイ・アム・ザット・アイ・アム、私はそれである、〜であるという意味になると言われています。キリスト教の祈りでは一通り、望む結果を述べた後、神の名においてその実現を祈ります。
 また祈りの〆の言葉、「アーメン」には祈りをさらに肯定する「その通り」という意味も含んでいるようです。ずばり肯定形の祈りなのです。

 肯定形で祈ると、それを現実として体験出来るようになります。もし今病気の人が健康になりたければ「これ以上病気がひどくなりませんように」と祈るのではなく、「私は日々、本来の健康を取り戻しつつあります。ありがとうございます。」といった感じで祈ったほうが効果があります。

 新聞や雑誌、テレビなどは情報を得る手段としては便利ですが、その内容の多くは否定的なものです。否定的なことのほうがニュースにしやすいから でしょうか。メディアの情報は、参考になることもあります。しかし一方的に否定的なニュースを取り込むのは良くないと考えられます。

 自分が意識したことを宇宙は増幅します。意識をどこに向けるか、どこにフォーカスするのかが大切なのです。これはよくあることですが、新聞やテレビである事件が大きく報道されると、それとよく似た事件が続けて起こったりします。
 人々の心理状態によって株価も大きく動きます。否定的なことに人の意識が向くと否定的な事件が多くなり、肯定的なことに人々の意識が向くと平和な話題が増えるのです。

 前書でマザー・テレサの言葉を紹介しましたが、平和運動にしても環境問題への取り組みに関しても、否定的なことばかりに目を向けないで、肯定的なことに目を向けて活動したほうが効果的です。否定的な考えで行動すると、結果的にそれは自分も傷つけることになるのです。何かに対する反対デモなどもそうです。
 もっと愛にもとづいて行動することがとても大切だと思いませんか? そのために出来ることを考えましょう。最近、日本の原発反対運動の様子なども見ていると、愛に目覚めて行動している人が増えてきたように感じます。日本人の意識は、世界の国々から見ても、よりステップアップしたように感じて嬉しく思います。

 幸せに生きるには、出来るだけ肯定的なことに意識を向けること。無意味にテレビをつけっぱなしにしたりせず、人の幸せをお祝いするなど幸せなニュースに意識を向ける習慣を持ったほうが良いでしょう。

 たしか北欧のある国では、ニュースの半分以上は良いニュースを流しましょう、という法案が通ったそうです。とても賢い選択だと思います。
 誰かにお目出度いことがあったら、どんどん皆でお祝いしましょう。こういうところで、ケチって何もしないというのは、結果的に自分にもよろしくありません。ささやかでもいいので、無理の無い範囲でお祝いしましょう。


 さて次のポイントとして、宇宙には今、現在形のみ通じます。宇宙には永遠の今があります。宇宙意識のレベルでは、過去形や未来形はありません。
 したがってこれまた前書でも書きましたが宇宙意識のレベルでは、過去形や未来形は無いので「〜しますように」とか、「〜になりますように」という願いかたは、間違いになります。

 たとえば「お金持ちになれますように」という未来形の祈りかたも、間違い。もしとっても親切な神さまがいて、その祈りが聞き届けられるとどうなるか。なんと、ずっと「お金持ちになりますように」と言っている状態が実現され、一向にお金持ちにはならないのです。でも、こういう祈り方をしている人が、実に多いのですよ。

 信念とは、今の心を信じること。祈りや願いを叶えたかったら、それが叶った時の心を今の心にする、ということが大切なのです。
 ある日、講演後に一人の年配の女性が私のところにやってきて、大学受験をする孫の合格祈願のために絵馬を神社に納めたいが、どのように書けば良いか、と尋ねて来られました。

 願い事を叶えたい場合は、その具体的な事柄、望む状態、そしてそれが実現した感覚として、感謝の言葉で締めくくります。この場合、「○○大学 合格 ありがとうございます」というのが宇宙の法則に基づいた絵馬の書き方の一例になります。神社にちゃんとしたスタイルがある場合は、それを手本にしていただいたらいいですが、一つの例として参考にしてください。

 宇宙は、今という時間軸で応えてくれますので、「合格しますように」といった文法では通じにくいのです。また肯定的な内容のみに応えてくれますので「試験に落ちませんように」というのももちろん間違いです。

 スピリチュアル系の人たちの間では、よく過去形で願いを言うというと叶うということを勧めているかたが多いですが、実は過去形の願いが通じるのは、とっても素直で意識の純粋な人だけなのです。
 なぜなら、もし仮に「私はお金持ちになりました。ありがとうございます。」と祈ったとしますと、普通の人の潜在意識は「それって、今と照らし合わせてみると、嘘じゃん」とあっさり否定してしまいます。いくら何度宣言しても無駄です。それでは願いも叶いません。

 私たちのような凡人は、肯定形、現在形で祈るほうが効果的です。また現在形や現在進行形が難しいと感じたら、望む状況を単語として述べることをお勧めします。先の絵馬の例でいくと「合格」という単語です。
 あっさり「家庭円満、健康増進」てな感じの四字熟語で希望を述べ、その後に感謝の「ありがとうございます」と付けるぐらいが良いと思います。


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