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 新しい服は1年に1回、春節(中国の旧正月)だけ買ってもらえたという。

 

 今の家族の希望は医学部に通う弟であること。

 いい病院に勤める為に賄賂が必要なこと。

 親の為に全てを捧げ、この家も親の為に買ってあげたこと。

 

 「私学校に行ってないから、クラブで働くしかないんだよ……

  地方からでてきた人の仕事は給料安いからね……

  だから私が頑張るしかないんだ。」

 

 そんな梅梅は、家族が今食べることに困らないこと、家があること、

 好きな服が着れることが幸せだと言った。

 

 自分が今まで歩んできた道のりがいかに平坦で、

 恵まれた生活をしていたか恥ずかしくなった。

 

 そして、その細く小さく体で自分の事は考えず、

 家族の事を常に1番に考える彼女の心にますますひかれた……。

 

 彼女のことをなんとしてでも、守りたい、幸せにしたいと強く思った。

 

 中国人には少なからず日本人に対して嫌悪を示す人がいる。

 それは日本人が過去に犯してしまった過ちであるからしかたがない。

 歴史を変えることはできない。

 

 中国の旧正月に梅梅の自宅に招待された。

 旧正月は家族みんなで水餃子を食べることが習慣だった。

 初めて梅梅の家族に会った時は緊張した……。

 幸い梅梅の家族は日本人に対する先入観は無く、

 優しく迎え入れてくれた。

 

 家族みんなで餃子を作って、お父さんとたばこを交換したり、

 中国の特番をみんなで見て笑って。

 

 こんな生活に憧れていた。本当に幸せだった。


 

 ある日の夜中メールが届いた。

 梅梅の仕事が終わるのは毎日夜中だが、それでも時間が遅すぎた。

 

 「ひとつだけわがままいいですか……」

 

 メールにはそれしか書かれていなかった。

 いつもと様子が違うことはその短い文章でも十分伝わってきた。 

 

 「どうしたの?」

 と急いでメールを返すと、

 

 「あなたと2人で海に行って写真を撮りたい」

 と返事が着た。

 

 写真を撮ることを言い出すのに、何故ためらっていたのかはその時分からなかった。

 

 翌日詳しい話を電話で聞くと、プロのカメラマンに写真を撮ってもらいたいから、

 お金がかかるのだと言った。

 その値段が日本円で2万円ぐらいする為、言い出せずにいたと知った。

 

 中国では日本と違い記念にプロのカメラマンに写真を撮ってもらうことが一般的だった。

 休日には名所のいたるところで記念撮影が行われている。

 

 予約当日、彼女はウエディングドレスに身を包んで登場した。

 私にはタキシードが用意されていた。

 

 「こりゃ結婚式みたいだね」

 と笑いながら言うと。

 

 「ごめんね……。こうやって記念写真を好きな人を撮るのが夢だったの……」

 と申し訳なさそうに謝る梅梅を思わず抱きしめた。

 

 全てが幸せ過ぎて怖かった。


 

 長い冬を越えて、春になった。

 

 その時2人は互いに惹かれあっていた。

 梅梅はいつも私の体や食事を気遣ってくれた。

 

 そんな優しさは、日々梅梅への想いを強くさせた。

 しかし、私は5月に日本に帰らないといけなかった。

 

 大連で桜が咲くころそれは、私が日本に帰ることを意味していた。

 日本に帰る前、思いで作りに、2人で旅順の桜を見に行った。

 

 そこには、桜色の絨毯が一面に広がっていた。

 去年一人で見た桜とは何もかもが違っていた。

 同じ桜色の雪も、幸せな香りがした。

 

 5月に私が日本に帰らないといけないことは彼女も知っていた。

 しかし、その話はお互い口に出さなかった……。

 

 別れがどれ程の悲しさを連れてくるか、お互いに分かっていた。

 桜の木の下で梅梅が作ってくれたお弁当を食べた。

 

 こんな些細なことが本当に幸せだった。

 2人で同じものを見て感動し、同じものを食べて笑う。

 昔大好きなロックバンドが歌っていた通り、

 「時間が止まればいい」と思った。

 

 今まで神様という存在を信じたことは一度も無かった。

 

 でも、もし神様というものが存在し、

 私の命と引き換えに梅梅が一生幸せになれるという取引ができるのであれば、

 私は何の迷いもなく取引する。

 

 そして私は言った。

 

 「梅梅、結婚しよう」



 2人は国籍も違えば、文化も違う。

 

 日本人の2人がそうなるよりも、多くの壁を乗り越えなければいけない。

 でも、一緒にいたかった。

 こんなに好きな人にはもう巡り会えない。

 それは30年生きてきて分かっていた。

 

 そう言われた彼女はしばらく黙っていた。

 そして涙を流した……。

 

 「ごめんなさい。できないの……」

 

 帰り道、2人とも会話は無かった。

 そして結婚できない理由も教えてはもらえなかった。

 

 それから2人はまた忙しい日々の生活に戻り、会えずにいた……。

 

 日本に帰る当日、彼女は空港まで見送りにきてくれた。

 そして涙を流した。

 

 空港は多くの観光客で賑わっていた。

 通りすがりの人がこちらを物珍しそうに見る。

 

 2人は2人だけの閉じ込められた世界に入り込んでいた。

 

 梅梅は人眼を憚らず涙を流した。

 私は精一杯の力を振り絞り、

 

 「泣くのは本当にお別れの時だけだよ。

  2人は少しの間離れるだけだから、泣いたらだめだよ。

  それは本当に会えなくなるまでとっておかないと。

  また必ず戻ってきて会えるから」

 

 



 そういうと梅梅は、何度もうなずきながらも、涙は止まらなかった。

 

 飛行機の時間が迫っている為、出国ゲートに行かなければいけなかった。

 梅梅はまだ泣いていた。

 泣きながら手を振る梅梅を見て、何度も足が止まり、引き返そうと考えた。

 

 でもできなかった……。

 中国で仕事をして、また梅梅と一緒になる為には、今を犠牲にすることはできなかった。

 

 日本に帰り、1カ月が経った。

 

 梅梅ともう一度生活を共にしたい一心で、時間が過ぎるのは早かった。

 お互いメールや電話で連絡は取り合っていた。

 上司への働きかけも上手く運び、なんとか中国での仕事も無事に決まった。

 

 2カ月後、もう一度大連で仕事ができる。それが自分の全てを支えていた。

 大連でまた生活ができることを梅梅に伝えた時、彼女は驚き、咳きこむだけで、
 喜びを感じることができなかった。

 

 ただ「ありがとう……」と細くいうだけだった。

 

 3日後、突然知らない番号から電話がかかってきた。

 番号をよくみると中国からの電話だった。

 何かあったと思い、急いで電話にでる。

 

 それは梅梅のお姉さんからの電話だった。

 



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