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 2人組はこちらに近づいてきた。

 近くで見て、ラーメン屋を出てすぐすれ違った2人組だったことが分かった。

 

 「私達あそこのクラブで働いているんだけど、今仕事帰りで……。

  よかったら私達のお店で一緒にお酒を飲みませんか?」

 

 唐突だった。そんな展開を予想もしていなかった。

 

 同期と話、そのクラブで飲むことにした。

 彼女達は日本人向けクラブで働く女性で日本語も達者だった。

 接待や上司に連れられ、クラブに飲みに行ったことは何度もあったので、抵抗も無かった。

 

 小奇麗な店内は静かな雰囲気を漂わせていた。

 日本人向けクラブのお店は、カラオケを併設していることが多く、派手な店が多かった。

 でもこの店の雰囲気は少し違っていた。

 カラオケはあるものの日本のバーに近い落ち着く店だった。

 

 個室ではなくオープンスペースのソファに案内された。

 同期も私も歌わず長居する気もないので、ソファで十分だった。

 お酒が運ばれ4人でお酒を飲んでいると、一人の女性が現れた。

 

 その顔を忘れるはずもなかった。

 

 それは2カ月前、タクシーにお客さんを乗せていたあの女性だった。

 その瞬間全ての意識がまた彼女に奪われた。

 

 彼女の名前は「梅梅(メイメイ)」

 

 梅梅と話をすることで頭の中は埋め尽くされていた。

 何から聞けばよいのか……。

 

 運命という言葉を一生に一度使っていいのであれば、

 間違いなく今日がその日だった。



 何から話していいかも分からず、梅梅から仕事の話を聞いた。

 やはり常連が多く普段から同伴する客が決まっている為、

 なかなか予定は空いていないと言った。

 

 彼女の仕事ぶりはプロだった。

 常連が多いことも納得だった。

 前に客をタクシーに乗せる時もドアに手を置き客が頭をぶつけないようにしていた。

 客と話をしつつ、お酒やつまみ、灰皿に気を配る。

 それを自然にふるまっていた。

 一緒にきた2人組は腰かけでバイトなのだろう、仕事は何もしなかった。

 帰り際、梅梅が名刺に携帯番号を書いて渡してくれた。

 それはクラブの仕事上普通のことだが、その時は胸が締め付けられた。

 

 家に着くとすぐに、メールを送ることで頭がいっぱいになった。

 

 メールの内容に悩むことは何年ぶりだっただろう……。

 そしてメールを送ってから返ってくるまでの時間は、思春期の頃を思い出させた。

 好きな人になんてメールを送ればいいのか……。

 その高ぶる感情は、久し振りの感覚だった。

 メールの返事が返ってくるまでの時間は、何時間も続くようにも感じた。

 その甘酸っぱい味は、自分の眠っていた感覚を優しく起こしてくれた。

 目を閉じると彼女が浮かでしまう。

 考えないようにしていても、考えてしまう。

 

 そんな一目ぼれは生まれて初めてだった。

 

 いつもどこかで、女性は別にも沢山いて……と自分をごまかせていたが、

 もうごまかすことはできなかった。

 

 梅梅は忙しいながらもメールを返してくれた。

 そして、お店で会える日をそっと教えてくれた。

 私の仕事も忙しいので、時間を調整することは非常に難しかったが、

 梅梅に会えることを考えれば苦にならなかった。

 

 お店に行った4回目のある日、梅梅は酔っていた。

 自分を含め4組のお客さんがいて、私がくると同時に3組は帰ったらしい。


 

 そして彼女は突然泣いた……。

 

 その涙は心に強く刺さった。

 

 決して他人に弱音を吐かないその見た目からは想像できなかった。

 強く明るく振舞う女性だとばかり思っていた。

 

 「ごめんね。せっかく来てくれたのに……なんでだろうね……

  酔っぱらうと昔の嫌なことを思い出しちゃって。

  今日はすごい飲んだから……

  お店でも、お客さんの前でも一度も泣いたことないのに……」

 

 ただ梅梅を抱きしめることしかできなかった。

 

 梅梅は、小さな体を震わせながら私の胸で泣いていた。

 抱きしめたとき彼女の体が今にも折れてしまいそうな程、白く細いことに気がついた。

 この細い体からあの明るく振舞う元気はどう作り出されているのか、分らなかった……。

 自分の全てで、彼女を守りたいと思った。

 

 梅梅は帰り際、家まで送って欲しいと言った。

 

 家族がみんな実家に帰っているので、一人で帰るのが怖いと言った。

 昔、家の目の前で強盗にあい、かばんを奪われたことがあったからだと言った。

 

 軽く食事を終えた後、タクシーで梅梅の家に向かう。

 

 心の中で少し疑っていた……彼女は……。

 あの涙も……。

 

 我慢しきれず思わず聞いてしまった。

 

 「他のお客さんとも一緒に帰ることってあるの?」

 

 梅梅は驚いた顔をして笑いながら答えた。

 


 

 「あるわけないじゃん。

  何年も知ってる常連さんでも私の家知ってる人誰もいないよ。

  それにみんなおじさんだし。

  あなたみたいな若い人は誰もいないよ」

 

 頭が混乱した。

 

 「じゃあなんでおれを連れていくの?」

 「あなたはまじめで優しい人だって知ってるから。

  私この仕事長いから。

  そういうのって話をすると、どういう人かすぐに分かるの。

  だからあなたは心配ないでしょ?」

 

 そういうと、優しく咳きこみながら微笑んだ。

 

 それで充分だった。

 幸せとはこういうささいなことで感じることができるのだと改めて思いださせてくれた。

 梅梅と一緒にいれれば、それだけで幸せを感じることができた。

 

 大連の港が見える住宅街に梅梅の家はあった。

 

 そこには、母親と父親、お姉さんの四人で暮らしていた。

 弟は大学の寮に居て大連にはいなかった。

 

 家に着いた時、梅梅はもう酔っていなかった。

 そして自分のこれまでの話をしてくれた。

 内モンゴルでどのような生活をしていたか。

 子供の頃から親の為に働いていて、小学校、中学校には行けなかったこと。

 

 毎日休み無く、木を切り、農業をして、馬や羊を育てたこと。

 

 馬や羊が山で草を食べているのを横目に青空を眺めながら、

 「いつかこの生活から抜け出したい」と幼心に誓ったという。


 



 新しい服は1年に1回、春節(中国の旧正月)だけ買ってもらえたという。

 

 今の家族の希望は医学部に通う弟であること。

 いい病院に勤める為に賄賂が必要なこと。

 親の為に全てを捧げ、この家も親の為に買ってあげたこと。

 

 「私学校に行ってないから、クラブで働くしかないんだよ……

  地方からでてきた人の仕事は給料安いからね……

  だから私が頑張るしかないんだ。」

 

 そんな梅梅は、家族が今食べることに困らないこと、家があること、

 好きな服が着れることが幸せだと言った。

 

 自分が今まで歩んできた道のりがいかに平坦で、

 恵まれた生活をしていたか恥ずかしくなった。

 

 そして、その細く小さく体で自分の事は考えず、

 家族の事を常に1番に考える彼女の心にますますひかれた……。

 

 彼女のことをなんとしてでも、守りたい、幸せにしたいと強く思った。

 

 中国人には少なからず日本人に対して嫌悪を示す人がいる。

 それは日本人が過去に犯してしまった過ちであるからしかたがない。

 歴史を変えることはできない。

 

 中国の旧正月に梅梅の自宅に招待された。

 旧正月は家族みんなで水餃子を食べることが習慣だった。

 初めて梅梅の家族に会った時は緊張した……。

 幸い梅梅の家族は日本人に対する先入観は無く、

 優しく迎え入れてくれた。

 

 家族みんなで餃子を作って、お父さんとたばこを交換したり、

 中国の特番をみんなで見て笑って。

 

 こんな生活に憧れていた。本当に幸せだった。



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