閉じる


<<最初から読む

15 / 32ページ

 

 「大丈夫だよ」

 

 その言葉だけが欲しかった。

 昔の妻であればそう言ってくれたのかもしれない……。

 でも今はその妻はここにはいなかった。

 

 「一度壊れたものは元には戻らない」

 

 自分とは一生関係ないと思っていた言葉の意味を知った。

 ありきたりの大衆曲の歌詞にある言葉がどれほど重い意味なのか。

 

 そして生きるということがどんなに辛いことの連続なのか。

 無意識のうちに自分と関係ないと思い込み、

 頭の隅にそっとしまっていたもの認めなければいけなかった。

 

 部長に勧められた通り休みをとることで気持ちは幾分楽になっていた。

 ただ生きる目的や、進む方向だけは無いままだった。

 

 唐突に携帯が鳴った……

 

 昼間のこの時間にかかってくるのは会社しかなかった。

 相手は休みを勧めてくれた部長だった。

 

 「今度の金曜日、取締役が中国から戻られる、その時お前と話がしたいそうだ。

  お前の事情も全部説明してある。

  金曜日に取締役からおまえに直接連絡するそうだからよろしく頼む」

 

 それだけを言い残すと電話は終わった。


 



 金曜日、朝10時過ぎに遅い朝食をコンビニのパンで済ませていると、

 取締役から電話があった。

 取締役は、こんな平社員の為にわざわざ近くのデニーズまで来て、話をしてくれると言った。

 

 梅雨は既に過ぎ去ろうとしていた。

 太陽が攻撃的に熱を放つ、暑い日だった。

 家からデニーズまで5分歩いただけで汗が噴き出して止まらない。

 

 取締役は窓際の分かり易い場所に座り待っていた。

 今までの事の顛末を説明する。

 そして、取締役はこう言った。

 

 「お前に今会社を辞められると困る」

 

 取締役からのその言葉は私の中に力を湧かせた。

 

 「今うちの会社が中国で仕事を始めたのは知ってるよな?」

 「はい……」

 

 「中国で日本とブリッジできる人が足りてない。

  お前が中国に来てもらえると助かる。

  うつ病は医者の言う通り、環境を変えることが一番いい治療法だ。

  だから中国行きを考えてくれないか?」

 

 自分の想像を超える展開の早さに驚いた。

 まさか自分が中国に行くことになるとは……死ぬまで縁のない国だと思っていた。

 中国に対しては、昔からの先入観によって食わず嫌いに似た嫌悪感すら抱いていた。

 

 しかし、目的も無く生きていた自分に力が湧いたことは実感できた。

 

 「考えさせてください。妻と相談します」

 



 妻との関係がこうなった今でも相談だけはしておきたかった。

 その夜、妻に中国行きを告げるとこう言った。

 

 「やっぱりあなたと距離をおく必要があると思っていたから……。

  ちょうどいいタイミングだった思う」

 

 その返事を聞くと、取締役へ中国に行く意思を告げた。

 

 任期は10カ月だった。

 

 来年の5月自分はどんな気持ちで、どんな姿になって日本に帰ってくるのか……。

 一人成田空港の喫煙所で発着する飛行機を眺めながら、そんなことを考える。

 

 中国行きが決まってから、準備や引き継ぎで忙しく、

 自分でうつ病になっていたことすら忘れていた。

 今まで何カ月も暗く続いていた心の中の雲は、梅雨明けと共に晴れていた。

 小さい頃、飛行機に乗って世界中を飛びまわる仕事がしたい、と思っていた……

 そんな夢さえ思い出せるようになっていた。

 

 中華人民共和国。

 

 それは何の知識も、興味も、言語も知らない国だった。

 大連空港に降り立つと、そこには想像を超える世界が待っていた。

 鼻を刺激する薬物の匂い、客を呼び込む白タクシーの群れ、

 家族を迎えにきている人の群れ、

 やる気のない気だるい雰囲気をあからさまに発している空港社員……。

 

 「よくきてくれたね」

 

 その声は以前別のプロジェクトでお世話になった先輩の声だった。

 笑顔で迎えてくれた先輩に引率されてタクシーに乗り込む。

 

 先輩が運転手に中国語で行き先を告げる。

 行先も全て中国語で喋らないといけない……。

 そんな当たり前のことに恐怖を感じた。



 新しい環境に行くということでいささか遠足に行くような気分だったのかもしれない。

 しかしその気持ちは先程の恐怖心が綺麗に消してくれた。

 

 「水を買う」

 「たばこを買う」

 「どこに行く」

 「これが欲しい」

 「あれが欲しい」

 「何個欲しい」

 「何が食べたい」

 「いくら?」

 

 普段いかに言葉を発しているのか分った。

 そして自分がこの国に対して何の知識もないことも。

 

 怠慢に生きていたことがうつ病を生んだのかもしれない。

 何不自由ない生活、目的のない生活、何かに飢えることは久しくなかった。

 

 何かあれば誰かのせいにする、理由があればしょうがない……。

 そうやって今まで折れ曲がってきた。

 

 中国にはその飢えがあった。

 飢えて吸収しないと生きていけない。

 その国に蔓延る「飢え」は私の心の病を治していった。

 

 

 中国に来て2カ月経ったある日、仕事帰りに同期と

 いつもの日本人向けラーメン屋に向かった。

 この頃になると勉強したかいもあり、

 どこに行きたいぐらいはタクシーで言えるようになっていた。

 しかし、細かい説明はできない為、大概付近で降ろされることが多かった。

 

 その日は、いつもよりも更に遠くで降ろされてしまった。

 ここからだと日本人向けのクラブ街を通らないといけなかった。



 昭和の雰囲気を直接感じたことはないが、そんな言葉が合うようなネオン通りを、

 ふらふらと2人で歩いていると、一人のクラブの女性が、お客さんをタクシーに乗せていた。

 

 暗いネオンが光る道の中でも彼女の顔だけは、はっきりと見ることができた。

 

 心を全て奪われるのに時間は必要なかった。

 

 自分を司る細胞が彼女の引力に引き込まれていった。

 こんな出来事が自分の中にもう一度芽生えるとは思わなかった。

 

 彼女を横目にラーメン屋に向かう。

 彼女と一瞬目が合った……。

 体の中にある硬い何かが優しく溶けた。

 

 いつも通りラーメンを食べながらさっきの彼女のことを話す。

 中国には日本人向けのクラブがある。

 彼女もきっとそこで働いている人だった。

 ただしあの通りには何件もの店があり、彼女はどこのお店の人か分らなかった。

 もし彼女の店が分かったとしても、彼女のような女性の場合、常連が多く、

 人気が高い為、出会うことはできない。

 

 所詮夢物語だった。

 一瞬で全てを奪われる程恋したのは、大学生以来10年振りだった。

 しかし、その芽生えたその感情はそっと胸にしまうしかなかった。

 

 中国での仕事は多忙を極めた。

 夜仕事が終わるのは、深夜2時、3時……家に帰ることができない日も続いた。

 月に休みは1日~2日。

 それでも刺激があり、充実していた。

 仕事の納期も厳しく、がむしゃらに走ることで達成感もあった。

 

 中国に来てからも相変わらず、妻からの連絡は無かった。

 こちらから週に何度か連絡しても、メールが返ってくるのは3日、4日後だった。

 



読者登録

candyisrockさんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について