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きょう、おならをしましたか。

失礼しました。私にとっては挨拶のようなフレーズですので、ついおならのように出てしまいました。

唐突ですが、私はおならの研究をしています。なぜなら、人間をもっと知りたいからです。

近年、おならの研究はかなり進んでおり、臭くならないパンツも開発されているようです。極めて実用的なおなら研究であり、敬意を表します。


私の研究は少し異なります。ニオイの分析や生物学的なものではなく、行動学的なアプローチになります。

みなさんの中には、なぜおならが人間を知るヒントになるのだと首をかしげる方もいらっしゃるかと思います。

ですが、きれいごとなどに真実はありません。おならは、人間の真実が香り立つ格好の学術対象と言えるのです。

だれもいないエレベーターの中にいるとしましょう。したくなったおならをするかしないか迷ったことは、一度もないでしょうか。ひとりきりのエレベーターのなかで、今おならしてリスクはないだろうか。つぎの階でいきなり素敵な異性が乗りあわせてきたりはしないだろうか。そうこうするうちに、止まった階で本当に意中の異性が乗りこんできて、胸をなでおろす。

「どうしたんですか。あわてた顔なさって」

「いえ、なんでも。いいお天気ですね…」 「…」



この方は難を逃れたようですが、エレベーターは、過去、幾度となく悲劇が報告されてきたハイリスクなパブリックスペースです。「私がしました」と大きく書かれた紙が背中に一枚貼られているような、たえがたい十数秒なわけです。

ただ、ごく少数の方ですが、エレベーターに入ってきた相手とすれ違うかのように、必要もないその階で降りてしまうといった緊急策をとる方もいるようです。効果は実証されていませんが、相手の方は置き去られたニオイにより判断力が攪乱されることがわかっています。


オフィスフロアも危険度の高いスペースです。お昼休みの終盤、まだ他の社員たちは帰ってきていませんが、デスクに座っていると、ちょっとおならしたくなってくることが多々あるでしょう。隣の人は、まだ帰ってきていない。今だ。そう思って放屁した瞬間、ドアがあき、隣の人が席に戻ってきます。ニオイを拡散させるような行為はかえって逆効果です。深呼吸してすべてを吸いこんでしまう以外、打つ手はありません。

ところが幸いなことに、恥を重んじる精神風土では、被害者側による気遣いが見られるようです。

ああ、してしまったのか、言葉にしないでおこうと気遣ってくれる人が、この国には意外と多い。一方、グローバル化が進んできた今日のオフィスにおいては、芳香の強いフレグランスをつける外国の方も多く、あなたが放出したニオイを微妙に相殺してくれる時もあります。


とはいえ、もともと香りや匂いに対して敏感な方々も多いわけですから、こうした日本的な美徳に期待することはできないと思われたほうが良いでしょう。


おならと人間行動を研究するうえで、もっとも象徴的なパブリックスペースが、電車内です。

ある晩、電車に乗っていた時のことです。その日の電車はかなり混んでおり、私は立っていました。すると突然、猛烈に臭いおならが私を包みこんできました。身動きできない状況であり、そのニオイから逃げることはできません。私はとっさに犯人を探そうとしました。この行動は、他人のおならに対して人間は寛容ではないことを証明しています。


私は表情をみながら、ひとりひとりを疑いました。人相や仕草までつぶさに観察します。いかにもおならしそうな顔だ。しきりに携帯をさわっているのはカモフラージュにちがいない。顔を赤らめたのは、あやしい。美人さん、あなたがおならの母ですか。いや、美人なのにと語るべきでしょうか。


さらに臭いの強さから、発生源との距離を計測します。そして発生源を特定します。この犯人探しが生産的行為であるわけがありません。有史以来、人類が行なってきたさまざまな犯人探しの事例を思い返していただければ、おわかりでしょう。




ここで一転、おなら犯である当事者の心理を考えます。この事件は、空いている電車で起きたでしょうか。いいえ、起きません。

なぜ犯人は、満員電車の中において放屁に及んだのでしょうか。

その理由は明らかであります。満員電車であれば、ジャングルの緑に隠れるカメレオンのように、犯人の特定と証明が難しく、ばれないからです。(もちろん、音を伴った場合を除きます。)それがわかっているからこそ、彼あるいは彼女は、周囲に迷惑をかけてしまうにも関わらず、安心しておならを放出したのです。※

おならはきょう、私たちに重大な本質を示してくれました。おならと生きる人間。その葛藤や行動には、みごとにも人間くさい感情が息づいています。清濁両面を持つ我が身をいかにマネージするかというばかばかしいほどのけなげさに満ちています。おならは言います。人間よ、おならに寛容になりなさい。


さいごに。

結局この夜、電車の中でおならした犯人の正体は、謎のままです。いったいあの中のだれだったのでしょうか。携帯の若い男か、あるいは顔を赤らめた女性でしょうか。そう、実は私だったのかもしれないのです。

 

※このタイプの電車内放屁を「ゲリラっ屁」と名付けています。

 

 


この本の内容は以上です。


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