1.「片腕のガンダム─粗大ゴミ置き場のガンダム」
大人になった今でも、ボクが捨てられないでいる片腕のガンダムのプラモがある。
忘れられない、まだ小学生だった頃。
明日は「粗大ゴミの日」という日。 学校の帰り、
ボクはゴミ集積場の粗大ゴミの上に、欲しかったガンダムのプラモがあるのを見つけた。
大急ぎでボクは家に帰った。
ボクは、小学校に入ったばかりの頃、父を突然の病で亡くしていた。
母は、ボクと幼い妹を抱え、給食のおばさんになって、生活を支えていた。
だから、オモチャが欲しくても、口に出していけないのは分かっていた。
「お母ちゃん、ガンダム拾って来ていい?」
どこにそんなモノが落ちてるの? 母の問いに、粗大ゴミの中のガンダムのことを話した。
母は淋しそうな顔になって、けれど、ボクの手を取って言った。
「そっか、でも、暗くなってから拾いに行こ。 お母ちゃんも行ってあげるから」
夕食を食べ終わって出かけようとすると、妹も「あたしも行く」と騒いだ。
妹をひとり置いて行くのも不安と、みんなで行くことにした。
「あたし、お人形さんがいい」
妹は無邪気に言った。
ボクは、ガンダムが誰かに拾われていないか気が気でなかった。
薄暗い街灯の下、古い家具などの粗大ゴミの上に、ガンダムは誰にも拾われず載っていた。
母は、手を伸ばしてそれを取り、ボクに渡してくれた。
「あ、でも、これ、手が取れてる」
ガンダムは片腕が取れて、捨てられたのだ。
「でもいい。ボク持って帰る」
妹のためにもちょうどいい人形を拾うことができた。
妹が喜んで、それを両手に抱き上げた時だった。
「なにしてる?! おまえたち!」
突然、自転車が止まり、懐中電灯のあかりがボクらに当てられた。
「頑張ってやと、巡査は」
駐在の巡査だった。
ボクは体が凍り付いた。
巡査は母の脇まで来て、強い口調で言った。
「ここで何してる!」
「すみません、なにも…」
あわてて妹はうしろに人形を隠した。 ボクはガンダムを粗大ゴミの上に戻す。
巡査はそれを手に取った。
「腕が取れてる…」
ボクらを見回し、巡査は粗末な親子の身なりに、意味を察したようだった。
「ぼうず、お父ちゃんは?」
母に訊かず、ボクに訊いた。
「いない」
ボクの返事はついぶっきらぼうになる。
「すみません、子供にオモチャも買ってあげることできなくて、つい…」
母は消え入りそうな声で言った。
巡査は、声が急に優しくなって言った。
「持ってってエエ。持ってってかまわん。どうせ誰かがいらなくなって捨てたモンや」
そして、ボクに片腕の取れたガンダムを持たせて、言った。
「ぼうず、お母ちゃん大事にしろや」
それから、母に言った。
「子供はな、すぐに大きィなる。今の苦労はすぐ終わる。すぐ楽になるから。 がんばってや」
巡査は自転車にまたがると、ボクらに手を振って言った。
「気ィつけて帰ってや」
何度も、何度もうしろを振り返り、「がんばってや」と言いながら去って行った。
薄暗い街灯の下、母はボクと妹を胸に引き寄せた。
母の肩のふるえが、ボクらを抱きしめる手に伝わって来た。
〈ion〉
2.「終着駅─長い髪の彼に寄り添う陰」
彼は、男にしてはやたら髪の長い若者だった。
一夏、彼はわたしの家に住み込み、父の手伝いをした。
彼と出会ったのは、寄宿生で学んでいた短大二年目の夏休み。 帰省途中の電車の中だった。
旅費はできるだけ節約したい。 乗った鈍行の車内は混んでいてほぼ満席。
大きな荷物を抱えて空席を探してウロウロしていたわたしに、彼の方から声を掛けてきた。
「ここ、座りなよ。 荷物重いだろ?」
四人掛けの通路側に掛けていた彼は、わたしを見て、席を譲ろうと立ち上がった。
彼の脇に掛けていた人相の悪い男が「ジロリ」とわたしを見る。
それに気が引けて、わたしは「あ、いいです」と手を振って断る。
「じゃ、荷物だけでも持ってあげる」
そう言うと、彼は座り直し、わたしの荷物を奪うように取って自分の膝に載せた。
澄んだ瞳、長い髪。男にしては華奢な体つき。 歳はわたしとほとんど違わないと思った。
「通勤客多いから、すぐ席空くよ」
古くからの友人かのように、話しかけてくる。
彼の言う通り、二駅くらいですぐに彼の向かいの席が空いた。
あの時、どんな話をしたのだろうか。 ハッキリ覚えていない。
彼が一方的に質問して、わたしはただ質問に答えていただけのように思う。
彼の優しそうな黒い瞳に、気持ちが奪われていた。
彼とは、電車がわたしの住む村の小さな駅に着いたところで別れた。
彼は終着駅まで行くと言っていた。
駅の改札を出た時、声に振り向くと、だが、彼はわたしを追いかけて来ていた。
「荷物、持ってあげるよ!」
わたしの荷物を奪い取って、彼は横に並んだ。
「どうして降りて来ちゃったの?」
わたしの問いに彼は応えた。
「キミの村を見たくなった」
振り向くと、すぐうしろにさっき彼の脇に掛けていた人相の悪い男がついて来ている。
「なに、あの人?」
「終着の駅には?」
訊くと、「オレのカゲみたいなもの」と、うしろも見ずに応えた。
人相の悪い男は、そのあと、わたしたちにずっとついて来た。
わたしの家は小さな酪農家だった。
その日、わたしの家まで来てしまったあの人相の悪い男は、父とずっと話していた。
男が帰ったあと、長い髪の彼がわたしの所へ来て言った。
「オレ、ここで働かしてもらうことに決めたから」
数頭の乳牛に支えられた小さな酪農場と言え、これから夏に向かって、仕事は山ほどある。
牛の世話、乳搾り、牧草の刈り取り。
娘に着いて来てしまった若者が働いてくれるというのは、
父には有り難い申し出だったに違いない。 あの時そう思っていた。
その日から、彼はわたしの家に住み込み、父を手伝ってひたすら働いた。
すぐに牛の世話も慣れ、搾乳のコツも掴み、トラクターを駆って牧草の刈り取りに励んだ。
わたしは恋人気取りで、彼を離れず、彼の仕事のジャマばかりしていた。
夜は、彼に与えられた牛舎脇のプレハブ部屋に、母の叱って呼ぶ声がするまで入り浸った。
彼は、わたしにはあれこれ質問するくせに、自分のことを何も話さなかった。
けれど、
田舎育ちの、恋がなにかも知らないわたしが、彼と深い仲に進展することはなかった。
彼もまた、妙な遠慮があって、結局夏の間、わたしの手を握ることすらしなかった。
夏の終わり、
あの人相の悪い男がまた来て、彼はわたしの家を出ていった。
追いかけて、わたしはあの小さな駅までついて行った。
「ここを出てどこへ行くの? あの終着駅の街?」
彼は無言で、人相の悪い男のあとについて行く。
改札口を抜けた彼に、わたしはすがって訊いた。
「終着の街になにがあるの?」
彼はわたしを振り返り、たったひとこと言った。
「ケイムショ」
〈ion〉
3.「ピカピカの中古?!─息子が選んだ自転車」
春まだ浅い風の冷たい歩道を、男が肩をすぼめて歩いてくる。
この不況で、永年勤めていた会社のリストラに遭い、ハローワークで職探しの帰りだった。
家に近い小さなサイクルショップが見えて来た時、
ふと見ると、六年生になる息子が店を出て来る所だった。
息子は父親に気づかないまま、早足で家の方に駆けていく。
男は、息子が新しい自転車がほしいとせがんでいたのを思い出した。
まだ、自分がリストラに遭うなどとは夢にも思っていない、ついこの間のことだ。
「そうだな、もうお前には今の自転車は小さすぎる。一回り大きいのを買ってやるか」
男は息子にそう応えていた。
「ついでに、パパも自分用の買って、河川公園のサイクリングコース、競争するか?」
そう言うと、息子は目を輝かせていた。
今となっては、自分用はおろか、息子の自転車を買い換えてやる余裕もない。
次の仕事が見つかるまで、家族みな、節約でしのぐしかない。
暗い気持ちでサイクルショップの前で立ち止まり、中を覗いてみた。
若い店主がこちらに笑顔を向け、頭を下げたのと目が合った。
「やあ、ご主人、 ちょうど今、お宅の息子さんが…」
やはり、そうか。
息子は買ってもらえるものと思って、目当ての自転車を見に来ていたに違いない。
店主の声に、素通りするわけにはいかず、
胸に重石を乗せられたような気持ちのまま、店内に入った。
「うちの子、どんな自転車がいいって…?」
今は買えなくても、いずれは買ってやりたい。 どんな自転車か見ておきたい。
「あれですよ♪」
店主が指さしたのは、だが、
ズラリと並ぶピカピカの新車の向こうに置かれた、一台の中古自転車だった。
「え? あれ…?」

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