目次
まえがき
まえがきー純真無垢な動物たちの本音
犬も猫も人間も元気に楽しく長生きする秘訣その1
犬や猫が縫い針を飲み込んだら
犬や猫が乳ガンになったら
犬や猫が乳ガン以外のガンになったら
犬や猫のガンと人間のガンとの違いは
犬や猫が吐いたり下痢(血便)をしたりしたら
犬も猫も人間も元気に楽しく長生きする秘訣その2
定期検診で病気を見つけてもらった犬や猫の運命は
犬も猫も人間も元気に楽しく長生きする秘訣その3
解熱剤で熱を下げてもらい元気になった猫の翌日
犬も猫も人間も元気に楽しく長生きする秘訣その4
足を切断して歩けるようになった犬
犬も猫も人間も元気に楽しく長生きする秘訣その5
自分の腎臓を愛猫に移植してやってほしいと申し出られた飼い主さん
犬や猫たちにも相性がある
相性の合わない犬や猫が同居すると病気になる
犬も猫も人間も元気に楽しく長生きする秘訣その6
妊娠・出産・子育てを繰り返している犬や猫は長生きする
犬も猫も人間も元気に楽しく長生きする秘訣その7
犬や猫に我慢をさせすぎると病気になる
犬も猫も人間も元気に楽しく長生きする秘訣その8
長生きしている犬や猫はベタベタに可愛がってもらっている
犬も猫も人間も元気に楽しく長生きする秘訣その9
不安感が長く続いて死んだ子犬
犬も猫も人間も元気に楽しく長生きする秘訣その10
食べ物に好き嫌いのある犬や猫も元気で長生きする
まとめ
まとめ
あとがき
あとがき
附録
附録ー私のリビングウィル

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まえがきー純真無垢な動物たちの本音

 

  まえがき

 

大阪の箕面市に私が永田動物病院を開業したのは1980年だから、もう30年以上前のことになる。以来今日までに、私は何万匹という動物たちを診療してきた。

診療してきた動物たちの種類はさまざまだ。犬、猫、ハムスター、モルモット、リス、ウサギ、フェレット、タヌキ、アライグマ、イノシシ、鹿、ワラビー、プレーリードッグ、チンチラ、日本猿、リスザル、チンパンジー、といった哺乳類はもちろん、セキセイインコ、オカメインコ、フクロウ、カラス、アヒル、ハト、スズメ、九官鳥、オウム、文鳥などの鳥類、それからカメやイグアナなどの爬虫類まで多種多様だ。珍しいところではアメリカのフロリダで、モーターボートのスクリューに接触して傷ついたマナティーの治療の手伝いをしたこともある。

しかし、主役はやはり人間との付き合いが長くて深い犬と猫だ。永田動物病院に連れて来られた動物たちの98パーセントくらいは犬か猫だと思う。

診療の内容もさまざまだ。あるときは内科医として聴診器を持って犬の心臓の雑音を聴いたり、あるときは外科医として猫の骨折の手術をしたり、あるときは産婦人科医として犬のお産の介助をしたり、あるときは歯科医として猫の歯周病の治療をしたり、あるときは精神科医として犬や猫の心のケアーもしてきた。

そして、そんな仕事を通じて私は動物たちから多くのことを教えてもらった。

いや教えてもらったのは動物たちからだけではない。動物病院に動物が来るときには必ず飼い主さんが付き添って来られるのだ。

                                                                             動物に付き添って来られるのは普通おひとりかおふたりだが、ときには1匹の子猫にお父さん、お母さん、子供さんが3人、そしておじいさん、おばあさん、と6人も7人もの方が付き添って来られ、狭い待合室や診察室がいっぱいになることもある。ほほえましい限りだ。
 

こうして私は何万人という飼い主さんとも接し、飼い主さんからも多くのことを教えてもらった。

 

人間は動物だ。

それは子どもでも知っている。しかし、

「人間は他の動物とは全く違う特別な動物だ」

と考えておられる方が多いと思う。実は私もそのひとりだった。

「人間は万物の霊長だ。他のすべての動物たちを支配する特別な存在なのだ」

私はそう信じて疑わなかった。

しかし、獣医師として多くの動物たちと接している間に、それが人間の思い上がりであることに気付かされた。

というのも、動物たちは何もかもほとんど人間と同じなのだ。

彼らにも人間と同じように楽しいときがあれば辛いときもある。恋愛もするし失恋もする。また、人間と同じように嫉妬もする。犬や猫を飼っておられる方ならば彼らの嫉妬深さを痛いほど感じておられるはずだ。

また、ときには彼らも人間と同じように病気になる。感染症やガンなど病気の種類は人間と同じだ。病気になる原因も人間と同じだ。

そして、病気や怪我に対して人間と同じ医学的治療をすれば、人間と同じように反応する。動物だから薬がよく効くとか治療によく反応するということは無い。動物だから自然治癒力が強いということも無い。

治療に使う薬は抗生物質もインスリンなどのホルモン剤も人間と同じだ。手術に使う麻酔薬も人間と同じだ。

また、年老いると認知症になることがあるのまで人間と同じだ。

たとえば、昼間グーグー寝ていて夜になると家の中を何時間も徘徊したり、食べたばかりなのにすぐにまた食事を要求したり、壁に向かってわけもなく鳴きわめいたりなど、おかしな行動をするお年寄り動物がいるのだ。

そして、そんな彼らもやがて人間と同じように死を迎える。

 

彼らを見ていて思う、

「人間は決して特別な動物ではない」と。

人間は普通の動物だ。どうしても特別という言葉を使うとすれば、人間は思考力の優れた、すなわち大脳が特別に発達した普通の動物だ。

ならば、犬は嗅覚や聴覚の優れた、すなわち鼻や耳が特別に発達した普通の動物だ。猫は立体的運動能力の優れた、すなわち小脳が特別に発達した普通の動物だ。それぞれの動物は発達している器官が違うだけで基本的にはみんな同じなのだ。つまり、犬も猫も人間も白血球の働きをはじめ免疫力や治癒力などに変わりは無いということだ。

しかし、ひとつ人間と違うところがある。それは寿命が短いということだ。犬と猫の平均寿命はどちらも13歳くらいだ。だから老化現象が現れるのも人間より断然早い。たった4歳で口の周りに白髪が出始めてもおかしくないし、6歳になると白内障の兆候が出てくることもある。

そうだ、犬や猫は何もかもほとんど人間と同じで、人間より寿命が短い、つまり、犬や猫の一生は人間の一生を早送りしているようなものなの

まずは動物病院という臨床現場で彼らが訴える次のような声に耳を傾けてみたい。

・・・

A犬「ワタシたちに医学的な治療をしてくださるのならば、症状が出てから、つまり何らかのかたちでワタシたちの生活の質が落ちてからにしてください。そうすればワタシたちは元気に楽しく長生きしま~す

B猫「隠れている病気があってもそのままそっとしておいてください。そうすればワタシたちは元気に楽しく長生きしま~す」

C犬「病気で苦しんでいるワタシたちを楽にしてやろうというお気持ちはうれしいですが、症状を薬で抑えないでください。そうすればワタシたちは元気に楽しく長生きしま~す。症状は病気をやっつけるために大切なものなんですよ!」

D猫「受けたほうが得だと科学的に証明されている医療(証明の仕方はあとで説明しま~す)を受けさせてください。そうすればワタシたちは元気に楽しく長生きしま~す」

E犬「受けたほうが得だと科学的に証明されていない医療(ほとんどこれだと思いま~す)を受けてみるかどうか、それは最終的には飼い主さんが決めてください。そうすればワタシたちも飼い主さんも満足しま~す」

F猫「相性の合う個体とだけ一緒に過ごさせてください。そうすればワタシたちは元気に楽しく長生きしま~す」

G犬「一生繁殖活動(恋愛、出産、子育てなど)をさせてください。それが無理なら不妊手術を受けさせてください。そうすればワタシたちは元気に楽しく長生きしま~す」

H猫「自然と調和した暮らしをさせてください。そうすればワタシたちは元気に楽しく長生きしま~す。自然と調和した暮らしってどんな暮らしかって?それは後で説明しま~す!」

I犬「スキンシップで接してください。そうすればワタシたちは元気に楽しく長生きしま~す」

J猫「あまり長時間はドキドキハラハラさせないでください。そうすればワタシたちは元気に楽しく長生    きしま~す」

K犬「それぞれの個体が喜んで食べる自然食を毎日食べさせてください。そうすればワタシたちは元気に楽しく長生きしま~す。そもそも食べ物についてあんまり難しく考えないでくださいね!」

 

・・・

 

犬や猫は人間と同じ医療を実際に受け、その医療を受けるとどんな効果があるのか、またどんな副作用があるのかを教えてくれた。いやそれだけではない、彼らは人間より寿命が短いからわかったのだが、その医療を受けると長生きできることが多いのか、それとも逆に早死にしてしまうことが多いのか、そんな大切なポイントまで私に教えてくれた。

ライフスタイルに関してもそうだ。彼らはさまざまな暮らしを実際に体験し、どんな暮らしをしたら病気になりにくく長生きできるのか、その反対に、どんな暮らしをしたら病気になって早死にしやすいのかを、身を以って私に教えてくれた。

こうして私は犬や猫自身から、犬や猫を元気に楽しく長生きさせる秘訣を教えてもらった。

人間も動物だ。それも特別な動物ではない。犬や猫と同じ普通の動物だ。だから、犬や猫を元気に楽しく長生きさせる秘訣は人間が元気に楽しく長生きする秘訣でもあるはずだ、と私は考えている

本文では犬や猫の場合の具体的な例を挙げながら、『犬も猫も人間も、元気に楽しく長生きする秘訣』について私の考えを述べてみたいと思う。

 

 

 


犬や猫が縫い針を飲み込んだら


 「ワタシは飲み込むのが得意で~す。何でも一気に飲み込んでごらんにいれま~す。先生が持ってるその細長くてキラキラ光っているものなあに?まずは口の中に入れてみたい感じで~す」

 

まず最初に、生後4か月になるこの写真のシーズー犬、クルミから教えてもらいたいと思う。私が手に持っているのは縫い針だ。

 

 犬は食べ物をあまり咀嚼しない動物だ。食べ物を噛んで味わうというより喉越しを楽しむタイプなのだ。相当大きな物でも一気にゴクンと飲み込む。ときには飲み込むのに四苦八苦して白目をむくことがあるが、そばで見ているとどうやら犬はそれさえも楽しんでいるように思われる。

犬は嚥下力が強いのだ。しかし、何かの拍子に誤って総入れ歯を飲み込んでしまったという人間のおばあさんがおられるらしいから、人間の嚥下力も大したものだ。

 飲み込まれた物は、たとえそれが食べ物ではなく異物であっても、ほとんど肛門から排出される。一番大きい単一サイズの乾電池がそのまま肛門から出てきたゴールデン・レトリーバー犬もいる。おばあさんが飲み込んでしまった総入れ歯も肛門から出たという。

しかし、ときに異物が小腸に詰まって腸閉塞を起こしてしまうことがある。そうなると大変だ。全く元気が無くなる。そして吐いて吐いて吐き続ける。水を飲んでも吐く。早急に手術をして異物を摘出しなければ死んでしまう。私はその手術を100例以上行っているが、ほとんどが犬だ。猫は1例しか記憶が無い。

手術で腸から取り出した物を思い出してみると、小石、ゴムボール、軍手、雑巾、タオル、人形の手首、桃の種、梅干しの種、木の実、トウモロコシの芯、金属の鈴、布製バッグ、その他わけのわからない物などさまざまだ。

それではもし、犬が縫い針を飲み込んでしまったらどうなるだろうか?

・・・

「いくらなんでも縫い針のような鋭利なものが細くて曲がりくねった消化管を通り抜けられるはずが無い。胃や腸に刺さったり、胃や腸を貫通して腹膜に刺さったり、場合によっては横隔膜を貫通し心臓に刺さったりして死ぬこともある。だから犬が縫い針を飲み込んでしまったらすぐに開腹手術をして摘出しなければならない」

・・・

ほとんどの方がそう考えておられると思う。

私もそう考えていた。

だから開業して初めて縫い針を飲み込んでしまった犬が永田動物病院に連れて来られたときには、レントゲンで針が体内にあるのを確認した後迷わず摘出手術をした。写真のクルミによく似たシーズー犬だった。

 
全身麻酔をかけ、腹部の皮膚を切開し、腹壁を切開し、腹腔内に指を入れて縫い針を触診で確認し、腸を貫通させて縫い針を体外に取り出し、腸の貫通創を洗浄し、腹壁を縫合し、皮膚を縫合する、という手術だ。取り出した縫い針には短い糸が付いていた。
 
幸い出血はほとんど無く麻酔からも無事に覚め、手術に立ち会っていた飼い主さんは安堵のため息をついておられた。
 

ところがその何週間か後、私が行ったその手術がほんとうに必要だったのかどうかを疑わせるような事件が起きた。

といっても悪くない事件だ。あるマルチーズ犬の飼い主さんが散歩のときいつものように便を処理しようとすると、便の中から長さ3センチもある縫い針が出てきたのだ。

飼い主さんの話によると、そのマルチーズ犬はその何日か前に裁縫箱をひっくり返して遊んでいたという。どうやらそのときに誤って飲み込んでしまった縫い針が、胃腸を通過して便と一緒に肛門から出てきたらしいのだ。

「まだおなかの中に縫い針が残っているかもしれません・・・」

飼い主さんは心配顔をしておられた。

早速レントゲンを撮った。しかし、幸いなことにおなかの中に縫い針は無かった。

事件はさらに続いた。その何カ月か後、今度はトイプードル犬の朝の便に縫い針が混じっているのが見つかった。やはり飲み込まれた縫い針が自然に出てきたのだ。

「犬が縫い針を飲み込むなんてありえないよ!」と思われるかもしれないが現実には結構あるのだ。

私は疑問を感じ始めた。

・・・

「犬が縫い針を飲み込んでしまったらすぐに開腹手術をして摘出するべきだと考えていたが、案外そうではないかもしれないぞ。そういえば縫い針を飲み込んでしまった犬は結構な数いるはずだが、飲み込まれた縫い針が胃腸炎や腹膜炎を引き起こしたとか、心臓に刺さって大変なことになったという症例には遭遇したことが無いし、そんな話を聞いたことも無い。もしかしたら、犬が縫い針を飲み込んでしまっても手術を急がず、便と一緒に出るのを待っていたほうがいいのではないのか」

・・・

と考えるようになったのだ。

もちろん、反対意見もあると思う。

・・・

「胃腸炎や腹膜炎を発症してから縫い針摘出手術をすれば術死の危険が高くなるので、症状が出る前に手術をするべきだ」

・・・

というものだ。

確かに、胃腸炎や腹膜炎などを発症している状態での手術は、症状が出る前の手術より死亡率が高い。それは間違い無い。しかし、胃腸炎や腹膜炎を発症していない状態での開腹手術にも死ぬ危険はある。それに、もし縫い針が自然に便と一緒に出てくるのならその手術は全くの無駄な手術だということになる。

 

放置している危険性と医学的介入の危険性を比較検証する方法

 

つまり、飲み込まれた縫い針を放置していても死ぬ危険があるし、すぐに外科的に摘出しても死ぬ危険がある、ということになる。問題はどちらの危険が大きいかだ。それを確かめるには、無作為化比較試験という試験をしなければならない。それは次のようなものだ。

 

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縫い針飲み込み犬10000匹無作為化比較試験

 

1)10000匹の犬に全く同じ縫い針を飲み込ませる。

2)彼らをくじ引きで無作為に5000匹ずつふたつのグループAとBに分ける。

3)Aグループの5000匹には症状が出る前に開腹手術をして縫い針を摘出する。

4)Bグループの5000匹には何もしないで観察を続け、元気や食欲が無くなるなどといった縫い針による症状が出てきたら、それから開腹手術などの治療をする。

5)AとB両グループの犬の平均寿命を比較する。

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10000匹の中には大きな犬もいるだろうし、小さな犬もいるだろう。また、体の丈夫な犬もいるだろうし、どちらかというとひ弱な犬もいるだろう。生活環境もさまざまで、家の中で飼ってもらっている犬もいるだろうし、庭で飼ってもらっている犬もいるだろう。食生活にしても、毎日ドッグフードを食べている犬もいれば人間と同じ物を食べている犬もいるだろう。

しかしくじ引きで無作為に分けているので、たとえばAグループにだけ大きな犬が多いとか体の丈夫な犬が多いなどというグループ間の偏りはほとんど無いはずだ。だから、縫い針を飲み込ませていなければ両グループの犬の平均寿命はどちらもほとんど同じになるはずだ。

ところがこの無作為化比較試験の結果、Aグループの犬の平均寿命のほうが長ければ、縫い針を飲み込んでしまったら症状が出る前に開腹手術をするべきだ、ということになり、Bグループの犬の平均寿命のほうが長ければ、縫い針を飲み込んでしまっても症状が出るまで何もしないほうがいい、ということになる。

しかし、そんな試験はほとんど実現不可能だ。

 

手術が救った命、手術が奪った命

 

多くの手術には値打ちがある。私の経験でも食道梗塞、胃捻転、腸捻転、腸閉塞、腸重積、直腸脱、フィラリア症、尿路結石症、膀胱破裂、右大動脈弓遺残、子宮蓄膿症、会陰ヘルニア、横隔膜ヘルニア、などに対して手術は劇的な効果を発揮してきた。手術以外の方法では助けることができなかったであろう多くの動物の命を救ってきたのだ。

しかしその反面、手術に伴う死亡例も私は何度か経験している。通常の麻酔で突然心停止を起こした例もある。また、麻酔も手術もうまくいったと思われたが、術後の回復が悪く1週間後に死亡した例もある。

それから、後遺症という問題もある。それは軽い皮膚のひきつれ程度から、日常生活に支障が出るほどひどいものまでさまざまだ。後遺症の発生しない手術は無いのだ。

手術は決して安易にするべきものではない。

 

20年以上実践してきた結果

 

「犬が縫い針を飲み込んでしまっても症状が出るまで様子を見ていたほうがいいのではないか?」

私はこの疑問を行動に移した。といっても何もしないという行動だ。具体的には、次に縫い針を飲み込んでしまった犬が来院してきたら、飼い主さんにこれまでの状況を説明し飼い主さんの承諾を得た上で、すぐには手術をしないで様子を見るようにお勧めすることにしたのだ。

間もなくその機会は来た。またシーズー犬だった。

そのシーズー犬は飼い主さんの見ている前で縫い針を飲み込んでしまったという。念のためレントゲンを撮るとやはり体内に縫い針がくっきりと写っていた。しかし、私は何もしないで様子を見るように飼い主さんにお勧めした。飼い主さんは不安そうではあったが私の考えに賛同してくださり、そのままそのシーズー犬を連れて帰られた。

犬が縫い針を飲み込んでしまったのに何も治療をしない、というのにも勇気がいる。私は緊張しながら飼い主さんからの連絡を待った。飼い主さんの承諾を得ているとはいえ何かあったら大変だ。

しかし、その心配は杞憂に終わった。2日後「縫い針が便と一緒に出てきました!」という喜びの電話があったのだ。

それからは犬が縫い針を飲み込んでしまってもしばらく様子を見るように、自信を持って飼い主さんにお勧めするようになった。そして、その後今日までに20例以上縫い針を飲み込んでしまった犬を診てきたが、外科的に摘出したことは一度も無い。腹膜炎を起こしたり心臓に刺さったりしたことも無い。すべての例で縫い針が肛門から便と一緒に出てきたのを確認している。結果的に無駄な手術をしないでほんとによかったと思う。

動物の胃腸は非常にうまくできていて、縫い針のような鋭利なものでも優しく包み込み、ほとんどの場合便と一緒に送り出してくれる。

だから、犬が縫い針を飲み込んでしまってもあわてないで、しばらく様子を見ていればいいのだ。そして、運悪く縫い針が胃腸に刺さったり貫通したりして胃腸炎や腹膜炎などを発症してしまったら、それから摘出手術などの治療をすればいい。全体的に見るとそのほうが症状が出る前に摘出手術をするより元気に楽しく長生きする確率が高い、と私は考えている。

 

ちなみに、

・・・

症状とは何らかのかたちで生活の質が落ちている状態

・・・

と私は定義し、本文の中でもその意味で使っている

 

 

串カツの串を飲み込んでしまったらどうなるか?

 

私は串カツの串を飲み込んでしまった犬にも遭遇している。しかし、その犬の飼い主さんはご自分の愛犬が串カツの串を飲み込んでしまったことに気がついてはおられなかった。脇腹に小さな傷があり、その傷が何日もじくじくしていて自然に治る気配が無い、ということで来院されたのだ。

診察すると、たしかに放置していても自然に治りそうな直径1センチくらいの化膿創だった。ところがその傷の奥をピンセットで探って驚いた。中から長さ20センチもある竹の串が手品のようにするすると出てきたのだ。

さすがに串カツの串は長すぎたのか胃腸の中を通過して便と一緒に出ることはできなかったようだ。しかし、犬の体としてはそんな異物がいつまでも胃や腸の中にとどまっていては困る。何とかしてその串を体外に排出しなければならない。

そこで、犬の体は胃か腸に穴をあけ、腹膜に穴をあけ、腹壁に穴をあけ、皮膚に穴をあけて、トンネルを作ったのだ。脇腹の傷は串を通すトンネルの出口だったのだ。

そのトンネルが完成するまでには何日かかかったはずだ。しかし、その犬は胃腸炎や腹膜炎を起こしている様子も無く毎日元気に走り回っていたという。

「動物の自然に治る力とはすごい!」としか言いようが無い。いや人間も動物だ。大脳が特別に発達した普通の動物だ。人間も串カツの串を飲み込んでしまったら犬と同じ確率で同じことをやってのけると私は思う。

ただ、私は串カツの串が脇腹の皮膚から出てきた犬を2例しか診ていない。症例数としては極めて少ない。だから、犬が串カツの串を飲み込んだらどういうことになる確率が高いのか、それを明確に述べることはできない。

 

縫い針は例外か?

 

その後私の頭の中に次のような新たな疑問が生まれた。

・・・

「放置しておくと手遅れになるので、症状が出る前に治療をするべきだ。いろいろなケースでこのような話をよく耳にするが果たしてそれは本当だろうか、縫い針を飲み込んでしまった場合と同じように、症状が出るまで様子を見ていたほうがいいのではないか?」

・・・

 

 たとえば、犬が乳ガンになったらどうすればいいのだろうか?

 

 

 

 


犬や猫が乳ガンになったら

 

それでは乳ガンの場合はどうなのだろうか?

 

 

「ワタシ、乳首のすぐ上に小さな乳ガンができてま~す。少し充血してま~す。でも毎日食欲旺盛で元気に走り回ってま~す」

 

 

 

 


「ワタシの乳ガンは夏ミカンくらいの大きさになってま~す。でも痛くもかゆくもありませ~ん。元気いっぱいで~す」




 乳ガンを医学的に治療するとすれば手術になると思うが問題はそのタイミングだ。

・・・

「放置しておくと手遅れになるので症状が出る前に手術をしたほうがいいのだろうか?」

それとも、

「縫い針を飲み込んだ場合と同じように症状が出てから手術をしたほうがいいのだろうか?」

・・・

それを確かめるには、やはり次のような無作為化比較試験をしなければならない。

 

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症状の無い乳ガン犬10000匹無作為化比較試験

 

1)乳ガンになったが症状の出ていない犬10000匹をくじ引きで無作為に5000匹ずつふたつのグループAとBに分ける。

2)Aグループの5000匹には症状が出る前に乳ガンの手術をする。

3)Bグループの5000匹には症状が出るまで何もせず、もし症状が出てきたらそれから乳ガンの手術をする。

4)AとB両グループの犬の平均寿命を比較する。

(症状とは生活の質が落ちる状態を意味する)

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この試験の結果、Aグループの犬の平均寿命のほうが長ければ、犬の乳ガンは症状が出る前に手術をするべきだということになり、Bグループの犬の平均寿命のほうが長ければ、犬の乳ガンは症状が出るまで何もせず、症状が出てきてから手術をするべきだということになる。

乳ガン死の数を比べるのではなく寿命を比べるのがポイントだ。手術により乳ガン以外の死が増えたり減ったりする可能性があるので、それも計算に入れなければならないからだ。

この無作為化比較試験を行うと犬の乳ガンは症状が出る前に手術をするべきか、それとも症状が出てから手術をするべきか、少なくともどちらが長生きできるのかを科学的に証明することができる。正しく行われればその結果にだれも文句のつけようが無い試験だと思われる。しかし、実際に行うのは難しいと思う。

 

永田動物病院は臨床試験現場になっていた!

 

ガンに対しては、動物の医療界でも人間の医療界と同様、早期発見・早期治療が大切だ、ということになっている(科学的な根拠は無いと思うが)。

だから私も犬の乳ガンに対して早期発見・早期治療を数多く行なってきた。

治療は外科的切除だ。つまり、まだ何の症状も引き起こしていない乳ガンをたくさん切ってきたのだ。大豆くらいの大きさの小さな乳ガンも数多く切った。スイカのように大きくなった乳ガンも切った。100例以上切った。

手術の様式はガンの部分切除がほとんどだが乳腺を全部切除する手術もした。左右の全乳腺を同時にすべて切除したこともあった。

犬の乳腺は脇の下から内股まで続き、乳首は4対から6対ほどある。だから左右の全乳腺の切除となると大手術になる。ガンと全乳腺を切除した後の皮膚の傷口を縫い合わせるだけで1時間ほどかかり、縫合器具をつかんでいる右手の指の皮膚が擦りむけそうになったものだ。手術をされた犬も辛かったと思う。

しかしその一方で、飼い主さんの希望により乳ガンと診断しても早期には何も医学的な治療をせず、ガンが進行し何らかの症状を表わすようになってから切除手術をした症例も100以上あった。早期発見・早期治療を希望される飼い主さんばかりではなかったのだ。

そして、私は彼女たちのほとんど全員と彼女たちが寿命を終えるまでつきあわさせてもらった。

犬が乳ガンになるのはほとんど4歳以上であり、永田動物病院に連れて来られる犬の平均寿命は約13年、だからほとんどの犬の乳ガンは9年以内に経過観察を終えることができるわけだ。

永田動物病院は期せずして犬の乳ガンに対し症状が出る前に手術をした場合と、症状が出てから手術をした場合の、どちらの犬の寿命が長いかを比較する臨床試験現場になっていたのだ。無作為化比較試験ではなく経験してきた印象を比較しているだけだが。

 

寿命を比べた結果

 

その結果、

「犬の乳ガンは症状が出る前に手術をしても、何らかの症状が出てから手術をしても、犬の寿命にはほとんど変わりが無い」

という確信的印象を持つに至った。

確かに、犬の乳ガンの多くは少しずつ成長して大きくなる。しかし、ほとんどの乳ガンは、大きくなっても何の症状も引き起こすことが無い。犬は一生乳ガンを持ったまま、心臓病など他の病気で死を迎えることが多いのだ。

当然ながら、そんな乳ガンは犬に痛い思いをさせたり、出血や麻酔や後遺症のリスクを冒してまで切除する必要が無い。飲み込んだ縫い針が便と一緒に肛門から出てきた犬の場合と同じだ。

しかしもちろん、そんな乳ガンばかりではない。時間の経過とともに大変なことになる乳ガンもある。ガンが皮膚を突き破って破裂したり、転移したり、周りの組織に深く食い込んだりすることがあるのだ。ついにはとても切除できないような状態になり、少数ながら体調を崩し死に至る場合もある。

問題は、症状の無い早期の段階で乳ガンを切除しておけば、そんな大変なことにならずに済むかどうか、だ。

その答えはノーだ。

私の経験によると、大変なことになる(ガン細胞がたちの悪い遺伝子を持っていて発生とほぼ同時に全身をめぐっている?)乳ガンはどんなに早期に、どんなに広く切除しても、再発したり転移したりして大変なことになる。再手術をしてもまた再発する。そして一部の犬は乳ガンが原因で死に至る。その時期は乳ガンを症状が出る前に切除しても、症状が出てから切除しても変わらない。

 

犬の乳ガン切除手術にはどんな効果があるのか?

 

ただ、手術によって不快感などの症状を軽くすることができた、と思える例はあった。たとえば、乳ガンが破裂すると犬はその患部を気にして一日中舐め続け、散歩にも行きたがらなくなることが多いが、その破裂した乳ガンを周りの組織とともに切除すると、すっきりするのか舐めなくなり活動的になるものだ。しかし、多くの場合再発してまた破裂する。

 

 

 「ワタシは柴犬コロ、乳ガンが破裂してしまいました。見た目は痛そうですが触られても大して痛くはありません。ただ強い違和感があります。だからつい舐めたくなり朝から晩まで舐めてしまいます。でも食欲はあります。そんな私を見て飼い主さんは、このまま積極的な治療をせず破裂した乳ガンと付き合っていくか、それとも手術を受けるか、迷っておられました。しかしこのたび、手術を受けると決断してくださいました。今から手術を受けま~す」

 

 

「コロで~す。手術を受けて1週間たちました。傷の治りは遅いけどおなかのジクジクが無くなって楽になりました。毎日飼い主さんと散歩に行ってま~す。食欲も旺盛で~す。ご覧のように傷は大きいで~す。『ガンがもっと小さいときに手術を受けていたらもっと小さな傷で済んだのに』・・・という意見もあると思いますが、ワタシのガンはもっと小さいときに手術を受けていても再発し、やはり今頃この手術と同じような2回目の手術を受けていると思いま~す。ワタシのガンはそんな遺伝子を持っているガンだと思いま~す」

 

犬の乳ガンも症状が出るまで治療をしないほうがいい!

 

このような経験をもとに、私は、

「犬は乳ガンになっても症状が出るまで手術をしないほうがいい」

と考えるようになった。

しかし、症状の無い乳ガンを切除することにより飼い主さんに大いに喜んでもらえたという例はあった。

「家族の一員である愛犬に乳ガンができているのに、何も治療をせず毎日見ているだけなんて精神的に耐えられません」

と訴えられる飼い主さんも少なくないのだ。そんな場合には飼い主さんに安心してもらうために手術をする。犬に痛い思いをさせることにはなるが、それはそれで意味のある手術だと思う。

私は犬の乳ガンに対するこのような考えが正しいと確信している。

だから、もしあなたの愛犬が乳ガンになり、それが様子を見ている間に転移したり、手術ができないほど大きく成長してしまったり、また手術ができないほど周りの組織に深く食い込んでしまっても、

「もっと早く手術しておけばよかった。かわいそうなことをした」

と後悔する必要は無い。そんなことになってしまう乳ガンはどんなに早期に切除していても、結局同じ時期にそうなってしまうのだ。むしろ、

「症状が出る前に手術をしなかったからこそ、今日まで痛い思いもさせず元気に楽しく過ごさせることができたのだ」

と考えるべきだと思う。

 

良性腫瘍と悪性腫瘍を区別する意味は?

 

「犬の乳ガン治療は症状が出てから始めるべきだ」

この私の考えによると、犬の乳腺にできた腫瘍を病理学的に良性と悪性とに分類することには意味が無いことになる。

なぜなら、病理学的に良性の乳腺腫瘍であっても症状があれば治療が必要かもしれないし、病理学的に悪性の腫瘍、すなわち乳ガンであっても症状が無ければ治療の必要が無い、つまりどちらであっても治療法には全く変わりが無いからだ。

だから、もしあなたの愛犬の乳腺に腫瘍ができても、それが悪性かどうか検査をする必要が無いと私は思う。そもそも良性腫瘍と悪性腫瘍との間に明確な境界線など存在しない。いい人と悪い人との間に明確な境界線が無いのと同じだ。それより、検査のために腫瘍に針を刺すと急に腫れてきたり、急に痛がったりするようになることがあるところなどをみると、検査は有害でもある。

 

犬の乳ガンについて私の考えを要約すると次のようになる。

 

イ)ほとんどの乳ガンは一生症状を引き起こさない。

ロ)将来症状が出る乳ガンは症状が出る前に手術をしても、ほとんど再発して同じ時期に症状が出る。

ハ)乳ガンで死亡することがあるが、症状が出る前に手術をしても症状が出てから手術をしてもその時期は変わらない。

ニ)手術によって乳ガンの症状を軽くすることができる場合がある。

ホ)症状が無くても乳ガンを切除すると飼い主さんに喜んでもらえる。

ヘ)乳ガン検査には害がある。

 

乳ガンは特別なガンか?

 

それでは、乳ガン以外の他のガンはどうなのか?

症状が出る前に見つけ手術など医学的な治療をしたほうがいいのだろうか?

 


犬や猫が乳ガン以外のガンになったら

 

それでは乳ガン以外のガンはどうなのだろうか?

乳ガンはガンの中でも特別なガンであり、肺ガンや肝臓ガンなど他のガンは症状が出る前に切除手術をしたほうがいいのだろうか?

いやそうではないだろう。乳ガンだけが特別なガンだと考えるほうが不自然だと思う。

確かに、私には犬の乳ガン以外で症状の無いガンの手術をした経験があまり多くない。しかし、手術をした数少ない症例を思い返してみても、それが腹腔内のガンであれ、足の骨にできた骨肉腫であれ、皮膚の肥満細胞腫(マストサイトーマ)であれ、犬ではなく猫であれ、

「症状が出る前に切除手術をしてよかった」

と確信を持って言える例は無い。手術により腫瘍が消え去ったので飼い主さんに喜んではもらったが、もしかしたら一生手術をしなくてもよかったガンを切除しただけかもしれないからだ。それならば彼らに痛い思いをさせただけだ。

一方、症状の無いガンを外科的に切除したが、術後元気になること無く死亡したり、すぐに再発したりして、

「手術をしないほうがよかったのではないか」

と考えざるを得なかった例はいくつかある。

抗ガン剤療法でもそうだ。

たとえばリンパ肉腫の場合、抗ガン剤としてステロイドを投与すると劇的に腫瘍が小さくなる、という効果を何例も目の当たりにしてきた。しかしその一方で、リンパ肉腫と診断したが元気も食欲もあったので何も治療をしなかったら、リンパ肉腫としての症状は一生出ることなく他の病気で天寿を全うした、という症例も何例か見てきた。乳ガンの場合と同じだ。悪性の腫瘍である肥満細胞腫でも同じような経験をした。

このような経験をもとに、私は、

「乳ガン以外の他のすべてのガンも、症状が出るまでは何も医学的な治療をせず、症状が出てから治療を始めたほうがいい」

と考えるようになった。これも無作為化比較試験の結果ではなく、経験的印象を比較した結果だが。

ガンの放射線療法に関しては私は経験が無い。

 

腫瘍に対しどんな医療を受けるか、それを決めるのは飼い主さん

 

腫瘍ができてしまった動物の飼い主さんは診察室で私によく次のような質問をされる。

「もし先生の飼っている動物がうちの子みたいに腫瘍ができたらどうします?」

そんなとき、開業してから約10年間は、私は次のように答えていた。

・・・

「私の飼っている動物ならば、まずこの腫瘍が良性か悪性かを判断するために穿刺細胞診をします。腫瘍に針を刺して組織をほんの少し取り、それをスライドグラスに薄く広げ染色して顕微鏡で観察するのです。その結果、明らかに良性であれば何も治療をしないで様子を見ます。しかし、悪性が疑われれば手遅れになる前になるべく早く治療を始めます」

 

 

 

「ワタシ、おなかにしこりができたので穿刺細胞診をしてもらってま~す。良性かなあ、それとも悪性かなあ。心配で~す

 

 

 

しかし、最近では同じ質問をされると、これまでに述べてきた腫瘍に対する私の新しい考えをご説明した後、次のようにお答えするようにしている。

・・・

私の飼っている動物ならば、からだのどこかに腫瘍ができても症状が出る前には検査をしません。もちろん手術をしたり抗ガン剤治療をしたりもしません。このまま何もせず観察を続け、将来元気・食欲が落ちるなどの症状が出てきたらそれから検査や治療を始めます。そのほうが元気に楽しく長生きさせられる確率が高いと考えているからです。

しかし、私のこの考えが正しいと科学的に証明されているわけではありません。症状が出る前に検査をして悪性なら早く治療を始めるべきだという意見もあります。

どちらの考えが正しいかを科学的に証明するには無作為化比較試験をして寿命を比較する必要がありますが、実際にその試験を行うのは難しいと思います。

飼い主さんとしては迷われると思います。しかし、どちらの道を選択されるか最終的には飼い主さんに決断してもらわなければなりません。飼い主さんが希望されるなら穿刺細胞診をしますし、手術もします。私はどちらも200例以上経験しています。また、手術で摘出した組織を病理検査に出して、病理医に悪性度を判断してもらうこともできます。

ゆっくり考えてください。あわてて決断される必要はありません。セカンドオピニオンを聞いたり、本を読んだり、インターネットで腫瘍の切除手術を受けた動物の飼い主さんの投稿を読んだりして情報を集め、最後には飼い主さんの直感も交えて決断してください」

・・・

 

このようにご説明するとほとんどの飼い主さんは私のお勧めに賛同してくださった。だからほとんどの場合私は私の考え通りに実行してきた。どうやら治療を受ける側は治療をする側の意見に従ってしまう傾向があるようだ。

その後の彼らは短命だったり長命だったりさまざまだが、私は、私のお勧めする道を飼い主さんから選択してもらった患者動物たちは喜んでくれているし、家族の一員としてその動物を可愛がっておられるほとんどの飼い主さんにも満足していただいている、と感じている。

 

 

「ワタシはフレンチブルドッグのベリー、8歳です。2年3カ月前、左右の顎の下にグリグリができたので大きな病院で病理検査を受けました。そして、リンパ肉腫と診断されました。治療は抗ガン剤、それも早期発見・早期治療が大切だというお話でした。しかし、飼い主さんはワタシに全く症状が無いので今のところは何も治療をせず、症状が出てきてから治療を始めるという道を選択してくださいました。グリグリは少しずつ大きくなっています。悪性腫瘍ができているのにすぐに治療をしない、というのは医学常識に反しているかもしれません。でも飼い主さんが悩んで悩んで悩んで選んでくださった道は正しいに決まってま~す」

 

 

「ワタシはトイプードルのトト、9歳です。ワタシもリンパ肉腫です。セカンドオピニオンも受けました。でも症状が無いので何も治療を受けていませ~ん。ワタシの飼い主さんも動物は自動車などの機械とは違うので早期発見・早期治療をしないほうがいい、というお考えです。飼い主さんのお考えはワタシの考えです。リンパ肉腫という病気を受け入れて一生付き合っていく覚悟で~す」

 

 

 

 

ボクもリンパ肉腫で~す。診断されてから2カ月間何もせず様子を見ていたのですが、食欲が無くなってきたので3日前から治療を始めました。おかげで食欲が出てきました!」

 

 

 

 

 

「ボクはラブラドール・レトリーバーのくまのすけで~す。おなかのしこりが大きくなって床につきそうになっていま~す。このしこり、7年前に2件の病院で肥満細胞腫(マストサイトーマ)と診断されました。悪性の腫瘍らしいで~す。どちらの病院でもすぐに手術をするように勧められました。でもボクの飼い主さんは決心がつかずサードオピニオンを聞かれました。そして最終的には飼い主さんの直感によりボクは手術を受けないことになりました。その後しこりは少し大きくなりましたが最近ちょっと縮んできたような感じがしま~す。幸いボクは今も毎日元気に楽しく飼い主さんと遊んでいま~す。飼い主さんが左手に持っておられるのは、ボクのしこりが傷つかないように守る飼い主さん特製のブラジャーみたいなもので~す。手術を受けなくてほんと良かったで~す。『おまえは例外だよ。多くの肥満細胞腫は症状が出る前に手術をしないと進行したり転移したりして大変なことになるんだ』という人もいますが、その意見には根拠が無いと思いま~す」 


 

 

 

 


犬や猫のガンと人間のガンとの違いは

犬や猫のガンと人間のガン

 

犬や猫は動物だ。人間も動物だ。みんな普通の動物だ。犬や猫が特別な動物だというわけではないし、人間も特別な動物ではない。

また、動物のガン細胞も人間のガン細胞も、遺伝子の一部がほんの少し変異しただけの、もともとは自分自身の細胞だ。つまり、ガン細胞発生のルーツは動物も人間も同じなのだ。

単純な私の頭でこのように考え進めると、動物のガン治療の教訓はそのまま人間にも適用できる、という結論に行き着く。

というわけで、私は人間のガンも動物のガンも治療を始めるタイミングは同じでいい、つまり、症状が出るまでは何もせず、症状が出てきてから治療を始めるほうが元気に楽しく長生きする確率が高い、と考えている。だから、私はガン検診を一度も受けたことが無いし、今後も受けるつもりは無い。

朝日新聞によると新潟大教授で予防医学を教える岡田正彦さん(63)も過去に一度も、胃ガンや肺ガンの検診に行ったことが無いという(胃がん・肺がん検診、効果あるの?―有効性示すデータ、日本だけ―201041日)。

この私の考えに対し、次のような反論や批判はあるだろう。

・・・

A「そもそも動物の病気と人間の病気を同列に考えること自体がおかしい」

B「犬の乳ガンを症状が出る前に治療した場合と、症状が出てから治療した場合の寿命が同じだというが、症状が出る前の治療が適切なものではなかったのではないか。症状が出る前にもっと適切な治療をしていれば、症状が出てから治療をした場合より長生きさせられたのではないか(たとえば、ガンを取り残さないように周辺組織とともにもっと広くもっと深く切除するとか、周辺リンパ節の切除をするとか、術後に抗ガン剤の投与や放射線照射をするとか、など)」

C「寿命の比較というが、それは単なる印象であって全く科学的な証明になっていない」

・・・

しかしそれならば、「ガンを症状が出る前に治療をすれば、症状が出てから治療を始めるより長生きできる」という説の正しさを証明する科学的根拠はあるのだろうか。

文芸春秋社の『患者よ、ガンと闘うな!』(近藤 誠著)や『ガン専門医よ、真実を語れ』(同)などによると、この件に関しては医学界で論争になっているようだ。

医学界で論争になっている、それこそが、「ガンは症状が出る前に治療をするべきだ」という説が必ずしも正しくない、という事実を示しているのではないか。


・・・

イ)「縫い針を飲み込んでしまっても症状が出るまでは、つまり食欲があって元気に走り回っていれば何も治療をしないほうがいいですよ」

ロ)「乳ガンになっても症状が出るまでは何も治療をしないほうがいいですよ」

ハ)[乳ガン以外のガンになっても症状が出るまでは何も治療をしないほうがいいですよ]

・・・

私は動物たちからこのように教えてもらった。

次に私はこの教えの適応範囲を広げた。

・・・

「縫い針を飲み込んでしまった場合やガンは例外ではなく、早期の医学的治療が必要だとされている他のケースでも、症状が無ければ何もせず、症状が出てから治療を始めるようにしたほうがいいのではないか

・・・

と考えたのだ。

そして、それを行動に移してみた。たとえば次の写真のミックス猫グレの場合がその一例だ。



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