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ワールズエンド

 

 もう何度読んだか分からない義母さんからのメールを、また読み返す。

 受信の日付は一週間前。

 だけどおれは、今もまだ返事をできないでいる。

 

 

 

 パチンと音を立てて、おれは携帯を閉じた。手元のビールを喉に流し込んで、ひとつ溜息をつく。

よーへーさーん! 辛いの平気っすか?

 急に背中から圧し掛かられて、思わず変な声が漏れた。おれは恨みがましい目で、背中にびったりくっついている上野を睨む。

お前な……、急に来んなよ

はい、あーん

あ?

 促がされるままに口を開けば、何か肉っぽいものを突っ込まれた。

うまいっしょー?

 や、うまいっつーか、……おまっ、ちょ、何だこの辛さ! 辛い通りこして痛いんだけど! 痛い痛い痛い、つか熱い!

ふっへへ、はいどーぞお口直しにー

 涙目になって水を探すおれの手に、憎たらしいふにゃふにゃの酔っ払い笑顔で、上野はジョッキを押し付けた。そしたら今までおれ達なんてそっちのけで騒いでいた連中がイッキコールとかかましてくるもんだから、ちょっとした殺意の波動も生まれるってもんだ。

 やんやと囃す連中を煽りつつ、おれは立ち上がって生中を流し込む。一気に飲みきってジョッキを掲げてみせれば、拍手が起こった。きゃー抱いてー男前ー、とかって腰にまとわりついてくる上野を引っぺがして、目が合った新入り君に次のコールを回してやる。

 あー、口ん中まだ痛え。やたら唾出てくるし何これ、何この新感覚。喉に沁みるっつーか、腹まで熱いっつーか辛いっつーか。

 うう、腹ちゃぽんちゃぽんで苦しい。イッキさせんならもっと量少ないの持ってこいっての、ばーか。

 恨み言の一つや二つぶつけてやろうと思って、上野の姿を探す。上野は、ごろんと仰向けになって、平和な顔で寝息を立て始めていた。お前なぁ……。

 いや、酔っ払いなんてこんなもんだし、おれだって酔っ払った時はこいつに結構迷惑かけてるけど。こないだも迷惑かけた。ごめん。半分以上覚えてないけど。うん、ごめん。おれの携帯で、着暦から一基に電話させたところあたりまでは覚えてる。ごめん。

 おれはそのへんにあった、もう誰のものか分からないグラスに残っていた氷を口の中に放り込んだ。あー、痛いのちょっとはマシかな。

ほとんど尻餅つくみたいにして座り込む。動くのだるい。おれも眠い。お開きまで寝よっかな。

 って思ってたら、

「あ、上野くん寝ちゃってるー」

「マジ? 剥いちゃえ剥いちゃえ!」

 きゃっきゃとはしゃぎながら、女の子二人が上野のベルトを外し始めた。……寝る案は却下。

 おれたちは絶賛、ちょっと早めの忘年会真っ最中だ。メンバーはバイト先の居酒屋面子。大通りからちょっと外れた、個人経営の居酒屋で大宴会中。

大人数で飲む時はいつもこの店だ。座敷なのも、飲み放題の酒の種類が多いのも良い。って言っても男どもは大概ビールだけだけど。場が砕けてきたら何だかんだでイッキのテンションになってくるから、強いのは飲めない。

 まあ、コール回されんのは嫌いじゃないけどさ。いかにも飲み会ってテンションは楽しいよ。そんで調子こいて次の日、もう飲みませんってトイレで心底思う破目になんだけどね。

 女の子二人に剥かれてパンツ一丁プラス靴下姿にされた上野はほっといて、……写メ撮られてるけどほっといて、おれはそのへんの瓶ビールとグラスを持って、隅っこで静かに飲んでる店長の所へ向かった。

「どーも、お疲れ様です」

 一応多分使われてないっぽい綺麗な方のグラスを店長に渡す。ちょっとだけ残ってた瓶ビールを注いで、おれも自分のグラスに注いでもらった。

「お疲れさん。避難か?」

「あー……、まあ、そんなとこ、です。いただきます」

 乾杯して、ちょっとぬるくなってるビールを飲み干す。さすが店長は大人だ。無茶な量を注いだりしない。

 夏以降、おれはこっちのバイトの量を減らしてもらった。今までは関わってなかった、久保酒店の経営のあたりとかを勉強するためだ。

仕事が決まったと伝えたら、店長は、そうか良かったなって言ってくれた。ほんの少しだけ残念そうな店長が嬉しいって思ってしまって、自分勝手な自分自身に腹が立った。

 で、リーダーも外してもらった。もうそんなにいっぱい入れんしさ。でも四月以降も、週一とか二とかで、忙しい時間帯に手伝わせてもらう予定だ。一基ともそのへんの話は相談済みだ。

 やっぱり金は、できるだけ稼いでおきたい。や、久保酒店の給料が安いとかって話じゃなくて。

 今まで父さんに払ってもらってた学費とかを返したいんだ。できる限り早く。奨学金ももちろん返済しつつ。

 デキャンタを傾ける店長をおれはぼんやりと眺める。……って、あ、手酌させてすみません。

「注ぎますよ」

「良いよ、休んでろ」

「あー…………、じゃあ」

 お言葉に甘えて。

 だんだん喋るのもしんどくなってきた。壁にもたれかかって、足を投げ出す。

「……ワイン、好きなんですか」

「まあな。詳しくはないけど」

 店長はワイングラスをくるりと回した。

「味。変わるって、言いますね」

 おれもワインに詳しいってわけじゃないけど、確かそんな話は聞いた事がある。デキャンタージュして空気に触れさせたらどうのこうのっていう。

「ま、正直言って雰囲気だけなんだけどな。味が変わってるとか匂いがどうとか、そういうのはあんまり分からない」

「はは、良いんじゃないですか。キザっぽくなくて逆に格好良いですよ」

 店長がワイン飲んでるってだけで格好良いし。サマになってるっつーか。

 言いながら、おれは壁に背中をくっつけたまんまずるずると滑る。というか落ちる? 後頭部だけ壁にくっつけた状態で、ずるんと滑り落ちた。

「大丈夫か? つらいなら寝てろよ」

「んー……、ありがとうございます」

 そんなに、今すぐ吐きそうなほどに酔ってるわけじゃないけど、結構ぐるぐるはしてる。さっきのイッキがきいたかな。いつもはもっと平気なんだけど。体調で酔い方ってだいぶ変わるって言うし。

……体調なあ。体調は、別に全然平気なんだけど。

 悩みの種的なもんは、確かにある。それの所為かね。分からんけど。

 義母さんからのメールの内容を反芻しながら、おれは目を閉じた。店長の側なら剥かれずにすむだろ、多分。
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最終更新日 : 2012-10-01 22:48:43

この本の内容は以上です。


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