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諸種四景

■一基の話 ―March―■

 女難。

 そうだ、俺はいわゆる女難の相というやつなのかもしれない。

 小学六年生の冬の話だ。

 当時よく遊んでいたクラスの女子から俺は告白をされた。彼女は少し大人しめの子で、ピアノが上手だったのを覚えている。

 実はずっと前から一基くんの事が好きだったの。私を彼女にして下さい。

 そう言って赤い顔で俯いたその子は可愛いと思ったけれど、それ以上に、少し離れたところから俺たちを見守っている彼女の友人達の、あの、ギラギラした眼差しが怖かった。

 

■佳代の話 ―September―■

 髪の毛を極力痛めないように乾かしながら、あたしはテレビをつける。見たい番組があるわけでもないけど、無音なのが何となく寂しいから、とりあえず。

 黒髪って楽そうで良いよねって、女の子にたまに言われる。染めるお金浮くでしょ? って、馬鹿にしたみたいに。安くすむんじゃない? って。

 そんなわけないでしょ、馬鹿にしてるの? とは、口には出さず、そうだね、ってあたしは笑って適当に流す。いちいち相手するのも面倒だし。

 

■多恵子の話 ―October―■

 やすりできれいに磨いた爪に、私はふうっと息を吹きかけた。ちょうどお風呂から上がってきたお兄ちゃんが、髪を拭きながら私の隣に座る。

多恵子も女になったな

セクハラやめてよ

すまん

 お兄ちゃんの事だから、別にセクハラのつもりで言ってるんじゃないと思うけど。多分。それに私だって本気でセクハラされたとか思ってないし。形式上の、兄妹喧嘩みたいな感じ。というか、喧嘩ですらないけど。

 

■上野の話 ―November―■ 

 オレは昔っから、自分の名前があんまし好きじゃない。って事を、母ちゃんにも父ちゃんにも言った事はないけど。だって、一生懸命考えてくれたんだろうし。それでもやっぱし、好きじゃない。

 というか、好きじゃないっていうか似合わなくて照れるというか。うん、そうだな。好きじゃないわけじゃないけど、照れ臭い。そう言った方が正しい。

 オレの名前の由来を聞いても、父ちゃんは格好良いだろ? って朗らかに笑って下さる。母ちゃんはハイカラでしょ? なんて言う。

 うん、確かにハイカラだよ……。ハイカラって響きが、何かもう、色々とアレな感じで、すごくハイカラだ……。


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最終更新日 : 2012-10-01 23:20:50

ワールズエンド

 

 もう何度読んだか分からない義母さんからのメールを、また読み返す。

 受信の日付は一週間前。

 だけどおれは、今もまだ返事をできないでいる。

 

 

 

 パチンと音を立てて、おれは携帯を閉じた。手元のビールを喉に流し込んで、ひとつ溜息をつく。

よーへーさーん! 辛いの平気っすか?

 急に背中から圧し掛かられて、思わず変な声が漏れた。おれは恨みがましい目で、背中にびったりくっついている上野を睨む。

お前な……、急に来んなよ

はい、あーん

あ?

 促がされるままに口を開けば、何か肉っぽいものを突っ込まれた。

うまいっしょー?

 や、うまいっつーか、……おまっ、ちょ、何だこの辛さ! 辛い通りこして痛いんだけど! 痛い痛い痛い、つか熱い!

ふっへへ、はいどーぞお口直しにー

 涙目になって水を探すおれの手に、憎たらしいふにゃふにゃの酔っ払い笑顔で、上野はジョッキを押し付けた。そしたら今までおれ達なんてそっちのけで騒いでいた連中がイッキコールとかかましてくるもんだから、ちょっとした殺意の波動も生まれるってもんだ。

 やんやと囃す連中を煽りつつ、おれは立ち上がって生中を流し込む。一気に飲みきってジョッキを掲げてみせれば、拍手が起こった。きゃー抱いてー男前ー、とかって腰にまとわりついてくる上野を引っぺがして、目が合った新入り君に次のコールを回してやる。

 あー、口ん中まだ痛え。やたら唾出てくるし何これ、何この新感覚。喉に沁みるっつーか、腹まで熱いっつーか辛いっつーか。

 うう、腹ちゃぽんちゃぽんで苦しい。イッキさせんならもっと量少ないの持ってこいっての、ばーか。

 恨み言の一つや二つぶつけてやろうと思って、上野の姿を探す。上野は、ごろんと仰向けになって、平和な顔で寝息を立て始めていた。お前なぁ……。

 いや、酔っ払いなんてこんなもんだし、おれだって酔っ払った時はこいつに結構迷惑かけてるけど。こないだも迷惑かけた。ごめん。半分以上覚えてないけど。うん、ごめん。おれの携帯で、着暦から一基に電話させたところあたりまでは覚えてる。ごめん。

 おれはそのへんにあった、もう誰のものか分からないグラスに残っていた氷を口の中に放り込んだ。あー、痛いのちょっとはマシかな。

ほとんど尻餅つくみたいにして座り込む。動くのだるい。おれも眠い。お開きまで寝よっかな。

 って思ってたら、

「あ、上野くん寝ちゃってるー」

「マジ? 剥いちゃえ剥いちゃえ!」

 きゃっきゃとはしゃぎながら、女の子二人が上野のベルトを外し始めた。……寝る案は却下。

 おれたちは絶賛、ちょっと早めの忘年会真っ最中だ。メンバーはバイト先の居酒屋面子。大通りからちょっと外れた、個人経営の居酒屋で大宴会中。

大人数で飲む時はいつもこの店だ。座敷なのも、飲み放題の酒の種類が多いのも良い。って言っても男どもは大概ビールだけだけど。場が砕けてきたら何だかんだでイッキのテンションになってくるから、強いのは飲めない。

 まあ、コール回されんのは嫌いじゃないけどさ。いかにも飲み会ってテンションは楽しいよ。そんで調子こいて次の日、もう飲みませんってトイレで心底思う破目になんだけどね。

 女の子二人に剥かれてパンツ一丁プラス靴下姿にされた上野はほっといて、……写メ撮られてるけどほっといて、おれはそのへんの瓶ビールとグラスを持って、隅っこで静かに飲んでる店長の所へ向かった。

「どーも、お疲れ様です」

 一応多分使われてないっぽい綺麗な方のグラスを店長に渡す。ちょっとだけ残ってた瓶ビールを注いで、おれも自分のグラスに注いでもらった。

「お疲れさん。避難か?」

「あー……、まあ、そんなとこ、です。いただきます」

 乾杯して、ちょっとぬるくなってるビールを飲み干す。さすが店長は大人だ。無茶な量を注いだりしない。

 夏以降、おれはこっちのバイトの量を減らしてもらった。今までは関わってなかった、久保酒店の経営のあたりとかを勉強するためだ。

仕事が決まったと伝えたら、店長は、そうか良かったなって言ってくれた。ほんの少しだけ残念そうな店長が嬉しいって思ってしまって、自分勝手な自分自身に腹が立った。

 で、リーダーも外してもらった。もうそんなにいっぱい入れんしさ。でも四月以降も、週一とか二とかで、忙しい時間帯に手伝わせてもらう予定だ。一基ともそのへんの話は相談済みだ。

 やっぱり金は、できるだけ稼いでおきたい。や、久保酒店の給料が安いとかって話じゃなくて。

 今まで父さんに払ってもらってた学費とかを返したいんだ。できる限り早く。奨学金ももちろん返済しつつ。

 デキャンタを傾ける店長をおれはぼんやりと眺める。……って、あ、手酌させてすみません。

「注ぎますよ」

「良いよ、休んでろ」

「あー…………、じゃあ」

 お言葉に甘えて。

 だんだん喋るのもしんどくなってきた。壁にもたれかかって、足を投げ出す。

「……ワイン、好きなんですか」

「まあな。詳しくはないけど」

 店長はワイングラスをくるりと回した。

「味。変わるって、言いますね」

 おれもワインに詳しいってわけじゃないけど、確かそんな話は聞いた事がある。デキャンタージュして空気に触れさせたらどうのこうのっていう。

「ま、正直言って雰囲気だけなんだけどな。味が変わってるとか匂いがどうとか、そういうのはあんまり分からない」

「はは、良いんじゃないですか。キザっぽくなくて逆に格好良いですよ」

 店長がワイン飲んでるってだけで格好良いし。サマになってるっつーか。

 言いながら、おれは壁に背中をくっつけたまんまずるずると滑る。というか落ちる? 後頭部だけ壁にくっつけた状態で、ずるんと滑り落ちた。

「大丈夫か? つらいなら寝てろよ」

「んー……、ありがとうございます」

 そんなに、今すぐ吐きそうなほどに酔ってるわけじゃないけど、結構ぐるぐるはしてる。さっきのイッキがきいたかな。いつもはもっと平気なんだけど。体調で酔い方ってだいぶ変わるって言うし。

……体調なあ。体調は、別に全然平気なんだけど。

 悩みの種的なもんは、確かにある。それの所為かね。分からんけど。

 義母さんからのメールの内容を反芻しながら、おれは目を閉じた。店長の側なら剥かれずにすむだろ、多分。
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最終更新日 : 2012-10-01 22:48:43

この本の内容は以上です。


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