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かりそめの快楽

 ここは「かりそめの快楽」。
 あなたの世界観に委ねられた世界。
 とても、気持ちがいい世界。
 あなたと一つになる喜び。
 溢れる優しさ。
 心も、身体も融けていく。
 とても懐かしい何処かへ還っていく。
 誰もが忘れている、誰もが知っている何処かに。
 このまま消えてしまいそう。
 でも、わたしの心は四散することなく、そこでわたし自身であり続けるの。
 あなたの世界がわたしを忘れることがない限り。
 目に見えることが全てじゃない。
 あなたが望みさえすれば、どんなわたしもあり得るの。
 でも、あなたにはそれが出来ない。
 あなたの世界には時がないから。
 世界は時と共に回り続け変化し続けるの。
 あなたは世界の中心に立ってその目で世界を見るの。
 何時か終わる時だけど、あなたがあなた自身であるために。
 さぁ、心と身体を解き放って。
 かりそめの快楽のその奥にあなたの止まった世界の核心があるのだから。
 わたしはあなたの世界を回すきっかけになるの・・・。

「始めての相手が竜斗で良かった・・・。
 どういう事って、そう言う事・・・」
 好きよ、竜斗・・・。
 大好きなの。
 でも、竜斗はわたしの事、どう思ってるの?
 何を見ているの?わたしを見ているようで、何処か遠くを見ている。
 お願い、わたしだけを見ていて。
 わたしはあなたの飾りじゃないのよ。
 あなたを慰めるために生きてるんじゃないんだから。
 あなたの心にわたしの居場所が欲しいの。
 わたしはあなたの中で生き続けたいんだから・・・。
 お願いだから、心を開いて・・・。

 私は夢をみているの。
 何の夢・・・?
 よく解らない。
 捕らえ所のない闇の世界。
 それは竜斗の世界。
 私は竜斗の世界にいるの。

 何処までも、何処までも続く、時の回廊。
 ただ真っ直ぐと道が延びている。
 私はその道の真ん中で周りを見渡すの。
 終わりも、初めも見ることが出来ないほど、果てしなく続く道。
 ちっぽけな私が歩ける距離はたかが知れている。
 途中から歩き出して、きっと途中で死んでしまうの。
 そうすると、また違う私がその途中から歩き始めるの。
 それが自然の摂理なんだって。
 でも、竜斗、あなたはその流れに逆らおうとしているの?
 あなたの時計の針は動くことなく止まっている。
 時を止めているのは小さい子供の竜斗なの。
 いつまでも遊んでいたい子供の些細な悪戯かもしれない。
 でも、あなたはもう子供じゃないはずよ。
 あなたは解き放ち、わたしは血を流して、急いで子供である事を捨てたはず。
 でも、それでも子供でいるつもりなの?
「きもち良い?
 解らないって、気持ちよくないの・・・?」
 遠い目。
 竜斗が何を見ているか、私、解っちゃったの・・・。
 時を止めてまで遊んでいるのは、もう子供じゃいられない事を知っているのに、本当は汚れた自分を痛いほど解ってるのに、それを認めたくないからよ。
 快楽に溺れて、罪を正当化して、楽しい思い出にしてしまえる程、あなたは強くない。
 誰より夢ばかり見て生きているから、自分の価値観で現実を直視してしまうのよ。
 あなたは私を汚してしまったことを悔いているの。
 いいえ、あなたが抱いたのは私じゃないのかもしれない。
 竜斗は自分自身を犯してしまった事に不快感を抱いているのよ。
 自分だけ救われたいと思っている、自分しか見えていない酷い人。
 でも、良いわ。
 今はそれで良いの。
 それでもあなたが好きだから。

 私は竜斗の時の回廊を逆に歩みながら、その核心へと近づいていく。
 途中、竜斗の思い出でが、私の中をくぐり抜ける。
 なんだか良くわからない不定形の思い。
 その切なさだけが伝わってくる。
 悲しくて、独りよがりで、とても寂しい思い・・・。
 きっと、あなたは独りじゃなかったはずなのに、誰にもうち明けずに、あなたは独り自分の気持ち閉じこめていた。
 もう、止めて。
 解放されていいのよ。
 竜斗は竜斗なんだから、そんなこと抱え込まなくて良いのよ。
 とても優しい気持ち・・・。
 子供を見守るお母さんのような気持ち・・・。
 でも、何か違う。
 私、あなたのお母さんじゃないから。
 やめて、甘えないで!あなたは子供じゃない!
 もう、大人なのよ!
 私はあなたのお母さんじゃない。
 そんなこと求められても困るんだから!
 私は代わりじゃないの!!
 後退・・・。
 竜斗の心が子供に戻ってきている。
 私が時の回廊をさかのぼっているから?
 それとも、子供に戻る事を望んでいるの、竜斗?
 時をさかのぼって、わたし何処にたどり着くんだろう。
 本当はわたし、知ってる。
 でも、それを考えるのが怖いの。
 もしかしたら、竜斗は私を捨てるかも知れないから・・・。
 赤い水・・・。
 心安らぐ心地よい鼓動・・・。
 とても、気持ちのいい世界。
 竜斗は産まれたままの姿で膝を抱えて安らかに寝ていた。
 ここは母親の胎内。
 きっとここにいれば、傷つくことも、傷つけることもない。
 でも、それで良いの竜斗・・・?
 ついまでも時を止めて、それで良いの?
 竜斗に触れようとすると、竜斗の身体から影が抜けだした。
 自分の気持ち誤魔化すために、かりそめの快楽に取り憑かれた竜斗。
 そうやって逃げるために、あなたは私を犯す。
 わたしは竜斗が全てなのに、竜斗は私をただの道具としかみていない。
 自慰のための道具としてしか・・・。
 止めて!もうやめて・・・。
 気持ちが悪いの・・・。
 本当はしたくないの!
 出来ないの私・・・!
 あなたがそうすることを望むなら、私には生きる価値が無いの!
 お願い、生きる価値が無いと言って!!
「お前なんて生きる価値がない・・・」
 確かに聞こえたあなたの声・・・。
 もう嫌なの・・・。
 死にたいの!
 お願いだから、私を殺して!!
「なんでそういう事するの!?」
 涙・・・。
「なんで泣いているの?」
 私は竜斗の涙を拭った。
「お願いだから、もう泣かないで・・・。
 わたしまで悲しくなるから」
「もう死ぬなんて、言わないで・・・」
「好きなんだ・・・。
 本当に好きなんだ・・・。
 だから、産まれてきて良かったし、君が生きててくれて良かった・・・。
 だから、死ぬなんて言わないで・・・」
 そして、時が動き出した・・・。
 時の回廊をさかのぼっていた私の心は今に引き戻された。
 まるで夢のような記憶を遺して・・・。


何時かあける夜

「竜斗・・・」
 わたし、たしかにそう言った。
 なんだろう、わたし泣いてるの・・・?
 何でこんなに切ないの・・・?
 そう、わたし夢を見ていたの。
 どんな夢?
 よく思い出せない。
 でも、竜斗が出てくる夢だったって事は解るの。
 とても長くて、でも何処か寂しくて、切なかった。
 何だろうね、この気持ち・・・。
 でも、嫌な気持ちじゃないの。
 とっても懐かしくて、優しい気持ち。
 ぼやけて見える薄暗い部屋の中。
 雨の音が静かに響いてる。
 ぴちゃぴちゃ。
 雨戸から滴が垂れる音。
 じゃぱーん。
 濡れた道路を走る車の音。
 いつもは靴を濡らす嫌な雨だけど、今日はなんだか新鮮で気持ちがいい。
 涙で濡れた頬をパジャマの裾でふき取った。
 今、何時なんだろう?
 まだ、日も昇っていないほど遅い時間。
 ううん、わたしの知らない朝早くの時間。
 冷たくて、澄んだ空気。
 何時も見慣れた部屋がまるで違う世界みたい。
 でも、少し寒い気もする。
 お腹が冷えちゃう。
 おっきな枕をギュッと抱きしめると、シャンプーの匂いがした。
 まだ、お父さんは起きていないよね?
 音を立てないように部屋のドアを開けると、廊下にお父さんの大きないびきが響いていた。
 はっきり言って耳が痛いほどうるさいの。
 昔はお父さんの隣で寝ていたけど、よく寝ていられたね。
 今じゃ無理かも・・・。
 とにかく、お父さんは起きていないみたい。
 ちょっとだけ・・・、外に出てみようかな?
 パジャマの上からカーディガンを羽織ると外に出る。
 玄関のドアに付いた鈴が鳴ると、お父さんを起こしてしまったんじゃないかと、少しドキっとする。
 玄関の向こうは家の中より肌寒むかった。
 今は夏だけど、まるで秋のような空気。
 土の匂いにも似た、雨の匂いがした。
 わたしの家の向かい側にある玄関の扉を見つめた。
 小さな団地、わたしの部屋の薄い壁の向こうに住んでいる、幼なじみの竜斗。
 わたしも相当変だと言われるけど、そんなわたからみても変な子。
 ふと、見ていた不思議な夢を思い出す。
 やっぱり、変な気持ち。
 今、竜斗は寝ているのかな?
 団地の階段から外を覗いてみると、一面白い霧で包まれていた。
 目線よりずうっと下の方に街灯の光がぼんやりと浮かんでいた。
 道に沿って何処までも続いている。
 なんだか幻想的で不思議な感じ。
 雨、止んじゃったのかな?
 でも、少し降っているのかもしれない。
 傘持ってないや。
 雨降ってるの知ってたのに、わたしって馬鹿だよね。
 ま、いいや。
 下まで降りると、本当に真っ白の世界。
 見慣れた団地の敷地も何処か違う世界のよう。
 1メートル先もよく見えない。
 上を見上げるとぼんやり電灯が光ってる。
 霧の中ってひんやりとして気持ちがいい。
 死んだこと無いから解らないけど、天国ってこんな感じなのかな?
 何となくこんなイメージ。
 お母さんはこんな所にいるのかな。
 わたしは無意識のうちに団地を奥へ奥へ進んでいた。
 団地の一番奥には公園があるの。
 ゴムで出来た柔らかい椅子のブランコ。
 石のオブジェに囲まれた砂場。
 そして、小屋の下にある街を見下ろせるベンチ。
 わたしはなんとなくこの公園が好きなの。
 ずっと前、大好きなお友達が家に泊まりに来たとき、一緒に夜景を見た事もあった。
 とても良い思い出。
 でも、沢山蚊に刺されたんだったっけ。
 島のような形をした団地の敷地。
 左にはまだらに光を灯した建物が列を作って建っている。
 右には街灯と車が沢山並んだ駐車場。
 その間を道は柔らかいカーブを描いて続いている。
 やがて左側に公園が見えた。
 ちょっと団地より少し下にある公園。
 柔らかい光を灯した小屋のお屋根が見える。
 階段を下がって公園に入る。
 神様のいたずらで、時を止められた静かな神殿みたい。
 ・・・あれっ?誰かいる。
 屋根の下で街の方を見つめながらタバコをふかす、見覚えのある小柄な後ろ姿。
 竜斗だった。
 その姿を見つけたとき、わたしはどきっとしたけど、なぜか嬉かった。
「・・・」
 いつもなら、なんの気兼ねなく話しかけられるんだけど、何でだろう声をかけることをためらってる。
 わたしはその場で立ちつくしてしまった。
 話しかける勇気がないの。
 お願いだからわたしに気が付いて・・・。
 その時、お腹が痛くなった。
 なんだか冷えちゃったみたい。
 それと同時にお腹の下の方がふくれあがる感じがした・・・。
 そう、お腹の中にガスがたまりつつあった。
 いやっ、こんな時にサイアクっ・・・!
 必死に押さえ込もうとしたけど、それが返って災いした。
 恥ずかしい音が静かな空間に響いた。
 その瞬間、耳まで真っ赤になるのが自分でも解った。
「いゃぁーーーーっ!!」
 わたしは思わず恥ずかしくなって、竜斗の背中を思いっきり蹴飛ばしていた。
「うぎゃっ!」
 竜斗は潰れたカエルのような声を上げて倒れ込んだ。
 その惨状を見て、思わずまた真っ赤になってしまった。
 地に伏せたまま固まったままの竜斗。
 ・・・もしかして、辺りどころが悪くて死んじゃったの?
 わたしはたまらなく怖くなって、その辺に落ちていた棒きれでつついてみた。
 すると僅かな反応を示す。
 なんだか面白い。
 なんか、子供の時やっていたアニメで、ロボットの女の子がこんな事してたっけ・・・。
「お前はア○レちゃんかっ?!
 そうすると、俺はっ・・・。
 それだけは嫌だぁ!」
 竜斗が独りでなにやら呟きながら復活した。
「・・・とにかく、何なんだよお前は!?
 突拍子もなく現れては、いきなり蹴飛ばしやがって!
 俺に恨みでもあんのか?」
 あっ、竜斗の鼻に落ち葉が・・・。
 凄んでいるけど、なんかマヌケ・・・。
 わたしは思わず笑ってしまった。
「なんだよ、何が可笑しい?」
「・・・なんでもないよぉだっ。
 それより、聞こえなかったの?」
「聞こえなかったって、何がだよ!?」
 わたしは心の中でホッと胸をなで下ろした。
「だったら良いのっ。
 気にしないでね!」
 わたしの声のトーンが高くなっていた。
「ああ、気にしない。
 誰もお前のおならなんて聞いちゃいねぇって」
「やっぱり、聞こえていたんじゃないのっ!バカッ!」
 わたしは竜斗の頭をこついてベンチに座った。
 ・・・恥ずかしかったけど、それでもいいや。
 だって、竜斗と話することが出来たんだもん。
 結果オーライよね?・・・何故か疑問系だけど。
「でも、何してるんだよ、こんな朝早くに?」
 竜斗はわたしの隣に座る。
 こんなにも近くに竜斗がいる。
 なんかドキドキ。
 竜斗の体温が感じられそうなぐらい近くに・・・。
 わたしの心臓の鼓動・・・。
 息の音・・・。
 匂い・・・。
 竜斗は感じているのかな?
 もし感じていたら、なんか恥ずかしい。
「なんか空気が気持ち良かったから、外に出てみたくなったの」
 竜斗はわたしの顔を見て笑う。
 失礼なヤツ・・・。
「悪い?」
「悪くなんかないよ。
 ただ、弓弦は純粋だと思ってさ」
 あ、竜斗がわたしを名前で呼んでくれた。
 竜斗がわたしと話す時って、いつもお前とか、君とか間接的にしか呼んでくれない。
 子供の時はそうじゃなかったけど・・・。
 いつの間にかに壁を作っていたんだね。
「わたし、純粋なんかじゃないよ」
「僕からしたら純粋だと思う。
 気持ちが良いって感じられることがさ・・・」
 竜斗の言い方、なんか影がある。
 わたしの知らない竜斗。
 しゃべり方も、雰囲気も全然違う。
 どうしてこんなにも深いの?
「じゃあ、竜斗は何でこんな所にいるの?」
「さぁ、どうしてだろうね」
 わたしはチラッと竜斗のワイシャツのポッケに入ったタバコの箱に目が行ってしまった。
「お姉ちゃんに隠れて、タバコ吸いに・・・?
 あれっ、竜斗ってタバコ吸ってたっけ?」
「普段は吸わないよ。
 ニコチンは身体に悪いし、ワザワザ身体壊すようなマネすんのもおかしいしさ」
 竜斗は遠くを見る。
 なんか悲しくて、寂しい目。
 なんで、そんな目をするの?
 わたしはじっと竜斗の顔を見つめていた。
「・・・この時間までインターネットやってて、なんかさ、無性に虚しくなって、何かで自分の気持ち誤魔化してないとやっていられなくてさ・・・。
 でも、吸うんじゃ無かった。
 だって、こんなんじゃ全然自分の気持ちを満たすことができないから。
 僕には一生タバコを吸う人の気持ちは分からないね・・・」
 竜斗はわたしが自分のことを見つめている事に気が付いてこっちを見る。
 少しどきっとする。
 男のくせに可愛い顔・・・。
 普段のトゲトゲさは消えてまるで子供のような顔してる。
「どうしたの?」
 心配そうにわたしの顔をのぞき込む。
 なんか、本当に心配しているみたい。
 へんなのっ。
「ううん、竜斗って変だなって思って」
「俺の何処が変だっていうんだ。
 お前のほうがよっぽど変だぜ」
 あ、また変わった。
 竜斗の心のチャンネルはコロコロ変わるのね。
 一体、その瞳でどんな世界を見ているんだろう?
 複雑でとらえどころのない世界・・・。
 でも、何時も何処か寂しそうなの・・・。
「インターネットで何かあったの?」
「何もないよ・・・・。
 インターネットは楽しいよ。
 色々な人と出会って・・・。
 楽しいんだけど、たまらなく虚しいんだ。
 何処の世界でも戯けてみせるけど、それが本当の自分じゃないって事が痛いほど良くわかる。
 記録として僕の姿が残って、終わった後も何時までも僕の姿が何時までもそこに残っているんだ・・・。
 そんな自分を見るのがなによりも嫌だ。
 冷たく笑う自分がいてそんな自分を壊してしまいたいと言うんだ。
 インターネットにいる人はそんな僕を嫌と言うほど映し出すけれど、それでも人の中で生き、自分を映しだしてくれていないと、不安でたまらないんだ・・・」
 悲しい瞳。
 わたしには解らないよ。
 なにがそんなに悲しいのか・・・。
 お願いだからそんな瞳をしないで・・・!
「竜斗は幸せじゃないの・・・?」
「解らないなぁ・・・。
 でも、きっと幸せなんだろうね。
 生活とか、特になにも困るようなことはないし、毎日をのうのうと暮らしているのだから・・・」
「わたしもそうよ。
 でも、わたしは幸せよ。
 毎日が楽しいからね!
 だから、竜斗も難しいこと考えないで、わたしと一緒に楽しもうよ!
 そうしたら、きっと幸せよ」
 わたしと一緒・・・?
 自分で言っててなんか恥ずかしいな・・・。
「そうだね」
 優しい笑顔・・・。
 わたし、そんな竜斗がすきなのかもしれない。
 あ、またお腹冷えてきた。
 おならこそでないものの、軋むような感じ・・・。
 わたしは思わずお腹を押さえていた。
「冷えちっゃたの?」
 わたしは言葉無く頷いた。
 竜斗は自分のジャンバーを脱いでわたしの方に掛けてくれた。
 竜斗の体温が残っていて暖かい・・・。
「そんなの悪いよっ!
 竜斗が寒いでしょ!!」
「だったらこうしよう」
 竜斗はわたしにピッタリとくっつくと、ジャンバーの片側を自分の肩に掛けた。
 少し大きめのジャンバーは二人の小さな身体を包んでいた。
 どうしよう、いまだかつてないほどに心臓がバクバク・・・。
 でも、もっとくっつきたい。
 わたしは竜斗の肩に頬をすりつけてしまった。
「猫みたいだね」
 竜斗はほほえむと、わたしの肩を抱いた。
 わたしは緊張のあまり息を飲んでしまったけど、とても優しく心地が良くて、すぐに竜斗に身体の重みを預けてしまった。
 わたし、濡れているみたい・・・。
 Hな事しているわけじゃないのに、濡らしちゃうなんて、わたしHな子なのかな・・・?
 竜斗がこの事を知ったら、嫌われちゃうかな?
 でも、こんなにも心地が良いの。
 竜斗・・・。
 わたし、竜斗の事好きみたい・・・。
「見て、朝日が昇るよ!」
 竜斗に言われて街の方を見てみると、いつの間にかに霧が晴れて、街が真っ赤に染まっていた。
 ゆっくりとゆっくりと太陽の光は私たちの街を飲み込んでいく・・・。
「綺麗・・・」
 わたしは思わず呟いた。
「本当に綺麗なのは、綺麗なものを綺麗だと思える弓弦の心だよ。
 風景は人の心の鏡のようなものだと僕は思うんだ。
 心がすさんでいれば、いくら綺麗な風景だってすさんで見える。
 逆に心が綺麗な人は、どんなに汚い風景を見ても、その中から綺麗なところを探し出して、綺麗だと思うことが出来る。
 だから、この景色を素直に綺麗だって言える弓弦の心はとても綺麗だと思う」
「竜斗も綺麗だと思うでしょ。
 だから、竜斗も心が綺麗な子だよ」
 竜斗は下にうつむく。
「そうだね・・・」
 その声は涙まじりの声だった。
「明けない夜はないよね・・・。
 長い夜でもいつかきっと・・・」
 このとき、この瞬間。
 とても幸せでたまらなかった。
 何時までも、何時までもこの時が続けば良いと思った。
 だけど、時は何時か終わる。
 だからこの気持ちを、この心を大切にしていこうね。
 そうだよね、竜斗。


満たされぬ者へ永遠の福音を

 満たされぬ者へ永遠の福音を・・・。
 満たされぬ者へ永遠の福音を・・・。
 満たされぬ者へ永遠の福音を・・・。
 世界は閉ざされた。
 それは繊細な世界だった。
 疑えば消えてしまう脆い世界。
 だけど、掛け買いのない僕の世界。
 ただ失うのが怖かった。
 こんな世界でも、失うのが怖かった。
 だけど、失うことを恐れすぎて、全てを失った。
 僕はまだ覚えているか、あの少女を。
 いつも傍らにいたはずだ。
 思い出せるか、僕自身の形を。
 僕があるべき形を見失っているはずだ。
 ・・・あの頃、たしかに僕はそこにいた。
 僕がそこにいるのがあたり前だと思っていた。
 でも、それは違った。
 彼女がいたからだ。
 彼女が支えていてくれたから、僕はちっぽけな僕の形を維持することができたんだ。
 こんなにも愛しくて、こんなにも愛されていたのに、僕は何一つ信じることが出来なかった。
 信じれば裏切られる。
 何時からか心に刻んだ不安に耐えることが出来なかった。
 自分の心の闇にとらわれて、自分自身を追い詰めていった。
 もう、誰も信じられない。
 僕は自ら世界の閉鎖を願った。
 焦がれる気持ちが全てを壊す。
 そして、僕は君を失った。
 厚い雲で覆われた空は閉ざされた僕の気持ちのようで、冷たい風は空虚となった僕の心を吹き抜ける。
 きっと、あの雲の上は太陽が輝いているのだろう。
 何億年の時を越えて輝き続ける光。
 ちっぽけな僕はほんの一瞬の暗がりでさえ、大きなものに思えてしまう。
 たった一度、たった一度でいい。
 もう一度だけ、奇跡を見たい。
 だから・・・。
 満たされぬ者へ永遠の福音を・・・。
 僕は閉ざされし世界の世界の悲しみを天に唄った。
 まるで天使の歌声のような幻想的な調べが僕を祝福する。
 とても懐かしい音だ。
 厚い雲を突き抜け黄金の光が射すと、光に包まれ僕の身体は還っていった。
 僕が僕として生まれる前、母親の胎内へと。
 そこは心地よい空間だった。
 優しく力強い鼓動が僕を抱く。
 ここにいれば傷つくことも、失うこともない。
 だけど、僕は会いたいんだ。
 傷つき、傷ついても良い。
 ぼろぼろになっても、それでも会いたいんだ。
 だから、僕は産まれてきたんだ。
 全てを失ってもなお、僕は生きているんだ。
 いや、何も失ってはいなかったんだ。
 僕は君に何かを与えられて、今もなお生き続けているんだ。
 そうだったんだ。
 そう、僕は何も失ってはいない。
 遙かな夢の終焉、闇の終わり、光の中で僕は彼女の姿を見た。
 違う世界、違う人生。
 僕と彼女はもう違う人間で、何時からかすれ違い互い、それぞれの道を歩んできたけども、僕と君が生きたあの世界の続きに今があるのだから、後悔してはいけない。
 触れるか触れないか、刹那の口づけ。
 触れれば消えてしまう幻を抱きしめる。
 僕の世界は再びまわり出す。
 目に見える事だけが現実じゃない。
 望みさえすれば世界は幾らでも変わる。
 何を望む・・・?
 共に過ごした記憶を胸に、僕と君が今も生き続けていればそれで良い。
 今も僕は僕、君は君として生き続けているのだから。

あとがき

まだ学生時代であった1999年に書き始めた作品です。

自分が子供から大人へと移り変わっていく時期の作品であり、出会いや別れと言った現実での葛藤に苛まれた為に第二章を書き出すまでの間にかなりの時間を要し、それに伴って考え方も大幅に変わって行ったので内容にまとまりがありませんが、青春のケジメとして最後まで書きあげたものです。

学校や近所と言う限りなく狭い環境の中で、恋愛や性愛というものが身近に存在し、女の子と触れ合ったぐらいでセカイをその手にしたかのような幻想を抱き、やがては現実に押しつぶされて自滅して行くという、思春期ならではの世界感を若い感受性で描いていると思います。

現在書いているSoma x Somaの原型とも言える作品で、竜斗や大河、夕鶴、宝塚、聖蘭と言ったキャラクターも今とは違う形で登場します。逆にこの作品には名前すら登場しないSoma x Somaの登場人物代表は姫であり、彼女はこの作品が描かれた1999年から現在に至るまでの自分自身を象徴しているのかも知れません。ある意味でSoma x Somaと言う作品は、永久に閉ざされた青春時代から違う時間軸を生きる姫と言う人物が卒業する様子を描いていると言えます。

真の意味で未来へと進んでいくには自分の過去を受け入れる必要があると思い、一太郎で製作しMOディスクに長期保存されていたこの作品の封印を解き放つことにしました。

しかし、車の描写だけは車に乗ったことが無い若者が想像だけで書いている嘘八百感が丸出しで、車好きとしては擁護できる次元ではありませんね(汗


奥付



竜斗の世界


http://p.booklog.jp/book/56849


著者 : ゆうすけ
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