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第三章その1

「竜斗、早く帰ろうよ!
 ねぇってば!!」
 ボコっ!!
 後から思いっきりコツかれて僕は我に返った。
「痛いなぁ、何するんだよっ?!」
 色素の薄い髪、小さな身体。
 まるで子供のようなあどけない顔。
 振り返るとそこに制服姿の夕鶴がいた。
「竜斗ってば、何考えていたの?」
 夕鶴に言われて僕はドキッとする。
「いんや、ただ、ぼうっとしていただけだよ」
「本当・・?」
 夕鶴は拳を握りしめて僕の鼻先に突き出す。
 って、そりゃ恐喝かよ?
「僕が考え事するような奴に思える?」
「そんなわけけないわよね!」
 ってオイオイ簡単に納得すんなよっ!!
 まぁ、精神年齢3歳には僕の孤高な気持ちなど分かるまい。
 って、僕自身自分の気持ちが分からないんだもんな。
 心の中で突っ込みつつも、僕は団地の下から西の空を眺めた。
 公園の森の奥に聳える給水塔。
 森へと飛び帰る鳥たちの姿が、真っ赤に染まった秋空の夕焼けの中でシルエットになって浮かんでいた。
 11月も中盤になると、4時には日が沈むようになっていた。
 下校の時にこんな夕焼けを見る度に僕は切望するんだ。
 僕はチラリと隣り合わせで歩く夕鶴の横顔を盗み見る。
 もう何年も続く2人並んで登下校するこんな時間。
 何事もなかったかのように過ぎ去る平凡な毎日に違和感を覚えると同時に、そんな毎日が儚く思えて仕方がなかった。
 何時か終わる夢・・・。
 叶わぬ夢・・・。
 そう思えば思うほど切なくなる。
 出来れば夢から覚めたくない。
 この夕日が沈んで、また日が昇っても夢から覚めず、今日のような毎日が続けば良いと何時も思うんだ。
「また、明日も秋晴れだと良いね」
 夕日に目をやる僕に気が付いた夕鶴が立ち止まって、眩しげに夕日を眺めながら言う。
 半分沈んだ太陽によって公園と給水塔はシルエットになって映っていた。
 それを見つめる夕鶴の横顔は夕焼けで赤く火照り何処か切なげに見えた。
 僕の脳裏の中にしか存在しない、美しく幻想的な絵画のような情景。
「そうだね・・・」
 僕は静かに呟いた。
 都会から隔離された森の中の小さな古びた団地で輝く小さな女神。
 誰の物でもない僕の世界。
 もし、こんな毎日が終わったとしても、僕は自分の世界を、夕鶴を守り続ける事が出来ると思う。
 根拠は無いけどそう確信していた。
 僕は世界を見たのだから・・・!

 

 竜斗の世界~The End Of Ryuto’s Verden

 

 その日の食後。
 夕鶴が食器を洗う中、僕はテーブルのイスに腰掛けてTVを見ていた。
 TVのニュース番組で、今年の春にプロになったライオンズの大物ルーキー投手の特集を組んでいた。
 18歳と僕とそう歳の変わらない彼は、練習で150km/hの球を投げては得意げな顔をしていた。
 150km/hの球を投げられるからと言って、何を粋がっているのかと僕は冷たい視線をTVのモニターに送っていた。
 自分が生かされているだけだと言うことに気が付かない。
 本当の世界も知らないでいい気なものだ。
「若い内は誰だって可能性に満ちあふれ、全てを知った気になって、いい気になるものさ。
 でも、誰だって順風満帆でずっと生きられるものじゃないし、この投手だって何時か挫折にブチ当たるときが来る。
 今はまだ若く可能性はあるが、挫折を知り自分がいかにちっぽけな存在だったかを痛感し、そこで歩くのを止めてしまうか、更に飛躍できるかで大物かそうじゃないかが決まる。
 自分に与えられた可能性が尽き掛けたとき、本当の大物は埋もれた道を切り開く!」 
 夕鶴の家のリビングのソファー。
 大きなクマと中くらいのクマに囲まれ、おじさんが足を組んでTVのリモコン片手に、
「肉体改造っーーーー!!」
 と叫んでいた。
「何なんだかな・・・」
 僕はおじさんを後目にリビングの雨戸を開け、自分の家に戻ろうとするが、おじさんは僕を引き留めるように言う。
「この世は1人の世界観だけで成り立っているものじゃない。
 自分を中心に回っているように感じる世界も、その世界の登場人物がいて初めて成り立つ。
 そして、その世界の登場人物一人一人にそれぞれの世界がある。
 そう、お前の世界の登場人物である俺や、夕鶴にだって。
 今はまだ俺の言葉が解らないかもしれないが、いずれ思い返してその言葉を自分のものにすれば良い」

 ベットに寝転がり音楽を聞きながらジッと天井を見つめていた。
 何もない一日は幸せ。
 何時かこんな日が終わると言うことを知っている。
 幸せな日々が終わらなければいいと思っている。
 なのにこうして変わらない時間を過ごす自分に違和感を感じるのは何でだろう?
 心がザワついて何だか落ち着かない。
 本当の世界を知ってしまったから、多くのことが下らなく思えてしまうのかも知れない。
 その時、僕は部屋の中に夕鶴の存在を感じて、上体を起こしてドアの方を向く。
 そこにはパジャマ姿の夕鶴がいた。
 この間の高速道路での戦いあたりから、IFを展開していないのにも関わらず、自分の感覚領域が拡大している気がする。
「どうしたの?」
「ううん、私がお皿洗っている途中で帰っちゃったから、どうしたのかなって思って」
 心配そうに僕を見つめる夕鶴の顔。
 何だかおかしくなって僕は笑いながら言う。
「何でもないよ」
「そうかな・・・?
 近頃、竜斗が何処か遠くにいるような気がするの。
 私や身の回りの風景を見つめているようで、もっと遠くを見ているような感じ。
 何処にも行かないよね・・・?」
「大丈夫だよ、約束したじゃないか。
 ずっと一緒にいるって・・・」
 夕鶴はベットに腰を掛ける僕の横に座り肩を寄せる。
 身体に感じる夕鶴の柔らかく暖かい感触。
 香るシャンプーの香りに僕は胸が高鳴る。
 横を向くとすぐそばに目をつぶった夕鶴の顔があった。
 ドクン!
 ドクン!
 鼓動が高まっていく。
 僕は導かれるように自らの唇を夕鶴の唇へと重ねる。
 初めてのキス。
 舌と舌。
 うねるような感触に僕の心と身体は融けて行く。
 ただ、夕鶴を感じる舌の感触と、口から飛び出んばかりに鼓動する心臓と、脈動する股間の張りつめた感覚だけがハッキリとしていた。
 唇から糸を引きながら互いの顔を離す。
「こんな事を望むなんて、自分でも嫌らしい子だと思う・・・。
 でも、これ以上の空白は怖いの。
 闇の中で自分が埋もれて行ってしまう。
 竜斗と一緒にいるって証拠が欲しい。
 竜斗を感じていたいの・・・」
”彼女”の手がズボンの上から僕の股間を握っていた。
 僕は息が止まるほど”彼女”の行動に驚き、同時に快感を感じる自分に嫌悪感を抱いた。
 でも、刺激された男の本能は僕のちっぽけな理性じゃ押さえきれなかった。
 そして、”わき上がる”・・・!

 欲しい!
 もっと、欲しい・・・!
 身体だけじゃない!
 その身体の奥にある心まで欲しいんだ!
 この身体を壊すように!
 心まで入り込むように!
 そうすれば、全てが思いのままに!
 全てが思いのままになる!
 我が目に映るもの、彼女の瞳に映るもの、それが世界の全て!
 世界は我が手に!
 
 身体が、心の表面が”彼女”を求めれば求めるほど、心の奥底ででそんな自分たちを冷たく見つめていた。
”彼女”を感じれば感じるほど、心がザワついてバラバラになっていく。
 それは僕が最近、日常に感じる違和感に似ていた。
 何か違う・・・。
 何か違うんだ!。
 コレは僕じゃない!
 そして、目の前で悶える”彼女”も夕鶴じゃない!
 怖いんだ!
 こんな事をしている自分が!
 こんな事をしている夕鶴が!
 夕鶴とひとつになる・・・。
 それはずっと望んでいたことだった。
 何度も何度も想像し、夢に見ては自分を慰めて来たことなのに、これが夢であると思いたい。
 でも、感じる快感と、重なる”彼女”の肌がそれを現実であると痛感させる。
 壊れていく・・・。
 絶頂を迎えると同時に僕が僕である感覚が壊れて、違和感と感覚が僕の世界を遙かに離れ、この全世界を覆うように広がっていく。
  そして、それは僕の心から切り離された。
 ただ、違和感の断片だけを残して。

 見ては行けない・・・。
 見ては行けないと思いながらも彼女の身体に目をやる。
 ピンク色の頂を持つふたつの僅かな膨らみ。
 白い下腹部に栄える黒い茂み。
 改めて見ると再び心臓が高鳴り息苦しくなる。
 決して見ることも触れることも出来ない世界にたどり着いた罪悪感。
 白い腹の上に垂れた白濁の液体と、シーツに付いた赤いシミが自分の罪を物語っていた。
 こんな事をしたのは僕じゃない。
 これは夕鶴じゃない。
 夢の中に出てくる大人の男女だ!
「何で泣いているの・・・?」
 自分のお腹と股間をティッシュで拭うと”夕鶴”が言う。
「泣いてなんかいないよ・・・」
 そう言う僕の頬をつたう涙がシーツの上にこぼれて新しいシミを作る。
「何でだろう・・・、何で泣いてるんだろう?」
 夕鶴が涙をすする僕を抱き寄せて髪を撫でる。
 僕は夕鶴に縋り涙をまた一滴、また一滴とこぼす。
「ゴメンね、竜斗の気持ちを考えないで、自分の気持ちだけを押しつけちゃって・・・。
 竜斗は私のことどう思っているか確かめずに・・・」
 震える夕鶴の声・・・。
「全然、嫌じゃないんだよ・・・。
 夕鶴と一緒になれて嬉しいんだ・・・。
 でも、そんなことをしている自分も、夕鶴との大人の関係も受け入れることもできなかった・・・。
 僕はまだ子供だったんだ・・・」
 そして、夕鶴もまだ子供だと思っていた・・・。
「子供でも良い・・・!」
 夕鶴はそう言うと僕を強く抱きしめた。
「竜斗が竜斗じゃなくなって、何処か遠くに行ってしまう気がして怖かったけど、竜斗はやっぱり竜斗だったね・・・。
 子供でも良いよ。
 竜斗が竜斗でいてくれるなら・・・」
 本当に遠くに行ってしまったのは、僕じゃなくて夕鶴の方だった・・・。
 たかが数ヶ月先に産まれただけだと思っていたけど、まだ子供だと思っていたけど、夕鶴の方が先に大人になってしまってた。
 2人、同じものを見ていると思っていたけど、僕は僕、夕鶴は夕鶴それぞれ違う世界を見ていて、それぞれに違う成長をしていたのかもしれない。
 僕はまだ、僕や夕鶴、世界の全てを容認することが出来ない子供なんだ。
 全てを受け止められるような大人になりたい・・・!
 夕鶴に近づきたいんだ!
 僕は涙を拭いながら夕鶴の頬にキスをした。
「まだ大人になれないから、僕の精一杯はこれだけだよ・・・」
「ディープキスよりも、SEXよりも一番竜斗を感じるよ・・・。
 ありのままの竜斗が良いね」
 僕は変わりたい・・・!

 次の日の朝。
 冷たく澄んだ秋の空気が鼻をツンとさせる。
 生徒達の通学時の賑やかな声が団地の中に響く、何時もと変わらぬ通学時の風景。
 紅葉した落ち葉舞う団地の間の公園の遊歩道。
 森と給水塔をバックに並んで歩く、僕と夕鶴の関係は昨日までと少し違っていた。
「竜斗の手、暖かいね」
 夕鶴が言う。
 秋晴れの下、繋がれた手と手。
 世の中の恋人同士がそうするように、それが当たり前のように僕らの手は繋がれていた。
 秋の冷たい空気の中、夕鶴の手が暖かく感じられた。
「夕鶴の手も温かいよ」
 僕はテレながら言う。
 それはずっと思い描いていた幸せの像。
 僕は幸せかな?
 きっと、幸せだと思う。
 でも、何か足りない気もする。
 夕鶴がこんなにも近くにいるのに、なにが足りないんだろう?
 あれだけ身近に感じていた僕の世界が、今は感じられないんだ。
 ずっと感じていたザワザワとした心の違和感は今はなく、心は凄く落ち着いていた。
 激しく燃えたぎる強い心が無くなってしまったんだ。
 心と体を突き動かし、世界を回すそんな強い心が欲しい。
 そうすれば、僕自身を変えられるはず。
「ねぇ、竜斗」
 空を見ながら考え込む僕の顔を見て夕鶴が微笑みながら言う。
「そんなに大人になることを急いでも勿体ないよ。
 確かに今の”私たち”は弱い存在だし、出来ないことも沢山あるかも知れない。
 でも、もしかすると今じゃないと出来ないこともあるかも知れないよ。
 これから先、永遠に同じ時は続かないかも知れない。
 たった一度しかない竜斗の少年時代だから、今、この一瞬を大切にしないとね」
「でも、夕鶴は僕より大人だと思う。
 ・・・夕鶴に追いつきたいんだ」
 僕は言う。
「私も竜斗が思っているほど大人じゃないよ。
 大人と子供の間でいつも四苦八苦してる。
 子供の時は自分が自分らしく生きることなんて当たり前で、それがわがままで許されることも、大人になるに連れてそれが許されなくなってくる。
 自分が自分らしく生きることの風当たりが強くなって、世の中が私を否定するようになる。
 だから、大人は自分に仮面を付けて生きる・・・」
 思い出すように言葉を絞り出す夕鶴の表情は少し陰りを見せた。
 僕はその表情からこの間の高速道路での戦いの時、自分から姉さんの車に乗り込んだ夕鶴の姿を思い出した。
 あのときの夕鶴の気持ちが少し分かったような気がした。
「でも、竜斗がいてくれたから、竜斗が私を認めてくれていたから、私は仮面を付けないで自分らしくいられるの。
 小さい頃、辛くてどうしょうもなかったときも、否定されて仮面を付けて自分をあきらめようとしたときも、竜斗は何時も私を救ってくれた。
 いま、私がこうしていられるのは竜斗のお陰なの。
 だから、今度は私が竜斗を助ける番。
 どんなときも私が認めていてあげるから、竜斗は竜斗らしく生きれば良いと思う。
 今は大人でもない、子供でもない中途半端でも、自分のペースで成長すれば良いからね。
 私を信じてね・・・」
 強くて暖かい夕鶴の笑顔・・・。
 僕は暖かく優しい気持ちで一杯になった。
 僕がずっと心惹かれていた夕鶴は、こんな強さと優しさを持った女の子だった。
 何よりも夕鶴らしい夕鶴。
 自分が自分らしくいられる程強くなっただけで、夕鶴は夕鶴だったんだ!
 夕鶴に追いつきたいと、自分を変えたいと思っていた事が馬鹿らしく思えた。
 僕が気が付かなかっただけでこんなにも夕鶴は近くにいた。
 僕が気が付かなかっただけでこんなにも世界は近くにあった。
 それに気づかせてくれた夕鶴・・・。
「ありがとう、夕鶴・・・」
 僕はギュッと夕鶴の手を握りしめ、こぼれそうになる涙を堪えた。

 学校の校門の前。
 そこにひときわ目立つ格好をした男と女が立っていた。
 男の方は黒いスーツに虎のワンポイントの入った縦縞のハッピに、アフロヘアーに猛虎と書かれた鉢巻。
 女の方はオールバックにした短い髪に、細長い身体にピッタリとフィットした光り物付きの白いスーツを華麗に着こなしている。
 僕らはこの2人を知っていた。
 結婚した相手のIFを無限に広げることの出来る能力を持つ夕鶴の能力を使い、この世の支配を企てる帝国と呼ばれる組織の一員。
 もう、何度も僕らの前に現れては戦ってきた相手・・・!
「阪神、宝塚・・・!」
 僕が彼らの名前を叫ぶと建物に反響してその声が山彦のように響いた。
 緊張したまま沈黙が訪れる。
 対峙する僕たちを当たり前のように避けて、生徒達の流れは校舎へと飲み込まれていく。
 硬直したまま、重く時間が流れていく。
 まるで、僕らの周りだけ時間の流れが違うようだった。
 チャイムが鳴り校舎への生徒の流れは途切れると、宝塚が長い沈黙を祓う。
「夜明けの時がやってきた。
 どんなに心地よい夢を見ていたとしても、結局は夜明けと共に光の中に消えてしまう儚い夢。
 夢に別れを告げよ。
 もう、お前達が夢を見られる場所はなくなった・・・!」
 相変わらず芝居じみた宝塚の言葉だけど、その声は以前とは何処か違う気がした。
 以前は仮面をかぶって冷静に役を演じているだけだったけど、そんな仮面が崩れ去り無理矢理に自分を演じているような、そんな気がする。
 言いしれぬ迫力があるだけあって、その意味の分からない言い回しが余計に怖く感じた。
「どういうことだ?」
 僕の問いかけに阪神が答える。
「平たく言えば、あんさん達は退学っちゅうことや。
 もう、学校の生徒であらへん。
 今回は退学だけやが、わいらに従わんといずれ戸籍をも失い、居場所を完全に失う事になるんや。
 ちゃんと結婚することも、子供が産まれたとしても学校に通わせることすらできへん。
 普通の人が、当たり前のように手にすることが出来るありきたりな幸せすら失ってしまうんや。
 生きてるのにその存在を認められへん・・・。
 闇に紛れて生きるしかない、悲しいことや。
 わいとしてはそうなる前に降伏してほしいんやが・・・」
 阪神は哀れむような目で僕を見る。
 その目は敵に向ける戦士の目ではなく、教師が生徒に見せる”阪神先生”の目に戻っていた。
 阪神は何度かの戦いの中で不器用な優しさを見せるようになった。
 でも、任務と優しさの中で板挟みになり苦しんでいる。
「何故そんな事を!?」
「我々帝国の構成員はこの国の公務員になり、内部から国民を操作する。
 我々こそが法なのだ。
 我々こそがこの世界の秩序なのだ。
 我々に逆らう者に居場所などない。
 それが制裁だ!!」
 まるで本当の自分を覆い隠すような激しい感情・・・。
 かたくなに自分の意志を押しつける宝塚の言いしれぬ迫力に、僕は夕鶴の手を取り一歩後に下がる。
「女に気押されるなんて、情けない奴だ!」
 後から聞こえる少年の声。
 その声に何故か胸が痛み、後を振り向いた。
 僕と同じぐらいの背丈の小柄な少年。
 顔を覆い尽くす長い髪。
 身体にフィットした皮のパンツに、少し大きめの革のダブルブレストジャンバー。
 全身黒ずくめのその少年の姿に夢で見た幼いときの記憶がフラッシュバックする。
 断片的でドロドロとした思い出せない夢だけど、この少年を夢で見た気がする。
 僕は息を飲みのその少年を見つめた。
「あの囲いの中で飼い慣らされた子犬どもを見ろよ!」
 少年は学校の校舎を横目で冷ややかに睨む。
 それは全てを見下し拒絶しているようにも思えた。
「馬鹿みたいに戯れて自由を気取っていやがっても、自分を疑うことも知らず、一生を誰かが決めたルールに従って生きるしかない!
 下らない人生を送り、下らない満足感を得る!
 そんなモノに何の意味があると言うんだ?!」
 とても冷たく悲しく激しい少年の心。
 その少年の持つ力こそ僕が失ってしまった心と体を突き動かし、世界をも回すことの出来る力だった。
「もう一度、あの囲いの中に戻りたいか?!」
「未練が無いと言えば嘘になるかもね・・・」
 僕の横から少年をジッと見つめながら夕鶴が言う。
 その横顔は今までの敵に怯えていた夕鶴から想像も出来ないほど強さに満ちあふれていた。
 いつも強がっていて、僕を引っ張っていく。
 壁を乗り越えて強く成長した夕鶴らしい夕鶴。
 僕はそんな夕鶴に強烈に魅力を感じていた。
「いつまでも学校で友達とはしゃいでいられたら楽しいと思う。
 でも、時が来ればそんな自分と決別しなければならないと知っている。
 それはあなたが馬鹿にした他の生徒達も同じよ。
 たしかに何も知らない考えない人もいれば、そうじゃない人も絶対いると思う。
 何時までも同じ日々が続くわけがないし、何時か終わる日々だと思うから、辛いことをガマンしたり、精一杯今を楽しむことが出来る。
 そんな時が終われば誰だって自分の力で人生に立ち向かわないと行けない。
 人生に立ち向かって勝ち残るには、多かれ少なかれ何かに流されたり、流れに逆らったりすることもあると思う。
 自分が流されていることや、流れに逆らっていることに気づいていても、気づいていなくても同じよ。
”多くの人”と同じ道を歩めばそれで幸せと言うワケじゃないと思う。
 自分らしい道を歩んで、それが困難な道だったり、”多くの人”と違った理解されない道だったりしても、たった一人でもそんな自分の人生に寄り添って笑ってくれる人がいれば、凄く幸せだと思うの!
 私には竜斗がいる!!
 竜斗には私がいる!!
 だから、どんな道だとしても私は幸せよ!!」
 少年の姿はかつての僕だ。
 世界を知った気になり、全てを見下していた小さな僕の姿。
 夕鶴に自分の小ささを教えられ、変わりたいと願って少年が持つような世界を動かす激しい力に憧れた事もあったけど、今はそんな力はいらない。
 何も変わらなくて良いんだ!
 僕が僕らしくいられればそれで良い!!
 夕鶴はそれを教えてくれた!!
 そんな優しく強く心を持つ夕鶴を好きなんだ!!
「夕鶴・・・!
 僕は夕鶴を守るっ!!」
 僕を中心にIFが無尽蔵に広がっていく。
 何処までも何処までも僕の世界を感じる。
 僕の背中には白い翼が大きく広げられていた。
 僕は少年をジッと睨み付ける。
 少年は口元に不適な笑みを浮かべる。
「強い思いは力になる!
 この世に正論など無い!!
 強き力こそ真実だ!!!」
 少年を中心にIFが広がっていく。
 とても強く殺気に満ちて全てを否定する違和感。
 僕一人だったら否定されて消えてしまいそうだけど、僕には夕鶴がいる!!
 そして、少年は背中で黒い翼を羽ばたかせて羽根をまき散らす。
 白と黒の対立。
「我が名は帝王っ!!
 帝国の王なりっ!!!!!」
 目の前にいる少年こそが帝王!!
 彼を倒せば全てが終わる!!
 帝王と戦える程僕の力は満ちていた。
 夕鶴が僕の事を認めてくれるから!!
「行くぞ!!」
「ワイらもいることを忘れるんでないで!!」
 阪神と宝塚が帝王の元に寄ろうとするが、その阪神の足下のアスファルトに赤く輝く長剣が突き刺さる。
 その剣の元に歩み寄るすらりとした長い影。
「お前らの相手はこの俺だ!」
 おじさんが長髪をなびかせて阪神と宝塚の前に対峙した。
「やっぱり、一番いいタイミングで出てくるんこと狙ってたんやな!!
 相変わらずいけすかん奴ちゃ!!
 でも、その巫山戯た態度も今日で終わりやで!!」
「よく顔を出せたなっ!!
 堀江祐一っ!!」
 宝塚がおじさんを睨む。
「竜斗!! ザコは俺に任せろ!!
 お前は自分で自分の世界を勝ち取るんだ!!」
「はい!!」

 僕は左右対象の美しい形をした白銀の剣をイメージしその手に取る。
 帝王は禍々しい形をした異形の黒い剣を取り出しその手に取った。
 僕らはIFによりかき消され誰もいなくなった学校の校庭で対峙する。
 吹き抜ける風が砂煙を立てていた。
 しばらくの沈黙。
 夕鶴はその様子を遠くからじっと見つめていた。
 風に舞う紅葉の葉が校庭に落ちた瞬間、沈黙が破られる。
 互いにその剣を振りかざして翼を大きく羽ばたかせ、相手目がけて突進する。
 世界が加速し視界が狭まる。
 初めに攻撃を仕掛けたのは帝王だった。
 帝王は僕に向かい剣を振り下ろすが、僕は帝王のその剣を横に払い、そのまま上から振り落とす。
 剣が帝王に届く前に、帝王が放った蹴りにより間合いが広がり剣は宙を切る。
 すかさず帝王は僕目がけて黒い光弾を放つが、僕は瞬時に力を解放し光の柱を作り出し光弾をかき消した。
 僕が作り出した光の柱により、校庭の砂が舞い砂煙になり視界を奪う。
 そして、その砂煙の中から帝王が突進して来て、僕に向かい剣を振る。
 殺気を感じた僕はそれを剣で祓うが、帝王は構わず次々と剣撃を放ち続ける。
 払い続ける僕は帝王の一瞬の隙を見て、反撃を開始する。
 だが、僕の放つ剣撃の数々は、ことごとく帝王に払われ続け、つばぜり合いとなり互いを弾きとばすと、一定の間合いを作り再び沈黙した。
 僕と帝王は肩で息をし互いを睨みながら呼吸を落ち着かせる。
 対決は熾烈を極めた。
 剣と剣の勝負のように見えるが、実際には魔力と魔力。
 思いと思いの勝負・・・!
 思いの強い方が勝つ!!
 僕は夕鶴の方をチラッと見る。
 夕鶴は熱いまなざしを僕に送っていた。
 夕鶴の気持ちを近くに感じる!
 夕鶴が僕のことを認めてくれているから、僕は僕でいられるんだ!!
 夕鶴!!
 僕を中心に魔力が広がり、学校の校庭と校舎崩れ去ると、崩れ去った世界の内側から、丘の上にそびえ立つ願いの塔が現れた。
 僕の服は散って風に舞うと、白い衣へと変わっていた。
 魔力が僕の身体を包み込むと、僕自身が光の球となって帝王へと突進する!!
「これで終わりだぁーーーーーーっ!!」
 帝王は剣を横にして、力の柱を隆起さらせると攻撃に身構えた!
 守る帝王の力と僕の力がぶつかり合う!!
「竜斗!!」
 夕鶴が叫ぶ。
「私は竜斗との絆を信じているよ!!
 小さい頃、私が死んだお母さんに会いたくて願いの塔に行ったとき、竜斗は現実を知って泣く私に、”僕がいるよ”って言ってくれた!!
 その日からずっと一緒にいたいって思ってたの!!
 これからもずっとずっと一緒にいたいの!!
 お願い勝って!!!」
 夕鶴の声に僕の頭は一瞬真っ白になった・・・。
 その言葉を言ったのは僕じゃなかった・・・。
 あの日、僕はただ怯えて、罵られて泣いているだけだったんだ・・・。
 脱力したその瞬間を帝王は見逃さなかった。
 不敵な笑みを浮かべてギラギラとした瞳を輝かす帝王は、全ての力を解放し僕をすっ飛ばす。
 僕の白い衣が散ると服は元の学生服に戻り、白い羽根も白銀の剣も消えていた。
「絆はお前より俺を選んだようだなっ!!」
 帝王が力を広げると晴れ渡っていた空はみるみる雷雲に包まれ、空を裂くような稲光と雷鳴が轟いた。
 帝王の革の服が敗れ散ると中からボロボロの黒い衣が表れた。
 そして、帝王が空に向かって掲げた剣に導かれた雷が願いの塔を直撃し、激しい炎に包まれた。
「消えろぉっ!!!」
 帝王自身が黒い光の球となると僕に向かって飛んでくる。
 次の瞬間にはそれは僕の目の前まで迫ってきていた。
 死ぬ!!
「竜斗ぉーーーーーーっ!!」
 夕鶴の叫び声が聞こえる。
 一瞬視界が真っ黒になり死を覚悟したが、依然僕の身体には感覚があった。
 何処にも痛みなど感じない。
 ゆっくり目を開けると、そこには細身の優しげな女の顔があった。
「姉さん!!」
 僕は姉さんに抱きかかえられていた。
「裏切ったのか?」
 帝王が姉さんをジッと睨み付ける。
「そんなことじゃない!
 私は竜斗に幸せになってもらえればそれで良いだけ!!
 私たちは早くに両親を無くしずっと苦労してきた。
 私は高校卒業と共に、竜斗を養うために働きに出る事になった。
 でも、大学に行って他の子と同じように遊びたい気持ちを捨てることが出来ず後悔もした。
 自分がそんな思いをしたから、せめて竜斗だけは他の子と同じように普通に生きて欲しいと思っていた。
 でも、竜斗の運命はそれを許さない!」
 帝王は姉さんを睨み付けて不敵な笑みを浮かべる。
「その運命の先に俺が待っている事を知っていたからな!」
 姉さんは僕を地面に下ろすと帝王をにらみ返す。
「その運命から逃れ、普通の人と同じような当たり前の幸せを味わって欲しかったから、私は帝国に入り竜斗と対立した・・・。
 でも、夕鶴ちゃんの言葉を聞いて私が間違っていたことに気が付いた!!
 運命は逃げずに切り開く・・・!!」
「だが、お前の希望のそいつにはもう力は残ってない!」
 僕は全身の力が抜け、立つこともままならずに力無くその場に崩れた。
 薄れ行く意識の中で夕鶴を見つめていた。
「堀江祐一はまだあいつらと戦っている。
 お前の力じゃ俺と張り合う事は出来ない!
 結果は変わらない!!」
 帝王は黒い衣を散らすと元の革の服に戻り、姉さんに向かい異形の黒い剣を突きつけた。
「例え今は無理でも、いずれ竜斗は自分の力で立ち上がって、あなたを倒して夕鶴ちゃんを助け出す!
 私は竜斗を信じている!!」
「聖羅さん!」
「ごめんね、夕鶴ちゃん・・・!
 私の力じゃあなたを守れない・・・。
 でも、絶対竜斗が助け出してくれる!!
 竜斗の力を信じて!!」
「私も竜斗の力を信じているから、待っているから!!!」
 最後に夕鶴の声が響いた。
 そして、僕の意識は混濁の闇の中へと融けていく。

「しかし、危ないところやったなぁ・・・!
 今思い出しても心臓がバクバクや!」
 思い出したように阪神が吐く。
「ああ、帝王様が小娘を連れ去る時に、隙が出来なければ、やられていただろう。
 さすがに、悪魔と呼ばれるだけはあるな・・・
 あの殺気だけは昔から変わらない」
 阪神が言うと宝塚がため息混じりに呟いた。
 ザーザーと雨が降り注ぐ秋の夕方。
 まだ日の沈む時間ではないが、雨雲によって空は闇に包まれていた。
 コンクリートの外壁を雨に濡らした公園の丘の上の給水塔。
 その階段で窓から阪神と宝塚が暗い空を見つめながら対話していた。
「あんさんがため息付くなんて、雪でも降るんとちゃうか?
 戦闘大好きなあんさんにとっちゃ、スリル満点で楽しい戦いだったはずやで?」
 阪神が思い出して身震いしながら、宝塚をからかうような口調で言う。
「・・・その戦いに意義があるものならな」
 小声で呟くように返す宝塚に、阪神を耳に手を当てて聞き返した。
「今、何て言うたんや?」
「ただの杞憂だ、気にすることではない」
「あっ、解った!!
 あまりにも堀江が強すぎて怖かったんやな!!
 わかるでぇ!! わいも怖くて怖くて堪らへんかったし!!
 あんさんも人の子っちゅうことやな!!」
 阪神がニヤニヤと笑みを浮かべながら、嫌らしい目つきで宝塚を見る。
「な、何だその目は!!
 わ、私は別に怖かったわけではない!!」
 と言いつつ手にしたサーベルのサヤで阪神の頭を叩く宝塚。
 ゴォン!!
 鈍い音が給水塔の階段に響く。
「うごぉぱぁーーーーーーっ!!」
 妙な奇声を上げ頭を押さえながら、苦しみ悶えて階段を転がり落ち阪神。
 何故か口から、目から、鼻から、耳から大量に紫色の泡を吹き出しながら・・・。
 あまりにもあり得ない、映像に映すことも出来ないような、阪神の危険な容態に思わず後ずさりする宝塚・・・。
 死!!
 殺人!!
 その二文字が宝塚の脳裏を駆けめぐる!
「あ、いたぁーーーーーーっ!!」
 さすがにヤバイと思ったその時、突如として阪神が起きあがり再び奇声を上げた。 
「あっ、いかわらず、厳しいつっこみやなぁ!!
 生きるか死ぬかの瀬戸際だったで!!」
 あの容態で生きている方が不思議だと、阪神が吹き出した紫色の泡を思い出し、背筋を凍らせる宝塚。
「まぁ、誰だって自分は大切なんやから、”そんなこと”思う自分を、ちっとも気にすることなんかないんやで」
 と不器用に微笑む阪神。
 その言葉は戦いに恐怖を覚えたことに対して言っているのだろうが、何故だか戦いに意味を見いだすことの出来なかったことに対して言っているようにも思えた。
「そうだな・・・」
 ただ、一言そう言うと宝塚は窓から雨の降り尽きる空を見ると、人知れず静かに微笑した。
 そして、阪神と宝塚のいる階段のすぐ真上・・・。
 給水塔の最上階の水槽室は帝王のIFにより構造を変えられていた。
 何処までも果てなく回廊が続き、様々な形をした扉が永遠に連なっている。
 現実の大きさより遙かに大きなその内部は、まるで帝王の心を象徴しているかのように深く入り組んでいた。
 その最深部、幾重にも重ねられた扉の先に、彼が求めた少女が監禁されていた。
 明るい色調の壁紙。
 ベージュ色のフローリングの床。
 ウサギのぬいぐるみが置いてある小さなタンス。
 少女漫画が並べられたガラス戸の付いた本棚。
 教科書が小綺麗に立てて並んでいる勉強机。
 そこは団地にある夕鶴の部屋そのままであった。
 夕鶴はさらわれた当時の制服を着たまま、木製のベットに腰掛けて、ドアの方をジッと見つめていた。
 その視線の先には、口元に不敵な笑みを浮かべた黒ずくめの少年が立っていた。
「何がおかしいの?」
 夕鶴が帝王と呼ばれるその少年の浮かべる表情の訳を問う。
「俺の手中にあるお前を見ていると、俺の希望が叶う時も近いと実感出来るからだ!」
 帝王の希望・・・?
 私にあるって言うIFを無限に広げられる力がもうすぐ手にはいるってこと?
 でも、それには私と・・・。
「力の発動に必要なのは、お前との完全な心の同調だ!
 だが、お前の心にはアイツが巣くっている!!
 それはそれで良い!!
 アイツを闇に葬むれさえすれば、希望が叶うのだから!!
 こちらから出向かなくても、アイツは間違いなくここに来る!!
 その時が運命の時だ!!」
 それは竜斗を消すということを意味する。
 夕鶴は帝王の思い浮かべる結末を否定するように力を込めて言う。
「でも、竜斗は君は負けない!
 君の思い通りにはならないわ!!」
 夕鶴の言葉に帝王の口元が不敵な笑みに歪む。
「ふっ、はっはっはっ!!
 何を言い出すのかと思えば戯言を言ってやがるぜ!!」
 悪態をつく帝王に夕鶴は怒りをあらわにする。
「何で戯言なのよ!?」
 間髪入れず帝王が言葉を返す。
「アイツが俺に勝てなかった理由を教えてやろう!
 IFの中での戦いは心の力の強さが勝敗を左右するのはお前も知っているだろ?
 あいつの力の源はお前への思い、お前へを信じる心だ。
 だが、アイツは最後の最後でお前を信じることが出来なかったんだ!
 お前の言う絆が自分には無いことに気が付いたからだ!!
 お前のことが好きじゃないことに気が付いてしまったんじゃないか?!
 はっはっはっ!!」
「そんなこと無い!!」
 両手を大きく振り夕鶴は帝王の言葉を精一杯否定する。
「じゃあ、アイツはお前のことを好きだと、一言でも言ったのかよ!?」
「それは・・・」
 帝王の言葉は夕鶴の心に深く刺ささる。
 夕鶴はそれから先の言葉を失い下を俯いて小さく震えた。
「結局は人間の持つポジティブな感情なんてフィクションなんだ!
 弱い人間が自分を誤魔化すため、自分の行いを正当化するために、その場の状況が作り出した嘘の感情だ!
 好きだと”思わされている”だけ、好きだと”思っている”だけなんだ!!
 この世に真実の感情があるとすれば、それは負の感情!!
 人を憎み羨む心!!
 それだけが真実!!
 お前自身もアイツの事を好きだと”思っている”だけなんじゃないか!?
 そもそも、アイツを好きになる原因になったその思い出が、正当化された嘘の思い出だったらどうするんだ?!」
「そんな事ない・・・!
 私は竜斗のことが好き!!
 例え思い出が間違っていたとしても、何年間もずっと好きだったこの気持ちは変わらない!!」
 帝王を睨み付ける夕鶴の頬に涙が伝った。
「じゃあ、涙を流す?
 自分の気持ちを嘘だと認めているからじゃないのか?!」
「人の気持ちを信じる事が出来ない。
 否定すこ事しか出来ない心の弱い君がかわいそうだから・・・」
 夕鶴のその言葉に動揺を顔に浮かべる帝王。
「俺が弱いからかわいそうだと!?
 それこそが人が弱さを誤魔化すため、その場の作り出すフィクションの感情なんじゃないか?!」
 帝王は怒りを露わにし夕鶴の襟元を掴む。
「でも、君はそのフィクションだと思っている感情に負けた!
 その態度がその証拠よ!!
 私を殴りたいなら殴ればいいのよ!」
「ちっ!」
 帝王は舌打ちすると夕鶴に背を向けて立ち去ろうとする。
 だが、足を止める。
「ここで、素直に立ち去る俺だと思ったか?
 それじゃ、安っぽすぎる悪役じゃないか!?」
「違うの?!」
 夕鶴は悪態に悪態で返す。
「馬鹿にするんじゃない!
 俺はそんなものじゃない。
 負の感情そのものなんだ・・・。
 お前には解るまい」
 そう言うと帝王はドアを激しく締めて姿を消した。
 バタン!
 バタン!
 バタン!
 折り重なる幾つもの扉が立て続けに閉まっていった。
「畜生!!」
 帝王が通路の壁を蹴り付ける。
「何で俺がこんなにもイライラしているんだ?!」
「それはあんさんがあの子にオープンされたからとちゃいまっか?!」
 通路の壁に身体を預けた阪神が、横目で帝王を見て言い放つ。
 帝王は阪神を睨み付ける。
 その目は禍々しい殺気に満ちあふれていた。
「今度俺に刃向かったら殺すぞ!」
 と言うと帝王は背を向けて去っていく。
「おお怖っ!!」
 と言うと阪神は夕鶴の元へと続くドアをノックする。
「ワイや、阪神や!
 夕鶴はん、入ってええかぁ?」
「入っちゃダメって言っても、入るんでしょ?」
 ドアの向こうから夕鶴の声が響く。
「手厳しいこっちゃ。
 まぁ、その通りなんやけど・・・」
 阪神が苦笑しながらドアを開ける。
 すると、重なったドアが一気に開け放たれて、夕鶴の部屋へと筒抜けになる。
 夕鶴はベッドの上に座って少女漫画をパラパラと捲って読んでいた。
「この漫画、私の持っているものそのもの。
 この染み、カバーの折れ方・・・。
 偽物のはずだけど本物と同じみたい」
 不思議がる夕鶴に阪神が答える。
「そりゃ、あの帝王はんの力で、あんさんのイメージを具現化させたものやからな」
「そんな事も出来るんだ。
 先生も出来る?」
「IFに不可能などあらへんけど、ワイには無理や!」
「ダメじゃん!」
 ダメ出しする夕鶴の前で阪神は苦笑する。
「とても難しい技なんやって!
 それに細かい部分はそのイメージを知る他の人のイメージで補う事が出来ても、大凡のイメージを想像出来なければ出来んのや!
 ワイは夕鶴はんの部屋入ったのは初めてやから無理やねん!」
「じゃあ、なんであの子は出来たんだろう?」
「知らへん!!
 っちゅうか、そもそもワイが帝王はんに会ったのも、今日が初めてなんや!!」
 そんなワイが知るわけ無いやろう!!」
 夕鶴は驚く。
「今まで全然会ったことも無いような人間に、今まで働かされていたわけ?」
「確かに夕鶴はんをさらえって命令を出したのは”帝王”って話やが、ワイが働いてたのはあのガキの為っちゅうより、自分の為やな。
 帝国のボスがいるっちゅう話は聞いてたんやが、今まで一度も姿は見せへんかった。
 今朝突然表れては自分が帝王だって言ってきたんやが、あの力は疑いようはないし、違ったとしても誰1人止められへん。
 まぁ、何にしてもあないな力持っててもガキはガキやな」
 夕鶴は天井を見つめて先ほどの帝王の姿と、今朝の通学時に竜斗が見せた子供であることに焦る姿を重ねる。
 そのイメージは何の違和感もなくピッタリと重なった。
「あの子は竜斗に似ているの。
 大人と子供の、自分の気持ちの狭間で悩んでいる竜斗の姿。
 だから、何だか他人とは思えない」
「類は類を呼ぶって言うしな。
 まぁ、何れにせよあの半端モンは竜斗はんに倒されるに決まってるわ!」
「敵なのに何でそんなこと言えるの?」
「敵やない!
 好敵手って書いて、ライバルって読むんや!
 タイガースで言うところのジャイアンツ!!
 ジャイアンツなくしてタイガースあらず!!
 竜斗はんあらずしてワイあらず!!
 ライバル無くして男はなりたたんのや!!
 ワイがライバルと認めた男や!!
 竜斗はんは誰にも負けへん!!
 夕鶴はんは安心して待っているといいんや」
 阪神は夕鶴に優しく微笑みかけた。
「でも、ワイも負けへんで!!
 ワイにもけじめってモンがあるわけやしな!!」
 そう言うと阪神は部屋を去ろうとする。
 夕鶴は阪神の見せる優しさが嬉しかった。
「ありがとう阪神先生!!」
 夕鶴は阪神の後ろ姿に一礼した。
「ワイも勘違いされたもんや!」
 阪神が出ていったことを確認すると、机の上に一冊だけ出ている本を開いて、挟んである写真を取り出した。
 給水塔の見える公園の桜の下で、真新しい制服に身を包んだ少年と少女が並んでいる写真。
 それは高校の入学式の帰り道に撮った写真だった。
「私は竜斗を信じている・・・。
 好きよ、竜斗・・・」

 冷たい雨が降りしきる幼き日の思い出を僕は夢に見る。
 それは夕鶴と僕、それに後に帝王と呼ばれる少年と、願いの塔と呼ばれる給水塔に行ったときの思い出。
 そこに登れば何でも願いが叶う。
 他愛もない子供の噂話を信じていた僕らは給水塔に登り、中で見たのはそれが何でもないただの給水塔であると言う事実だった。
 そして、一通り調べると夕鶴が泣き始めたんだ。
 僕は夕鶴が流したその涙がとても意外に思えてショックを感じたんだ。
 夕鶴は何時も強がっていて、お姉さんぶって僕を引っ張っていくような子だったから 
「本当はね、本当はね、解ってたの・・・」
 息を止め、零れそうになる嗚咽を堪えながら夕鶴が言う。
「でも、信じたかった・・・。
 ここに来れば死んだお母さんと会えるって・・・」
 僕はそんな夕鶴の姿に、同じ境遇の自分の姿を重ねて、心が痛くなって涙を流したけど、自分に自信がない僕は言葉を失って声を掛けてあげることは出来なかったんだ。
 僕に出来ることは何もないんだ。
 そう、弱い自分に諦めたときに、帝王と呼ばれる少年がわき上がるように吼えたんだ。
「馬鹿野郎!!
 お前にだって夕鶴の気持ちは解るだろ!!
 何で声をかけてやれないんだ!?
 夕鶴の寂しさを解ってあげられるのはお前しかいないのに!!
 その役目すら果たせないなんて、生きる価値がない!!!」
 その少年は力一杯僕を殴り飛ばし、何度も何度も僕に向かって足蹴にした。
 体中に沢山の痣が出来たけど、そんな身体の痛みより、なによりも何も出来ない自分の弱い心が痛かった。
「お前が言わないなら俺が言う!!」
 帝王が泣きじゃくっている夕鶴の肩を強く掴む。
「例えお母さんがいなくても、夕鶴は一人じゃない!!
 おじさんもいるし、”僕がいるよ”っ!!
 だからもう、泣かなくて良い!!」
 そして、思い出はそこで終わる。
 この日、僕はただ罵られ泣いているだけで何も出来なかったんだ。
 ずっと何時までも過去は綺麗な思い出のまましまっておきたかった。
 思い出してしまえば、夕鶴との”絆”全てを失ってしまうから。
 夕鶴が間違ったこの思い出を大切にして、心の支えにしていた事に本当は気づいていたんだ。
 でも、二人の絆を壊したくなかったから、僕は帝王のような強い心を持つ人間になりたいと、調子のいい自分を作り上げて、それを隠し続けてきたんだ。
 だから夕鶴とひとつになった時、作り上げた自分が壊れ本当の弱い自分がさらけ出された時に、僕は再び帝王のような力を望んだんだ。
 僕は今まで夕鶴に見せてきた僕らしい感情は、自分を正当化し夕鶴を騙し続ける為の演技・・・。
 すべてはフィクションだったんだ・・・。

「気が付いたのね・・・」
 気が付くとそこは自分の部屋のベットで、姉さんが心配そうに僕の顔を覗いていた。
 フラッシュバックする帝王と戦いのシーン。
 僕は帝王に負けたんだ。
 夕鶴を信じる事ができなかったから。
 姉さんが見守る中、僕は重い身体を引き起こし、足を引きずるようにリビングへと向かう。
 夕鶴を失った喪失感や、絶望はなく、ほとんど無心で歩いていた。
 ベランダの戸を開けると、雨上がりの冷たい湿気った空気の臭いがした。
 りーん、りーんと、秋の虫が鳴く夜空の下。
 公園の森の向こうに見える給水塔と、街の光がまるで夜空の星のように瞬いていた。
 その夜空には雲の掛かった大きな満月が怪しげに輝いていた。
 夕鶴の家のベランダに出されたパイプ椅子。
 GパンにYシャツというラフな格好をしたおじさんが、椅子に腰掛けウィスキーボトル片手にひとりじっと空を眺めていた。
「こっちに来いよ」
 僕はおじさんに手招きされ呼び寄せられる。
「ちょっと飲んでみろよ。
 ちょっとだけだぞ」
 言われるままウィスキーボトルを手に取り、恐る恐る口の中に垂らすと、喉が焼けるように熱かった。
 それが胃に達すると胃液は拒絶反応を起こしたちまち気分が悪くなる。
「うぇっ・・・!」
 僕は思わずうめき声を上げる。
「はっはっはっ!!
 俺も初めて飲んだときはそんな感じだったよ!!
 なんで、大人はこんなものを飲むんだって思ったもんだ!」
 僕はうめきながら頷く。
「酒を飲む理由は色々あるさ。
 単に味を楽しむこともあれば、辛い自分を誤魔化したり、楽しい自分を演出したりすることもある。
 まるでその理由は人の人生そのものだ。
 中には酒を飲むと人格が変わる奴もいるが、酒が覗き出す人格が本当の人格かといえばそうではない。
 それはその人間のあくまで一面。
 人の人格に表も裏もなく、全てが人間を構成する感情のひとつ。
 人はみな様々な感情を持ち、時と場合に応じてそれを使い分けて生きている」
 僕は優しげな笑みを浮かべるおじさんの横顔の向こうに、高速道路での戦いの日におじさんが見せた、複雑な激しい感情を思い出す。
「大切なのは感情を自分の行きたい方向に持っていく、方向性を持つことだ。
 真っさらな地図に行きたい道を描いたならば、その道の向こうに自分の姿が見えるはず。
 本当は見えているんだろ、その道が?」
  僕は夕鶴と共に歩む道を思い浮かべた。
 それは楽しく僕が僕らしく生きられる道であった。
 でも、夕鶴との絆は崩れ去り、僕は自分を偽って生きて来た弱い自分を知ってしまった。
「その道を歩だとしても、僕は自分に自信がもてないから、自分も、一緒に歩いているくれる人すらも信じることが出来ないかもしれないんです!
 ずっと弱い自分を偽って、人から嫌われないように生きていた自分に気が付いたから・・・!」
 僕は苦虫を噛み締めるように言った。
 僕の頬を涙が伝った。
 おじさんが月を眺め吐き出すように言う。
「俺も若い頃はずっと弱い自分が嫌でたまらなくて、強い人間に劣等感を感じては引き立て役に過ぎない自分の人生を恨んでいた。
 好きな女に好きとも言えず、振り向いて貰いたい一身で、強い人間に憧れてはそんな風になりたいと思っていたよ」
 おじさんの語る気持ちは僕が感じているものと同じだった。
 強いと思っているおじさんの中でたまに感じる弱さの正体が初めて解った気がした。
「取り返しの付かない罪をいくつも重ね、気が付くと”ごもっともな名前”で呼ばれるようになっていた。
 やがて会うこともなくなったその女が俺の子を産んだと知ったのは、病気で亡くなった彼女自信の葬式の時だった。
 彼女の遺した俺宛の手紙を読んだときは愕然とした。
 ずっと彼女が、弱くてもありのままの俺の事を愛してくれていた事に気づかずに、すれ違い続けた事を知ったときにはすでに遅かったよ。
 自分を信じられなかった俺は、彼女も信じることが出来なかった。
 俺は子供を連れ去り、今に至るまで罪を犯し続けていた」
 なんて重い哀しみをずっと胸に秘めてきたんだろう・・・。
 おじさんの言葉から重い哀しみの断片が伝わってきては僕は押し潰されそうになる。
 その気持ちが分かるだけにとても切ない・・・。
 おじさんはYシャツの胸ポケットからサングラスを取り出し、それを掛けようとするがギュッと堪えては再び胸ポケットにしまう。
 横から見るその目は涙をためて潤んでいるようにも、希望に満ちて光っているようにも思えた。
「弱い自分を守るために嘘で固めていたとしても、そこに自分を突き動す強い思いがあれば、それは真実になる。
 かつて俺を愛してくれた人を愛おしく思う気持ち・・・。
 夕鶴を守りたいという気持ち・・・。
 お前に対する期待の気持ち・・・。
 こんなにも胸を焦がれる思いがあるのだから、それが嘘のはずがない」
 おじさんは僕の肩を叩く。
「お前をそんなにも悩ませる思いは嘘じゃないだろ?」
 消えかけていた僕の心は再び強い炎を宿して奮い立った。
 僕は僕自身と夕鶴を信じることが出来なかったから負けてしまった。
 思い出は美化されて都合のいいように変えられていってしまう。
 絆だと思っていたものは簡単に崩れ去ってしまう。
 この性格だって自分の都合のいいように作られてきたものかもしれない。
 でも、夕鶴を好きだと言うこの思いは僕の真実だ!
 何が僕らしいのか、それはこれから先に思い描いた道が示してくれる!
 夕鶴はありのままの僕でいれば良いって言ってくれたんだ!
 夕鶴は自分らしくいられる道を僕と歩めたら幸せだと言ってくれたんだ!
  僕は夕鶴のその言葉を信じる!
 弱い自分、醜い自分を僕は乗り越えて、僕は夕鶴の元へ向かうよ!!
 その先も一緒に歩きたい・・・!
 それが僕の自分らしくいられる道だから!!
「ありがとうおじさん!!」
 闘志を滾らせ立ち去る僕におじさんは聞こえるか聞こえないか、小さな声で呟いた。
「俺に出来ることは、ただ自分の経験を伝えて導くだけだ。
 それから先はお前達が選ぶことだ。
 過去を繰り返すか、未来に進むかも・・・」

 そして、夜が明けて決戦の日がやってきた!
 朝霧が世界を包む中、部屋の窓から見える団地の敷地の街灯が、ぼんやりと白い光を灯していた。
 僕はベットに腰を掛けて服を着ていた。
 履き古したジーパンに黒いシャツを着込む。
 そして、深呼吸をして自分の気持ちを整える。
 僕の心の表面はとても静かだったが、内面では希望と闘志が燃えさかっていた。
 もう、僕は弱い自分の心には負けない!
 負けない!
 負けない!
 そんな僕の前に仕事に出るときのような黒いスーツを着た姉さんが現れる。
 仕事に出る時のマジメな顔の姉さんでも、普段のお茶らけた姉さんでもなく、とても優しげな表情を浮かべた姉さんだった。
 あの高速道路の戦いの日の朝見た姉さんの顔だ。
「これを私のお守りだと思って貰ってね」
 そう言うと姉さんは自分が大切にしている革のライダースジャケットを僕に手渡す。
「着てみて」
 ジャンバーに袖を通すと、女の人の服の割にはサイズがピッタリだった。
「やっぱり、ピッタリだったわね!」
 姉さんが喜ぶ。
「僕の身体は女の人並みってことか?」
「馬鹿ねぇ竜斗は!
 竜斗の身体が小さいんじゃなくて、私の胸が大きいから少しゆったりとしたサイズじゃないと入らないのよ!」
 僕は顔が真っ赤になる。
 胸ってそんなこと男の子の前で言わんでほしい・・・。
「竜斗ったら、もう童貞じゃないのにうぶなんだから!」
「ってなんで姉さんがそんなこと知ってるんだよ!?」
 僕は動揺してますます顔を真っ赤にする。
 耳まで熱くなるのが自分でも解った。
「そりゃ解るわよ、ねっ」
「ねって言われても、相変わらずながらセクハラだよ!」
 でも、姉さんのセクハラと革ジャンで元気がでた。
「もう、私は何も言わないよ。
 竜斗が竜斗でいられる道を、竜斗が思い描いた道を自分の力で歩きなさい。
 そして、自分の目で見て、自分の力でそれを乗り越えなさい!
 心配がないわけじゃないけど、私も竜斗を信じる。
 姉さんが見守っていてあげるから!」
 その表情はとても優しげだった。
「ありがとう姉さん!」
 僕は玄関から外に出ると、そこにはやはり黒いスーツに身を包んだおじさんが立っていた。
「行くか!」
 朝霧に包まれた団地、小さな世界の中を僕とおじさんと姉さんの3人は行く。
 目指すはただ一点!!
 強い風が吹き辺りを包んでいた霧が晴れ、目の前に森に囲まれた給水塔がそびえ立っていた。
 あの給水塔から夕鶴を感じる!
 そして、あの強大な力と心を持つ帝王と呼ばれる少年を!!
 待っていろよ夕鶴!!

 


第三章その2

 蒸気を上げる公園の森の中。
 丘の上へと続く曲がりくねった遊歩道。
 丘の上にはこの辺り一面の団地に水を供給する給水塔が聳えている。
 それは大人にとってはただの変哲もない給水塔。
 だけど、当時子供だった僕らにとって、それは世界の中央にそびえる謎めいた塔だった。
 子供達の間でその塔は何でも願いが叶う”願いの塔”だと噂されていた。
 不確かな子供の頃の思い出の中で、夕鶴はこの塔で自分の願いを叶えそれを支えに生きてきた。
 それから年々も経って、僕は再びこの塔の前に経つ。
 今度は僕自身の願いを勝ち取るために!!
 必然的に目の前に立ちはだかる男と女。
 縦ジワハッピ姿の阪神と、光り物スーツの宝塚だ!
「とうとう決戦の時やな!」
「この華麗なる帝国剣士!!
 宝塚の名に置いて引導を渡してやる!!」
 宝塚は相変わらず演技じみたセリフだった。
「竜斗、脇役は私達に任しといて!
 主役は竜斗なんだから、”脇役”なんかに無駄に力と時間を使うことはないわ!」
「華麗なるスターを前に脇役とは何たる侮辱!」
 姉さんの言葉に怒りを露わにする宝塚。
 そりゃ怒るだろ・・・。
「いつもはここで堀江と戦うことになるんやろうけど、多分これで戦うのは最後やと思うし、ワイのわがまま聞かせてもらってええか?」
 阪神が僕の顔をじっと見る。
「竜斗はん、ワイと戦ってくれへんか?」
 阪神は頭を下げて右手を差し出す。
 って、ネ○トン紅鯨団か?
 僕は一瞬、昔夜やっていたカップルを作る番組を思い出した。
 その姿は何だかプロポーズしているようにも見えて笑えると同時にキモかった。
「竜斗、ワナかも知れないから誘いに乗っちゃダメよ!」
 姉さんが言う。
 でも、僕は時折見せる阪神の優しさを知っていた。
 初めは怖いと思ったけど、そんなに悪い人間じゃない気がするんだ。
 ここで断ったら阪神の気持ちを裏切って、一生後悔する気がする・・・。
 真っ白な地図に思い描く最良の道が、自分らしい道であるなら僕は迷わず選択する!
「良いよ!」
「自分の好きなようにやればいいさ!!
 自分の人生何だからな!!」
 おじさんが笑いながら言った。
「じゃ、私の相手はこの脇ヅカね!」
 と姉さんが言う。
 僕はIFを広げる!
 IFが塔を含めた辺り一面まで広がると、その中におじさんに、姉さん。
 そして夕鶴の存在を感じた!
「竜斗!!」
 僕を呼ぶ夕鶴の声が脳裏に響く。
 信じる人がいる!
 信じてくれる人がいる!
 見守ってくれている人がいる!
 期待してくれている人がいる!
 だから、僕は強くなるんだ!!
 僕は白い翼を大きく広げ、白銀の剣を手にした。
「おおきにな、竜斗はんっ!!」
 阪神は手にしたメガホンを振りかざし、お馴染みの炎のブーメランを生み出す。
 何度も何度も何度も振りかざし連続して炎のブーメランを生み出すと、それに追いつくように加速し、メガホンを振りかざしながら僕に突進する。
 僕はそれを飛び越えて交わすが、避けた位置にジェット風船爆弾が放たれていて、僕が触れた瞬間に風船は爆風を放ちながら爆発する。
 僕は間一髪、全身を魔力で覆いそれ回避したが、先ほど交わした炎のブーメランがいっせいに僕の方に目がけて舞い戻ってくる。
 僕はその炎のブーメラン全てを剣撃で弾き返す。
 その隙を阪神は見逃さなかった。
 背中から風船爆弾を食らい僕の身体は爆風できりもみしながら吹き飛ばされた。
 僕の手を放れた剣は回転すると地面に突き刺さる。
 僕は空中で身体をひねると翼を大きく広げて体制を整える。
 幸いながらダメージは無かったが、僕は阪神に大きな隙を見せてしまう。
「しまった!!」
 そう思ったときには既に遅し。
 阪神はメガホンを振りかざし僕に迫りつつあった!!
 僕は半分やけくそ気味に阪神に向かってストレートパンチを繰り出す!!
 互いの激突!!
 僕の拳に重い感触があった。
 完全に手応えありという奴だ。
 阪神は空中で空中で三回転半きりもみすると地面に倒れた・・・。
 って、えっ?
 魔力も何も使っていないただのパンチだよ!?
 遠距離攻撃とこそくな攻撃は得意でも、阪神は異常なほど接近戦が弱いばかりか、極度に打たれ弱かった・・・。
 阪神は奇妙な格好で地面に倒れ込みピクピクとしていた。
 僕はちょいと心配になり阪神に駆け寄ると、阪神は鼻血を出しながら降伏していた。
「って、マジでこれで終わりなの?」
 僕は拍子抜けする。
「ワイの人生で一番のグットファイトやった・・・!
 さすがワイがライバルと認めた男や!!」
「って本当にそれで良いんかい!」
 僕が突っ込むと阪神は答える。
「ワイはな、小さな頃から強い力で、弱い者を虐める奴が大嫌いやったんや!
 でも、世の中は所詮弱肉強食や。
 強くて金もあって数があるもんが勝ち、弱くて金が無くて数もないもんは負ける。
 そんな世の中に嫌気がさしていたんや・・・。
 そんな時、IFを無限に広げられる力があると聞き帝国に入ったんや。
 でも、帝国こそがワイが嫌いな力で弱いもんを支配しようと考える所やった。
 それでも、世の中を変えたい思うて頑張ってきたんやけど、最近そんなことはどうでもようなってきたんや。
 あんさんや、夕鶴はんの姿を見ていたら、ワイの考えが下らないと思えてきたんや。
 あんさん達はそないに力があるわけでもなしに、強い者に立ち向かって自分らしく生きようとしている。
 別にIFの力が無くても、人間は自分の思いを叶えられるんやって知ったんや。
 それに弱いのもそんなに悪いもんでもないで、これ以上何処にも落ちる所はないし、ライバルがいて張り合いがあれば楽しめるん思ったんや!」
 僕は阪神の気持ちを知って、地面に倒れる阪神に手を差し伸べる。
「ホンマにおおきにな!
 竜斗はん!!」
「良いんだ、そんなことぐらい・・・!」
「ワイがもし帝国辞めたら一緒に商売せんかぁ?」
 阪神が手を擦り合わせる。
「ゴメン、僕はきっと一緒にはいられないよ。
”ジャイアンツ”ファンだから!」
 その瞬間、阪神の眉間にシワが寄って変な表情になった。
「おんどれぇブルジョアめぇ!!
 あんさんのようなもんがいるから、タイガースが負ける世の中が出来るんやぁ!!」
「って結局、タイガースの話だったんかい!!」
 僕は思いっきり阪神の頭をこついた!
 阪神はすっ飛んで給水塔の鉄柵に激突する。
 ごぁんと鉄柵がなる音が響いた。
 ああ、下らな・・・!
 僕が苦笑する一方で姉さんは宝塚と激闘を繰り広げていた。
「ここは私がどうにかするから、竜斗は先に行って!」
 姉さんの声が聞こえる。
 僕は姉さんの言葉に無言で頷くと僕は給水塔の門へと向かう。
 その後をおじさんが付いてくる。
「ジャイアンツを倒せるのはタイガースだけや。
 竜斗はんはワイの永遠のライバルやさかい、ワイ以外の人間に負けるはずない!!
 わいは竜斗はんが絶対勝つって信じているで!
 夕鶴はんが待っているから、速くいきなはれ!!」
 鉄柵に張り付いた阪神が言う。
 決戦に向かう僕にはその言葉がありがたく感じた。
「ありがとう!」
  僕はそう言うと塔の鉄の扉を開け放った。

 給水塔の中は異様に静まりかえっていた。
 コツンという僕らの足音が吹き抜けになった塔の中で響く。
 一歩、足を踏み入れるとそこはまるでこの世ではないどこかのように思えた。
 現実の形をしているものの、そこは異世界。
 脳裏に不敵な笑みに歪む帝王と呼ばれる少年の姿が浮かんでは僕を睨み付ける。
 そう、ここは帝王の世界!!
 そして、そこに夕鶴が待っている!!
 この階段を上りきれば最後の戦いが待っている。
 この静家はさ嵐の前の静けさのように思えた。
 カツン。
 カツン。
 塔の中に靴音を響かせて僕は螺旋階段を一歩、一歩確実に上っていく。
 僕の後を腕組みをしたおじさんが続いた。
 その緊張の中で考えることも、思いに耽ることも出来きず、何処までも続く階段を登るの中で、僕は次第に時の感覚を失った。
 半分ぐらい階段を上った頃だろうか、おじさんは沈黙を破った。
「はははははははは!!」
 おじさんは突如と塔の中に響くような笑いを上げ始めた。
「どうしたんですか?」
「いや、お前と阪神の戦いを思い出して笑ってしまった!」
「って思い出し笑いかい・・・!」
 僕は思わず突っ込んでしまった。
 こんな時に何を考えているんだか。
「いや、スマン!
 だが、考えれば考えるほど笑えてくる!
 阪神は巫山戯てはいるが、一応帝国の戦士としての誇りがある。
 あんなに甘さを見せる奴じゃなかったはずだ。
 お前が何をしているわけじゃないが、お前に関わった人間は言いしれぬ雰囲気に飲まれて、ギャグキャラになっていく!!
 俺だっていつの間にかにギャグキャラだ!
 悪魔と呼ばれたこの俺がギャグキャラだなんて笑えるぜ!
 不思議と悪い気はしないんだ・・・。
 やられたって感じだぜ!」
 馬鹿にされているんだか、誉められているんだか・・・。
 僕は微妙な笑みを浮かべた。
「長い戦いだった・・・。
 長い間苦しみ続け、それを断ち切るために苦しみを重ねて戦い続けたが、終わりが見えれば、それがただ苦しいだけの戦いじゃなかったことに気づいた。
 そのひとつがお前だ。
 お前の活躍、お前の成長、お前の言葉、お前の葛藤。
 俺はそんなお前に自分の姿を重ねて、お前の進む道の先に新しい希望を持つようになった。
 もし、お前が俺が望む以上の世界を見せてくれるのならば、俺には少し眩しすぎる気がするな・・・」
 おじさんは苦笑しながら螺旋階段の行き着く先を見つめた。
「おじさんは言いましたよね。
 真っさらな地図に行きたい道を描いたならば、その道の向こうに自分の姿が見えるはずだって。
 やっぱりどんな道だって、何時か終わりは来ると思います。
 例えどんな道を通ったとしても、その道の途中で一つでも花を見つける事が出来れば、自分の今まで歩いてきた道を思い返せば、そこに自分の姿が見えると思います。
 その先が行き止まりだったとしても、自分の姿が見えたなら、そこにまた道があるんじゃないかと思います。
 そしたら、その花を持ってまた歩き始めれば良い。
 おじさんの話を聞いてそう思いました。
 おじさんの花、それは夕鶴のお母さんの愛であり、夕鶴自身。
 例え、何も残っていなかったとしても、探せば長い道の中で見つけた花は必ずはあるはずです」
 僕の言葉におじさんは無言で頷くと、最後に一言言った。
「お前なら俺を越えてその先に行くことが出来るかもな・・・。
 だが、今はまだ戦いの最中だ!!
 この階段の先は俺が立ち入ることの出来ない帝王の世界だ!!
 俺に出来ることはお前と夕鶴を信じて待つことだけだ!!
 必ず、夕鶴を連れて帰ってこい!!」
 僕は後ろを振り返りおじさんに向かって親指を立てた。
 そして、階段を登り切る!!
 その瞬間、一気に視界が開けた!!

 最上階にたどり着いた瞬間、記憶がフラッシュバックしそこが水槽室であると錯覚したが、現在そこは水槽室ではなく何処までも永遠に続く通路になっていた。
 それは帝王の恐ろしいばかりの巨大な魔力が可能にする歪められた空間だった。
 感じるのは空虚、拒絶、憎しみ、怒り・・・。
 そこは帝王の持つ負の感情で溢れていた。
 少しでも自分を疑ったり、弱さを見せたら、その瞬間に自分が消えてしまいそうな気がする。
 不安・・・。
 それがない訳じゃない。 
 人を、自分を完全に信じられるわけじゃない。
 僕は一度帝王に負けて自分の弱さを知った。
 でも、弱さと不安を乗り越えて夕鶴にたどり着きたい。
 その思いが僕を支えてくれている。
 そして、僕を見守ってくれている人。
 僕と夕鶴を帰りを待つおじさん、下で宝塚と戦っている姉さん・・・。
 僕は大丈夫。
 大丈夫さ。
 僕は自分を強く持ち、目をつむって帝王の感情の中に隠された夕鶴の居場所を探る。
 帝王の持つ様々な負の感情が流れ込んでくる中で、まるで、パンドラの箱のように唯一光り輝くような希望の感情を見つける。
 一瞬、その希望が負の感情で覆い隠された帝王の本当の心のように思えた。
 その希望は僕のよく知っている優しくて強い心を持つ少女・・・夕鶴そのものだった。
 ただ一直線!!
 僕は夕鶴を感じた場所へと長い通路をひた走る!!
 折り重なった扉を次々に開け放ちそこへたどり着く。
「夕鶴!!」
 その名を叫びながら最後の扉を開け放つと、眩しい光が射し込む。
 その光の中に夕鶴の姿を見た。
 やがて光に目が慣れると、そこが夕鶴の部屋を模した空間であることが明らかになる。
「竜斗!!」
 夕鶴が叫ぶ。
 だが、僕と夕鶴の間にはダブルブレストの革ジャンを羽織って、不敵な笑みを浮かべる少年が立ちはだかっていた。
 その少年の名は帝王!
 強く巨大な力と心を持つ僕の敵だった。
「人はその心にどれだけ思いの詰まった部屋を抱えていると思う?
 それは人が生きている限り決して消えることなく増え続ける。
 あまりに沢山の思いに押し潰されないように、人は部屋にカギを掛けて思いを隠しては、時と共にその場所を忘れていく。
 自分に都合のいい部屋だけを遺すことにより、平穏な日々を過ごすことが出来る。
 だが、どんな日々にだって終わりは訪れる。
 終わりが訪れるからこそ、人はその先に進むことが出来る。
 ひとつの終わりは、ひとつの始まり。
 その変化は新しい思いの部屋を生むこともあれば、長い間、忘れたはずの部屋を思い出させることもある。
 お前がひとつの終わりを知り、それ受け止められずにいたその時、俺は希望の光を見た!!
 ここは俺の希望の部屋そのものだ!!」
 僕が吼えると、その指を鳴らした。
 帝王の呼びかけに呼応するように、夕鶴の部屋をかたどった世界は崩れ去り、給水塔の屋上に変わる。
 四方を空に囲まれたコンクリートの狭い空間。
 そこに僕と夕鶴、そして帝王が立っていた。
 何処までも続く地平線、街が、団地が360度のパノラマ全てが、グルグルと回るように視界に飛び込んでくる。
 帝王は黒い大きな翼を羽ばたかせて、太陽をバックに空へと飛び上がる。
 帝王の姿が逆光で影になって見える。
「希望とは未来を思い描く思いだ!!
 お前は胸に希望を持つことで己を強くする!!
 だが、希望を持っていたとしても、それを実現させる力が無ければ、それはただの夢に終わる!!
 現実を受け入れられない弱者の逃避にしかすぎない!!
 その強さも偽りにすぎない!!
 お前に夢を現実に変える力はあるのか!!
 押し寄せる不安をなぎ払い前に進む力に欠けたお前に!?」
 僕はIFを展開し、翼を大きく広げて宙に浮かぶ帝王に対峙する。
「僕は確かに弱い存在だ!
 自分に自信をもてなければ、人を信じることが出来ない・・・。
 色んな現実を直視する事が出来なければ、すぐに傷ついてしまう・・・。
 だけど、そんな自分を克服しようと立ち向かっている・・・!!
 でも、それでも自分を疑いもせず、慢心から人を見下して傷つけて生きるよりもましだ!!」
  帝王はその口元を不敵な笑みで歪ませる。
「だから、お前は希望をその手に納めながらも、力を得ることが出来ない!
 だから、たった一言の言葉が言えないんだ!!」
 帝王がその歪んだ唇を噛み締めた。
 その唇から赤い血が垂れた。
「全てを乗り越え、俺は俺で居られる永遠の時を手に入れるのだ!!」
 帝王がその手を天に掲げると、その手に黒い光が収縮し異形の黒い剣を形作る。
 僕も対抗するようにその手を掲げると、光の中から白銀の剣を取り出す。
「ならば、僕は僕で居られる時を取り戻すっ!!」
 帝王の長く延びた前髪に隠された鋭い眼光を捕らえる!!
 その刹那、目と目が合う!!
 互いに剣を掲げて相手に向かって突進する!!
 視界が狭まり周りの背景が流れていく中で、帝王の姿だけを捕らえていた!!
 この戦いに互いの気力を消耗させる時間や、駆け引きなど意味を成さない!!
 全ては一撃必殺!!
 一撃で勝負が決まる!!
  より強い気持ちを持つ方が勝ち、弱ければ負ける!!
 ただ、それだけだっ!!
 互いに剣を割りかざしたその時!!
「もう、止めて!!!」
 空に夕鶴の声が木霊した。
 その刹那、僕と帝王のIFが折り重なるその空間に、第三のIFが展開された!!
 それは強い心と優しさを持った夕鶴のIFだった!!
 でも、何故、こんなにも悲しさと、寂しさを秘めているんだ?!
 僕が給水塔の夕鶴に目をやると、その瞬間に夕鶴は白い羽根を広げては時間を超越して僕と帝王の間に割って入った!!
 目の前に大きな羽根を広げる夕鶴の背中が表れる。
「もう、あなたの気持ちは分かったから、これ以上傷つけるは止めて!!」
 僕は慌てて空中で剣を止めたが、帝王はまだ剣を止めようとしない!!
 その口元に不敵な笑みが浮かんだのを見て、僕は悪寒を走らせる!!
「止めろぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」
 僕の制止もむなしく、帝王の剣が振り下ろされた。
 その闇の剣が夕鶴を肩口から切り裂くと、そこから夕鶴の形が光の粒子となって崩れ去っていく。
 まるでスローモーションのようにゆっくりと流れる時の中、僕は零れる砂をその手に掴むように夕鶴を抱きかかえようとするが、僕の腕は虚しく空を振るだけだった。
 握りしめたその手の中に暖かさを感じ、ゆっくりその手を開けると、光の粒子が風に舞い消えていった。
 ドクン!!
 ドクン!!
 ドクン!!
 ドクン!!
 そして、”俺”の中の何かがキレた!!
 着ていた服が風に散り、白い装束へと変わる!!
 殺してやる!!
 殺してやる!!!
 殺してやる!!!!
 殺してやるっぅぅぅ!!!!
”俺”の目が涙と憎悪で一瞬光ったかと思うと、その刹那手にした光の剣が帝王の身体を横に一閃し、その身体を真っ二つに切り裂いた!!
 刃の返り血を身体に浴び、痛みに”俺”の身体は傷だらけになる。
 罪と帝王の闇の血に浸食され、白銀の剣は帝王が手にする闇の剣と同様に醜く歪んではその刀身を黒く染め、背中に広げられた白い翼も、白い衣も闇に黒く染まった。
 髪の毛は血で濡れて顔に張り付く。
 真っ赤に染まった視界の中、血に染まった帝王の顔が邪悪な笑みに歪んでいた。
 帝王の上半身はボテリと鈍い音を立てて、給水塔の屋上へと落ちた。
「うぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
 世界に野獣の咆吼が木霊する!!
 それは誰でもない”俺”自身の叫び声だった。
 叫びと共に世界は雷光を放つ暗雲に包まれるた。
 降り注ぐ雨が俺の身体を濡らし、返り血を洗い流すが、依然心は闇に染まったままだった。
「なんでなんだよっ!!!!
 なんでなんだよっ!!!!」
 俺の頬を止めどなく涙が零れる。
「好きだったんだ!!!
 ずっと、好きだったんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」
 その瞬間、俺の周りだけ暗雲が晴れ、黄金の光が射し込めた。
 それは闇にその身を染めた俺には眩しすぎるほど神々しい光だった。
 そして、その光が凝縮して人の形になり、白い衣と白い羽根を持つ少女の姿になる。
「夕鶴っ!!!!」
 俺が夕鶴の身体を抱えると、光に溢れた夕鶴の身体は火傷するほど熱く感じた。
 その身を焼きながら、俺は夕鶴の身体を抱きしめて、夕鶴がそこにいる幸せをかみしめた。
 そして、俺の世界が止めどなく広がっていく。
 山を越え、海を越え、地球をも飛び越し宇宙にまでも感覚が広がっていく。
 この星に住まう全ての生き物も、険しい自然も、人間ですらも、もう、俺の存在を拒みはしない。
 世界との間に何の違和感も、摩擦も感じなくなった。
 世界は俺そのものだから。
 あえてひとつ、自分以外を感じるものがあるとすれば、それは俺の腕の中で眠る夕鶴だけだった。
 俺が黒い翼を羽ばたかせて給水塔の屋上へと降り立つと、かつて帝王と呼ばれた少年の変わり果てた残骸が話しかけてくる。
 顔を覆う血塗られた長い髪の間から覗く目には既に光りなどなく、帝王は朽ちていた。
「知っているか・・・?
 この主観的世界にただ一人、その少女だけが存在する理由を・・・。
 この主観的世界に置いては、全ての存在はお前とひとつになる・・・。
 全てがお前の思い通りになる、何の苦痛もない完全たるお前の世界・・・。
 だが、それは何もない闇の世界・・・。
 そこに自分とは違う人間がいなければ、自我を意識することが出来なくなり、そこには何の思いも生まれない・・・。
 人は他人と接することによって、自分の姿を知ることが出来る・・・。
 他人の瞳に映る自分を知ることによって、そこに思いが生まれ、思うことが世界を形作り、世界を変えていく・・・。
 その少女はただ一人、お前の世界においてお前とひとつになる事のない存在・・・。
  お前が選んだ、お前の本当の心を映すの出来る鏡となる存在・・・。
 なんの特別な力を持っている訳ではなく、ただ、お前が求め、お前の事を愛してくれる存在というだけ・・・。
 特別な力を持つのは、帝国の王家に伝わる世界とひとつになる力を、その血により受け継いだ風間 竜斗、お前の方だ・・・!!」
 俺は朽ちた帝王の身体を足蹴にすると、ゴロンと帝王の身体が転がり、顔に掛かった髪が横に流れてその素顔が明らかになる・・・。
 俺はその顔を見て、全身に電気が走り、心臓が早鐘を打った。
 何故なら、帝王のその顔は俺と同じだったからだ・・・!
 俺は悪夢をうち消すように、遺った帝王の屍に光弾を打ち込み粉々に吹き飛ばす。
 静寂の空間にハァハァと荒い息が響く。
 それが自分の呼吸だと気付かないほどに、俺の心は動揺していた。
 そんな俺の心の中に、消えたはずの”帝王”の声が響く。
 認めたくない現実に、心が音を立てヒビが入る。
「人の心は数え切れないほどの多くの感情を秘めて生きている・・・。
 何かひとつの事をする中にも、常に身体を突き動かす感情と、それを冷静に見つめている感情があり、そのふたつが鬩ぎ合うことにより、自分という人格が成り立っている・・・。
 光と闇・・・。
 裏と表・・・。
 それは全て同一・・・。
 つまり、俺とお前・・・。
 お前と俺のように・・・
 お前は俺自身だ・・・!!」
 脳裏に口元を不敵に歪ませた帝王の死体の顔が思い浮かぶ。
 それのイメージをかき消すように俺はその腕に夕鶴を抱きしめたまま、雷鳴轟く暗雲に向かって叫ぶ。
「嘘だっ!!
 嘘だっ!! 
  嘘だぁーーーーーーーっ!!!」
 だが、無情にも頭の中にその”声”が響き続ける。
「帝王の血は力をもたらすと同時に、過剰なまでのアンバランスな感情をもたらす・・・。
 自分の内側に渦めく激しい思いを受け入れることの出来ない、幼い俺の人格は相反するふたつの強い感情から身を守るために、それぞれ別の人間だと思い込んだ・・・。
 そんな時、ある事件が起きた・・・。
 それは母親に会いたいという願いを叶えようとする夕鶴に誘われて、願いの塔と呼ばれるここに来たときのことだ・・・。
 塗り替えられた俺の記憶の中では、現実を知り嘆く夕鶴を違う誰かが慰めたという事になっているが、実際には鬩ぎ合うふたつの感情が成した事だった・・・。
 相反し鬩ぎ合う感情を一つにまとめたのは、夕鶴を守りたいという気持ちだった・・・。
 その事件からアンバランスだった俺の中の気持ちはまとまり、俺が俺と呼べる日々が始まった・・・。
 中でも、誰かの陰謀によりねじ曲げられた情報により、夕鶴が帝国に狙われ俺の力が目覚め初めてからは、最高に自分自身を近くに感じられていた・・・。
 いままで、均衡を保っていた夕鶴との距離が近づいたからだ・・・。
 同時に均衡を保っていた俺自身の感情も崩れつつあった・・・。
 そして、俺が俺でいられる距離を夕鶴が犯した・・・。
 夕鶴と身体を重ねることにより、俺の中に眠っていた感情が目を覚まし、その強大な魔力により、二つの感情が別々の身体を得た・・・。
 俺と夕鶴、二人の距離が近づくことを切っ掛けに、俺の心の均衡が崩れてふたつの気持ちが鬩ぎ合うことは、帝王の血を受け継ぐ者としての運命だった・・・。
 いくら避けても逃れることは出来ない・・・。
 二つに分かれ鬩ぎ合う感情に気が付いた夕鶴は、自ら傷つけ合う俺を止めようとした・・・。
 だが、俺はそんな夕鶴のことを受け入れる事が出来ず、夕鶴を傷つけて否定したんだ・・・!」
 俺は涙を浮かべて愕然とする。
 止めどなく涙が溢れる。
 頭の中に流れた気持ちの続きを自らの口から吐く。
「弱い俺は心の何処かで夕鶴を受け入れることが出来なかった・・・。
 何故なら愛し合い夕鶴が自分の醜い部分を映し出したとき、嫌われて傷つく事を恐れていたから・・・。
 愛される事を望みながらも、自分から人を愛そうとしない身勝手な人間だった・・・。
 だから、たった一言、自分の気持ちを伝えることが出来なかった・・・。
 ただ一言、好きだって・・・。
 今さら、好きだと言ってももう遅い・・・。
 あんなにも、あんなにも俺のことを愛していてくれたのに!!
 俺は夕鶴を・・・!
 夕鶴を傷つけてしまったからっ!!!!
 もう、今更夕鶴に合わせる顔なんかない!!!!」
 俺が叫ぶとその腕に抱かれた夕鶴は闇に消え、暗雲に包まれた世界は終演へと向かう・・・。
 俺は全てが始まったあの日の朝、闇に包まれた世界で回帰することを願う夢を見たことを思い出した。
 それは今、俺が願う思いそのままだった。
 もう何度も同じ過ちを繰り返して来たのかも知れない。
 でも、それでも俺は繰り返すことを望むんだ・・・!
「もどりたい・・・。
 もどりたいんだ、あの頃に・・・。
 俺が俺であったあの頃に・・・!!」

 満たされぬ者へ永遠の福音を・・・。

 満たされぬ者へ永遠の福音を・・・。

 満たされぬ者へ永遠の福音を・・・。 


第四章

 満たされぬ者へ永遠の福音を。

 誰?

  満たされぬ者へ永遠の福音を。

 誰の声・・・?

 全てを覆い空を切り裂くような光を放つ雷雲。
 草木は枯れ果て、ひび割れた大地に突き刺さる豪風雨。
 まさにそれは闇の世界。
 あってはいけない世界。
 終局がおとずれし世界。
 そこには私が私と呼べるものはなく、意識できない感覚だけがそこにある。

 満たされぬ者へ永遠の福音を。

 誰?
 この世界にたった一人の存在。
 満たされることのない空虚を抱いて、哀を謳うのは誰?
  轟く雷鳴と迸る雷光に大地に影を落とすのは、今にも崩れ落ちそうなコンクリートの塔。
 そして、天に向かって大きく広げられた闇色の翼を持つ者。
 黒く輝く異形の剣と、傷だらけの身体を包む黒衣。
 血塗られた髪の間から覗く瞳に光はない。
 ただ、終わりを迎えた世界の中心で哀を叫び続けるだけの獣。
 かわいそうな堕天使。
 彼は手にしたその剣でこの世界の象徴である塔を一閃する。
 哀しみだけが支配する世界に別れを告げて、全てを無に消すため。
 そして、混沌から再生を望むために。
 その剣に導かれた落雷に打たれた塔は、火を上げながら音を立てて崩れていく。

 疑えば消えてしまう儚き世界よ。
 さようなら。

 そして、世界はゆっくりと闇に包まれ消えていく。
 後に残った彼の存在すらもゆっくりゆっくりと闇に包まれていく。

 満たされぬ者へ永遠の福音を。

 あなたはこの闇の中に何を望むの?
 闇の中、小さな光が生まれてはそれは徐々に形を得ていく。
 白い衣と白い翼を持った女の子の姿をした光。
 それは忘れていた私のカタチだった。
 彼が求めていたのは私。
 同時に私が求めていたのも彼だった。
「この闇はあなたの世界そのもの。
 全てを拒絶したあなたの心。
 行き場のない不定型な思いの空蝉。
 でも、あなたの心に私が残した光があるなら、望みさえすればどんな形さえも映すことが出来る。
 闇は全てが生まれいずる場所なのだから。
 あなたさえ望むのであれば」
「もう一度、君と歩きたいんだ・・・。
 もう一度、君と同じ時を過ごすことが出来れば他に何もいらない・・・。
 愚かさや弱さから同じ罪を繰り返したとしてもそれで良いんだ・・・。
 君が俺の弱さや醜さを映し出したとしても、ほんの少しだけ俺の柔らかい気持ちを映し出してくれるのであればそれで良いんだ・・・。
 俺の罪を消してもう一度、君と・・・」
 触れるか触れないか、刹那の口づけ。
 広がっていく無限の優しさ。
 私のカタチは気持ちとともに光となって、何処までも、何処までも広がっては闇に包まれた彼の世界を照らし出していく。
 それはとても穏やかで心地よい世界。
 雲の合間から光が射し込めて大地を照らす。
 大地には花を咲かせた草木が生い茂り、小鳥たちが幸せをさえずっている。。
 壊れたはずの塔は何事も無かったかのように、太陽に背を向けてそびえ立っていた。

 もう一度、世界を!!
 もう一度、世界をあるべき姿にっ!!!

 彼は手にした剣を天へと掲げる。
 空から差し込んだ光が彼の体を包み込むと、光に導かれるまま彼は空へと飛び立つ。
 その哀しみに染まった黒い翼を羽ばたかせて。
 思うがまま。
 望むがままに。

「もう一度、君と出会うために」

 ちゅんちゅんと小鳥の鳴く声が、私を深い眠りから呼び覚ます。
 団地の天井を見つめる私の目は霞んでいた。
 頬を伝う一筋の涙。
 私、長い夢を見ていた。
 長いようで過ぎてみればとても短い夢だったのかも知れない。
 でも、私は思い出せない。
 思い出せるのは僅かな記憶の断片。
 あとはもやもやとしたやり切れない気持ちだけ。
 とても哀しい夢のようだけど、とても楽しかったようにも思える。
 ずっと、ずっと見ていたくなるような、そんな夢だったような気がする。
 起きあがると私は部屋の窓から外を見た。
 窓から見える公園の丘の上には、給水塔がそびえ立っていた。
「私はまだ竜斗の世界にいる・・・」
 私じゃない私が、無意識のうちにそうつぶやいていた。

 

 竜斗の世界~Epilogue  Of Ryuto’s Verden

 

 いつもより早く目覚めた朝はなんだか気持ちの良い朝だった。
 それは今日が私・・・堀江 夕鶴の誕生日だからかな・・・?
 それもあると思うけど、この朝の空気も、目に見えるものも、私自身も全てが新鮮に感じるの。
 何だろうね、この気持ち・・・。
 私は部屋の壁に掛けたピーターラビットの時計を見ると、何時も起きる時間より15分ぐらい早い時間だった。
 あと、15分・・・何しようか?
 本棚の漫画に目を通したりしても、何だか落ち着かない。
 私は部屋をうろうろして、机の前で立ち止まって、無意識のうちに机の上の本に挟まった写真を眺めていた。
 それは高校の入学式の帰り道に撮った写真・・・。
 桜の木の下、真新しい制服に身を包んだ私と、その横で恥ずかしげな笑みを浮かべる男の子が並んでいる写真だった・・・。
「竜斗・・・」
 私はその男の子の名を呼んでいた。
 もう一度、会えるよね・・・。
 夢じゃないのよね・・・?
 会いたい・・・。
 会いたい・・・。
 会いたい・・・。
 私の中もう一人の私が叫んでる。
 私は訳も分からず居ても経っても居られずに、パジャマを脱ぎ捨てると制服に袖を通した。
 近くにいるから会えば良いのよ!
 じっとなんてしていられない!
 少しぐらい早くても良いから、みんな起こしちゃおう!
 とりあえずお父さんから・・・!
「おきろぉーーーーーーっ!!!!」
 私はフライパンをフライ返しで叩きながら、お父さんの部屋を空ける。
 破れた障子の隙間から朝日が差す和室。
 そのど真ん中に布団を敷いて、ウィスキーの空瓶に囲まれてトランクスとTシャツ姿で寝ている長髪のおじさん。
 私のお父さんだった。
 何故だかサングラスを掛けっぱなしで寝ている・・・。
 なんでだろうね?
 とにかく、起こさないと!
 ガンガンガンガン!!!
 金物をたたく音が鳴り響く。
「おきろぉーーーーーーっ!!!!
 起きなきゃ飯ぬきぃーーーーーっ!!!!」
「おおぉぉぉ・・・?」
 お父さんは耳を押さえながら、寝ぼけた声を上げて起き上がった。
 あとは竜斗だ!!
「竜斗もおきろぉーーーーーっ!!」
 私は団地の壁に向かって竜斗の名前を叫ぶ!
 隣の家に住んでいる竜斗には私の声が聞こえているはず。
「起きてるっちゅーーーのっ!!!
 そんなに大声出さなくても良いよ!!!」
 竜斗のクセにうるさいわねぇ!
 って本当に五月蠅いのは私だったりする。
 でも、口答えは許されない!
「わたしに口答えしたから飯ぬきぃーーーーーっ!!」
「そりゃないよぉーーーーっ!!」
 私はお父さんの布団を畳んでウィスキーの瓶を片付けながら、竜斗に早くくるように催促する。
「竜斗っ!!!! 早くしてよぉーーーーっ!!!」
「はいはいっ!!!」
 私は台所で朝ご飯を作り始める。
 今日のメニューはトーストと、ベーコンと、卵焼き!
 何時もと変わらないメニューだけど、今日は何だか特別だから、目玉焼きは卵2個にしよっ!
 バリバリとベーコンを焼いている途中にガラガラとベランダの戸を開ける音と、挨拶を交わすお父さんと竜斗の声が聞こえた。
 なんだか竜斗の顔が早くみたい衝動に駆られて、私はご飯を作り終わるとすぐにリビングに向かった。
「はーい、ご飯できたーーーーーっ!!!」
 目の前に写真より少しボロくなった学生服に身を包んだ男の子がいる。
 長く伸びた髪、男の子にしては小柄な身体・・・。
 その姿に私は一瞬胸が高鳴った。
 頭に夢で見た哀しい堕天使の姿が蘇る・・・。
 終わりかけた世界で哀しみを叫んでいたのは竜斗なの・・・?
 目が覚めて、そここに竜斗が居てくれて良かった・・・。
 心の中、もう一つの私の心が胸をなで下ろしたその時、目の前に竜斗の顔が迫った。
 細身の顔に切れ長の目、筋の通った鼻・・・。
 瞳に竜斗の顔が焼き付く。
 そして、身体に感じる力強く暖かい竜斗の腕の感触・・・。
 なんだろう、とても落ち着く・・・。
「きゃーーーーーーっ!!」
 竜斗の叫び声で私は我に返り、初めて自分が抱きしめられている事に気が付いた。
「なにすんだよっ!!!
 何で僕が抱きついてるんだよ!!」
「それは私のせりふよ!!!」
 どかっ!!!
 私は竜斗を壁に突き飛ばしたけど、心臓は高鳴るのを止めなかった。
「いったぁっ・・・!!」
 竜斗は頭を押さえながら立ち上がる。
「きっとなんかの誤解だ!! 少なくても魅力のない夕鶴には発情しないはずだ!!」
 私はビクッとする。
 自分でも幼児体型で魅力がないのを気にしていたから・・・!
「ちょっと、魅力無いってどういうことよっ!!」
 私は思わず竜斗の胸ぐらを掴んで睨む。
「ああっ!! それもなんかの誤解ですっ!!」
「お二人さんっ。
 痴話喧嘩は他でやって下さい。
 そして、さっきの続きはここでやって下さい!!」
 寝ぼけていたお父さんががいつの間にかに元気になって私たちを眺めていた。
 何故か最後の言葉だけやけに力がこもっているし・・・。
「もう、お父さんがそんなんだから、竜斗が底抜けスケベになってくのよっ!!」
 竜斗が余計な事、言わなければ怒らなかったのに・・・。
 ・・・でも、良いよ許してあげる。
 竜斗に抱きしめられて悪い気はしなかったから・・・。
 私は朝ご飯を見せつけるように、全員分の朝飯を運んで席に着いた。
 お父さんがお皿の上の目玉焼きを見て、サングラスの下の目玉を丸くする。
「豪華絢爛ですな」
 お父さんが目玉焼きを丸飲みした。
 もうちょっと、味わって食べられないのかな・・・?
 でも、目玉焼きをナイフとフォークで丁寧に食べる竜斗よりマシかも・・・。
「竜斗って、もうちょっと早く食べられないの?」
 竜斗は自分でも気にしていたらしく、苦い顔をした。
 竜斗って面白い・・・。
 そんな竜斗は私のこと、どう思っているのかな・・・?
 ふと竜斗が私のこと、どれだけ気に掛けてくれているか知りたくなって、竜斗に質問してみることにした。
「ねぇ、ところで今日、何の日か知ってる?」
 あれ、私前にも同じ時、同じ事を言ったような気がする・・・。
 でも、まぁいいや!
 竜斗は”踊る大走○線”の室○さん(○バちゃん)のように眉間にシワを寄せて、難しい表情をしていた。
 デデンデンデデン・・・。
 頭の中に○井さん(ギ○ちゃん)のテーマが流れた。
 ところで踊る大○査線のBGMを聞いていると、エ○ァンゲリオンを思い出すのはなんでだろう?
「ねぇ?」
 私が聞いてもますます、眉間にしわを寄せるだけで竜斗は答えない。
「さぁ、何だったっけ」
 なんか、滅茶苦茶白々しい・・・。
「竜斗の意地悪! んじゃあ、お父さんはわかる?」
「んわぁ、わからんのぉ」
 お父さんも白々しい態度をする。
「お父さんのスカタン!!」
 もう、二人して誤魔化して・・・!
 私はご飯を回収して復讐する。
 お父さんは回収される寸前でトーストを丸飲みして被害は無かったけど、食べるのが遅い竜斗はほとんどまるまる残っていた。
「おいっ、まだ何も食べてないよ!」
 情けない声を上げる竜斗。
「食べるのが遅いのが悪いのよ」
 と私。
「ああっ、僕の2コ玉焼き!!」
 私は勝ち誇った顔をする。
 でも、折角卵を奮発して作ったのに食べてもらえないのは勿体ない・・・。
「でももったいないから、お父さん食べちゃって良いよ」
 私は目玉焼きをお父さんに渡した。
「ラジャー・マイ・ムスメ」
 意味不明な英語(?)を発するとお父さんは目玉焼きを丸飲み。
「ダメすぎだよ・・・」
 そして、食器を洗う中、リビングで話すお父さんの声が聞こえた。
 とても小さく静かな声だけど、何故だか耳について離れなかった。
「人は誰かに存在を認められてないと生きてはいけない。
 他人の世界観の中でしか生きられない弱い生き物だ。
 おまえがあいつの存在をすこしでも疑った瞬間、ちっぽけなあいつの存在は世界から消えてしまう。
 でも、お前があいつの存在を認めることが出来れば、あいつはお前の世界の中で生き続けることが出来る。
 最後まで、あいつの存在を認めてやってくれよ。」
 私は竜斗の世界に生きている・・・。
 永遠に繰り返しながら・・・。
 私の奥底でもう一人の私が呟いた。

 丘の上に給水塔を抱く公園の遊歩道。
 森を突っ切るいつもの通学路を私たちは行く。
 涼しい秋風が吹き抜け、足下を紅葉した楓の葉が渦を巻いて流れていく。
 とても気持ちが良いようで、切ない気もする秋空。
 いつもはザワザワと騒がしいぐらいのこの通学路も、いつもより時間が早いから私たち以外誰もいない。 
 こんなに静かだと、なんだか違う場所みたい。
 私は下を俯いて考え込む竜斗の横顔を見ながら歩く。
 竜斗は何を考えているんだろう・・・?
 こんなにも近くにいるのに、考え込んで自分の世界に耽っている竜斗を見ると、何だか寂しくて不安になる。
 ・・・あれ?
 確か自分の弱い気持ちを克服して、もう不安になることはないはずだったのに、何でまた不安になっているんだろう?
 でも、こんな不安に気が付いたのが今が初めてのはずだし、いつ克服したのかも解らない・・・。
 この違和感なんだろう?
 私は不安を払うように無理矢理竜斗に聞く。
「ねぇ、竜斗、今日はなんの日でしょう?」
 でも、竜斗は相変わらず自分の世界に入り込んで、私の言葉なんか届かない。
「ねぇってば、竜斗。聞いてる?」
「んあ?」
 私が少し大きな声を出すと、竜斗は呆けた表情で返した。
「ねぇ、今日、何の日か答えてよ!」
 また、眉間にシワを寄せて無言で歩き始める竜斗。
「そうだな、僕の誕生日かな?」
 しばらく考えたあげく、アホな答えを出した。
「超意地悪ね!」
 さぁ、みたいな顔をする竜斗。
「じゃあ、私が何歳だかわかる?」
「精神年齢3歳。あ、見た目もそうか!」
 即答だった!
「バカっ!」
 私は思わず手にしたお弁当袋を思いっきり振りかざして、竜斗の頭に叩き付けた。
 ガキンっと鈍い音・・・。
「ぐおっ!!」
 竜斗は蛙のつぶれたような声を上げ、頭を抱え込んで動かなくなる。
 私は打ち所が悪かったんじゃないかと心配になる。
「お前はなぁ、もうちょっと加減をできんのか!」
 だけど、元気に動き出した竜斗を見てちょっと安心した。
「答えてくれないと、もう一発食らわすよ」
 私は自分でやっといて竜斗が無事だと解り、ちょっと嬉しくなって笑いながら言った。
「お前は鬼か!いや、鬼の方が200倍優しい!」
「もう一発食らいたいの!!」
 私は立ち止まって、振りかざす真似をした。
「人はそれを恐喝行為というんだぞ・・・!」
 別に恐喝のつもりじゃなかったんだけど。
「答えてくれたら、許してやっても良いよ・・・」
 私が言うと竜斗は無視するように足を進めた。
「誰が答えてなどやるもんかいっ・・・」
 竜斗は小さく呟く・・・。
「何か言ったぁ?」
 私は再び竜斗の前に立ちはだかり、弁当袋を天にかざした。
「うわっ! ごめん、きっと空耳だ!!!」
 私は竜斗の前に立ちはだかって笑顔を浮かべる。
「でも、今回の所はこの大自然に面して許してあげるわ」
 と言うと私はお弁当袋を一回転させて脇で止めた。
 本当言うと、竜斗があまりにも子供っぽくて、真剣になっているわたしが馬鹿らしく思えたから。
 でも、別に悪い気はしないの・・・。
 どっちかって言うと、馬鹿やってて楽しいかも。
 竜斗の顔をのぞき見ると、その顔に笑みが浮かんでいた。
「なにニコニコしてるの?」
「笑ってる? 僕がか?!」
「そんなことないよ!」
 否定する竜斗の顔はまた笑っていた。
「ほら、また笑ってる!!
 なんか嬉しいことでもあったの?
 それとも頭打ち過ぎて馬鹿になっちゃった?
 もうちょっと自分の身体大切にしないと駄目よ!」
「ってーか、そりゃおまえのせいだろっ!!」
 それはあり得る・・・。
 胸にトゲがズキズキと突き刺さる。
 私は言い訳するするように言う。
「竜斗が意地悪するからよっ!!」
 私も自然に笑みがこぼれていた。
 私が楽しいと感じている時に、竜斗も楽しく感じてくれていた。
 なんか、嬉しくて楽しいの。
 こんなのって良いね。
「でも、こうして秋の朝、静かな紅葉の中を歩くのって気持ち良いね」
 私は葉っぱが舞い落ちるのを見て言った。
「たまには少しぐらい朝早く起きるのもいいかもね」
 竜斗が私が思っていたことを言ってくれて嬉しかった。
 なんか、一緒にいるっ感じがするから。
「竜斗にしちゃ良いこと言うじゃない!
 少しは早く起こしてあげた私に感謝してね」
「そうするよ」
 そして、木漏れ日を顔に浴びながら竜斗は小さな声で呟く。
「ありがとう・・・」
 その聞こえるか聞こえないか解らないぐらいの声を私は聞き逃さなかった。
 楽しいこんな時が永遠に続けば良いのにね・・・。
 でも、それで良いのかな・・・?
 心の中でもう一人の私が呟いた。
 公園の森の向こうで給水塔がそびえていた。

 ぐうーっ・・・。
 学校のかび臭い玄関に竜斗のお腹の音が鳴り響いた。
 そういえば、私が朝ご飯取り上げたんだったっけ・・・。
 お腹空いてて当然だよね。
 ちょっと、悪いことしちゃったかな・・・。
 でも、あれは竜斗が意地悪するからよ!
 私は靴を上履きに履き替えながら思う。
 そうだ! 私が夕飯作れば少しは優しくしてくれるかも!
「今日の夕食なにがいい?」
 空腹に顔を歪めていた竜斗は、目を丸くしてた。
「夕鶴にしては珍しいことを言うなぁ」
「今日の夕食ねぇ、さっきの答え言ってくれたら、竜斗の好きなものなんでも作ってあげる」
 早い言ってくれれば楽になるのに・・・。
 あれ、またデジュビュ・・・。
 竜斗が答えを言ってくれて、もう夕飯を作ってあげたような気がしたのは何でだろう?
「おまえもしつこいなぁ・・・」
 と竜斗が言ったその瞬間、キィンと耳鳴りがして、ゾクゾクと背筋に寒気が走る。
 触れては行けないものに触れてしまったような感じ・・・。
「何か変な感じがする。
 怖い・・・」
 私が言った瞬間、誰かの気配が広がっていくのを感じた。
 気配が広がるに連れて私たち以外の人の姿が薄れて、背景にとけ込んでしまうように消えてしまった。
 なに?
 なんなの?
 私と竜斗以外、誰もいなくなったのに、誰かの気配を感じるのは何故?
 そして、その誰かが私を否定する。
 そこにいるのがあまりにも辛くて、自分から消えてしまいたくなる。
「なんか、心がザワザワするの・・・」
 私は怖さを紛らわすために竜斗の手を握る。
 その手は汗で濡れて冷たかった。
 音のない静寂の時・・・。
 ただ、私の息と心臓の音だけが響いている。
 竜斗は目をきょろきょろさせて辺りを警戒していた。
 そして、どれだけの時が経ったのか解らないけど、静寂の終わりは突如としてやって来た。
「誰か来る・・・」
 何もない空間にポツリと孤立するように殺意が浮かんでいる。 
 それは静寂の空間にカツン、カツンと靴音を響かせてやって来た。
 廊下の曲がり角の影からその意識の主が現れる。
 それは見覚えがある人だった・・・。
 猛虎と書かれた鉢巻に、スーツの上から羽織られた縦ジワのハッピ・・・。
 阪神 大河・・・。
 私のクラスの担任だった。
 なんで、なんで先生が・・・?
「わいのIF(想像領域)の中で動けるなんて、けったいな奴ちゃ。
 ははん、さてはお前、世間一般で変人とか、非常識人とか言われているたちやろ?
 たまぁーにおるんや、こういう阿呆が」
 先生は竜斗に向かって言う。
 竜斗は先生を睨み付けると、先生はより強い殺意を向けた。
「悪いが、邪魔せんといてや・・・。
 邪魔したら、命(タマ)ァないで!」
 低くうなるようなその声には殺気が込められていた。
 その殺意に気押されないように、竜斗が歯を食いしばる音が聞こえた。
 そして、先生はゆっくりと私たちに近づいてくる。
 近づくにつれて私の中の恐怖がどんどんと大きくなっていく。
「いやっ、怖い」
「何をするんだ?!」
 怯える私を見て、竜斗が吼える。
「なにって、決まってるやろ?」
 こつり、こつり・・・。
 静寂の空間に靴の音だけが響く。
「堀江は今日で16、結婚できる歳やな。
 だから・・・、わいが娶るんや」
 もう、何がなんだかわからないよ・・・!
 先生は本当は優しくて、こんな事をするひとじゃないのに・・・!
 何時も私や竜斗の事を気に掛けてくれていること、私知って居るんだから・・・!!
 こんなのって、違う!!
 違うのよ!
 また一歩、また一歩とこちらへと歩み寄る阪神。
「来ないで・・・!」
 私は先生の気配に怯え、小声で呟いた・・・。
 こんなふうに怯えている私も違う・・・!
 私はこんなに弱くなかったはずよ・・・!
 ただ、誰かが助けてくれるのを待つだけの女の子じゃないはずなのに、なんでこんなにも怯えているの・・・?
「おっと、まだ結婚は早いわな・・・。
 初めは恋人から始めへんとなっ、堀江 夕鶴はん!」
 気が付いたとき、すでに目の前にガーゼを手にした阪神の左手が迫っていた。
 一瞬、掲示ドラマで良く出てくる催眠薬を思い出す。
 眠らされてしまう!
 そう思ったとき、竜斗が私を抱えて引き寄せた。
 私を掴んだつもりでいる先生の手は宙を切った。
「邪魔するなゆうとるやろ、このクソガキが!ホンマに命ないで!!」
 ガーゼを床にたたきつけると、先生は虎のワンポイントが入ったメガホンを強く握りしめた。
 竜斗は先生の殺気に気押されて、凍り付いたように動かなくなった。
「虎はいつでも燃えとるんやで・・・」
 先生のメガホンを握りしめる拳に力が入る。
 先生がメガホンで宙を斬ったその瞬間、それは炎を吹いた。
 炎は竜斗の頬をかすめ、背後あたりで自然消滅する。
 竜斗が炎がかすった頬をさする。
 そこは火傷したように赤くなっていた。
 まるで魔法のような力・・・。
 でも、私はこんな力を知っている・・・!
 これが初めてじゃない・・・!
 何度も何度もこんな力を目の当たりにしてきたから・・・!
「どうや、わいの炎は熱いやろ。
 わいとて無駄な殺生したくないんや、なにもせんといたら勘弁してやる。
 でも、次邪魔したら、はずさへんで・・・!」
 圧倒的な先生の魔法の力・・・。
 でも、そんな力を前にして竜斗は立ち向かい、何度も何度も私を助けて来てくれたから。
 だから・・・。
 だから、そんな竜斗の姿を見てみんなが変わった。
 だから、私も強くなった・・・!
 次々と蘇っていく思い出・・・。
 それはこれから起きることにデジャビュとなって重なっていく・・・。
 そして、思い出される今朝見た夢・・・。
 そう、私は竜斗が望むまま、竜斗の思い浮かべた世界を映し出した・・・。
 それは私が望んだ世界、そのままだったから!
 でも、もう現実から逃げて繰り返しなんかしない・・・!
 楽しいこともあったけど、辛いこともたくさんあった思い出があるから、私は強くなれたし、みんなも変わることが出来たんだから・・・。
「夕鶴、走れるか?」
 私の耳元で呟やき、手を取る竜斗・・・。
 そう、今まではここで逃げて来たかも知れない・・・。
 でも・・・。
「ごめんね、もう私は逃げない・・・!」
「えっ?」
 握られた竜斗の手を払うと私は先生の顔を見た。
 突然の私の変わり身に唖然とする先生。
「なんや?! 何がしたいんや!?」
 そして、先生はメガホンに力を溜めると、メガホンの先にまるで太陽をミニチュア化したような、火の玉が集結していく。
「なんやかしらへんが、抵抗すんなら望み通り消してやるでぇ!!」
 そして、力を込めてメガホンを振り下ろすと、圧縮された火の球はブーメランのような形になり、回転しながらもの凄い勢いで竜斗に向かって迫ってくる。
「夕鶴!! 逃げないと、ヤバイよ!!」
 私の腕を掴む竜斗の肩に軽く手を乗せる。
「大丈夫よ」
「なんでだよ!! 逃げなきゃ痛い目に遭うんだぞ!!」
 私は慌てる竜斗に向かって笑いかけた。
「立ち向かってみなければ解らないこともあると思うの!」
 炎のブーメランが竜斗の目の前に迫る!!
「うわっ!!」
 木霊する竜斗の悲鳴。
 ぶつかるその瞬間、私を中心に光の柱が立ち上がり炎はかき消される。
 そして、光の中で私の服は白い衣へと変わり、その背中に大きな白い翼が広げられていた。
「ほら、大丈夫でしょ?」
 そういう言う私に腰を抜かして倒れ込む竜斗は言葉なく頷いていた。
「そんな、ありえへん!!
 何もしらへん小娘がイデアを使いこなすなんて!!」
 驚きの顔を隠せないでいる先生に私は苦笑する。
「何も知らない小娘だったらね・・・」
 私はそのまま自分の感覚を、何処までも何処までも広げていく。
 それは白い光になってこの世界を包み込む。
 光の中で、学校の校舎も、先生も、竜斗の姿も消えていく。
「一瞬だけど、楽しい夢を見させてくれて、ありがとう竜斗・・・」
 そして、私は終わりへと帰っていく・・・。

 次に気が付いたとき、私の”意識”は給水塔の屋上にいた。
 冷たい風が私の心を吹き抜ける。
 ズキン、ズキンと心臓を高鳴らせては胸が痛む。
「竜斗・・・?!」
 私は竜斗の名を呼びながら辺りを見渡す。
 360度のパノラマで広がる情景。
 森に囲まれた団地、東の方へ途切れなく何処までも続いていく街、西に南に四方を覆う山々・・・。
 グルグルと回る視界の何処にも竜斗の姿は見あたらない。
 姿は無くとも竜斗を感じさせる気配だけがこの世界に満ちていた。
 竜斗のIFが全てを包んだ今、全てが竜斗の世界になったけど、ここには竜斗の心は居なかった。
 そして、私もまた、私が私と呼べるものの一部でしかなかった。
 外に向かって行こうとする気持ちが離れてカタチを得ただけのもの。
 私を構成するものの多くは、今も竜斗の世界を映し出しながら、夢の中で同じ時を繰り返している。
 竜斗の心と一緒に・・・!
「結局、私だけが外に向かう心を取り戻しても、先に進む事なんて出来ないのかな・・・?」
 私の外に向かう心が消えかけて、このカタチすらも維持できなくなって、再び竜斗の世界に飲み込まれて消えていく。
 やがて、視界が真っ白になって何も見えなくなった。
「まだ、諦めるのは早いぜ!」
 その時、声が響く。
 とても懐かしく力強いお父さんの声・・・。
「でも、私は消えかけて・・・?」
「あんさんは消えてなんかあらへんでー!」
 続いて聞こえる関西弁の先生の声。
「おそれずに目を開けて見るんだ!」
 芝居かがった宝塚さんの声。
 私は恐る恐る目を開くと、給水塔の屋上でお父さん、先生、宝塚さん、そして聖羅さんが私を取り囲んでいた。
「あなたがカタチを失っても、私たちがあなたを消しはしないから」
 そう言うと聖羅さんが私に微笑んだ。
「なんで先生達まで助けてくれるの・・・?」
「戦うのに理由があるとしても、困っている誰かを助けるには理由などない!」
「そうや! 敵も味方も関係あらへん!
 壁にブチ当たってる奴に手を貸すってのが人の道って奴やないか!!
 それに、もう戦う理由などあらへん!!
 わいらもっと大切なことを教わったんやから!!
 あんさんと、そして、竜斗はんに!!」
「だから、今度は私たちがお前達の力になる番だ!!」
 宝塚さんが言うとお父さんが私の肩に手を乗せる。
「そう言うことだ!!
 竜斗と共に未来を見ようとしているのは、お前一人じゃない!!
 俺達がいる!!」
「ありがとう・・・!!
 ありがとう、みんな・・・!!」
 みんなの暖かい気持ちに自然と涙が込み上げてきた・・・。
「さぁ、泣いている暇は無いわ!!
 竜斗が自分の世界に取り込まれたまま消えてしまう前に、私たちが竜斗の居る未来を想像して、竜斗の外に向かう心を具現化するのよ!」
 聖羅さんが言う。
 やっぱり、そうよ・・・!!
 そうなの!!
 未来に向かうことを諦めていれば何も変わらない!!
 竜斗・・・!!
  一緒に未来をみようよ、竜斗!!
 私たちを中心に、給水塔の頂に光が生まれ、まるで闇夜を照らす灯台のように給水塔が輝いた。
 だけど、あまりに強すぎる光は、あまりに強い影を生む。
 輝く光がこの世界全てを影で覆い尽くすと、光が収縮して人のカタチになる。
 長く延びた黒い髪、黒い衣に、歪んだ黒い剣、そして空へと広げられた黒い翼。
 無機質。
 無感情。
 それは闇を抱き、他人の存在を拒む竜斗の姿だった。
 竜斗が上空で停止し、私たちをなめるように見ると、その黒い剣を闇に包まれた天へとかざす。
 その瞬間、鳴り響く地響き。
 給水塔の屋上の地面のコンクリートをうち破り、無数のイバラのツタが蠢くと、瞬く間に私の身体に巻き付いては十字架を形作って束縛する。
 そして、竜斗は剣を一閃すると、翼を羽ばたかせ上空から急降下して4人に襲いかかる。
  四人は間一髪の所で竜斗の攻撃を避けて、再び上空で停止している竜斗と対峙する。
「なんやねん、結局力ずくで連れ出すしかあらへんのか?!」
 なんで!!
 なんで未来に行くことを拒むの・・・?
 私たちと一緒に未来へ行きたくないの・・・?!
 私は四人を助けようと体を動かそうとするけど、体中に巻き付くイバラのツタに束縛されているため、身動きを撮ることが出来ない。
 口をふさがれているから声すらも出すことが出来ない。
 今の私の思いの力なら、こんなツタぐらいすぐ断ち切れる!
 私は力をイメージしてツタを断ち切ろうとするが、その瞬間、嫌な予感がして力のイメージが消失する。
 このツタはただのツタなんかじゃない・・・。
 そんな気がしたから・・・。
「夕鶴はそこから動くな!
 その十字架こそはお前と竜斗を繋ぐ絆だ!
 絆を断ちきれば二度と竜斗に会うことは出来ない。
 客観的な世界が竜斗の世界での世界の記憶を奪い、お前は竜斗の事を忘れてしまうからだ!」
 直感したことをお父さんが叫ぶ。
 絆・・・。
 それは、束縛なの?
 竜斗を助けないと行けないときに、力になれないことが悔しい・・・!
 私が思ったこと、伝えたいことが沢山あるのに!!
「夕鶴はんはそこでワイらの戦いを見ていれば良いんや!
 竜斗はんに大切なことを伝えられるのは、夕鶴はんだけじゃあらへんで!
 言ったやろ、大切なことを教えてもろたって!!
 今、それを竜斗はんに返すだけやで!!」
 先生が不器用に微笑む。
 その微笑みに優しさを感じずには居られなかった・・・。
 わたしは動けないけど、がんばって!!
 そう心の中でみんなを力づける。
「ではいくぞっ!!」
 宝塚さんが細身のサーベルをかまえて竜斗に向かって突きつけると、サーベルの刀身が光の槍のように延びて竜斗に迫るが、光の壁のようなものに遮られてその攻撃は届かない。
 何度も何度も突きつけるが、結果は同じだった。
 無限の可能性を感じさせる竜斗の思いの力は強い・・・。
 だけど、力があればあるだけ、未来が有ればあるだけ、得た物が大きければ大きいだけ、方向を誤ったときの反発は大きい。
 この竜斗の力の強さは竜斗の抱いている重みそのものだった。
 宝塚さんが息を切らして腰を落とした瞬間、竜斗が右手をかざし、生じた衝撃派によってその男物の衣装が破れて、肌が露出する。
 白く艶やかな肌、豊かな胸、それは女性の身体そのもの。
 宝塚さんだって女の人だから、その服の下に女の人の身体があるのは当たり前だけど、男の人のような振る舞いをしているから意外な感じがした。
 剣を突き立てて、地面に膝を立てるその姿は力無く、とても弱々しい。
 そんな宝塚さんにとどめを刺そうと黒い剣を手に迫りつつある竜斗。
 そんな心ない竜斗の姿に胸が痛む・・・。
 やめて欲しい・・・!
 だけど、そんな竜斗の進路を聖羅さん、お父さん、先生が武器を構えてふさぐ。
「手出ししないで欲しい・・・!」
 消えてしまいそうな小さな声で宝塚さんが言う。
「みんな解っているはずだ・・・!
 これは風間 竜斗の心を取り戻す戦いでもあるが、それぞれの過去との戦いでもある・・・!
 最後まで私に戦わせて欲しい・・・!」
 その目に涙が輝く。
 そして、黙って三人は退く。
 みんながそれぞれ決着を付けたいって、そんな気持ちで竜斗との戦いに望んでいるっていうのは解る・・・。
 私もそうだから・・・。
 でも、だからといって宝塚さん一人で戦わせるのは胸が痛む。
 だって、宝塚さんの姿はとても弱々しく、まるで消えてしまいそうな灯火を宿す、切れかけのろうそくのようだったから・・・。
「・・・こんな私の姿を見て、強がっていても所詮は女だと思うだろ?
 そう、私は女なのさ・・・」
 徐々に向かってくる竜斗に向かって宝塚さんが苦笑する。
 消えかけているろうそくのような姿なのに、私は宝塚さんの背中に今までにない強さを感じた。
「先代の帝王であるお前の父親に女として受け止められなかった私は、せめて戦士として受け入れられようと、女であることを捨てた。
 そして、先代の帝王が消えた後も、他に何もない私はそのまま戦士として戦い続けた。
 戦い続けていれば帝王に認められることはなくても、私を必要とする帝国にとっては価値のある人間でいられたからだ。
 だが、お前と戦いの中で、私は自分に戦うことしか価値がないと決めつけて、本当の自分を否定されることから逃げているだけだと言うことに気づかされたんだ・・・!!
 そう、私は女なんだ・・・!
 女を捨てることなんか出来ない・・・!
 私は戦士である前に女でいたいんだ・・・!!」
 竜斗はゆっくりと黒い剣を宝塚の首へと振りかぶる。
 怖くて目をつぶりたくなるような一瞬!
 脳裏に連想される残酷なシーン!
 でも、私は目を逸らさずに見届けるの!!
 竜斗を!
 そして、竜斗と出会って変わった宝塚さんを信じるから!!
「私はもう女としての自分の価値から逃げないわ・・・。
 私に大切なことを教えてくれたあなたなら、きっと過去の輪から抜け出せるわ・・・。
 過去だけがあなたの価値じゃないのだから・・・」
 宝塚さんの口から出た女としての本当の言葉・・・。
 宝塚さんは気を失って倒れ、横に一閃された竜斗の剣は、宝塚さんの首を刈り損ねて空を切る。
 私は竜斗に生まれた一瞬のとまどいを見逃さなかった。
 残酷な現実から逃げないで、竜斗と宝塚さんを信じて目を見開いていて良かった!
 竜斗は道を捨ててはいないから!!
「今度はワイの番やな!
 おっと、手出し無用やで!!」
「解っているわよ!」
 先生がヒョロヒョロと前に出て突っ込みを入れるような奇妙なポーズを取ると、聖羅さんが声を荒立てては頷いた。
「おおきになっ!」
 そういうと先生は黒い影のような竜斗と対峙し、目をつぶり精神を統一する。
「・・・ァス、カケ・、オ・ダ・・・・・」
 先生の口から漏れる、まるで呪文のような呟き・・・。
「行くでぇ!! あまりに危険なため封印された最終奥義!!」

 阪神タイガースの歌~六甲おろし~
 作詞/佐藤惣之助 作曲/古関裕而

 一
 六甲おろしに颯爽と
 蒼天翔ける日輪の
 青春の覇気麗しく
 輝く我が名ぞ阪神タイガース
 オウ、オウ、オウオウ
 阪神タイガース
 フレ、フレフレフレ

 二
 闘志溌剌起つや今
 熱血既に敵を衝く
 獣王の意気高らかに
 無敵の我等ぞ阪神タイガース
 オウ、オウ、オウオウ
 阪神タイガース
 フレ、フレフレフレ

 三
 鉄腕強打幾千たび
 鍛えてここに甲子園
 勝利に燃ゆる栄冠は
 輝く我等ぞ阪神タイガース
 オウ、オウ、オウオウ
 阪神タイガース
 フレ、フレフレフレ
 
 えっ?
 なんで、ここで六甲おろしが流れるわけ?!
「一九八五年!! 十月十六日!! 阪神タイガース優勝ゃぁーーーーーーっ!!
 吉田監督おめでとーーーーーーーーーーっ!!!!!
 うぉーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」
 そして、一人で万歳三唱する先生の手から紙テープ?
 それに何故かトイレットペーパーが飛び出しては宙を舞う。
 だけど、突然の突風にあおられた無数の紙テープと、トイレットペーパーはそのまま先生の方へと舞い戻る。
「あわわわっ!! もどってこんといてぇーーーーーっ!!」
 そして、トイレットペーパーが大爆発を起こし、それにつられるように無数の紙テープが誘爆して、先生を巻き込む!!
  そして、硝煙の中からアフロを通り越してパンチパーマになった先生が出てきた・・・。
 顔は既にラ○ツ&スターの一二〇%を越す黒さ・・・。
「結局何がしたいのよ!!」
 聖羅さんが突っ込んだ衝撃で、先生は地に伏せた。
「ふっ、さすがワイがライバルだと見込んだ男やっ・・・!!
 わいの最終奥義を返すとはなかなかやるやないか・・・!」
 っていうか、竜斗は何にもしていなかったように思えるけど・・・。
 黒い影に見える竜斗の頭に汗が垂れたような気がした・・・。
「確かにワイは弱い存在やけど、決して人生を、勝負を諦めたりせぇへんで・・・!!
 負けたと思ってしまったら、そこで全ては終わりなんや・・・!!
 例え今はどん底でも諦めなければいつかきっと勝つことが出来る日が来る・・・!!
 ワイはライバルである、あんさんから学んだんや・・・!!
 阪神やって何時も巨人に負けるだけちゃうんや・・・、例え20年に1度ぐらいでも優勝できるんや・・・。
 だから、あんさんも諦めなければきっと・・・」
 そして、地面に倒れ込む先生。
 無言で立ちつくす竜斗の差し出した手のひらの上に、唯一不発に終わった紙テープが舞い降りて、静かに青い炎を宿す。
 手のひらの上でゆらゆらと揺らめく青い炎は竜斗の手のひらを焼き、その横顔を照らしていた。
 まるで物思いに耽っているかのような大人びた顔立ち・・・。
 あまりに複雑で、あまりにも深くて、何を思っているか察する事は出来ない。
 とても遠い竜斗の横顔・・・。
 だけど、少しずつ距離が縮まっている!
 そして、炎はゆっくりと消えて、竜斗の手のひらに僅かながら火傷を遺した。
 幾度と無く竜斗との戦いを繰り返してきた先生だけど、攻撃が当たったのは初めの戦いの時以来だった。
 小さな傷かもしれない。
 でも、先生にとっては大きな一歩。
 そう、諦めなければきっと何時かは勝つことも出来るのかもしれない・・・。
 ホント言うともう竜斗と戦うのは止めて欲しいけど・・・。
 聖羅さんがそんな竜斗を見据えながら、束縛された私に言う。
「もし人に運命というものがあるとしたら、帝王の子として生まれながらに深い闇を持ち、その道の先に戦いと破滅しかない修羅の道が竜斗の運命・・・。
 現に私たちのお父さんは帝王の名を捨てて、普通の家庭を築こうとしていたけど、私が大きくなり、竜斗が生まれ、幸せが大きくなるに連れて、その重みに押し潰されて、最後には自分の世界にお母さんを取り込んで、この世界から消えてしまった。
 修羅の道に生きてきた父さんにとって幸せは眩しすぎたのかも知れない。
 些細なことも気にとめる繊細な心が力を生むと同時に、渦巻く感情の中に押し潰されてしまうのが帝王の運命。
 そんなお父さんの姿を側で見ていて、竜斗には哀しい帝王の運命なんて背負わせたくないから、閉じこめてでも力に目覚めることを防ごうとしたけど、結局は拒まれてしまった・・・」
  そして、聖羅さんは私に微笑みかけた。
「だけど、今はそれで良かったと思っている。
 夕鶴ちゃんの言葉を聞いて自分が運命から逃げている事に気が付いた今、真っ直ぐに突き進み続けた竜斗の周りで何かが変わりつつあることが解ったから」
 聖羅さんの言葉を聞いて、敵であった先生と、宝塚さんが竜斗の為に立ち上がってくれた時の思いが再びわき上がった。
 確かに変わっていく事の実感に私は奮い立って涙が零れた。
 最後に戦うのはその手に赤く輝く剣を携えたお父さんだった。
「運命に立ち向う事で未来を切り開けるのなら、俺との戦いは避けては通れん!!
 俺の存在こそがお前の運命だからだ!!」
 塔をバックに立ちつくす竜斗に対峙するお父さんのIFが広がっていく。
 様々な強い思いが渦巻く混沌としたお父さんの強い力。
 背中に広げられた蝙蝠のような羽根、後頭から延びる山羊のような角、異常に膨れあがった筋肉・・・。
 あまりにも強く渦巻く思いにねじ曲げられたその姿はまさに悪魔。
 思いの中に押し潰されてしまいそうなほどの力だけど、ただ一点竜斗へと向けられていることがお父さんの自我を支えていた。
 そして、最後の戦いの時が訪れた。
 瞬時に消える二人の姿。
 次の瞬間、闇に包まれた給水塔の上空に閃光が迸る。
 斬撃に次ぐ斬撃。
 限界を超えて加速する太刀筋を互いに打ち合い、火花を散らしては相殺する。
 互いに人知を越えた力を持っているから出来る戦いであった。
 そのまま、お互いの精神力が尽きるまで、そんな撃ち合いが続くのかのように思えた。
 だから、突然空中で姿勢を崩した竜斗の姿を見たときは唖然とした。
 竜斗の斬撃が迫ったとき、お父さんはそれを相殺せず瞬時に身体を翻して攻撃を避けたんだ。
 当然、斬劇により攻撃を相殺されると思っていた竜斗は、思いっきり攻撃していたので剣が空を切り姿勢を崩したんだ。
 そこをすかさずお父さんの回し蹴りが炸裂する。
 その強靱な肉体に激しい思いの力が乗せられた一撃の威力は半端ではなく、竜斗の身体はすっ飛ばされて、見る見る内に内に豆のように小さく見えていく。
 次の瞬間、お父さんは時を渉るように加速して、すっ飛ばされた竜斗に追いつき、手にした剣を思いっきり斬り付ける。
 全身をIFで防御した竜斗には、切り裂かれる事は無いけど、その襲撃で思いっきり地面に叩き付けられた。
 ズドォーーーーンと言う大きな音と共に、給水塔から見える公園の端の森にまるでミサイルが落ちて爆発したような煙が上がった。
 訪れるしばしの沈黙・・・。
 空中で髪を靡かせて停止するお父さんの背中・・・。
 その戦いの巧みさと、あまりに広い背中が私の知らない歴戦の戦士であるお父さんの側面を物語っていて、何だか寂しく思えた。
 そして、また突如として激しい戦闘は再開された。
 竜斗が叩き付けられた地点から立ち上がる黒い光の柱。
 その黒い光の柱から、黒い光を全身に纏い光の球と化した竜斗が表れてお父さんへと迫る。
 お父さんは手にした赤い剣を横に構え竜斗の攻撃に備えるものの、その凄まじい力はお父さんを再び給水塔の前へと押しやる。
 徐々に竜斗の黒い光の中に飲み込まれていくお父さん。
 やがて、お父さんの全身を飲み込んだとき、まるでグロテスクな生き物のように黒い光の球が蠢いた。
「所詮ここにいるお前など、弱い自分を覆い隠す為の虚栄にしか過ぎない!!
 虚栄などに負けられるかぁーーーーっ!!!」
 そして、光の球は弾けて黒い閃光となり、そこに全身を闇に染めたお父さんが佇んでいた。
 そこに竜斗の姿は無い・・・。
 心配する私にお父さんが言う。
「これで竜斗の心を隔てるモノは消えた。
 後はお前が竜斗の世界に行って、直接竜斗を連れ戻すだけだ!
 竜斗はお前の心に自分の世界を写し続けている!!
 お前達を繋ぐ絆であるそのイバラのツタを伝えば、竜斗の世界にたどり着けるはずだ!!
 命を張ってまで思いを伝えたヤツらがいたから、竜斗に心の透き間が生まれてここまでたどり着くことが出来たんだ!
 その思い、無駄にはするなよ!!」
 私は言葉無く頷く・・・。
「行けっ!!」
 目を瞑ると心の奥に竜斗が居る。
 気が付けば当たり前のように隣に竜斗が居た。
 長い時を一緒に過ごした。
 喜び・・・。
 怒り・・・。
 哀しみ・・・。
 楽しみ・・・。
 あふれ出る優しさ・・・。
 とろけるような快感・・・。
 沢山の気持ちを分け合った。
 それは私と竜斗を繋ぐ絆・・・。
 イバラの道をたどるとそれは真っ直ぐ竜斗の世界へと延びている。
 私の意識は竜斗の世界の混濁へと飲み込まれていく。
 それは、ずっとそのままで居たくなるような、とても居心地の良い感覚。
 でも、もう私は自分を自分を失うことは無いよ!!
 だって、私は一人じゃないから!!
 みんなが支えてくれているから!!
「まさかこの俺がアイツの虚栄ごときにオープンされるとはな・・・。
 俺の罪を背負い、アイツがそれを乗り越えられなら、その先も夢じゃないよな・・・」
 そして、混濁の中でお父さんの声を聞いた気がした。

「僕を迎えに来たんだね・・・」
「うん」
 そう言う竜斗に私は頷いた。
 そこは竜斗の世界。
 都会から隔離された小さな団地の一角。
 薄暗い蛍光灯が映し出す狭い空間。
 生活が染みついた竜斗の部屋。
 二人並んで腰掛けた重みでへこんだベットには、互いの小指に繋がったイバラのツタが這っていた。
 時を刻み続けるジャビットの時計は針を止め、夜を鳴く虫の音も、どこからか漏れてくる生活の音も聞こえない静寂の空間に、私たちの息と心臓の音だけが聞こえるようだった。
「何時までもここにいちゃいけないよ。
 ね、帰ろうよ・・・!」
「帰りたくない・・・」
 力無い声で竜斗が呟く。
 長く延びた髪の影で竜斗の顔は見えず、その横顔から表情を察する事が出来ない。
 時が止まった世界の長いようで短い沈黙。
 この世界では時は流れはしない。
 ただ、人の思いや、言葉、出来事が順番に紡がれていくだけ。
「なら、今すぐ帰らなくても良いよ」
 先に沈黙を破ったのは私の方だった。
「えっ?」
「本当はどうしたいか、その答えは竜斗の中に眠っている。
 ただ、それがなかなか表に出ないだけよ。
 急いだって答えは変わりはしないと思う。
 だったら、竜斗が自分から答えを出すまで私は待っているよ」
 と私は微笑んだ。
「・・・」
「そうだ、お散歩に行こうよ!
 誰にも邪魔されない時の止まった夜のお散歩に!」

 時の止まった明けることのない夜のお散歩。
 澄み切った空に目が回るぐらい沢山の星が瞬いていた。
 都会から隔離されたこの団地じゃ、街のうるさい光の中で消えてしまうような星の光さえ輝いている。
 そんな星空の元、私たちは給水塔を囲う森の公園の夜道を行く。
 ヒンヤリとしていて少し肌寒かったけど、二人繋がれた手はとても温かかった。
 2人の間にイバラのツタがぶら下がって、コンクリートの道に、もやもやとした街灯が照らすシルエットを映していた。
「夕鶴が僕のところに来るまでに何があったか、みんな夢に見ていたよ・・・。
 僕はみんなと戦っていた・・・。
 そして、知ったんだ、みんなの思いを。
 おじさんの思いも知った。
 おじさんはずっと死んでしまったおばさんに会いたがっていたんだ。
 おじさんは、おばさんが死ぬまで自分が愛されていた事に気づかず後悔していたから。
 だから、おじさんは帝王の力を持つ僕に夕鶴を近づけさせ、夕鶴がおばさんを恋しがるようにし向けて、夕鶴と結婚すればIFを無限に広げる力が手に入るという噂を広げ、その力を巡る戦いの中で僕の力を覚醒させて、僕に夕鶴の願いを叶えさせようとしたんだ。
 過去を振り返りたいおじさんの気持ちは痛いほど解るよ・・・。
 でも、夕鶴がおばさんに恋しがるのを止めたように、おじさんも過去なんかどうでもよくなってしまったんだ。
 僕や夕鶴が見せる未来の前では、過去なんて色あせて見えてしまったから。
 だから、おじさんは僕に自分の罪を乗り越えて欲しかったんだ」
 竜斗は自分に苦笑する。
「ホント言うと、過去なんてどうでも良いんだ。
 ただ、今があれば良い。
 でも、未来を見るのが怖いんだ・・・」
 私は竜斗に微笑みかけた。
「私ね、お父さんが私たちを利用しているって、途中から、何となく気づいていたの」
「えっ?」
 目を瞑ると初めてお父さんに不信感を感じたときのことが鮮明に浮かぶ。
 私は思い出すように言う。
「あの、高速道路の戦いの後、お父さんが私の運命を教えてくれる時に何となく違和感を感じたの。
 もう、お母さんのことを忘れていたのに、私には母親の存在が必要だって言ってたし。
 そんなお父さんに不信感を感じながらも、そんな自分の人生が嫌になって、家を飛び出して竜斗の部屋に行ったけど、意識して初めてお母さんの居ない寂しさが自分の中にあることに気づいたの。
 でも、竜斗と一緒にご飯を作って、竜斗がずっと一緒にいてくれるって言ってくれたら、私のそんな力も竜斗の為に使うんなら悪くないって思ったし、お母さんが居ない寂しさも、私自身がお母さんになれば無くなるかも知れないって思ったの。
 ・・・でも、結局私には他人の心を映し出す力なんてなかったけど」
 私は竜斗に向かって微笑む。
「結局、私が映し出したのは竜斗の心だけだね。
 でも、それから私は強くなれたよ。
 自分の人生も悪くないって思って、全てを受け入れたから強くなれたの」
 私は公園の丘の上、給水塔の横にあるベンチに腰掛ける。
 竜斗は私の隣に腰掛ける。
 歩かないと、秋の夜の空気はとても寒く感じた。
 両手を擦り合わせ、思わず身震いをしてしまう。
 竜斗はそんな私の様子を見て自分のジャンバーを私に掛けてくれた。
 そのジャンバーは聖羅さんが竜斗にあげた革のジャンバーだった。
「それじゃ、竜斗も寒いでしょ」
 そう言うと私は竜斗と肩を寄せ合って互いの肩にジャンバーを掛けた。
「ほら、こうすれば二人とも暖かいよ」
「そうだね」
 そう言うと竜斗は微笑む。
 その笑顔は今までで一番近い気がした。
  とっても暖かい・・・。
 竜斗の暖かい気持ちと、寄せ合った肩に感じる体温がとても暖かい・・・。
 私は優しい気持ちで満たされる。
「竜斗も自分の恐れる未来を受け止めれば良いと思うよ。
 恐れて逃げているだけじゃ、きっとその未来は本当になってしまって、何も変わらないで繰り返すだけ。
 それが運命だとすればちゃんと受け止めて、今をしっかり踏み締めながら歩き続ければ、例え足踏みをしているようでも、何時かは変える事が出来るかもしれない。
 それに、もし変えられなかったり、思いもしない方向に進んでしまったとしても、今まで踏み締めてきた道を糧にして、また歩き始めれば良いんだから」
「・・・」
 竜斗はベンチから東の空を眺める。
 その空は少しずつだけど明るくなり始めていた。
「もし、この道の先でまた君を傷つけてしまうかと思うと怖い・・・。
 もし、この道の先で君に嫌われるかもしれないと思うと怖い・・・。
 君は笑って許してくれるのかも知れない・・・。
 でも、僕は君を傷つけてしまった自分が許せない・・・。
 自分に自信がないんだ。
 だから、僕を許してくれる君を信じることが出来ない。
 僕が生きている以上、そんな心の闇は消えないと思う」
 地平線の向こうから大きな光が登ってくる。
 ちゅんちゅんと朝を知らせる小鳥の鳴き声が聞こえる。
「目を背けて、押し込めようとすれば、きっと何時かは心の闇に飲み込まれて、同じ事を繰り返してしまうと思う・・・。
 心にある希望のような光も、相反する闇も、どちらも僕の心なんだ。
 がむしゃらに突き進んでも、否定ばかりして後ずさっていてもダメで、その両方があって初めてより遠くへ行けるんだと思う。
 だから、僕はもう心の闇から目を背ないよ!」
  その時、完全に太陽が地平線から顔を出して私たちの横顔を照らしていた。
 決して明ける事の無い夜の夜明け・・・。
 私は立ち上がって朝日に向かって叫ぶ。
「明けない夜なんて無いよね!
 どんな長い夜も何時かきっと明けるんだから・・・!」
「ねぇ、夕鶴・・・!」
 私は呼ばれて竜斗の方を向く。
 すぐ間近にある竜斗の顔・・・。
 何時もと変わらない竜斗の顔だけど、何故だかとても大人びて見えて、格好良く思えた。
 その魅力に私は心を奪われる。
「今度はちゃんと言うよ・・・」
「うん・・・」
 ドキドキと胸の鼓動が高まっていく。
 竜斗が口を開くまでのその瞬間がやけに長く感じ、もどかしさで胸がいっぱいになる。
「好きだ!」
 たっと一言の言葉・・・。
 私はずっとその言葉を待っていたの!!
「私も大好きよ・・・、竜斗!」
 重ね合う唇と唇。
 とても長く深いキス・・・。
 朝日に照らされた二人のシルエットは重なって見える。
 竜斗に強く、強く抱きしめられ、私は心も体も溶けていきそうだった。
 竜斗と一緒にいる時に幸せを感じずにはいられない。

「帰ろうよ!!
 みんなが待っている世界に!!」
「うん!」
 竜斗が返事をしたその瞬間、世界に音を立てながら亀裂が入った。
 そして、公園の丘の上から見える地平線の向こうから、徐々に世界が崩れて無へと消えていく。
「竜斗のIFが内側に向けられているから、客観的な世界に竜斗の世界が否定されて崩壊し始めたのよ!!
 急いでここから出ないと、”私達も”世界から消えちゃうよ!!
 竜斗!!
 IFを外に向けるのよ!!」
 だけど、私の言葉と裏腹に、竜斗は崩壊していく空の前で呆然として立ちつくしていた。
 その様子に私は危機感を感じずにはいられない。
 握った手の中にじとっと汗が噴き出た。
「どうしたの?!」
「ダメなんだ!
 IFが無限に内側に広がり続けて、止める事が出来ないんだ!!」
  竜斗の言葉を聞いて、私は直感してその答えに唖然とする・・・。
 何故なら、竜斗のIFを無限に広げ、竜斗の世界を写し続けているのは私の心だったから・・・。
 私は苦笑する。
 私の中に竜斗と何時までも一緒に時を過ごしたいと思っている自分が居る。
 そんな楽しい時を失ってしまうことを恐れている自分が居る。
 誰よりも楽しい夢を見続ける事を望んでいたのは私だった。
「もし、このまま竜斗の世界の崩壊に巻き込まれたらどうなるのかな?
 ・・・きっと、私たちの心も消えてしまって何も残らないのかも知れない。
 でも、もしかしたら、変わらない楽しい夢を繰り返しずっと見続けられるかも知れない」
「こんな時に何言ってるんだよ!!
 変わらない夢を見続けても何も変わらない!!
 先に進むことを恐れずに、足踏みしてるようでもしっかりと歩き続けないといけないって言ったのは夕鶴だろ!!
 こんなところで立ち止まっちゃダメなんだ!!」
 私の肩を掴む手・・・。
 私のことを強く見つめるその瞳・・・。
 とても力強い・・・。
 この戦いの中でこんなにも・・・。
 こんなにも強くなったんだね・・・!
「そうだよね、そうなんだよね!!
  ありがとう、竜斗!!」
 私は崩れ行く世界の中、竜斗を強く抱きしめる。
「もう、大丈夫・・・。
 同じ過ちは繰り返したりなんかしないから、今は、今だけはこうしていさせて・・・。
 これから歩く道のために、今を噛み締めさせて!」
「夕鶴・・・」
 竜斗は私を強く抱きしめてくれる。
 とても刹那的な幸福感。
「竜斗と過ごした思い出の中、短い間だったけど、この戦いの間が一番楽しかったと思う。
 楽しいだけじゃなく、辛いことも多くて、全てが思い通りにならなかったとしても、その時に出来る事を精一杯やって、一生懸命に立ち向かい続けたから、とても充実していたんだと思う。
 私たちの人生の中で大きな場所を占める日々だったから、ずっとそんな日々を繰り返していたいって思ってしまう。
 でも、楽しいことばかりを夢に見て、振り返って同じ過ちを繰り返していたんじゃ何も変わらない・・・!
 色々な事を乗り越えてきたから強くなれたし、こんなにも力になってくれる人たちがいる・・・!
 そんな日々があったから、今の私たちがいる・・・!」
 私の頬を涙がつたう。
 抱き合っている竜斗はそれに気付くことはない。
  かすかに震える肩だけが私の気持ちを竜斗に伝える。
 私は意を決して竜斗と私を繋ぐイバラのツタを断ち切ろうとする。
 それは私と竜斗を繋ぐ絆。
 それを察した竜斗が私を止める。
「絆を断ちきれば客観的な世界が、僕の世界での記憶を奪い、夕鶴は僕のことを忘れてしまうんだぞ!!
 もう二度と会えないかもしれないんだ!!
 それで良いのかよ!?」
「会えるよ、きっと・・・!
 私たちは利用されるために出会ったのかも知れない。
 でも、互いを思う気持ちは嘘じゃないから!!
 その気持ちが本当ならきっと会えるよ・・・!
 本当の絆は互いを縛り付けるものじゃない!!
 互いのことを思う気持ちだと思うから!!」
 竜斗は私の身体を強く抱きしめる。
「足踏みして足掻いているようでも、未来へと歩き続けてさえいれば、何時かきっと私たちが送った日々にありがとうと言える日がきっとくるはずだから・・・!
 だから・・・。
 だから今は、さようなら、竜斗の世界・・・!!
 未来の為に・・・!
 また会う日の為に!!」
 そして、断ち切られるイバラのツタ。
 崩壊していく世界の中で、私たちは光に包まれていく。
 消えていく意識の中で、私を抱きしめる力強い竜斗の腕の感触がずっと残っていた。


第五章

 真っ赤に輝く大きな満月と、チカチカと五月蠅いネオン管が灯し出す、真夜中の繁華街の裏路地。
 車高を下げられ槍のようなマフラーが飛び出た身分に不釣り合いな黒塗りの高級車や、張り出したエアロパーツを装着した黒塗りのミニバンが、何台も連なって路上に駐車されている。
 カーステレオから空気を揺るがすような低音の強調された大音量のブラックミュージックが木霊する。
 絶えもなく聞こえる若者達のトゲトゲしい笑い声。
 一面を漂うタバコの煙。
 路上に転がるタバコの捨て殻と、殻になったペットボトルと、コンビニの弁当。
 寂れたビルの壁面に所狭しと書かれた落書きが、そこに息づく若者達のグループのテリトリーを顕示する。
 若者達が集うこの街は決して眠ることなく、”求める者”を相応の金と引き替えに招き入れる。
 売買される人と薬。
 この街のこの路地では、若者達が売人であり、買う側でもあった。
 秩序を失ったこの闇の路地に一人の場違いな少女が足を踏み入れる。
 細身で背の高い金髪の少女。
 その髪と彫りの深い顔立ちは、欧州人の血を引いていることを感じさせる。
 少女の足音に馬鹿騒ぎをしていた若者達は静まりかえり一斉に少女の方に目を向ける。
「おっ、処女が来たぜ!!」
「んなわけなーだろ!!
 ありゃ俺の彼女だから、毎日ヤリまくりに決まってるだろ
 ヤリマンだよ、ヤ・リ・マ・ン!!!」
「言ってろ、バーカ!!!
 ほら、オナニーだってしたことないってさ!!」
「ギャハハハハハハハハ!!!」
 下品なヤジが飛び辺り中で心ない笑いが飛び交う。
「何がしたい?
 売りか?」
 若者の一人の問いかけにも、少女は微動だにしない。
「じゃあ、ヤクか!!
 一回ヤラしてくれれば、十回分はくれてやるぜ!!」
「いいなぁーーーー!!!
 俺の穴を掘らしてあげるから、百回分ちょうだぁーーーーい!!!」
「死んでろよ!!!」
 また、笑いが飛び交う。
 その卑下すべき態度に少女は不敵な笑みにその唇を僅かに歪める。
「お前達に用は無い・・・」
 そう言うと、少女の体の身体から見えない何かが広がり、その裏路地を取り囲んで行く。
 少女から広がったその空間の中で、たむろしていた若者達は次々と形を失って消えていく。
 後に残ったのは空間の主である少女と、もう一つ黒く渦巻く人の形をした闇だけだった。
「用があるのはお前だけだ!!」
 少女が腰に差したサヤから細身のサーベルを取り出すと、身体を横にしてサーベルを突き出して構える。
「きしゃぁーーーーーっ!!」
 音にならない掠れた咆吼を上げながら、その闇は少女に牙をむく。
 闇が少女に向けて突進し、腕の辺りからツメのようなものが延び、少女を貫こうとするが、まるで闘牛士のようにギリギリまで闇を引きつけて身を翻して交わし、すれ違いざまにすかさずサーベルを突き刺す。
「!!」
 聞き取ることの出来ない周波数の叫び声が上がる。
 闇色の体液が飛び散り、路面を濡らす。
「トドメ!」
 少女は一言呟くと、何度も何度も手にしたサーベルで、人の形をした闇を突き刺す。
 やがて、その身体には無数の穴が開き、向こう側にあるネオンの看板がギラギラと光っているのが見えた。
 闇は最後、断末魔の悲鳴を上げると、身体を闇色の液体へと変えて崩れ去った。
 少女は息を吐き、汗をぬぐい去る。
 だが、戦いはまだ終わりではなかった。
 少女の背中に忍び寄るもう一体の闇の姿。
 少女がその気配に気付いた時にはすでに真後ろでツメを延ばしていた。
「くっ!!」
 やられる!!!
 少女がそう思ったとき、少女の作り出した空間の上から更に強い空間が覆い被さるように広がっていく。
 そして、次の瞬間には闇は激しい光の中に消滅していた。
 ブラックミュージックが鳴り響きネオンが輝く裏路地に、金色の髪を持つ少女と、もう一人、革のライダースジャケットに身を纏った若い男が立っていた。
 その男こそが闇を滅した者だった。
「竜斗!!」
 少女がその男の名を呼ぶと、男は笑みを浮かべて返した。

 

 竜斗の世界~After Of Ryuto’s Verden

 

 車の通りがまばらな夜の首都高速を一台の車が駆け抜ける。
 澄み切った空のような青いボディ、室内中に張り巡らされたロールバー、トランクから延びたGTウィング。
 甲高いロータリーサウンドを奏でるオーブンカー。
 その名はロードスター。
「ねぇ、竜斗・・・!」
 俺は名前を呼ばれて、助手席を横目でチラリと見る。
 金髪の細身の少女が俺をじっと見ていた。
 その顔は流れては消えていく、トンネルのオレンジ色の灯りに照らされて、赤みを帯びているように見えた。
 少女の名はマイ。
 身寄りがないのを帝国が引き取って、学校に通わせながら、勉強のためにとタマに”仕事”を手伝わせている。
 まぁ、妹みたいなものだ。
 ・・・もっとも、向こうは兄のようにとは思ってくれてはいないようだが。
「なに?」
 高速道路の路面のつなぎ目の僅かなギャップを拾い、ステアリングが明後日の方向に向こうとするのを押さえながら、俺はワザと素っ気ない返事をする。
「ずっと私の戦い見ていたんなら、なんでもっと早く助けてくれなかったの?」
 彼女の言うとおり、俺は彼女がピンチになるまで隠れて待っていた。
 その理由を考えて、俺は苦笑する。
「俺の好きだったヒーローが、ピンチの時しか助けてくれない奴だったからかな」
 そう、俺のヒーローはピンチになるまで助けてはくれなかった。
「何でなの?」
「きっと、ピンチの時に出てくるのが一番カッコイイからさ」
「駄目なヒーローだね」
 ダメと言われると痛いところだが・・・。
 でも、今なら何故ヒーローがピンチになるまで出てこなかったか解るような気がする。
 きっと、ガンバれるところまでガンバって、出来るところまでやって欲しかったんだな。
「まぁ、マイもいずれそんなヒーローの気持ち、解るようになるさ」
「きっと、何時までも解らないと思うよ。
 力を持っていながら、力を出し惜しみするのは嫌いだから」
 それを言ったら元も子もない・・・。
 なんか、何を言ってもキツイんだよなぁ、コイツは・・・。
「竜斗もそんなに凄い力を持って居るんだから、ドンドン使えばいいのに・・・!」
「誰だって若い内は力に満ちあふれ、調子に乗るものだけど、結局見せかけだけで長いこと続く訳じゃない。
 本当の力っていうのはちっぽけな自分を痛感し、挫折を乗り越えて初めて手に入れられるものなんだ。
 見せかけじゃ無いから、そう簡単に使うわけにはいかないのさ」
「それは解る気がする・・・」
 顔を見ずともマイが苦笑に近い表情を浮かべるのが解った。
 頭の中に自分の身近な人間の姿を浮かべたんだろう。
「それに、これでも以前と比べれば力だって無くなってきているんだ」
「えっ、本当にこれでも力が落ちているの!?」
 マイは驚きの声を上げる。
「ああ、本当だよ」
「さすが、帝王って言われるだけあるね」
 俺達を乗せたロードスターは左右に振られながら、代官町の出口で降りて街の中へと姿を消していった。

 俺達・・・帝国のアジトは皇居に近い三番町のビルだ。
 ビルと言っても元々はマンションとして立てられた建物で、住居としての需要がないために、そのほとんどが事務所として使われていたが、このところ続く不況のために、ここを借りていた会社が軒並み破産。
 スカスカ状態になったビルを丸ごと俺達が買い取ってアジトとして使っている。
 改装されて壁をぶち破られて事務所になっているカ所がほとんどだが、中には元々の住居としての機能を残している部屋も数々あり、住むにしても申し分ないので、身を潜めるアジトとしては打って付けってわけだ。
 建物が相当古いため、少々部屋は汚いけど・・・。
 この界隈には同じようなビルが沢山あり、俺達以外の組織のアジトも沢山存在する。
 場所が場所だけに人気が高い・・・。
 ロードスターをビルの駐車場に止め、ボロボロのエレベーターで3階の事務所に戻ると、アフロヘアーの男が出迎えた。
 虎のハッピを着て猛虎と書かれた鉢巻を巻いた見るからに阪神タイガースファン。
 その名も阪神大河という解りやすいネーミングの男だ。
「竜斗はん、今日こそは思い出の彼女とは再開できたんか?」
 彼女と言う言葉を聞いて、俺の隣にいるマイがムッとした顔をするのが解った。
「いや」
「毎日、探し続けていないんやから、竜斗さんの思いでの彼女も、ただの夢だったんちゃうかぁー?
 うつろな夢より、今ある現実を大切にせなあかんでぇ!!!」
 珍しく最もらしい事を言う阪神。
「わいと一緒に祝いましょ!!!
 阪神タイガース優勝おめでとぉーーーーーーっ!!!」
 少し見直したが、結局、タイガースのことだったりする。
 本当に阪神タイガースが優勝してから浮かれっぱなしだ。
 暇を見つけては事務所のTVで阪神タイガース優勝試合のビデオを繰り返し見て興奮している。
 念願叶って優勝して嬉しいのは解るが、ここまで来るとアホだ。
「竜斗、今日の仕事はどうだった?」
 机について事務処理をする女性が言う。
 スラッとしたスーツに身を包んだ彼女は風間 聖羅。
 僕の実の姉だ。
 昼の仕事である政治家秘書の事務が終わらず、帝国のアジトに来ても働き続けている。
「今日は・・・」
「今日は敵にやられて死にそうになったってさ!!」
 俺の言葉を遮るように姉さんの隣に座った男が言う。
 ダボダボなジーパンにタンクトップと言うラフな格好をした、金髪のロンゲの長身の男・・・。
「なんでそう突っ掛かるのよユウ!!」
 姉さんがその男の名を呼ぶ。
 ユウは俺と同い年の帝国の構成員だ。
 マイの実の兄で一緒に帝国に引き取られた。
「コイツのすました顔が気に入らないんだよ!!」
 と俺の肩にぶつかりドアをけ飛ばすと事務所から出ていった。
「なんで、俺を見てくれないんだ・・・」
 と別れ際に呟くのが聞こえたような気がした。
「まったく、アイツったら・・・。
 虚勢なんて張らなくても良いのに・・・
 私が男としてみているのは一人だけなのにね」
 ユウは姉さんの事が好きなんだが、姉さんが俺のことばかり気に掛けているのが気に入らないらしい。
 妹のマイが俺に好意を抱いてることもあるかも知れない。
 とにかく俺にコンプレックスを感じているらしく、何かと突っ掛かってくる。
 強くなれば姉さんが振り向いてくれると思っている。
 とても強い一途な思いが力を生むが、それ故に脆さを兼ね備えている奴だ。
「きっと、いつか姉さんの気持ちも分かる日が来るさ」
「そうよね・・・」
「じゃあ、もう寝るよ・・・」
「お休み・・・」
 俺は事務所を後にして、ビルの上の方にある自室へ向かった。

 あれから四年の月日が過ぎた。
 あれだけ心に深く刻まれた毎日だったのに、それを覚えているのは俺だけ。
 でも、確かにあの日々は存在していて、その証拠を残していると言うのに、みんなの記憶からあの親子は抜け落ち、新しい記憶の元で新しい毎日が始まった。
 その新しい記憶では俺は初めから帝王だったらしく、何の選択の余地も許されぬまま帝国で働き続ける毎日が待っていた。
 帝国は俺が思っていた程、非道な組織ではなかった。
 もともとはその力で人々を支配したり、他国へと侵略をしたりしていた事もあったらしいが、今は時代も変わり自警団に近い組織になっていた。
 主な仕事は、悪しき事にIFを使う者を取り締まる事。
 そして、影を狩ることだ。
 影とは人間の心に巣くい、破壊の衝動へと誘うモノ。
 そう、先ほどマイと俺が狩ったような奴だ。
 それは俺らのようにIFを使う人間にしか見ることが出来ない。
 誰もその正体について知る者はいないが、時代により呼び名を変えながら昔から存在していたものだと言う。
 俺はアレは魔力の一種のようなもので、人々を破壊に導きたい誰かの意志によって生み出されているモノだと思っている。
 あるいは不特定多数の人間の衝動や、世界自身の意志によって生み出されているのかも知れない。
 年々増え続け、今じゃ目を凝らせば何処にでも居るぐらい増えて、とてもじゃないが狩っても狩りきれない。
 だから、特に強いものを狩ることしか出来ないが、それでもただの一時も退屈することは無かったな。
 俺はがむしゃらになって戦い続けたよ。
 また自分の心に負けて、また大切な人を傷つけて、二度と同じ事を繰り返したくなかったから、自分自身を受け入れられるようになるため必死だった。
 色々なモノを受け入れ、何時からか気持ちが落ち着いて心の中のザラついた気持ちは消えたが、それと同時に失ってはいけない感性のようなものも消えてしまった気がする。
 生きているって実感がないんだ。
 あれだけ溢れていた力も徐々に枯れ果て、残ったは風間 竜斗の燃えカスだけ。
 俺はもう終わってしまった人間だと思うと悲しくなるが、その悲しさをも仕方ないものだと認めてしまっている自分がなお悲しい。
 夢枕に見るはいなくなってしまった彼女との思い出ばかり。
 抱きしめようとすれば消えてしまう幻の君・・・。
 辛い・・・。
 辛いな・・・。
 一体何をやって居るんだろう俺は・・・。
 過去を振り返らないと心に誓ったはずなのに・・・!
 ガチャ・・・。
 ドアの開く音で、夢の中に消えてしまいそうなにった意識が呼び覚まされた。
 まだおぼつかない意識で暗い空間を凝視すると、コンクリートがむき出しの部屋に金色の髪を持つ全裸の少女・・・マイが立っていた。
 俺はマイの目だけを直視する。
「なんのつもりだ・・・?」
「・・・・」
 俺の問いかけにマイは答えない。
 マイの気持ちを察していただけに、ため息が出そうになる。
「俺は君にとって何なのか、もう一度よく考えた方が良い。
 君が俺に向けている気持ちは憧れでしかない。
 俺は考えのない行動に対して答えを出すことは出来ない」
 俺はあえて冷たく言い放った。
 中途半端な優しさは返って傷つけてしまうことになるから。
 だが、マイは帰らなかった。
「竜斗が私を抱いてくれないのは解っていた・・・。
 竜斗の心には他の女の人が住んでいるから・・・。
 でも、せめて女としての私を見て欲しかった・・・。
 私は女・・・。
 竜斗から見れば子供かも知れないけど、私は女なの・・・!」
 そう言いマイは俺の身体に抱きつく。
 揺れる髪からバラの香りが漂う。
 その細身の冷たい肌の感触が俺の心を揺さぶるが、脳裏に残る思い出が理性を保つ。
「竜斗の中には私の居場所はないのね・・・」
「居場所がないわけじゃないさ。
 俺の世界の中にもマイは確実に住んでいる。
 ただ、その世界の中で俺がマイに求めるものは、マイが望んでいる立場じゃないってだけだ。
 だが、マイの世界の中では俺という登場人物は重要な存在なのかも知れない。
 人はそれぞれ違う世界観を持ち、その中でモノを見て、違うモノを求めているってだけのことだ」
「そんなの解らない・・・」
 まるで泣いているかのような、今にも消えてしまいそうなか細い声だった。
「きっと何時か解るときが来るさ。
 否が応でも何かを学ばないといけない時って誰にだって来るものだと思う。
 俺がそうだったから」
 俺はとっさに昔言われた言葉を思い出す。
(今はまだ俺の言葉が解らないかもしれないが、いずれ思い返してその言葉を自分のものにすれば良い)
 そうか、そうだったんだ・・・!
 あのとき、言われて解らなかった言葉も今なら解る。
 それはこの四年間、がむしゃらになって戦い続け、足踏みしているようでも、先に進んでいたから、今の俺があるんだ!
 ゆっくりだから自分自身の変化に気付くことはなかったが、確実に変わっていたんだ・・・。
「竜斗の言葉は私には重すぎるよ・・・。
 今の私には何一つ解らない・・・。
 だけど、何時か竜斗に追いつけるようになるために一つだけ約束して・・・。
 竜斗が過去にどれだけのものを置いてきたのかは解らないけど、過去を思い出しては悲しそうな顔をしている竜斗を見ると辛いから、もっと今を見て欲しい・・・!
 竜斗は何も終わってなんかいないから・・・!
 今は私を見てくれなくても良いから・・・」
「ああ、約束するよ・・・!」
 俺はマイの頭に軽く手を乗せた。
「さぁ、もう自分の部屋に帰るんだ」
 俺はマイを引き離すとその身体にシーツを掛けてやった。
「うん・・・」
 彼女は呟くと部屋から出ていった。
 俺はパイプベットに身を預け、配管がむき出しになった天井を眺める。
 この四年間は無駄じゃなかったんだ。
 俺は終わってなんかいないんだ。
 のしかかった重りが取れて、とても心が軽い。
 もう、切ない夢を繰り替えし見ては、過去を振り返らない。
 やっとあの日々にありがとうを言えるから・・・。

 夜明けと共に俺はロードスターを西へと走らせた。
 うっすらと視界を白く濁らせる朝靄に、ロードスターの黄色いヘッドランプの光軸がぼんやりと映っていた。
 向かう先に待つは森に抱かれた丘の上にそびえ立つコンクリートの給水塔だった。
 丘を巻く坂の道を駆け上がると、風景は懐かしい雰囲気に満ちていた。
 俺はレギュレーター(手動窓開閉器の事)で窓をあけると、森林の冷たく澄んだ匂いが漂う。
 少し肌寒い空気に俺は羽織ったライダースジャケットのチャックを上まで閉めた。
 車で団地の周りを流すと次々と思い出がよみがえってくる。
 クマンバチの巣があった小学校の藤棚・・・。
 毛虫の落っこちてくる桜並木・・・。
 冬になるとソリで遊んだ丘のある空き地・・・。
 連れられて釣りをした公園の池・・・。
 自転車で駆け回った遊歩道・・・。
 変わっていない懐かしい景色が何故だかとても小さく感じた。
 ボール遊びをした団地の芝生は駐車場になり、ガチャガチャやビデオゲームが置いてあった本屋のある商店街は軒先店を閉じている。
 俺が住んでいたときよりも更に変わってしまったところもあった。
 そして、彼女と一緒に暮らした、あの古びてヒビだらけの団地・・・。
 二つ並んだ部屋の窓に付けられた見知らぬカーテン。
 違う誰かの生活を感じると何だか切ない。
 久しぶりに来た故郷のはずなのに、その現在を目の当たりにすれば、もう、帰るところが無いことに悲しくなった。
 俺は給水塔の横に車を止めると、彼女との最後の時を過ごしたベンチに腰掛けて、丘の上から眼下に広がる街を眺めた。
 街の上に掛かった霧はまるで白い海のようだった。
 ひときわ高い高層ビルだけが霧の海を突き破り顔を覗かせる。
 そして、霧の雲の中から輝く朝日が昇ると世界を照らし、緑の大地に給水塔の巨大なを落とす。
 ここに来るのはこれで最後だ・・・。
 もう、帰らないと心に決めた。
 だけど、その前に一度だけでも彼女に会いたかった。
 会って一言、お礼を言いたかったけど、それは叶わぬ夢だったのかもしれない。
 俺は苦笑するとロードスターのキーをひねり、懐かしい故郷を後にした。

 ロードスターの幌を開けば、流れる涼しい風に心躍らされ、久々にドライブでもしたい気分になり、気の赴くまま車を走らせた。
 向かった先は神奈川県のほぼ中央にある大きな人工湖の脇を抜ける、比較的東京から近い山道だった。
  森林に囲まれた狭く曲がりくねった細長い山道。
 フロントガラスに写り込む木漏れ日。
 喉を透き通る新鮮な空気が気持ちが良い。
 たまに来る対抗車とのすれ違いもロードスターの小柄なボディでは苦にならず、特に先行車もなくマイペースで、ふらふらとするボディを揺らしながら、心地よい横Gを感じることができた。
 あまりにも続くコーナーに身体の感覚が麻痺してきた頃、刹那的に左側に地平線の彼方まで続く街の景色が流れた。
 生い茂る木々に覆い隠され、あっという間に見えなくなり、コーナーでノーズを右に向けて遠ざかるが、また次のコーナーで視界が一気に広がる。
 凄い綺麗だ!
 簡単の声を上げる間もなく、車はノーズの向きを変えてあっという間に過ぎ去っていく。
 あまりの味気なさにもう少しスピードを落として欲しいと思うが、運転しているのは自分だった。
 身体に刻まれたスピードはそう簡単には変わらなかった。
 それからしばらく行くと、右側に休憩所があり、そこに車を止めて前方に見える展望台へと足を進めた。
 螺旋階段を抱く木製の塔の形をした展望台に登らなくても十分に景色は綺麗だったが、展望台の上から見る景色はなおのこと綺麗で思わず絶句してしまう。
 幾つものビルを抱く神奈川の街と、色濃く残す自然の緑、入り組んだ海岸線、何処までも続く水平線、そして、細い綿上の雲を抱く青い空・・・。
 もっと遠いところばかり目をやっていたので、こんな近くにこんなに景色が良いところがあったなんて知らなかった。
 俺がその景色を見て感嘆していると、曲がりくねった山道を抱く森の中に、ボロボロとしたエキゾーストノイズ(排気音)が響いた。
 空冷水平対向ターボの音だ!!
 聞き覚えのある懐かしい音に俺の心臓は鷲掴みになり、口から飛び出るんじゃないかと言うぐらい跳ね上がる。
 そして、休憩所に姿を見せる赤いボディのポルシェ911ターボ!!
 開け放たれたサンルーフから車内は見えない!!
 誰が乗って居るんだ!?
 俺が展望台の手すりに身体を投げ出したその時・・・。
「このガキゃぁ!!
 俺のおニューのランエボに傷つけやがって!!!」
「うわぁーーーーーーん!!」
 子供の泣き声が響く。
 駐車場に止まっていた黄色のランサーエボリューションⅧに、隣に駐車したフィットの後部座席から降りようとした子供がドアエッジで傷を付けてしまったらしく、ランエボのドライバーの若い男が子供の胸ぐらを掴み今にも殴りかかろうとしていた。
「止めてください!!」
「うるせぇ!!」
 子供の母親らしき女が男を止めようとするが、足蹴にされてしまい地面に伏せた。
 殺してやる!!
 殺してやる!!
 殺してやる!!
 あの男の極端な殺気には心当たりがある。
 そう、影に取り付かれた人間独特な感情だった。
 俺の仕事か・・・!
 そう思った時、休憩所の駐車場に若い女の声が響いた。
「やめなよ!!」
 とても懐かしいその声に俺の心臓は早鐘のように鼓動する。
 肩まで伸びた長い髪を首の後で縛った、タートルネックのセーターにジーパンを履いた女・・・。
 少し大人びているし、背中しか見えないけど、この感覚、この正義感の強さ間違いない!!
「その子を離して!!」
「なんだてめぇは!!」
 男はジッと彼女を睨み付ける。
「離しなさい!!」
 だが、負けじと彼女は押し返す。
「離してやるよ、だからてめぇが責任取れよ!!」
 男は子供を離すと、彼女の手首を掴む。
 ドサッと言う音と共に子供は地面にしりもちを付くと、抱きながら母親に縋った。
「なにすんのよ!!」
「てめぇ、責任取るんだろ!!」
 男は尋常では無い力で彼女を引っ張ると、自分の車の後部座席に彼女を押し込もうとする。
「一緒に来いやぁ!!」
 それを最後まで見届ける事無く、俺は展望台から空を飛んでいた。
 そして、ロードスターのコックピットへとそのまま着座し、ランエボとほぼ同時にキーをひねる。
 静かな森の中に二つの乾いたイグニッションサウンドが響く。
 ロケットがカタパルトから発射されるように駆け出すランエボ。
 クラッチをけ飛ばすように離し、思いっきりアクセルを踏み込むと、白煙を上げながらロードスターがランエボ目がけて滑り出る。
 後に残るタイヤの焼ける匂いと、半円を描いたブラックマーク。
 休憩所から街の方へと向かうダウンヒルを駆けるランエボを前方に捕らえる。
 ランエボのドライバーが追ってくるこちらの存在に気付いたらしく、その黄色い車体は急加速する。
 追走するロードスターも、シフトダウンしアクセルをフルフラットにする。
 ぶぉーーーーーーーーっ!!!
 吹き上がるロータリーサウンド!!
 その軽い車体はクンと瞬時に反応しては急降下を始める。
 だが、280馬力を発生する4WD車の強力なトラクションにより、みるみる距離を離されていく。
 そのまま初めのコーナーへと突入する。
 ランエボは軽くブレーキランプを点灯させると、不自然なまでに向きを変えて高スピードのままコーナーへと進入していく。
 普通だったら思い切ったブレーキングにより徹底的な加重移動を必要とする深いコーナーだが、ランエボはそれを必要としなかった。
 そして、ロードスターが遅れてコーナーに差し掛かる頃、ランエボは本領を発揮せんがばかりに、伝家の宝刀4WDターボの強力なトラクションにより、一気に立ち上がってロードスターを更に引き離す。
 ロードスターは強力なブレーキングにより、加重の乗ったステアリングを切り込むと、キキキキキキキキというスキール音と共に車体が流れ出し、ボディをアクセルでコントロールしながらコーナーを流していく。
 滑っているようだが、腰にグッグッグッと伝わる感触で、かなり強いグリップが掛かっていることが解る。
 ロードスターがコーナーをこなした頃、ランエボは短いストレートを半分駆け抜けたところだった。
 ランエボのあの過剰なまでの旋回性能はAYC(アクティブ・ヨー・コントロール)とADC(アクティブ・デフ・コントロール)と言われる電子制御デフの働きによるところが大きいらしい。
 だが、活路がないわけではない・・・!
 続く浅い複合コーナーをほぼ全開のまま駆けていくランエボ。
 やや遅れてロードスターは複合コーナーへと差し掛かる。
 アクセルを抜いてステアリングを切り込み、またアクセルを踏み込む。
 ボディを揺らすその連続はまるでスラロームのようだ。
 そして、先にスラロームを制したランエボが再び深いコーナーへと差し掛かる。
 やはり、申し訳程度に軽くブレーキを踏み、ステアリングを切り込むが、スピードが乗りすぎているためか、横滑りしながらラインが膨らみ壁に接触しそうになり、慌ててブレーキを踏みスピードを大幅に落としてしまう。
  そう、ランエボのドライバーの弱点は、機械に頼り切って加重移動をおろそかにするばかりに、機械の限界を超えると脆いことだった。
 ランエボすぐ真後ろにロードスターが接近する。
 流れるボディの中で俺の視点はただ一点、ランエボのテールだけを捕らえていた。
 激しいスピードの中で一瞬、時が止まる。
 薄いスモークの掛かったランエボのリヤウィンドウから顔を覗かせる幼さの残った女の顔、色素の薄い髪、大きな目、柔らかい頬のライン・・・。
 脳裏に公園のベンチで最後に見た彼女の顔がフラッシュバックする!
「夕鶴ぅーーーーーーーっ!!!」
 俺がその名を叫ぶと、時は激しく加速した!
 身体を熱く燃え滾らせる鼓動はスピードを演出すBGM!
 ロードスターにピッタリくっつかれた事にプレッシャーを感じたランエボは、その内燃機関に秘めた怒濤のパワー全てを炸裂させる。
 白煙を上げて4つのタイヤが悲鳴を上げ、まるで残像を残すように加速する黄色いボディ。
 そして、ABSを効かせたフルブレーキング状態から、一気にステアリングを切り込む!!
 その時、俺はそのモンスターマシンが辿る末路を脳裏に見た。
 次の瞬間、俺の予想通りランエボはブラックマークを描きながら半円を描き、フロントバンパーを軽くガードレールに接触させて止まった。
 俺はざらざらとした路面の感触が抜ける寸前まで思いっきりブレーキペダルを踏んでは離す。
 そして、ランエボが塞いだコーナーの直前で車を止めたて道路へと降り立った。
 助手席のドアを蹴り開け、怒りに顔を歪めた男が出て来て、後部座席のドアを開け中にいる夕鶴の手首を引っ張っぱる。
「離してよ下手くそ!!」
 夕鶴が吼える声が森に響く。
 そして、後部座席から夕鶴が引きずり出され、完全にその姿を見せる!!
 間違いない、彼女は夕鶴だった!!!
「夕鶴!!!」
 俺がその名を呼ぶと、夕鶴は呆然としたような表情を浮かべる。
「夢にいつも出てくる人だ・・・!」
 夕鶴はそう呟いた。
「夕鶴を離せ!!」
  俺が男に向かって吼えると、男は夕鶴の手を捻って抱き寄せると、その首に隠し持ったナイフを突きつけた。
 殺してやる!!
 殺してやる!!
 殺してやる!!
「殺してやるぅっっっ!!!」
「狂ってる・・・!」
 夕鶴が呟く。
 殺意の赴くまま天に咆吼する男の後には完全に影が見えて、まるで黒い太陽のようにドス黒く蠢いていた。
 瞬時に展開されていく俺のIF!!
 広がっていく感覚の中に夕鶴と、そして影の存在を感じる。
 その主観的な空間の中に男の姿は消え失せ、代わりに大きな獣の形状をした影が、夕鶴を抱え込み鋭いツメを喉へと突き立てていた。
「なんなの、この怪獣は!?
 でも、この感覚は初めてじゃない・・・」
「何も心配しなくて良いよ。
 ただ俺を見ていればいいから!」
 夕鶴に向かって優しく微笑むと、俺は空虚から白銀に輝く剣を取り出して手に取る。
 そして、次の瞬間、闇の獣の両腕が宙を舞う。
 俺はすかさず夕鶴を抱きかかえると、アスファルトに闇色の雨が降り注いだ。
「!!!!!!!!!」
 両腕を無くした痛みに音にならない咆吼をあげる闇の獣。
「大丈夫か?」
 俺が夕鶴を下ろして声を掛けたその時、夕鶴が叫んだ!
「後危ない!!!!」
 俺は慌てて振り向いて、手にした剣で身構える!!
 キィン!!
 鳴り響く乾いた金属音!!
 ガクランに身を包んだ小柄な少年が、黒く歪んだ剣を俺に向かって振り下ろしていた。
 俺は剣で押し返すと、少年はその口元に不敵な笑みを浮かべた。
 俺の背筋に悪寒が走る。
 何故ならその少年の姿はかつての俺の姿、そのままだったから!
 少年が黒い剣で横に一閃すると、構えていた俺の剣が折れて、剣圧で頬が切り裂かれて血がにじみ出た。
 IFの中では精神が力になる。
 折れた剣は動揺した俺の気持ちそのものだった。
「くそっ!!」
 俺は蹴りを相手に食らわして間合いを取ると、光球を手のひらに浮かべて、相手の動きに備えた。
「ガンバって!!
 負けちゃダメよ!!!
 何の形をしていたって、それはただの”影”なんだから!!」
 夕鶴に言われてハッとなる。
 そう、かつての自分の姿をしていたとしても、あれはただの影!!
 何を恐れていたんだ!!
 IFの中に夕鶴を感じると、IFが無限大に広がっていく。
 この山を包み込み、街を包み、遙か水平線へと広がる・・・。
 このわき上がっていく感覚・・・。
 この全てひとつになる感覚・・・。
 そう、久しぶりに感じる俺の世界!!
 この森の中の背景が崩れ、故郷の給水塔の立つ緑の丘になる。
「ここは願いの塔?!」
 夕鶴が驚きの声を上げる。
「俺はもう過去を夢見はしない!!
 二度と同じ事を繰り返しはしない!!」
 背中から天へと延びる、光と闇の二つの翼。
 両手に持った白銀の美しい剣と、闇色の禍々しい剣。
 そして、一閃!!
 まるで対極図のような斬撃の中へと影は消え、給水塔を抱く丘が崩れて行く。
 森の中の林道へと背景は戻り、アスファルトの上にはランエボのドライバーの男が倒れていた。
「上まで送っていくから、車に乗って」
 俺が言うと、夕鶴は青いロードスターを見て、少し動揺して助手席へと座る。
 ステアリングを思いっきり切り込んで、アクセルをあおりながらクラッチをミートすると車はその場で一八〇度スピンして方向を変えた。
「この車、知ってる・・・。
 前に乗ったことがあると思う」
 夕鶴が呟いた。
 そう、あのかつて夕鶴を連れ去ったロードスターが、今度は彼女を助けるのに使われた。
 巡り合わせってのは不思議なものだ。
「あなたも知っている。
 何時も夢に出てくるから・・・。
 とても懐かしいあなたは誰なの・・・?」
 俺はコーナーの先を見据えながら言う。
「俺は君の夢が落とした影。
 君の明るい光の中では消えてしまう存在」
「なんか寂しい言い方・・・」
 俺は彼女に向かって微笑んだ。
「でも、君が見た夢があったから今の俺が存在しているんだ。
 だから、君にとって影でも良いんだよ。
 それに光の中で消えてしまっても、闇の中では光にだってなれるから」
 もっと一緒にいたい・・・!
 わき上がる気持ちを抑えて、俺は真っ直ぐ前だけを見据えて休憩所の駐車場へと急いだ。
「助けてくれてありがとう!!」
 彼女はロードスターから降りて俺にお礼を言う。
「お礼を言うのはこっちの方さ・・・!
”君と出会えて本当に良かった、ありがとう!!”」
 ずっと言うことの出来なかったその言葉・・・。
 今、ようやく言うことが出来た・・・。
 もう、思い残すことはない・・・!
 俺はギヤをローに入れて発進の準備をする。
「また会えるかな!?」
 夕鶴の問いかけに俺は微笑んだ。
 俺は振り返りたい気持ちを振り切って、アクセルをあおると、森の中へと駆けて行った。
 バックミラーの中で、子供と母親にお礼を言われて、恥ずかしそうにしている夕鶴の姿が小さくなっていった。
 その時、車のセンターコンソールに入れた携帯電話の着信メロディが鳴る。
 流浪の民という曲だ。
 ディスプレイを見ると「阪神 大河」と書いてあった。
「行き先も告げずに居なくなりはって、どないしたねん!!
 はぁ、さては思い出の彼女と会っていたんやろ!!
 どや、図星やろ!!」
「そうかもね」
 俺は苦笑しながらさらりと言った。
「ありゃ、あんさんが冗談言うなんて、久々やなぁ!!
 何か奇跡が起きたりして!!
 あっ、阪神タイガース優勝してるやないかぁ!!!!」
「自分で阪神タイガース優勝が奇跡だって認めてるし!!」
「しまったぁぁぁぁぁぁ!!!!
 奇跡やないっ!!
 奇跡やないっ!!
 全ては必然やぁーーーーっ!!!」
 電話していてイチイチ五月蠅い奴だなぁ・・・。
 俺は耳元でガンガン響く電話をちょっと遠ざける。
「ところで何のようだ?!」
「そやっ!! また仕事やでぇ!!!
 少年鑑別所に影が大量発生や!!
 先にみんな行ってるから、早く応援に来てくれへんかぁ!?」
「解った急いでいくっ!!」
 俺は曲がりくねった道を車で駆け抜ける!!
 これから始まる新しい自分の道・・・。
 それはこの道の用に曲がりくねってその先に何があるか解らない。
 もう一度、会うかも知れないし、もう二度と会えないかも知れない。
 でも、きっと大丈夫。
 君と過ごしたその道の先に、この道はあるのだから・・・!
 俺は俺で有り続ける為に走り続ける!!


かりそめの快楽

 ここは「かりそめの快楽」。
 あなたの世界観に委ねられた世界。
 とても、気持ちがいい世界。
 あなたと一つになる喜び。
 溢れる優しさ。
 心も、身体も融けていく。
 とても懐かしい何処かへ還っていく。
 誰もが忘れている、誰もが知っている何処かに。
 このまま消えてしまいそう。
 でも、わたしの心は四散することなく、そこでわたし自身であり続けるの。
 あなたの世界がわたしを忘れることがない限り。
 目に見えることが全てじゃない。
 あなたが望みさえすれば、どんなわたしもあり得るの。
 でも、あなたにはそれが出来ない。
 あなたの世界には時がないから。
 世界は時と共に回り続け変化し続けるの。
 あなたは世界の中心に立ってその目で世界を見るの。
 何時か終わる時だけど、あなたがあなた自身であるために。
 さぁ、心と身体を解き放って。
 かりそめの快楽のその奥にあなたの止まった世界の核心があるのだから。
 わたしはあなたの世界を回すきっかけになるの・・・。

「始めての相手が竜斗で良かった・・・。
 どういう事って、そう言う事・・・」
 好きよ、竜斗・・・。
 大好きなの。
 でも、竜斗はわたしの事、どう思ってるの?
 何を見ているの?わたしを見ているようで、何処か遠くを見ている。
 お願い、わたしだけを見ていて。
 わたしはあなたの飾りじゃないのよ。
 あなたを慰めるために生きてるんじゃないんだから。
 あなたの心にわたしの居場所が欲しいの。
 わたしはあなたの中で生き続けたいんだから・・・。
 お願いだから、心を開いて・・・。

 私は夢をみているの。
 何の夢・・・?
 よく解らない。
 捕らえ所のない闇の世界。
 それは竜斗の世界。
 私は竜斗の世界にいるの。

 何処までも、何処までも続く、時の回廊。
 ただ真っ直ぐと道が延びている。
 私はその道の真ん中で周りを見渡すの。
 終わりも、初めも見ることが出来ないほど、果てしなく続く道。
 ちっぽけな私が歩ける距離はたかが知れている。
 途中から歩き出して、きっと途中で死んでしまうの。
 そうすると、また違う私がその途中から歩き始めるの。
 それが自然の摂理なんだって。
 でも、竜斗、あなたはその流れに逆らおうとしているの?
 あなたの時計の針は動くことなく止まっている。
 時を止めているのは小さい子供の竜斗なの。
 いつまでも遊んでいたい子供の些細な悪戯かもしれない。
 でも、あなたはもう子供じゃないはずよ。
 あなたは解き放ち、わたしは血を流して、急いで子供である事を捨てたはず。
 でも、それでも子供でいるつもりなの?
「きもち良い?
 解らないって、気持ちよくないの・・・?」
 遠い目。
 竜斗が何を見ているか、私、解っちゃったの・・・。
 時を止めてまで遊んでいるのは、もう子供じゃいられない事を知っているのに、本当は汚れた自分を痛いほど解ってるのに、それを認めたくないからよ。
 快楽に溺れて、罪を正当化して、楽しい思い出にしてしまえる程、あなたは強くない。
 誰より夢ばかり見て生きているから、自分の価値観で現実を直視してしまうのよ。
 あなたは私を汚してしまったことを悔いているの。
 いいえ、あなたが抱いたのは私じゃないのかもしれない。
 竜斗は自分自身を犯してしまった事に不快感を抱いているのよ。
 自分だけ救われたいと思っている、自分しか見えていない酷い人。
 でも、良いわ。
 今はそれで良いの。
 それでもあなたが好きだから。

 私は竜斗の時の回廊を逆に歩みながら、その核心へと近づいていく。
 途中、竜斗の思い出でが、私の中をくぐり抜ける。
 なんだか良くわからない不定形の思い。
 その切なさだけが伝わってくる。
 悲しくて、独りよがりで、とても寂しい思い・・・。
 きっと、あなたは独りじゃなかったはずなのに、誰にもうち明けずに、あなたは独り自分の気持ち閉じこめていた。
 もう、止めて。
 解放されていいのよ。
 竜斗は竜斗なんだから、そんなこと抱え込まなくて良いのよ。
 とても優しい気持ち・・・。
 子供を見守るお母さんのような気持ち・・・。
 でも、何か違う。
 私、あなたのお母さんじゃないから。
 やめて、甘えないで!あなたは子供じゃない!
 もう、大人なのよ!
 私はあなたのお母さんじゃない。
 そんなこと求められても困るんだから!
 私は代わりじゃないの!!
 後退・・・。
 竜斗の心が子供に戻ってきている。
 私が時の回廊をさかのぼっているから?
 それとも、子供に戻る事を望んでいるの、竜斗?
 時をさかのぼって、わたし何処にたどり着くんだろう。
 本当はわたし、知ってる。
 でも、それを考えるのが怖いの。
 もしかしたら、竜斗は私を捨てるかも知れないから・・・。
 赤い水・・・。
 心安らぐ心地よい鼓動・・・。
 とても、気持ちのいい世界。
 竜斗は産まれたままの姿で膝を抱えて安らかに寝ていた。
 ここは母親の胎内。
 きっとここにいれば、傷つくことも、傷つけることもない。
 でも、それで良いの竜斗・・・?
 ついまでも時を止めて、それで良いの?
 竜斗に触れようとすると、竜斗の身体から影が抜けだした。
 自分の気持ち誤魔化すために、かりそめの快楽に取り憑かれた竜斗。
 そうやって逃げるために、あなたは私を犯す。
 わたしは竜斗が全てなのに、竜斗は私をただの道具としかみていない。
 自慰のための道具としてしか・・・。
 止めて!もうやめて・・・。
 気持ちが悪いの・・・。
 本当はしたくないの!
 出来ないの私・・・!
 あなたがそうすることを望むなら、私には生きる価値が無いの!
 お願い、生きる価値が無いと言って!!
「お前なんて生きる価値がない・・・」
 確かに聞こえたあなたの声・・・。
 もう嫌なの・・・。
 死にたいの!
 お願いだから、私を殺して!!
「なんでそういう事するの!?」
 涙・・・。
「なんで泣いているの?」
 私は竜斗の涙を拭った。
「お願いだから、もう泣かないで・・・。
 わたしまで悲しくなるから」
「もう死ぬなんて、言わないで・・・」
「好きなんだ・・・。
 本当に好きなんだ・・・。
 だから、産まれてきて良かったし、君が生きててくれて良かった・・・。
 だから、死ぬなんて言わないで・・・」
 そして、時が動き出した・・・。
 時の回廊をさかのぼっていた私の心は今に引き戻された。
 まるで夢のような記憶を遺して・・・。



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