閉じる


<<最初から読む

4 / 4ページ

 結局、二人に急かされ、なにもかも全て白状する羽目になった。
 それは、夏休みが繰り返すようになる、前日の朝のことだった。「今日の午後に、講堂の裏まで来てくれませんか」吉澤先輩からの突然の電話だった。信じられなかった。それまでは、一方的な恋だと思っていた。
 一年の二学期、初めて先輩と会話したあの日から、私は吉澤先輩に恋をした。友達の美香子の、西川剛史目当ての練習見物に付き合うふりをして、ほとんど毎日のように、先輩の姿を追っていた。美香子の恋を邪魔しちゃいそうで、胸の内は誰にも話さなかった。やがて美香子は剛史に告白し、付き合うようになった。それまで控えめにしていた美香子は、堂々と剛史を応援するようになった。そんな美香子が羨ましかった。できるなら、私も告白したいと思った。だけど、私の恋には変化がなかった。天秤が次第に傾くように、想いばかりが募っていった。告白なんてできやしない。相手は取り巻きがいる人気者。たとえ告白しても、年下の私が相手にされるわけがない。小学生の時、一度だけ、差出人不明のラブレターらしきものをもらったことがあるものの、私は決して男子にモテるような『可愛い女子』ではない。 
 二年になっても状況は同じだった。やがて、片想いでも先輩の練習する姿を見られるだけで、幸いなのかもしれない。そう思うようになった。石段に座って、静かに先輩の姿を追う。それだけで、幸せな気分になれるようになった。この時間がずっと続いてほしいと思っていた。だけど、長くは続かなかった。二年の一学期の後半に差し掛かった頃、岩柿中学校野球部が、中体連の予選二回戦であっけなく負けてしまったのを最後に、先輩は放課後のグラウンドから姿を消した。その気になれば、姿はいくらでも見られるのに、三年A組の教室をのぞく勇気は、私にはなかった。先輩の欠けた野球部の練習を見物するたびに、私は消沈し、ため息ばかりつくようになった。
 さすがに美香子が気がついた。「なんでもっと早く言ってくれないのよ!」と、美香子に怒られた。美香子は、思いきって告白しちゃえと言った。だけど、私は絶対ダメだと首を縦に振らなかった。自信が無かった。失恋するくらいなら、そのままのほうが良かった。そんな私を見兼ね、美香子が田霜先生に掛け合ってくれた。卒業アルバム用だからって嘘ついて、先輩の写真を撮ってもらった。夏休みに入る直前、野球部員として、先輩が後輩たちに最後の挨拶をした日だった。
 夏休みに入ってから、剛史率いる、新生野球部の練習がスタートした。だけど、私たちの見学は無くなった。もう私には、見学する理由も無かったし、隣村の美香子は、私に気遣って、夏休みくらいは家でゆっくりすると言った。
 その後、切なさはあったものの、田霜先生にもらった写真のおかげで、だいぶ癒された。部屋にいる時、遠く離れたグラウンドから、バットでボールを叩く音が響くことがあった。そんな時は、先輩の写真を見ながら、練習見物の時を思い出していた。収まる写真立てが無かったから、好きなレコードに挟んで、音楽を聞きながら、思い出に浸ることもあった。そんな日々を過ごし、夏休みも終わろうとする頃、美香子から連絡があった。「剛史から聞いたんだけど、明日、野球部の練習試合があるんだって。三年生や他の部活の助っ人たちが加わって、試合するらしいの。もちろん、吉澤先輩も参加するって!」
 そんなわけで、美香子と見物に行くことになった。当日は、久しぶりに先輩の姿が見られる嬉しさで、起きてから、ずっとドキドキしていた。そしたら、先輩のほうから電話がかかってきた。

「きゃー!」
 由美が歓声を上げ、
「どんな気持ちだった? 先輩から呼び出しをもらった時」
 光子が嬉しそうに聞いた。
「そりゃあ嬉しかったわよ。でも…、正直に言えば、その時はまだ、期待よりも不安のほうが大きかったの。いったい、何を言われるんだろうって」
「やっぱりそうよねえ…。で、それから? それから、どうなったの?」
 光子が急かした。
「試合が終わってから、講堂の裏に行ったの。そしたら、先輩、これを持って、待ってた」
 私は、由美と光子の真ん中にノートを置いた。二人は顔を寄せ、表紙に見入った。
「それで?」
 今度は由美が急かした。
「私が練習を見ていたのを、ずっと気になっていたって。だから、良かったら、交換ノート、お願いしますって、このノートを差し出しながら言われたの」
 光子は拳に力を入れてうなずき、
「で、もちろん、オーケーしたんでしょ?」
 と、由美は期待に満ち溢れた顔で聞いた。でも、
「…ううん」
 私の反応に、
「えーっ!?」
 二人は悲鳴に近い声を上げてしまった。
「私も、どうしてすぐに『はい』って言えなかったのか、解らないの。本当は言いたかったのに、案山子みたいに突っ立ったまま、何も言えなくって。突然のことで、たぶん動揺していたんだと思う」
「それで?」
「どうなったの?」
「すぐに返事しなくてもいいから、二学期が始まったら、このノートに返事を書いて渡して下さい、って言って、行っちゃった…」
 肩を落としながら、私はノートの表紙をめくり、1ページ目の『OK』の文字を見せた。筆跡が私のものだと、由美と光子はすぐに気がついた。二人は言葉に詰まり、私の代わりにため息をこぼした。Eフラット・メジャーのメロディが、突然、頭の中で流れ出した。次第に『OK』が揺れて見えてくる。何かしゃべろうとしても、心に、切なさがじわじわとしみ出してくるようで、適当な言葉が見つからない。哀愁が漂うような沈黙が続き、数十秒が何分にも感じる。やがて、
「返事を渡す前に、夏休みが繰り返すことになったわけね」
 と、由美が哀れみ、
「せっかく、両想いなのに…」
 と、光子が残念がった。「私は大丈夫。心配ないよ」、笑顔で口に出そうとした。だけど、どうしても口が開かない。言葉をこぼすと、涙までこぼれそうな気がした。そんな私を察して、二人はいたわるように、そっと私の肩に触れた。すると、絶妙な間の悪さで母が登場し、
「特製冷やしホットケーキ、おまたせー! …あれ? どうしたの? みんな、お葬式みたいな顔して」
 と、Cコード調の乗りで、Eフラット・メジャー調の雰囲気を、一気に崩壊させた。

第十四話 その一へつづく…


この本の内容は以上です。


読者登録

そのやまかりんさんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について