閉じる


夜中のオフィス

本当に「ヤバイ」時は逆に笑えてくるのだと初めて気づいた。

とりあえずこれが15時間前だとは全くもって思いたくなかった。

「んー。。。データが壊れた……?いや、マジでウケるし。何事だし。」
「へっ!?お前いまなんて言った?」
「いや、パソコンがね。『データ保存中にシステムエラーが発生しました。』って言うんだよね。」
「へっ!?お前いまなんて言った?」
「だから、パソコンが……」
「言うな、それ以上。むしろ『嘘だよん。』とか可愛ぶって言え。」
「『嘘だよん。』な訳ないよん。」
「アホかお前。」
「ちょっ!お前ら何のんびりコントやってるんだよ!見せろ!パソコン。」

慌てて駆け寄ってきた先輩がなんとかレスキューしようとするも、時既に遅し。
8時間前の保存データといくつかのプリントアウトしたデータだけを残してパソコンはうんともすんとも言わなくなった。
それがコンペでのプレゼン発表15時間前の出来事。

そして今が9時間前。
夜の1時@会社、である。

「ちょっとコンタクト外してメイク落としてきます。」
「今どれくらいまで戻した?」
「ざっくり全復旧です。バックアップは2箇所とってます。」
「よし、ついでに10分くらい休憩してこい。」
「休憩したら緊張とけちゃうんでだいじょうぶですよ。」

本来ならば発表練習や推敲にあってられるはずだった時間返上でひたすら作り直すこと6時間。
なんとか元に戻し、作り直しながらのブラッシュアップも目処がつき、酷使した目を休ませにトイレに向かう。
コンタクトを外し、鏡の前で思いっきり伸びをすると背中が軽く悲鳴をあげているのがわかった。

「7時間かじりついたもんなー。でもなんとかなりそう……かなぁ。」

多分会社に入って以降、こんなに集中したことはないんじゃないのかというレベルで頑張った気がする。
さすがに自分のミスで先輩やチームの皆を落胆させるわけにはいかない。

「もうひと頑張り、しますかー。」

肩をパキパキ言わせながらデスクに戻ると、後ろからふわっといい匂いが漂ってきた。
思わず振り返ると目の前に紙コップが現れる。
しかもご丁寧にコップにぺこちゃんよろしくベロを出した顔まで書いてある。

「ざっとだけど、復旧資料に目通したよ。大体大丈夫だから、ま、休憩するぞ。」
「もしや噂のコナコーヒーですか、これ!ありがとうございます~。」
「それにしても、このタイミングでパソコンがクラッシュとか。お前持ってんな、ほんと(笑)」
「いやぁ、学生時代のあだ名なんて『嵐を呼ぶ女』ですからね、私。」
「嵐というより爆弾投下だったよ、あれは。」
「ほんとすいません。本当ならプレゼン練習とかやることいっぱいあったのに。」
「ま、練習するよりもよっぽど内容が頭に入るのは確かだったな(笑)」

夜中のしんとしたオフィスにコーヒーのぬくもりが心地いい。

「でも、先輩が残ってくれて助かりました。本当にありがとうございます。」
「さすがにチームリーダーが帰るわけには行かないだろ。」
「同期に残ってもらおうかと思ってたんですけど、模型作るの任せてるから申し訳なくて。」
「なんにせよ、お前よく頑張ったよ。おつかれさん。」
「一回本番と同じ感じで発表流してみますか?」

一度本番と同じ形でプレゼンやった方が、改善点が見つかるかなという軽い気持ちで先輩に提案したつもりだった。

「……あのさ。この流れで何言うのかって思われそうだけど。」
「なんですか……?」

私の提案に肯定の返事をするものだと思っていた先輩から、なんだか意味ありげな返答が返ってきて、若干オーバーヒート気味の私の頭は切り替えが追いつかず、はてなマークが浮かぶ。
そして眠気も混じった疲れきった意識はおめでたい発想を繰り出す。

なんかこういうのって告白とかするときっぽくない!?
……んな訳ないか。

ちゃんと自分でボケツッコミをした上で、さらにはおめでたい発想が現実化した時にズッコケても大丈夫なようにコーヒーを机に置いてから、先輩の方を覗き見る。

「お前、プレゼンやらね?」
「……はいっ!?」
「いや、俺の指示で作ってもらってた例のクラッシュした資料と、お前が作り直した資料見比べてたんだけどな。お前の資料の方が情報の強弱とかキャッチーさとかあるんだよ。だからコレ作ったやつが発表したほうがコンセプトとかもよりクリアに伝わるんじゃないのかなと思って。」
「先輩、コンペ負けたいんですか!私じゃあ力不足なの見え見えじゃないですか。」
「やってみないとわかんないだろ、そんなの。もしもコンペ負けたら慰めてやるから、お前やれ。」
「いくらなんでも……」
「俺の勘だけど、多分大丈夫。ま、がんばれ。少なくとも朝一回家には帰れよ。」
「いや、決断早いっていうか、なんていうか……」

私がまともに反論出来ないままオロオロとしている内に先輩はバサバサと荷物を片付けて、あっと言う間にオフィスを去ってしまった。
置いてけぼりを喰らった私は、とりあえずパワーポイントを開く。

若干手直しした資料が先輩を怒らせてしまったのだろうか。
だが、あんまり先輩は怒った様子ではなかったし、何よりも私が準備を完了させるこの時間まで会社に残ってくれていたのだから、恐らく八つ当たりで責任を押し付けてきたのだとは思えない。

プレゼンまで残り8時間30分。


0時間前

会議室をグルっと見回して、静かに深呼吸する。

「それでは始めさせていただきます。」

ちょっぴりボタンを押す手が震えているので、こっそりと左手で握って支える。

「ちょっと唐突ですけど、『告白』ってしたことありますか?……と言っても、こちらにいらっしゃる方は、すごくモテそうなので『告白』される側の方が多そうなので恐縮ですが(笑)」

皆が一瞬ポカンとした顔からクスッという笑いの顔に変わる。

よし、入りは大丈夫。

「『告白』する時ってなぜだか追い詰められた気持ちになりませんか?別に告白する日にちを決めたのは自分だし、明日言ったって良いのに、なぜだか今日言わないといけないような脅迫観念に駆られるんですよね。きっとこれって……」

今回の商品は20代後半の女性が対象になるのではないのか、というリサーチ結果を踏まえての宣伝戦略と中心となるコピーのプレゼンだからこそ、ちょうど対象年齢である自分がやるのはある意味適役なのかもしれない。
そこら辺を踏まえての指名なのかもしれないが、私のチームが呼ばれた時にてっきり先輩が発表するものだと思っていたコンペ参加者らは、私が立ち上がるのを見てちょっと驚いた顔をした。

この顔をお前のプレゼンが終わったときにもう一回させろよ。

先輩はそうボソっと私に耳打ちすると、ポンと背中をたたいて送り出した。
その叩かれた手に励まされるようにして、私は今プレゼンをしている。

「このように商品を目にしたとき、『告白』する直前のあの逃げ出せるのに逃げたくないという気持ちを思い出してもらうことで……」

同期が夜なべして作ってくれた模型もその精巧さに他のコンペチームからも興味津々な視線が注がれる。

そして無事発表を終えると席に戻る。

「おつかれさん。」
「おつかれました……」

昨日先輩が私を発表者に指名してから、スライドを見ながら発表練習をすること5回。
練習しながら舟を漕ぎ出した自分に恐怖を覚えて、タクったのが朝の4時。
お風呂に入って着替えて出社したのが朝の8時。

もはや燃えかすの私に残るのは眠気のみである。

死にそうになりながら他のチームの発表を聴き終わると、司会者がマイクの前に立つ。

「それでは発表チームの皆様ありがとうございました。これから審査員で今回のコンペの優勝者を決めますので、10分ほど休憩時間としたいと思います。」

そう司会者が断って席へ戻ろうとすると審査員長が遮るように声を上げた。

「あ、休憩時間にしなくていいよ。」
「はい……よろしいですか?」
「こちらの審査員の意見は既に一致してるからこのまま優勝者発表に移ろうか。」

本来ならばコンペ参加チームの発表が終わってから審査員達の話し合いがあるばかりだと思っていたので、各チームからざわざわと戸惑ったような話し声が聞こえる。

「それでは、審査員長からの提案がございましたが、このまま発表に移ってよろしいでしょうか?」

司会者は全参加チームがうなづいたのを見て、優勝者発表のアナウンスを始めた。



「いやー、ほんと疲れたな。おつかれさん!」
「先輩座ってただけじゃないですかー。」
「お、優勝者の余裕ですか。先輩に口答えとはやりますねー。先輩、バシっと言ってやってくださいよ。」
「いや、お前の模型もよく出来てたなー。いい後輩達を持って俺も幸せもんだよ(笑)」

唐突に始まった優勝者発表で、まさかの自分たちのチームが満場一致での優勝が決まったと知り、実感のわかないままの今である。

だが優勝の実感が無いのは同期も同じらしく、「なんか不思議な感じなんだよなぁ」と頭をポリポリ書きながら、次の会議が迫っているからと先を歩いて行ってしまった。
そして先輩一人だけが納得の顔である。

「いや、昨日深夜に資料見てて思ったんだよ。お前の方が感覚も含めてコンセプトを掴んでる分、実体験をもって説明できるんじゃないかってな。」
「……どうせ私はモテない、いつも『告白』する側の人間ですよ。」
「まぁ、安心しろ。俺が『告白』してやるから。」
「……!?!?」

眠気と実感のない優勝でパンパンだった頭が一瞬でさっとクリアになる。

いま、いま、なんて言いました?先輩?

と言いたいが、眠気のもたらす幻聴なのではないかという不安がよぎって言葉にならない。
声にならない声でもごもごしながら、それでも怖々と先輩の方を振り返る。

「せっかく人がコーヒーの紙コップに落書きなんていう凝ったことしてやっても気づかないんだかあなぁ。」
「えっ!?」
「飲み終わった後にカップの底、ちゃんと見たか?」
「え゛っ!?」
「ほらなー。ちゃんと『コンペ優勝!』って書いてやったんだぞ、俺。」
「……!?」

告白って、そっちの、イタズラの告白なんですか……!?

またもやおめでたい自分の妄想にがっくりしながらも、なんだか先輩の可愛さにちょっと吹き出してしまう。

「ま、今日は夕飯おごるからな。ちょっと寝とけよ、どっかで。」

そう言うと先輩は、私の頭をポンポンと叩いて先をスタスタと歩いて行ってしまう。


「こんな所で『告白』するなんて野暮なことするかよ。」

そうこっそりと先輩が呟いていたことを、私はこの後の本当の『告白』の時に初めて知った。


奥付



明日には間に合わない 2


http://p.booklog.jp/book/56577


著者 : 大河内 葵
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/nshkn/profile


感想はこちらのコメントへ
http://p.booklog.jp/book/56577

ブクログ本棚へ入れる
http://booklog.jp/item/3/56577



電子書籍プラットフォーム : ブクログのパブー(http://p.booklog.jp/
運営会社:株式会社ブクログ



この本の内容は以上です。


読者登録

大河内 葵さんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について