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★このお話は登場人物も含め全てフィクションです
 
 
 
 
 
大きな重たいドアが あたしのために開けられる
いつもなら かしずいてくれるギャルソン達があたしに背を向ける
 
「あたしの仔猫を返してよう」
 
 
冷たい夜に叩きつけられたあたしは、届くはずもない願いを叫んでいた
あのふわふわの仔猫をとりあげられるなんて、あいつに部屋を追い出されるより もっともっとつらかった
 
 
 
舗道を歩く人が あたしを遠巻きにして去ってゆく
ひとの声が遠くなってゆく
ノエル(クリスマス)のミサに教会へと急がせる声 
鐘は鳴り始めている
 
あたしは…一番の売れっ子なのに
今の今まで そうだったのに
 
悔しい
 
 
 
 
石畳に打ちつけた、はだけた肩がじりじりしてくる
ひざも、顔ですらも 焼けるように痛んできた
ねじりあげられていた右腕は もう動かない
 
動く部分だけでそっと起き上がろうとすると
からだがふわり、と浮いた
 
 
 
なんだ、捨てられたのか
 
 
見上げると 大きなクマのようなひとが あたしのからだを抱き上げていた
 
 
 
「はなしてよ!捨てられた、なんて言わないでよ」
 
そのひとは あたしを下ろすことなく、近くのバールに入っていく
 
「どう見ても捨てられた顔だぞ」
 
 
キレイに仕上がっていた売れっ子はそこにはいなくて
くしゃくしゃに荒れた髪
赤くはれた頬と鼻
血のにじむ肩・・・
 
壁にかかるミラーにうつっていたのは確かに「捨てられた女」だった
 
 
「・・・わかったから、下ろして」
あたしは低い声で伝えた
 
 
 
洗面所の冷たい水が傷に沁みる
こんなんじゃ しばらく仕事にならない
それよりもクビかな
 
あいつに追い出されたら
店には戻れない
 
 
 
ドアを閉めると クマのような男はここに座れと古びた椅子を差した
 
なにか飲むかと聞かれたけど
考えもつかず
いつもの口癖でロンリコをストレートで貰う
 
 
 
「あっ!」
 
口の中がはじけるように痛くて
思わずグラスを口から遠ざけた
 
口の中も切っているのだろう
思い切って一気にあおった
 
 
 
「ねぇ、あたしの顔 知ってる?」
あたしはクマにたずねる
 
「知らねぇ」
クマはグランドゥルスと名乗る
 
「なによ、知ってて助けてくれたのかと思った」
 
あたしは ベーゼ
さっき 追い出された店の一番の売れっ子よ
 
 
「一番の売れっ子が追い出されるなんて」
グランドゥルスが笑う
 
 
 
あたしとしたことが
手を出してはならないものに
惹かれた
 
  
店の客に ノエルのプレゼントを貰ったのよ
とっても素敵でさぁ
嬉しくって嬉しくって…
 
でも それは罠だったわ
プレゼントには盗聴器が仕込まれてた
 
秘密が漏れていることに気づいたあいつは、そのプレゼントこそ怪しいとふんだ
あたしは追い出されるのを覚悟した
 
そのプレゼントって
ふわふわの毛並みの、それは可愛い仔猫なの
毛並みに隠れるように小さな発信器がついてたみたい
 
どんな客か問い詰められて
 
答えたら…
 
 
 
 
 
 
今に続くわけよ
 
 
 
 
 
 
仔猫の可愛さに つい気を許してしまったの
貰ったものを身につけるのは
その日限りって
決まりがあるの
 
長く手元に置くなと…
それを破ったのは あたしの不手際
 
罰を受けるのは慣れてる
 
でも
 
あの仔をもう一度抱きしめたい 
だって あたしがいないと あの仔…
 
 
 
だめ…辛くなっちゃった
 
ねえ、
もう一杯 同じものをちょうだい
 
 

1
最終更新日 : 2014-11-21 21:58:06

 
夜があたしの居場所だった

明かりのそばに行けば 誰かいる

 

暖かく迎えてくれなくても

一緒に群れていられれば

それでよかった

 

たとえロクでもないやつらでも
あたしの足をひっぱる奴らでも

どんなウジのようなヤツでも


いないよりはマシ

 


いつ帰ってくるかわからない、

母と呼ぶにはふさわしくない女と住んだ部屋

 

冷蔵庫の中の 昆虫を詰めたジャム瓶の列
摘んだ花を敷き詰めたベッド
ひと時の悦楽は 夜が明ければ

ただのゴミの山

そんなものを見つけられては
外に追い出された

 


神父のお話は呪文のようにわけがわからず

預けられた施設では

甘える限度がわからない

懺悔の暗い部屋にひとり入れられる




温かいスープがほしかったんじゃない
あたしは なにが良くてなにが悪いのか
教えてほしかった
あたしだけにわかる言葉で

話してほしかった

力ずくで 手枷から手を引き抜いて

逃げてきた



あたしはキリストでもマリアでも羊でもない

神様なんて信じやしない

なのに 教会でつながれてるなんて

冗談じゃない



 

あの店の前で行き倒れてたのを

あの店のオーナーに拾われた


歩ける距離じゃないって言われるけど

あたしもどこをどう歩いたかは・・・



こんなのこの街じゃよくある話だし

どんなにがんばったって

誰もあたしの存在に興味なんか持っちゃくれないけど
あの仔だけは 真剣に聞いてくれたの

もしも神様がいるのだとしたら
きっとあの仔は天使だったのよ

天使を 授けてくれたのよ

まっすぐな目で
ずうっと ずうっと・・・
あんなに小さいのに
あたしのことを受け止めてくれたの



 

今のあたしの 力の入らない右手は 
グラスをつかむこともできず
震える左手は
涙をふくこともできなかった


初めてできた 友達…
そんな形で現れるなんて

やっぱり あたしには
本当の友達なんて いなくてもいい


 

クマさん 

もう一杯…っていいたいけど

あたし 

お金もなーんにも持ってこなかった



どうすればいい?



 


2
最終更新日 : 2014-11-21 22:02:08

 

グランドゥルスは 黙ってあたしの話を聞いていた

 


「しばらくこの二階に泊めてやる。朝になったら 医者へ行って腕を見てもらえ」

「あたしは無一文なの、医者代なんか・・・」

「腕が治ったら ここでしばらく働け。そこから今日の酒代は引いてやる。それでどうだ」



3杯目のロンリコがあたしの前に置かれる

驚いてあたしはクマのような顔を見つめた



「あたしに親切にしてくれるっていうの?」

「どうにもならんだろう、その腕じゃあ」

 

思い通りに動かない右腕は、だんだん痛みを感じるようになった


 

でも

こんなの自分で治すから

今までもそうしてきたから

ひとの世話になんかならない



ぐっと唇をかみしめて

グランドゥルスを見た



「あたし・・・公園で寝る。子どものころから慣れてるからいいの。それに ここで働けだなんて、今の」



今のあたしに優しくしたら馬鹿を見るわ

その言葉が 涙で出てこなくなった



「なんで・・・あたしに親切にしてくれるの?」


グランドゥルスは何本目かのタバコに火をつけた






「お前にそっくりな女を 昔拾ったことがあってな」


その先を聞きたかったけど グランドゥルスの話はそこまでだった








「お前 親の名前 言えるか」

「母親なら」


行った先で名前を変えていたから

本名かどうかはわからないけど

一番よく使っていたのは

『カリスト』だった


 

グランドゥルスは タバコの火を消した



 


3
最終更新日 : 2014-11-21 21:00:50

 

「あたしの母親を 知ってるの?」


グランドゥルスの表情からは それはわからない



「あたしと違って髪は暗いブロンド。痩せていて、目が大きくて。首に古い傷があったわ。これはどうしたの?って聞いたら機嫌が悪くなったから憶えてる。」


安い酒ばかり飲んで

あたしが施設にいる間に

身体をこわして・・・

知らないうちに 死んじゃったみたい


あたしにとっては 機嫌の悪い女
思い出なんて それだけよ



何度 部屋を追い出されたことか

そのたびに公園で夜を明かした


いつもそばにいてくれたのは

ノラ猫たち




あたしは ああなりたくない

ひとには優しくするんだ

優しくなって ステキな結婚をして

子どもには優しくしてあげるんだ

こんな思いは絶対させない


おまえたちも あたしに優しいね

いつも一緒にいてね

 


とおりすがりの店先から

掠め取った食べ物を

ノラ猫たちと分け合いながら

そんな話をしていた






あたしは 3杯目のロンリコを 飲み干した

もう口の中の感覚なんてわからない

肩の痛みも 顔の痛みも うそのように


ただ 動かない右腕だけが

今日の出来事が夢でないことの証拠だった




そんな女の子どもだなんて不名誉なことだけど

いったいどんな過去があるのか知らないまま

気がついたら この世からいなくなってた


てことは

あたしの過去も一緒に消えたわけ


父親が誰で

どうやって産まれたのか

どう育ったのかも知らないまま・・・


こわいよね

誰もあたしのこと知っててくれないなんて

あたしの存在

もうこの世にないのと同じなの






4
最終更新日 : 2014-11-21 21:05:17



「俺の知ってる女はな」

 

消しきれないタバコの煙が

グランドゥルスとあたしの間で

また白く立ち上る



もっとお前よりも若い頃に
やっぱり 道に転がってたよ

真冬の凍りつきそうなセーヌの川岸に
ほとんどまともな服も着ずにだぜ


真っ白な顔色は もう死んでるみたいで
まつげは凍りかけていた


綺麗な顔立ちで
磨けば光るんだろうが…
やさぐれて ひどいもんだったな

その次の日も冷たい朝だった

目を覚ましたあいつは
俺の顔をまじまじと見つめて
俺にくってかかってきた

「なんで助けたんだい!私はあのまま死にたかったのに!」


あいつはわけのわからん錠剤と酒を一緒に飲んだらしい

なんで死にたいのかって聞いたら
誰も自分のことを見てくれないからだと愚痴を言った

あまりにもくだらんから
「じゃあそのままほっとけばよかったな。丁寧にセーヌに放れば願いが叶ったな」
と言ってやったら 大声で泣いた

「私のこと、そんなに考えてくれる人、初めて」
そう言って泣いた


気のいいやつで
機嫌のいい時は天使のようなんだが
ひとたびヘソを曲げるともう大暴れさ

おかしなことを言ってみたりしてみたり…
人だかりがあれば、必ずあいつが暴れてたな

落ち着かせてから、
おまえ なんで暴れるんだって聞いたことがある

私が暴れてるんじゃない
私の心の中にあるものが
噴き出すのだと

出してしまわないと
自分が壊れそうになるのだと

でも すべて出してしまうと
しばらくの間 心はうつろになって
人形のように動けなくなると


ギリギリまで我慢しなくても
少しずつ出していけばいいのにと言ったが 
あいつには 最後までわからなかったらしい


あるとき 気が立ったのか
あいつはワイン抜きを持ち出したことがある
ひとに向けるわけじゃないが
危ないんで取り上げようとした時
先があいつの首をかすめた

動脈こそ外したものの
かなりの血が出て
ああ、こいつも生きてるんだなと
そんなことを思ったりもした

俺も半分壊れかけていたかもしれない
なにしろ そういう奴と一緒にいるのは
難しいことだ





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最終更新日 : 2014-11-21 22:04:52


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