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第一歩

アイスとかき氷

「ちょっとコンビニ行ってくる。」
「おけ。荷物見とくね!」

周りを憚るようにコソコソと会話すると、図書館という冷房の天国を抜けてコンビニへと向かう。
本日8月31日、俗にいう、いや世の中の学生が最も恐れる夏休み最後の日。
だとは思うが、実は宿題は順調に進んでいるので終わらない焦りというよりも、夏休みの終わってしまう寂しさのほうが強かったりもする。

今日はバニラかな。

ジリジリとした日差しのお陰か、一瞬で今日のおやつを決め店内に入る。
余りの暑さからかアイスコーナーの売れ行きは好調らしく、ケースの中がガランとしている。
ラスト3個のバニラアイスの内の1個を無事買い終えると、コンビニ前に座って3時のおやつタイムに入る。

同じような利用者が多いらしく、周辺にもちらほらと学生らしき人が座っている。

「俺もバニラが良かったのにー。」
「まぁじゃんけん弱いお前が悪い!練乳かき氷だって似たようなもんだろ。」
「似てるなら交換しろよー。」
「抹茶アイスで妥協しなかったお前が強情だ。」

ちょうどコンビニから出てきた3人組もアイス争奪戦を繰り広げたらしく、ふざけ合いながらこちらに向かってきた。

げ。バニラアイス買っちゃったし。食べちゃってるし。

気まずさに少し顔を下げながら、でもこっそりと目線だけで3人組をチラ見すると
いつも図書館で一緒になるおそらく同学年の男の子達だった。
無事彼らが通りすぎるのを確認して、ホッとアイスを食べるのに戻る。

「いや、でもマジで図書館はかどるのな。俺ら2学期からも図書館来たら成績上がるんじゃね?」
「なんで学校と反対方面の図書館まで来るんだよ、めんどいだろ。」
「そもそも、学校近辺のところだと同級生だらけで夏休み感無いからこっちの図書館にしたんだろ、俺ら。」
「ていうか、お前は成績いいから図書館来なくてよし!」
「そうそう、出禁なー。」
「あ、もう答え教えてやんないからな。」

恐らくアイスを食べに来たはずなのに、アイスそっちのけで3人はわいわいと盛り上げる。
が、なんとはなしに聞こえた一言に私のアイスの手も止まる。

夏休み終わったら来ないの!?

この際不純だと言われようとキャラが違うと言われようと「ド☆定番」と揶揄されようと構わない。
夏休みの宿題が余裕だと言い切る私がわざわざ図書館に来ている理由は一つである。

人目惚れなるものをしてしまったからである。

耳を澄ませばの見過ぎじゃないのかとか、お前は雫かとか。
既に自分の中で大いなる葛藤及びボケツッコミを繰り広げ、結局ほぼ毎日くらいの出席率で図書館に来続けた末の8月末である。

どうする、わたし。

ちょっと前にやっていたカード会社のCMよろしく頭のなかでズラッとカードを広げてみるが、どう考えても引けるカードは二つ。

①人目惚れという夏の思い出
②メアドを渡して走り去る

自分のキャラ的にこれは①かなぁと弱気な自分が顔を出すが、楽しい夏休みを図書館で過ごしたのだから、と②を選びそうな自分も顔を出す。

悶々としながらも結論を出さなければいけない瞬間は刻々と迫っている。
最後の一口のアイスを食べ終える。

アイスがすっかりなくなった木の棒にはなぜか「タイミングが大事!」と印字されていた。

「えっ!?」

それこそ何ともタイムリーな一言に驚いてアイスのパッケージを改めると「夏限定 おみくじ付」とデカデカと印字されていた。

ええい、もうなるようになれ!

占いに頼るわけではないが、もしこれで何もしなかったら夏休みのほとんどを勉強と読書で費やした8月の私が哀れに思えてきて、急いでメモ帳にアドレスだけ書くと意を決して立ち上がる。

アイスのゴミを捨てに行き、図書館に向かう前にメモを渡す。

そう念仏のように唱えながらゴミ箱へと向かっていると急に呼び止められた。

「あのー。」
「はい……?」

振り返るとさっきの練乳かき氷になってしまった男の子……というよりもこれから向かう先だったはずの男の子がいた。

「このメモ落としましたよ。」

男の子の手の中には明らかに先ほど自分が折りたたんだメモが入っていた。
一瞬どころか二瞬、いやしばらく頭が固まったような気がした。

これは何と言って乗り切ればいいのだろうか。
残念ながら先ほどの例のカード会社のCM風には今度はカードが出現してくれず、途方にくれる。

「えっと、もしかしてゴミ拾っちゃいました?俺。」
「いや、違うんです!!!ほんとは……」

旅の恥は掻き捨て、ならぬ夏休みの恥は掻き捨てという言葉を改めて広辞苑に登録したいと心から願いつつ、次の言葉を絞り出した。

「ほんとはそれ、あなたに渡そうと思ってたんです。けど、渡す前に落としちゃって。しかも拾ってもらっちゃうしで、どうしようって思って。アドレスです、良かったらもらってください!!」

そう一気にしゃべりきると、だいぶポカンとしているかき氷の彼を置き去りにしてダッシュで図書館に戻った。

「ごめん!遅くなったー。荷物番ありがと。」
「いえいえ。…外そんなに暑いの?顔真っ赤だけど。」
「いや、大丈夫。後荷物番させたのに申し訳ないんだけど、親に呼び出されたから帰るね。」
「あ、うん。じゃあまた明日学校でね!」
「バイバイ!」

帰ってきた勢いそのままに図書館を去る。
これでさっきの男の子達にあったら一大事というか、もう顔から火が出る気がする。
めったに使わない非常階段からドタバタと図書館を後にしながらも、携帯のバイブが気になって仕方がない自分がいた。

②番のカード、正解だといいな。







知られている説明

例えば何か失敗話を打ち明けた時。

目の間で笑い転げられるのも中々にツライが、電話口で爆笑されしかも息も絶え絶えになられても、こちらとしては様子が掴めないし何よりも電話している意味がないと、今日初めて気づいた。
それぐらい、とにかく猛烈に笑われた。

「んで、あんたは紙を渡して逃げちゃったわけ!?!?」
「……それしか選択肢ないじゃんか。」
「いやー、もう無理!笑いすぎて腹筋割れる!!!」
「じゃあ他にどんな対処があったっていう訳!?」
「いや、普通はね。メモ落とさないから、そこで。本当にあんた持ってる、うん。」
「まぁ……持ってるどころか、落としたからね、私。」

大慌てで図書館を去る際にペンケースを忘れてしまったので、わざわざ友人は電話で知らせてくれたわけだが……

この爆笑っぷり、絶対何かあるって感づいてたんだろうなぁ。

元々同じ高校であることは知っていたが、夏休みの間あまりにしょっちゅう会うため親しくなった。
始めの頃は夏休みに図書館に来るような大人しいタイプなのかと思っていたが、話してみると「ザ・賢そう&清楚」な見た目をぐるりとひっくり返すようなサバサバしたタイプであった。
どうやら感づいていた風で探りを入れるのも兼ねた電話であったようだが、あの場で聞いてこない辺りがさすがである。

「で、メールはきたの?」
「いちおう……」
「そう、良かったじゃない!今日の所はこの辺にしておくから、また続き教えてね。」
「ううう。上手くいった場合しか言わないからね!」
「わかったから、大丈夫だって(笑)じゃあ、また学校でね。」
「大丈夫ってそんな無責任な!もう!またねー。」

確かにちゃんとメールは来た、ありがたいことに。
向こうは同じ市内の私立の男子校らしく、コンビニ前で話していた通り夏休み限定でこちらの図書館まで足を伸ばしていたそうだ。
私の失態と慌てっぷりにはびっくりしたらしいが、それにも引かずにメールをくれたのだから、脈の有り無しは置いておいてもとりあえず礼儀正しいようではある。

とりあえず②のカードは不正解ではなかったのかな。

携帯に新しい電話帳登録をしながら、ちょっとだけ、自己申告制でちょっとだけ、顔がニヤけてしまうのは頑張ったご褒美だと言い訳をする私がいた。

同じ頃、電話でだいぶ電池の減ってしまった携帯を充電器に繋ぎながら「こっちはあんたが居た席をチラチラ見ながら携帯とメモ握ってる男の子がメール送るまでをしっかり見てたっての。世話が焼けるんだから。」とつぶやかれていたなんて知る由も無い。


○○物には福

目の端にヒラリと小さな紙が落ちるのが見えた。

「あ、なんか落とした。」

思わず小さく呟くとすかさず二人からツッコミが入る。

「よし、今だ!行け!」
「これを逃したらお前にチャンスは無い!」
「……だよな。」

恐らくゴミ箱へ向かっている女の子の後ろ姿に声を掛ける。

「メモ落としましたよ。」

振り返った女の子は俺の持っているメモを見た瞬間、ものすごい慌てた顔をして次にものすごい困った顔をして、そして今は悩んだ顔をしていた。

あー……もしかして余計なことしちゃったのかな?

そう聞くと、女の子は意を決したように口を開き、なんとこのメモは俺に渡すものだったと言い始めた。
今度はこちらが困惑する番だったが、女の子はそれを重々承知なようで突然であることを謝り、よかったらもらってくれと言い残して図書館へ逃げ帰ってしまった。
置いてぼり感を感じながら、結局もらう形になったメモを開くと名前とアドレスが書かれていた。

「……こんなラッキーなことってあるんだな。」

待っている二人は興味津々というより好奇心のこぼれそうな目線でこちらを見ている。

励ましてもらったからには言わなきゃダメだよな。

「で、どうだった!?」
「何話したんだよ、なんか謝られてたけど。しかもなんか逃げちゃったけど。」
「……落としたメモ、俺に渡すやつだったって言われた。」

突然二人同時に両側から肩に手を回される。

「って、お前らなんだよ。」
「「お・め・で・とー!」」

そしてちゃんとメールしろだの、お前は運がいいだの、やんややんやと弄られた。

「よし、まぁ今日のところはこれくらいにして置くから、ちゃんと経過報告よろしくな!多分あの子は図書館からダッシュで逃げた頃だろうから、俺らも戻るか。」
「……なんでお前が知ってるんだよ?」
「だってあのまま図書館に居座って、戻ってきた俺らと鉢合わせたら恥ずかしいってとこだろ?普通。」
「さすがチャラ男は違うな、分かり具合が!(笑)」
「勉強になります!(笑)」



始めはノリでちょっと遠い図書館へ行ってようくらいの話だった。
夏休みらしく学生が机を占拠して宿題をこなしている中で、宿題ではなく本を積み上げて読書に耽っている子がいた。

夏休み入ったばっかだし、現実逃避中なのかな?

しかしその子は積み上げた本をひたすら読破していき、結局閉館時間までずっと本を読み続けていた。

なるほど、本好きなだけか。

だが、それから3日間その子は同じ本を周りに積んで、同じ本を読んでいた。

ものすごく読むの遅い……?

本を積み上げているため壁になって何を読んでいるのかいまいち見えないが、どうも昨日と同じ背表紙に見える。
ちょっと気になって、横の席が空いているのをいいことに、一体どんなペースで読んでいるのかとこっそり横目で見てみた。

……寝てる!?

本を開いたまま、それは器用にその子はスースーと寝息を立てていた。
なぜ一体家で寝ないでわざわざ図書館で寝ているのか疑問だったが、思いがけない幸せそうな寝顔にこっそり見るはずがしっかりと見つめてしまった。

さすがに寝ていたのは偶然らしく、またその子の読んでいるシリーズは背表紙が全く同じ装丁らしく1週間後あたりになると本の壁は無くなり完読したらしいことがわかった。

しかし寝顔を見てしまって以来なんだか気になってしまいその子が席を立つ度に目で追っているのを、友人二人が見逃すはずは無かった。

「耳をすませばか、やるな、お前も。」
「いや、読書カードに名前残してないからな、俺。」
「図書館戦争シリーズでもいいかもな。」
「いや、図書隊とかいないからな、現実には。」

二人には色々と言われたが、夏休みの間、結局目で追うだけで話しかけることはなかった。
しかし夏休み最後の日、業を煮やした二人によって、女の子がコンビニへと向かった際に追いかけるようにコンビニへと連行された。

「これで話しかけなかったら男がすたる。というか、俺がモヤモヤするから、いけ。」
「そういうことな。俺、バニラアイスー!」
「俺も!」
「……って、もう無いじゃん!俺もバニラが良かったのにー。」
「夏休み中俺らをモヤモヤさせた罰だ。抹茶で妥協しろ。」



3人で再び図書館へと戻りながら、夏休みの間のことを反芻する。
どんなメールを送ろうか、せっかくだからこちらが追っかけていたことは伏せておこうか、と幸せな思案にくれる。

拾い物には福がある、なんてね。



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