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はじめに

 今回も、けい子(仮名)ちゃんという女性のお話の続きである。

 彼女のお話しで第三部までひっぱるとは思わなかったが、何やかにやと色々あって、その色々も書かせて頂き、この章で終わりにしようと思う。

 

 昨晩、私はけい子ちゃんの背後様らしきお方から、

『彼女は、妄想はできるが瞑想はできない人である。彼女が一攫千金に挑戦する覚悟ができた時、ワタシの声を眉間で感じられるよう、あなたの手で、彼女の体の最も重要な骨を調整して頂きたい。その骨を調整し、彼女の眉間を開いて頂きたいのである』

 そのようなお願いをされた時、私は、体の最も重要な骨の調整とは『仙骨』のことを言っておられるのだろうと思った。なぜなら私は仙骨以外の骨については全く無知であり、唯一、私が人の骨に対して何かを行なっているものといえば、それは仙骨を少しばかり調整させて頂くことだけなのである。

 話は少し反れるが、第一部で書かせて頂いたとおり、昔、私は祖父から『癌』という書を貰った。当時、私は子供だったのでその時に癌という字を知り、変な漢字だなと思ったことを覚えている。

『(疒)ヤマイダレ、品物を山ほど集めて、癌となる』

 祖父はゆっくりとした口調でその言葉を言い、そして、「この書に向かって、これから毎日、今の言葉を唱えなさい」と、私と兄弟にそう言ったのである。

 それ以来私は、癌の書を見るたびに日本語には宇宙の真理が宿っていることを肌で感じるようになった。また、亡き祖父が本当に私に教えたかったものは癌という病のことではなく、『言霊の国、日本』の真の理解だったのかもしれないと、そう思うようにもなった。

 日本語に関心を抱くようになった十代の頃、私は人間のほぼ真ん中にある骨に『仙』という漢字を当てはめたことに大きな興味を抱いた。それが仙骨であり、その後、私はある本と出合い、なけなしの財産を全部投げうってでも生きている内にこれだけは学ばせていただこうと思ったものがある。それが仙骨の調整というものだった。 

 そして、その学びの中で私は、仙骨には深い記憶と智慧が宿っていることを確信したのである。

 

 それでも今、私はキーボードを打ちながら、(だけどなあ、いざ仙骨について話しをしてもらいたいと言われた時には、何から話しはじめたらよいのか戸惑うかもしれないなあ)とブツブツ考えていた。すると、そう考える先から言葉が降りてきた。

『仙骨は、何から話せばよいのか、などと戸惑うものではない』

 仙骨に真剣に意識を向けると、時々このようなご指摘を頂くことがある。

 そして、さらに、このような言葉を頂いた。

 

『仙骨は、ひとの芯となり、ひとの身(しん)を支え、ひとに真(しん)を授け、ひとを神(しん)に導く』


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七色の芝生


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 瞑想中、けい子ちゃんの背後様らしきお方とお話しをしたあと、私は彼女に伝えることがあり、電話を入れてみた。

 ※この先は、けい子ちゃんの背後様らしきお方のことを、背後様、と省略させて頂きます。

 私の電話に出たけい子ちゃんは只今、更年期障害のようであると言った。

 人助けとはいえ、湯水のように他人様にお金を用立ててきた自分の馬鹿さに落ち込んだり、たまには這い上がろうとしてみたり、今では疎遠になってしまった弟妹(きょうだい)達の子供時代を思い出したり、思い出せば出したで、そのたびに精神年齢があの頃のまま成長していないような気がしてさらに落ち込んだりと、今のけい子ちゃんの心の中は大変に忙しいようである。

 そんな彼女に、私は、

「ラチはあかないけど何でも聞いてあげるから、気が済むまでこの電話で吐き出してしまえ」

 なーんてことを言ってはみたものの、本当にラチのあかなさそうな話ばかりが次から次へとやってきた。

 さらに話の途中、キャンディキャンディって知っている? なんてことを私は彼女に尋ねられてしまったのである。

 キャンディキャンディの話は勘弁してもらいたいと思いながらも、「ああ、昔そんな漫画もあったなあ」と私は答えた。すると案の定、けい子ちゃんはキャンディキャンディについて話しはじめたが、私のほうは途中からうつらうつらしていた。

 その話が終わると、今度は、

「でね、あの頃の私はキャンディキャンディに感化されて自分も漫画家になりたいと思ったこともあるのよ。その漫画のストーリーはねえ」

 などと、けい子ちゃんはまたどうでもよい話をはじめたのである。

 だが、終盤に差し掛かった頃だった、最後の最後にけい子ちゃんは私の目が覚めるようなことを言ったのである。

「そんな感じの、日本の桜の木に纏わる神様の物語だったのよ」と。

 


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 この時、私は大変に驚いた。なぜなら一ヵ月ほど前だったか、今のけい子ちゃんと似たような言葉を、別の女性も言っていたのである。彼女達はお互いに面識はないが、これもまた偶然なのか、私はけい子ちゃんに電話を入れる前、その彼女のことを思い浮かべていたのだった

 

 ここで少しだけ、その女性の話をさせて頂こうと思う。

 彼女の名前はマリ江(仮名)さんという。

 マリ江さんは今も私の仙骨調整を受けており、そしてこれも偶然なのか運命的なのか、彼女もけい子ちゃんと同じに四十歳を過ぎてもお嫁に行かず、飼い猫のしもべとなり、けい子ちゃんと同じ町の片隅でひとり暮らしをしている。

 マリ江さんは今までに何度か奇病を発症して来た。ある日突然に目の焦点が合わなくなり、徐々に瞼が開かなくなるといった症状が出て、(病名はわかっているが、発症の原因は不明のようである)その症状が出ると仕事にならず、その都度仕事を辞めてはまた回復すると新しい仕事に就くといった繰り返しだった。その奇病を少しでも回復させたくて、二十代後半の時に彼女は友人の紹介で私の元にやってきたのである。

 当時の彼女は目の焦点が合わなくなると眼帯をかけ、片方の目だけで生活をしていたが、目が疲労してくるとその片方の瞼も下がりはじめ、一日の大半は瞼を閉じているような状態になり、昼間から強制瞑想をさせられていたようだ。たとえ瞼が開いていたとしても、片方の目だけでの生活はかなりの心身の疲労をきたしたようで、思考能力はかなり落ちていたと伺える。もうこんな自分の体とは付き合っていられないといった感じに投げやりになり、開き直った状態でマリ江さんは私の元にやってきた。

 それでもこのような人達の仙骨調整は、私は大歓迎する。

 仙骨調整は医療行為ではなく、私自身も医者でもなければ治療家でもないし、気功、霊媒師でもない。だからこのような私に、ここが痛いのです、あそこが痛いのですなどの症状の説明をされてもどうにもならない。頭が痛くても、つま先が痒くても、胃の調子が悪くても、更年期でも、生理痛でも、いざという時に役にたつオトコにしてほしいと言われても、私が行なうことはその者の仙骨周りを少し手で触れさせて頂いたあと、あるものを使って仙骨の調整をさせて頂くという、ただそれだけのことなのである。

 

 

 


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 日本のことわざに『病は気から』という言葉もあり、病気は自分の気持ちが引き寄せている、とか、気力で病気は治るものである、とそのようなことを考える人も少なくないだろう。それはけして間違った解釈ではないと私もそう考えている。

 ただ、私の仙骨調整を受けにやってくる人は、できれば自分の体調不良を、自分の気力で何とかするぞ、などのガッツある気持ちは持たず、(とはいっても医者や薬などに依存することは薦めないが…)少し投げやりになって、もうこの体はどうにでもなれと、自分自身に対してそのくらいに開き直って来てくれるほうが丁度よいのである。なぜなら開き直って来て頂けると、仙骨調整の時、私に少しのお尻を晒すことに抵抗はなく、この体が元に戻るなら素っ裸を晒しても、裸踊りを披露してもぜんぜん平気です、などのことを言い出す人もおり、いざ仙骨調整! という時にも自らの手で、おパンツを尾てい骨の辺りまで下げてもらえるのである。

 今お話ししたマリ江さんも当時、そのような精神状態だった。

 当時の彼女は私の前にうつ伏せになると、惜しげもなく、今の体調がよくなるならこの体を煮るなり焼くなりお好きなようにして下さいなんてことを言い、そこまで下げなくてもいいぞと言いたくなるほど、自分の手でパンツをスルリと下げ、若き二十代のムチムチ尻をペロンと出してくれたものである。そのような状態であってくれると私の手も好きなように彼女のお尻に…、いや、彼女の仙骨部分に十分に触れることができるので、自分の指先の感覚でどのくらいの調整が必要か、じっくりとその度合いを計れるというわけなのである。

 そんな調子でマリ江さんの仙骨調整はとてもスムーズに行えた上、肝心な体調のほうもそれほどの時間はかからずに回復したと記憶している。その他にも不安定だった生理の周期が二十八日に定まってきたとか、なぜにあのような奇病を招いたのかその理由がお告げのようにおりてきた、などのことも彼女は言っていたが、しかしながら当時のマリ江さんは仕事を辞めていたので、その静養がよかったのか、私の仙骨調整がよい働きをしてくれたのかは誰もわからないが、あれ以来彼女の病気は発症していない。それでも彼女は、私のお陰で…とは、けして言ってはくれないのである。



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