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CONTENTS

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■テーマ「大沈没」
□脱出か、沈没か
■旅先の変な日本語
■私がフィリピン英語留学をする理由
■旅で使えるスマホアプリ
■Chibirockの旅はくせもの
■HANGOVER in the WORLD 
■旅人からの伝言 「特集 コーカサス」
□コーカサス
■エッセイ「旅トキドキ・・・」
■トホホな話
■一本の糸で世界をつなぐチャリの旅
■自炊派の手料理「ロコモコ風おくら丼」
■エッセイたびたべ
■アジア漂流日記
■作者・情報提供者一覧
■編集後記
■次号予告
■記事募集






テーマ 大沈没

脱出か、沈没か
■Writer&Photographer
船橋証考
■Age
29
■Profile
銀行を退職後、世界一周を達成。もう一周しようかと準備中。
Where the hell is Masa? 世界中でプラトーンしてきた

 旅行中、もし滞在先で紛争や暴動・革命に巻き込まれたら、どう行動するのが正しいのだろうか? 一刻も早くその地を離れようとするのが正解……と考えるのが一般的だと思う。しかし私はそれが必ずしも正しいとは思わない。紛争なり、暴動なりが発生している地域から移動(脱出)するというのはその行為自体がリスクを伴う。車で移動中に、バスや電車を待つ間に、事件に巻き込まれることは充分にありうる。紛争地域内でも安全と思われる場所で騒ぎが収まるのを待つのも有効な手段ではないか。そんなことを考えながら沈没していた。革命中のエジプトで。


 エジプトの旅はルクソールから始まった。ルクソールからアスワン、カイロと旅をし、ダハブにたどり着いた。シナイ半島の隅っこに位置するダハブ。物価は安く目の前に広がる紅海は透明度が高くダイビングに最適。海に入らなくても日がな一日海辺のカフェでシーシャを吸ってビールを飲んでるだけでトローンとした贅沢な一日が過ぎていく。有名な日本人宿もあるし、日本人旅行者も多い。安心感もあるし遊び相手にも困らない。
 予定では3、4日で出発するつもりだったが、ダハブの魅力にすっかりハマり、ダイビングの上級ライセンスを取得したり、シナイ山脈ツアーに参加したりとアレコレと理由をつけて滞在を引き伸ばしていた。
 滞在一週間を過ぎて、そろそろ出発しようか、いやもう少しダハブを楽しみたい、と葛藤を抱えだした頃に異変が始まった。夜中寝る前にメールを確認しようとPCを立ち上げたが、インターネットに接続できなかった。宿のWi-Fiには繋がったのだがダウンロードできない。その時は海外のWi-Fiなんてそんなもの、よくあることと諦めて布団に入った。翌朝になってもネットできず、宿のオーナーに問いただしたら革命が始まったことを聞かされた。ネットが繋がらないのはエジプト政府がプロバイダーにサービス停止を命じたためだった。

 エジプト革命はSNS革命と言われた通り、Facebookやtwitterの果たした役割が大きい。ネット上のコミュニティを利用して現実でのデモや集会を煽動。革命を押し進めた。ムバラク政権はそうはさせじとインターネット自体を使えないようにしてしまったのだ。
 ネットが封鎖されるなんて余程のことだ。TVでBBCやアルジャジーラを見ると、カイロやアレキサンドリアでは暴動が発生しているとのこと。何日も前から情勢不安を伝えていたらしいが、ダハブのとろーんとした日常と、ネットでいつも見ていた日本のニュースサイトはそんなことは一切伝えてくれなかった。

 今後のことを宿泊者と話し合った。ダハブからエジプトを脱出するには車で2時間ほどのヌエバという街まで行き、国際フェリーでヨルダンに出国するのが一番現実的だ。しかし移動するにも不安がある。ヌエバに移動するまでに、ダハブの街を出る時とヌエバの街に入る時に検問を通らなければならない。この微妙な情勢下、革命を阻止しようと戦っているエジプト軍が実施している検問を通過しようとするのはそれだけでリスキーなことだ。道中やフェリーを待つ間にデモや暴動に遭遇する可能性もある。また、難民の流入を恐れたヨルダンがフェリーを停止してしまうことも考えられた。もしそうなったら見知らぬヌエバの街で立ち往生することもありうる。「if」を考え出したらキリがなかった。
 かといってダハブに留まることにもデモや暴動のリスクはある。脱出するか、留まるか、どちらかを選択するしかない。何人かの宿泊者はすぐに出発した。
 悩みに悩んだが、私は留まることを選択した。ダハブは政治的にはなんら重要性のない外国人向けリゾートである。ここでデモをしても意味がなく、暴力沙汰には巻き込まれないだろうと考えた。もちろん不安はあったが、その一方でダハブに留まることを喜んでいる自分もいた。
 留まると決めたからには万一の事態に備えねばならない。水や保存の利く食品を買い込み、米ドルを引き出せるATMを見つけ、ドルキャッシュを多めに確保した。貴重品の隠し場所を確認した。が、それ以外に特に何かをしたわけではない。滞在当初と同じように海辺でビールを飲み、カフェでシーシャを吸ってまったり過ごした。
 街の様子も特に変わりはなかった。レストランやカフェは通常通り営業され、土産屋に行くといつも通りボッタクリ価格を吹っかけられた。ネットが止まった2日後にはダイビングに行った。紅海はどこまでも見渡せるんじゃないかと思えるほどの透明度で歓迎してくれた。
 TVに映しだされるカイロやアレクサンドリアの血なまぐさい映像が遠い他国の出来事のように思えた。革命中の国に滞在しているという危機意識はシーシャの煙と共に消えていった。危機回避・自衛のための滞在ではなく、単なる沈没になっていた。
 そんな一週間を過ごした頃、燃料がヤバイという噂を聞いた。革命の影響で物資の輸送が止まっており、ガソリンが底を付くかもしれないとのこと。ということは食料も枯渇するのでは? 食料がなくなれば略奪が発生するかもしれない。危機意識が復活した。これ以上の滞在は危ない。あぁ、でももっとここに居たい。
 渋々ながらも出国することに決めた。宿に残っていた日本人たちとヌエバに向かうことにした。宿がワゴン車をチャーターしてくれた。ダハブの街を走り去るときの「後ろ髪引かれる感」は今でも忘れられない。
 街の検問を突破した。国際フェリーは平常通り動いていた。そして噂で聞いた通り出発時刻を大幅に遅れたが出航した。船内で行われるイミグレーションも通過し夜遅くにヌエバの街に到着した。あっけなくヨルダンに脱出することができた。

 結局ダハブでの日々は、端から見れば「革命にかこつけて滞在し、ダハブを満喫する沈没生活」として終わった。革命中の国での沈没、若干の後ろめたさが残っている。運が悪ければどうなっていたかはわからない。しかし、その時最善と思える選択をしたとしても、正しいかどうかは後になってからでしかわからない。結局運次第なのだ。だから、自分の選択は間違っていない。。。たぶん。


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