人魚の浜
1.「人魚の浜」
やさしい親切な人々の住む漁村があった。 美しい島影、美しい浜。
そこに人魚が打ち上げられた。
村人はみな駆け寄った。
長い髪、澄んだ瞳の美しい人魚は、荒波にもまれ、弱り切っている。
だが、漁民の心のこもった介抱のおかげで、人魚はすっかり元気を取り戻した。
やがて、人魚は、村人に別れを告げ、海に帰って行ったが、
浜は「人魚の浜」と、呼ばれるようになり、村の名は全国に知れるところとなった。
人魚が打ち上げられた砂浜と、人魚がいつも体を休めていた岩は、名所となり、
漁村は大勢の観光客が訪れる、豊かな村になった。
強欲で、冷たい人間ばかりの漁村があった。 浜はゴミに汚れ、漁民の争いは絶えなかった。
そこに、人魚が打ち上げられた。
村人はみな駆け寄った。 これで、ここも第二の「人魚の浜」として有名になる。
だが、弱り切っている人魚を見て、漁民は何も見なかったふりをして、その場を離れた。
人魚は、シワくちゃツルッパゲの、じいさん人魚だった。
〈ion〉

好きでした
2.「好きでした」
「お久しぶりです。 ボクおぼえてます?」
「まあ、おひさしぶり♪ おぼえてますとも♪」
「ドーナツ屋さん、急に辞めてしまわれるなんて…」
「すみません。 縁談が決まったもので」
「えっ? ご結婚なさるんですか?」
「ハイ」
「……好きだったんです」
「知ってましたわ」
「え? 分かってらっしゃったんですか?」
「ええ、分かりますわ。 毎日、お店に来られるんですもの」
「好きって言えなくって……」
「おっしゃってくだされば良かったのに」
「え? 言えばどうにかなったんですか?」
「もちろんです」
「そんなあ…。 も、もう、遅いですよね?」
「もう遅いですわ。 あの時、言ってくださらなきゃ」
「ああ~っ! なんてことだ!」
「言ってくだされば、大事なお得意さまなんですもの。 一個ぐらいおまけしてあげましたものを」
「え? あ、あの??」
「好きだったんでしょ? あんドーナッツ♪」
〈ion〉
★ 「あたしも好きだったんですよ♪ 大、大、大好きでしたっ♪ あんドーナッツ♪」
「うるせえっちゅ~~んじゃ!」
口癖
3.「口癖」
「こまったもんだ」 って言う、あなたの口ぐせ、いかげんに直してくんない?
あの人と別れて三年も経つのに、いまだに消えないなんて。
最近、あの人にすごく良く似てきて、
顔が似てくるのはしょうがないけど、 声が似てくるのも仕方ないけど、
「こまったもんだ」 って、すぐ言う、 お父さんとおんなじ口ぐせ、もう止めてくんない?
あの人が、そこにいるような気がするから、イヤなのよ。
直らないっていうの? すぐには?
血がつながってるからって、クセまで染みついちゃっているのね。
仕方ないわね。 まったく。
こまったもんだ…
〈ion〉
箱入り娘
4.「箱入り娘」
「どうだ? なかなかの美人だろう?」
先輩が、紹介してくれるという娘の写真を見せてくれた。
「先輩! どえらい美人じゃないですか! い、今から会わせてもらえるんですか?」
「ああ。だけど、この子、『箱入り』だから…」
「いやあ、余計いいじゃないですか♪ おしとやかなんですね」
「というより、会えるかどうか…」
「相当 シャイなんですか? その子」
「その逆だ」
「え?」
「相当 荒っぽくって、凶暴だ!」
「え? 『箱入り娘』なんじゃ?」
「こないだも二、三人ぶん殴って『ブタ箱入り』してんだ。今日あたり、出てこれたはずなんだが」
「そ、そ、そっちの箱入り~~~~~~~っ?!」
〈ion〉

赤い糸
5.「赤い糸」
さっきから、店の前の歩道を行ったり来たりしているイケメンの男。
喫茶店の窓辺でコーヒーをすすってくつろいでいたあたしは、見覚えある気がして、その顔を見る。
男もあたしに気付いた様子で、目を大きく見開き、窓の向こうからなにやら言った。
すぐに男は店の入口に向かう。 店に入ってくるつもりだ。
「カラン、カラン」
入口のカウベルが鳴って、彼が飛び込んでくる。
あたしの脇に来て、男が言った。
「こまるな、先生! 『急用』とか言って手術抜け出して、こんな所でお茶してるなんて!」
「あっ! ごめん、ごめん、あたし、手術中だって、すっかり忘れてた」
「ひどいですよ! 患者をほったらかして!」
「でも、どうしてここって分かったの?」
「そりゃ、分かりますよ。 先生とボクは赤い糸で結ばれてるんだから」
彼が自分の腹を見せた。 縫合しかけた傷口からは、血がにじみ出ている。
血は、縫いかけの傷から延びた糸を赤く染めて伝い、彼の足下の床に流れている。
あたしは、延びた糸の先を目で追う。
「ホラね!」
赤い糸の先は、あたしの手の中の針につながっていた。
〈ion〉

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