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(3)
 その翌日が凄かった。
 まだ水位は高いが、昨日水没していた足場の護岸は水面に顔を出している。流れは速いが、濁流からは回復した。泥濁りも、ささ濁りの状態に落ち付いている。入門書で得た知識に照らし合わせれば、いずれも好条件である。夕マズメの時間帯には、まだ少し間があった。
 河川敷に下りた祐希を出迎えたのは派手なライズだった。跳ねた魚は割と大きい。シーバスかもしれない。はやる気持ちを抑えつつタックルをセットし、第一投。気持が先走りすぎたか、ラインを離すタイミングがわずかに早く、フライ気味になった。水に落ちたルアーはすぐさま下流へ向かう。やはり流れは速い。リールを二、三回巻いたところでルアーが水を掴んで泳ぎ出す。直後、ロッドを持つ手に衝撃。
「エッ?」
 祐希が戸惑った一瞬のうちに、水面を割ってシーバスがエラ洗いし、流れに乗って下流へ走る。予想外のスピード。ロッドは下流方向へのされた―――と思う間もなく重量感を失い、竿先が反動で上流側へ跳ねる。それでも遮二無二(/しゃにむに)リールを巻くと、ルアーだけが返ってきた。
「油断した・・・・・・まさか一投目で食ってくるなんて・・・・・・数少ないチャンスを逃した・・・・・・」
 魚がルアーにアタックした感触を察知したらロッドをあおって針掛かりさせる「合わせ」を入れなければならない。何度も脳内シュミレーションを繰り返して分かっていたはずなのに、また何もできなかった。焦れながらルアーを投げる。着水。無意識にリールを巻く手が速くなる。ルアーが水を掴んで泳ぎ出す、プルプルと小気味いい感触を捉えたと思う間もなく、再びひったくるような手ごたえ。
「えっ、連発?」予想外ではあったが、さきほどのバラシで神経は研ぎ澄まされている。「そ、そうだ・・・・・・合わせ!」
 反射的にロッドをあおる。とたんに重量感が消え、ルアーだけが宙を舞って水際に落ちる。
「ああっ・・・・・・またバレた!」
「いまみたいなのを『ビックリ合わせ』って言うんだ」
 背後で声がした。タックルをセットした櫂がたたずんでいる。その横で西山がさも愉快そうに笑う。
「このヘタクソ! そんな急激に力を加えたらスッポ抜けるか、口の皮が切れるかするのがオチだ。もっとバット―――つまりロットの中央からややグリップ寄りの部分に魚の重みをのせるように、確実に長いストロークで竿をあおるんだよ」
「そんなこと、わかってるよ」言い返しながらも祐希は西山の言葉を頭と体に叩きこむ。
 櫂と西山はそれぞれ10メートルほどの距離を取って祐希の上流側へ立ち、キャストを始める。
「珍しく活性が高いようだな」
「久しぶりに楽しませてもらうか」
 二人の会話に、祐希は首を傾げた。確か昨日は釣具店『マスヤマ』で、新作ルアーをやるのやらないので大喧嘩していたはずだ。いつ和解したのだろう。
(いや、今はそんなこと考えてる場合じゃない)
 気を取り直し、キャストを再開した。焦りは隠せない。このポイントには確実に活性の高いシーバスが群れている。独り占めできるものとほくそ笑んでいたところに、強力なライバルが二人一緒に現れた。先を越されてなるものか―――そう考えたそばから、西山がロッドを曲げた。
「ヨッシャ、一発だぜ!」
「ずるい! それ僕の魚・・・・・・」
 思わず本音の漏れた祐希の手元に衝撃が走る。三度目のバイト。胸は懲りずに跳ね上がるも、頭は少し慣れたようだ。素早くリールを巻き、ロッドに魚の重みを乗せ、全身でのけぞって合わせを入れる。今度は確実にフッキングした。魚は流れに乗って走る、走る。リールのドラグはあらかじめ調節してある。過度な負荷がかかる前にラインが滑り出る。切られる心配はない。祐希はロッドを立て、シーバスの走りに耐え、踏ん張る。魚は疾走から跳躍(/ちょうやく)に作戦を変え、水面を蹴散らして暴れ始めた。二度、三度とシーバス特有のエラ洗いを繰り返すうちにルアーが弾き飛ばされ、竿先がテンションを失って空に向いた。
「・・・・・・また、バレた!」
 目の前の状況が信じられなかった。いくら針を外すのが上手な魚とはいえ、三回も連続でバラした己の不甲斐(/ふがい)なさにロッドを振ることも忘れて放心した。気付けば隣では櫂がヒットさせていた。竿を寝かせ、魚の跳躍を抑え込むファイトを目にし、自分がロッドを立てすぎていたことにいまさらながら気付く。なんとか立ち直って数投後、本日四回目のヒット。合わせも決まり、ロッドを寝かせてエラ洗いを抑えるやりとりにかろうじて成功し、初めてシーバスを足元まで寄せた。後はフィッシュグリップで下顎を掴むだけだ。魚を見据えたままヒップバッグを探るが、気持が上ずってなかなか見つからない。ようやく手に取ったはいいが、不規則に暴れる魚の下顎を道具を使って掴むのは想像以上に難しかった。何度か空振りを繰り返すうち、シーバスは最後の力を振り絞って派手に首を振り、その拍子にフックは外れた。自由を取り戻した獲物がスローモーションで流れに帰っていく様を、祐希は術もなく見送るしかなかった。力が抜け、護岸に尻もちをつく。
「どうしてバレるんだ!」思わず弱音がもれた。
「おいおい、2匹や3匹バラしたからって腐るなよ。まだまだ魚はいるぜ」そう言っている間にも西山が再びヒットさせ、ロッドを曲げた。
「西山の言う通りだ。こんなに大きな、しかも活性の高いシーバスの群れに出くわすのは年に一度あるかないかだ。座り込んでいる暇はないぞ」普段冷静な櫂さえ僅かながら興奮して見える。
 確かに滅多にない数釣りのチャンスなのだろう。でも、そんなとき自分は何もできない。この先、何度シーバスがヒットしても途中で逃げられてしまう気がしてならない。魚を手にする自分がイメージができない。あまりにも未熟(/みじゅく)で情けなくて、泣きたくなった。だが泣いてしまったら、恥ずかしくて二度とこの川辺に立てない。対岸の浅瀬で、シラサギが見せつけるように小魚をついばむ。
 涙を流す代わりに、立ち上がってロッドを振った。
 本当にシーバスの活性は高い。心の折れかけた祐希でも間もなくヒットに恵まれた。反射的に合わせを入れながら、祐希の頭がフル回転を始めた―――ロッドとラインの角度は90度。魚が走ったら強引に寄せようとしない。でも絶対テンションを緩めてはならない。ジャンプしたらロッドを倒して魚を抑え込む―――ファイトにおける注意点を完璧に確認しかけて、やめた。
 試しに何もしなかったらどうなるのだろう。
 馬鹿なことと思いつつ、リールを巻く手を止め、掛かった魚を水中で放置し、観察する。バラし続けた照れ隠しと開き直りだった。意外にも寄せる動作を中断すると、それまで必死に暴れ続けたシーバスの動きも(/しず)まった。ラインのテンションを保持しているためか時折戸惑うようにもがく程度だ。だましだましリールを巻くと暴れずにじわじわ寄ってくる。強引に寄せようとすれば激しく抵抗するが、弱い負荷でやりとりすればさほど抵抗しない。だが、あと2メートルという距離で急に、全力を振り絞って暴れ出し、見事にフックを外して逃げ去った。
(なるほど、寄せるまでにある程度暴れさせて体力を消耗させたほうがランディングしやすいな)
 小さくうなずいて、すかさず次のキャスト。バラしても不思議と悔しくない。自分自身の思考錯誤によって得るものがあったからだろうか。そう思う間もなく、またヒット。今度は強引に寄せてみた。その力を利用してシーバスはジャンプした。もっと強引に寄せると、ジャンプした勢いで水面を滑り、急速に寄ってきた。障害物のあるポイントでは、こんなファイトも必要かもしれない。調子に乗ってさらに強引に寄せたら、さすがにバレた。
(このへんが強引さの限界なワケだ)
 次のキャスト。今度はヒットしても、あえて合わせを入れなかった。シーバスは走って、もがいて、また走って、ジャンプして、針が外れた。つまり、合わせは最初のジャンプまでに入れればいい。時間的には2、3秒としても、体感的にはかなり余裕がある。つまり焦る必要はない。
「気持ち悪ぃーなー、このクソガキ! バラしまくっといて、なにヘラヘラしてんだ?」
 西山に言われて、祐希ははじめて自分が笑っていることに気付いた。
「なんか、嬉しくなっちゃってさ。いまになってやっと、自分が何をしたらいいのかが分かったんだ」
「分かったって、何が?」
 櫂が首を傾げた。うなずいて祐希が胸を張る。
「バラせばいいんだ。ヒットしたシーバスをバラしてバラしてバラしまくる。そうすれば、どんな状況でバラしたか、どんな行動が原因で魚を逃がしたかが身にしみてわかる。そんなバラシの条件を一つひとつ避けていけば、いつか必ず、ヒットしたシーバスをランディングに持ち込めるはずだから」
 馬鹿げた戦略だと、自分でも思う。滅多にない数釣りのチャンスをドブに捨てるのだ。だが、数はどうでもいいと祐希は気付いた。100匹の平均サイズより、狙いはたった1匹の超大物だ。祖父が自慢した、1メートル20センチのシーバスだ。
 櫂も西山も、黙ってた。反論はなかった。ならば正解なのだ。そう自分に言い聞かせ、川に問いかけるように、祐希はルアーを投げ続ける。多くの魚に逃げられた。だが得たものも少なくはなかった。
「なあ櫂、急に反応が鈍くなってないか? ベイトをあらかた食いつくしてシーバスの宴会もお開きかね」
「それに、ずいぶんと釣っては逃がしを繰り返したから、さすがにスレが進行したのかもな」
 キャストする手を休めて、西山と櫂は煙草に火を点け、うまそうに煙を吹いた。「スレ」とは魚の警戒心を意味する。この1時間で、二人はそれぞれ10匹ほどもシーバスを釣った。いずれも50センチ級の中型だ。同じぐらい祐希もバラした。シーバスが警戒しても不思議ではない。陽は暮れかけて夕マズメのいい時間だが、ひと足早く魚の食いは止まってしまったらしい。視界の隅で何かが動く。カワウのようだ。やや上流の水面に、黒いクエスチョンマークのような頭部を漂わせ、潜っては浮く動作を繰り返している。
(結局、今日も釣れなかった)溜め息が漏れたものの、不思議と悔しさは感じない。
「違う、ベイトはいなくなったんじゃない。沈んだだけだ」
 不意に櫂の声が飛んだ。祐希が振り返って問いかける。
「なぜ、そんなことが?」
「さっきまでは浅瀬で、泳げないサギが小魚をついばんでいた。だが今は遊泳力に優れたカワウが潜って小魚を追っている」櫂が浅瀬と流芯を交互に指差す。「ヒットが遠のいたのはベイトが沈み、それに合わせてシーバスのレンジも深くなったためだ」
 確かに、今までヒットが集中していたのは水深30センチほどの浅い泳層だった。すでに浅瀬からシラサギは消えている。すかさず祐希は水に浮くフローティングミノーから沈むシンキングミノーへルアーチェンジした。すかさず櫂のアドバイスが飛ぶ。
「カワウが泳ぎ回ればベイトは警戒して身を隠す。やがてシーバスも捕食行動を中止する。チャンスは短いぞ祐希、集中しろ」
 祐希が無言でうなずき、流芯の向こう、やや上流にキャストする。流れに乗せてルアーが沈むのを待つ。自然に笑いがこみ上げた。
「水中の魚を釣るのに空飛ぶ鳥の動きを読むなんて―――どこまで奥が深いんだ、ルアーフィッシィング!」
 リールを巻き始めるとすぐ、ロッドが違和感を伝えた。ひったくられる感触ではなく、力強い腕で瞬間的に押さえられたような感触だった。無意識にロッドをあおって合わせの動作をとる。一瞬、根掛かりと思うほどの重量感。すぐに魚が首を振ってもがく動きが伝わってきたが、いままでのシーバスとはどこか暴れ方の質が違う。どう違うかを考える間もなく魚が水面を割った。
「おいおい、でかくね? ナナジュー近くあんじゃねーの」西山が羨ましげに声を張り上げた。
「平均サイズの活性が一段落した後に、群れの最大サイズがヒットするのはよくあるパターンだ」櫂も感心して歩み寄る。「祐希、落ち着いてやりとりすれば捕れるぞ。バラしの一番の原因はシーバスの首振りだ。50センチ前後の個体はスピード、パワー共にバランスがとれている。そのため首振りが素早く複雑で、ロッドの弾力が追いつかず、テンションが抜けて針が外れる。だがサイズが増すほど首の振り幅は大きくなるが、その分スピードは落ちるからロッドの弾力も有効に作用し、ランディングの確率が高まる」
「ありがと。でも意外と落ち着いてるんだ」祐希が櫂にうなずいて見せた。「それに、たとえバラしても惜しくないよ。ナナジューでもハチジューでも、目標の1メートル20センチには程遠い(/ほどとお)いサイズだから」
 視界の隅で、櫂と西山が顔を見合わせて呆れた。祐希は早速、バラシの連発で学んだ技を実行に移す―――ランディングで手こずらないよう、なるべく沖で魚を暴れさせ、体力を奪う戦法―――ドラグ設定が比較的弱いまま、緩いテンションでプレッシャーをかけ、シーバスが抵抗したら好きに走らせる。やがて走り疲れたらリールを巻いて距離を詰める。それがまた緩いテンションとなり、シーバスが走る。走り疲れたらリールを巻いて―――その繰り返しで、騙し騙し距離を詰め、魚を寄せた。人影を見て暴れはしたが、口に掛かったルアーを弾き飛ばす勢いはなかった。足元まで寄ったシーバスに、祐希はフィッシュグリップを持った手を差し出した。最後のひと暴れをしようとエラを広げれば、自然に口も開く。その下顎をタイミングよくフィッシュグリップが捕えた。運がよかった。魚は祐希の手中に収まった。
(/)ったー、初めてランディングに成功だ!」
 バラしてもいいと覚悟してはいたが、実際に魚を手にすると祐希は辺りかまわず声を張り上げた。間近に見るシーバスは魚というより、むしろ動物に近い存在感があった。持ち上げると両腕に予想外の重さが伝わり、よろけそうになる。
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(4)
 初めてシーバスを釣り上げた記念に写真を撮ることにした。まずは魚にメジャーをあてた大きさの証明写真。祐希の初シーバスは全長68センチだった。
「見事だったな」携帯電話で画像を撮影する祐希の背後から、櫂が声をかけた。
「でも、目指す1メートル20センチは、これより50センチ以上も大きい・・・・・・まだまだ道は遠いって感じ・・・・・・」
 感慨(/かんがい)深げに言う祐希の頭を、西山が笑いながら平手で叩いた。
「贅沢言うな、このクソガキ! 初めてのシーバスとしては、ましてや小学生がルアーで釣ったとあれば、大威張(/いば)りしていいサイズなんだぜ」
「俺が見事と言ったのはサイズのことじゃないさ」櫂も苦笑して言う。「何度も言うが、シーバスは本当にバラシやすい魚だ。最初は誰でもバラシの連続で苦悩する。バラすたびに悔しさを噛み締めながら自分の落ち度を見極め、次のファイトでの注意点をシュミレーションし、実践(/じっせん)する。その過程を何度も繰り返すことで徐々にミスを減らし、魚とのやりとりを覚えていくんだ。これには早くても数カ月、下手をすると数年かかる。それをお前は、たったの1時間ほどでクリアしてしまったんだよ。活性の高い大きな群れに遭遇するという幸運があったとはいえ、見事だった」
 櫂の称賛に祐希はうなずいた。無事ランディングに成功して思わず歓声をあげたのは、魚を手にしたからではない。自分の頭でものを考え、バラし(/ぐせ)を克服したことが誇らしかったのだと、いまさらながらに気付いた。
「おい祐希、せっかくだからブツ持ち写真も撮ってやるよ」西山が言って祐希の手から携帯電話を取った。
 ブツ持ち写真とは、釣り人が獲物を両手に掲げた雄姿を撮影することだ。ここで西山が小技のアドバイスをくれた。
「ブツ持ち写真を撮るときはな、魚を持った両手をカメラに突き出すんだ。すると遠近法によって人物に対し、魚が巨大に写る。このさい、対比によって正確な大きさを悟られないように、魚を持つ手はなるべく写らないように工夫するのがコツだ」
 あれこれとポーズに注文を付けられながら何枚か撮影する。画面で確認すると、なるほど、祐希が超大物を仕留めたように写っている。釣り雑誌の「大物自慢コーナー」で見る写真と同じだ。
「でも、これって捏造(/ねつぞう)だよね」
「バカ言え、演出ってやつさ」
 下顎を掴むとシーバスの細かく鋭い歯が皮膚に食い込んだ。長い牙でははないため痛みは少ないが、それでも撮影を済ませて確認すると親指の付け根がささくれている。痛みも傷も、勲章(/くんしょう)のように誇らしかった。
「さて、一番大切なことを教えるぞ。リリースの方法だ。祐希、貸してみろ」
 櫂の差し出した手に、祐希がシーバスを渡した。櫂は下顎を持ったまま魚を水に入れ、前後に揺する動作を始める。
「魚は口を開けるとエラも開く。その状態で前後に動かし、エラへ強制的に新鮮な水を通し、酸素を補給してやる」
「酸素の補給って・・・・・・まるで人工呼吸だね」
「その通り。釣りあげられるまでに魚は、逃れようと体力の限界まで抵抗する。急激に激しい運動をした後と同様に酸欠状態に(/おちい)っている。大物ほどダメージが顕著(/けんちょ)で、人工呼吸で体力を回復させないと水に戻しても死んでしまう。だから自力で泳ぎだすまで、この動作を続けるんだ。やってみろ」
 祐希が水の中でシーバスを受け取り、川辺にしゃがんで櫂の動作を真似た。1分ほど続け、ためしに手を離すと腹を上に向けて水面に横たわった。背後から櫂の声が飛ぶ。
「まだだ。ファイトよりはるかに長い時間を必要とすることもあるが、諦めずに続けろ。それと、常に魚の腹を下にしていないと平衡感覚を失って回復が遅れるから気を付けろ」
 さらに3分、蘇生(/そせい)を続けた。まだ泳ぎだす気配はない。腕がだるくなってきた。腰もつりそうだ。そして、かれこれ10分が経過したが、手を離せばシーバスは回復するどころか弱々しくエラを動かして腹を上に向ける始末だ。祐希は泣きそうな顔で背後を振り返る。
「櫂さーん、どーしよー・・・・・・ぜんぜん元気にならないんだけど」
「仕方ないな。かしてみろ」
 祐希の隣にしゃがみこんだ櫂は、シーバスを受け取るともう一方の手でショルダーポーチを探った。取り出したのはアウトドアナイフ。何をする気かと問う間もなく、シーバスのエラを深々と突き刺した。痙攣する魚体から溢れた血が、流れに鮮やかな尾を引く。
「何するの! せっかくリリースしようと人工呼吸したのに・・・・・・」
「残念だが、このシーバスは助からない。サイズを測ったり写真を撮ったり、水から上げていじりすぎたな。どうせ死ぬならひと思いに殺したほうが無駄に苦しませずにすむ。こうやって血抜きしておけば鮮度(/せんど)を保てて味も落ちない」
「味って・・・・・・食べるの?」
 首を傾げる祐希に、西山が答える。
「俺たちは食うために魚を釣ってるわけじゃない。基本的に釣ったシーバスはリリースする。だが時折、掛かりどころが悪くて不本意ながら死なせてしまうこともある。そんなときは、持ち帰って食べるんだ。なあ、櫂」
「そうだ。食ってやるのが供養とまでは言わないが、食わなきゃこのシーバスは無駄死にになってしまう」
 食材と化したシーバスを下げた櫂に続き、西山と祐希が暮れた河川敷を戻って行った。


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(5)
 土間を抜けて、瓜生家母屋の奥へ進んだ。
 玄関に近い居間では、居候のサダ老人が一枚板の座卓に食器を並べていた。間もなく夕食のようだ。奥の土間は左手の小上がりが板張りの台所となっており、櫂の妹の唯がエプロン姿で煮炊きしていた。
「おかえりなさいお兄ちゃん。もうすぐ晩御飯できるから、祐希君も西山さんも食べてって」振り向くと、櫂が手に下げたシーバスに目を止め歓声をあげる。「あら珍しい。今日はお土産があるの」
「このクソガキがしくじったおかげでね」西山が憎まれ口を叩く。
「こんな『しくじり』なら毎日でも歓迎よ。ありがとう祐希君。夕食のメニューが一品増えて大助かり。お兄ちゃんも西山さんも少しは見習いなさい。いっつも釣った魚逃がしちゃって。魚釣りしてる意味がないじゃない」
 小言を言われて二人の青年は沈黙した。西山は台所へ上がると冷蔵庫から勝手に缶ビールを取り出し、暖簾(/のれん)をくぐって居間へ移動する。入れ違いにサダ老人がわめきながら台所へ駆け込み、冷蔵庫を開けた。
「ズルイなー、ビールの抜け駆けはズルイなー」
 奥の土間は右手に部屋ひとつ分ほどの空間が広がる。一方の壁際は貯蔵スペースのようで、漬物や味噌の樽、食用油や醤油の一斗缶などが、天井に下がる裸電球に照らされていた。もう一方の壁際は、いまは使われていない(/かまど)と隣り合わせに、古い石造りの流し台が設置してある。奥は裏口に通じており、開け放った戸口から、飼い犬のカステラが何か面白いことでも始まらぬかと覗き込んでいた。
「魚をさばいたこと、ないだろ? 三枚おろしの手順を教えてやる」
 櫂はシーバスを石の流し台に横たえた。普段は泥のついた野菜などを洗う場所だろう。年季の入った俎板(/まないた)と包丁もある。
折角(/せっかく)ですけど、僕は居間で食器を並べる手伝いをしようかと・・・・・・」言って祐希は後ずさる。
「・・・・・・魚の解体が、怖いのか?」
「ごめんなさい・・・・・・内臓とかグロいの無理です」
 1学期の理科で、フナの解剖実習があった。と言っても、執刀(/しっとう)したのは担任の涼香先生で、生徒たちは周囲を取り囲んで見学しながら説明を聴くだけだった。正確には大半の女子と一部の男子は見学するフリをしてスプラッターな実習から目を背けていた。祐希もその一派だ。直視せずとも、同じ教室で生きた魚が切り刻まれているのかと思うと頭がクラクラして、危うく貧血で倒れるところだった。立っていられたのは憧れの女子、文倉真衣が同じ教室にいたから。理由ただそれだけだ。
「お前が死なせたシーバスだ。本来なら自分の手で調理するのがスジだが、包丁を持ったこともない子供に任せても食材を無駄にするだけだ。せめて生き物がどのように食べ物になるか、目を背けずシッカリ見ていろ」
 涙目の祐希に命じる櫂は、どこか楽しげだ。「試練(/しれん)」の気配を察知したか、居間から缶ビール片手の西山とサダ老人が見物に来た。カステラが尻尾を振りながら土間へ入って来る。櫂は水道の水を流しながら包丁で魚体を逆撫でし、(/うろこ)を取る。次いで胸鰭(/むなびれ)の付け根からエラに沿って包丁を入れ、器用に頭を落とした。黒く変色して固まった血糊(/ちのり)が俎板でうごめき、祐希が吐き気を覚える。さらに包丁は肛門から腹を縦に裂き、内臓をかき出す。
(・・・・・・もう限界)
 祐希の意識が急激に薄れていく。倒れるかもしれない。ここに真衣はいない。立ち続ける理由はない。
「おっ、シーバスが捕食してたベイトはボラの稚魚か。少し前まではモロコだったのに。さすがにもう夏だな」
 西山の声に、遠くなりかけた意識が少し戻った。
「シーバスのベイト・・・・・・どうしてそんなことが?」
 恐る恐る俎板に目を向ける。不定形にうねる内臓の間に、数匹の小魚が見えた。大きさは10センチもないだろう。
「魚をさばいているとな、消化器官から捕食したエサが未消化の状態で出てくることも多い」包丁を操る手を止めて、櫂が振り向く。「今日釣れたシーバスがどんな生物を捕食していたかがよくわかるだろ。これはルアーのサイズやカラーを選ぶさいに参考になる貴重な情報だ。釣った魚を料理すると、こんなオマケも付いてくる」
「ちょっと見せて」祐希が一歩進み出て、流し台を覗き込んだ。「なるほど、小魚の体表がくすんで見えるのは胃液で消化されかけているのか」
 消化管と見られる内臓はまだ(/ふく)らみをもっていた。勇気を振り絞り、指でつついてみる。弾力のある内臓の切断面から、15センチほどもある魚が押し出された。
「ハス? いやオイカワか。でかいな」西山が呟く。「ルアーで釣れるシーバスは、何でも捕食するゼネラリストだ。他にも色々と食ってるかもしれねーぞ」
 他にどんなベイトを捕食しているのか―――考えたら、自然に手が動いていた。祐希はためらいなく内臓を掴むと、残り少ない歯磨きのチューブのように消化器官を指でしごいた。かなりグロテスクな行為だが、好奇心で感覚が麻痺している。数匹の生物が俎板に落ちる。消化が進んでいるらしく、原形をとどめていない。種を特定しようと目を凝らす祐希に、櫂が解答を与えた。
「多分テナガエビだな。それからヌマチチブ、淡水産のハゼだ」
「そうか、言われてみればそんなシルエットだ。ルアーって小魚を模したキラキラ輝くカラーが多いけど、テナガエビを食べるなら透明系のルアー、ハゼを食べるなら黒や茶系のカラーも必要になるってことだよね」興奮気味に、祐希は解体途中のシーバスをいじり続ける。
「いい加減にしろ! 櫂が調理できねーだろ。魚の鮮度が下がったらせっかくの刺身が台無しになるぜ」
「そうだ。ちょっとどいてろ。内臓とかグロいの無理なんじゃなかったのか?」
 しきりに感心する祐希が、西山と櫂に押しのけられた。
 夕食のメニューはカニ玉と冬瓜のスープだった。祐希の釣ったシーバスは半身が洗いとなり、もう半身はソテーとなった。辛子酢味噌で食べる洗いはビールから冷酒に切り替えた櫂と西山、そしてサダ老人が瞬く間に消費した。祐希はニンニクとバジルを効かせたオリーブオイルのソテーがお気に入りだった。柔らかく、淡白で、ジューシーで、ご飯とともにいくらでも食べられそうだ。
「ところで西山、命じた調査は進んでるのか?」
 酔ったのか機嫌がいいのか、普段冷静な櫂が珍しく声を弾ませる。一方、西山は気まずそうに眼を逸らした。ルアーの製作を急かす西山と、のんびり釣りに明け暮れたい櫂と、二人の立場が逆転したようで微笑ましかった。
「ウチの若い者・・・・・・じゃなくて社員に調べさせてる。もう少し待て」苦そうにグラスを干し、西山が吐き捨てる。「その代わり、お前もきっちり新作ルアーを形にしろよ。それが交換条件だ」
 どうやら櫂は新作ルアーの製作を請け負う代わりに、西山に頼みごとをしたらしい。それが何か気にはなったが、祐希の頭は、初めて釣ったシーバスのヒットからランディングまでのシーンを、繰り返し再生することで忙しかった。

 その夜、伯父夫婦の家に帰ると祐希はメールを三件送信し、近況報告をした。
 二件は久と良司に。
 祖父の思い出話を発端とする意見の食い違いから、クラス中に「嘘つき」呼ばわりされる事態に発展し、彼らとの関係が気まずくなってしまった。まだ気を悪くしているかもしれないと躊躇したが、思い切ってメッセージを送った。自慢でもなく非難でもなく、釣りを趣味にする友人に対し、純粋に釣果を報告した。もちろん初めて釣りあげたシーバスの画像も添付して。
 もう一件は真衣に。
 わたしは信じてるよ。祐希君の話―――彼女の言葉に背中を押されなければ祐希はいま、ここにいない。あの一言がなければ櫂にも出会えなかったし、ルアーでシーバスを狙うスリリングなゲームフィッシィングも知らないままだった。創意工夫して問題を克服し、最初の1匹を手にした瞬間の、魚体にみなぎる躍動と輝きが乗り移ったような興奮は味わえなかった。せめて「ありがとう」を伝えたかった。戸惑いも羞恥心(/しゅうちしん)もなかった。いつかの晩は数十キロにも感じた指と送信ボタンの距離が、今夜はゼロになった。
 真衣の一言が旅立つ祐希の背中を押したように、今日手にした68センチのシーバスが親指に乗り移って送信ボタンを押した。
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第5章 再会、やがて離別

(1)
 初めてシーバスを手にしてから三日が過ぎた。
 祐希は毎日夕暮れが近づくと川辺に立ったが、あの日のようなシーバスの「大宴会」にはお目にかかれなかった。それでも三日間で60センチ前後の平均サイズを4匹キャッチしていた。ヒットは合計6回あったが、2匹バラしてしまった。バラシ癖を克服したとはいえ掛けた魚を全て取り込めるわけではなく、一定の確率で逃げられるのは仕方のないことらしい。櫂や西山のようなベテランでも、ヒットしたシーバスの一割か二割はバラしてしまうという。だから「4勝2敗」は受け入れるべき数字なのだろう。ランディングの数を重ねるたび、下顎を掴む親指にはシーバスの歯形が増ていく。使い込まれたルアーのように傷が残る自分の指を、日に何度か、うっとりと見惚れるのが習慣になっていた。
「そう言えば、西山さんは?」祐希は隣でルアーを投げる櫂に問いかけた。
 この三日間、櫂は祐希ほど熱心ではないが、毎日川の様子を見に来ていた。だが西山は、祐希が初めてシーバスを手にした夜、瓜生家で夕食を共にして以来、顔を見ていなかった。
「俺が頼んだ仕事を、珍しく真面目にこなしてるんだろ」
「その代わり、櫂さんも新作ルアーを作らなきゃいけないんでしょ。釣りなんてしてていいの?」
「アイデアは仕事場で唸っていれば出るというものではない。実際にルアーを使う現場に出向き、釣りをしながらもイマジネーションの網を広げてヒントを収集しているんだ」
 なるほど、クリエイティブな仕事とはそういうものか―――と思う反面、サボっている言い訳にも聞こえる。疑わしそうな視線を向けていると、手元に小気味いい衝撃が伝わった。
「ヒット」よそ見していた割に、合わせが反射的に決まった。
 先日さんざんバラした開き直りか、ここ三日で数匹キャッチした余裕か、暴れる魚をロッドワークで誘導し、落ち着いて足元まで寄せた。50センチ台の中型だ。暴れる魚の下顎をフィッシュグリップで掴むランディングも無事に成功し、シーバスを手にできた。何を隠そうこの三日間、祐希は夜毎(/よごと)、玄関の明かりに誘われて飛び交う(/)をフィッシュグリップで掴むという時代劇もビックリな特訓をしていたのである。弱らせないように気を付けて、なるべく魚を水から出さずにサイズを測り、写真を撮った。水の中でシーバスを前後に動かし、エラに新鮮な水を通す人工呼吸をほどこしながら、祐希は横目で櫂をうかがう。
「ひょっとして唯さん、今日もお土産を期待してるんじゃないかな? これ、食べごろのシーバスだと思うんだけど」
「お前が仕留めたシーバスだ。逃がすなり食うなり好きにすればいいさ」櫂が苦笑して、ショルダーポーチからナイフを取り出した。「ただし、今後は魚の息の根を止め、解体し、料理するまで全部自分の手でやるんだ」
「冗談だよ・・・・・・言ってみただけ・・・・・・」
 さばき方は教わったが、釣った魚を自分で切り刻むには抵抗があった。まして料理などしたことはない。肩をすくめてシーバスを放すと、元気よく流れに帰って行った。
「お前、土産にかこつけて、釣れたシーバスが何を捕食していたか確かめたいだけなんだろう?」
「そんなことないよ」図星をつかれ、思わずむきになった。「僕は最初から、自然保護のためにキャッチ&リリースするつもりだった」
「なんでキャッチ&リリースが自然保護になるんだ?」
 怪訝そうに眉をしかめる櫂に、祐希が戸惑う。
「えっ、みんな自然保護目的でキャッチ&リリースするんじゃないの?」
「スポーツフィッシングだ、キャッチ&リリースだと気取ってみても、しょせん釣りは魚を傷つける遊びに変わりはない。自然保護がしたければ釣りなどしないほうがいい」
「じゃあ、釣った魚を逃がすことにどんな意味があるの?」
「祐希、スペシャリストとゼネラリストの話、覚えているか?」
 祐希はうなずいた。群れを構成する大半の個体は、最適化に成功した―――つまり一番数の多いエサを選択的に捕食するが、そのエサが環境の変化などでいなくなってしまった場合に備え、二、三割の個体は様々なエサをリサーチし、捕食する。
「ではここでクイズだ。このポイントに10匹のシーバスの群れがいる。俺が1匹釣って食べてしまった。その後、お前は最大で何匹のシーバスを釣る可能性が残されている?」釣りの手を休め、櫂が祐希に問いかける。
「簡単だよ。10匹のうち1匹がいなくなったんだから、残りは9匹・・・・・・いや、違う。ルアーで釣れる魚は何でも食べる二割か三割のゼネラリスト。だとすれば、あと釣れるのは1匹か2匹?」
「正解だ。ゼネラリストが群れの二割と仮定した場合、ルアーフィッシィングにおいて1匹を逃がすか逃がさないかは、釣れる可能性のある魚、五割の存在を左右する。この数字は、決して少なくはない」
「なるほど。だから餌釣りよりもルアーフィッシィングでキャッチ&リリースが盛んなんだ」
「たとえ餌釣りだって、目の前のポイントから魚が減るよりも減らないほうがいいに決まっている。要するにキャッチ&リリースという行為は、魚が釣れる確率を僅かでも上げたいという釣り人のエゴと言っても過言ではない」言い切って、櫂がルアーを投げた。
 そろそろ夕マズメ。迷惑なほど張り切った夏の陽も帰り支度を始める、いい時間だ。川を渡る風も涼しくなった気がする。間もなく、今度は櫂のロッドが曲がった。ヒットしたのは先ほど祐希が仕留めた獲物よりやや大きなシーバス。危なげないやりとりで足元まで寄せ、フィッシュグリップで下顎を確保。ロングノーズのペンチで針を外し、逃がす。ヒットからリリースまで流れるように無駄のない動作は魚のダメージも軽く、人工呼吸の必要すらない。
「もったいないよ」魚を水に戻した櫂の背中に祐希が呟いた。「櫂さん、せっかく釣った魚なのに、どうしてサイズも測らず写真も撮らないの?」
「そんなことをして、何の意味がある?」
 問われて祐希は言葉に詰まった。確かに櫂の言う通り、意味などないのかもしれない。
 三日前の夜、初めて釣ったシーバスの写真をメールに添付し、久と良司、そして真衣に送った。まだ、誰からも返事はない。あれから着信の確認をするたびに落胆は累積(/るいせき)し、何をしていても心の底で不安がくすぶっていた。久と良司は、まだ怒っているのかもしれない。真衣にいたっては、祐希がこの地へ旅立つきっかけとなった一言を、口にしたことすら覚えていないのかもしれない。結局、ひとり勝手に舞上がり、突っ走っていたのかもしれない。行動の歯車が空回りする(/むな)しい音を、また聞いた気がした。
 祐希の沈黙に、突き放した物言いを気に病んだか、櫂が取り繕うように言葉を継ぐ。
「俺はな祐希、誰かに自慢するために魚を釣るわけじゃない。誰かと競うために魚を釣るわけでもない。だから、記録を残す必要なんてないんだ」
「どんな大物を釣っても?」
「魚の大きさは関係ない」
「でも、それって寂しくない? せっかく大物を釣り上げても、何も証明するものがないなんて、誰一人その事実を知らないなんて・・・・・・」
「寂しくはない・・・・・・たとえ誰も知らなくても・・・・・・お前だって、そのうちわかるさ」
 櫂は川の流れに目を向けると、穏やかにうなずいた。
 不意に、祐希のヒップバックで携帯電話が振動した。着信番号を確認し、目を疑う。かけたことはないが、暗記するほど目で追った番号が表示されている。
「真衣ちゃん?」半信半疑で電話に出た。「もしもし―――」
「あ、祐希君? メール届いたよ。ありがとう。返事が遅くなってごめんね。ちょっとバタバタしてて」聴き間違えるはずもなない真衣の声が耳に届いた。「ビックリしちゃった。自分の言ったことが正しいって証明するために、独りで親戚のおうちに旅立つなんて。祐希君が、こんなに行動的だったなんて、なんか意外」
 電話ごしの真衣の声は、どこか矢継ぎ早で、興奮しているようで、祐希の胸でくすぶっていた空回りの音をかき消した。メールの返信ではなく、直接電話で反応してくれたことに、初めてシーバスの姿を見た時と同様に胸が弾んだ。たとえ嘘でも自分を讃える言葉は、初めてシーバスをヒットさせた時と同様、思考が停止した。
「いやー、なんとなく、勢いって言うか、暇にまかせてって言うか・・・・・・」
 押され気味に返事をしながら、自分の乏しいボキャブラリーを呪った―――もう少し気の利いたことが言えないのか、と―――例えば「キミの言葉が僕の背中を押したんだ」ぐらいのこと言えよ、と。祐希の後悔など想像するはずもない真衣の言葉は続く。
「それと、見たよ、写真。すごく大きな魚だね。スズキっていう海の魚が、本当にこんなに海から遠く離れた川で釣れるんだね」
「いや、写真では巨大に見えるけど、実際にはそれほど大きくないんだ。あくまでも最初の1匹、スタートラインとしての記念写真さ。目標のメートル超えには、まだまだ遠いよ」
 魚のことになると、妙に冷静な返答が出た。頼もしいやら、頭悪いやらだ。真衣は、なぜかくすぐったそうに笑う。その声に、祐希はどこか違和感を覚える。
「なんか、ちょっと会わなかっただけなのに、祐希君、ずいぶん大人っぽくなったみたい」
「逆だよ。こんなことにムキになって、まるで子供だ」
「そんなことないよ。祐希君、とてもたくましくなった。後ろ姿が、別人みたい」
「後ろ姿って・・・・・・」
 メールに添付した画像は、祐希がシーバスを手にした姿を正面から写した写真1枚だけだ。「後ろ姿」の意味を量りかね、何気なくとなりの櫂に目をやれば、彼の視線は祐希の背後に向いている。さきほどから感じていた違和感の意味を理解した。いつからか真衣の声は、携帯電話以外からも聞こえている。
 恐る恐る、背後を振り返った。
「真衣ちゃん」
 遠い少女が、目の前にいた。風になびく芦の原を背に、リボンが印象的な白いフレアワンピースに傾いた夏の陽を映し、(/まぶ)しげに祐希を見つめている。
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(2)
「ウソ・・・・・・どうしてここに?」
 頭上へクエスチョンマークをちりばめて混乱する祐希に真衣は、説明に代えて後方を振り返る。視線を追うと、河川敷を隔てた堤防の上、櫂のジムニーに縦列して見慣れた黒塗りのセダンが停車している。オーナーの西山は腕を組んでフェンダーに寄りかかり、得意げに河原を見下ろしていた。と、後部座席のドアが開き、パーカーにスリムジーンズの女性が降り立つ。一瞬、誰かと思った。フォーマルなスーツか、あるいはジャージ上下しか見たことがなかったためだ。
「涼香先生・・・・・・」
 担任教師の篠田涼香は土手の斜面に敷かれた石段を下り、河川敷の護岸を小走りに駆け寄ると、いきなり祐希に向かって頭を下げた。
「ごめんなさい祐希君。おじい様の思い出話を勘違いだなんて決め付けたりして。図鑑に載っていた一般情報を鵜呑(/うの)みにして、それがすべてだと思い込んでいたなんて、教師として恥ずかしいわ」
 授業のたびに起立して頭を下げている相手から逆に頭を下げられてうろたえる祐希に、苦笑しながら真衣が説明した。
「祐希君からのメール、涼香先生に転送したのね。そしたら、現地まで出かけて謝ってくるって言うから、お願いして私も連れてきてもらったの」
 真衣と涼香先生の背後から、西山がくわえ煙草で歩み寄る姿が見えた。
「こらクソガキ。なんだ、その邪魔者を見るような目は? お前のお客さんを丁重にお連れしたんだ。もちっと感謝しろや」
 涼香先生は通勤に使っているコンパクトカーに真衣を乗せ、はるばるこの街まで運転してきた。まず向かったのは伯父夫婦の家だという。住所は祐希の両親に電話で確認したらしい。だが釣り三昧の祐希は当然留守で、行動を共にしているであろう櫂の住所を伯母に教えられた。さらに瓜生家へ(/おもむ)くがやはり不在で、折から新作ルアーの催促に来ていた西山が事情を知った。涼香のコンパクトカーは瓜生家に置いて、西山の車で釣り場へと案内したらしい。
「祐希君、あなたクラスのみんなから嘘つきって言われたんですって? 気付かなくてごめんなさいね。でも大丈夫。先生が責任をもって、おじい様の思い出話に嘘はないと、クラスメイト一人ひとりに説明します」
「きっとみんな信じてくれるよ。海から遠く離れた川でスズキが釣れるっていうことは、祐希君が自分の手で証明済みなんだから」
「真衣ちゃんの言う通りね。祐希君はよく頑張った。だからもう何も心配しなくていい・・・・・・」涼香先生は腰をかがめ、祐希の顔を覗き込んで言った。「いますぐ先生と一緒に帰りましょう」
「いますぐ・・・・・・帰る?」
 そんな話になるとは思わなかった。呆気にとられて声が出ない。涼香先生がここに来たのは、祐希に詫びるためだけではなく、連れ戻す目的もあったようだ。真衣もそこまでは読めていなかったらしく、微笑みを忘れて担任を見ている。
「でも先生、僕が狙ってるのはもっと巨大な獲物で・・・・・・まだ全然、目標を達成できてなくて・・・・・・だから帰るわけには・・・・・・」
「いまはそんなことしている場合じゃないの。祐希君、まだ進路を決めていないでしょう」涼香先生は噛んで含めるように言い聞かせた。「あなたの成績なら、頑張れば私立中学へ進学できると思うの。もちろん選ぶのは祐希君の意思だけど、公立中学へ進むにしても、この夏を遊んで過ごすのと勉強に身を入れるのとでは進学してから授業の理解度も違ってくる。いずれにしても目標が未定なのはよくない。すぐにでも御両親に相談すべきだわ」
 涼香先生の気持ちは分かる。できることなら私立に進学させたいのだ。祐希の住む小金井市は公立小学校の選択制を採用していない。だが今後導入の可能性がないとは言えず、少子化の時代に入学希望者を獲得するためには進学率を上げておいて損はない。小学6年のクラスを担任したどの教員が何人の教え子を私立中学に送り込んだのかを、父兄たちは常に観察している。そして父兄の関心は、学校内でのヒエラルキーにも影響する。もちろん、そんなことを口にする教師はいないが、小学生も高学年になればその程度のことは容易に想像がつく。
「相談と言われても・・・・・・」
 祐希の両親は、私立中学の受験を肯定も否定もしていない。「好きなようにしなさい」というのが基本姿勢だ。良く言えば理解があり、悪く言えば優柔不断である。私立も公立も、それぞれメリットとデメリットが、多分、ある―――ぐらいに考えている。受験だけではない。幼い頃から、文鳥かインコか、マウンテンバイクかクロスバイクか、カレーかハンバーグか、野球かサッカーか、重要な選択肢は子供の自主性に任せ、口出しやアドバイスはしなかった。そして、どんな最悪の結果になろうとも、後付けの文句や説教も一切しない。ただひたすら祐希とともに悩み、困るだけだ。役に立たないことこの上ないが、なぜかありがたいと感じることも多い。そんな両親に甘えて、進路の決定を先延ばしにしてきたことは事実だ。
 考え込む祐希を気の毒に思ったか、西山が沈黙を破って口を開いた。
「受験たって、まだ小学生じゃねーか。いまは好きなことやればいい。私立がダメだったら公立へ行けばいいだけの話だろ」
「無責任なことを言わないでください」素行の悪い生徒を叱りつけるように涼香先生が反論した。「私立と公立どちらを選ぶかは本人次第。だからこそ真剣に、慎重に検討しなければいけない問題なんです。持てる力を出しつくして挑戦すべき、代えの利かないハードルなんです。安易に公立を選び、後から私立へ行けばよかったと後悔しても遅いんです。あなた、いい加減なこと言って祐希君の将来に責任持てるんですか?」
「なんで俺がこんなクソガキの責任持たなきゃいけねーんだよ!」
 言いながら西山が祐希の頭をはたく。とんだとばっちりだ。しかめっ面で祐希を見下ろし、喧嘩腰の言葉を続ける。
「コイツと出会って、せいぜい1週間だ。だが俺には分かるんだよ。思い込みと勢いだけで行動したあげく空回りばかりしてるヤツだけどな、それでもコイツなりにテメエの頭でモノを考えることができる。テメエの不手際はテメエで始末をつけることができるんだよ。俺なんかが責任とるまでもねえ。なあ先生よ、自分の教え子を、そんな見くびんなよ」
 ちょっと泣きそうになった。西山がそんなふうに自分を見ているなんて想像もしていなかった。これには涼香先生の口調も和らいだ。
「ねえ祐希君、なにも先生は巨大な魚に挑戦することを諦めろと言ってるんじゃないの。いまじゃなきゃダメ? 中学に進学してからでは間に合わない? いまは自分の将来にとって、一番大事なことは何かを真剣に考える必要があると思うんだけど」
 確かに熟慮(/じゅくりょ)には欠けていた―――祐希自身、そう思う。進路のことはもちろん、1メートル20センチの巨大シーバスを狙うことに関してもだ。どうしたら釣れるのかは真剣に悩んできたが、行為自体の意味や重要性は考えていなかった。西山の言うように思い付きと勢いで空回りしていただけだ。
 祐希は櫂に向き直り、ロッドと腰から外したヒップバッグを差し出した。
「これ、ありがとうございました」
「それで、いいのか?」
「60センチそこそこのシーバスだって散々苦労して、やっとのことで釣りあげたのに、その倍近い大物を夏休み中に仕留めるなんて、いま思えば無謀な素人考えだった。それに、友達に嘘つき呼ばわりされたとか、お祖父ちゃんの思い出話を証明するとか、ちっぽけなことだと分かったんだ」
 櫂と出会って祐希はルアーフィッシィングの奥深さを知った。いや、釣りに対する概念が相転移(/そうてんい)したといっても過言ではない。環境規模で状況を把握し、対象魚の動向を推理し、自然科学の理論に裏付けられたテクニックと、先端技術の粋を集めたタックルでアプローチする。流れに身を潜める狡猾なプレデターとの駆け引きは、釣りというよりは、むしろハンティングに近い。一手先を読むことに成功し、まんまとルアーに食いつかせることに成功しても油断はできない。一瞬でも隙を見せれば相手は複雑なファイトを展開して鮮やかに口から針を外してみせる。ニュートン物理学のあらゆる応用問題を、脊椎(/せきつい)反射でこなさなければならない。無事に魚を手にできたら時間をかけて体力を回復させ、ダメージを最小限に抑えて川に戻してやる。全てにおいて洗練された高尚なゲームを、祐希は知ってしまった。
「期限を切るなんてもったいない。もっと、じっくりと取り組みたいんだ。それには先生の言うように、先に片付けたほうがいい問題もあるのかも・・・・・・」
「わかった。また来ればいいさ。1メートル20センチのシーバスは、来年の夏まで釣らずに取っておいてやる」
 櫂の言葉に、祐希は曖昧にうなずいた。実際にシーバスを釣ってみると、図鑑が保証した1メートルというサイズすら想像を絶する。それを20センチも上回る大きさは、やはり現実的ではない。祖父が大物を仕留めたことまで疑いはしないが、1メートル20センチという数字は孫を驚かせるための誇張ではないか―――祐希はそんなふうにも思い始めていた。
「ま、お前が真剣に考えて決めたことなら、俺も文句はねえよ」言って西山が封筒を差し出す。「やるよ。選別だ。新学期になってもお前を嘘つき呼ばわりするウスラバカがいたら、これを突き付けてやれ」
 受け取って封筒を開いた途端、全身を鳥肌が駆け抜けた。
 入っていたのは写真が1枚。カラー写真ではあるが、発色が乏しいため比較的古いものだと分かる。見覚えのある人物が写っていると思えば、祖父だった。髪は黒く、顔つきも体格も(/たくま)しい、祐希が知る以前の若い祖父がそこにいた。両腕をいっぱいに広げて抱えたモノが、魚だと気付くのに手間取った。それほど巨大だった。
「―――見つけたのか」櫂が写真を覗き込み、珍しく上ずった声をあげる。「これは確実にメーターオーバーだ・・・・・・いや、本当に1メートルを20センチ上回っているぞ」
 我に返った祐希が大きく息をつく。呼吸を忘れていた。写真に集中して視覚以外の感覚も遮断していたらしい。夏草の匂いや、額を汗が流れ落ちる感触も戻ってきた。聴覚も復活し、子供がはしゃぐ遠い声を捉える。土手の上で、2台の自転車が競争していた。
「いやー、苦労させられたぜ」西山が得意気に胸を反らす。「その写真どこにあったと思う? 隣町の、しかも旅館だよ」
「料亭じゃなく旅館か・・・・・・しかも隣町の・・・・・・この街にだって料亭や旅館があるのに、なぜだ?」
「俺が知るか。恐山のイタコに聴け。とにかく約束は果たしたぜ、櫂。新作ルアー、責任を持って速やかに仕上げろや」
 櫂は新作ルアーの製作に同意する交換条件として、祐希の祖父、道太郎が大物のスズキを釣った証拠―――写真なり、魚拓なり、領収書などの販売証明なり―――を、西山に探させていたらしい。
「道太郎爺さんはプロの川魚漁師だ。キャッチ&リリースなんて鼻で笑ってた。せっかくの獲物を逃がすはずがない。かといって、自宅や隣近所で消費するには大きすぎる。およそ50人分の刺身が造れるサイズだからな。だとすれば料亭に売ったと考えるのが自然だ」そう櫂は種明かしした。
 写真を覗き込んで感嘆の溜め息を漏らしながらも、真衣と涼香先が祐希を祝福した。
「祐希君のお祖父さんってスゴイ!」
「こんな大きな魚、本当に日本の川にいるのね!」
 ようやく祐希は写真から顔をあげた。櫂と西山が、何かを試すように見つめている。考えるより先に体が動いて、涼香先生へ向き直った。
「ごめんなさい。僕やっぱり帰りません」
「いまさら何言い出すの。写真という動かぬ証拠も手に入ったじゃない。これで何の気兼ねもなく帰れるのよ」
「逆だよ・・・・・・こんな写真見せられちゃったら、帰れるワケないよ」
 背後から忍び笑いの気配が伝わる。櫂も西山も、写真を見た祐希のリアクションは予測済みだったらしい。
「本当にいたんだ。この川に。1メートル20センチのシーバス。いまだって同じぐらいの・・・・・・いや、もしかしたらもっと大物がいるかもしれない。もちろん、仮にいたとしても僕に釣れる可能性はごく僅かだ。一生かけても、ほとんどゼロに等しい。でもゼロじゃないんだ。それならば・・・・・・」うわ言のように呟く祐希が、夕闇せまる川の流れに目を向けた。「僕は時間の許す限り、この川の側にいたいんだ」
 束の間、誰もが声を失った。涼香先生は教え子の予想外の反応で思考停止状態。櫂と西山は満足げに微笑む。真衣は視線でうなずき、祐希へエールを送った。川のせせらぎと、土手ではしゃぐ子供たちの声だけが響く。
「祐希君、きっと自分を見失ってしまったのね」涼香先生が職業意識に支えられ、なんとか余裕を取り戻した。「あんなすごい写真を見た直後だもの、無理もないわ。先生もビックリしちゃった。お互い、もう少し落ち着いたほうがいい。陽も暮れるし、一緒に伯父様夫婦の家へ行きましょうか。先生、挨拶もしたいし。お二人の意見も聞いて、よく話し合ったほうがいいと思うの」
「それは・・・・・・ダメ、ダメだよ」祐希がかぶりを振る。
 伯父と伯母は祐希の味方をしてくれるだろうか―――話し合いのテーマが進路がらみであれば、その可能性は低い。特に教師の伯父は、同業者である涼香先生と価値観の大部分を共有していると考えて差し支えない。涼香先生は同じ教育者として伯父を利用する作戦に出たのだ。恐るべし大人。このままでは説き伏せられるのは時間の問題だ。いますぐ、なんとかして、涼香先生にはお帰りいただきたい。でも真衣にはもう少しいて欲しい。
 この場を、どう切り抜ける―――祐希の脳がフル回転するが、例によって空回りだ。土手で騒ぐ子供の声が思考をかき乱す。
「もう、うるっさいなあ・・・・・・」思わず土手を振り返った。
 二人の子供は、流れ込みの水門近く、西山の車の側で自転車を降りると、ハイタッチして叫んだ。
「利根川にっ、キターッ!」
 声に、聞き覚えがある・・・・・・祐希と真衣が唖然として呟いた。
「・・・・・・久?」
「良司君もいる」
「コラーッ! あなたたちドーシテここにいるの?」
 よく通る涼香先生の声に、久と良司が河川敷の祐希たちに気付いた。
「おーっ、祐希じゃねーか。やってるな!」
「あれ、なんで先生と真衣ちゃんもいるの?」
 笑いながら土手の斜面を下り、河川敷を駆け寄る二人は、祐希の前で立ち止まると表情を引き締めた。
「祐希、1学期はあんな終わり方になっちまって本当に不本意だったよ。お前がクラスのみんなから嘘つき呼ばわりされた日、シーバスに関する情報をネットで検索した。すぐに見つかったよ。鮎が住む清流まで遡上すること、1メートルを超える個体も多数確認されていること・・・・・・」スポーツでは校内で無敵を誇る久の体格が、一回り小さく見えた。
「でもクラスの流れがお前を(/さら)す方向だったから・・・・・・祐希の話は生物学的に矛盾しないという事実を伝えそびれちゃって、そのまま夏休みに入っちゃって、いいとこナシだね、俺たち・・・・・・」知性派の良司が、おどけながら自分を責めた。
 謝るよ。本当にゴメン―――二人は心から謝罪したものの、意地でも頭は下げない。いかにも彼ららしく、思わず祐希は噴き出した。
「もういいよ、気にしてないし。それに二人とも、謝るためにはるばる、ここまで来たわけじゃないんだろ?」
「そのとーり! 祐希、悪いが1メートル20センチのシーバスは俺が釣らさせてもらう」
「あれ、久、もう釣った気になってる? 悪いけど俺、抜け駆けする気満々だからね」
「ところで久君と良司君・・・・・・自転車でここまで来たの? もうすぐ陽が暮れるけど、宿泊先は?」
 真衣が問いかけると、久と良司は得意げに答えた。
「さすがにチャリでここまでは無理だよ。分解した自転車を電車で最寄りの駅まで運んだんだ。『輪行』ってやつさ」
「テントはあるし食料も充分持ってきた。ここにベースキャンプを設置すれば、じっくり利根川で釣りができる」
「冗談じゃありません! 小学生だけで野宿するなんて危険です。先生、絶対に許可しませんからね」
 ハイテンションな久と良司を、涼香先生が叱りつけた。その間に入り祐希は提案する。
「だったらさ、二人とも僕が世話になってる伯父さんの家の庭にテントを張ればいいよ。それなら先生も安心でしょ? 同じ教育者として」
 今度は祐希が伯父の教育者としての立場を利用する番だった。目論見通り、涼香先生は言葉に詰まる。真衣も加勢して、担任に手を合わせた。
「ねえ先生、祐希君たちの好きなようにさせてあげようよ」
「真衣ちゃん、あなたまで・・・・・・」
「だってさ、祐希君ひとりならまだしも、久君と良司君まで一緒になったら、もう説得は無理だと思う」
「・・・・・・もう、勝手にしなさい」
 涼香先生が猫背になって、大きな溜め息をついた。

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