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第62話。

前半15分過ぎ。

圧倒的におしていたはず湘南学苑が同点ゴールを奪われた。

もみくちゃにされる林原を中心に、松ノ瀬イレブンが笑顔で歩きながら湘南学苑陣地を歩いて戻る。吉沢はセンターサークルに立ち、一人の男を見つめていた。いや、睨みつけていたという方が正しい。視線の先は、自分と同じエースナンバーをつけた男だ。

見くびっていたなどとはまるで思っていない。川崎翔という男は、確かに実力者だった。自分の横にいたときから、間違いなく才能はあった。しかし、それはあくまでも自分の相棒としての評価だった。自分は年代別の日本代表であり、相手は県選抜にすら届かなかった選手だ。そこには、歴然とした差がある。それは実際のプレーから導き出される吉沢自身の評価でもあり、日本代表としてのプライドでもあった。カテゴリーからして、同列なはずがない。そう思っていた。しかしそれこそが、慢心というものなのかもしれない。ともかく、少なくともいま目の前にいる自分と同じ背番号を背負った敵は、自分と何ら遜色ないプレーを見せたのは紛れも無い事実だ。

何かはわからない。

どういう原因から生まれている感情なのかはわからない。しかし、吉沢は苛立っていた。怒りがこみ上げていた。それは自分に対するものなのか、失点の悔しさなのか、根源はよくわからない。しかし確実に怒りという感情がわきでていた。

こちらの視線に気づいたのか、翔も自分を見つめ返してきた。互いに、仲間の誰も気づいていない。一方は歓喜の集団まま自軍へ歩き、もう一方は多くの選手が腰に手を当てて下を向いている。二人だけの空間がそこにはできあがっていた。

何も言葉は発しない。言葉を発さなくても、言いたいことはわかる。翔は、自分に向かって目で語っている。どうだ、みたか。俺はもう前の俺じゃない―と。

 

「吉沢!」

自分を呼ぶ声に我に返った。

声の方に振り向くと、原山がいた。

「ひどい顔だな(笑)いつものお前の顔じゃないよ。」

ほんの少し、吉沢の顔が緩んだ。まるで、冷静という仮面を再びつけなおしたように。

「やられた奴が言えたことか」

「だな。すまん。完全にあいつ一人にやられた。でもよ、お前だってわかってんだろ?」

吉沢は敵軍の方へ顔を向けて、つぶやいた。

「ああ、誰よりもな。あいつは、危険な10番になった」

この男が認めるほどの逸材かと、しばし吉沢の横顔を見つめたあと、原山が次の言葉を発した。

「いや、お前ほどじゃない。俺はお前の凄さを誰よりも、あいつよりも知っているよ。忘れるなよ?トレセンのトップカテゴリーまで行ったにも関わらず、とうとう全国には行けなかった。お前とずっと戦ってきたのはあいつじゃない。お前の凄さを嫌というほど見せられてきたのは、俺だ」

原山は右の拳を吉沢の胸に軽く叩きつけた。

ふっと少し笑ったあとに「確かにそうだな」と答えた吉沢に、原山は続ける。

「見てろ。あいつがお前のレベルに達してないことを俺が証明してやる。そして、あのチームの弱点もな」

「弱点?」

「なめんなよ。俺はボランチだ。守備に関しちゃお前より上だ。このままだまってるわけねぇだろ」

「へぇ、頼もしいこった」

吉沢はそう言って少し笑い、背中越しに手を振りながらセンターサークルへ向かった。

 

 

湘南学苑のキックオフで再び試合は始まったあと、しばらく膠着状態が続いた。松ノ瀬中が同点に追いついた時点で勢いは松ノ瀬中にあったはずだが、原山の指示で両サイドのMFが下がり目に位置し、峯田が吉沢と並んでハイプレスをかけることで低い位置で密集地をつくり、松ノ瀬中の攻撃を完全に封じ、勢いを削いでいった。そして、原山の的確な守備指示で陣形を保ったまま、類まれなるボール奪取力によりカウンターを発動し、徐々に試合は序盤と同じ形勢に戻りつつあった。湘南学苑の支配下にあった、あの時間に。

 

 

まずい―。

関井は、この状況に危機感を覚えた。同点にした直後はその勢いでボールをキープできたが、何度やっても跳ね返され、シュートすら打てない。そうこうしているうちに原山のロングボールであわやというシーンにまで発展しだしている。今はまだ、こちらもボールをキープできている。流れが完全にあちらに行く前に、手を打たなきゃいけない。

須山、と叫んでセンターサークルの少し後ろでボールを受けた関井に、衝撃が走る。身体に、何かとてつもなく重いものがぶつかった。先ほどから吉井のプレスを受けていたがそれとは全く異質の物質だ。

 

「好きにはやらせねぇよ」

前が向けない関井だが、声でわかった。主は、原山だ。

「くっ!」

吉沢とは次元が違う。ボランチ、またの名を守備的MFというこのポジションで日本の最上位カテゴリーまで上り詰めたこの男は、正確無比なロングレンジのパスだけでなくそのボール奪取能力でその名を轟かせたのだ。しかし、自分がボールを奪われる訳にはいかない。このチームにおいて、自分の“キープ力”は絶対だ。ほとんど、気力で原山の圧力を凌いだ。

「そう、それだ」

原山が何かを言っている。しかしそれどころではない。

「ヒロカズ!なにやってんだ!下げろよ!」

山井の声が響く。そんなことはわかっている。しかし、ボールを蹴る余裕すらこの男は与えてくれないのだ。そもそも、蹴る蹴らない以前に、このボールを失わないように踏ん張るだけで精一杯だ。

 

「このチームは、アンタだ」

 

自分の言葉に関井が反応したことを確認した原山は続ける。

 

「確かに優秀なのが揃ってるよ。林原なんて、ぜひうちに欲しいね。でも、このチームはアイツじゃない。テクニックのある川崎でも、ロングパスの有馬でもねぇ。もちろん、山井でもねぇ。一見すると目立たないが、要所要所でウチの邪魔をしてんのはアンタだ。アイツらのプレーが輝くのは、いつでも信頼できるアンタがいるからだ」

 

「なんだよっ、くそ、うるせぇやつだベラベラと!」

 

原山は全く動じない。

 

「何が凄いわけじゃねぇ。それぞれのプレーは他の奴らに劣る。でも、アンタのハートはこのチームのハートだ。大したもんだよ。U12でもアンタみたいなやつ、見たことねぇな」


奥付



センターサークルのその向こう -サッカー小説-


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こんにちは。清永啓司と申します。
まだまだ途中ですがここまでお読みいただきありがとうございました。
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著者 : 清永啓司
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