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第61話。

「翔!後ろ!」

有馬の声に原山と峯田は固まってしまっていた自分に気づき、我に返る。

「峯田!」

「オーライ!」

原山の声に反応し、峯田が有馬の走りこみに備え進路を防ごうとほんの少し、翔を視界から外さないようにほんの少し自分の身体を左にステップさせたそのとき、10番は動き出した。

翔は右足でボールを外側へまたぐ。

そのフェイントに原山が少し反応し、峯田もステップを止めて翔を視界の中心に捉える。

何かしかけてくる。

なんだ。

いや、フェイントだ。

そう一瞬安堵した、その瞬間、翔は右足で外側へまたいだ勢いそのままに、左足のインサイドでセンター方向へ切れ込んだ。一つのまたぎが終わった直後にそのまま抜け出す、相手のリズムを崩すフェイントだった。

 

まずい―。切れ込まれた。自分で仕掛けるつもりだ。

フェイントでリズムを崩し左足でペナルティエリア直前、ペナルティアークの中にボールを転がした翔は右足を大きく振り上げシュートモーションに入る。

危険だ、やばい、この位置からこいつに打たれたら、高い確率で枠を捉える。ゴールを奪われる。

焦った峯田は反対側から原山も足を投げ出していることを確認し、自分は冷静に、ここで突如、走りこむ有馬へのパスに切り替えられても対処できるように、ポジションを少し下げながら身体ごとシュートコースへ入る。

間に合え、間に合え、間に合え。

峯田は無意識のうちに心のなかでそう唱えていた。来い、止めてやる、ゴールを背にしてしまったため、正確なゴールの位置はわからないが間に合ったはずだ。身体で止める。

 

しかし、ボールは来なかった―。

「えっ」

声に出したかどうか、定かではない。しかし確実に峯田自身の脳内ではその言葉が発されていた。

翔の蹴ったボールには全く勢いが無かった。それがシュートだとしたら、ゴールマウスへ届くかどうかすらあやしい、威力のない、まるで脅威を感じないボールだった。しかし、その弱く転がっていくボールに誰一人反応できなかった。威力もない、そっと足を出せば誰でも、いとも簡単にトラップできるであろうそのボールを、誰も。ただ一人、背番号9を背負った松ノ瀬中のエースストライカーを除いては。

 

 

 

林原はむず痒かった。

元来、ボールに触りたくて触りたくてしょうがない男である。しかし、この試合ではまったくボールを触らせてもらえなかった。ボールが来たとしてもギリギリのイーブンボールが来て、なんとかキープしても前を向かせてもらえず後ろに戻す。結果、最終的には中盤でボールを奪われることの連続。だから、翔のプレーがむず痒かった。サイドにボールが出た時点でトラップしてアーリークロスもあったし、サイドを突破したあとにグラウンダーの速い球が来るタイミングもあった。それでも、翔はまだ自分にパスを出さない。早くよこせ、背中にいるDF一人ぐらいなんとかしてやる、だから早くボールをよこせ。

 

しかし、それが一旦止まる。

翔が、なんと敵を前にしてピタリと動きを止めたからだ。

「まだだ。まだ。でも、何かをしかけるつもりだ。そして、ボールが来る」

理屈ではない。FWの本能だった。ともかくゴールを貪ることだけに腐心してきた林原だけにある、独特の感覚だった。説明しようにもおそらく本人にすら説明できない。ただ、きっと、まだこない。でも、このあと来る。ボールが自分のもとに来る。あいつの顔を見て、目があったわけではないが、なんとなく、そう感じたのだ。

チラッと自分のマークについている井本に目をやった。この男は、湘南学苑のDFリーダーを任されるほどの男。聞いた話では、確か県選抜だったはずだ。なるほど、確かに翔に何度か目をやりながらも、決して自分を視界から外さない。林原にとってやっかいなタイプの守備者だ。こいつはきっと、シュートチャンスを簡単には与えてくれないタイプのDFだ。仮に縦に突破しても、最後の最後、片方の足だけはコースに入れてきてCKにしてしまうタイプの野郎だ―。

そう思ったとき、自然と林原は井本との距離を詰めた。本来、ボールを貰うためには距離をとった方が良い。にもかかわらず、距離を詰めた。理屈ではなく、本能で。なんとなく窮屈だったのだ、林原には“そこ”にいることが。

 

翔が仕掛けた。

来る。ドクンと自分の心臓が脈打つのがわかった。翔がシュートモーションに入った。そのとき、セオリーで行けばこぼれ球を狙うべくゴール前へ飛び込むか、途中で敵DFに当たったこぼれ球を狙うために距離をつめるか、素早い選択を迫られるシーンである。しかし林原は、そのどちらも選択しなかった。

そして、たった一歩だけ、背中側にたった一歩だけ下がった。

 

チャンスだ。

翔の前にコースができている。峯田も原山も間に合ってない。

打ってもいい。打ってもいいよ翔。お前ならそこからゴール右隅を捉えた良いシュートが打てる。

ただ、なぜか、そうなるとは思わなかった。翔は決して得点を狙わない選手ではない。中盤からも貪欲にゴールを狙う、恐怖感を与えられるMFである。林原はそれもこの1年で理解している。自分より先に得点をされるのは悔しいが、それでも、翔なら許せる。だから、翔のシュートモーションを見た時「いけ、いけ」と思った。思ったのにもかかわらず、なぜか、本当にそうなるとは思わなかった。

だから、一歩下がった。

そして、本当に自分の元へ、ゆるく、かするだけで大きく飛んでいってしまいそうな強さでボールがやってきた。皮肉にも他の誰にも触れられずに、だ。林原が驚かなかった。これを“FWの準備”というのならそうなのかもしれない。しかし準備というにはずいぶんと投げやりな、努力性のかけらも感じられないものだった。なにせ、林原はこの絵を描いていたわけではないのだから。ただただ、なんとなく、ボールが来るような気がしていた。来るような気がしていたから、驚かなかった。

そして、自分の前には少しだけスペースがあった。

そう、一歩下がったから。

井本が翔のシュートモーションに危機を感じボールに注視したその瞬間、一歩、背中側へ下がったのだ。それはちょうど、井本から離れる方向に。結果としてそこには、一歩分のスペースがあった。井本は反応できていなかった。翔のシュートを防ぐ、こぼれ球を拾うという方向に意識が向いていた。仕方がなかった。翔がシュートを選択したと思ったから。

 

 

ヒールキックだった。

翔は、右足を大きく振りかぶったその後、振りぬく直前に勢いを弱め、足首を捻り、かかとでちょんと、右斜め方向へのシュートではなく反対側、左斜め前へボールをそっと送り出した。

完全に出し抜かれた―。

自分の足に当たるか、その向こうを通るかという絵を描いていた原山は、ボールがそのどちらでもない、自分の身体の前をゆっくりと通り視界から消えていく一部始終を屈辱とともに見過ごすことになった。残された少しの期待、FW林原には井本がついているはずだという期待も簡単に打ちのめされた。井本はそこにいるが、いない。ついているが、つけていない。

 

ペナルティエリアのなか左寄り、ゴールエリアの角手前に転がったボールを、林原は全力のキックで、自慢の左足でゴール右下隅にふっ飛ばした。湘南学苑GK森山は、都選抜にまで選ばれた脅威の瞬発力を披露する暇もなく、ゴールを奪われた。

 

1-1。

試合は、再び動いた。


第62話。

前半15分過ぎ。

圧倒的におしていたはず湘南学苑が同点ゴールを奪われた。

もみくちゃにされる林原を中心に、松ノ瀬イレブンが笑顔で歩きながら湘南学苑陣地を歩いて戻る。吉沢はセンターサークルに立ち、一人の男を見つめていた。いや、睨みつけていたという方が正しい。視線の先は、自分と同じエースナンバーをつけた男だ。

見くびっていたなどとはまるで思っていない。川崎翔という男は、確かに実力者だった。自分の横にいたときから、間違いなく才能はあった。しかし、それはあくまでも自分の相棒としての評価だった。自分は年代別の日本代表であり、相手は県選抜にすら届かなかった選手だ。そこには、歴然とした差がある。それは実際のプレーから導き出される吉沢自身の評価でもあり、日本代表としてのプライドでもあった。カテゴリーからして、同列なはずがない。そう思っていた。しかしそれこそが、慢心というものなのかもしれない。ともかく、少なくともいま目の前にいる自分と同じ背番号を背負った敵は、自分と何ら遜色ないプレーを見せたのは紛れも無い事実だ。

何かはわからない。

どういう原因から生まれている感情なのかはわからない。しかし、吉沢は苛立っていた。怒りがこみ上げていた。それは自分に対するものなのか、失点の悔しさなのか、根源はよくわからない。しかし確実に怒りという感情がわきでていた。

こちらの視線に気づいたのか、翔も自分を見つめ返してきた。互いに、仲間の誰も気づいていない。一方は歓喜の集団まま自軍へ歩き、もう一方は多くの選手が腰に手を当てて下を向いている。二人だけの空間がそこにはできあがっていた。

何も言葉は発しない。言葉を発さなくても、言いたいことはわかる。翔は、自分に向かって目で語っている。どうだ、みたか。俺はもう前の俺じゃない―と。

 

「吉沢!」

自分を呼ぶ声に我に返った。

声の方に振り向くと、原山がいた。

「ひどい顔だな(笑)いつものお前の顔じゃないよ。」

ほんの少し、吉沢の顔が緩んだ。まるで、冷静という仮面を再びつけなおしたように。

「やられた奴が言えたことか」

「だな。すまん。完全にあいつ一人にやられた。でもよ、お前だってわかってんだろ?」

吉沢は敵軍の方へ顔を向けて、つぶやいた。

「ああ、誰よりもな。あいつは、危険な10番になった」

この男が認めるほどの逸材かと、しばし吉沢の横顔を見つめたあと、原山が次の言葉を発した。

「いや、お前ほどじゃない。俺はお前の凄さを誰よりも、あいつよりも知っているよ。忘れるなよ?トレセンのトップカテゴリーまで行ったにも関わらず、とうとう全国には行けなかった。お前とずっと戦ってきたのはあいつじゃない。お前の凄さを嫌というほど見せられてきたのは、俺だ」

原山は右の拳を吉沢の胸に軽く叩きつけた。

ふっと少し笑ったあとに「確かにそうだな」と答えた吉沢に、原山は続ける。

「見てろ。あいつがお前のレベルに達してないことを俺が証明してやる。そして、あのチームの弱点もな」

「弱点?」

「なめんなよ。俺はボランチだ。守備に関しちゃお前より上だ。このままだまってるわけねぇだろ」

「へぇ、頼もしいこった」

吉沢はそう言って少し笑い、背中越しに手を振りながらセンターサークルへ向かった。

 

 

湘南学苑のキックオフで再び試合は始まったあと、しばらく膠着状態が続いた。松ノ瀬中が同点に追いついた時点で勢いは松ノ瀬中にあったはずだが、原山の指示で両サイドのMFが下がり目に位置し、峯田が吉沢と並んでハイプレスをかけることで低い位置で密集地をつくり、松ノ瀬中の攻撃を完全に封じ、勢いを削いでいった。そして、原山の的確な守備指示で陣形を保ったまま、類まれなるボール奪取力によりカウンターを発動し、徐々に試合は序盤と同じ形勢に戻りつつあった。湘南学苑の支配下にあった、あの時間に。

 

 

まずい―。

関井は、この状況に危機感を覚えた。同点にした直後はその勢いでボールをキープできたが、何度やっても跳ね返され、シュートすら打てない。そうこうしているうちに原山のロングボールであわやというシーンにまで発展しだしている。今はまだ、こちらもボールをキープできている。流れが完全にあちらに行く前に、手を打たなきゃいけない。

須山、と叫んでセンターサークルの少し後ろでボールを受けた関井に、衝撃が走る。身体に、何かとてつもなく重いものがぶつかった。先ほどから吉井のプレスを受けていたがそれとは全く異質の物質だ。

 

「好きにはやらせねぇよ」

前が向けない関井だが、声でわかった。主は、原山だ。

「くっ!」

吉沢とは次元が違う。ボランチ、またの名を守備的MFというこのポジションで日本の最上位カテゴリーまで上り詰めたこの男は、正確無比なロングレンジのパスだけでなくそのボール奪取能力でその名を轟かせたのだ。しかし、自分がボールを奪われる訳にはいかない。このチームにおいて、自分の“キープ力”は絶対だ。ほとんど、気力で原山の圧力を凌いだ。

「そう、それだ」

原山が何かを言っている。しかしそれどころではない。

「ヒロカズ!なにやってんだ!下げろよ!」

山井の声が響く。そんなことはわかっている。しかし、ボールを蹴る余裕すらこの男は与えてくれないのだ。そもそも、蹴る蹴らない以前に、このボールを失わないように踏ん張るだけで精一杯だ。

 

「このチームは、アンタだ」

 

自分の言葉に関井が反応したことを確認した原山は続ける。

 

「確かに優秀なのが揃ってるよ。林原なんて、ぜひうちに欲しいね。でも、このチームはアイツじゃない。テクニックのある川崎でも、ロングパスの有馬でもねぇ。もちろん、山井でもねぇ。一見すると目立たないが、要所要所でウチの邪魔をしてんのはアンタだ。アイツらのプレーが輝くのは、いつでも信頼できるアンタがいるからだ」

 

「なんだよっ、くそ、うるせぇやつだベラベラと!」

 

原山は全く動じない。

 

「何が凄いわけじゃねぇ。それぞれのプレーは他の奴らに劣る。でも、アンタのハートはこのチームのハートだ。大したもんだよ。U12でもアンタみたいなやつ、見たことねぇな」


奥付



センターサークルのその向こう -サッカー小説-


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こんにちは。清永啓司と申します。
まだまだ途中ですがここまでお読みいただきありがとうございました。
本業を他で抱えている素人のため、チンタラチンタラ書いていますが、今後も書き続けていく予定です。
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著者 : 清永啓司
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