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第42話。

受話器の向こうの空気が変わったことを翔は感じた。
その間、吉沢が何か言葉を発したわけではないが、翔にはそう確信できた。小学生の間ずっとコンビを組み続けてきた男である。それぐらいのことはわかる。そして何より、この天才は自分を蔑ろにするような男ではない。憎たらしいほどに男気のある相手だからこそ、翔は追い抜きたいと努力をし、ピッチを走り回ったのである。決して憎む相手ではないし、当時であればライバルになれたとも思えていない。むしろ、憧れに近い感情を抱いていたのである。

「そうだな。松ノ瀬中も連戦連勝の大量得点チームだからな。油断はしていない。」

その言葉をもらえたことが、翔は少し嬉しかった。
同じピッチで仲間として戦った時間を後悔してはいないが、いつか、敵として戦うことを願っていた。それも、相手が自分を認めた上で。それが、今叶うことが嬉しかった。

「でも、俺たちの目標はあくまでも全国だ」

全国――――。
小学生のクラブチームで全国大会に出場した翔とて、そのフレーズ自体は決して縁遠いものではない。しかし、それはやはり天才:吉沢あってのあのチームでの戦績であり、自分だけの力では到底簡単に口にできる目標ではない。日本選抜でもない自分が、湘南学苑から誘いの声がかからなかった時点で、公立の中学を選択した時点で全国というフレーズは目前の目標をいくつも突破した延長線上にあるもので、目の前に見えているというものではない。そのフレーズを惜しげもなく発することができ、また、チームメイト、監督、そして自身の能力と、それを目標に掲げられるものを全て揃えている吉沢にほんの少し嫉妬した。しかし、それは結局無いものねだりであり、結局先ほどの回答と同じく「結果で示すしかない」という結論にたどり着く。

「その足元をすくってやるよ。少なくとも、明日を迎える意識だけはウチの圧勝だ」

明日迎える藤沢市中学校サッカー1年生大会はあくまでも2年生不在の間に1年生に公式戦のチャンスを与えようという趣旨のものであり、全国に繋がる大会ではない。しかし、だからこそ湘南学苑に因縁を持つ者が多い自分たちのほうが圧倒的に高いモチベーションで試合に臨むことができると翔は考えている。そして、自分の恩師である鮫島は常にそれを訴え強豪チームを作り上げてきた。そのイズムが自分にも流れている。冷静でありながらも、気持ちを強く持つことこそが勝利への最短ルートだと知っている自分は、絶対に負けないという自信がある。

「なるほどね。お手柔らかに頼むよ」

「よく言うよ」

吉沢のとぼけた返答に、翔は笑いながら応えた。
いつの間にか、二人とも笑っていた。

第43話。

「集合!」

関井の良く通る大きな声がグラウンドに響き渡る。

「スタメンを発表する」

いつもどおりの言葉だが、今日はより一層緊張感が漂う。

「GK、山井」

うす、と小さな声で山井が頷く。

「DFは4人。左から広山、渡辺、佐藤、和田」

「MFは底に須山、右に関井、左に有馬、トップ下に川崎。FWは林原と柳橋の2トップだ」

この一週間で練習を重ねてきたシステムとメンバーだ。

「周囲からは事実上の決勝戦と言われている。確かに、私もここが山場だと考えてきた。しかし、お前達はそんなことを気にする必要は無い。いつもどおり、自分たちの力を存分に発揮することのみを考えなさい。相手は確かに超がつくほどの強豪だ。しかし、我々も十分な結果を残してきた。仲間を信じてサッカーをすれば結果はついてくる。」

そこから、大湊は戦術的な話を展開した。この大会から直接指導を受ける1年生にとっては初めてのことである。

「残念ながら、私自身も湘南学苑1年生の試合は見られていない。しかし、例年のサッカーや田辺という監督のスタイルはある程度知っている。吉沢を中心としたパスワークで全ての攻撃を組み立てるだろう。ウイングバックの頻繁なオーバーラップも特徴だ。テクニックもあるウイングバックを好むが、中盤にはどちらかというと汗かきな選手を置きたがる。例年なら10番をどう抑えるかが鍵を握ることになるが、今年はボランチに原山もいる。彼はボール奪取力に長け、底からロングパスを繰り出すこともできる。不用意な形でボールを取られないことも大事になってくる。関井はボールを取られないよう、そして守備に気を使うポジショニングをしなさい」

強い眼差しのまま関井が頷く。

「須山も同様にボールを失わないように。そして空中戦、グラウンダーのボールをお前がどれほど中盤でモノにできるかが、この試合の鍵を握っていると言っても過言ではない。一つ一つのプレーを落ちついて行うようにしなさい」

初スタメンという緊張もあいまって、須山は少し硬い表情で頷いた。

「後は相手の中盤をかき乱すように川崎が動き、有馬はそれをフォローしなさい。いつもどおりの攻撃を展開しよう」

有馬が翔の肩を抱いて、ぎゅっと掴んだ。

「さあ、審判の指示に従って各自行動をしなさい」

審判がタッチライン沿いに立っている。これからスパイクの確認後にキックオフとなる。
まもなく、大一番の試合が幕を開ける――――――

第44話。

センターサークルに立つ楢山と吉沢。
ホイッスルと同時に楢山はちょんとボールを前に蹴りだし、自身は一気に松ノ瀬陣内へ走り出した。吉沢はボールを後方に控える原山に預け自身も松ノ瀬陣内に身を潜める。柳橋は原山に猛ダッシュで詰め寄りプレッシャーをかけるが、柳橋がたどり着く前に余裕を持って原山はボールを右サイドへ展開する。ボールを受けたのは湘南学苑不動の右ウイングバック竹井だ。有馬がそこに詰め寄る。竹井はその敵動作に反応し、トラップから間をおかずそのままのリズムで次のアクションを起こす。再びセンターに構える原山にボールを戻すため右足を軽くふりあげた。それを見逃さなかった有馬は、センターで原山がスキをついた一瞬の短距離ダッシュで翔のマークを外したのを確認し、パスカットへ走る。その刹那、有馬の表情が引き攣る。

やられた――――
対峙する敵はパスをする気がない。これはフェイントだ。小学生までは10番を背負いFWとしてプレーしていた竹井は、スタミナに多少の不安が残るものの、高い技巧とスピードで敵陣を切り裂く攻撃力の高いウイングバックである。パス用の小さなキックモーションから繰り出したボールはセンターにいる原山へのリターンパスではなく、軸足に当てて前へ転がした。有馬の体勢が崩れ、縦方向へスペースが生まれる。竹井は自慢の快足を武器に一気にボールを前方へ蹴りだす。危険を察知した松ノ瀬サイドバック広山がプレスをかけに前へ出る。しかし、自分が抜けた裏のスペースが気になり距離を詰められない。後手になったその対応に容赦なく竹井はドリブルで仕掛ける。竹井の強い破壊意識を感じ取った広山は勝負のタイミングと意識し、集中しろと自分に言い聞かせ身体全体にぐっと力を込めた。そんな広山を嘲笑うかのように竹井はドリブルからあっけなくパスを選択した。
ボールの先には、吉沢。須山を背後に連れているが、一瞬のダッシュで須山との間に距離をつくっていた。広山はすぐさまボールの行方を確認し、即座に自分が大きな過ちを犯したことに気付くが、時すでに遅し。竹井は自分の脇をかすめ裏のスペースへ走り出している。

ドリブル突破に見せかけたワンツーだった。吉沢からのダイレクトパスを受けた竹井。それを懸命に追う広山。センタリングを阻止しなければならない。足を伸ばせばなんとかセンタリングに間に合うかもしれない。全力で追う広山。遠い。竹井が遠い。絶望のなか広山は必死に走る。竹井が、センタリング用と誰が見てもわかる大きなキックモーションに入る。足をのばせ、間に合う!そう脳内で連呼した広山はスライディングで竹井とゴール方面の間に身を投げる。
しかし、待てども待てどもボールが出てこない。ボールは、轟音虚しく地に倒れる広山の目の前に、そう、竹井の足とともにあった。竹井は全力で足から身体を投げ出す広山を背後に感じとり、切り返しをしていたのだ。

第45話。

抜かれた―――――
このまま、単独でPA内に進入されてしまう。
いつ得点されてもおかしくない状況を自分がつくってしまった。青ざめた顔をしながら、とにかく一刻も早く体を起こし無駄とわかりながらも追うことに専念した。しかし、自らドリブルで進入すると思われた竹井は一瞬の迷いの後に、利き足ではない左足で急いでセンタリングをあげようとしていた。なぜだ・・・。それなら切り返しをしてまで自分をかわした意味がない。ためらいの後に頼りなく竹井の蹴ったボールは、またほかの誰かの足にあたった。いや、その“誰か”の足が邪魔をしたという方が正しい。ボールは竹井の背中側のラインを割った。

「よしっ」
有馬だった。
中央へのパスと見せかけたフェイントに引っかかった有馬は、しかし諦めずに竹井を追いかけていた。吉沢とのワンツーで抜け出した竹井は背後にせまる広山を感じながらセンタリングへのプロセスを思考していたため、その後ろで諦めずに追いかけていた有馬には気づいていなかった。自分のスピードとテクニックを活かし広山を完全に抜き去ることに成功した竹井は、広山の予想と同じくPA内へ切れ込むつもりだったが、その瞬間有馬がせまっていることにあわて、急いでセンタリングをあげてしまったのだ。

っち、と舌打ちをした竹井に対し、吉沢が声を張る。
「スローインだ!早くしろ!」
我に返った竹井は顔をあげ、そして寄ってきた吉沢にボールをあずける。須山がピッタリと背中についている。吉沢をトップ下に据えた3-5-2の布陣をしく湘南学苑は文字通り天才吉沢を中心とした組織作りを行ったいわば“吉沢システム”である。すべての攻撃は吉沢を経由していると言っても過言ではなく、この吉沢を抑えることがすなわち湘南学苑の攻撃力をつぶすことにつながり、ひいては湘南学苑のすべての機能を機能不全に陥らせる最大の鍵となる。

ボールを受けた吉沢は、前を向こうと右に一度、左に一度ずつ身体を向けたが、須山の長いリーチがそれを許さない。吉沢は状況を打開しようとシザーズを一つ入れたが、須山は一瞬左に意識が動いたが、振り切られるほどではなく、須山の集中は切れない。

一瞬の出来事だった。
 “自分で行く”という意識をむき出しにしている自分に集中している須山の意識をくじくように、背中に須山を抱えながら吉沢は自身の前へボールを転がす。須山から見て左後ろから誰かがボールを掻っ攫っていった。誰だ。ボールの行方を追う。楢山だった。
スイッチだ――。

第46話。

「須山!」
翔の叫ぶ声が聞こえる。ボールの行方を目で追ったその一瞬の間に、吉沢が自分の前から消えている。しまった、やられた。後ろに振り向くと、吉沢はすでにPA内手前から今まさに侵入しようとしていた。速い。日本選抜はこれほど速いのか。追いつけない。自らの鈍足を呪いながら、須山は吉沢を追う。

ボールを持った楢山はドリブルでつっかけていく。松ノ瀬DF渡辺が対応する。シザーズを入れて、一気に外側縦への突破を試みる楢山。しかし、渡辺が進行方向に入り速度を出させない。ダブルタッチで中方向へ切り返した。渡辺が一瞬遅れる。身体のキレが尋常なく速い――。一瞬でも気を抜いたらすぐに抜かれてしまう。集中しろ集中しろと自分に言い聞かせながら、楢山にくらいつく渡辺。自分の背後へは絶対に進ませない。強い気持ちの守備を見せる。そこに、関井が挟み込んで加勢しようと追ってきた。

「ナラ!!」
原山が動き出していた。
フォローに走るボランチ原山に翔も呼応して横についていき、身体を寄せる。しかし、細い翔にくらべガッシリとした体躯を持つ原山はびくともせず、翔をフィジカルで振り払った。崩れ落ちる翔。苦い顔をしたままそれでも建て直し原山を追うが、原山をすぐさま伝家の宝刀、ロングパスを繰り出す。原山の力強いキックから放たれたボールは湘南学苑左サイド、すなわち松ノ瀬側PA右側手前へ転がる。そこには、無尽蔵のスタミナを武器とする湘南学苑左ウイングバック、杉山が走りこんでいた―――。

(ここから左へ展開してくるのか。たまったもんじゃねぇ)
関井は、楢山への対処で守備ラインに吸収されてしまい、自陣右サイドへ大きなスペースをつくってしまったことを悔やんだ。右サイドバックの和田も吉沢のPAへの侵入、楢山のドリブル突破を目の当たりにし危機を感じポジションを中に絞っていた。そこを原山がピンポイントなロングパスでついてきた。文字通り、松ノ瀬中守備陣は完全に崩されてズタボロになってしまった。

フリーでボールを受けた杉山は中を見る。松ノ瀬PA内にはニアに楢山、もう一人のFWである長身の原田が中央に、そして吉沢がファーに走りこんでいた。ボールを保持する杉山は詰め寄る和田より一歩早くクロスボールをあげる。山なりの高いボールだ。落下点には原田、そしてマークにつく松ノ瀬DF佐藤。身体をぶつけあい、ポジションを争う二人。しかし、178cmと中学1年生では長身の部類に入る佐藤も、190cmと規格外の長身を持つ原田と競ってはただでは済まない。身体を入れて競り勝とうとするが圧倒的な体躯をいかしてボールにせまる原田に太刀打ちできない。しかし、それでも佐藤はくらいつく。

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