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第33話。

「翔が誘ったんです。隣の小学校で翔にとって特別なつながりも無い有馬でしたが、同じU-12のライバルを抱える翔には、何か感じるものがあったのかもしれません。原山の湘南学苑進学が決まったという話を聞いてから、練習試合が終わるたびにアイツは有馬に話しかけていました。何度かお互いの家や、Jリーグ観戦にも行っていたみたいです。後で聞いたら『一緒に吉沢と原山を倒そう』と訴えていたらしいんですよ。」


「あれ?・・・監督!」

休憩に入った一年生達がぞろぞろと部室前に歩き出す中、翔は鮫島を確認し走り寄る。その後を柳橋や山井、市選抜トリオの二人、有馬と関井が追う。

「おー、翔。ちゃんと練習してるか?」

息子や弟に接するような、柔らかい笑顔で鮫島は元教え子とその新しい仲間を迎えた。

「うん。監督に言われた通り、先生の言うこと聞いて毎日練習してるよ」

意気込むでもなく、ふざけるでもなく、まるで宿題を与えられた子供のように、翔はたんたんと答えた。

自分の教えを信じ、そして自分の信じる師に、愛弟子が師事している。それが嬉しく、そしてまたおかしくもあった鮫島は、にやけながら翔を囲む仲間達全員に向けて返事をする。

「そうか。大湊さん怖いからな。そこに今いるだけでちゃんとやってるってわかるよ」

クスクスと笑いながら言葉を漏らした鮫島を、大湊は睨み付ける。横目にそれを確認した鮫島は、依然緩んだ口元をたださず大湊の視線をヒラリと交わすように次の台詞を発した。

「よう、有馬」

「こんちわっす」

「翔とはどうだ?ウマが合いそうか?」

有馬は、翔の方を見る。
翔も、それに合わせて視線を向けた。
ちょうど、二人が一瞬見つめあう形となり、一秒と待たずに目をそらした有馬は、再び鮫島に視線を向ける。

「翔、うまいです。よく走るから、パスも出しやすいし、今なら原山だって止めるのは難しいと思います」

「そうか。なかなか、良いコンビが出来たみたいだなぁ」

ニコニコと、愛好を崩さす、いやより一層の笑顔で鮫島は答えた。

「ちょっと待てって、鮫ちゃん!俺も入れてトリオで中盤だぜ!」

関井が割って入ってきた。

「おう、わりぃわりぃ。っていうかお前、相変わらずうるさいな」

笑いながら、鮫島は関井に返事をした。

「いいから、戻れ」

相変わらずの無表情、いや、敢えて厳しい声なのか、大湊は強い声で指示を出した。

「先生、日曜の試合観に行きます。どちらも自分の教え子ですからね」

「片側の教え子を贔屓することのないように」

かつての教え子に、まるで時間が戻ったかのように違和感無く大湊は言葉を与える。
応援困っちゃうな、と頭をポリポリと掻いている鮫島を見て大湊は、自分と同じイズムを持ちながらも、自分にはない力を持ち合わせた指導者になったようだと感じた。もしかしたら、いずれ自分を追い越していくのかもしれない。願わくば、自分のような一介の指導者ではなく、名を轟かせるような人物になって欲しい。そのためにも、預かった子供達をまた次の指導者へしっかりと繋ぎたい。そんな想いを馳せながら、部室に戻る一年生を眺めていると「あ、そうだ」と鮫島が独り言を発する。何かを思い出したらしい鮫島は、大湊に問いかけけるが、その質問に大湊は答えられない。

確かに、記憶にはなかったのだ。
その名前は―――――

第34話。

「勝てるよな、次も」
いつもどおりに仲間とコンビニへ向かう林原は、空を見上げながら、誰に問いかけるでもなく呟いた。彼らにとって、疲れた体を癒し、練習で熱くなったトーンを他愛もない話で冷ます、そんな憩いの場がこの時間だ。日によってメンバーが違う集いであり、今日は他に翔、有馬、関井に、珍しく須山もいた。

「原山をどう崩すか、かな」
翔の言葉に、有馬が返す。
「敵だったからわかるけど、吉沢クンが相手にいるだけで、辛いよ。守備の時間が増えるし、止まらないし」

「楢山だっているんだろ~」
呆れたような、ウンザリという顔で須山が嘆く。

「やるしかねぇんだから。やるんだよ。中盤で戦って勝つ」
関井が、ひょうきんないつもの顔とは違う、もう一つの顔を見せる。

「頼むよ、キャプテン」
翔が関井の肩を叩く。

「相手は元U12だ」
関井の発言に、周りが一瞬静まる。いまさら何を――と皆が思った矢先、関井が続ける。

「やってみなきゃわかんねぇけど、単純に一対一じゃかなわないんだろ。なら翔は原山に勝つ必要はねぇ。負けんな。そんで、有ヤンと二人でチンチンにしてやればいい」

有馬と翔がお互いに視線を向ける。

「ああ、そうさ」

翔の気迫漲る回答を確認した関井が、須山に視線向ける。

第35話。

「俺とお前は吉澤を捕まえる」

須山はだまったまま、小さくうなずく。

「俺は、中盤でファイトする。ボールは絶対取られない。何が何でも」

関井の誓いに、有馬が同調する。

「宏和が取られなきゃ、攻撃はたぶんなんとかなるね」

少しの沈黙が流れた後、須山がボソっと呟く。

「俺・・・なんとか皆にパス回すわ。チームが動くように」

珍しく自分の意思を発した須山に全員が目を向ける。いつでもニュートラルな立ち居地を保ってきた須山が、めずらしく、いや、初めて自分の意思を発したことで、決意の強さを感じとり全員の意気があがる。それを察してか、一歩前を歩く林原は全員に向けて「あとは俺のドリブルでチンチンにして点はとってやっからよ」と発しながら、コンビニへと入っていった。頼もしい後ろ姿に微笑みながら、4人は林原に続いてコンビニへ入る。明日の決戦へ向け、最後の休息を取りその体を癒すのだった。

第36話。

瀧河 和仁は、毎日仕事から21時過ぎに帰宅する。当時県内トップの進学高からK大首席卒業を経て、一部上場有名化粧品ブランド「鐘堂」で部長を勤める、いわゆるエリートである。そんな和仁であるがその地位にいることを後悔することも、そしてそれより上の世界へ昇ろうという野心も無い。同期、同世代の才能ある戦友たちは皆ヘッドハンティングを受け、外資系企業や異なる業界へ足を踏み入れより高い地位を獲得していったが、それに対する羨望も嫉妬も和仁には無い。自分には新たな場所でフロンティアスピリットを発揮し、力強く運命を切り開いていく精神力も、人間力も持ち合わせていないことなど、44年も生きていればとうに自覚しているからだ。それよりも、それまで重ねてきた経験と同じように現状を受け入れ、目の前のことを黙々とこなす、同じような日常でも同じことの繰り返しであったとしてもだまって努力を重ねることで日々を生き抜くことが重要だと考えている。

しかし、それは現在の自分の個性に寄るところであり、全ての人間に当てはまるものではない。そして、この戦場のような社会で感じる最大の後悔があるとすれば国立T大に合格できなかったこと。卒業した大学の違いだけで、この社会では全てにおいて結果が変わってくる。いくら自分には他人を押しのけ、自らをアピールする器量が無かったとはいえそれ以前の部分で行く先が決まっていたことの方がはるかに多い。自分には叶わなかったが、できることなら息子にはそういう苦労をさせたくない。自分がしてきた努力よりもう一段上の努力を課すことによって、息子の未来を明るくしたいと考える。それが、和仁にとっての愛情表現だった。

「ノルマはできたか」
耀太にとって、この時間が一番嫌いな時間だった。和仁が帰宅した直後から夕食までの「ノルマは」を挟んだ時間。耀太には、小学生時分から帰宅後の15時から和仁の帰宅する21時までドリルを解くという”ノルマ”が課せられている。耀太にとって勉強というものは遊ぶ時間を奪う苦痛以外の何者でもなく、無論和仁が愛情故に課しているなどということを理解できる人間的成熟さも無い。ともかく、辛い時間だった。仏頂面で愛想が悪く、真面目に野球中継を見ているだけでもまるで怒っているように見える父の存在は、耀太にとって閻魔大王より恐ろしいものであり、父が自宅にいる平日の夜や休日というのは耀太の言葉でいうならば"地獄の牢屋"だった。

しかし毎週木曜日だけ、今日この日だけはノルマだけでなく"娯楽"のある、耀太にとって幸せな日のひとつである。和仁は毎週水曜日に欠かさず「週刊サッカーマガジン」を購入している。学生時代から部活動に励むことも無く勉強に明け暮れてきた和仁は、お世辞にも運動神経が良い方だとはいえない。スポーツ経験も皆無に等しい。本人は自覚していないが、コミュニケーション能力の乏しさ、人間的明るさや開放性の乏しさは持って生まれた人間性のみならず、多分にその生い立ちも影響しているのだろう。しかし、運動こそ積極的にしてこなかったが和仁だがスポーツに興味が無いわけではない。何事においても分析、問題解決のプロセスに興味を抱く和仁は、世間の中年親父と同様かむしろそれ以上に頻繁にスポーツ観戦、そして分析に興ずる。

第37話。

息子が小学生時代にサッカーを始めたことをきっかけに、和仁はサッカーというものに興味を持ち、野球に傾倒していた観戦スタイルからサッカーへ方針転換をすることとなる。横浜スタジアムから三ツ沢球技場、等々力競技場に行き先を切り替え、選手の動きや戦術を自らの目で分析する。その頃、文章や活字方面からの情報収集をと思い購読しだしたのが他ならぬ「週刊サッカーマガジン」である。息子のプレーや応援のためという理由が全くないと言えば嘘になるが、和仁にとっては愛する息子の応援を「楽しむため」という側面が強い。ともかく、物事をじっくりと観察し知見を増やし、自分なりの回答を導き出すことが和仁にとって興味をそそがれることなのだ。

毎週水曜購読のサッカーマガジンは、現在に至るまで尽きることなく習慣として続いており、耀太がサッカーを辞めた今も買い続けている。水曜に購入し、必ず木曜の帰宅までに大筋を読み終えることも現在まで変わらない。一部上場企業の戦士として働く和仁は残業も厭わない姿勢も手伝って日々忙しい男である。そんな中でも、和仁は必ず木曜の帰宅までにはサッカーマガジンを読み終え、帰宅後にはこれもまた"必ず"寝室のベッドの上に放り投げる。木曜の夜になるとコソコソと親の寝室に侵入し、ベッドの上から雑誌を持ち出す息子のことを確認しているが、わざわざ手渡すことはしない。いや、それを面と向かってできないのが和仁という男であり、親の姿なのだ。

耀太は学校や受験のための勉強が大嫌いというのにも関わらず、活字を読むのは好きだった。恐ろしい物言いで、自分の遊ぶ時間を奪い取り強制させられる"父"と"勉強"という存在は受け入れられないが、根本では物事を知り、分析をするのは好きなのである。そう、結局のところ血は争えないのだ。なのだが、それを父子ともに自覚がないのだから、妻であり母である文子は両者を見て「似たもの同士ね」と、耀太の妹、香と笑いながら二人を眺めている。

夕食後、耀太は自宅の庭に出てボール蹴りをする。瀧河家の自宅は祖母が住んでいた土地の上に家を新築し玄関を別にする半二世帯住宅である。土地費用が一切かからないことと、和仁の高収入によって庭付き一戸建てという豪邸とは言えないがそれなりに裕福な住まいを建てることができた。庭には大型のゴールデンレトリーバー"ライラ"がいる。庭付き一戸建てにゴールデンというと金持ちの王道のようだが、ライラの風貌は全くそれに似つかわしいものではなく、元気で人懐っこいが毛並みは全く手入れされていない、まるで野生のようである。和仁自身に風貌や容姿に関する意識が乏しいことが、ライラにも表現されてしまっているのだ。ベンツやシャネルのようにまるで金持ちのアピールのためにライラを飼っているわけではなく、もともと友人宅で人に触れることのできない環境にいたライラを不憫に思い和仁が引き取ったという経緯があり、それがゴールデンだったのは単なる偶然である。華美に着飾ることや、他人に存在をアピールすることに無頓着な和仁らしいといえばらしい。

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