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第24話。

須山には、センスという名の才能にしても、そして性格的にも自分からボールを要求し、目の前の敵を圧倒的なテクニックで翻弄し、高精度なロングパスやスルーパスを通す器は無い。元来黒子役の方が似合う須山の性格的にもそれは無理がある。しかし、須山が中盤の底に入ることにより、大きな体躯、確かな技術により味方のボールの預け所が定まる。大きい分、受けたパスを処理できる範囲も格段に広い。野球でいう一塁手(ファースト)の持つ個性と似ているかもしれない。大湊の狙いは、その須山が入ることにより中盤に意識的・物理的ターゲットマンをチームに認識させ、ピッチ上の選手がそれぞれの社(やしろ)に固まりがちなチームに連動性を与えることだった。特に、臨機応変に守備と攻撃をうまく使い分ける関井を除いた、有馬と川崎の二人。サイドからボールを受けてロングパスもしくは林原へ縦パスを当てるというある種消極的なプレーに終始しがちな有馬、ゲームメイクばかりを意識しすぎるあまりどうしてもバイタルエリアに意識が行き過ぎ、本来の縦横無尽に動き回れる運動量を発揮していない川崎の動きを、もとい意識を変えることが狙いだった。


須山が中盤の底で構えることにより、中盤の関井・有馬・川崎の3人が分担して行っていた守備も、専属の人間を一人置くことによってある程度攻撃への自由度が増す。そして中盤やDFラインからのパス先の第一ターゲットに須山がドシっと居座れば、川崎は中央ばかりにはいられない。というより、そこにとどまる必要がない。左右へ裏へ動きまわりパスを貰い、相手のプレスの弱まったところで、そこから自慢の技術を披露できる。小学生時代から技術とともに運動量と動きの質を鍛えてきた川崎には、こちらの姿の方が格段に似合っているというものだ。

第25話。

試合は前半終了間際に得た2度目のCKから1点を追加し、3-0で折り返すこととなった。ゴールを決めたのは須山だった。1度目は左から川崎の低めのキックに、林原が二アサイドへするりと抜け出し、ジャンプしながら左足のインサイドにチョンと合わせた。しかし、林原の位置からここしかないというコースを素人なりになんとか読んだGKが辛うじて枠外にはじき出して、二度目のCK。1度目までPA内でボールを受ける体勢をとっていた関井が中盤まで下がり、その空いたスペースへ須山が飛び込んだ。大湊の位置からは、関井と須山が何かひとことふたこと言葉を交わしていたのが見えていたため、それが主将であるMF関井の指示であることは容易に想像がついた。川崎はそれを見逃さずに須山の高い打点へ合わせて今度は高い玉を放り込む。比較的身長の低い子らが集まる松ノ瀬中にあって、須山の身長は文字通り頭一つ抜けた存在であるが、身体未発達の中学1年生である以上それは大清水中の一年生相手にもさほど変わりは無い。同時に競ればまだ勝負の余地があるが、関井の策略によって対応が遅れている状態では、須山の頭には届かない。須山は落ち着いて頭でボールをゴール方向に送り出した。コースは甘かったが、GKも意表を突かれていたため反応が出来なかったようだ。須山の高さもさることながら、一度目のCKで大清水中イレブンの警戒心を一手に集めた林原の存在感あってのゴールだったともいえる。

第26話。

試合は、大清水中の不慣れなGKもあり後半に3点を追加して6-0と、初戦に続き大勝で2回戦を突破し、準決勝に駒を進めた。須山を入れた中盤四人の連携はまだまだこれからと言ったところだが、一応の形は見えた。あとはここから一週間でこれをどこまで発展させるかが、大湊の手を加える部分である。また、須山は元々CB(センターバック)もこなせる守備的な選手である。中盤に入ったとしても、適確に次に繋げたり空中戦での戦いを中盤の制圧権争いに活かす等の黒子的な働きが本文であり、たぶんパスワークの起点になり中央でパスを受けてボールを散らすなどという、ある意味でハイカラなプレーは経験が無いに等しいに違いない。どうしてもボールの貰い方、タイミング、トラップの方向等にまだまだ未熟な面が見える。パスを受ける際に視界を保つために半身で受けることを意識したり、半身を保つためのボールへのより方、タイミングをずらしたりということが不得手なため、本来すんなりと前へ向ける局面も、無駄にタッチを稼いでしまうことがある。特に後ろからボールを引き出す時にそれは顕著になるが、やはり中盤の中央で構えてボールを受ける経験が与えられなかったのだからしかたがない。しかし若年層の育成に長く携わってきた大湊にとって、それは決して悲観材料ではなくこれから延ばすべきところ、自分に課せられた育成部分であり、それこそがこの立場の楽しみでもある。まだ13歳。これからいくらでも選手は大人になるにつれ変化をしていき、ポジションとて様々に変わっていく。今はその基礎を叩き込む時である。また、大湊は決してチーム事情のためのみに須山を抜擢したわけではない。既に大人顔負けの長身に、派手さは無いがボールを止める・蹴るをきっちりと行える高い基礎技術を持つ須山は、これから大人になるとともにその体を充分に使いきれる体力と筋肉をつけていけば、良いボランチになるだろうとの算段、いや希望という名の予測のもとに決断した抜擢である。

須山へのボランチとしての指導、あえて曖昧にしておいた中盤への須山起用の意図、それにより川崎や有馬、関井の意識を変えること。一週間後、次戦でぶつかることになると思われる今大会最強の敵と対峙するまでに、少しでも多くのことを選手達に伝えようと意気込みつつ家路につく大湊だった。

第27話。

翔はこの放課後の教室掃除が嫌いだった。
ともかくさっさとグラウンドへ降りてボールを蹴りたいというのに、まわりもちんたらやっていることも手伝い優に20分を超える教室掃除当番は、邪魔以外の何者でもなかった。なんなら勉強よりも邪魔だといいたげな無愛想な表情で翔は掃除を黙々とこなす。そんな翔にとって唯一の救いは、同じ当番にサッカーの話が通じる耀太がいることだった。つかみどころの無い奴だが、なんだか不思議な事を口走りなかなか勉強も出来て、何より頭が良いから受け答えが面白い。翔にとって耀太は興味の対象であり、また共にする会話はサッカーの話が出来ることもあり、子供ながらに癒される楽しい時間だった。

「日曜もまた試合勝ったよ。しかも6-0。どう?」
耀太は、質問をしてきた目の前のクラスメイトと自分とではサッカーの実力など到底及ばないはずであること理解している。その自分に、自慢げというよりは信頼する識者に意見を求めるような表情の翔に多少の違和感を覚えたが、同時に自分のサッカーに対する知識がクラスメイトから信頼されているという喜びを感じながら、素直な驚きを返事にした。

「へぇ~。やっぱり凄いね翔たちは。宏和、ありマンも市選抜なんでしょ?」

一年生ともなれば現在のクラスでしか基本的な人間関係は発展しない。自分達のクラスメイトではない有馬や関井の存在を耀太が認識していることは、翔にとって信頼と尊敬に値するものであり、耀太が獲得した信頼は(本人は自覚していないが)決して「サッカーを知っている」というだけで勝ち得たものではない。

「うん。選抜の中でも上手かったね」
「すっごいなー。次も勝てそう?」

大勝の報告を受けることが当たり前になっていた耀太は、なにげなく投げかけた自分の質問に、翔の表情が険しくなっていくのを確認した。

「次はヤバイ。湘南学苑だよ。知ってんべ?」

藤沢市には転校という形で出会った耀太だが、小学校卒業より半年以上前での転居のため、当然藤沢市でも地域のクラブでサッカーを続けるつもりだった耀太も、湘南学苑についてはその名前を耳にしている。

「あー、吉沢君とかが行ったとこでしょ?推薦だもんね。日本選抜3人もいるんだよね」

日本選抜というブランドを耀太は一切意識していない。サッカーをやめているということもあるが、そもそも転校前の時点でも所属しているチームのレギュラーすら危うい状態だった。そんな自分からすれば、日本選抜など天上人のおわす世界であり、市選抜ですら雲の上の存在であった。耀太にとっては身近な芸能人程度の存在である、その言葉とその日本選抜の司令塔の名前は、翔の顔をよりいっそう複雑にさせるものだった。

「そうなんだ。でも1年たったし、今はわからない。頑張る」

市選抜という輝かしいステータスを持つ翔は、耀太にとって憧れの存在だが、その翔は皮肉にも自分のわからない世界での苦悩を耀太に垣間見せている。その原因を作ってしまった自分への罪悪感と、自分にとってのヒーローに少しでも元気を出して欲しいと、幼く稚拙なボキャブラリーの中から一生懸命想いを言葉にした。

「うん。頑張れ!」

耀太の言葉が届いたのか届いていないのか、翔はほんの少し照れ臭そうにした後、そんな自分を悟らせないように話を切り替えた。

「っていうかさ、耀太だってサッカーやってたんだろ?小6の時うちのFCに来たって聞いたけど」
「うん。転校してきてすぐね。だけどほら、事故で骨折しちゃったから」

そこに吉沢や翔がいたことは、当時は知るよしもなかったが、そのまま同じチームに入らなくて良かったと耀太はホッとしている。もし同じチームに入っていれば全国に出場したチームの、ましてや中盤には各カテゴリの選抜選手が揃うチームで自分が試合に出られるはずがない。今のような翔との関係は築けていなかっただろうと、耀太は考えているからだった。

「そうだけど、サッカーまたやんないの?」

翔にしてみれば、むず痒い話だった。これだけ話の出来る仲間がチームメートに加われば、これほど楽しいことはない。サッカーの実力はわからないが、頭が良いからきっと良いプレーをすると、根拠のない評価を翔は耀太に与えていた。

「市選抜が3人もいて、林原なんて県選抜らしいじゃん。そんなとこいっても俺なんかみたいなひ弱な奴じゃついていけないよ(笑)」

確かに、翔の目から見ても耀太は線が細い上に身長も低い。活発に動き回るタイプでもないので、運動神経が良いタイプには見えなかった。

「ふ~ん。そんなもんかな。」
「うん。翔なんて10番じゃん。俺なんか足元にもおよばないよ」

皮肉な話だが、翔は10番に思い入れはない。10番とは翔にとって吉沢が着けるものであり、10番を争うスタイル、つまりテクニックを存分に活かした、悪い言い方をすればテクニックに依存したスタイルで勝負はしたくない。アンチ10番のテクニシャンこそが自分の目指すところであり、そういう価値観からすれば“10番にこだわる“ことは大変幼稚で情けないことだった。無論、そこには吉沢への嫉妬心があるのだが、幼き13歳の翔にはまだそこまで自分を客観視できるほどの強さも経験もなかった。

「見たこと無いからわかんないけど、そのうち遊びでもいいから一緒にやろうぜ」
「うん、そうだね。やろうやろう」

ともかく、相手はサッカーを本気でやる気はないと改めて認識した翔は、それでもこの信頼のおける魅力的な友人とのパス交換を諦めきれず、なんとか取り付けた最低限の約束に安堵した。


大嫌いな掃除当番のストレスを耀太との会話でスッと忘れさせてもらった翔だが、同時に大事な感情も忘れてしまったことに後悔する。頑張れと激励をくれた耀太に手を振り、翔は仲間達の待つグラウンドへ向かった。

第28話。

「そんなにすげえのか?吉沢って」
林原は同じようにクラスの掃除当番で遅れ、部室の前で並んで座ってスパイクを履く川崎翔に不思議そうにその質問を投げかけた。
「半端ないよ。調子に乗ったら手に負えない」
自我を表に出すような自分とは違い、常に冷静で大きく取り乱すことの無い翔が、スパイクのどこか一点を見つめるように俯いたまま黙々と答える姿に林原は、翔の強く、そして複雑な感情の温度を感じた。
しかしその時間は長いものではなく、スパイクを履き終えた翔の顔はすでにいつもどおりの飄々とした顔に戻っていた。
「林原は、吉沢より原山や、ポジションが被る楢山の方が気になるんじゃん?」
事実、林原は県選抜から上の選抜には漏れた。ナショナルトレセン、U-12には相当な思い入れとそして嫉妬がある。
「楢山がどんだけの奴なのかっていうのはすげえ気になる。原山って奴はあんまり知らねぇんだけど、翔は知ってんだべ?」
吉沢の質問とは打って変わって、淀み無く答える。
「この辺で吉沢と張り合えたのは原山ぐらいだったな。全国に行ってもアイツほどの奴はそうは見なかった。テクとかもいいし、パスも出せるけどともかくボールを追うのが凄かった。原山のことはありマンに聞いた方がわかると思うよ。同じクラブだったし」

林原は既に仲間とともに練習に励む有馬へ視線をやった。翔がチラリと覗いた林原の目つきは、先ほどまでのそれとは違い、みなぎる闘争心を決戦前に冷静さを保つために抑えるかのごとく鋭いものだった。
「ってことは、俺の所にも来るか。それなら絶対負けねぇ」
入学、そして仮入部の時から一年間見てきた林原の才能は、翔にとって疑うものではない。ボールを持ちすぎる嫌いはあるが、突破力、スピード、シュートセンス、そしてエゴイストぶりといい、全国へ進んだ富士見FC時代にもそんなFWはいなかった。
林原は、意気込んでいる自分を見守るかのような翔に対し、目を覚まさせるかのように笑顔で背中を叩いた。
「おめぇだっているしよ!もう1年たってんだ。勝負はわかんねえよ。おめぇがまたいいパスをくれて俺様がゴールに叩きつけりゃ1点よ。そうだろ?」

どこまでも勝ち気な林原に、堅くなっていた自分を見つけた翔は、その林原に自分が認められていることの再確認とほんの少しの勇気をもらい、はは、と小さく笑いながら返した。
「そうだね。林原がいるチームが市内で負けちゃだめだよな」

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