閉じる


<<最初から読む

22 / 63ページ

第22話。

「えぇー、そんなのめんどくせえじゃん。オオミナっちゃんは言うだけだもんな~」と例によって斜に構える須山に大湊が「文句あるのか須山」と返すと「や、やります、やりますよぉ」と笑いながら返す須山は、確かに一見すれば扱いづらい生徒かもしれないが、しかし一度ピッチにたてば、自分がやると言った事は必ず成し遂げようと全力で努力する。斜に構えたり、一歩引いたところから冷静に発言するという姿は須山にとって照れ隠しであり、本心ではない。もちろん、この年代においてその大人びた社交性は自分の殻を破るためのチャレンジ精神をそぐものであり、彼の成長に対する欠点となりえど決して須山と言う子が”ちゃらんぽらん”だということにはならない。

須山からボールを受けた右サイドバック和田は、フリーの状態からタッチライン際を一歩二歩と様子を伺いながら、ゆっくりと前進をする。和田ちゃん、と中盤左よりからセンターサークルのど真ん中に有馬が顔を出した。和田は有馬を確認するが、間に敵MFが二人おり、グラウンダーで通すには少々距離がありすぎると判断した和田は、パスを躊躇する。すると、次のプレーを模索し始めた矢先の和田の背後から、同じく自分を呼ぶ声が聞こえた。先ほど和田自身にグラウンダーの横パスを通したMF須山自らが和田の斜め後ろにフォローに入っていた。すかさず和田は須山にボールを戻す。

須山には、中央から須山の背後へ敵がプレッシャーをかけに来ていたが、長いリーチで敵を自分の懐に入らせない。細身の須山は決して関井のように強いフィジカルで体をうまく使い敵を封じ込めることはないが、リーチの長い須山は自身の天分を心得ているかのように敵のプレッシャーをのらりくらりとやりすごす。ボールを受けた須山は敵を背負いながら、先ほど和田にボールを要求するために中央に陣取り、その後須山へパスが渡ると同時にその前方へ駆け出した有馬へ危なげなく短いパスでボールを繋げた。

第23話。

有馬は、斜め後ろから受けたボールを身を翻しながらのワントラップで前を向いた。前方にはDFライン上に位置し、自らの足元へボールを要求するFW林原。自慢の快速を今にも開放させようかと、空ぶかしをして準備をしているもう一人のFW柳橋。そして、有馬が中央に絞ったことにより空いた左サイドのスペースへ、大清水中DF陣の雑踏の中を右から左へと斜めに走りぬけるMF川崎。

有馬が選択したのは、3人へのパスのどれでもなく川崎が走りぬけたおかげで敵が釣られて出来た中央のスペースへの前進だった。そして左足でまたぎワンフェイントをいれた後、自慢の左足を大きく振りぬく。狙いは右サイド奥、コーナーフラッグ手前。そこに走りこんでいたのは須山にボールを預けた後、有馬にボールが渡ることを悟り、有馬のキープ力とロングパスのセンスを信じ込み全速力でタッチライン際をダッシュしていたサイドバック和田だった。

山なりの難しいロングボールを丁寧にトラップした和田は、その場、コーナーフラッグ前で顔をあげる。大清水守備陣の誰もが、エースストライカー林原、ゲームメーカー川崎、スピードスター柳橋への展開を予想していただけに、和田へのプレッシャーはトラップしたその後もまだ間に合っていなかった。自分以外の誰か、このボールに反応した仲間はいるのか。和田の、トラップする前までの一縷の不安はあっけなく解消される。問題ない、和田はそう心に唱え浮き球ではなくゴール前へ、丁寧にグラウンダーのセンタリングを返した。そこには、大清水DFを自慢のスピードで置き去りにした柳橋が、俺に任せろといわんばかりの猛ダッシュでボールを迎えに来ていた。柳橋は躊躇無く右足インサイドにボールを当てて、そのままゴールネットへ押し込んだ。

第24話。

須山には、センスという名の才能にしても、そして性格的にも自分からボールを要求し、目の前の敵を圧倒的なテクニックで翻弄し、高精度なロングパスやスルーパスを通す器は無い。元来黒子役の方が似合う須山の性格的にもそれは無理がある。しかし、須山が中盤の底に入ることにより、大きな体躯、確かな技術により味方のボールの預け所が定まる。大きい分、受けたパスを処理できる範囲も格段に広い。野球でいう一塁手(ファースト)の持つ個性と似ているかもしれない。大湊の狙いは、その須山が入ることにより中盤に意識的・物理的ターゲットマンをチームに認識させ、ピッチ上の選手がそれぞれの社(やしろ)に固まりがちなチームに連動性を与えることだった。特に、臨機応変に守備と攻撃をうまく使い分ける関井を除いた、有馬と川崎の二人。サイドからボールを受けてロングパスもしくは林原へ縦パスを当てるというある種消極的なプレーに終始しがちな有馬、ゲームメイクばかりを意識しすぎるあまりどうしてもバイタルエリアに意識が行き過ぎ、本来の縦横無尽に動き回れる運動量を発揮していない川崎の動きを、もとい意識を変えることが狙いだった。


須山が中盤の底で構えることにより、中盤の関井・有馬・川崎の3人が分担して行っていた守備も、専属の人間を一人置くことによってある程度攻撃への自由度が増す。そして中盤やDFラインからのパス先の第一ターゲットに須山がドシっと居座れば、川崎は中央ばかりにはいられない。というより、そこにとどまる必要がない。左右へ裏へ動きまわりパスを貰い、相手のプレスの弱まったところで、そこから自慢の技術を披露できる。小学生時代から技術とともに運動量と動きの質を鍛えてきた川崎には、こちらの姿の方が格段に似合っているというものだ。

第25話。

試合は前半終了間際に得た2度目のCKから1点を追加し、3-0で折り返すこととなった。ゴールを決めたのは須山だった。1度目は左から川崎の低めのキックに、林原が二アサイドへするりと抜け出し、ジャンプしながら左足のインサイドにチョンと合わせた。しかし、林原の位置からここしかないというコースを素人なりになんとか読んだGKが辛うじて枠外にはじき出して、二度目のCK。1度目までPA内でボールを受ける体勢をとっていた関井が中盤まで下がり、その空いたスペースへ須山が飛び込んだ。大湊の位置からは、関井と須山が何かひとことふたこと言葉を交わしていたのが見えていたため、それが主将であるMF関井の指示であることは容易に想像がついた。川崎はそれを見逃さずに須山の高い打点へ合わせて今度は高い玉を放り込む。比較的身長の低い子らが集まる松ノ瀬中にあって、須山の身長は文字通り頭一つ抜けた存在であるが、身体未発達の中学1年生である以上それは大清水中の一年生相手にもさほど変わりは無い。同時に競ればまだ勝負の余地があるが、関井の策略によって対応が遅れている状態では、須山の頭には届かない。須山は落ち着いて頭でボールをゴール方向に送り出した。コースは甘かったが、GKも意表を突かれていたため反応が出来なかったようだ。須山の高さもさることながら、一度目のCKで大清水中イレブンの警戒心を一手に集めた林原の存在感あってのゴールだったともいえる。

第26話。

試合は、大清水中の不慣れなGKもあり後半に3点を追加して6-0と、初戦に続き大勝で2回戦を突破し、準決勝に駒を進めた。須山を入れた中盤四人の連携はまだまだこれからと言ったところだが、一応の形は見えた。あとはここから一週間でこれをどこまで発展させるかが、大湊の手を加える部分である。また、須山は元々CB(センターバック)もこなせる守備的な選手である。中盤に入ったとしても、適確に次に繋げたり空中戦での戦いを中盤の制圧権争いに活かす等の黒子的な働きが本文であり、たぶんパスワークの起点になり中央でパスを受けてボールを散らすなどという、ある意味でハイカラなプレーは経験が無いに等しいに違いない。どうしてもボールの貰い方、タイミング、トラップの方向等にまだまだ未熟な面が見える。パスを受ける際に視界を保つために半身で受けることを意識したり、半身を保つためのボールへのより方、タイミングをずらしたりということが不得手なため、本来すんなりと前へ向ける局面も、無駄にタッチを稼いでしまうことがある。特に後ろからボールを引き出す時にそれは顕著になるが、やはり中盤の中央で構えてボールを受ける経験が与えられなかったのだからしかたがない。しかし若年層の育成に長く携わってきた大湊にとって、それは決して悲観材料ではなくこれから延ばすべきところ、自分に課せられた育成部分であり、それこそがこの立場の楽しみでもある。まだ13歳。これからいくらでも選手は大人になるにつれ変化をしていき、ポジションとて様々に変わっていく。今はその基礎を叩き込む時である。また、大湊は決してチーム事情のためのみに須山を抜擢したわけではない。既に大人顔負けの長身に、派手さは無いがボールを止める・蹴るをきっちりと行える高い基礎技術を持つ須山は、これから大人になるとともにその体を充分に使いきれる体力と筋肉をつけていけば、良いボランチになるだろうとの算段、いや希望という名の予測のもとに決断した抜擢である。

須山へのボランチとしての指導、あえて曖昧にしておいた中盤への須山起用の意図、それにより川崎や有馬、関井の意識を変えること。一週間後、次戦でぶつかることになると思われる今大会最強の敵と対峙するまでに、少しでも多くのことを選手達に伝えようと意気込みつつ家路につく大湊だった。


読者登録

清永啓司さんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について