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第20話。

無論、大湊とてみすみす手放しで敗北する気はない。最優先事項に勝利を掲げていないだけで、いずれにせよ育成には「勝利」という二文字は必要不可欠であり、敗北とのバランスを持って選手は成長していく。チームの潜在能力が高ければ高いほど、そのバランスは勝利へ傾くことを必要とされ、まさしくこの1年生チームはそれが課せられる器を持ったチームだった。

大湊のとった対策は、長身でリーチが長く競り合いに強いのみならず、派手さはないが確かな技術を持つ須山を中盤の底に据えることだった。この若年層に似つかわしくない長身のためか、スタミナに乏しく文字通りチームを操る「ボランチ」という任を与えるには、性格的にもこのチームでの須山には荷が重いが、しかし空中戦にも強く懐の深いボールキープの出来る須山は少なくとも中盤のターゲットとしては機能するだろう。それが大湊の読みだった。ゲームメイクという大役まではこなせないが、DFラインやサイドからボールを引き出し”そこからボールが走り出す”という意味では、恵まれた体躯を武器にした守備力に加え、運動量や攻撃力も備わったフランス代表のビエラとはいかないまでも、攻撃の起点としての役目を任せられるのはタイプ的にも大湊には須山以外は考えられなかった。

第21話。

須山投入後、ゴールキックからのスタートにキャプテンマークを左腕に巻いた関井が叫んだ。DFラインのすぐ前まで下がりボールを要求している関井に、GK山井からのグラウンダーのパスを受けた左SB:広山は、シンプルに関井へボールを預ける。低い位置で前を向いてボールを得た関井は、そのまま2タッチ目でボールを手放した。関井のインサイドキックによりボールが向かう先には、中央のセンターサークルから下がり目でゆったりと構える須山がいる。投入直後の須山の固さを取り除くために、いち早くボールを須山に触らせる。関井なりのキャプテンシーだろうと、大湊は無言で周囲から見えないほど小さくではあるが、まるで子供に正解を促す親の様に小さくうなずいた。

「須山!」と叫ぶ関井の呼びかけに、へいよぅと気の抜けた返事とともにボールを捉えた須山は、そのまま反転し右サイドへ自分と並行にグラウンダーのボールを走らせた。決して手を抜く子ではないが、仲間内の会話でも本気を見せず斜に構えて一歩引いた立場からのらりくらりとかわす様な受け答えをする須山は、多くの先生方に誤解をされやすい。大人と見比べても身長が高く、細身でスタイルもいい。切れ長の目にパーマのかかった頭髪、何事にも全力を見せずに行動をするような姿勢を組み合わせれば、ちゃらんぽらんと見られがちなのも否定はできないが、須山という子の本質は本来責任感の強い子である。大湊もサッカーという、一般の生徒とは違う場で接していなければ、諸先生方と同じように須山のことを誤解していたかもしれない。

第22話。

「えぇー、そんなのめんどくせえじゃん。オオミナっちゃんは言うだけだもんな~」と例によって斜に構える須山に大湊が「文句あるのか須山」と返すと「や、やります、やりますよぉ」と笑いながら返す須山は、確かに一見すれば扱いづらい生徒かもしれないが、しかし一度ピッチにたてば、自分がやると言った事は必ず成し遂げようと全力で努力する。斜に構えたり、一歩引いたところから冷静に発言するという姿は須山にとって照れ隠しであり、本心ではない。もちろん、この年代においてその大人びた社交性は自分の殻を破るためのチャレンジ精神をそぐものであり、彼の成長に対する欠点となりえど決して須山と言う子が”ちゃらんぽらん”だということにはならない。

須山からボールを受けた右サイドバック和田は、フリーの状態からタッチライン際を一歩二歩と様子を伺いながら、ゆっくりと前進をする。和田ちゃん、と中盤左よりからセンターサークルのど真ん中に有馬が顔を出した。和田は有馬を確認するが、間に敵MFが二人おり、グラウンダーで通すには少々距離がありすぎると判断した和田は、パスを躊躇する。すると、次のプレーを模索し始めた矢先の和田の背後から、同じく自分を呼ぶ声が聞こえた。先ほど和田自身にグラウンダーの横パスを通したMF須山自らが和田の斜め後ろにフォローに入っていた。すかさず和田は須山にボールを戻す。

須山には、中央から須山の背後へ敵がプレッシャーをかけに来ていたが、長いリーチで敵を自分の懐に入らせない。細身の須山は決して関井のように強いフィジカルで体をうまく使い敵を封じ込めることはないが、リーチの長い須山は自身の天分を心得ているかのように敵のプレッシャーをのらりくらりとやりすごす。ボールを受けた須山は敵を背負いながら、先ほど和田にボールを要求するために中央に陣取り、その後須山へパスが渡ると同時にその前方へ駆け出した有馬へ危なげなく短いパスでボールを繋げた。

第23話。

有馬は、斜め後ろから受けたボールを身を翻しながらのワントラップで前を向いた。前方にはDFライン上に位置し、自らの足元へボールを要求するFW林原。自慢の快速を今にも開放させようかと、空ぶかしをして準備をしているもう一人のFW柳橋。そして、有馬が中央に絞ったことにより空いた左サイドのスペースへ、大清水中DF陣の雑踏の中を右から左へと斜めに走りぬけるMF川崎。

有馬が選択したのは、3人へのパスのどれでもなく川崎が走りぬけたおかげで敵が釣られて出来た中央のスペースへの前進だった。そして左足でまたぎワンフェイントをいれた後、自慢の左足を大きく振りぬく。狙いは右サイド奥、コーナーフラッグ手前。そこに走りこんでいたのは須山にボールを預けた後、有馬にボールが渡ることを悟り、有馬のキープ力とロングパスのセンスを信じ込み全速力でタッチライン際をダッシュしていたサイドバック和田だった。

山なりの難しいロングボールを丁寧にトラップした和田は、その場、コーナーフラッグ前で顔をあげる。大清水守備陣の誰もが、エースストライカー林原、ゲームメーカー川崎、スピードスター柳橋への展開を予想していただけに、和田へのプレッシャーはトラップしたその後もまだ間に合っていなかった。自分以外の誰か、このボールに反応した仲間はいるのか。和田の、トラップする前までの一縷の不安はあっけなく解消される。問題ない、和田はそう心に唱え浮き球ではなくゴール前へ、丁寧にグラウンダーのセンタリングを返した。そこには、大清水DFを自慢のスピードで置き去りにした柳橋が、俺に任せろといわんばかりの猛ダッシュでボールを迎えに来ていた。柳橋は躊躇無く右足インサイドにボールを当てて、そのままゴールネットへ押し込んだ。

第24話。

須山には、センスという名の才能にしても、そして性格的にも自分からボールを要求し、目の前の敵を圧倒的なテクニックで翻弄し、高精度なロングパスやスルーパスを通す器は無い。元来黒子役の方が似合う須山の性格的にもそれは無理がある。しかし、須山が中盤の底に入ることにより、大きな体躯、確かな技術により味方のボールの預け所が定まる。大きい分、受けたパスを処理できる範囲も格段に広い。野球でいう一塁手(ファースト)の持つ個性と似ているかもしれない。大湊の狙いは、その須山が入ることにより中盤に意識的・物理的ターゲットマンをチームに認識させ、ピッチ上の選手がそれぞれの社(やしろ)に固まりがちなチームに連動性を与えることだった。特に、臨機応変に守備と攻撃をうまく使い分ける関井を除いた、有馬と川崎の二人。サイドからボールを受けてロングパスもしくは林原へ縦パスを当てるというある種消極的なプレーに終始しがちな有馬、ゲームメイクばかりを意識しすぎるあまりどうしてもバイタルエリアに意識が行き過ぎ、本来の縦横無尽に動き回れる運動量を発揮していない川崎の動きを、もとい意識を変えることが狙いだった。


須山が中盤の底で構えることにより、中盤の関井・有馬・川崎の3人が分担して行っていた守備も、専属の人間を一人置くことによってある程度攻撃への自由度が増す。そして中盤やDFラインからのパス先の第一ターゲットに須山がドシっと居座れば、川崎は中央ばかりにはいられない。というより、そこにとどまる必要がない。左右へ裏へ動きまわりパスを貰い、相手のプレスの弱まったところで、そこから自慢の技術を披露できる。小学生時代から技術とともに運動量と動きの質を鍛えてきた川崎には、こちらの姿の方が格段に似合っているというものだ。

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