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第18話。

次の瞬間、ボールはPA内に侵入していた。
川崎はドラックバックから、軸足に当てて敵守備陣のタイミングをずらすスルーパスを出した。「無人のPA」と思い込んでいた大清水中DF陣の背後には、目の前に出てきたごちそうに興奮を隠し切れない林原が鎮座しており、冷静にゴール右隅へボールを押し込めた。開始4分のことだった。直後、大湊が動き出した。

「須山!」
はい、と言葉静かにしかし責務を全うしようという意志が感じられる重い口調で答えた須山は、ベンチを立ち上がり大湊のもとに向かう。

「アップは」
「スタメン組と一緒にやっていたので問題ないです」
わかったという言葉の代わりに、すぐさま脇にあるファイルから選手交代用の用紙を取り出し「OUT=高橋 IN=須山」と書き込んだ。


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ピッチに入った須山が松ノ瀬中イレブンに大湊からの指示を伝達する。
前線を3トップから2トップに変更し、余った1枚を中盤に変更する指示だった。3CMF(3センターミッドフィルダー:中盤にサイドハーフ、トップ下等の役割を明確にしたポジションを置かずにセンターにMF3人をバランスよく配置する方法)から、川崎をトップ下に置くダイヤモンド型に変更し、須山は1ボランチとしてDFラインの前に位置する。選手達は開始5分に満たない時点での布陣変更に多少の戸惑いを見せたものの、前日に一度フォーメーション練習として須山を中盤の最後尾に入れた形を最後の10分に行っていたため、とりあえずはシステム変更に対応することが出来た。

第19話。

「攻撃の指針決定者がいない」
大湊のこの1年生チームに対する、うっすらと浮かんできた弱点がそれだった。川崎、有馬、関井、彼らの才能・実力は申し分ないが仲良くパス回しが出来る反面、これといったリズムや決定的な動きからの転調が無い。プレッシングやオートマティズムなどの組織だった動きを反復すれば、ある程度その問題は解消されるがそれは大湊の哲学から大きく外れる。大湊にとって最優先するべきは目先の勝利ではなく、目の前のかわいい子供達の成長なのである。また、例年のチームや大湊が過去に指揮指導してきたチームのほとんどは、周りの子の平均からすれば突出した才能を持つ選手がおり、彼にボールが集まるようになり攻撃の柱、チームの方向性というものが自然と定まっていくのだが、この1年生チームには市選抜クラスが3人以上も集まってしまったため、逆に中盤に飛びぬけた存在がおらず、個々の能力の高さ故の弱点が現れてしまった。

第20話。

無論、大湊とてみすみす手放しで敗北する気はない。最優先事項に勝利を掲げていないだけで、いずれにせよ育成には「勝利」という二文字は必要不可欠であり、敗北とのバランスを持って選手は成長していく。チームの潜在能力が高ければ高いほど、そのバランスは勝利へ傾くことを必要とされ、まさしくこの1年生チームはそれが課せられる器を持ったチームだった。

大湊のとった対策は、長身でリーチが長く競り合いに強いのみならず、派手さはないが確かな技術を持つ須山を中盤の底に据えることだった。この若年層に似つかわしくない長身のためか、スタミナに乏しく文字通りチームを操る「ボランチ」という任を与えるには、性格的にもこのチームでの須山には荷が重いが、しかし空中戦にも強く懐の深いボールキープの出来る須山は少なくとも中盤のターゲットとしては機能するだろう。それが大湊の読みだった。ゲームメイクという大役まではこなせないが、DFラインやサイドからボールを引き出し”そこからボールが走り出す”という意味では、恵まれた体躯を武器にした守備力に加え、運動量や攻撃力も備わったフランス代表のビエラとはいかないまでも、攻撃の起点としての役目を任せられるのはタイプ的にも大湊には須山以外は考えられなかった。

第21話。

須山投入後、ゴールキックからのスタートにキャプテンマークを左腕に巻いた関井が叫んだ。DFラインのすぐ前まで下がりボールを要求している関井に、GK山井からのグラウンダーのパスを受けた左SB:広山は、シンプルに関井へボールを預ける。低い位置で前を向いてボールを得た関井は、そのまま2タッチ目でボールを手放した。関井のインサイドキックによりボールが向かう先には、中央のセンターサークルから下がり目でゆったりと構える須山がいる。投入直後の須山の固さを取り除くために、いち早くボールを須山に触らせる。関井なりのキャプテンシーだろうと、大湊は無言で周囲から見えないほど小さくではあるが、まるで子供に正解を促す親の様に小さくうなずいた。

「須山!」と叫ぶ関井の呼びかけに、へいよぅと気の抜けた返事とともにボールを捉えた須山は、そのまま反転し右サイドへ自分と並行にグラウンダーのボールを走らせた。決して手を抜く子ではないが、仲間内の会話でも本気を見せず斜に構えて一歩引いた立場からのらりくらりとかわす様な受け答えをする須山は、多くの先生方に誤解をされやすい。大人と見比べても身長が高く、細身でスタイルもいい。切れ長の目にパーマのかかった頭髪、何事にも全力を見せずに行動をするような姿勢を組み合わせれば、ちゃらんぽらんと見られがちなのも否定はできないが、須山という子の本質は本来責任感の強い子である。大湊もサッカーという、一般の生徒とは違う場で接していなければ、諸先生方と同じように須山のことを誤解していたかもしれない。

第22話。

「えぇー、そんなのめんどくせえじゃん。オオミナっちゃんは言うだけだもんな~」と例によって斜に構える須山に大湊が「文句あるのか須山」と返すと「や、やります、やりますよぉ」と笑いながら返す須山は、確かに一見すれば扱いづらい生徒かもしれないが、しかし一度ピッチにたてば、自分がやると言った事は必ず成し遂げようと全力で努力する。斜に構えたり、一歩引いたところから冷静に発言するという姿は須山にとって照れ隠しであり、本心ではない。もちろん、この年代においてその大人びた社交性は自分の殻を破るためのチャレンジ精神をそぐものであり、彼の成長に対する欠点となりえど決して須山と言う子が”ちゃらんぽらん”だということにはならない。

須山からボールを受けた右サイドバック和田は、フリーの状態からタッチライン際を一歩二歩と様子を伺いながら、ゆっくりと前進をする。和田ちゃん、と中盤左よりからセンターサークルのど真ん中に有馬が顔を出した。和田は有馬を確認するが、間に敵MFが二人おり、グラウンダーで通すには少々距離がありすぎると判断した和田は、パスを躊躇する。すると、次のプレーを模索し始めた矢先の和田の背後から、同じく自分を呼ぶ声が聞こえた。先ほど和田自身にグラウンダーの横パスを通したMF須山自らが和田の斜め後ろにフォローに入っていた。すかさず和田は須山にボールを戻す。

須山には、中央から須山の背後へ敵がプレッシャーをかけに来ていたが、長いリーチで敵を自分の懐に入らせない。細身の須山は決して関井のように強いフィジカルで体をうまく使い敵を封じ込めることはないが、リーチの長い須山は自身の天分を心得ているかのように敵のプレッシャーをのらりくらりとやりすごす。ボールを受けた須山は敵を背負いながら、先ほど和田にボールを要求するために中央に陣取り、その後須山へパスが渡ると同時にその前方へ駆け出した有馬へ危なげなく短いパスでボールを繋げた。

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