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第14話。

大越中5番の目に映った林原は、左足を振りかぶっていた。
大越中5番の未来映像にいるはずだったセンターバックである大越中2番は、必死にコースを切ろうと林原目掛けてその足を投げ出そうとしていたが、まず間違いなく届かない事を彼は見切ってしまった。背後に振り返った彼の位置から、2番はまだ彼の右斜め前、林原とは視界の反対側に位置していたのだ。

林原は、その才能を最も享受しているであろう左足を振りぬいた。
足の甲にピッタリと乗ったボールは大越中キーパーのだいぶ遅れた横っ飛びを無視するかのごとく、ゴール右隅のネットに納まる。大越中サイドバックの5番はその絶望の瞬間を目にした時に、全てを理解する。林原の最初のフェイント。縦への突破に見せかけ中へ切れ込んだフェイントは、自分に対するものではなく自分に、ほんの一瞬にすら満たないギャップを作らせることによって、カバーリング役のセンターバック2番に「中方向への突破だ」と意識させ、ポジショニングを修正させるためのものだった。そうすることにより、5番自身の背後にスペースを生み出し、林原に比べ遥かに敏捷性に劣る自分との1対1に持ち込んだのだ。林原の先制点により、大越中サイドバックの5番は林原への対応に戸惑い続け、正解を見出せなくなっていった。

第15話。

5-0。それが、まだ才能の伸びしろを大きく残す子供たちが大湊に見せた”結果”だった。FW林原の2得点1アシスト(加えて終了間際にバーを叩いたミドルシュート)、MF川崎の1得点2アシスト、FW高橋の1得点、川崎のスルーパスに抜群のスピードで抜け出したFW柳橋の1得点、MF有馬の1アシスト。1年生達は、大湊の指示通り”いつもどおり”の力を発揮した。特に、林原とともに出色の出来だったのが川崎だった。中盤を縦横無尽に走り回り、ボールを頻繁に呼び込み組み立て、ラストパス、抜け出しての得点と、MFとしてほぼ完璧なプレーだったといえる。

ゴールデンエイジ特有の未完成によるプレーのムラ、ミスを除けばケチの付け所の無い試合展開だったが、唯一課題をみつけるとすれば選手層だった。後半も残り10分をきったころ、ピッチに立つ選手達が追いつかれるにはよほどの奇跡が無いと起こりえないほどの点差をつけてくれたために、大湊はMF有馬に変えて中盤もこなせるFW佐村、右WG柳橋に変えて森田を投入したが、二人は全くと言ってよいほど機能しなかった。佐村、森田ともに相手と比べても何ら遜色ない実力の持ち主のはずなのだが、動きが堅く、ボールが足につかず、動きも乏しかった。初めての公式戦、先発という自信の裏づけとなる肩書きを与えられなかった彼らは、スターティングメンバーとして名を連ねた選手との現在の実力差からくる後ろめたさも相まって、自分のプレーが出来なかったのだろう。プロにも必要だが、この世代の育成には当然のように必要とされる競争意識の植え付けを考えるなら、これは改善すべき問題だった。格の違う林原、甘めに見積もって川崎を別と知れば、これが改善されなければ、レギュラーとしてピッチに立つ選抜クラスの有馬や関井の成長にも影響が出てくる。一朝一夕で解決する問題では無いが、控え選手の成長を促すような策が必要だろうと、大湊はこの試合の自らの考察を締めくくり次戦へ意識を変えるのだった。

第16話。

決勝まで駒を進めれば4試合。3位決定戦は無いため、決勝に進んだチームのみが4試合を行える。若年層の大会において、真剣勝負の試合を数多く経験させることこそが成長への最短距離と考える大湊は、とにもかくにもいかにしてこの大会での試合数を増やすかということを念頭においていた。しかし、藤沢市内19校が二つの山に分かれた同じブロックには、全国を狙う湘南学苑がいる。このまま勝ち進めば準決勝であたることになる。この一年生大会のように市内完結の大会に限れば、この準決勝こそ最大の山場であり、決勝の相手がそれに勝ることはないだろう。自ずと大湊の意識は準決勝に向かった。

このレベルでは致し方ない話だが大会日程は基本的に同日開催のため、湘南学苑の試合を偵察に行くことはままならなかった。行けるとすればそれは教え子が敗退した時である。なんとも皮肉な話だが、もともとこの年代に組織を叩き込むつもりのない大湊は、当然相手に合わせ欠点を突くということを最優先に考えるようなサッカー哲学の持ち主ではない。そのため、湘南学苑の『サッカーの質』が見られないことはさほど問題ではなかった。しかし、こちらも1年生ならあちらも1年生。湘南学苑の1年生となると、ゲームは見たことが無い。せめて個々の能力は、いや、実力差は把握しておきたいのが本音だった。


2年生の県下一斉テストによる休部期間に行われるこの大会は、従って開催期間が限られている。試合ごとの間隔は短く、つまり翌週の日曜には次戦が行われる。そのため、問題修復のために練習試合を組むという事は不可能であり、成り行き上公式戦をこなしながらその試合の中で修復を試みることになる。逆に言えば、2回戦以降の各チームが初戦を”勝利”という結果をもって突破してきたという大前提から、チーム自体を大きく弄ることはメリットよりもリスクの方が大きい。しかし大湊はこれまでの練習試合、大越中戦から脳裏にうっすらと浮かび上がったこの1年生チームの欠陥を認識しはじめ、ここでそのセオリーを崩しチームに大きな変更を施すことを決意していた。

第17話。

「スタメンを発表する」
コンディションや相手、状況によって実力とは関係の無いところでスタメンの変更がある練習試合のそれとは違い、公式戦における大湊のこのセリフの後には独特の緊張感が走る。1年生とてやはりサッカーチームとは実力主義の関係である。

大湊は大勝した初戦と同じ布陣を選択した。
2回戦の相手は、大越中より劣る大清水中。以前に顧問より1年生にGKがいないという話を聞いている。Jリーグ開始1年目の当時は、他の運動部に比べ盛んな方に入るサッカー部だが、未だ発展途上の最中にある日本にあって、選手層とくにGKが揃わないという話は珍しい話ではなかった。

開始早々、実力に勝る松ノ瀬中の中盤が試合を圧倒する。
センターサークル手前右寄りで右SB和田からボールを受けた関井は、敵の寄せにより縦方向へのプレーの一切が不可能と判断したのか、一拍置いてDF渡辺へ自軍陣地を斜めに切り裂くようにグラウンダーのバックパスを送る。立ち止まることなくセンターへ走り込んだ関井は渡辺からリターンパスを受け、そのまま左サイド前目に位置した有馬へボールを送る。有馬は、チェックに来た敵のMFに対しボールを足裏でなめてセンター方向へスライドしパスコースを作り出したかと思った矢先、大清水中DFラインの前、つまりバイタルエリアの密集地に右サイドからすっとセンターへ入り込んだ川崎の足元へピタっと長いパスを通した。川崎は柔らかいトラップですぐさまボールを自分のものにし、敵にプレスをさせる隙を与えない。そのままDFラインにつっかけ、またぎフェイントの後、右側へ敵ボランチ一人をかわし、そのこぼれを掻っ攫いにきた敵DFを、足裏を使ったバック(後退)であしらう。
次の瞬間、ボールはPA内に侵入していた。

第18話。

次の瞬間、ボールはPA内に侵入していた。
川崎はドラックバックから、軸足に当てて敵守備陣のタイミングをずらすスルーパスを出した。「無人のPA」と思い込んでいた大清水中DF陣の背後には、目の前に出てきたごちそうに興奮を隠し切れない林原が鎮座しており、冷静にゴール右隅へボールを押し込めた。開始4分のことだった。直後、大湊が動き出した。

「須山!」
はい、と言葉静かにしかし責務を全うしようという意志が感じられる重い口調で答えた須山は、ベンチを立ち上がり大湊のもとに向かう。

「アップは」
「スタメン組と一緒にやっていたので問題ないです」
わかったという言葉の代わりに、すぐさま脇にあるファイルから選手交代用の用紙を取り出し「OUT=高橋 IN=須山」と書き込んだ。


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ピッチに入った須山が松ノ瀬中イレブンに大湊からの指示を伝達する。
前線を3トップから2トップに変更し、余った1枚を中盤に変更する指示だった。3CMF(3センターミッドフィルダー:中盤にサイドハーフ、トップ下等の役割を明確にしたポジションを置かずにセンターにMF3人をバランスよく配置する方法)から、川崎をトップ下に置くダイヤモンド型に変更し、須山は1ボランチとしてDFラインの前に位置する。選手達は開始5分に満たない時点での布陣変更に多少の戸惑いを見せたものの、前日に一度フォーメーション練習として須山を中盤の最後尾に入れた形を最後の10分に行っていたため、とりあえずはシステム変更に対応することが出来た。

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