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第12話。

大越中の誰もが、そんな安堵感と任務遂行の意思疎通を感じとった瞬間だった。

林原は左足で半身を維持した態勢から小刻みなタッチで緩やかな前進をしたまま、左足元から縦へまっすぐ軌道をとるボールを気持ち右へ寄せた。

次の瞬間、体を右側、中方向へと向けるしぐさをした後、すぐさま体を一気に縦方向へ一歩抜きだすフェイントを繰り出し、右足でボールを小突く。大越中5番は一瞬の遅れを取り戻すがごとく、林原に合わせ進路を遮るように右外側斜め後ろへ体を捻るが、林原はボールを蹴り出さず、撫でるようにボールの上を右足にまたがせた。ボールは撫で終えた右足のアウトサイドに当たり、右中方向へボール半個分移動した。

やはり左足か。改めてそう認識しなおす暇も与えられずに大越中5番は右斜め後ろへの急転換をストップさせられる。驚異の左足をボールのもとへと動かし始めた林原を瞬時に視界の中央に捕らえ、ほんの一瞬、文字通り瞬くほどとはいえ林原に場所と時間を与えてしまったことに恐怖を覚えた後、再度空けられた時間を取り戻すため彼は二度目の急転換をその身に施す。林原の進行方向へ向かって急転換をしたサイドバックには、焦りながらも(まだ間に合う・・・)という意識が見られた。

中方向へ体を向けつつある林原の左足は、ボールへ向かっているはずだが、右足を回転軸にボールの前を猛スピードで、まるで脅威の左足への対応に焦る大越中5番をあざ笑うかのようにすり抜けた。

第13話。

中方向へ体を向けつつある林原の左足は、ボールへ向かっているはずだが、右足を回転軸にボールの前を猛スピードで、まるで脅威の左足への対応に焦る大越中5番をあざ笑うかのようにすり抜けた。シザーズと呼ばれるまたぎフェイントだ。円運動を終え、再び右足元に左足を戻した林原は、左足の勢いを受けた中腰の体勢からそのままのリズムで、伸び上がるように縦方向へ前進を始める。左足アウトサイドで縦に蹴り出されたボールはPA内左端への侵入に成功し、まるで”そこに置かれた”ように主人の迎えをまっている。完全に左足で中方向への突破を意識していた大越中5番は虚を突かれ見事に体勢を崩すことになったが、その一瞬に限り彼の顔に絶望の色は見られなかった。

大越中5番の目には、林原の置いたボールが遠くに行き過ぎたように見えた。なぜなら、彼の後ろには援護に来たセンターバックの2番がいる。自分は完全に虚をつかれたものの、そのカバーを必ず2番が行うはずだという確信とともに、「(それではセンターバックと競ることになる)」と、林原のミスキックをあざ笑い返した。林原と競っている大越中2番の援護に今度は自らが加わるために、彼は脇を抜けていく林原とともにそのボールを視界に捉えるため、瞬間的に首を背後に捻る。彼の視界が捉えたものは、予想ではなく絶望だった。

第14話。

大越中5番の目に映った林原は、左足を振りかぶっていた。
大越中5番の未来映像にいるはずだったセンターバックである大越中2番は、必死にコースを切ろうと林原目掛けてその足を投げ出そうとしていたが、まず間違いなく届かない事を彼は見切ってしまった。背後に振り返った彼の位置から、2番はまだ彼の右斜め前、林原とは視界の反対側に位置していたのだ。

林原は、その才能を最も享受しているであろう左足を振りぬいた。
足の甲にピッタリと乗ったボールは大越中キーパーのだいぶ遅れた横っ飛びを無視するかのごとく、ゴール右隅のネットに納まる。大越中サイドバックの5番はその絶望の瞬間を目にした時に、全てを理解する。林原の最初のフェイント。縦への突破に見せかけ中へ切れ込んだフェイントは、自分に対するものではなく自分に、ほんの一瞬にすら満たないギャップを作らせることによって、カバーリング役のセンターバック2番に「中方向への突破だ」と意識させ、ポジショニングを修正させるためのものだった。そうすることにより、5番自身の背後にスペースを生み出し、林原に比べ遥かに敏捷性に劣る自分との1対1に持ち込んだのだ。林原の先制点により、大越中サイドバックの5番は林原への対応に戸惑い続け、正解を見出せなくなっていった。

第15話。

5-0。それが、まだ才能の伸びしろを大きく残す子供たちが大湊に見せた”結果”だった。FW林原の2得点1アシスト(加えて終了間際にバーを叩いたミドルシュート)、MF川崎の1得点2アシスト、FW高橋の1得点、川崎のスルーパスに抜群のスピードで抜け出したFW柳橋の1得点、MF有馬の1アシスト。1年生達は、大湊の指示通り”いつもどおり”の力を発揮した。特に、林原とともに出色の出来だったのが川崎だった。中盤を縦横無尽に走り回り、ボールを頻繁に呼び込み組み立て、ラストパス、抜け出しての得点と、MFとしてほぼ完璧なプレーだったといえる。

ゴールデンエイジ特有の未完成によるプレーのムラ、ミスを除けばケチの付け所の無い試合展開だったが、唯一課題をみつけるとすれば選手層だった。後半も残り10分をきったころ、ピッチに立つ選手達が追いつかれるにはよほどの奇跡が無いと起こりえないほどの点差をつけてくれたために、大湊はMF有馬に変えて中盤もこなせるFW佐村、右WG柳橋に変えて森田を投入したが、二人は全くと言ってよいほど機能しなかった。佐村、森田ともに相手と比べても何ら遜色ない実力の持ち主のはずなのだが、動きが堅く、ボールが足につかず、動きも乏しかった。初めての公式戦、先発という自信の裏づけとなる肩書きを与えられなかった彼らは、スターティングメンバーとして名を連ねた選手との現在の実力差からくる後ろめたさも相まって、自分のプレーが出来なかったのだろう。プロにも必要だが、この世代の育成には当然のように必要とされる競争意識の植え付けを考えるなら、これは改善すべき問題だった。格の違う林原、甘めに見積もって川崎を別と知れば、これが改善されなければ、レギュラーとしてピッチに立つ選抜クラスの有馬や関井の成長にも影響が出てくる。一朝一夕で解決する問題では無いが、控え選手の成長を促すような策が必要だろうと、大湊はこの試合の自らの考察を締めくくり次戦へ意識を変えるのだった。

第16話。

決勝まで駒を進めれば4試合。3位決定戦は無いため、決勝に進んだチームのみが4試合を行える。若年層の大会において、真剣勝負の試合を数多く経験させることこそが成長への最短距離と考える大湊は、とにもかくにもいかにしてこの大会での試合数を増やすかということを念頭においていた。しかし、藤沢市内19校が二つの山に分かれた同じブロックには、全国を狙う湘南学苑がいる。このまま勝ち進めば準決勝であたることになる。この一年生大会のように市内完結の大会に限れば、この準決勝こそ最大の山場であり、決勝の相手がそれに勝ることはないだろう。自ずと大湊の意識は準決勝に向かった。

このレベルでは致し方ない話だが大会日程は基本的に同日開催のため、湘南学苑の試合を偵察に行くことはままならなかった。行けるとすればそれは教え子が敗退した時である。なんとも皮肉な話だが、もともとこの年代に組織を叩き込むつもりのない大湊は、当然相手に合わせ欠点を突くということを最優先に考えるようなサッカー哲学の持ち主ではない。そのため、湘南学苑の『サッカーの質』が見られないことはさほど問題ではなかった。しかし、こちらも1年生ならあちらも1年生。湘南学苑の1年生となると、ゲームは見たことが無い。せめて個々の能力は、いや、実力差は把握しておきたいのが本音だった。


2年生の県下一斉テストによる休部期間に行われるこの大会は、従って開催期間が限られている。試合ごとの間隔は短く、つまり翌週の日曜には次戦が行われる。そのため、問題修復のために練習試合を組むという事は不可能であり、成り行き上公式戦をこなしながらその試合の中で修復を試みることになる。逆に言えば、2回戦以降の各チームが初戦を”勝利”という結果をもって突破してきたという大前提から、チーム自体を大きく弄ることはメリットよりもリスクの方が大きい。しかし大湊はこれまでの練習試合、大越中戦から脳裏にうっすらと浮かび上がったこの1年生チームの欠陥を認識しはじめ、ここでそのセオリーを崩しチームに大きな変更を施すことを決意していた。


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