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第10話。

「練習試合の通りにやればいい。自分たちの実力を出し切ることをまず一番の目標にしなさい」
試合前、グラウンドの全て照らし出すような昼間の陽のもと、試合用に設置されたベンチの前に新入生を集めて、大湊は彼らに強い口調で発した。練習試合の通りにやれば勝てる。それは大湊にとって嘘偽りない、彼らへの評価であった。事実、地域の中学校相手の練習試合では、上級生が苦しむ中、彼ら新入生同士の試合ではほぼ負けることがなかった。

「スタメンを発表する」
大湊の顔を見つめる彼らの顔が、より一層引き締まる。


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大湊は基本的に4-3-3システムを好む。理由は、身体未発達の中学生にはスタミナが限られている事と、ゴールデンエイジと呼ばれるこの最も吸収力の高い時期に、組織を叩き込む戦い方を嫌うためだ。そのためには、高い連動性や組織力を求めずともある程度機能しやすいシステムを選定する必要がある。それ故の4-3-3システムである。無論、ある程度の組織や約束事は与えるが、基本とする戦い方に組織は置かず、個々の力をどう伸ばすかという事を第一優先事項として監督の席に座るのが大湊の信念である。

その信念に基づき、守備をほぼ免除される左ウイングに据えられた林原が前半も序盤から暴れ回っている。まだ開始10分にも満たないが、大越中の右サイドDFは既に林原の驚異を感じ取ったのか、対応が全て後手にまわってしまっている。些か気の毒ではあるが、いかんともしがたい歴然とした才能の差が出た結果だろう。

林原を左に入れることにより、セントラルの左よりに位置するMF有馬は自ずと守備に走る時間が増えるが、元々常に自ら突破していくような、攻撃に片寄ったプレイスタイルではない。足元の技術に優れ、短いパスで組立に参加出来ることもさることながら、左足一本で局面を変えることの出来るロングパスとキック力を持つ彼は、前線で勝負したがる林原にとってこれ以上無いお膳立て屋であり、また自我を強く発することの無い温厚な有馬にとって、しつこいほどうるさく要求をする林原は、彼にとっても良い攻撃の指針決定者となる。

林原が暴れているが、それ以上に試合の主導権争いに貢献しているのがセントラルMFの三人だ。

第11話。

林原が暴れているが、それ以上に試合の主導権争いに貢献しているのがセントラルMFの三人だ。 関井が強いフィジカルでしっかりとボールを保持すれば、そこへ有馬が寄り川崎はより前目の位置へ走り出す。全てが閃きで動いているため、組織的有機的な連動性はまだないが、関井のキープ力、有馬の正確な技術とロングキック、そして川崎の豊富な運動量と小気味よいリズムのあるプレーに華やかなテクニックから繰り出されるドリブルや一撃必殺のスルーパスが絡み合い、個人能力の高さがあればこその方法で中盤の制圧に成功している。

得点はいとも簡単にという表現が最も適切と思わせるような展開から生まれた。前半12分。左サイドPA角手前で林原が有馬から受けたグラウンダーの強く長いパスを、左足で完璧に足元に止めて見せる。これでは敵DFも飛び込め無い。

林原は左足で小刻みにボールをタッチしながらゆっくりと敵サイドバックの5番に詰め寄るが、その時間を与えてしまった事が仇となった。4バックを敷く大越中のセンターバックの2番がサイドバックである5番の背後へ寄って来てしまったのだ。二対一の構図が出来あがり、大越中サイドバックは背後に現れた味方の足音を敏感に感じ取り、後手にまわっていたメンタルを捨て去る事に成功する。加えて、自分が林原を少しでも減速させれば、すぐにでもセンターバックと挟み込める。大越中の誰もが、そんな安堵感と任務遂行の意思疎通を感じとった瞬間だった。

第12話。

大越中の誰もが、そんな安堵感と任務遂行の意思疎通を感じとった瞬間だった。

林原は左足で半身を維持した態勢から小刻みなタッチで緩やかな前進をしたまま、左足元から縦へまっすぐ軌道をとるボールを気持ち右へ寄せた。

次の瞬間、体を右側、中方向へと向けるしぐさをした後、すぐさま体を一気に縦方向へ一歩抜きだすフェイントを繰り出し、右足でボールを小突く。大越中5番は一瞬の遅れを取り戻すがごとく、林原に合わせ進路を遮るように右外側斜め後ろへ体を捻るが、林原はボールを蹴り出さず、撫でるようにボールの上を右足にまたがせた。ボールは撫で終えた右足のアウトサイドに当たり、右中方向へボール半個分移動した。

やはり左足か。改めてそう認識しなおす暇も与えられずに大越中5番は右斜め後ろへの急転換をストップさせられる。驚異の左足をボールのもとへと動かし始めた林原を瞬時に視界の中央に捕らえ、ほんの一瞬、文字通り瞬くほどとはいえ林原に場所と時間を与えてしまったことに恐怖を覚えた後、再度空けられた時間を取り戻すため彼は二度目の急転換をその身に施す。林原の進行方向へ向かって急転換をしたサイドバックには、焦りながらも(まだ間に合う・・・)という意識が見られた。

中方向へ体を向けつつある林原の左足は、ボールへ向かっているはずだが、右足を回転軸にボールの前を猛スピードで、まるで脅威の左足への対応に焦る大越中5番をあざ笑うかのようにすり抜けた。

第13話。

中方向へ体を向けつつある林原の左足は、ボールへ向かっているはずだが、右足を回転軸にボールの前を猛スピードで、まるで脅威の左足への対応に焦る大越中5番をあざ笑うかのようにすり抜けた。シザーズと呼ばれるまたぎフェイントだ。円運動を終え、再び右足元に左足を戻した林原は、左足の勢いを受けた中腰の体勢からそのままのリズムで、伸び上がるように縦方向へ前進を始める。左足アウトサイドで縦に蹴り出されたボールはPA内左端への侵入に成功し、まるで”そこに置かれた”ように主人の迎えをまっている。完全に左足で中方向への突破を意識していた大越中5番は虚を突かれ見事に体勢を崩すことになったが、その一瞬に限り彼の顔に絶望の色は見られなかった。

大越中5番の目には、林原の置いたボールが遠くに行き過ぎたように見えた。なぜなら、彼の後ろには援護に来たセンターバックの2番がいる。自分は完全に虚をつかれたものの、そのカバーを必ず2番が行うはずだという確信とともに、「(それではセンターバックと競ることになる)」と、林原のミスキックをあざ笑い返した。林原と競っている大越中2番の援護に今度は自らが加わるために、彼は脇を抜けていく林原とともにそのボールを視界に捉えるため、瞬間的に首を背後に捻る。彼の視界が捉えたものは、予想ではなく絶望だった。

第14話。

大越中5番の目に映った林原は、左足を振りかぶっていた。
大越中5番の未来映像にいるはずだったセンターバックである大越中2番は、必死にコースを切ろうと林原目掛けてその足を投げ出そうとしていたが、まず間違いなく届かない事を彼は見切ってしまった。背後に振り返った彼の位置から、2番はまだ彼の右斜め前、林原とは視界の反対側に位置していたのだ。

林原は、その才能を最も享受しているであろう左足を振りぬいた。
足の甲にピッタリと乗ったボールは大越中キーパーのだいぶ遅れた横っ飛びを無視するかのごとく、ゴール右隅のネットに納まる。大越中サイドバックの5番はその絶望の瞬間を目にした時に、全てを理解する。林原の最初のフェイント。縦への突破に見せかけ中へ切れ込んだフェイントは、自分に対するものではなく自分に、ほんの一瞬にすら満たないギャップを作らせることによって、カバーリング役のセンターバック2番に「中方向への突破だ」と意識させ、ポジショニングを修正させるためのものだった。そうすることにより、5番自身の背後にスペースを生み出し、林原に比べ遥かに敏捷性に劣る自分との1対1に持ち込んだのだ。林原の先制点により、大越中サイドバックの5番は林原への対応に戸惑い続け、正解を見出せなくなっていった。


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