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第9話。

我に返った大湊は川崎の頭を軽く小突き
「うまくなりたかったらさっさと練習に戻りなさい」と告げると、川崎は自分の主張が軽くあしらわれたと思ったのか、ほんの少し腑に落ちない表情を浮かべたが、次の瞬間には大好きな球蹴りに興じる少年の顔をして、グラウンドへ振り返って走り出した。

多少の罪悪感を感じた大湊は、「川崎!」と自分に背中を向け仲間の下へ走る川崎を大きな声で呼び止めた。戻れと言った張本人に呼び止められるなど予想だにしていない川崎が、何用だろうと無言でこちらを見つめると、大湊は叫んだ。
「小学生からずっと代表に入り続けていた一流選手などほんの一握りだ!」
川崎はこくりと頷き、グラウンドへ戻っていった。


自分の教え子が、その教え子を自分の下へ預けている。
俄かには信じがたいが、そういう事だと捉えるしか全ての物事を関連付ける結論が無い。大湊は、数十年に渡り湘南で子供たちにサッカーを教え続けた事が、まさに世や世代を”循環”して自らのもとにまたやってきたのかと考えると、人生というのはこうも面白いものなのかと小さく笑った。


松ノ瀬中サッカー部 93年度入部者
1: GK 山井 勝   ヤマイ マサル   富士見FC出身 
強いメンタルと安定した技術やセンスのあるGK。

2: DF 佐藤 洋介  サトウ ヨウスケ  大洋FC出身  
長身で元GKらしくうまくカバーリングできる

3: DF 渡辺 大紀  ワタナベ ダイキ  大洋FC出身  
DFとしてはさほど大きくないが、しっかりと足元にボールをおける基礎技術もあり、読みとセンスで1対1に強さを発揮するリベロ

4: DF 広山 隆   ヒロヤマ タカシ  村冨SC出身 
多少、攻撃時に集中できないムラがあるものの、対人守備力は低くない

5: DF 和田 一樹  ワダ カズキ    村冨SC出身 
攻撃、守備とうまくバランスをとれる。言われたことはキッチリとこなすタイプ。

6: MF 有馬 幸人  アリマ ユキト   松ノ瀬KC出身
線は多少細いが、左足一本でドリブル、パス、強シュートをこなし局面を打開できる。

7: MF 関井 宏和  セキイ ヒロカズ  高山FC出身
フィジカルが強くしっかりと足元にボールを保持できる。ファイティングスピリットも強く、新入生の中ではリーダー的な役回り。

8: MF 森田 司   モリタ ツカサ   松ノ瀬KC出身
体格が一回り大きい。華やかな技術は無いが、大きなストライドを持った動きや強烈なキック力、スピードなど、身体能力が高い。筋力や体格が早熟なせいか、スタミナがついていかないのが球にキズ。

10:MF 川崎 翔   カワサキ ショウ  富士見FC出身
新入生1のテクニシャン。線は細いがよく動き、中盤でのスルーパス、ドリブルには非凡なセンスがある。

13:MF 荻野 健   オギノ ケン    高山FC出身
クラブ育ちの兄を持つテクニシャン。体格も小さくなく、技術もあるが集中力に欠ける。

14:MF 須山 慎吾  スヤマ シンゴ   高山FC出身
長身のMF。足元もしっかりしており、的確に次へ繋げるパス技術や競り合いに強い。

9: FW 林原 隆ノ介 ハヤシバラ リュウノスケ 倉敷少年SC出身
左足は脅威。ドリブルもシュートもうまい。突破力は上級生に混じっても際立つ。

11:FW 柳橋 明   ヤナギハシ アキラ 富士見FC出身
身長が低いものの、50メートル6秒前半を記録するスピードで相手を翻弄できる。足元もしっかりしている。

15:FW 佐村 和隆  サムラ カズタカ  村冨SC出身
線が細く、身長も低いためパワーに欠けるが、裏への飛び出し、パスセンスを駆使したチャンスメークができる

12:FW 高橋 公樹  タカハシ コウキ  松ノ瀬KC出身
とりわけ体格が大きいわけではないが、柔らかいタッチと、左右どちらでも蹴れるシュートレンジの広さなどCFに必要な要素を持ち合わせている


94年2月。大湊は協会に提出したメンバー登録表を眺めていた。そのコピーに自らコメントをつけていた。

藤沢市では、二年次に神奈川県下一斉に行われる9科目試験「アチーブメント・テスト」実施に伴い、それまで下級生として公式戦出場のチャンスが少ない1年生にターゲットを当てた「一年生大会」が毎年開催される。無論、松ノ瀬中も湘南学苑も出場する大会となる。この少年達は市内の大会でどこまで行けるのか。職員室の窓から練習に勤しむ一年生達を眺めながら、そんなことを大湊は思った。

第10話。

「練習試合の通りにやればいい。自分たちの実力を出し切ることをまず一番の目標にしなさい」
試合前、グラウンドの全て照らし出すような昼間の陽のもと、試合用に設置されたベンチの前に新入生を集めて、大湊は彼らに強い口調で発した。練習試合の通りにやれば勝てる。それは大湊にとって嘘偽りない、彼らへの評価であった。事実、地域の中学校相手の練習試合では、上級生が苦しむ中、彼ら新入生同士の試合ではほぼ負けることがなかった。

「スタメンを発表する」
大湊の顔を見つめる彼らの顔が、より一層引き締まる。


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大湊は基本的に4-3-3システムを好む。理由は、身体未発達の中学生にはスタミナが限られている事と、ゴールデンエイジと呼ばれるこの最も吸収力の高い時期に、組織を叩き込む戦い方を嫌うためだ。そのためには、高い連動性や組織力を求めずともある程度機能しやすいシステムを選定する必要がある。それ故の4-3-3システムである。無論、ある程度の組織や約束事は与えるが、基本とする戦い方に組織は置かず、個々の力をどう伸ばすかという事を第一優先事項として監督の席に座るのが大湊の信念である。

その信念に基づき、守備をほぼ免除される左ウイングに据えられた林原が前半も序盤から暴れ回っている。まだ開始10分にも満たないが、大越中の右サイドDFは既に林原の驚異を感じ取ったのか、対応が全て後手にまわってしまっている。些か気の毒ではあるが、いかんともしがたい歴然とした才能の差が出た結果だろう。

林原を左に入れることにより、セントラルの左よりに位置するMF有馬は自ずと守備に走る時間が増えるが、元々常に自ら突破していくような、攻撃に片寄ったプレイスタイルではない。足元の技術に優れ、短いパスで組立に参加出来ることもさることながら、左足一本で局面を変えることの出来るロングパスとキック力を持つ彼は、前線で勝負したがる林原にとってこれ以上無いお膳立て屋であり、また自我を強く発することの無い温厚な有馬にとって、しつこいほどうるさく要求をする林原は、彼にとっても良い攻撃の指針決定者となる。

林原が暴れているが、それ以上に試合の主導権争いに貢献しているのがセントラルMFの三人だ。

第11話。

林原が暴れているが、それ以上に試合の主導権争いに貢献しているのがセントラルMFの三人だ。 関井が強いフィジカルでしっかりとボールを保持すれば、そこへ有馬が寄り川崎はより前目の位置へ走り出す。全てが閃きで動いているため、組織的有機的な連動性はまだないが、関井のキープ力、有馬の正確な技術とロングキック、そして川崎の豊富な運動量と小気味よいリズムのあるプレーに華やかなテクニックから繰り出されるドリブルや一撃必殺のスルーパスが絡み合い、個人能力の高さがあればこその方法で中盤の制圧に成功している。

得点はいとも簡単にという表現が最も適切と思わせるような展開から生まれた。前半12分。左サイドPA角手前で林原が有馬から受けたグラウンダーの強く長いパスを、左足で完璧に足元に止めて見せる。これでは敵DFも飛び込め無い。

林原は左足で小刻みにボールをタッチしながらゆっくりと敵サイドバックの5番に詰め寄るが、その時間を与えてしまった事が仇となった。4バックを敷く大越中のセンターバックの2番がサイドバックである5番の背後へ寄って来てしまったのだ。二対一の構図が出来あがり、大越中サイドバックは背後に現れた味方の足音を敏感に感じ取り、後手にまわっていたメンタルを捨て去る事に成功する。加えて、自分が林原を少しでも減速させれば、すぐにでもセンターバックと挟み込める。大越中の誰もが、そんな安堵感と任務遂行の意思疎通を感じとった瞬間だった。

第12話。

大越中の誰もが、そんな安堵感と任務遂行の意思疎通を感じとった瞬間だった。

林原は左足で半身を維持した態勢から小刻みなタッチで緩やかな前進をしたまま、左足元から縦へまっすぐ軌道をとるボールを気持ち右へ寄せた。

次の瞬間、体を右側、中方向へと向けるしぐさをした後、すぐさま体を一気に縦方向へ一歩抜きだすフェイントを繰り出し、右足でボールを小突く。大越中5番は一瞬の遅れを取り戻すがごとく、林原に合わせ進路を遮るように右外側斜め後ろへ体を捻るが、林原はボールを蹴り出さず、撫でるようにボールの上を右足にまたがせた。ボールは撫で終えた右足のアウトサイドに当たり、右中方向へボール半個分移動した。

やはり左足か。改めてそう認識しなおす暇も与えられずに大越中5番は右斜め後ろへの急転換をストップさせられる。驚異の左足をボールのもとへと動かし始めた林原を瞬時に視界の中央に捕らえ、ほんの一瞬、文字通り瞬くほどとはいえ林原に場所と時間を与えてしまったことに恐怖を覚えた後、再度空けられた時間を取り戻すため彼は二度目の急転換をその身に施す。林原の進行方向へ向かって急転換をしたサイドバックには、焦りながらも(まだ間に合う・・・)という意識が見られた。

中方向へ体を向けつつある林原の左足は、ボールへ向かっているはずだが、右足を回転軸にボールの前を猛スピードで、まるで脅威の左足への対応に焦る大越中5番をあざ笑うかのようにすり抜けた。

第13話。

中方向へ体を向けつつある林原の左足は、ボールへ向かっているはずだが、右足を回転軸にボールの前を猛スピードで、まるで脅威の左足への対応に焦る大越中5番をあざ笑うかのようにすり抜けた。シザーズと呼ばれるまたぎフェイントだ。円運動を終え、再び右足元に左足を戻した林原は、左足の勢いを受けた中腰の体勢からそのままのリズムで、伸び上がるように縦方向へ前進を始める。左足アウトサイドで縦に蹴り出されたボールはPA内左端への侵入に成功し、まるで”そこに置かれた”ように主人の迎えをまっている。完全に左足で中方向への突破を意識していた大越中5番は虚を突かれ見事に体勢を崩すことになったが、その一瞬に限り彼の顔に絶望の色は見られなかった。

大越中5番の目には、林原の置いたボールが遠くに行き過ぎたように見えた。なぜなら、彼の後ろには援護に来たセンターバックの2番がいる。自分は完全に虚をつかれたものの、そのカバーを必ず2番が行うはずだという確信とともに、「(それではセンターバックと競ることになる)」と、林原のミスキックをあざ笑い返した。林原と競っている大越中2番の援護に今度は自らが加わるために、彼は脇を抜けていく林原とともにそのボールを視界に捉えるため、瞬間的に首を背後に捻る。彼の視界が捉えたものは、予想ではなく絶望だった。

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