閉じる


<<最初から読む

5 / 63ページ

第5話。

当初こそサッカーに情熱を燃やす林原は松ノ瀬中のような「弱小校」に通うのを嫌っていたが、通うにつれ次第に文句を言わなくなったと親御さんから後に大湊は聞いている。ともにボールを追い掛けるうちに、仲間の「素材」に気付いたのかもしれない。

FWには右にチーム一の俊足ストライカー 柳橋 明に、センターでの立ち回りがうまい高橋 公樹、フィジカルは無いがパスと裏への飛び出しが持ち味の佐村 和隆がいたが、どの選手も一定の水準は保っている。

一定以上の水準を保った選手に加えGK山井や、関井 川崎 有馬の市選抜トリオ、県選抜林原という地域の中学にしてはハイレベルな選手が集まった背景には、その年の同世代の子にもっと優れた選手がいたというのが実情だった。

吸い付くようなボールコントロールと瞬発力を活かしたドリブルに、パスセンスもこの歳から備え始めた小学生とは思えないプレーを疲労していたナショナルトレセンのMF吉沢 智喜。 その吉沢と切磋琢磨するように育ったオールマイティーなボランチ原山 慎太郎。
抜群のスピードとテクニックでDFラインを掻き乱しゴールを量産するFW楢山 洋二。

このナショナルトレセンの三人に加え地域トレセンの選手も湘南地区には何人かいたうえ川崎、有馬はそれぞれ吉沢、原山と同じサッカークラブに所属していた。市選抜の川崎がテクニシャンとして充分に胸をはれる技術を持ちながら、運動量を身につける選択をしたのは、同じスタイルではどうしても打ち負かすことの出来ない吉沢がいた故であり、有馬が左足に固執しその一本でアクセントをつける意識を持ったのも、チーム内の1対1において原山が相手では断続的な活躍はさせてもらえないと考えた結果だった。

そう、彼等は市選抜という輝かしい経歴を持ちながら、所属していたチームのエースではなかったのだ。

第6話。

その点に関しては大湊も察していたし、これだけの粒が自分の元に集まったのも全ては彼等選手にとって同じ地域にスターが存在したというその運命の不条理によるものだと認識していた。全ては偶然だと。しかし、彼等新入生と接するにつれ、どうも自分の認識のずれを次第に認知するようになる。

「上手くなりたかったら先生のところへ行けって言われたんだよ」
関井の返した言葉に、敬語を使えと頭を小突きながら大湊は内心に驚きと嬉しさと、そした未知の領域からの自分へのアプローチに若干の動揺を覚え複雑な心境になった。試しに他の新入部員にも聞いてみるが、言葉は違えど同じような返答が返ってくる。またそれは不思議な事に山井や川崎、関井など、素質の高い子らに多かった。ここまで来るとさすがに大湊も気味が悪くなるのを忘れ、なにかの因果関係を感じずにはいられない。

だが、その答えはひょんなところから出ることになる。同じクラブに所属していた川崎と柳橋の何気ない会話だった。「あのめっちゃ軽い鮫島監督があんなマジメな顔で言うんだもんな」川崎と山井、それに柳橋は共にあの吉沢を擁して全国大会に出場した富士見FCの出身だ。

鮫島とは大湊の教え子に確かに存在した。

第7話。

鮫島とは大湊の教え子に確かに存在した。サッカーの才能はいささか厳しいモノがあったがとてもひょうきんな子で、何より人前で恥ずかしい思いをすることも厭わない、練習熱心な子だった。リフティングがいつまでたっても上達しない子だったが、大湊が毎日ボールを蹴りなさいと言ったその指示を忠実に守り続け、なんとか人並みにボールが扱えるようになると、一度ピッチに出たら試合終了のホイッスルが鳴るまで、いや鳴っても走り続けるような、笑顔を絶やさない決して弱音を吐かない子だった。

その後の話では、高校でもサッカーを続けガッツ溢れるボランチとして、キャプテンとして県大会でベストいくつだったかまで進んだという情報しかない。サッカーがともかく好きな彼だったが、お世辞にも才能があるとは言えない彼はあれから20年たった今、サッカーは続けていないかもしれないと思っていた大湊には、俄かにはその川崎と柳橋の話に出る鮫島が同一人物だとは信じられなかった。
どうしたものかと思案にふけっている大湊に向かって関井が俺はウチの監督じゃねぇけど隣の小学校の監督に言われた、と言う。詳しく聞けば、有馬の口から出た名前も、バックラインでコンビを組む渡辺と佐藤から出た名前も、大湊の記憶を探れば確かに存在する名前だった。

不思議な感覚に陥り彼等の言う名前が本当に自分の教え子達のものなのかと、その疑惑が頭から離れない数日を過ごし、かといって実際に訪ねるような甲斐性は持ち合わせていない大湊の元に、川崎がやってきた。

第8話。

平日の練習を部室の脇に設置したパイプ椅子に座って眺めていた大湊の元に、まだ休憩にも入っていない練習中であるはずの川崎はあたりを見回しながらチームメイトや先輩の目を盗むようにやってきた。

鋭い目付きと相変わらずの仏頂面を崩さない自分に向かって俺は上手くなりたいんだと訴える川崎を、大湊はそれまでの教え子達と同じようにだったら練習をしろと返す事を決めていたが、次の瞬間に川崎が吐いたセリフが意外にも大湊の疑惑を晴らすことになった。

「監督は吉沢を越えたいなら先生のところへ行けって言ってた」
大湊の怪訝そうな表情を一つの返事捉えた川崎は続けて口を開いた。
「俺は吉沢にどうしても勝てなくて、しかもアイツは湘南学苑にスカウトされた。でもどうしても超えたいって監督に言ったら“それなら今松ノ瀬中にいる大湊先生の所に行ってみるといいかもしれないぞ。吉沢は凄いよ。でも、まだまだ先は長いんだ。いつかは翔が勝てるかもしれない。諦めるなよ。監督は、子供の頃は翔よりずっと下手クソだったけど、怖い怖い大湊先生にサッカーを教えてもらって上達して、高校の時はあと一歩で全国ってところまでいけたんだ。”」
川崎はお世辞にも主張の強いタイプとは言えない。

異性にも好まれるあどけない顔を持ちながらもどこかひょうひょうとしていて、チームメイトからも「冷静川崎」と異名をつけられる川崎だ。少なくとも関井などに比べれば、全く自分の感情を表に出すタイプではない。その川崎が、決意と悔しさの入り混じったような複雑な表情を浮かべながら視線を一切そらさずこちらを見つめている。よく見れば、硬く握り締めているであろう両の拳が少し震えている。ついこの間まで小学生だった新入生にとって、愛想も無く仏頂面が板について離れないような表現しかできない自分のような人間は、決して馴染みやすいタイプの大人では無いのだろうなということを改めて認識した大湊だが、それ以上にこれほどまでの決意をさせるほどの環境を、いや屈辱を、この少年は受けてきたのだろうかと、そのまだ幼い表情にほんの一瞬思いを偲ばせた。

第9話。

我に返った大湊は川崎の頭を軽く小突き
「うまくなりたかったらさっさと練習に戻りなさい」と告げると、川崎は自分の主張が軽くあしらわれたと思ったのか、ほんの少し腑に落ちない表情を浮かべたが、次の瞬間には大好きな球蹴りに興じる少年の顔をして、グラウンドへ振り返って走り出した。

多少の罪悪感を感じた大湊は、「川崎!」と自分に背中を向け仲間の下へ走る川崎を大きな声で呼び止めた。戻れと言った張本人に呼び止められるなど予想だにしていない川崎が、何用だろうと無言でこちらを見つめると、大湊は叫んだ。
「小学生からずっと代表に入り続けていた一流選手などほんの一握りだ!」
川崎はこくりと頷き、グラウンドへ戻っていった。


自分の教え子が、その教え子を自分の下へ預けている。
俄かには信じがたいが、そういう事だと捉えるしか全ての物事を関連付ける結論が無い。大湊は、数十年に渡り湘南で子供たちにサッカーを教え続けた事が、まさに世や世代を”循環”して自らのもとにまたやってきたのかと考えると、人生というのはこうも面白いものなのかと小さく笑った。


松ノ瀬中サッカー部 93年度入部者
1: GK 山井 勝   ヤマイ マサル   富士見FC出身 
強いメンタルと安定した技術やセンスのあるGK。

2: DF 佐藤 洋介  サトウ ヨウスケ  大洋FC出身  
長身で元GKらしくうまくカバーリングできる

3: DF 渡辺 大紀  ワタナベ ダイキ  大洋FC出身  
DFとしてはさほど大きくないが、しっかりと足元にボールをおける基礎技術もあり、読みとセンスで1対1に強さを発揮するリベロ

4: DF 広山 隆   ヒロヤマ タカシ  村冨SC出身 
多少、攻撃時に集中できないムラがあるものの、対人守備力は低くない

5: DF 和田 一樹  ワダ カズキ    村冨SC出身 
攻撃、守備とうまくバランスをとれる。言われたことはキッチリとこなすタイプ。

6: MF 有馬 幸人  アリマ ユキト   松ノ瀬KC出身
線は多少細いが、左足一本でドリブル、パス、強シュートをこなし局面を打開できる。

7: MF 関井 宏和  セキイ ヒロカズ  高山FC出身
フィジカルが強くしっかりと足元にボールを保持できる。ファイティングスピリットも強く、新入生の中ではリーダー的な役回り。

8: MF 森田 司   モリタ ツカサ   松ノ瀬KC出身
体格が一回り大きい。華やかな技術は無いが、大きなストライドを持った動きや強烈なキック力、スピードなど、身体能力が高い。筋力や体格が早熟なせいか、スタミナがついていかないのが球にキズ。

10:MF 川崎 翔   カワサキ ショウ  富士見FC出身
新入生1のテクニシャン。線は細いがよく動き、中盤でのスルーパス、ドリブルには非凡なセンスがある。

13:MF 荻野 健   オギノ ケン    高山FC出身
クラブ育ちの兄を持つテクニシャン。体格も小さくなく、技術もあるが集中力に欠ける。

14:MF 須山 慎吾  スヤマ シンゴ   高山FC出身
長身のMF。足元もしっかりしており、的確に次へ繋げるパス技術や競り合いに強い。

9: FW 林原 隆ノ介 ハヤシバラ リュウノスケ 倉敷少年SC出身
左足は脅威。ドリブルもシュートもうまい。突破力は上級生に混じっても際立つ。

11:FW 柳橋 明   ヤナギハシ アキラ 富士見FC出身
身長が低いものの、50メートル6秒前半を記録するスピードで相手を翻弄できる。足元もしっかりしている。

15:FW 佐村 和隆  サムラ カズタカ  村冨SC出身
線が細く、身長も低いためパワーに欠けるが、裏への飛び出し、パスセンスを駆使したチャンスメークができる

12:FW 高橋 公樹  タカハシ コウキ  松ノ瀬KC出身
とりわけ体格が大きいわけではないが、柔らかいタッチと、左右どちらでも蹴れるシュートレンジの広さなどCFに必要な要素を持ち合わせている


94年2月。大湊は協会に提出したメンバー登録表を眺めていた。そのコピーに自らコメントをつけていた。

藤沢市では、二年次に神奈川県下一斉に行われる9科目試験「アチーブメント・テスト」実施に伴い、それまで下級生として公式戦出場のチャンスが少ない1年生にターゲットを当てた「一年生大会」が毎年開催される。無論、松ノ瀬中も湘南学苑も出場する大会となる。この少年達は市内の大会でどこまで行けるのか。職員室の窓から練習に勤しむ一年生達を眺めながら、そんなことを大湊は思った。


読者登録

清永啓司さんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について