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第3話。

生涯をサッカーと共に過ごして来た自分にとって、仕事でサッカーに携わることが出来るというのは、意欲を掻き立てられるものであったが、松ノ瀬中を選んだのはサッカー古豪だからという意識はなく、またサッカー強豪校にしようなどという野心もない。単純に家からの距離が近く、また空気の良い高台に閑静な住宅街の中で最も高い位置に校舎を構えるその環境が気に入ったからだ。もっとも、より近い所にも中学校があったのにも関わらず、無意識に松ノ瀬中を選んだ事は、やはりどこかで自分の選択の中にはサッカーという要素が入り込んでいるのだろう。

着任後すぐにサッカー部の顧問を任されたが、松ノ瀬中サッカー部は古豪という名すら似つかわしくない惨状を自分の目に焼き付けてくれた。松ノ瀬中サッカー部のここ数年の成績といえば、湘南地区を突破するのがやっとで、県大会に名前すら入らないのが常の、単なる地域の中学校そのものだったのだから当然と言えば当然なのかもしれない。

しかし、自分にすらわからないことが世の中おこるもので、大湊は自らの人生においてこの時ほど驚かされた事はきっと数えるほどしかない。着任の翌年に入部してきた子供達はそれまでの上級生より才能という器が一回り大きく見える子供達だったのだ。無論、身体の発育時期であるこの時期にとって一年という差は埋めることの出来ない程の実力差を生むもので、新入生と二年生に試合をさせたところで、結果は常に目に見えたものだったが、それでも新入生の基礎能力の高さは充分に見てとれるものだった。

第4話。

GKの山井 勝は飛び出しのタイミング、ガッツ、そして番長とも言える自信に溢れた人間性も含め紛れも無く新入生の中でも際立つ才能を持ったGKだ。

センターDFの二人、渡辺大紀と佐藤洋介の二人は小学校時代からコンビを組むカバーリングマンと当たり屋のセンターバックコンビ。
サイドDFの和田一樹と広山隆は守備に計算の立つ卒なくこなすタイプのサイドプレイヤだ。

MFにはDF陣より一回り上のクラスの選手が集まっている。キャプテンシーに溢れひょうきんだがどこか周りの子達より大人びている関井宏和。フィジカルが強くしっかりと足元にボールを保持できる選手だ。
川崎翔は、フィジカルこそ弱いもののチーム1~2を誇るテクニックと豊富な運動量を持つ華麗な選手。
チームにアクセントをつけられる左利きの有馬幸人は、左のウイングもこなせるユーティリティプレイヤで、テクニックもある。

この関井、川崎、有馬は共に市選抜に選ばれていた選手だ。

このほかにも各チームでレギュラを張っていたであろう、パワー型の森田 司、地味だが黒子のようにボールを追える須山 慎吾、ムラさえ無くせば市選抜トリオにも張り合える萩野 健がいる。

FWにはこのチームにいることが奇跡とも言える林原 隆ノ介がいる。左利きのテクニシャンで瞬発力にも優れドリブル突破もお手のものの彼はなんと岡山県選抜というのだから大湊も驚いた。県選抜という逸材がなぜ松ノ瀬中に来たのかは、ご両親の転勤により藤沢市に越して来たが、まさか日本ジュニア選抜でも無いかぎり神奈川までその名が轟くわけもなく、名門校への入学は出来なかったという事情があった。

第5話。

当初こそサッカーに情熱を燃やす林原は松ノ瀬中のような「弱小校」に通うのを嫌っていたが、通うにつれ次第に文句を言わなくなったと親御さんから後に大湊は聞いている。ともにボールを追い掛けるうちに、仲間の「素材」に気付いたのかもしれない。

FWには右にチーム一の俊足ストライカー 柳橋 明に、センターでの立ち回りがうまい高橋 公樹、フィジカルは無いがパスと裏への飛び出しが持ち味の佐村 和隆がいたが、どの選手も一定の水準は保っている。

一定以上の水準を保った選手に加えGK山井や、関井 川崎 有馬の市選抜トリオ、県選抜林原という地域の中学にしてはハイレベルな選手が集まった背景には、その年の同世代の子にもっと優れた選手がいたというのが実情だった。

吸い付くようなボールコントロールと瞬発力を活かしたドリブルに、パスセンスもこの歳から備え始めた小学生とは思えないプレーを疲労していたナショナルトレセンのMF吉沢 智喜。 その吉沢と切磋琢磨するように育ったオールマイティーなボランチ原山 慎太郎。
抜群のスピードとテクニックでDFラインを掻き乱しゴールを量産するFW楢山 洋二。

このナショナルトレセンの三人に加え地域トレセンの選手も湘南地区には何人かいたうえ川崎、有馬はそれぞれ吉沢、原山と同じサッカークラブに所属していた。市選抜の川崎がテクニシャンとして充分に胸をはれる技術を持ちながら、運動量を身につける選択をしたのは、同じスタイルではどうしても打ち負かすことの出来ない吉沢がいた故であり、有馬が左足に固執しその一本でアクセントをつける意識を持ったのも、チーム内の1対1において原山が相手では断続的な活躍はさせてもらえないと考えた結果だった。

そう、彼等は市選抜という輝かしい経歴を持ちながら、所属していたチームのエースではなかったのだ。

第6話。

その点に関しては大湊も察していたし、これだけの粒が自分の元に集まったのも全ては彼等選手にとって同じ地域にスターが存在したというその運命の不条理によるものだと認識していた。全ては偶然だと。しかし、彼等新入生と接するにつれ、どうも自分の認識のずれを次第に認知するようになる。

「上手くなりたかったら先生のところへ行けって言われたんだよ」
関井の返した言葉に、敬語を使えと頭を小突きながら大湊は内心に驚きと嬉しさと、そした未知の領域からの自分へのアプローチに若干の動揺を覚え複雑な心境になった。試しに他の新入部員にも聞いてみるが、言葉は違えど同じような返答が返ってくる。またそれは不思議な事に山井や川崎、関井など、素質の高い子らに多かった。ここまで来るとさすがに大湊も気味が悪くなるのを忘れ、なにかの因果関係を感じずにはいられない。

だが、その答えはひょんなところから出ることになる。同じクラブに所属していた川崎と柳橋の何気ない会話だった。「あのめっちゃ軽い鮫島監督があんなマジメな顔で言うんだもんな」川崎と山井、それに柳橋は共にあの吉沢を擁して全国大会に出場した富士見FCの出身だ。

鮫島とは大湊の教え子に確かに存在した。

第7話。

鮫島とは大湊の教え子に確かに存在した。サッカーの才能はいささか厳しいモノがあったがとてもひょうきんな子で、何より人前で恥ずかしい思いをすることも厭わない、練習熱心な子だった。リフティングがいつまでたっても上達しない子だったが、大湊が毎日ボールを蹴りなさいと言ったその指示を忠実に守り続け、なんとか人並みにボールが扱えるようになると、一度ピッチに出たら試合終了のホイッスルが鳴るまで、いや鳴っても走り続けるような、笑顔を絶やさない決して弱音を吐かない子だった。

その後の話では、高校でもサッカーを続けガッツ溢れるボランチとして、キャプテンとして県大会でベストいくつだったかまで進んだという情報しかない。サッカーがともかく好きな彼だったが、お世辞にも才能があるとは言えない彼はあれから20年たった今、サッカーは続けていないかもしれないと思っていた大湊には、俄かにはその川崎と柳橋の話に出る鮫島が同一人物だとは信じられなかった。
どうしたものかと思案にふけっている大湊に向かって関井が俺はウチの監督じゃねぇけど隣の小学校の監督に言われた、と言う。詳しく聞けば、有馬の口から出た名前も、バックラインでコンビを組む渡辺と佐藤から出た名前も、大湊の記憶を探れば確かに存在する名前だった。

不思議な感覚に陥り彼等の言う名前が本当に自分の教え子達のものなのかと、その疑惑が頭から離れない数日を過ごし、かといって実際に訪ねるような甲斐性は持ち合わせていない大湊の元に、川崎がやってきた。


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