閉じる


<<最初から読む

45 / 63ページ

第45話。

抜かれた―――――
このまま、単独でPA内に進入されてしまう。
いつ得点されてもおかしくない状況を自分がつくってしまった。青ざめた顔をしながら、とにかく一刻も早く体を起こし無駄とわかりながらも追うことに専念した。しかし、自らドリブルで進入すると思われた竹井は一瞬の迷いの後に、利き足ではない左足で急いでセンタリングをあげようとしていた。なぜだ・・・。それなら切り返しをしてまで自分をかわした意味がない。ためらいの後に頼りなく竹井の蹴ったボールは、またほかの誰かの足にあたった。いや、その“誰か”の足が邪魔をしたという方が正しい。ボールは竹井の背中側のラインを割った。

「よしっ」
有馬だった。
中央へのパスと見せかけたフェイントに引っかかった有馬は、しかし諦めずに竹井を追いかけていた。吉沢とのワンツーで抜け出した竹井は背後にせまる広山を感じながらセンタリングへのプロセスを思考していたため、その後ろで諦めずに追いかけていた有馬には気づいていなかった。自分のスピードとテクニックを活かし広山を完全に抜き去ることに成功した竹井は、広山の予想と同じくPA内へ切れ込むつもりだったが、その瞬間有馬がせまっていることにあわて、急いでセンタリングをあげてしまったのだ。

っち、と舌打ちをした竹井に対し、吉沢が声を張る。
「スローインだ!早くしろ!」
我に返った竹井は顔をあげ、そして寄ってきた吉沢にボールをあずける。須山がピッタリと背中についている。吉沢をトップ下に据えた3-5-2の布陣をしく湘南学苑は文字通り天才吉沢を中心とした組織作りを行ったいわば“吉沢システム”である。すべての攻撃は吉沢を経由していると言っても過言ではなく、この吉沢を抑えることがすなわち湘南学苑の攻撃力をつぶすことにつながり、ひいては湘南学苑のすべての機能を機能不全に陥らせる最大の鍵となる。

ボールを受けた吉沢は、前を向こうと右に一度、左に一度ずつ身体を向けたが、須山の長いリーチがそれを許さない。吉沢は状況を打開しようとシザーズを一つ入れたが、須山は一瞬左に意識が動いたが、振り切られるほどではなく、須山の集中は切れない。

一瞬の出来事だった。
 “自分で行く”という意識をむき出しにしている自分に集中している須山の意識をくじくように、背中に須山を抱えながら吉沢は自身の前へボールを転がす。須山から見て左後ろから誰かがボールを掻っ攫っていった。誰だ。ボールの行方を追う。楢山だった。
スイッチだ――。

第46話。

「須山!」
翔の叫ぶ声が聞こえる。ボールの行方を目で追ったその一瞬の間に、吉沢が自分の前から消えている。しまった、やられた。後ろに振り向くと、吉沢はすでにPA内手前から今まさに侵入しようとしていた。速い。日本選抜はこれほど速いのか。追いつけない。自らの鈍足を呪いながら、須山は吉沢を追う。

ボールを持った楢山はドリブルでつっかけていく。松ノ瀬DF渡辺が対応する。シザーズを入れて、一気に外側縦への突破を試みる楢山。しかし、渡辺が進行方向に入り速度を出させない。ダブルタッチで中方向へ切り返した。渡辺が一瞬遅れる。身体のキレが尋常なく速い――。一瞬でも気を抜いたらすぐに抜かれてしまう。集中しろ集中しろと自分に言い聞かせながら、楢山にくらいつく渡辺。自分の背後へは絶対に進ませない。強い気持ちの守備を見せる。そこに、関井が挟み込んで加勢しようと追ってきた。

「ナラ!!」
原山が動き出していた。
フォローに走るボランチ原山に翔も呼応して横についていき、身体を寄せる。しかし、細い翔にくらべガッシリとした体躯を持つ原山はびくともせず、翔をフィジカルで振り払った。崩れ落ちる翔。苦い顔をしたままそれでも建て直し原山を追うが、原山をすぐさま伝家の宝刀、ロングパスを繰り出す。原山の力強いキックから放たれたボールは湘南学苑左サイド、すなわち松ノ瀬側PA右側手前へ転がる。そこには、無尽蔵のスタミナを武器とする湘南学苑左ウイングバック、杉山が走りこんでいた―――。

(ここから左へ展開してくるのか。たまったもんじゃねぇ)
関井は、楢山への対処で守備ラインに吸収されてしまい、自陣右サイドへ大きなスペースをつくってしまったことを悔やんだ。右サイドバックの和田も吉沢のPAへの侵入、楢山のドリブル突破を目の当たりにし危機を感じポジションを中に絞っていた。そこを原山がピンポイントなロングパスでついてきた。文字通り、松ノ瀬中守備陣は完全に崩されてズタボロになってしまった。

フリーでボールを受けた杉山は中を見る。松ノ瀬PA内にはニアに楢山、もう一人のFWである長身の原田が中央に、そして吉沢がファーに走りこんでいた。ボールを保持する杉山は詰め寄る和田より一歩早くクロスボールをあげる。山なりの高いボールだ。落下点には原田、そしてマークにつく松ノ瀬DF佐藤。身体をぶつけあい、ポジションを争う二人。しかし、178cmと中学1年生では長身の部類に入る佐藤も、190cmと規格外の長身を持つ原田と競ってはただでは済まない。身体を入れて競り勝とうとするが圧倒的な体躯をいかしてボールにせまる原田に太刀打ちできない。しかし、それでも佐藤はくらいつく。

第47話。

負けたくない―
小学生までGKとしてピッチに立ってきた佐藤には、守備者としてのプライドがある。最後の砦として自分が機能すること、味方の最後の心の拠り所になること。所属するクラブは市内でも弱小として有名なクラブだった。それにより全国大会や県大会での目立った活躍はないがそれでもGKとして、時に強敵と対峙する際には渡辺と組みセンターバックとしてピッチに立ってきた自負がある。守備の要として常に渡辺とともにピッチに立ち、実力の乏しい仲間にも勇気を与え、チームを支えてきた。中学にあがり、自分よりはるかにGKとしての才能を持つ山井と出会い、ともかくピッチにたって貢献することに最も喜びを感じる佐藤は、GKというポジションをすんなりと山井にゆずり、常に渡辺の横で戦うことを選んだ。それゆえに、負けられない。この才能あるイレブンの中で自分のポジションをつかみ、山井の前で壁となれなければ、自分はGKをやめた意味がない。

190cmの長身を誇る原田相手に競ってもかなわないのはわかっている。しかし、勝てないまでも、ヘディングシュートは打たせるわけにはいかない。自由なまま山井へ預けるわけにはいかない。少しでも、一歩でも、1cmでも食らいつき攻撃力を減退させてみせる。自分よりはるかに高い原田だが、それよりはるかに高い意識、気持ちでぶつかり、佐藤は原田のヘディングシュートを阻止した。

原田はなんとか頭でボールを捉えるものの、ゴールに向かってボールを打つことができない。ボールは原田の頭頂部に当たり、また山なりとなって原田の後方、ファーサイドへゆらりと浮かんだ。湘南学苑の2トップと松ノ瀬中の2人センターバックの、その裏にボールはゆっくりと舞い、その先にいるのは湘南学苑の背番号10、吉沢智喜―――。

さかのぼること数秒前。
吉沢はPA内に侵入したものの、ボールはすぐには出てこず、左サイドに移った。自分の前にはニアに楢山、センターに原田がいる。クロスボールがあがった瞬間、それが原田に向けたボールだと悟った吉沢は、少しずつ後ずさりして自分と原田の間に距離をとった。

こぼれ球を拾う―――。
その意識を明確に持った吉沢は、原田との間に距離をとり、スペースをつくった。仮に自分より後ろに転がったらボールを拾うのは難しい。あらかじめ距離をあけておき、転がるところへ走りこむのがベストであり、そして松ノ瀬中の二人のセンターバックも釣られてそこにスペースができるに違いない。

吉沢の読みどおり、原田が競ったボールはそのまま後ろに流れてきた。

第48話。

「決める」
そう呟いて吉沢はボールによっていく。右のダイレクトボレーでいく。ボールの捉え方を決めたその直後、後方から走りこんでくる足音が聞こえた。誰だ。誰も自分を見ていなかったはずだ。どこに敵がいた。もう間に合わないはずだ。自分がこれを打つには十分すぎる余裕がある。しかし、それでも自分のプレーを見逃さず、注意を払っている男がいた。誰だ。吉沢のボレーに合わせ足をのばし飛び込んできたのは、やはりその男だった。

松ノ瀬中背番号10、川崎翔。

翔の視線は、須山が振り切られた後からずっと、吉沢を追っていた。須山も追っているがマークにつけていない。原山に自らが崩された後、その後の展開で相手の攻撃を防ぐためにはどこを突くべきか、どこでアクションをかけるべきか、その場所を探していた。そこに、吉沢が後ずさりをしている姿を捉える。原田へのボールがどうなるかわからない。しかし、佐藤がせればきっと自由に打たせることはないはずだ。とすれば、そのこぼれ玉はかなりの確率で原田の背中側、吉沢がつくろうとしているスペース転がるはずだ。危険なシーンがイメージとして脳内で流れた翔は、即座に吉沢のマークへ走った。自分が行くしかない。他のチームメイトは誰もこの事実に気づいていない。急げ、自分が走れ、自分が止めろ、走れ、走れ、走れ。

うああああああああ!!!!!!!。言葉にならない叫び声を発しながら、翔は足から身を投げ出した。このまま、打たせるわけにはいけない。あの至近距離から打たせては、さすがの山井も手の施しようがない。届け、届け、届け。
吉沢の右足は、ボールを捉える。翔の足が届くか届かないか、二人の右足はその程度の差だった。しかし、吉沢の捉えたボールは右足のインステップから、それまで緩やかさが嘘のように強烈な勢いで飛び出した。翔は、自分の右足の、足の裏、スパイクの裏をボールが横切っていくのを、その身体が万有引力に吸い寄せられ、大地に寝そべるカウントダウンの視野から、絶望感とともに見送ることになった。


飛び出せない。
山井は杉山からあがったボールに飛びつくのを躊躇した。すでに、佐藤がせる準備をしていたからである。このまませれば、3人がもみくちゃになりこぼれ球がゴールに、もしくは敵に渡り無人ゴールへねじ込まれるかもしれない。我慢のときだと言い聞かせ、ボールの行方を追う。そして、佐藤が跳ぶかどうかというその瞬間、吉沢を視野に入れる。

第49話。

「吉沢! あいてんぞ!!!」
怒鳴り声をあげるが、

味方の援軍がすぐに到着する気配はなかった。そして、佐藤の頑張りにより化け物じみた体格の原田からの強烈なヘディングは避けられた。しかし、すぐ次には、先ほど自分が“最悪のパターン”として描いた光景が目前に広がっていた。どうする。飛び出るか、シュートを待つか。ボールはゆっくりと落下しているが、吉沢のところへ飛び出てキャッチするには遠い。先にキャッチするのは無理だ。シュートに備えて飛び出し、コースを限定するのが、絶望的ながらも最も可能性のある選択肢か。そう考えている最中、一人の頼もしい仲間が視界に飛び込んできた。翔だ。驚いた。自分の先ほどの怒号は中盤前目を基本ポジションとする翔には聞こえていないはずだ。しかし、誰より先に頼りになる10番が、敵のエースを見張っていた。山井とて、翔と吉沢の因縁は少なからず理解しているつもりだ。なにせ、同じチームの最後尾で常に二人を見守ってきたのだから。吉沢の能力の高さ、才能、頼りになるセンス、そしてそれに打ち負けずにピッチにたち続けてきた翔の努力と、根性と、そして冷静さ。すべて、この松ノ瀬中の誰よりも見てきた。かつてのチームメイトであり、天才の名を欲しいままにしている10番が、いま、自分の前でシュートモーションに入ろうとしている。しかし、その天才の輝きに負けぬよう、チームを変え、新たに新チームの10番を背負った頼りになる男が全速力でこちらへ向かっている。

「でかしたぜ、翔」
山井はそう呟き、次の行動を起こした。吉沢はすでにあとほんのコンマ何秒でボールを右足のインステップで捉えようというところまできている。たぶん、翔は間に合わない。しかし、それは山井が翔を視界にとらえた時点でわかっていたこと。ブロックにはきっと間に合わない。けれども、翔がブロックに身を投げ出すおかげで、吉沢は1トラップをする余裕はなくなる。ならば、コースは限られている。この距離から打たれたら確実にとめることは難しい。しかし、コースが読めれば未来はある。あきらめるわけにはいかない。そこに、信頼すべき10番が身体を張った姿がある限り、自分はあきらめるわけにはいかないのだ。

吉沢の右ボレーから強烈なボールが飛んできた。距離、そしてボール速度からいっても絶望的に近い。しかし、山井はこれを読みなんとか手を伸ばす。絶望的に思えたボールだが、山井の右手の先、中央3本の指にボールは当たった。コースが変わる。なんとか触ることができた。あとは、ボールの行く末を祈るのみだ―――。

ボールは、ネットに吸い込まれる。
翔の右足もあとほんの10センチ、山井の右手にいたっては、あと3cm伸びていれば止められていただろう。いや、山井の指は確実にボールの勢いを奪い、コースを変えた。しかし、ゴールへのコースが広すぎた。吉沢がフリーで構えた時点でかなりのシュートコースが生まれており、翔が飛び込んで限定したとはいえど、もはや絶望的だったことに変わりはなかった。あの状況でコースを限定させた翔、そして何よりそこから瞬間的に解答を導き出しボールに触れた山井の反応が優れていたというほうが正しい。

0-1。
開始早々からなんとか猛攻に耐えてきたが、その流れのまま先制点を奪われてしまい、松ノ瀬イレブンはショックの色が隠せない。



読者登録

清永啓司さんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について