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第1章

第1話。

「瀧河!」
大湊は睨みつけるような視線をピッチに向けたまま、隣に座るサブメンバーが飛び上がるのではないかというほどの大声で叫んだ。

「はぁ~い」
瀧河耀太(タキガワヨウタ)はけだるそうな声で返事をし、ピッチの脇で行っていたアップを切り上げ大湊のもとへ向かった。所属するサッカー部の監督である大湊に対し、耀太はそのストレート過ぎる表現や、いつ何時も緩むことの無い目付きと表情に、相対しづらい苦手とする感情を抱いていたが、しかし一方でその優れた戦術眼に一目置いているのもまた事実だった。むしろ、耀太にとって大湊は接しづらい人間だったとしても、煙たがるような扱いは毛頭する気にはなれない人物。それが耀太の中での大湊であった。

耀太にとって大湊を無視できない存在になったのはそう遠い昔のことではない。12歳の誕生日を間近に控えた時期に、交通事故で生死をさ迷う経験をした耀太は、命の確保と引き換えに利き足である右足に大きな怪我を負った。若さもあり、複雑骨折を起こしていた耀太の右足は半年という長い期間を経て無事完治したものの、皮肉にも小学生低学年から続けていたサッカーへの情熱を奪われる結果となった。

体も小さく筋力の元々弱い耀太にとって、半年ものブランクを開けた体を駆使して打ち込むほどの価値は見出だせないもの。それが耀太にとって自分とサッカーとの位置付けだった。結局、多少の名残を感じながらも、耀太は「まあいいか」というなんとも意気込みの無い自分に驚きながら、自らの意思で中学のサッカー部には入らなかった。

誕生日の遅い耀太は、半年という文字通り骨休めという時間を過ごせば、自ずとその
間に中学へ進学することになる。自分の足が完治した頃には、既に新入部員という組
織が出来上がっていており、転校生の自分がそこに後から入るのも億劫だと感じたのも、入部をためらった一つの要因だった。

しかし、そんな耀太に目を付けたのが松ノ瀬中で体育教師の傍らサッカー部の顧問を任されていた大湊だった。

第2話。

神奈川県湘南地区に位置する市立松ノ瀬中が、そのサッカーが盛んな藤沢市の子供達が一手に集まるサッカー強豪校だったのはもう20年以上昔の話となっている。松ノ瀬中に集まっていた地域の才能ある子供達は姿を消した。同じ湘南地区にサッカー強豪校が「誕生」したためだ。Jリーグがはじまり、空前のサッカーブームが生まれた昨今、その初期の(後に大不況となる)第一次サッカーブームが93年の出来事だった。1993年当時、Jリーグ発足に睨みをつけた松ノ瀬中と同じ湘南地区に巨大な敷地を持つ湘南学苑は、サッカー推薦を90年より取り入れる事を決定する。サッカー強豪校となり、より生徒数を増やす事が目論みだと後に湘南学苑サッカー部を解雇された大湊は聞いている。

91年より日本リーグで活躍経験のあるMF田辺宗一を監督に迎えいれる事が決定していた湘南学苑は「大昔の県一部リーグ程度の肩書きではこれ以上我が校では雇えない」という理由で、素質も何も無い生徒しか与えられなかった大湊はその実力を試されることもなくサッカー部監督を解雇される。教員としての大湊には何の不満もなかった湘南学苑は、教員としての将来を大湊に約束したが、齢57を迎える大湊にとってそれは魅力的な打診ではなく、またそれ以上に教育の現場である学苑の教育方針の不一致を感じた大湊は、生涯を共にしたサッカーよりも教育者として学苑に籍を置くことを嫌い、迷いなく学苑を去る。

そんな大湊を拾ったのが、皮肉にもサッカー古豪校の松ノ瀬中だったのだから、芸は身を助けるものだと自らの人生を省みて苦笑いを浮かべながら呟いた。

第3話。

生涯をサッカーと共に過ごして来た自分にとって、仕事でサッカーに携わることが出来るというのは、意欲を掻き立てられるものであったが、松ノ瀬中を選んだのはサッカー古豪だからという意識はなく、またサッカー強豪校にしようなどという野心もない。単純に家からの距離が近く、また空気の良い高台に閑静な住宅街の中で最も高い位置に校舎を構えるその環境が気に入ったからだ。もっとも、より近い所にも中学校があったのにも関わらず、無意識に松ノ瀬中を選んだ事は、やはりどこかで自分の選択の中にはサッカーという要素が入り込んでいるのだろう。

着任後すぐにサッカー部の顧問を任されたが、松ノ瀬中サッカー部は古豪という名すら似つかわしくない惨状を自分の目に焼き付けてくれた。松ノ瀬中サッカー部のここ数年の成績といえば、湘南地区を突破するのがやっとで、県大会に名前すら入らないのが常の、単なる地域の中学校そのものだったのだから当然と言えば当然なのかもしれない。

しかし、自分にすらわからないことが世の中おこるもので、大湊は自らの人生においてこの時ほど驚かされた事はきっと数えるほどしかない。着任の翌年に入部してきた子供達はそれまでの上級生より才能という器が一回り大きく見える子供達だったのだ。無論、身体の発育時期であるこの時期にとって一年という差は埋めることの出来ない程の実力差を生むもので、新入生と二年生に試合をさせたところで、結果は常に目に見えたものだったが、それでも新入生の基礎能力の高さは充分に見てとれるものだった。

第4話。

GKの山井 勝は飛び出しのタイミング、ガッツ、そして番長とも言える自信に溢れた人間性も含め紛れも無く新入生の中でも際立つ才能を持ったGKだ。

センターDFの二人、渡辺大紀と佐藤洋介の二人は小学校時代からコンビを組むカバーリングマンと当たり屋のセンターバックコンビ。
サイドDFの和田一樹と広山隆は守備に計算の立つ卒なくこなすタイプのサイドプレイヤだ。

MFにはDF陣より一回り上のクラスの選手が集まっている。キャプテンシーに溢れひょうきんだがどこか周りの子達より大人びている関井宏和。フィジカルが強くしっかりと足元にボールを保持できる選手だ。
川崎翔は、フィジカルこそ弱いもののチーム1~2を誇るテクニックと豊富な運動量を持つ華麗な選手。
チームにアクセントをつけられる左利きの有馬幸人は、左のウイングもこなせるユーティリティプレイヤで、テクニックもある。

この関井、川崎、有馬は共に市選抜に選ばれていた選手だ。

このほかにも各チームでレギュラを張っていたであろう、パワー型の森田 司、地味だが黒子のようにボールを追える須山 慎吾、ムラさえ無くせば市選抜トリオにも張り合える萩野 健がいる。

FWにはこのチームにいることが奇跡とも言える林原 隆ノ介がいる。左利きのテクニシャンで瞬発力にも優れドリブル突破もお手のものの彼はなんと岡山県選抜というのだから大湊も驚いた。県選抜という逸材がなぜ松ノ瀬中に来たのかは、ご両親の転勤により藤沢市に越して来たが、まさか日本ジュニア選抜でも無いかぎり神奈川までその名が轟くわけもなく、名門校への入学は出来なかったという事情があった。

第5話。

当初こそサッカーに情熱を燃やす林原は松ノ瀬中のような「弱小校」に通うのを嫌っていたが、通うにつれ次第に文句を言わなくなったと親御さんから後に大湊は聞いている。ともにボールを追い掛けるうちに、仲間の「素材」に気付いたのかもしれない。

FWには右にチーム一の俊足ストライカー 柳橋 明に、センターでの立ち回りがうまい高橋 公樹、フィジカルは無いがパスと裏への飛び出しが持ち味の佐村 和隆がいたが、どの選手も一定の水準は保っている。

一定以上の水準を保った選手に加えGK山井や、関井 川崎 有馬の市選抜トリオ、県選抜林原という地域の中学にしてはハイレベルな選手が集まった背景には、その年の同世代の子にもっと優れた選手がいたというのが実情だった。

吸い付くようなボールコントロールと瞬発力を活かしたドリブルに、パスセンスもこの歳から備え始めた小学生とは思えないプレーを疲労していたナショナルトレセンのMF吉沢 智喜。 その吉沢と切磋琢磨するように育ったオールマイティーなボランチ原山 慎太郎。
抜群のスピードとテクニックでDFラインを掻き乱しゴールを量産するFW楢山 洋二。

このナショナルトレセンの三人に加え地域トレセンの選手も湘南地区には何人かいたうえ川崎、有馬はそれぞれ吉沢、原山と同じサッカークラブに所属していた。市選抜の川崎がテクニシャンとして充分に胸をはれる技術を持ちながら、運動量を身につける選択をしたのは、同じスタイルではどうしても打ち負かすことの出来ない吉沢がいた故であり、有馬が左足に固執しその一本でアクセントをつける意識を持ったのも、チーム内の1対1において原山が相手では断続的な活躍はさせてもらえないと考えた結果だった。

そう、彼等は市選抜という輝かしい経歴を持ちながら、所属していたチームのエースではなかったのだ。

第6話。

その点に関しては大湊も察していたし、これだけの粒が自分の元に集まったのも全ては彼等選手にとって同じ地域にスターが存在したというその運命の不条理によるものだと認識していた。全ては偶然だと。しかし、彼等新入生と接するにつれ、どうも自分の認識のずれを次第に認知するようになる。

「上手くなりたかったら先生のところへ行けって言われたんだよ」
関井の返した言葉に、敬語を使えと頭を小突きながら大湊は内心に驚きと嬉しさと、そした未知の領域からの自分へのアプローチに若干の動揺を覚え複雑な心境になった。試しに他の新入部員にも聞いてみるが、言葉は違えど同じような返答が返ってくる。またそれは不思議な事に山井や川崎、関井など、素質の高い子らに多かった。ここまで来るとさすがに大湊も気味が悪くなるのを忘れ、なにかの因果関係を感じずにはいられない。

だが、その答えはひょんなところから出ることになる。同じクラブに所属していた川崎と柳橋の何気ない会話だった。「あのめっちゃ軽い鮫島監督があんなマジメな顔で言うんだもんな」川崎と山井、それに柳橋は共にあの吉沢を擁して全国大会に出場した富士見FCの出身だ。

鮫島とは大湊の教え子に確かに存在した。

第7話。

鮫島とは大湊の教え子に確かに存在した。サッカーの才能はいささか厳しいモノがあったがとてもひょうきんな子で、何より人前で恥ずかしい思いをすることも厭わない、練習熱心な子だった。リフティングがいつまでたっても上達しない子だったが、大湊が毎日ボールを蹴りなさいと言ったその指示を忠実に守り続け、なんとか人並みにボールが扱えるようになると、一度ピッチに出たら試合終了のホイッスルが鳴るまで、いや鳴っても走り続けるような、笑顔を絶やさない決して弱音を吐かない子だった。

その後の話では、高校でもサッカーを続けガッツ溢れるボランチとして、キャプテンとして県大会でベストいくつだったかまで進んだという情報しかない。サッカーがともかく好きな彼だったが、お世辞にも才能があるとは言えない彼はあれから20年たった今、サッカーは続けていないかもしれないと思っていた大湊には、俄かにはその川崎と柳橋の話に出る鮫島が同一人物だとは信じられなかった。
どうしたものかと思案にふけっている大湊に向かって関井が俺はウチの監督じゃねぇけど隣の小学校の監督に言われた、と言う。詳しく聞けば、有馬の口から出た名前も、バックラインでコンビを組む渡辺と佐藤から出た名前も、大湊の記憶を探れば確かに存在する名前だった。

不思議な感覚に陥り彼等の言う名前が本当に自分の教え子達のものなのかと、その疑惑が頭から離れない数日を過ごし、かといって実際に訪ねるような甲斐性は持ち合わせていない大湊の元に、川崎がやってきた。

第8話。

平日の練習を部室の脇に設置したパイプ椅子に座って眺めていた大湊の元に、まだ休憩にも入っていない練習中であるはずの川崎はあたりを見回しながらチームメイトや先輩の目を盗むようにやってきた。

鋭い目付きと相変わらずの仏頂面を崩さない自分に向かって俺は上手くなりたいんだと訴える川崎を、大湊はそれまでの教え子達と同じようにだったら練習をしろと返す事を決めていたが、次の瞬間に川崎が吐いたセリフが意外にも大湊の疑惑を晴らすことになった。

「監督は吉沢を越えたいなら先生のところへ行けって言ってた」
大湊の怪訝そうな表情を一つの返事捉えた川崎は続けて口を開いた。
「俺は吉沢にどうしても勝てなくて、しかもアイツは湘南学苑にスカウトされた。でもどうしても超えたいって監督に言ったら“それなら今松ノ瀬中にいる大湊先生の所に行ってみるといいかもしれないぞ。吉沢は凄いよ。でも、まだまだ先は長いんだ。いつかは翔が勝てるかもしれない。諦めるなよ。監督は、子供の頃は翔よりずっと下手クソだったけど、怖い怖い大湊先生にサッカーを教えてもらって上達して、高校の時はあと一歩で全国ってところまでいけたんだ。”」
川崎はお世辞にも主張の強いタイプとは言えない。

異性にも好まれるあどけない顔を持ちながらもどこかひょうひょうとしていて、チームメイトからも「冷静川崎」と異名をつけられる川崎だ。少なくとも関井などに比べれば、全く自分の感情を表に出すタイプではない。その川崎が、決意と悔しさの入り混じったような複雑な表情を浮かべながら視線を一切そらさずこちらを見つめている。よく見れば、硬く握り締めているであろう両の拳が少し震えている。ついこの間まで小学生だった新入生にとって、愛想も無く仏頂面が板について離れないような表現しかできない自分のような人間は、決して馴染みやすいタイプの大人では無いのだろうなということを改めて認識した大湊だが、それ以上にこれほどまでの決意をさせるほどの環境を、いや屈辱を、この少年は受けてきたのだろうかと、そのまだ幼い表情にほんの一瞬思いを偲ばせた。

第9話。

我に返った大湊は川崎の頭を軽く小突き
「うまくなりたかったらさっさと練習に戻りなさい」と告げると、川崎は自分の主張が軽くあしらわれたと思ったのか、ほんの少し腑に落ちない表情を浮かべたが、次の瞬間には大好きな球蹴りに興じる少年の顔をして、グラウンドへ振り返って走り出した。

多少の罪悪感を感じた大湊は、「川崎!」と自分に背中を向け仲間の下へ走る川崎を大きな声で呼び止めた。戻れと言った張本人に呼び止められるなど予想だにしていない川崎が、何用だろうと無言でこちらを見つめると、大湊は叫んだ。
「小学生からずっと代表に入り続けていた一流選手などほんの一握りだ!」
川崎はこくりと頷き、グラウンドへ戻っていった。


自分の教え子が、その教え子を自分の下へ預けている。
俄かには信じがたいが、そういう事だと捉えるしか全ての物事を関連付ける結論が無い。大湊は、数十年に渡り湘南で子供たちにサッカーを教え続けた事が、まさに世や世代を”循環”して自らのもとにまたやってきたのかと考えると、人生というのはこうも面白いものなのかと小さく笑った。


松ノ瀬中サッカー部 93年度入部者
1: GK 山井 勝   ヤマイ マサル   富士見FC出身 
強いメンタルと安定した技術やセンスのあるGK。

2: DF 佐藤 洋介  サトウ ヨウスケ  大洋FC出身  
長身で元GKらしくうまくカバーリングできる

3: DF 渡辺 大紀  ワタナベ ダイキ  大洋FC出身  
DFとしてはさほど大きくないが、しっかりと足元にボールをおける基礎技術もあり、読みとセンスで1対1に強さを発揮するリベロ

4: DF 広山 隆   ヒロヤマ タカシ  村冨SC出身 
多少、攻撃時に集中できないムラがあるものの、対人守備力は低くない

5: DF 和田 一樹  ワダ カズキ    村冨SC出身 
攻撃、守備とうまくバランスをとれる。言われたことはキッチリとこなすタイプ。

6: MF 有馬 幸人  アリマ ユキト   松ノ瀬KC出身
線は多少細いが、左足一本でドリブル、パス、強シュートをこなし局面を打開できる。

7: MF 関井 宏和  セキイ ヒロカズ  高山FC出身
フィジカルが強くしっかりと足元にボールを保持できる。ファイティングスピリットも強く、新入生の中ではリーダー的な役回り。

8: MF 森田 司   モリタ ツカサ   松ノ瀬KC出身
体格が一回り大きい。華やかな技術は無いが、大きなストライドを持った動きや強烈なキック力、スピードなど、身体能力が高い。筋力や体格が早熟なせいか、スタミナがついていかないのが球にキズ。

10:MF 川崎 翔   カワサキ ショウ  富士見FC出身
新入生1のテクニシャン。線は細いがよく動き、中盤でのスルーパス、ドリブルには非凡なセンスがある。

13:MF 荻野 健   オギノ ケン    高山FC出身
クラブ育ちの兄を持つテクニシャン。体格も小さくなく、技術もあるが集中力に欠ける。

14:MF 須山 慎吾  スヤマ シンゴ   高山FC出身
長身のMF。足元もしっかりしており、的確に次へ繋げるパス技術や競り合いに強い。

9: FW 林原 隆ノ介 ハヤシバラ リュウノスケ 倉敷少年SC出身
左足は脅威。ドリブルもシュートもうまい。突破力は上級生に混じっても際立つ。

11:FW 柳橋 明   ヤナギハシ アキラ 富士見FC出身
身長が低いものの、50メートル6秒前半を記録するスピードで相手を翻弄できる。足元もしっかりしている。

15:FW 佐村 和隆  サムラ カズタカ  村冨SC出身
線が細く、身長も低いためパワーに欠けるが、裏への飛び出し、パスセンスを駆使したチャンスメークができる

12:FW 高橋 公樹  タカハシ コウキ  松ノ瀬KC出身
とりわけ体格が大きいわけではないが、柔らかいタッチと、左右どちらでも蹴れるシュートレンジの広さなどCFに必要な要素を持ち合わせている


94年2月。大湊は協会に提出したメンバー登録表を眺めていた。そのコピーに自らコメントをつけていた。

藤沢市では、二年次に神奈川県下一斉に行われる9科目試験「アチーブメント・テスト」実施に伴い、それまで下級生として公式戦出場のチャンスが少ない1年生にターゲットを当てた「一年生大会」が毎年開催される。無論、松ノ瀬中も湘南学苑も出場する大会となる。この少年達は市内の大会でどこまで行けるのか。職員室の窓から練習に勤しむ一年生達を眺めながら、そんなことを大湊は思った。

第10話。

「練習試合の通りにやればいい。自分たちの実力を出し切ることをまず一番の目標にしなさい」
試合前、グラウンドの全て照らし出すような昼間の陽のもと、試合用に設置されたベンチの前に新入生を集めて、大湊は彼らに強い口調で発した。練習試合の通りにやれば勝てる。それは大湊にとって嘘偽りない、彼らへの評価であった。事実、地域の中学校相手の練習試合では、上級生が苦しむ中、彼ら新入生同士の試合ではほぼ負けることがなかった。

「スタメンを発表する」
大湊の顔を見つめる彼らの顔が、より一層引き締まる。


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大湊は基本的に4-3-3システムを好む。理由は、身体未発達の中学生にはスタミナが限られている事と、ゴールデンエイジと呼ばれるこの最も吸収力の高い時期に、組織を叩き込む戦い方を嫌うためだ。そのためには、高い連動性や組織力を求めずともある程度機能しやすいシステムを選定する必要がある。それ故の4-3-3システムである。無論、ある程度の組織や約束事は与えるが、基本とする戦い方に組織は置かず、個々の力をどう伸ばすかという事を第一優先事項として監督の席に座るのが大湊の信念である。

その信念に基づき、守備をほぼ免除される左ウイングに据えられた林原が前半も序盤から暴れ回っている。まだ開始10分にも満たないが、大越中の右サイドDFは既に林原の驚異を感じ取ったのか、対応が全て後手にまわってしまっている。些か気の毒ではあるが、いかんともしがたい歴然とした才能の差が出た結果だろう。

林原を左に入れることにより、セントラルの左よりに位置するMF有馬は自ずと守備に走る時間が増えるが、元々常に自ら突破していくような、攻撃に片寄ったプレイスタイルではない。足元の技術に優れ、短いパスで組立に参加出来ることもさることながら、左足一本で局面を変えることの出来るロングパスとキック力を持つ彼は、前線で勝負したがる林原にとってこれ以上無いお膳立て屋であり、また自我を強く発することの無い温厚な有馬にとって、しつこいほどうるさく要求をする林原は、彼にとっても良い攻撃の指針決定者となる。

林原が暴れているが、それ以上に試合の主導権争いに貢献しているのがセントラルMFの三人だ。

第11話。

林原が暴れているが、それ以上に試合の主導権争いに貢献しているのがセントラルMFの三人だ。 関井が強いフィジカルでしっかりとボールを保持すれば、そこへ有馬が寄り川崎はより前目の位置へ走り出す。全てが閃きで動いているため、組織的有機的な連動性はまだないが、関井のキープ力、有馬の正確な技術とロングキック、そして川崎の豊富な運動量と小気味よいリズムのあるプレーに華やかなテクニックから繰り出されるドリブルや一撃必殺のスルーパスが絡み合い、個人能力の高さがあればこその方法で中盤の制圧に成功している。

得点はいとも簡単にという表現が最も適切と思わせるような展開から生まれた。前半12分。左サイドPA角手前で林原が有馬から受けたグラウンダーの強く長いパスを、左足で完璧に足元に止めて見せる。これでは敵DFも飛び込め無い。

林原は左足で小刻みにボールをタッチしながらゆっくりと敵サイドバックの5番に詰め寄るが、その時間を与えてしまった事が仇となった。4バックを敷く大越中のセンターバックの2番がサイドバックである5番の背後へ寄って来てしまったのだ。二対一の構図が出来あがり、大越中サイドバックは背後に現れた味方の足音を敏感に感じ取り、後手にまわっていたメンタルを捨て去る事に成功する。加えて、自分が林原を少しでも減速させれば、すぐにでもセンターバックと挟み込める。大越中の誰もが、そんな安堵感と任務遂行の意思疎通を感じとった瞬間だった。

第12話。

大越中の誰もが、そんな安堵感と任務遂行の意思疎通を感じとった瞬間だった。

林原は左足で半身を維持した態勢から小刻みなタッチで緩やかな前進をしたまま、左足元から縦へまっすぐ軌道をとるボールを気持ち右へ寄せた。

次の瞬間、体を右側、中方向へと向けるしぐさをした後、すぐさま体を一気に縦方向へ一歩抜きだすフェイントを繰り出し、右足でボールを小突く。大越中5番は一瞬の遅れを取り戻すがごとく、林原に合わせ進路を遮るように右外側斜め後ろへ体を捻るが、林原はボールを蹴り出さず、撫でるようにボールの上を右足にまたがせた。ボールは撫で終えた右足のアウトサイドに当たり、右中方向へボール半個分移動した。

やはり左足か。改めてそう認識しなおす暇も与えられずに大越中5番は右斜め後ろへの急転換をストップさせられる。驚異の左足をボールのもとへと動かし始めた林原を瞬時に視界の中央に捕らえ、ほんの一瞬、文字通り瞬くほどとはいえ林原に場所と時間を与えてしまったことに恐怖を覚えた後、再度空けられた時間を取り戻すため彼は二度目の急転換をその身に施す。林原の進行方向へ向かって急転換をしたサイドバックには、焦りながらも(まだ間に合う・・・)という意識が見られた。

中方向へ体を向けつつある林原の左足は、ボールへ向かっているはずだが、右足を回転軸にボールの前を猛スピードで、まるで脅威の左足への対応に焦る大越中5番をあざ笑うかのようにすり抜けた。

第13話。

中方向へ体を向けつつある林原の左足は、ボールへ向かっているはずだが、右足を回転軸にボールの前を猛スピードで、まるで脅威の左足への対応に焦る大越中5番をあざ笑うかのようにすり抜けた。シザーズと呼ばれるまたぎフェイントだ。円運動を終え、再び右足元に左足を戻した林原は、左足の勢いを受けた中腰の体勢からそのままのリズムで、伸び上がるように縦方向へ前進を始める。左足アウトサイドで縦に蹴り出されたボールはPA内左端への侵入に成功し、まるで”そこに置かれた”ように主人の迎えをまっている。完全に左足で中方向への突破を意識していた大越中5番は虚を突かれ見事に体勢を崩すことになったが、その一瞬に限り彼の顔に絶望の色は見られなかった。

大越中5番の目には、林原の置いたボールが遠くに行き過ぎたように見えた。なぜなら、彼の後ろには援護に来たセンターバックの2番がいる。自分は完全に虚をつかれたものの、そのカバーを必ず2番が行うはずだという確信とともに、「(それではセンターバックと競ることになる)」と、林原のミスキックをあざ笑い返した。林原と競っている大越中2番の援護に今度は自らが加わるために、彼は脇を抜けていく林原とともにそのボールを視界に捉えるため、瞬間的に首を背後に捻る。彼の視界が捉えたものは、予想ではなく絶望だった。

第14話。

大越中5番の目に映った林原は、左足を振りかぶっていた。
大越中5番の未来映像にいるはずだったセンターバックである大越中2番は、必死にコースを切ろうと林原目掛けてその足を投げ出そうとしていたが、まず間違いなく届かない事を彼は見切ってしまった。背後に振り返った彼の位置から、2番はまだ彼の右斜め前、林原とは視界の反対側に位置していたのだ。

林原は、その才能を最も享受しているであろう左足を振りぬいた。
足の甲にピッタリと乗ったボールは大越中キーパーのだいぶ遅れた横っ飛びを無視するかのごとく、ゴール右隅のネットに納まる。大越中サイドバックの5番はその絶望の瞬間を目にした時に、全てを理解する。林原の最初のフェイント。縦への突破に見せかけ中へ切れ込んだフェイントは、自分に対するものではなく自分に、ほんの一瞬にすら満たないギャップを作らせることによって、カバーリング役のセンターバック2番に「中方向への突破だ」と意識させ、ポジショニングを修正させるためのものだった。そうすることにより、5番自身の背後にスペースを生み出し、林原に比べ遥かに敏捷性に劣る自分との1対1に持ち込んだのだ。林原の先制点により、大越中サイドバックの5番は林原への対応に戸惑い続け、正解を見出せなくなっていった。

第15話。

5-0。それが、まだ才能の伸びしろを大きく残す子供たちが大湊に見せた”結果”だった。FW林原の2得点1アシスト(加えて終了間際にバーを叩いたミドルシュート)、MF川崎の1得点2アシスト、FW高橋の1得点、川崎のスルーパスに抜群のスピードで抜け出したFW柳橋の1得点、MF有馬の1アシスト。1年生達は、大湊の指示通り”いつもどおり”の力を発揮した。特に、林原とともに出色の出来だったのが川崎だった。中盤を縦横無尽に走り回り、ボールを頻繁に呼び込み組み立て、ラストパス、抜け出しての得点と、MFとしてほぼ完璧なプレーだったといえる。

ゴールデンエイジ特有の未完成によるプレーのムラ、ミスを除けばケチの付け所の無い試合展開だったが、唯一課題をみつけるとすれば選手層だった。後半も残り10分をきったころ、ピッチに立つ選手達が追いつかれるにはよほどの奇跡が無いと起こりえないほどの点差をつけてくれたために、大湊はMF有馬に変えて中盤もこなせるFW佐村、右WG柳橋に変えて森田を投入したが、二人は全くと言ってよいほど機能しなかった。佐村、森田ともに相手と比べても何ら遜色ない実力の持ち主のはずなのだが、動きが堅く、ボールが足につかず、動きも乏しかった。初めての公式戦、先発という自信の裏づけとなる肩書きを与えられなかった彼らは、スターティングメンバーとして名を連ねた選手との現在の実力差からくる後ろめたさも相まって、自分のプレーが出来なかったのだろう。プロにも必要だが、この世代の育成には当然のように必要とされる競争意識の植え付けを考えるなら、これは改善すべき問題だった。格の違う林原、甘めに見積もって川崎を別と知れば、これが改善されなければ、レギュラーとしてピッチに立つ選抜クラスの有馬や関井の成長にも影響が出てくる。一朝一夕で解決する問題では無いが、控え選手の成長を促すような策が必要だろうと、大湊はこの試合の自らの考察を締めくくり次戦へ意識を変えるのだった。

第16話。

決勝まで駒を進めれば4試合。3位決定戦は無いため、決勝に進んだチームのみが4試合を行える。若年層の大会において、真剣勝負の試合を数多く経験させることこそが成長への最短距離と考える大湊は、とにもかくにもいかにしてこの大会での試合数を増やすかということを念頭においていた。しかし、藤沢市内19校が二つの山に分かれた同じブロックには、全国を狙う湘南学苑がいる。このまま勝ち進めば準決勝であたることになる。この一年生大会のように市内完結の大会に限れば、この準決勝こそ最大の山場であり、決勝の相手がそれに勝ることはないだろう。自ずと大湊の意識は準決勝に向かった。

このレベルでは致し方ない話だが大会日程は基本的に同日開催のため、湘南学苑の試合を偵察に行くことはままならなかった。行けるとすればそれは教え子が敗退した時である。なんとも皮肉な話だが、もともとこの年代に組織を叩き込むつもりのない大湊は、当然相手に合わせ欠点を突くということを最優先に考えるようなサッカー哲学の持ち主ではない。そのため、湘南学苑の『サッカーの質』が見られないことはさほど問題ではなかった。しかし、こちらも1年生ならあちらも1年生。湘南学苑の1年生となると、ゲームは見たことが無い。せめて個々の能力は、いや、実力差は把握しておきたいのが本音だった。


2年生の県下一斉テストによる休部期間に行われるこの大会は、従って開催期間が限られている。試合ごとの間隔は短く、つまり翌週の日曜には次戦が行われる。そのため、問題修復のために練習試合を組むという事は不可能であり、成り行き上公式戦をこなしながらその試合の中で修復を試みることになる。逆に言えば、2回戦以降の各チームが初戦を”勝利”という結果をもって突破してきたという大前提から、チーム自体を大きく弄ることはメリットよりもリスクの方が大きい。しかし大湊はこれまでの練習試合、大越中戦から脳裏にうっすらと浮かび上がったこの1年生チームの欠陥を認識しはじめ、ここでそのセオリーを崩しチームに大きな変更を施すことを決意していた。

第17話。

「スタメンを発表する」
コンディションや相手、状況によって実力とは関係の無いところでスタメンの変更がある練習試合のそれとは違い、公式戦における大湊のこのセリフの後には独特の緊張感が走る。1年生とてやはりサッカーチームとは実力主義の関係である。

大湊は大勝した初戦と同じ布陣を選択した。
2回戦の相手は、大越中より劣る大清水中。以前に顧問より1年生にGKがいないという話を聞いている。Jリーグ開始1年目の当時は、他の運動部に比べ盛んな方に入るサッカー部だが、未だ発展途上の最中にある日本にあって、選手層とくにGKが揃わないという話は珍しい話ではなかった。

開始早々、実力に勝る松ノ瀬中の中盤が試合を圧倒する。
センターサークル手前右寄りで右SB和田からボールを受けた関井は、敵の寄せにより縦方向へのプレーの一切が不可能と判断したのか、一拍置いてDF渡辺へ自軍陣地を斜めに切り裂くようにグラウンダーのバックパスを送る。立ち止まることなくセンターへ走り込んだ関井は渡辺からリターンパスを受け、そのまま左サイド前目に位置した有馬へボールを送る。有馬は、チェックに来た敵のMFに対しボールを足裏でなめてセンター方向へスライドしパスコースを作り出したかと思った矢先、大清水中DFラインの前、つまりバイタルエリアの密集地に右サイドからすっとセンターへ入り込んだ川崎の足元へピタっと長いパスを通した。川崎は柔らかいトラップですぐさまボールを自分のものにし、敵にプレスをさせる隙を与えない。そのままDFラインにつっかけ、またぎフェイントの後、右側へ敵ボランチ一人をかわし、そのこぼれを掻っ攫いにきた敵DFを、足裏を使ったバック(後退)であしらう。
次の瞬間、ボールはPA内に侵入していた。

第18話。

次の瞬間、ボールはPA内に侵入していた。
川崎はドラックバックから、軸足に当てて敵守備陣のタイミングをずらすスルーパスを出した。「無人のPA」と思い込んでいた大清水中DF陣の背後には、目の前に出てきたごちそうに興奮を隠し切れない林原が鎮座しており、冷静にゴール右隅へボールを押し込めた。開始4分のことだった。直後、大湊が動き出した。

「須山!」
はい、と言葉静かにしかし責務を全うしようという意志が感じられる重い口調で答えた須山は、ベンチを立ち上がり大湊のもとに向かう。

「アップは」
「スタメン組と一緒にやっていたので問題ないです」
わかったという言葉の代わりに、すぐさま脇にあるファイルから選手交代用の用紙を取り出し「OUT=高橋 IN=須山」と書き込んだ。


fujin2.gif

ピッチに入った須山が松ノ瀬中イレブンに大湊からの指示を伝達する。
前線を3トップから2トップに変更し、余った1枚を中盤に変更する指示だった。3CMF(3センターミッドフィルダー:中盤にサイドハーフ、トップ下等の役割を明確にしたポジションを置かずにセンターにMF3人をバランスよく配置する方法)から、川崎をトップ下に置くダイヤモンド型に変更し、須山は1ボランチとしてDFラインの前に位置する。選手達は開始5分に満たない時点での布陣変更に多少の戸惑いを見せたものの、前日に一度フォーメーション練習として須山を中盤の最後尾に入れた形を最後の10分に行っていたため、とりあえずはシステム変更に対応することが出来た。

第19話。

「攻撃の指針決定者がいない」
大湊のこの1年生チームに対する、うっすらと浮かんできた弱点がそれだった。川崎、有馬、関井、彼らの才能・実力は申し分ないが仲良くパス回しが出来る反面、これといったリズムや決定的な動きからの転調が無い。プレッシングやオートマティズムなどの組織だった動きを反復すれば、ある程度その問題は解消されるがそれは大湊の哲学から大きく外れる。大湊にとって最優先するべきは目先の勝利ではなく、目の前のかわいい子供達の成長なのである。また、例年のチームや大湊が過去に指揮指導してきたチームのほとんどは、周りの子の平均からすれば突出した才能を持つ選手がおり、彼にボールが集まるようになり攻撃の柱、チームの方向性というものが自然と定まっていくのだが、この1年生チームには市選抜クラスが3人以上も集まってしまったため、逆に中盤に飛びぬけた存在がおらず、個々の能力の高さ故の弱点が現れてしまった。

第20話。

無論、大湊とてみすみす手放しで敗北する気はない。最優先事項に勝利を掲げていないだけで、いずれにせよ育成には「勝利」という二文字は必要不可欠であり、敗北とのバランスを持って選手は成長していく。チームの潜在能力が高ければ高いほど、そのバランスは勝利へ傾くことを必要とされ、まさしくこの1年生チームはそれが課せられる器を持ったチームだった。

大湊のとった対策は、長身でリーチが長く競り合いに強いのみならず、派手さはないが確かな技術を持つ須山を中盤の底に据えることだった。この若年層に似つかわしくない長身のためか、スタミナに乏しく文字通りチームを操る「ボランチ」という任を与えるには、性格的にもこのチームでの須山には荷が重いが、しかし空中戦にも強く懐の深いボールキープの出来る須山は少なくとも中盤のターゲットとしては機能するだろう。それが大湊の読みだった。ゲームメイクという大役まではこなせないが、DFラインやサイドからボールを引き出し”そこからボールが走り出す”という意味では、恵まれた体躯を武器にした守備力に加え、運動量や攻撃力も備わったフランス代表のビエラとはいかないまでも、攻撃の起点としての役目を任せられるのはタイプ的にも大湊には須山以外は考えられなかった。

第21話。

須山投入後、ゴールキックからのスタートにキャプテンマークを左腕に巻いた関井が叫んだ。DFラインのすぐ前まで下がりボールを要求している関井に、GK山井からのグラウンダーのパスを受けた左SB:広山は、シンプルに関井へボールを預ける。低い位置で前を向いてボールを得た関井は、そのまま2タッチ目でボールを手放した。関井のインサイドキックによりボールが向かう先には、中央のセンターサークルから下がり目でゆったりと構える須山がいる。投入直後の須山の固さを取り除くために、いち早くボールを須山に触らせる。関井なりのキャプテンシーだろうと、大湊は無言で周囲から見えないほど小さくではあるが、まるで子供に正解を促す親の様に小さくうなずいた。

「須山!」と叫ぶ関井の呼びかけに、へいよぅと気の抜けた返事とともにボールを捉えた須山は、そのまま反転し右サイドへ自分と並行にグラウンダーのボールを走らせた。決して手を抜く子ではないが、仲間内の会話でも本気を見せず斜に構えて一歩引いた立場からのらりくらりとかわす様な受け答えをする須山は、多くの先生方に誤解をされやすい。大人と見比べても身長が高く、細身でスタイルもいい。切れ長の目にパーマのかかった頭髪、何事にも全力を見せずに行動をするような姿勢を組み合わせれば、ちゃらんぽらんと見られがちなのも否定はできないが、須山という子の本質は本来責任感の強い子である。大湊もサッカーという、一般の生徒とは違う場で接していなければ、諸先生方と同じように須山のことを誤解していたかもしれない。

第22話。

「えぇー、そんなのめんどくせえじゃん。オオミナっちゃんは言うだけだもんな~」と例によって斜に構える須山に大湊が「文句あるのか須山」と返すと「や、やります、やりますよぉ」と笑いながら返す須山は、確かに一見すれば扱いづらい生徒かもしれないが、しかし一度ピッチにたてば、自分がやると言った事は必ず成し遂げようと全力で努力する。斜に構えたり、一歩引いたところから冷静に発言するという姿は須山にとって照れ隠しであり、本心ではない。もちろん、この年代においてその大人びた社交性は自分の殻を破るためのチャレンジ精神をそぐものであり、彼の成長に対する欠点となりえど決して須山と言う子が”ちゃらんぽらん”だということにはならない。

須山からボールを受けた右サイドバック和田は、フリーの状態からタッチライン際を一歩二歩と様子を伺いながら、ゆっくりと前進をする。和田ちゃん、と中盤左よりからセンターサークルのど真ん中に有馬が顔を出した。和田は有馬を確認するが、間に敵MFが二人おり、グラウンダーで通すには少々距離がありすぎると判断した和田は、パスを躊躇する。すると、次のプレーを模索し始めた矢先の和田の背後から、同じく自分を呼ぶ声が聞こえた。先ほど和田自身にグラウンダーの横パスを通したMF須山自らが和田の斜め後ろにフォローに入っていた。すかさず和田は須山にボールを戻す。

須山には、中央から須山の背後へ敵がプレッシャーをかけに来ていたが、長いリーチで敵を自分の懐に入らせない。細身の須山は決して関井のように強いフィジカルで体をうまく使い敵を封じ込めることはないが、リーチの長い須山は自身の天分を心得ているかのように敵のプレッシャーをのらりくらりとやりすごす。ボールを受けた須山は敵を背負いながら、先ほど和田にボールを要求するために中央に陣取り、その後須山へパスが渡ると同時にその前方へ駆け出した有馬へ危なげなく短いパスでボールを繋げた。

第23話。

有馬は、斜め後ろから受けたボールを身を翻しながらのワントラップで前を向いた。前方にはDFライン上に位置し、自らの足元へボールを要求するFW林原。自慢の快速を今にも開放させようかと、空ぶかしをして準備をしているもう一人のFW柳橋。そして、有馬が中央に絞ったことにより空いた左サイドのスペースへ、大清水中DF陣の雑踏の中を右から左へと斜めに走りぬけるMF川崎。

有馬が選択したのは、3人へのパスのどれでもなく川崎が走りぬけたおかげで敵が釣られて出来た中央のスペースへの前進だった。そして左足でまたぎワンフェイントをいれた後、自慢の左足を大きく振りぬく。狙いは右サイド奥、コーナーフラッグ手前。そこに走りこんでいたのは須山にボールを預けた後、有馬にボールが渡ることを悟り、有馬のキープ力とロングパスのセンスを信じ込み全速力でタッチライン際をダッシュしていたサイドバック和田だった。

山なりの難しいロングボールを丁寧にトラップした和田は、その場、コーナーフラッグ前で顔をあげる。大清水守備陣の誰もが、エースストライカー林原、ゲームメーカー川崎、スピードスター柳橋への展開を予想していただけに、和田へのプレッシャーはトラップしたその後もまだ間に合っていなかった。自分以外の誰か、このボールに反応した仲間はいるのか。和田の、トラップする前までの一縷の不安はあっけなく解消される。問題ない、和田はそう心に唱え浮き球ではなくゴール前へ、丁寧にグラウンダーのセンタリングを返した。そこには、大清水DFを自慢のスピードで置き去りにした柳橋が、俺に任せろといわんばかりの猛ダッシュでボールを迎えに来ていた。柳橋は躊躇無く右足インサイドにボールを当てて、そのままゴールネットへ押し込んだ。

第24話。

須山には、センスという名の才能にしても、そして性格的にも自分からボールを要求し、目の前の敵を圧倒的なテクニックで翻弄し、高精度なロングパスやスルーパスを通す器は無い。元来黒子役の方が似合う須山の性格的にもそれは無理がある。しかし、須山が中盤の底に入ることにより、大きな体躯、確かな技術により味方のボールの預け所が定まる。大きい分、受けたパスを処理できる範囲も格段に広い。野球でいう一塁手(ファースト)の持つ個性と似ているかもしれない。大湊の狙いは、その須山が入ることにより中盤に意識的・物理的ターゲットマンをチームに認識させ、ピッチ上の選手がそれぞれの社(やしろ)に固まりがちなチームに連動性を与えることだった。特に、臨機応変に守備と攻撃をうまく使い分ける関井を除いた、有馬と川崎の二人。サイドからボールを受けてロングパスもしくは林原へ縦パスを当てるというある種消極的なプレーに終始しがちな有馬、ゲームメイクばかりを意識しすぎるあまりどうしてもバイタルエリアに意識が行き過ぎ、本来の縦横無尽に動き回れる運動量を発揮していない川崎の動きを、もとい意識を変えることが狙いだった。


須山が中盤の底で構えることにより、中盤の関井・有馬・川崎の3人が分担して行っていた守備も、専属の人間を一人置くことによってある程度攻撃への自由度が増す。そして中盤やDFラインからのパス先の第一ターゲットに須山がドシっと居座れば、川崎は中央ばかりにはいられない。というより、そこにとどまる必要がない。左右へ裏へ動きまわりパスを貰い、相手のプレスの弱まったところで、そこから自慢の技術を披露できる。小学生時代から技術とともに運動量と動きの質を鍛えてきた川崎には、こちらの姿の方が格段に似合っているというものだ。

第25話。

試合は前半終了間際に得た2度目のCKから1点を追加し、3-0で折り返すこととなった。ゴールを決めたのは須山だった。1度目は左から川崎の低めのキックに、林原が二アサイドへするりと抜け出し、ジャンプしながら左足のインサイドにチョンと合わせた。しかし、林原の位置からここしかないというコースを素人なりになんとか読んだGKが辛うじて枠外にはじき出して、二度目のCK。1度目までPA内でボールを受ける体勢をとっていた関井が中盤まで下がり、その空いたスペースへ須山が飛び込んだ。大湊の位置からは、関井と須山が何かひとことふたこと言葉を交わしていたのが見えていたため、それが主将であるMF関井の指示であることは容易に想像がついた。川崎はそれを見逃さずに須山の高い打点へ合わせて今度は高い玉を放り込む。比較的身長の低い子らが集まる松ノ瀬中にあって、須山の身長は文字通り頭一つ抜けた存在であるが、身体未発達の中学1年生である以上それは大清水中の一年生相手にもさほど変わりは無い。同時に競ればまだ勝負の余地があるが、関井の策略によって対応が遅れている状態では、須山の頭には届かない。須山は落ち着いて頭でボールをゴール方向に送り出した。コースは甘かったが、GKも意表を突かれていたため反応が出来なかったようだ。須山の高さもさることながら、一度目のCKで大清水中イレブンの警戒心を一手に集めた林原の存在感あってのゴールだったともいえる。

第26話。

試合は、大清水中の不慣れなGKもあり後半に3点を追加して6-0と、初戦に続き大勝で2回戦を突破し、準決勝に駒を進めた。須山を入れた中盤四人の連携はまだまだこれからと言ったところだが、一応の形は見えた。あとはここから一週間でこれをどこまで発展させるかが、大湊の手を加える部分である。また、須山は元々CB(センターバック)もこなせる守備的な選手である。中盤に入ったとしても、適確に次に繋げたり空中戦での戦いを中盤の制圧権争いに活かす等の黒子的な働きが本文であり、たぶんパスワークの起点になり中央でパスを受けてボールを散らすなどという、ある意味でハイカラなプレーは経験が無いに等しいに違いない。どうしてもボールの貰い方、タイミング、トラップの方向等にまだまだ未熟な面が見える。パスを受ける際に視界を保つために半身で受けることを意識したり、半身を保つためのボールへのより方、タイミングをずらしたりということが不得手なため、本来すんなりと前へ向ける局面も、無駄にタッチを稼いでしまうことがある。特に後ろからボールを引き出す時にそれは顕著になるが、やはり中盤の中央で構えてボールを受ける経験が与えられなかったのだからしかたがない。しかし若年層の育成に長く携わってきた大湊にとって、それは決して悲観材料ではなくこれから延ばすべきところ、自分に課せられた育成部分であり、それこそがこの立場の楽しみでもある。まだ13歳。これからいくらでも選手は大人になるにつれ変化をしていき、ポジションとて様々に変わっていく。今はその基礎を叩き込む時である。また、大湊は決してチーム事情のためのみに須山を抜擢したわけではない。既に大人顔負けの長身に、派手さは無いがボールを止める・蹴るをきっちりと行える高い基礎技術を持つ須山は、これから大人になるとともにその体を充分に使いきれる体力と筋肉をつけていけば、良いボランチになるだろうとの算段、いや希望という名の予測のもとに決断した抜擢である。

須山へのボランチとしての指導、あえて曖昧にしておいた中盤への須山起用の意図、それにより川崎や有馬、関井の意識を変えること。一週間後、次戦でぶつかることになると思われる今大会最強の敵と対峙するまでに、少しでも多くのことを選手達に伝えようと意気込みつつ家路につく大湊だった。

第27話。

翔はこの放課後の教室掃除が嫌いだった。
ともかくさっさとグラウンドへ降りてボールを蹴りたいというのに、まわりもちんたらやっていることも手伝い優に20分を超える教室掃除当番は、邪魔以外の何者でもなかった。なんなら勉強よりも邪魔だといいたげな無愛想な表情で翔は掃除を黙々とこなす。そんな翔にとって唯一の救いは、同じ当番にサッカーの話が通じる耀太がいることだった。つかみどころの無い奴だが、なんだか不思議な事を口走りなかなか勉強も出来て、何より頭が良いから受け答えが面白い。翔にとって耀太は興味の対象であり、また共にする会話はサッカーの話が出来ることもあり、子供ながらに癒される楽しい時間だった。

「日曜もまた試合勝ったよ。しかも6-0。どう?」
耀太は、質問をしてきた目の前のクラスメイトと自分とではサッカーの実力など到底及ばないはずであること理解している。その自分に、自慢げというよりは信頼する識者に意見を求めるような表情の翔に多少の違和感を覚えたが、同時に自分のサッカーに対する知識がクラスメイトから信頼されているという喜びを感じながら、素直な驚きを返事にした。

「へぇ~。やっぱり凄いね翔たちは。宏和、ありマンも市選抜なんでしょ?」

一年生ともなれば現在のクラスでしか基本的な人間関係は発展しない。自分達のクラスメイトではない有馬や関井の存在を耀太が認識していることは、翔にとって信頼と尊敬に値するものであり、耀太が獲得した信頼は(本人は自覚していないが)決して「サッカーを知っている」というだけで勝ち得たものではない。

「うん。選抜の中でも上手かったね」
「すっごいなー。次も勝てそう?」

大勝の報告を受けることが当たり前になっていた耀太は、なにげなく投げかけた自分の質問に、翔の表情が険しくなっていくのを確認した。

「次はヤバイ。湘南学苑だよ。知ってんべ?」

藤沢市には転校という形で出会った耀太だが、小学校卒業より半年以上前での転居のため、当然藤沢市でも地域のクラブでサッカーを続けるつもりだった耀太も、湘南学苑についてはその名前を耳にしている。

「あー、吉沢君とかが行ったとこでしょ?推薦だもんね。日本選抜3人もいるんだよね」

日本選抜というブランドを耀太は一切意識していない。サッカーをやめているということもあるが、そもそも転校前の時点でも所属しているチームのレギュラーすら危うい状態だった。そんな自分からすれば、日本選抜など天上人のおわす世界であり、市選抜ですら雲の上の存在であった。耀太にとっては身近な芸能人程度の存在である、その言葉とその日本選抜の司令塔の名前は、翔の顔をよりいっそう複雑にさせるものだった。

「そうなんだ。でも1年たったし、今はわからない。頑張る」

市選抜という輝かしいステータスを持つ翔は、耀太にとって憧れの存在だが、その翔は皮肉にも自分のわからない世界での苦悩を耀太に垣間見せている。その原因を作ってしまった自分への罪悪感と、自分にとってのヒーローに少しでも元気を出して欲しいと、幼く稚拙なボキャブラリーの中から一生懸命想いを言葉にした。

「うん。頑張れ!」

耀太の言葉が届いたのか届いていないのか、翔はほんの少し照れ臭そうにした後、そんな自分を悟らせないように話を切り替えた。

「っていうかさ、耀太だってサッカーやってたんだろ?小6の時うちのFCに来たって聞いたけど」
「うん。転校してきてすぐね。だけどほら、事故で骨折しちゃったから」

そこに吉沢や翔がいたことは、当時は知るよしもなかったが、そのまま同じチームに入らなくて良かったと耀太はホッとしている。もし同じチームに入っていれば全国に出場したチームの、ましてや中盤には各カテゴリの選抜選手が揃うチームで自分が試合に出られるはずがない。今のような翔との関係は築けていなかっただろうと、耀太は考えているからだった。

「そうだけど、サッカーまたやんないの?」

翔にしてみれば、むず痒い話だった。これだけ話の出来る仲間がチームメートに加われば、これほど楽しいことはない。サッカーの実力はわからないが、頭が良いからきっと良いプレーをすると、根拠のない評価を翔は耀太に与えていた。

「市選抜が3人もいて、林原なんて県選抜らしいじゃん。そんなとこいっても俺なんかみたいなひ弱な奴じゃついていけないよ(笑)」

確かに、翔の目から見ても耀太は線が細い上に身長も低い。活発に動き回るタイプでもないので、運動神経が良いタイプには見えなかった。

「ふ~ん。そんなもんかな。」
「うん。翔なんて10番じゃん。俺なんか足元にもおよばないよ」

皮肉な話だが、翔は10番に思い入れはない。10番とは翔にとって吉沢が着けるものであり、10番を争うスタイル、つまりテクニックを存分に活かした、悪い言い方をすればテクニックに依存したスタイルで勝負はしたくない。アンチ10番のテクニシャンこそが自分の目指すところであり、そういう価値観からすれば“10番にこだわる“ことは大変幼稚で情けないことだった。無論、そこには吉沢への嫉妬心があるのだが、幼き13歳の翔にはまだそこまで自分を客観視できるほどの強さも経験もなかった。

「見たこと無いからわかんないけど、そのうち遊びでもいいから一緒にやろうぜ」
「うん、そうだね。やろうやろう」

ともかく、相手はサッカーを本気でやる気はないと改めて認識した翔は、それでもこの信頼のおける魅力的な友人とのパス交換を諦めきれず、なんとか取り付けた最低限の約束に安堵した。


大嫌いな掃除当番のストレスを耀太との会話でスッと忘れさせてもらった翔だが、同時に大事な感情も忘れてしまったことに後悔する。頑張れと激励をくれた耀太に手を振り、翔は仲間達の待つグラウンドへ向かった。

第28話。

「そんなにすげえのか?吉沢って」
林原は同じようにクラスの掃除当番で遅れ、部室の前で並んで座ってスパイクを履く川崎翔に不思議そうにその質問を投げかけた。
「半端ないよ。調子に乗ったら手に負えない」
自我を表に出すような自分とは違い、常に冷静で大きく取り乱すことの無い翔が、スパイクのどこか一点を見つめるように俯いたまま黙々と答える姿に林原は、翔の強く、そして複雑な感情の温度を感じた。
しかしその時間は長いものではなく、スパイクを履き終えた翔の顔はすでにいつもどおりの飄々とした顔に戻っていた。
「林原は、吉沢より原山や、ポジションが被る楢山の方が気になるんじゃん?」
事実、林原は県選抜から上の選抜には漏れた。ナショナルトレセン、U-12には相当な思い入れとそして嫉妬がある。
「楢山がどんだけの奴なのかっていうのはすげえ気になる。原山って奴はあんまり知らねぇんだけど、翔は知ってんだべ?」
吉沢の質問とは打って変わって、淀み無く答える。
「この辺で吉沢と張り合えたのは原山ぐらいだったな。全国に行ってもアイツほどの奴はそうは見なかった。テクとかもいいし、パスも出せるけどともかくボールを追うのが凄かった。原山のことはありマンに聞いた方がわかると思うよ。同じクラブだったし」

林原は既に仲間とともに練習に励む有馬へ視線をやった。翔がチラリと覗いた林原の目つきは、先ほどまでのそれとは違い、みなぎる闘争心を決戦前に冷静さを保つために抑えるかのごとく鋭いものだった。
「ってことは、俺の所にも来るか。それなら絶対負けねぇ」
入学、そして仮入部の時から一年間見てきた林原の才能は、翔にとって疑うものではない。ボールを持ちすぎる嫌いはあるが、突破力、スピード、シュートセンス、そしてエゴイストぶりといい、全国へ進んだ富士見FC時代にもそんなFWはいなかった。
林原は、意気込んでいる自分を見守るかのような翔に対し、目を覚まさせるかのように笑顔で背中を叩いた。
「おめぇだっているしよ!もう1年たってんだ。勝負はわかんねえよ。おめぇがまたいいパスをくれて俺様がゴールに叩きつけりゃ1点よ。そうだろ?」

どこまでも勝ち気な林原に、堅くなっていた自分を見つけた翔は、その林原に自分が認められていることの再確認とほんの少しの勇気をもらい、はは、と小さく笑いながら返した。
「そうだね。林原がいるチームが市内で負けちゃだめだよな」

第29話。

「先生!」
湘南学苑との決戦前々日の金曜、ベンチコートをはおりパイプ椅子に座って、一年生の練習を見守る大湊を呼びかける声が響いた。無言で声の発信元の方向へ顔を向けた大湊の目に映ったのは中肉中背、というよりは多少筋肉の混じる中年としては申し分のないプロポーションを持つ男だった。黒縁、というよりは紺に近い色の眼鏡に、顎ヒゲを携えた身長170半ばの程よく大男なその男は、のしのしと歩いて大湊に近づいてくるが大湊にその男の記憶は無い。客人にも関わらず相変わらずの仏頂面で迎えてしまう自分に多少の呆れを感じつつ、見ず知らずの訪問者なのだから仕方ない、というより今さら治るものでもないとある意味で達観した結論から導き出されたゆるぎない表情を、その男は懐かしそうに確認した。

「おー、やってるやってる」
自分の、客人に対するという点ではどう見積もっても相対しづらい乏しい対応力を、身を持って受けているにも関わらず、目の前の男は一向に意に介さないといわんばかりの笑顔を崩さない。

「相変わらず先生は怖い顔ですねえ(笑)お久しぶりです。翔や柳橋は元気にやってますか?」
川崎と柳橋。その名前をこの男がなぜ発したのか。その問いを自らに投げかけ、そしてその回答が即座に自らに提示される。滅多に大きく見開くことの無い常に細い瞳を、他人が見れば気持ちばかり、しかし大湊にとっては大きく開いたその瞳を男に向け、返事をした。


「相変わらず先生は怖い顔ですねえ(笑)お久しぶりです。翔や柳橋は元気にやってますか?」
川崎と柳橋。その名前をこの男がなぜ発したのか。その問いを自らに投げかけ、そしてその回答が即座に自らに提示される。滅多に大きく見開くことの無い常に細い瞳を、他人が見れば気持ちばかり、しかし大湊にとっては大きく開いたその瞳を男に向け、返事をした。

第30話。

「鮫島か」
「あはは。お久しぶりです。」
「何年ぶりだ」
「中学の時に一度顔を出して以来なので、もう20年ぶりですか」

目を閉じ首を横に振りながら、分からないのも仕方ない、という大湊の仕草を見た鮫島はその解を説くように続けた。

「あれから、ずっとサッカーを続けて高校時代は県予選準決勝までいったんですけど、ダメでしたよ。」

笑いながら、大湊に伝える鮫島は後悔など微塵もなかったのだろうと思わせるに充分な笑顔を見せた。

「大学を出て、今は市役所で働いています。まあ、アフターをサッカーに使うタメですが」

少しバツが悪そうに頭をポリポリと掻きながら、そして照れくさそうに笑いながら鮫島はそう答えた。この人間性、前向きそうな性格や人懐っこい姿勢、確かに鮫島だった。よく見れば面影もある。本来生業とするべき職業においても、選択の判断材料にサッカーが入り込むあたり、この男も自分と同じ穴の狢か、と小さく笑った。同時に、本当にサッカーを続けていたのかということが、嬉しくもあった。

「先生、日曜は湘南学苑とあたるんでしょう?親御さんから話を聞いてきたんですよ」

少年サッカーか。大湊のその問いに、声を出さない頷きで返した鮫島は、そのまま話を続けた。

「今年は良い子達が集まったでしょう先生。ウチの山井や翔に、有馬や関井、渡辺大紀。皆、他から誘いが来てたり、サッカーがしたくて私立を受けようとしていたのを僕らが止めたんです」

なぜそんなことを、という問いを投げられることを予め把握していたかのように、鮫島が続けて口を開く。

「湘南学苑のやり方は、僕ら地域少年サッカーの間でも評判は良くないんです。全国から金で選手を集めることは致し方ありませんが、あの学校に”サッカーへの愛”というものがあるようにはどうしても見えないんです。」

確かに、それは大湊にも異論はなかった。というより、湘南学苑という組織に身をおいていた大湊からすれば、学園のサッカーに対する意識というものは誰よりも感じていたという自負すらある。

「勝つことは大事です。けれど、まだ中学生の段階で大事なのは必ずしも勝つことじゃない。幼いうちから勝つことだけを義務付けられた子供達に未来があるとは僕は思えないのです。」

それは、他の誰でもない大湊のサッカーに対する哲学そのものだった。自分の教え子にプロ選手はいない。もとい、Jリーグが創設されたのが今年なのだからそう簡単に出てくるものでもない。しかし、自分の思いを受け止め次に伝える人間が確実に育ち、そして今目の前に同じ指導者として現れている。大湊にとって、それこそが指導者としての最大の喜びであった。

第31話。

「先生、僕はこのまま湘南学苑に神奈川を牛耳らせて良いことは無いと思っているんです。だから、近隣の少年サッカーチームの監督さんや親御さんに話を持っていったんです。”松ノ瀬中に良い先生がいる”と。」

無論、それが自分のことだということは話の流れで把握できたものの、俄かには信じがたい話だった。川崎と柳橋の会話から、自分のもとへ才能豊かな子供達を送り込んでくる力が存在することは頭では理解していたが、ともかく目の前の子供達のサッカーの実力のみならず、人間的成長を促すことのみを考えてきた自分は、周囲の話などこの何十年というもの意識したことはない。見ず知らずの自分へわざわざ子供を預けるなど、そう簡単に叶うものではないはずだ。大湊の自分に対する評価と、現実とのギャップに大湊自身が翻弄されていた。

鮫島の発言を理解するために頭をフル回転させていた大湊は、知らず知らずのうちに鮫島から目線を外していた。
「先生、結構有名人なんですよ(笑)」
鮫島の発した言葉に、大湊は我に返る。
大湊の意識が再び自分に向いたことを確認した鮫島は、まるで謎解きを解説する探偵の様に大湊へ話を続けた。

第32話。

「この辺でサッカーに携わっている人間なら、”あのコワモテの大湊先生”といえば分かる人はわかるんです。決して、有馬や関井は僕が先生の教え子だからというだけで集まったわけではないんです。隣の小学校のクラブの監督さんも、先生の事をいたく買っていたり、卒業したOBの親御さん方からのお話もあって、彼ら松ノ瀬中一年生の親御さん達もすんなり納得したという部分もあるんです。小畑、井上、松原。名前わかるでしょう?」

湘南学苑には長年勤めていたが、大湊の記憶に定かではないがその名前は自分の教え子として指導した覚えがある。
「湘南学苑か」

「そうです。小畑さんはその隣の小学校の出身で、時折監督さんが湘南学苑の試合を観に行っていたんです。『トラップもロクにできず、サイドバックでしか使えなかったあの小畑が中盤を所狭しと走り回って、いっちょ前にパス出しをしている。おどおどしながらプレーしていたあの子が、自信を持って楽しそうにボールを追いかけ、チームメイトと供に汗を流している。とても驚いた』と、先日飲みながら僕にそんな話をしてくれました。井上さんも松原さんも、同じように親御さんから話を聞いてます。」

自分への評価が自分の知らないところで話に出ているなど夢にも思わなかった大湊は、あっけにとられ返す言葉が出てこない。そんな大湊を確認した鮫島は、今度は声のトーンをさげて大湊に嘆くように再び話し始めた。

「先生。翔、うまいでしょう?僕のあの頃に比べたら、とんでもなく上手ですよ。けれど、ウチには同じ歳に吉沢もいた。翔も放っておけば才能も手伝ってああいう スタイルの選手になってたと思います。それで勝負させても良かった。そこは指導者の分かれ道かもしれません。けれど、現段階ではどうしても吉沢の方が上 で、このままじゃ翔は表舞台には立てないままかもしれない。そう思った時、僕はスタイルを変えさせました。吉沢が常にピッチに立つことを前提として、翔に は走らせました。走って走って、その走るライン、走ることの意図、そして全てのプレーを動きながらこなすことを翔には徹底させました。翔は、初めは嫌がり ましたよ。翔だって充分うまいんですから。走らなくたってパスは来るし、良いプレーも出来るんです。でもね、翔が泣いて腐っているたびに、吉沢と同じ事を していてはいけない、それじゃいつまでたっても勝てないぞと伝えたら、翔はいつも強い心を取り戻して立ち上がる。」

川崎の冷静で飄々とした表情の裏に流れる、あの強い決意からくる燃えるような闘志は、なるほどこの男から受け継いだものなのかと、大湊は自らの教え子の指導者としての力に関心した。大湊の視線が川崎に移るのを確認した鮫島は、なおも翔の話を続ける。

「僕なんかよりずっとずっと上手い翔が、こんな所であきらめちゃいけない。こんな下手くそな僕がこんなにサッカー好きなのに、才能のあるアイツがサッカーを嫌いになっちゃいけないと思ったんです。そう思った時、先生に預けようと決めました。それは、隣の小学校のクラブだった有馬も同じです。あの世代では飛びぬけたものを持つボランチの原山相手に、苦しみながら確立したあのキープ力やロングキックはそうお目にかかれるものじゃないですよ。あちら方の監督さんにもその話をしましたし、有馬への説得を快く引き受けてくれました。」

有馬にも、苦しい過去があることは大湊も理解している。しかし、親御さんもクラブの監督も自分とは面識が無い。有馬であれば、他の有名私立でも充分に食い入る力はあったはずだが。そんな大湊の疑問を察したのか、鮫島は続ける。

「有馬は、実は僕や隣のクラブの監督さんの力じゃないんです」
苦笑をしながら鮫島は有馬の話をはじめた。

第33話。

「翔が誘ったんです。隣の小学校で翔にとって特別なつながりも無い有馬でしたが、同じU-12のライバルを抱える翔には、何か感じるものがあったのかもしれません。原山の湘南学苑進学が決まったという話を聞いてから、練習試合が終わるたびにアイツは有馬に話しかけていました。何度かお互いの家や、Jリーグ観戦にも行っていたみたいです。後で聞いたら『一緒に吉沢と原山を倒そう』と訴えていたらしいんですよ。」


「あれ?・・・監督!」

休憩に入った一年生達がぞろぞろと部室前に歩き出す中、翔は鮫島を確認し走り寄る。その後を柳橋や山井、市選抜トリオの二人、有馬と関井が追う。

「おー、翔。ちゃんと練習してるか?」

息子や弟に接するような、柔らかい笑顔で鮫島は元教え子とその新しい仲間を迎えた。

「うん。監督に言われた通り、先生の言うこと聞いて毎日練習してるよ」

意気込むでもなく、ふざけるでもなく、まるで宿題を与えられた子供のように、翔はたんたんと答えた。

自分の教えを信じ、そして自分の信じる師に、愛弟子が師事している。それが嬉しく、そしてまたおかしくもあった鮫島は、にやけながら翔を囲む仲間達全員に向けて返事をする。

「そうか。大湊さん怖いからな。そこに今いるだけでちゃんとやってるってわかるよ」

クスクスと笑いながら言葉を漏らした鮫島を、大湊は睨み付ける。横目にそれを確認した鮫島は、依然緩んだ口元をたださず大湊の視線をヒラリと交わすように次の台詞を発した。

「よう、有馬」

「こんちわっす」

「翔とはどうだ?ウマが合いそうか?」

有馬は、翔の方を見る。
翔も、それに合わせて視線を向けた。
ちょうど、二人が一瞬見つめあう形となり、一秒と待たずに目をそらした有馬は、再び鮫島に視線を向ける。

「翔、うまいです。よく走るから、パスも出しやすいし、今なら原山だって止めるのは難しいと思います」

「そうか。なかなか、良いコンビが出来たみたいだなぁ」

ニコニコと、愛好を崩さす、いやより一層の笑顔で鮫島は答えた。

「ちょっと待てって、鮫ちゃん!俺も入れてトリオで中盤だぜ!」

関井が割って入ってきた。

「おう、わりぃわりぃ。っていうかお前、相変わらずうるさいな」

笑いながら、鮫島は関井に返事をした。

「いいから、戻れ」

相変わらずの無表情、いや、敢えて厳しい声なのか、大湊は強い声で指示を出した。

「先生、日曜の試合観に行きます。どちらも自分の教え子ですからね」

「片側の教え子を贔屓することのないように」

かつての教え子に、まるで時間が戻ったかのように違和感無く大湊は言葉を与える。
応援困っちゃうな、と頭をポリポリと掻いている鮫島を見て大湊は、自分と同じイズムを持ちながらも、自分にはない力を持ち合わせた指導者になったようだと感じた。もしかしたら、いずれ自分を追い越していくのかもしれない。願わくば、自分のような一介の指導者ではなく、名を轟かせるような人物になって欲しい。そのためにも、預かった子供達をまた次の指導者へしっかりと繋ぎたい。そんな想いを馳せながら、部室に戻る一年生を眺めていると「あ、そうだ」と鮫島が独り言を発する。何かを思い出したらしい鮫島は、大湊に問いかけけるが、その質問に大湊は答えられない。

確かに、記憶にはなかったのだ。
その名前は―――――

第34話。

「勝てるよな、次も」
いつもどおりに仲間とコンビニへ向かう林原は、空を見上げながら、誰に問いかけるでもなく呟いた。彼らにとって、疲れた体を癒し、練習で熱くなったトーンを他愛もない話で冷ます、そんな憩いの場がこの時間だ。日によってメンバーが違う集いであり、今日は他に翔、有馬、関井に、珍しく須山もいた。

「原山をどう崩すか、かな」
翔の言葉に、有馬が返す。
「敵だったからわかるけど、吉沢クンが相手にいるだけで、辛いよ。守備の時間が増えるし、止まらないし」

「楢山だっているんだろ~」
呆れたような、ウンザリという顔で須山が嘆く。

「やるしかねぇんだから。やるんだよ。中盤で戦って勝つ」
関井が、ひょうきんないつもの顔とは違う、もう一つの顔を見せる。

「頼むよ、キャプテン」
翔が関井の肩を叩く。

「相手は元U12だ」
関井の発言に、周りが一瞬静まる。いまさら何を――と皆が思った矢先、関井が続ける。

「やってみなきゃわかんねぇけど、単純に一対一じゃかなわないんだろ。なら翔は原山に勝つ必要はねぇ。負けんな。そんで、有ヤンと二人でチンチンにしてやればいい」

有馬と翔がお互いに視線を向ける。

「ああ、そうさ」

翔の気迫漲る回答を確認した関井が、須山に視線向ける。

第35話。

「俺とお前は吉澤を捕まえる」

須山はだまったまま、小さくうなずく。

「俺は、中盤でファイトする。ボールは絶対取られない。何が何でも」

関井の誓いに、有馬が同調する。

「宏和が取られなきゃ、攻撃はたぶんなんとかなるね」

少しの沈黙が流れた後、須山がボソっと呟く。

「俺・・・なんとか皆にパス回すわ。チームが動くように」

珍しく自分の意思を発した須山に全員が目を向ける。いつでもニュートラルな立ち居地を保ってきた須山が、めずらしく、いや、初めて自分の意思を発したことで、決意の強さを感じとり全員の意気があがる。それを察してか、一歩前を歩く林原は全員に向けて「あとは俺のドリブルでチンチンにして点はとってやっからよ」と発しながら、コンビニへと入っていった。頼もしい後ろ姿に微笑みながら、4人は林原に続いてコンビニへ入る。明日の決戦へ向け、最後の休息を取りその体を癒すのだった。

第36話。

瀧河 和仁は、毎日仕事から21時過ぎに帰宅する。当時県内トップの進学高からK大首席卒業を経て、一部上場有名化粧品ブランド「鐘堂」で部長を勤める、いわゆるエリートである。そんな和仁であるがその地位にいることを後悔することも、そしてそれより上の世界へ昇ろうという野心も無い。同期、同世代の才能ある戦友たちは皆ヘッドハンティングを受け、外資系企業や異なる業界へ足を踏み入れより高い地位を獲得していったが、それに対する羨望も嫉妬も和仁には無い。自分には新たな場所でフロンティアスピリットを発揮し、力強く運命を切り開いていく精神力も、人間力も持ち合わせていないことなど、44年も生きていればとうに自覚しているからだ。それよりも、それまで重ねてきた経験と同じように現状を受け入れ、目の前のことを黙々とこなす、同じような日常でも同じことの繰り返しであったとしてもだまって努力を重ねることで日々を生き抜くことが重要だと考えている。

しかし、それは現在の自分の個性に寄るところであり、全ての人間に当てはまるものではない。そして、この戦場のような社会で感じる最大の後悔があるとすれば国立T大に合格できなかったこと。卒業した大学の違いだけで、この社会では全てにおいて結果が変わってくる。いくら自分には他人を押しのけ、自らをアピールする器量が無かったとはいえそれ以前の部分で行く先が決まっていたことの方がはるかに多い。自分には叶わなかったが、できることなら息子にはそういう苦労をさせたくない。自分がしてきた努力よりもう一段上の努力を課すことによって、息子の未来を明るくしたいと考える。それが、和仁にとっての愛情表現だった。

「ノルマはできたか」
耀太にとって、この時間が一番嫌いな時間だった。和仁が帰宅した直後から夕食までの「ノルマは」を挟んだ時間。耀太には、小学生時分から帰宅後の15時から和仁の帰宅する21時までドリルを解くという”ノルマ”が課せられている。耀太にとって勉強というものは遊ぶ時間を奪う苦痛以外の何者でもなく、無論和仁が愛情故に課しているなどということを理解できる人間的成熟さも無い。ともかく、辛い時間だった。仏頂面で愛想が悪く、真面目に野球中継を見ているだけでもまるで怒っているように見える父の存在は、耀太にとって閻魔大王より恐ろしいものであり、父が自宅にいる平日の夜や休日というのは耀太の言葉でいうならば"地獄の牢屋"だった。

しかし毎週木曜日だけ、今日この日だけはノルマだけでなく"娯楽"のある、耀太にとって幸せな日のひとつである。和仁は毎週水曜日に欠かさず「週刊サッカーマガジン」を購入している。学生時代から部活動に励むことも無く勉強に明け暮れてきた和仁は、お世辞にも運動神経が良い方だとはいえない。スポーツ経験も皆無に等しい。本人は自覚していないが、コミュニケーション能力の乏しさ、人間的明るさや開放性の乏しさは持って生まれた人間性のみならず、多分にその生い立ちも影響しているのだろう。しかし、運動こそ積極的にしてこなかったが和仁だがスポーツに興味が無いわけではない。何事においても分析、問題解決のプロセスに興味を抱く和仁は、世間の中年親父と同様かむしろそれ以上に頻繁にスポーツ観戦、そして分析に興ずる。

第37話。

息子が小学生時代にサッカーを始めたことをきっかけに、和仁はサッカーというものに興味を持ち、野球に傾倒していた観戦スタイルからサッカーへ方針転換をすることとなる。横浜スタジアムから三ツ沢球技場、等々力競技場に行き先を切り替え、選手の動きや戦術を自らの目で分析する。その頃、文章や活字方面からの情報収集をと思い購読しだしたのが他ならぬ「週刊サッカーマガジン」である。息子のプレーや応援のためという理由が全くないと言えば嘘になるが、和仁にとっては愛する息子の応援を「楽しむため」という側面が強い。ともかく、物事をじっくりと観察し知見を増やし、自分なりの回答を導き出すことが和仁にとって興味をそそがれることなのだ。

毎週水曜購読のサッカーマガジンは、現在に至るまで尽きることなく習慣として続いており、耀太がサッカーを辞めた今も買い続けている。水曜に購入し、必ず木曜の帰宅までに大筋を読み終えることも現在まで変わらない。一部上場企業の戦士として働く和仁は残業も厭わない姿勢も手伝って日々忙しい男である。そんな中でも、和仁は必ず木曜の帰宅までにはサッカーマガジンを読み終え、帰宅後にはこれもまた"必ず"寝室のベッドの上に放り投げる。木曜の夜になるとコソコソと親の寝室に侵入し、ベッドの上から雑誌を持ち出す息子のことを確認しているが、わざわざ手渡すことはしない。いや、それを面と向かってできないのが和仁という男であり、親の姿なのだ。

耀太は学校や受験のための勉強が大嫌いというのにも関わらず、活字を読むのは好きだった。恐ろしい物言いで、自分の遊ぶ時間を奪い取り強制させられる"父"と"勉強"という存在は受け入れられないが、根本では物事を知り、分析をするのは好きなのである。そう、結局のところ血は争えないのだ。なのだが、それを父子ともに自覚がないのだから、妻であり母である文子は両者を見て「似たもの同士ね」と、耀太の妹、香と笑いながら二人を眺めている。

夕食後、耀太は自宅の庭に出てボール蹴りをする。瀧河家の自宅は祖母が住んでいた土地の上に家を新築し玄関を別にする半二世帯住宅である。土地費用が一切かからないことと、和仁の高収入によって庭付き一戸建てという豪邸とは言えないがそれなりに裕福な住まいを建てることができた。庭には大型のゴールデンレトリーバー"ライラ"がいる。庭付き一戸建てにゴールデンというと金持ちの王道のようだが、ライラの風貌は全くそれに似つかわしいものではなく、元気で人懐っこいが毛並みは全く手入れされていない、まるで野生のようである。和仁自身に風貌や容姿に関する意識が乏しいことが、ライラにも表現されてしまっているのだ。ベンツやシャネルのようにまるで金持ちのアピールのためにライラを飼っているわけではなく、もともと友人宅で人に触れることのできない環境にいたライラを不憫に思い和仁が引き取ったという経緯があり、それがゴールデンだったのは単なる偶然である。華美に着飾ることや、他人に存在をアピールすることに無頓着な和仁らしいといえばらしい。

第38話。

耀太が自宅の庭で太い幹を持つ木にボールをぶつけて遊んでいると、必ずライラが走って合流してくる。

「わっ!このやろ!」

容姿こそ野生のまま育ったかのような姿だが、ライラは父にアメリカグランプリ、母に州グランプリを持つ血統書付の超良血犬である。文子に「お祖母ちゃんのお庭なんだから白い柵から反対側へ入っちゃだめ」と躾をされるとライラは絶対にその柵を越えることは無い。越えている時があるとしたらそれは確信犯である。優秀な頭脳を持つライラは耀太との遊び方も理解している。耀太がボールで遊んでいるときは、ボールを待つのではなく奪い取る。鼻先や身体を駆使してボールを弾き飛ばし囲い込む。そうすれば、今度は耀太が自分に向かってボールを奪いに来ることを、そしてそれを耀太が楽しんでいることをライラは理解している。今日は、背後からゆっくりと近づき、一気に加速して耀太の股の下から抜け出して耀太の前に出た。ボール奪取成功の瞬間だ。

「よーしライラ。今日はここから勝負だ!」



「耀太は明日出かけるのか」

ビール片手に文子お手製のポテトフライをほうばりながら文子に聞いた。文子の料理はどれも絶品であり、酒好きの和仁にとって女房の創った料理をつまみに酒を飲めるのは至極の贅沢だった。

「ええ、なんでも中学のサッカー部の試合を応援に行くそうよ」

文子は和仁の顔が少し曇ったのを確認して、なだめるように次の言葉を発した。

「大丈夫よ、勉強はちゃんと終わらせていくって言ってたから」

「いや、そうじゃない。アイツはサッカーを辞めたんじゃなかったのか」

だから"応援"なんじゃない、と言葉にするのを控え文子は和仁を諭す。

「いいことなんじゃない?友達を応援するっていうこと自体は」

「まあ、そうだが、勉強を妨げてまで興味を向けるのも良くないだろう。」

文子が少し悲しそうな顔をしているのを見て、和仁は我に帰る。

「まあ、応援ぐらいは問題ないが・・・」

かけている眼鏡を右手で直すいつもの癖をしながら、和仁は釈明した。
和仁は中学にあがってから耀太に課する勉強の量を増やした。進級したからということもあるが、それ以上にサッカーを辞めたのだから時間があるはずだという根拠の方が大きい。高校受験もあるこの時期は、将来においてとても重要なのだ。少なくとも、学歴社会を生き抜いてきた和仁にとっては。そのため、耀太は勉学に励むべきだと考えているし、他のものに現を抜かしているのは無駄でしかないと思っている。必要最低限以外の娯楽以外は。

第39話。

ちょっと遅れてしまった。だから父さんは嫌いなんだ。午前中の勉強が長引いて遅れてしまった耀太は、すでに試合に間に合わないことに対する苛立ちのぶつけどころが無く、ぶつぶつと呟きながらともかく一刻も早く会場に着くために急がなくてはと、複雑な心境を抱えたまま電車に乗った。今日の会場は藤沢市の北部、湘南台にある秋葉台中学校。最寄の駅は藤沢駅から小田急線に乗って15分ほどの近場ではあるが、その湘南台駅から秋葉台中学校まではバスを使うことになる。電車の中で計算してみたところ、後半開始か途中には間に合いそうだ。

電車の中で試合を予想することにした。松ノ瀬中サッカー部のメンバーは同級生であるし、湘南学苑の吉沢や原山も楢山も日本選抜というブランドを持つ以上知らないわけが無い。全員のプレーを見たことがあるわけではないが、事前に聞いている選手のタイプからある程度の予想は立てられる。耀太の予想では、拮抗した試合になるだろうと予想していた。大した根拠もないのだが、翔の意気込みを見ていると、相手がスポーツ推薦で集められた強豪校であるとはいえ簡単に屈するとは思えなかった。何より、愛読書サッカーマガジンは組織やチームワークの重要さを訴えているし、ドーハでミラクルを起こしながらもW杯に手が届かなかったチームとて、ラゴスを中心に「トライアングル」や「アイコンタクト」を軸にした組織戦術でアジアの強豪を叩きのめしていった。ヨセフ・グラントの創りあげた文字通り日本を代表するチームは、耀太の憧れであり、そしてラゴスは耀太の最も好きな選手だった。

世間は三船カズだ、武内た、澤木だと叫んでいたが、耀太は彼らより彼らを操るゲームメーカー、ラゴスが好きだった。スピードもフィジカルもスタミナもないが、吸い付くようなボールコントロールと明晰な頭脳、圧倒的な視野の広さ、そしてそれらを駆使して生まれる遊び心あふれるパス。チームを操る至高の技術と頭脳を持ち合わせたラゴスに、耀太は憧れた。そのラゴスが組織の中心に据わりチームは統率のとれた戦う集団となることでアジアに名を轟かせたのだ。同じ10番をつけ、並々ならぬ想いを抱いている翔がいて、そしてそれに賛同するかのように全員が戦う集団となっている松ノ瀬中の方が、寄せ集めの湘南学苑より良いサッカーをするはずだ。だったら、拮抗し厳しい試合になることは免れないとしても、きっと松ノ瀬中が勝利するに違いないと、耀太は強く思った。

第40話。

試合の展開予想に耽っているとすぐに電車は着いた。勉強はあれだけ時間が長く感じるのに、楽しいことを考えていると時間はなんと早く過ぎ去ることか。バスに飛び乗った耀太はそんなことを考えながら、秋葉台中学校を目指した。少しずつ近づくにつれて、心臓が高鳴る。後半開始にはギリギリ間に合うか合わないか、どうやら後半戦自体は十分に観戦できそうだ。バスが"秋葉台体育館"をアナウンスする。秋葉台中学校は市が運営する体育館の裏の敷地にある。バスを降りて、中学校の正門を目指す。バス停から正門までは100mほどあるのだ。走り出したい欲望を抑えながら、耀太は一歩ずつ近づいていった。走れなかったのだ。心臓が高鳴って。友人がどれだけこの試合に想いを込めていたのかを知っている。相手は強豪で、どんな結果だってあり得る。まるで合格発表を見に行く心情だ。そして何より、同年代のサッカーを見るのは久しぶりだった。あの活気が脳裏に浮かぶと心が高鳴るのを、この時初めて自覚する。どんな展開になっているのか、翔は頑張っているだろうか、どんなプレーをしているんだろうか、有馬は、関井は、いつもの穏やかな表情から一変して真剣に声を出し、走っているに違いない。

正門まであと5mをきったところで、大きな声が聞こえてきた。

「気を緩めるな!まだ試合はおわってねぇぞ!」

関井の声だ。校舎で見るいつものひょうきんな関井ではない。これが主将関井の声なのか。サッカーをしていた頃の自分の記憶が、活気がより一層蘇る。校門をくぐり、駐車場を抜け、広いグラウンドが耀太の目に飛び込んできた。藤色のユニホームと、白のユニホームがピッチに立っている。ボールが宙に浮いて、その下には藤色のユニホームを身にまとった有馬が立っている。脇に白のユニホームを着た選手もいる。ボールの落下に合わせ二人は競った。ボールは有馬の頭を経由してタッチラインの外に転がった。

次の瞬間、翔太は一点を見つめて立ちすくむ。
次の行動を起こせなかった。時間にして何分だったかわからない。いや、もしかしたら数秒だったのかもしれない。ともかく、あまりの光景に動き出せなかった。目の前の光景を信じられず、立ちすくむしかない。自身の予想をはるかに超えるその光景は脳内から物理まで耀太の全ての行動を停止させた。ボールが転がった先、ハーフラインの延長線上には両軍ベンチに挟まれる形で古いスコアボードが設置されている。デジタルではなく人間の手で捲らなければならないものだ。そのスコアは現状をこう示していた。

「8-1」

第41話。

「よう翔、久しぶりだな。元気か?」

受話器の向こうの吉沢に明日への意気込みは感じられない。普段とまるで変わらないのだ。

「ああ、元気だよ。そっちは?」

「まあまあ元気だな」

「なんだよ、元気ねぇな」

日々強豪校でサッカーに明け暮れているはずの奴が、元気がないわけがない。何かあったんだろうかと翔は思った。

「疲れてるだけだよ。田辺さん、ほんと厳しいんだぜ」

田辺とは日本リーグでMFとして活躍した名選手であり、現在の湘南学苑サッカー部の監督である。

「面白くないんだな。湘南学苑のサッカーって。じゃあ、明日は俺らの勝ちだな」

翔は少し笑いながら、からかうように軽く挑発してみた。

「そんなことねぇよ。厳しいけど、サッカーってそういうものだったのかって思い知らされてる。」

軽い挑発にはびくともしないと言わんばかりの自信に満ち溢れた言葉が返ってきた。

「田辺さんは凄い人だ。翔、明日見せてやるよ。サッカーっていうもんを。覚悟しておけよな」

「何言ってんだ。どうせウチの先生の後釜だろ。サッカーを知ってるというなら、大湊先生だって凄いぞ」

「あはは!翔こそ何言ってんだ。そっちの先生ってたかだか学校の先生だろ。こっちは日本リーグ経験者だぜ」

返す言葉が無かった。それが大変悔しかった翔だが、表には出さなかった。それを認めてしまえば自分だけでなく、師である大湊のことも否定することになると感じたからである。結論は結果で示せばいい。大湊の指導により自分の力も上がったことが実感でき、有馬や林原という優秀な仲間を得ることもできた。後は、受話器の向こうの天才にそれを証明するだけである。

「何でもいいさ。こっちだって指くわえてみてたわけじゃないんだ。公立は公立なりに頑張ってんだ」

受話器の向こうの空気が変わったことを翔は感じた。
その間、吉沢が何か言葉を発したわけではないが、翔にはそう確信できた。小学生の間ずっとコンビを組み続けてきた男である。それぐらいのことはわかる。そして何より、この天才は自分を蔑ろにするような男ではない。憎たらしいほどに男気のある相手だからこそ、翔は追い抜きたいと努力をし、ピッチを走り回ったのである。決して憎む相手ではないし、当時であればライバルになれたとも思えていない。むしろ、憧れに近い感情を抱いていたのである。

第42話。

受話器の向こうの空気が変わったことを翔は感じた。
その間、吉沢が何か言葉を発したわけではないが、翔にはそう確信できた。小学生の間ずっとコンビを組み続けてきた男である。それぐらいのことはわかる。そして何より、この天才は自分を蔑ろにするような男ではない。憎たらしいほどに男気のある相手だからこそ、翔は追い抜きたいと努力をし、ピッチを走り回ったのである。決して憎む相手ではないし、当時であればライバルになれたとも思えていない。むしろ、憧れに近い感情を抱いていたのである。

「そうだな。松ノ瀬中も連戦連勝の大量得点チームだからな。油断はしていない。」

その言葉をもらえたことが、翔は少し嬉しかった。
同じピッチで仲間として戦った時間を後悔してはいないが、いつか、敵として戦うことを願っていた。それも、相手が自分を認めた上で。それが、今叶うことが嬉しかった。

「でも、俺たちの目標はあくまでも全国だ」

全国――――。
小学生のクラブチームで全国大会に出場した翔とて、そのフレーズ自体は決して縁遠いものではない。しかし、それはやはり天才:吉沢あってのあのチームでの戦績であり、自分だけの力では到底簡単に口にできる目標ではない。日本選抜でもない自分が、湘南学苑から誘いの声がかからなかった時点で、公立の中学を選択した時点で全国というフレーズは目前の目標をいくつも突破した延長線上にあるもので、目の前に見えているというものではない。そのフレーズを惜しげもなく発することができ、また、チームメイト、監督、そして自身の能力と、それを目標に掲げられるものを全て揃えている吉沢にほんの少し嫉妬した。しかし、それは結局無いものねだりであり、結局先ほどの回答と同じく「結果で示すしかない」という結論にたどり着く。

「その足元をすくってやるよ。少なくとも、明日を迎える意識だけはウチの圧勝だ」

明日迎える藤沢市中学校サッカー1年生大会はあくまでも2年生不在の間に1年生に公式戦のチャンスを与えようという趣旨のものであり、全国に繋がる大会ではない。しかし、だからこそ湘南学苑に因縁を持つ者が多い自分たちのほうが圧倒的に高いモチベーションで試合に臨むことができると翔は考えている。そして、自分の恩師である鮫島は常にそれを訴え強豪チームを作り上げてきた。そのイズムが自分にも流れている。冷静でありながらも、気持ちを強く持つことこそが勝利への最短ルートだと知っている自分は、絶対に負けないという自信がある。

「なるほどね。お手柔らかに頼むよ」

「よく言うよ」

吉沢のとぼけた返答に、翔は笑いながら応えた。
いつの間にか、二人とも笑っていた。

第43話。

「集合!」

関井の良く通る大きな声がグラウンドに響き渡る。

「スタメンを発表する」

いつもどおりの言葉だが、今日はより一層緊張感が漂う。

「GK、山井」

うす、と小さな声で山井が頷く。

「DFは4人。左から広山、渡辺、佐藤、和田」

「MFは底に須山、右に関井、左に有馬、トップ下に川崎。FWは林原と柳橋の2トップだ」

この一週間で練習を重ねてきたシステムとメンバーだ。

「周囲からは事実上の決勝戦と言われている。確かに、私もここが山場だと考えてきた。しかし、お前達はそんなことを気にする必要は無い。いつもどおり、自分たちの力を存分に発揮することのみを考えなさい。相手は確かに超がつくほどの強豪だ。しかし、我々も十分な結果を残してきた。仲間を信じてサッカーをすれば結果はついてくる。」

そこから、大湊は戦術的な話を展開した。この大会から直接指導を受ける1年生にとっては初めてのことである。

「残念ながら、私自身も湘南学苑1年生の試合は見られていない。しかし、例年のサッカーや田辺という監督のスタイルはある程度知っている。吉沢を中心としたパスワークで全ての攻撃を組み立てるだろう。ウイングバックの頻繁なオーバーラップも特徴だ。テクニックもあるウイングバックを好むが、中盤にはどちらかというと汗かきな選手を置きたがる。例年なら10番をどう抑えるかが鍵を握ることになるが、今年はボランチに原山もいる。彼はボール奪取力に長け、底からロングパスを繰り出すこともできる。不用意な形でボールを取られないことも大事になってくる。関井はボールを取られないよう、そして守備に気を使うポジショニングをしなさい」

強い眼差しのまま関井が頷く。

「須山も同様にボールを失わないように。そして空中戦、グラウンダーのボールをお前がどれほど中盤でモノにできるかが、この試合の鍵を握っていると言っても過言ではない。一つ一つのプレーを落ちついて行うようにしなさい」

初スタメンという緊張もあいまって、須山は少し硬い表情で頷いた。

「後は相手の中盤をかき乱すように川崎が動き、有馬はそれをフォローしなさい。いつもどおりの攻撃を展開しよう」

有馬が翔の肩を抱いて、ぎゅっと掴んだ。

「さあ、審判の指示に従って各自行動をしなさい」

審判がタッチライン沿いに立っている。これからスパイクの確認後にキックオフとなる。
まもなく、大一番の試合が幕を開ける――――――

第44話。

センターサークルに立つ楢山と吉沢。
ホイッスルと同時に楢山はちょんとボールを前に蹴りだし、自身は一気に松ノ瀬陣内へ走り出した。吉沢はボールを後方に控える原山に預け自身も松ノ瀬陣内に身を潜める。柳橋は原山に猛ダッシュで詰め寄りプレッシャーをかけるが、柳橋がたどり着く前に余裕を持って原山はボールを右サイドへ展開する。ボールを受けたのは湘南学苑不動の右ウイングバック竹井だ。有馬がそこに詰め寄る。竹井はその敵動作に反応し、トラップから間をおかずそのままのリズムで次のアクションを起こす。再びセンターに構える原山にボールを戻すため右足を軽くふりあげた。それを見逃さなかった有馬は、センターで原山がスキをついた一瞬の短距離ダッシュで翔のマークを外したのを確認し、パスカットへ走る。その刹那、有馬の表情が引き攣る。

やられた――――
対峙する敵はパスをする気がない。これはフェイントだ。小学生までは10番を背負いFWとしてプレーしていた竹井は、スタミナに多少の不安が残るものの、高い技巧とスピードで敵陣を切り裂く攻撃力の高いウイングバックである。パス用の小さなキックモーションから繰り出したボールはセンターにいる原山へのリターンパスではなく、軸足に当てて前へ転がした。有馬の体勢が崩れ、縦方向へスペースが生まれる。竹井は自慢の快足を武器に一気にボールを前方へ蹴りだす。危険を察知した松ノ瀬サイドバック広山がプレスをかけに前へ出る。しかし、自分が抜けた裏のスペースが気になり距離を詰められない。後手になったその対応に容赦なく竹井はドリブルで仕掛ける。竹井の強い破壊意識を感じ取った広山は勝負のタイミングと意識し、集中しろと自分に言い聞かせ身体全体にぐっと力を込めた。そんな広山を嘲笑うかのように竹井はドリブルからあっけなくパスを選択した。
ボールの先には、吉沢。須山を背後に連れているが、一瞬のダッシュで須山との間に距離をつくっていた。広山はすぐさまボールの行方を確認し、即座に自分が大きな過ちを犯したことに気付くが、時すでに遅し。竹井は自分の脇をかすめ裏のスペースへ走り出している。

ドリブル突破に見せかけたワンツーだった。吉沢からのダイレクトパスを受けた竹井。それを懸命に追う広山。センタリングを阻止しなければならない。足を伸ばせばなんとかセンタリングに間に合うかもしれない。全力で追う広山。遠い。竹井が遠い。絶望のなか広山は必死に走る。竹井が、センタリング用と誰が見てもわかる大きなキックモーションに入る。足をのばせ、間に合う!そう脳内で連呼した広山はスライディングで竹井とゴール方面の間に身を投げる。
しかし、待てども待てどもボールが出てこない。ボールは、轟音虚しく地に倒れる広山の目の前に、そう、竹井の足とともにあった。竹井は全力で足から身体を投げ出す広山を背後に感じとり、切り返しをしていたのだ。

第45話。

抜かれた―――――
このまま、単独でPA内に進入されてしまう。
いつ得点されてもおかしくない状況を自分がつくってしまった。青ざめた顔をしながら、とにかく一刻も早く体を起こし無駄とわかりながらも追うことに専念した。しかし、自らドリブルで進入すると思われた竹井は一瞬の迷いの後に、利き足ではない左足で急いでセンタリングをあげようとしていた。なぜだ・・・。それなら切り返しをしてまで自分をかわした意味がない。ためらいの後に頼りなく竹井の蹴ったボールは、またほかの誰かの足にあたった。いや、その“誰か”の足が邪魔をしたという方が正しい。ボールは竹井の背中側のラインを割った。

「よしっ」
有馬だった。
中央へのパスと見せかけたフェイントに引っかかった有馬は、しかし諦めずに竹井を追いかけていた。吉沢とのワンツーで抜け出した竹井は背後にせまる広山を感じながらセンタリングへのプロセスを思考していたため、その後ろで諦めずに追いかけていた有馬には気づいていなかった。自分のスピードとテクニックを活かし広山を完全に抜き去ることに成功した竹井は、広山の予想と同じくPA内へ切れ込むつもりだったが、その瞬間有馬がせまっていることにあわて、急いでセンタリングをあげてしまったのだ。

っち、と舌打ちをした竹井に対し、吉沢が声を張る。
「スローインだ!早くしろ!」
我に返った竹井は顔をあげ、そして寄ってきた吉沢にボールをあずける。須山がピッタリと背中についている。吉沢をトップ下に据えた3-5-2の布陣をしく湘南学苑は文字通り天才吉沢を中心とした組織作りを行ったいわば“吉沢システム”である。すべての攻撃は吉沢を経由していると言っても過言ではなく、この吉沢を抑えることがすなわち湘南学苑の攻撃力をつぶすことにつながり、ひいては湘南学苑のすべての機能を機能不全に陥らせる最大の鍵となる。

ボールを受けた吉沢は、前を向こうと右に一度、左に一度ずつ身体を向けたが、須山の長いリーチがそれを許さない。吉沢は状況を打開しようとシザーズを一つ入れたが、須山は一瞬左に意識が動いたが、振り切られるほどではなく、須山の集中は切れない。

一瞬の出来事だった。
 “自分で行く”という意識をむき出しにしている自分に集中している須山の意識をくじくように、背中に須山を抱えながら吉沢は自身の前へボールを転がす。須山から見て左後ろから誰かがボールを掻っ攫っていった。誰だ。ボールの行方を追う。楢山だった。
スイッチだ――。

第46話。

「須山!」
翔の叫ぶ声が聞こえる。ボールの行方を目で追ったその一瞬の間に、吉沢が自分の前から消えている。しまった、やられた。後ろに振り向くと、吉沢はすでにPA内手前から今まさに侵入しようとしていた。速い。日本選抜はこれほど速いのか。追いつけない。自らの鈍足を呪いながら、須山は吉沢を追う。

ボールを持った楢山はドリブルでつっかけていく。松ノ瀬DF渡辺が対応する。シザーズを入れて、一気に外側縦への突破を試みる楢山。しかし、渡辺が進行方向に入り速度を出させない。ダブルタッチで中方向へ切り返した。渡辺が一瞬遅れる。身体のキレが尋常なく速い――。一瞬でも気を抜いたらすぐに抜かれてしまう。集中しろ集中しろと自分に言い聞かせながら、楢山にくらいつく渡辺。自分の背後へは絶対に進ませない。強い気持ちの守備を見せる。そこに、関井が挟み込んで加勢しようと追ってきた。

「ナラ!!」
原山が動き出していた。
フォローに走るボランチ原山に翔も呼応して横についていき、身体を寄せる。しかし、細い翔にくらべガッシリとした体躯を持つ原山はびくともせず、翔をフィジカルで振り払った。崩れ落ちる翔。苦い顔をしたままそれでも建て直し原山を追うが、原山をすぐさま伝家の宝刀、ロングパスを繰り出す。原山の力強いキックから放たれたボールは湘南学苑左サイド、すなわち松ノ瀬側PA右側手前へ転がる。そこには、無尽蔵のスタミナを武器とする湘南学苑左ウイングバック、杉山が走りこんでいた―――。

(ここから左へ展開してくるのか。たまったもんじゃねぇ)
関井は、楢山への対処で守備ラインに吸収されてしまい、自陣右サイドへ大きなスペースをつくってしまったことを悔やんだ。右サイドバックの和田も吉沢のPAへの侵入、楢山のドリブル突破を目の当たりにし危機を感じポジションを中に絞っていた。そこを原山がピンポイントなロングパスでついてきた。文字通り、松ノ瀬中守備陣は完全に崩されてズタボロになってしまった。

フリーでボールを受けた杉山は中を見る。松ノ瀬PA内にはニアに楢山、もう一人のFWである長身の原田が中央に、そして吉沢がファーに走りこんでいた。ボールを保持する杉山は詰め寄る和田より一歩早くクロスボールをあげる。山なりの高いボールだ。落下点には原田、そしてマークにつく松ノ瀬DF佐藤。身体をぶつけあい、ポジションを争う二人。しかし、178cmと中学1年生では長身の部類に入る佐藤も、190cmと規格外の長身を持つ原田と競ってはただでは済まない。身体を入れて競り勝とうとするが圧倒的な体躯をいかしてボールにせまる原田に太刀打ちできない。しかし、それでも佐藤はくらいつく。

第47話。

負けたくない―
小学生までGKとしてピッチに立ってきた佐藤には、守備者としてのプライドがある。最後の砦として自分が機能すること、味方の最後の心の拠り所になること。所属するクラブは市内でも弱小として有名なクラブだった。それにより全国大会や県大会での目立った活躍はないがそれでもGKとして、時に強敵と対峙する際には渡辺と組みセンターバックとしてピッチに立ってきた自負がある。守備の要として常に渡辺とともにピッチに立ち、実力の乏しい仲間にも勇気を与え、チームを支えてきた。中学にあがり、自分よりはるかにGKとしての才能を持つ山井と出会い、ともかくピッチにたって貢献することに最も喜びを感じる佐藤は、GKというポジションをすんなりと山井にゆずり、常に渡辺の横で戦うことを選んだ。それゆえに、負けられない。この才能あるイレブンの中で自分のポジションをつかみ、山井の前で壁となれなければ、自分はGKをやめた意味がない。

190cmの長身を誇る原田相手に競ってもかなわないのはわかっている。しかし、勝てないまでも、ヘディングシュートは打たせるわけにはいかない。自由なまま山井へ預けるわけにはいかない。少しでも、一歩でも、1cmでも食らいつき攻撃力を減退させてみせる。自分よりはるかに高い原田だが、それよりはるかに高い意識、気持ちでぶつかり、佐藤は原田のヘディングシュートを阻止した。

原田はなんとか頭でボールを捉えるものの、ゴールに向かってボールを打つことができない。ボールは原田の頭頂部に当たり、また山なりとなって原田の後方、ファーサイドへゆらりと浮かんだ。湘南学苑の2トップと松ノ瀬中の2人センターバックの、その裏にボールはゆっくりと舞い、その先にいるのは湘南学苑の背番号10、吉沢智喜―――。

さかのぼること数秒前。
吉沢はPA内に侵入したものの、ボールはすぐには出てこず、左サイドに移った。自分の前にはニアに楢山、センターに原田がいる。クロスボールがあがった瞬間、それが原田に向けたボールだと悟った吉沢は、少しずつ後ずさりして自分と原田の間に距離をとった。

こぼれ球を拾う―――。
その意識を明確に持った吉沢は、原田との間に距離をとり、スペースをつくった。仮に自分より後ろに転がったらボールを拾うのは難しい。あらかじめ距離をあけておき、転がるところへ走りこむのがベストであり、そして松ノ瀬中の二人のセンターバックも釣られてそこにスペースができるに違いない。

吉沢の読みどおり、原田が競ったボールはそのまま後ろに流れてきた。

第48話。

「決める」
そう呟いて吉沢はボールによっていく。右のダイレクトボレーでいく。ボールの捉え方を決めたその直後、後方から走りこんでくる足音が聞こえた。誰だ。誰も自分を見ていなかったはずだ。どこに敵がいた。もう間に合わないはずだ。自分がこれを打つには十分すぎる余裕がある。しかし、それでも自分のプレーを見逃さず、注意を払っている男がいた。誰だ。吉沢のボレーに合わせ足をのばし飛び込んできたのは、やはりその男だった。

松ノ瀬中背番号10、川崎翔。

翔の視線は、須山が振り切られた後からずっと、吉沢を追っていた。須山も追っているがマークにつけていない。原山に自らが崩された後、その後の展開で相手の攻撃を防ぐためにはどこを突くべきか、どこでアクションをかけるべきか、その場所を探していた。そこに、吉沢が後ずさりをしている姿を捉える。原田へのボールがどうなるかわからない。しかし、佐藤がせればきっと自由に打たせることはないはずだ。とすれば、そのこぼれ玉はかなりの確率で原田の背中側、吉沢がつくろうとしているスペース転がるはずだ。危険なシーンがイメージとして脳内で流れた翔は、即座に吉沢のマークへ走った。自分が行くしかない。他のチームメイトは誰もこの事実に気づいていない。急げ、自分が走れ、自分が止めろ、走れ、走れ、走れ。

うああああああああ!!!!!!!。言葉にならない叫び声を発しながら、翔は足から身を投げ出した。このまま、打たせるわけにはいけない。あの至近距離から打たせては、さすがの山井も手の施しようがない。届け、届け、届け。
吉沢の右足は、ボールを捉える。翔の足が届くか届かないか、二人の右足はその程度の差だった。しかし、吉沢の捉えたボールは右足のインステップから、それまで緩やかさが嘘のように強烈な勢いで飛び出した。翔は、自分の右足の、足の裏、スパイクの裏をボールが横切っていくのを、その身体が万有引力に吸い寄せられ、大地に寝そべるカウントダウンの視野から、絶望感とともに見送ることになった。


飛び出せない。
山井は杉山からあがったボールに飛びつくのを躊躇した。すでに、佐藤がせる準備をしていたからである。このまませれば、3人がもみくちゃになりこぼれ球がゴールに、もしくは敵に渡り無人ゴールへねじ込まれるかもしれない。我慢のときだと言い聞かせ、ボールの行方を追う。そして、佐藤が跳ぶかどうかというその瞬間、吉沢を視野に入れる。

第49話。

「吉沢! あいてんぞ!!!」
怒鳴り声をあげるが、

味方の援軍がすぐに到着する気配はなかった。そして、佐藤の頑張りにより化け物じみた体格の原田からの強烈なヘディングは避けられた。しかし、すぐ次には、先ほど自分が“最悪のパターン”として描いた光景が目前に広がっていた。どうする。飛び出るか、シュートを待つか。ボールはゆっくりと落下しているが、吉沢のところへ飛び出てキャッチするには遠い。先にキャッチするのは無理だ。シュートに備えて飛び出し、コースを限定するのが、絶望的ながらも最も可能性のある選択肢か。そう考えている最中、一人の頼もしい仲間が視界に飛び込んできた。翔だ。驚いた。自分の先ほどの怒号は中盤前目を基本ポジションとする翔には聞こえていないはずだ。しかし、誰より先に頼りになる10番が、敵のエースを見張っていた。山井とて、翔と吉沢の因縁は少なからず理解しているつもりだ。なにせ、同じチームの最後尾で常に二人を見守ってきたのだから。吉沢の能力の高さ、才能、頼りになるセンス、そしてそれに打ち負けずにピッチにたち続けてきた翔の努力と、根性と、そして冷静さ。すべて、この松ノ瀬中の誰よりも見てきた。かつてのチームメイトであり、天才の名を欲しいままにしている10番が、いま、自分の前でシュートモーションに入ろうとしている。しかし、その天才の輝きに負けぬよう、チームを変え、新たに新チームの10番を背負った頼りになる男が全速力でこちらへ向かっている。

「でかしたぜ、翔」
山井はそう呟き、次の行動を起こした。吉沢はすでにあとほんのコンマ何秒でボールを右足のインステップで捉えようというところまできている。たぶん、翔は間に合わない。しかし、それは山井が翔を視界にとらえた時点でわかっていたこと。ブロックにはきっと間に合わない。けれども、翔がブロックに身を投げ出すおかげで、吉沢は1トラップをする余裕はなくなる。ならば、コースは限られている。この距離から打たれたら確実にとめることは難しい。しかし、コースが読めれば未来はある。あきらめるわけにはいかない。そこに、信頼すべき10番が身体を張った姿がある限り、自分はあきらめるわけにはいかないのだ。

吉沢の右ボレーから強烈なボールが飛んできた。距離、そしてボール速度からいっても絶望的に近い。しかし、山井はこれを読みなんとか手を伸ばす。絶望的に思えたボールだが、山井の右手の先、中央3本の指にボールは当たった。コースが変わる。なんとか触ることができた。あとは、ボールの行く末を祈るのみだ―――。

ボールは、ネットに吸い込まれる。
翔の右足もあとほんの10センチ、山井の右手にいたっては、あと3cm伸びていれば止められていただろう。いや、山井の指は確実にボールの勢いを奪い、コースを変えた。しかし、ゴールへのコースが広すぎた。吉沢がフリーで構えた時点でかなりのシュートコースが生まれており、翔が飛び込んで限定したとはいえど、もはや絶望的だったことに変わりはなかった。あの状況でコースを限定させた翔、そして何よりそこから瞬間的に解答を導き出しボールに触れた山井の反応が優れていたというほうが正しい。

0-1。
開始早々からなんとか猛攻に耐えてきたが、その流れのまま先制点を奪われてしまい、松ノ瀬イレブンはショックの色が隠せない。


第50話。

ボールが持てない、取れない。これまでの敵のレベルとの強烈な差に、

松ノ瀬イレブンは落ち着きを取り戻せずにいた。もとい、ボールを持てば瞬時に囲まれ、守備に回れば次から次へと敵が現れパスをまわされる。落ち着こうにも落ち着く暇がなかった。
まるで壊れかけてあちこちから浸水する船をなんとか手すくいで、右へ左へ走り回って突発対応で凌ぐ、そんな守備に追われたまま時間が過ぎ、前半も半ばに達していた。

ボールを湘南学苑にキープされている時間が続く。
センターサークル手前でボールを保持した原山は前方中央で待ち受ける吉沢へパス。すぐさま須山が背中からチェックに入り、関井がそのサポートに走る。前を向かせない。が、しかしボールが取れない。二人で囲んでいるにもかかわらず、足を出せない。出しても、ボールとの間に身体を入れられうまくいなされる。足裏でボールを引き、またいでいなし、ボールを晒して足を出させられ二人の足は交互に空振りする。これがU12日本代表の力なのか。二人でかかっても止められない。
なかなか前を向けないを感じた吉沢はそのボールを原山へリターンする。関井は吉沢へ寄ったその勢いそのままに吉沢を追い越し、吉沢と原山の間に入りつつジリジリと距離をつめ原山へもプレッシャーをかける。同時に有馬も圧力をかけようとアクションを起こすが自分の前には竹井もいる。有馬もジリジリと少しずつ原山への距離をつめバランスをとった。縦へのパスコースを切られた原山は1トラップしたそのボールを自分の左に構えるダブルボランチの相方、峯田に送った。峯田には翔がプレスをかけるために斜め背後から距離を詰めるが、それより早く、峯田はボールを再び吉沢にあずける。

この中盤のトライアングルが湘南学苑の生命線であり、同時に試合を決定づける力を持ったスペシャルポイントである。テクニックと敏捷性を併せもち、それらを駆使したドリブル突破、ラストパス、得点力を驚異のレベルで発揮する天才・吉沢に、恵まれた体躯、対人守備センスと高い基礎技術から繰り出すロングパスを持つ規格外ボランチ・原山、中盤を縦横無尽に走り回るスタミナと確かな技術を有する守備的MF・峯田。この三人のパスワーク、ボール保持能力が、その周囲で輝くDF、サイドMF、FWの基板となっている。このトライアングルが中盤で優位を勝ち取ることにより、その他のポジションへボールが渡る際により優位に、たくさんの潤いが供給された状態で勝負することができるのだ。

第51話。

当たり前のように、この中盤を崩すことができれば、湘南学苑のサッカーは攻守両面においてその輝きを失うことになる。しかし、3人のうち2人の日本代表を抱えるこのトライアングルこそが最も強固で打ち勝つ事が難しい相手でもある。事実、この3人の組織と個人の融合がおりなすパスとプレスは、確実に中学生のレベルを超越している。ここを崩せないからこそ、湘南学苑はとてつもなく強い。

センターサークルを超えたあたり、少し左寄りでボールを受けに下がる吉沢。須山がその背中を追い、関井も中央から、吉沢へ向かってプレスに走りだす。

「吉沢!」

湘南学苑左ウイングバック、杉山がサイドをかけあがる。
松ノ瀬右サイドバックの和田が対応すべきところだが、杉山の挙動開始地点が低く、マークにつけていない。そこまで追ってしまっては今度は自分の裏にスペースができてしまう。杉山が吉沢の真横まで駆け上がってくる。須山、関井、和田が湘南学苑左サイド、つまり自軍の右サイドへの守備に意識を集中した。ともかく簡単には出させないこと、須山がプレスをかけ、関井は吉沢にプレスをかけつつ、パスが出たらそのまま杉山のところまで走り、和田と挟みこむ。関井が、そのためにギアをチェンジした瞬間だった。

吉沢はゴールに背中を向けたまま、背中にせまる須山を感じながら、峯田から送られたグラウンダーのパスをトラップ・・・と思いきや、トラップはしない。背中を向けたまま右足の内側を使って、ヒール(かかと)ぎみのキックで、自分の背中を通して、左サイドを走る杉山へではなく、ちょうどそれとは反対方向へ並列に、そう、つまり中央へ、センターサークルとペナルティエリアの間にボールを転がした。

―ノールックダイレクトヒールパス。

トラップしてボールキープし、杉山の駆け上がる時間を稼ぐ。もしくは、ダイレクトでフリーの杉山に預け、杉山自身にボールを運ばせる。フリーの味方がサイドをかけあがっているのだから、セオリーで行けばその二択だった。実際、関井も須山も和田も、それに備えてポジションを調整し、ギアを入れていた。その三人をあざ笑うかのような、ノールックの技ありパス。ボールは無人のバイタルエリアに転がった。そこに、一人の選手が走りこむ。

湘南学苑、背番号7。
スーパーボランチ原山。

吉沢へマークが集中しすぎたために、バイタルエリアが空き、そこに強烈なキック力を持つ原山がフリーで飛び込む。ここからであれば強烈なミドル、2トップへのラストパス、両サイドをえぐるロングレンジのパスと、展開は無数にある。それは松ノ瀬中に決定的なピンチが再び訪れたことを意味する。

「まだだ!来るな!」
関井が叫ぶ。
原山へプレスをかけるために走るが、かなりの距離がある。
フリーの原山をなんとかしたいが、松ノ瀬中CBの二人、渡辺と佐藤には楢山と原田の2トップをマークするという職務がある。ここでそれを振りほどいて原山にプレスをかければ、マークを外れたFWにラストパスを出されて失点するのは火を見るより明らかである。このまま、我慢してスペースを与えず原山を焦らすしか方法はない。
それを察知した長身FW原田は、ポジションを下げ原山!と叫ぶ。
原山はドリブルで前進しながら原山にボールを送る。
原田は、その巨大な体格をいかしボールをきっちりと足元でキープ。
佐藤が身体をぶつけるがびくともしない。
原田は、距離を詰めてきた原山に再びボールを落とした。


第52話。

このままじゃやられる―。
そう悟った松ノ瀬の左サイドバック広山は自分のサイドをある程度捨てる決意をした。パスコースを塞ぎながら、CBとともにDFラインをあげてプレスをかければ、原山からの自分のいるサイドへのパスを防ぎつつプレスをかけられる。そのためには自分が中へ絞り原田を視界に捉える必要がある。そうすることで佐藤に原山へアタックさせるしか無い。広山はその身に命令を下し、バランスを取りながら徐々に中へ絞り、叫ぶ。
11番貰う!11番とは敵FWの原田を指す。広山のその声を聞いた佐藤は、原山へのアタックを開始した。

原山はプレスをかけにくる渡辺の行動など意に介さないかのように、右サイドへロングパスを出す。
絶妙のタイミングだった。
中へ絞った広山のおかげで右サイドにはスペースが生まれ、そこを埋めるように有馬が必死に走っていたが、右サイドを同じように縦に走る竹井には間に合っていない。このタイミングしか無い、というタイミングで原山は右サイド奥地へパスを出したのだ。

竹井が走りこみ、それを有馬が追う。しかし到底間に合いそうにない。
竹井はボールを受けそのままタッチライン沿いをエンドラインへ向けてドリブルで前進。
エンドラインにたどり着いた竹井は、今度はエンドライン沿いにゴールへ向かってドリブルをする。
ドンドンとゴールへと近づく竹井。
ゴール前には長身FW原田、快速ドリブラー楢山がつめる。

佐藤がラインブレイクして原山へプレスに出たおかげで、原田へのマークは緩くなっていた。抜け出た原田に対し広山が追うが、長身で体格の良い原田に対し広山はマークにつけきれていなかった。このまま竹井に高いボールで原田に合わせられたら、止められない。山井に頼るしか無いが、原田に至近距離でヘディングをされたらそう簡単に止められるものではない。

失点の可能性はドンドンと広がっていった。
それでも、佐藤は諦めず走り、広山はなんとしても食い下がろうと懸命に身体をはった。
しかし、ボールは楢山へも原田へも来ない。

竹井が選択したのは、グラウンダーのマイナス方向へのセンタリングだった。
原田と楢山が走りこみ、松ノ瀬DF陣はそれに対応したためその後ろには、松ノ瀬DFと湘南学苑FWの裏にはスペースができており、竹井はそこへボールを転がした。

走りこんできたのは、吉沢だった。
ノールックヒールを出した後、そのまま立ち止まらずに走りこんでいたのだ。ペナルティエリア内中央、ボールに対してニアサイド寄りで、フリーの吉沢がボールを受ける。シュートコースもある。

もはや、絶望的な状況だった―。


第53話。

(ちっ、相変わらずたくさん働かせてくれるヤロウだ)
GKの山井は吉沢を、ペナルティエリアに侵入してくる前から視界に捉えていた。FC(小学生)時代からよく知るその男の才能は、一番身近で、日々の練習相手として対峙してきたゆえに誰よりもわかる。この男は、一つのプレーで満足する男ではない。必ず走りこんでくる。得点機に顔を出してくる。そして、その通り空いたスペースに走りこんできた吉沢を確認すると、竹井がグラウンダーのボールを出すか出さないかというその一瞬の間にはすでに走りだしていた。山井には単純なゴールキーピングやコーチングなどのGKテクニックだけでなく、最も必要とされる動物的なカンがある。

一気に距離をつめられた吉沢には、トラップしてボールを持ち出しシュートするだけのスペースと時間は無かった。
(―相変わらずコイツは反応がはやいな)
しかし、そう思えるだけの余裕があることが、吉沢の強みだった。トラップしたボールを右足で振り抜く素振りを見せた後、自身の左に切り返す。ボールは左足の足元に移動するが、その時すでに山井は身体を寝かせながら投げ出していた。吉沢のフェイントなどわかりきっていたかのように、身体全体でシュートコースを消す。並の選手ならジ・エンド。山井の動物的なカンと冷静な身のこなしによるスーパーセーブとなるところだが、吉沢はその一歩上を行く。利き足ではない左足の膝から下を驚異的なスピードでふり、足の甲をボールの下にすべらせる。

チップキックだ。
ボールは、体ごと横にして迫り来る山井とはまるで違う時間が流れているかのようにゆっくりと浮き、山井の身体の少し上を通って、ゴールに向かってバウンドしていった。もう、誰もゴールの前にはいない。あるのは、そこに向かってまるでスキップをするかのようにルンルンと弾んでいくボールだけだ。吉沢はキックの後、なんとか少しジャンプをしたが山井の突進を避けきれずに足がひっかかりその場で転んだ。シュートを打った後に敵に倒されるというのはゴールシーンではよくある光景だ。吉沢はその例に漏れず、自分もそのシーンの最後に加わっていることを喜びながら地面にダイブした。さあ、得点の喜びを―。

湘南学苑に追加点が入った。
前半半ばで0-2は、正直かなり深刻な状況だ。これまで圧倒されているにも関わらず、ここから2点以上を取らなければいけない。しかし、これ以上失点もできない。前がかりになりながら守備に奔走し、不用意なミスは絶対に避けなければいけないという、デリケートなリスクマネジメントが求められる。誰もが、その現実に絶望する、覚悟をしてしまうそんな時だった。突進した山井、地面に倒れた吉沢。しかしその向こうから、まるで発射しそうな電車を捕まえるために駅の雑踏を走り抜けるような姿で、ゴール前に走りこんでくる男がいた。そう、まだ、ボールはゴールラインを割っていない。

「だぁぁっしゃー!!!!」
誰もがスキップのように弾みながらゴールへ近づくボールを眺めていた。時間にしてほんの1~2秒だったかもしれない。いや、それより短い時間だっただろう。すでに誰もいないエリアを優雅に弾むボールは勢い十分で、確実にゴールの中へたどり着くと誰もが思っていた。ゆえに、楢山、原田の湘南学苑両FWもそのボールの行く先を見つめていた。しかし、どんなに自陣が崩されようが、吉沢にフリーでボールが渡ろうが、山井の裏にボールが転がってしまおうが、それらの出来事に一切ひるまず、一心不乱に自陣ゴール前を目指していた男が、このピッチの中でただ一人だけ存在した。

男は、全力疾走からのスライディングで足を投げ出し、ゴール左ネットに入りそうな浮き球のボールを間一髪のところでかき出した。ボールはゴールを超えて裏側へ飛ぶ。あぶねー!と、砂埃を立てながら起き上がったその男の背中には背番号7、左腕には黄色の腕章が巻かれていた。この1年生チームの主将、関井だった。
関井は、自陣の左サイドから崩されかけた時点で危険を感じていた。そして、その視界には自分をノールックヒールパスであざむいた吉沢が走りこもうとしているのが映っていた。全力疾走で自陣PAへ戻ろうと走るが、吉沢のスピードには追いつきそうもないし、シュートを防ぐこともできそうにない。それでも、何があるかわからない。ともかく、迷わず自陣に戻ることを選んだ。すると、やはり吉沢にボールが渡る。しかも、フリーだ。ただ、山井が反応している。さすがは山井だ。簡単にはシュートを打たせないに違いない。今まで見てきた山井の才能は、それを信じさせるだけの器だった。だから、関井はためらいもなく走り続けた。予想通り、山井はシュートコースを消して、吉沢はチップキックを選択した。自分の番だ!そう思うと、もっと早くなれる気がした。左腕の腕章が、何よりも力を与えてくれる気がした。追いつく。絶対に追いつく。そして、丁寧にボールを上へそらせる。できる、できる、できる。


第54話。

「宏和!」

チームメイトが肩を叩く。キャプテンのまわりに松ノ瀬イレブンが集まる。

「よっしゃー!」

「ナイスディフェンス!」

山井がパチンと関井の手を叩いて、関井に一言発した。

「サンキュ。見えてたよ、お前のこと」

「ああ、わかってるよ」

視線を合わせずにコーナーフラッグの方を見たまま関井は答えた。

「まだコーナーだ!集中だぞ!」

関井の掛け声にイレブンがそれぞれ、おう!やOK!と返事をした。

 

CKを山井の勇敢な飛び出しによるキャッチで防いだ松ノ瀬中だが、依然として苦しい状況に変わりはなかった。吉沢、原山、峯田のトライアングルを中心とした中盤の制圧力は圧倒的で、ボールを奪えず守備の時間が自ずと長くなる。なんとかマイボールにしたところで、このトライアングルに両サイドを加えた5人のプレッシングは凄まじく、ボールを持っても出しどころがないままプレスにさらされ、中盤でボールをまわせない。

「有馬」

左サイドでなんとかキープはするものの、パスが繋がらず苦しい表情を浮かべる有馬に話しかけたのは、小学生時代に同じクラブで戦ったボランチ原山だった。

「苦しんでるな。でもウチ相手によく持ってる方だと思うぜ」

「まだ0-1だよ。負けたわけじゃないのに余裕持ち過ぎだよ」

「ウチは負けねぇよ。吉沢の才能は半端じゃない。組織力もあるウチには勝てない。10番のレベルが違うしな」

「翔は、富士見FCで吉沢くんの横にいた頃とは違うよ。ずっと強くなった」

「おいおい、ウチの10番をなめないでくれ。日本代表だぞ?」

「だったら、ウチの10番もなめないほうがいいよ。もう原山の知ってる川崎翔じゃない」

 

「アリヤン!」

 

関井の声に有馬が我に返る。ゴロのパスが来ていた。左サイドでなんとかそれをトラップすると、さっきまで話していた原山と竹井の二人に囲まれる。考える余裕を与えずに原山がプレスに来る。ボールをまたぐフェイントで少しいなすも、気休めにしかならなかった。強い足腰とそれを生かした身体を巧みに使うディフェンスで原山は有馬からボールを奪おうとする。有馬とて簡単には渡さないが、やはり小学生時代同様長くはキープできなかった。しかし、そのまま前進させてはなるまいと有馬はスライディングで足を出し、有馬とボールを竸った。


第55話。

ボールがセンターサークル手前へ転がる。

そのボールを須山が拾った。なんとか敵のボールになることは防いだものの、さっきからこんなシーンの連続だった。ボールキープがおぼつかない。後ろ向きでボールを拾った須山の背中に、すぐに強いプレッシャーが迫った。吉沢だ。体格は明らかに須山が勝るが須山は線が細い。抜群のボディバランスを誇る吉沢のプレスはきつかった。なんとか足元にボールを保持するものの、パスを出すことすら出来ない。パスをだそうとすれば体勢が崩れ簡単にボールを奪われてしまう。

 

(くそ、こんなにプレスが強いのか。くそっ)

須山は慌てていた。こんなプレッシャーはうけたことがない。ボールとの間に身体を入れてなんとか守るが、吉沢のあたりと瞬発力の前では長くはもたない。もうあと2秒、3秒もすればボールは奪われてしまう。どうしたらいい。

「囲め!取れる!」

原山の声がひびく。FWの楢山が、今度は須山の前からせまってくる。これでは一巻の終わりだ。この位置で取られたら確実にピンチになる。もう限界だ、ダメもとでどちらかのサイドに蹴り出そうか。ネガティブな判断をくだそうとしたその時、攻撃する方向に背中を向け吉沢を背負っていた須山の視界右端に、確信を持ってこちらを見つめる男を発見した。そして、その男は自分のもとへ全速力で走っている。

 

須山は、ネガティブな選択を捨て去った。

にもかかわらず、前を向くことも諦め、ボールと距離を取り、身体を大きく広げて吉沢を遠ざけた。このままでは、須山の前方から吉沢と挟み込もうとしている楢山にボールを奪われる。もちろん楢山はいただき!といわんばかりに一気に詰め寄る。しかし、その一瞬前に、ボールは横から来た男にかっさらわれた。

 

「いっただきぃ!」

声を発して楢山と須山の間を全速力で駆け抜けたのは関井だった。もちろん、ボールも一緒に。ボールを持つ者と持たない者が交わり、その後どちらがボールを持っているのか一瞬だけ敵に迷いを与えるフェイント、その名も『スイッチ』だ。須山は、関井が自分の足元へ走りこもうとしているのが見えたとき、その意図を感じ取って、ボールをキープすることに専念したのだ。関井がボールを持ち出しやすいよう、自分の足元から少し遠ざけて。

 

関井と須山のコンビネーションは吉沢と楢山の二人を手玉にとった。効果はそれにとどまらなかった。虫の息だった須山を楢山が挟み込もうとしている光景を目にした湘南学苑イレブンはボールを奪った次の展開へ頭がいっていた。左サイドの杉山はパスを受けようと攻撃参加のポジションを取り、逆サイドの竹井もサイドチェンジに備えて少し上がり目に位置していた。攻撃の大黒柱とエースを手玉に取られ、フリーで前を向いてボールを持った関井を突然に前にした峯田は慌ててプレスへ動き出した。それを見た原山も危険を察知し、急遽峯田のフォローに動き出す。簡単にいえば湘南学苑イレブンは少しだけ“ぎょっ”としたのだ。

 

 

峯田は慌てて関井にプレスをかける。しかし、その判断がすでに間違っていた。突然トップスピードでボールを持って現れた関井に対し、冷静な思考をすることなく足を前に踏み出してしまった時点で、後手にまわっていた。峯田の前進が届く直前に関井は自身の右側へパスを出す。そこには、松ノ瀬中右サイドバック和田が走りこんでいた。すぐ後ろに杉山の圧力を感じた和田はそのボールをダイレクトで関井にリターンする。


第56話。

やばい―。

原山の危機察知アンテナが反応していた。吉沢と楢山が手玉に取られただけでなく、広範囲をカバーする峯田までもワンツーでかわされてしまった。自慢の中盤が崩されかかっている。今こそ、ピンチになる前に危険を摘み取らなければいけない。スピードとジャンプ力のある湘南学苑の3バック左の一角、薮田が関井に一気に距離をつめる。それをみた原山は横から関井へすこしずつプレスをかけることを決める。おそらくプレスをかけられた関井は横パスを出すに違いない。そこを睨みつつプレスをかけて、ドリブル突破にも横パスにも対応出来るよう、横からプレスを少しずつかける。ドリブルでもパスでも来い!

そのとおり、関井は中央方向へ短い横パスを出した。さあ、これをつめるのが自分の役割だとパスの行先を見る。そこには有馬がいた。

 

しまった―。

有馬へのプレスの一歩を踏み出した自分を愚かだと思った。有馬ならボールが渡る前に距離をつめるか、逆に有馬からのパスの行先へ方向転換をしなければならなかった。有馬には、中途半端なタイミングのプレスは無意味だ。なぜなら、有馬には伝家の宝刀、左足のロングパスがある。ロングパスを出させないか、出す先を潰してパスコースを消すのが有効だ。逆に、半端なプレスは後ろにスペースを生み出す致命的なプレーになる。ロングパスのフォームに入った有馬を見た原山はすぐさま、パスの出す先を潰す思考へ切り替えた。

アイツはどこだ、どこにいる。有馬がここでパスを出すのはアイツしかいない。アイツに自由にボールを持たせてはいけない。それなのに、中央に陣取っているはずのアイツが見つからない。どこだ。どこにいる。

 

「オーライ!」

関井から来たボールをトラップせず、その勢いを生かしたまま自分の前を通過させ、自身もそれにあわせ身体を反転する。ボールの勢いを殺さずに反転し、ボールを自分の左側に置くことに成功する。センターサークルの中から、そのキック力と精度を合わせ持つ左足を振り抜いた。「ウチの10番だって、成長してるんだ―」

 

ボールは少し弧を描くライナー性の質で、ピッチを斜めに切り裂いた。

そのボールに合わせるように、左サイドをタッチラインギリギリに沿って疾走する男がいる。全速力で駆け上がるそのスピードに、攻撃を意識していた竹井は全く追いつけていなかった。もとい、本来そのスペースを埋めるべき竹井でなくとも、湘南学苑の誰もサイドいっぱいに待ち構えていたその存在に気づいていなかった。本来、彼はそこにいる選手ではなかったのだから。

 

 

全員をあざむき左サイドを全力で駆け上がるのは、松ノ瀬中10番、川崎翔―。


第57話。

翔は危険を感じていた。良い形でパスが回せない現状に。

ボールがなかなか奪えず、マイボールになっても今度は湘南学院のプレスがきつく、また低い位置からボールを運ばなければいけないため、なかなか攻撃につながらない。自分も、良い形でボールが持てないし、ボールを持っても原山につぶされてしまう。

「このままではやられる」

危機感が襲ってくる。

攻撃は大事だが、ボールが来ない、来ても繋げないでは意味が無い。そんなことをしている間に追加点を奪われてしまう。自分も守備に加わるべきだ。ともかくまずボールを追い回し、敵の攻撃を食い止め、もっと高い位置でボールを奪わなければ、攻め手も無ければ危険もどんどんと増していく。

動こう、下がろう。

そう判断を下し、センターサークルを超えようとした瞬間、左肩に重みがかかる。

重み・・・いや、これは重みじゃない。引っ張られている。左腕を引っ張られている。

 

「だめだ、待て。お前は下がるな」

振り返ると、そこには自分の左腕をガシっとつかみ、少し息を切らせながら話しかける関井がいた。

「なんだよ。だってこのままじゃ―」

翔が言い終わる前に関井が反論をする。

「お前が下がったら誰が攻撃をするんだ」

翔は話を続けろとばかりに、黙って聞いている。

「お前が守備に下がったら攻撃陣にボールを供給するやつがいなくなる。それじゃたとえ守れたとしても攻撃にならなくなる。ラインをあげられなくなる。ゴール前にはりつけだ」

「それにお前がいま守備に下がるのは相手の思うツボだ。ここぞと言わんばかりに、原山も攻撃参加をしてくる」

翔は関井の真剣な眼差しに応えるように、じっと目を見つめた。

「いいか、俺が絶対お前までボールを届ける。絶対なんとかしてみる。だからお前は下がるな。そのあいだにお前はボールをもらう準備をしておけ。原山をなんとかしろ」

「お前ならできる。俺はお前を信じてる。だからお前も俺を、皆を信じろ」

翔は、ひととき黙ったあと答えた。

「―わかった」

 

目の前では関井が、須山が、有馬が敵のパス回しに翻弄されながら走り回っている。自分も守備に参加したい。自分もボールを追って、なんとかチームに貢献したい。今すぐにでも―。頭の中をぐるぐるとめぐる言葉を、何度も、何度も打ち消し、その思いに抗った。皆が、自分を信じて戦っている。下がって自分も守備に加われば、いとも簡単にチームで仕事をこなしているという感覚を手に入れてホッとすることができるだろう。しかし、それは見せかけの感覚でしか無い。自分の本来の仕事は必要最低限の守備と、なによりも攻撃だ。いま下がれば、皆の信頼を裏切ることになる。だから、下がってはいけない。このチームの主将を、守備陣を信じろ。そう、自分に言い聞かせていた。

 

しかし、事態は好転しなかった。

とうとう、松ノ瀬守備陣にほころびが出てきた。

パスを受ける吉沢の表情、立ち姿を見て、翔はすぐに気づいた。

 

「違う、サイドへのパスじゃない!」

 

ノールックダイレクトヒールパスで、ボールはぽっかりと空いたバイタルエリアに転がる。吉沢とコンビを組んできた、パスを受けてきた翔にはもう何度も見てきた光景だった。

居ても立ってもいられなかった。

もうダメだ、このままではやられる。追加点を取られたら元も子もない。翔は、自陣に向かって走りだした。

いそげ、いそげ、いそげ。なんとしても止めるんだ。

センターサークルを超えようかという、その時だった―。

 

「まだだ!来るな!」

 

それは、翔に向けられた、翔だけが理解できる言葉だった。


第58話。

それは、翔に向けられた、翔だけが理解できる言葉だった。

湘南学院の誰も、ましてやチームメイトの誰も、その言葉が何を指しているのかを理解できていなかったに違いない。ほんの一瞬、ほんの一言、ピンチの時に主将がただ叫んだだけなのだ。深く考えることもなければ、そんな余裕もない。しかし翔には、届いた。

 

「まだ、まだ下がるなっていうのか」

迷った。翔は迷った。下がるべきか、留まるべきか。そして、後者を選択した。いや、能動的に選択したというより、思考を巡らせたまま答えが出せずに、そのまま次第に歩き出したという方が正しい。それほどに迷い、考えあぐねていた。

そうこうしているうちにも、松ノ瀬守備陣はどんどん崩されていた。ボールは原山の絶妙なパスで右サイドの竹井に渡り、竹井はエンドライン沿いをドリブルで切れ込んでいく。佐藤と渡辺が湘南学院の2TOPに引っ張られて出来たペナルティエリアのスペースには、吉沢が走り込んでいた。

 

危ない。

そう思ったが、もう見ているしかなかった。もう祈るしかなかった。ここまで来たらもう自分が追っても間に合わない。山井が吉沢のシュートを止めることを祈るしかない。

しかし、やはり吉沢は役者が1枚も2枚も上手だった。山井の鋭い飛び出しにも臆さず、チップキックでボールを浮かして、吉沢は倒れたもののボールは山井の突進をくぐる。1バウンド、2バウンド。ボールは確実にゴールに迫り、ゴールマウスの下にあるラインの向こうへと進もうとしていた。

もう、ダメだ。追加点を取られてしまった。

やはり、自分も守備に下がればよかった―。

 

諦めかけたその時、翔の視界にも彼が映った。

背番号7が、猛然とボールを追いかける主将の姿が、映った。

 

「宏和!」

思わず叫んでいた。

あいつは、守った。本当に守った。もうダメだと思った。でも、まだ終わってなかった。あいつはずっと走り続けていた。

「すごい奴だ―」

翔は誰に伝えるでもなく、一人つぶやいた。

 

「約束、守ったな」

チームメイトにもみくちゃにされた関井に近づいて、翔は声をかけた。

「ああ、当たり前だろ。俺を誰だと思ってんだ」

コーナーフラッグにあるボールに視線を預けたまま関井は答えた。

「頼りになる主将だよ」

翔はそう答えて肩をたたき、自分のマークする敵のところへ走った。

 

CKを山井の鋭い飛び出しによるキャッチでしのいだ松ノ瀬中だが、苦しい状態に変わりはなかった。しかし数分前と違うのは、マイボールであること。なんとかかんとか、自分たちでボールを保持していた。

今度は自分の番だ。

翔は、周囲を見渡す。セーターサークルを少し超えたあたりの中央に位置する自分には、両脇に原山と峯田の敵ボランチ、敵ゴールに背を向けた正面には吉沢がいる。ともかく、ここをなんとかしなければいけない。次にボールを貰うとき、このまま安直にここでボールを受ければ即座に囲まれてつぶされる。前を向いて、できればマークがいないフリーの状態でボールを受けるべきだ。

 

翔は、少しずつ歩き出した。それは、まるで無意識に身体が動いているかのように、適当にボールに合わせて動いているかのように、なにげなく。走ってはいけない。原山も峯田も自分に注意をくばっている。走れば必ず今よりさらに注目する。やる気の無い様に、ボールを受けるつもりなどまったくないかのように、トボトボと歩く。チラチラとこちらを目で確認する原山の死角へ、意識の外へ。視線を外した時に少し、視線を外すたびにまた少し。

 

ボールは、有馬が竸ったこぼれ球を須山が拾った。吉沢にプレスをかけられ、今にもボールを取られそうだ。

我慢だ―。

翔はぐっとこらえた。ここで走り出したら全てが水の泡になる。

まだだ、まだその時じゃない。

そんな翔の視界に関井の姿が見えた。翔は関井の表情を見てピンときた。

 

なにか狙っている。

 

あいつがあの位置にいるのはおかしい。パスを貰うならあんな斜め後ろじゃ中途半端だ。もらった瞬間に囲まれてしまう。そんなヘマをするやつじゃない。何か、何かを狙ってる。

なんだ。何を狙ってる?

直後、須山がボールと吉沢の間に入り、自分の身体から少しボールを遠ざけた。ちょうど、自分がボールとの壁になるように。

 

―わかった。

関井と須山はアレを狙っている。

だとしたら、必ず湘南学院の守備体型にギャップが生じる。

 

どこだ、どこにできる―。

 

翔は周囲を見渡した。

須山と関井があのトリックプレーに成功すれば、関井は中央右寄りに抜け出すはずだ。そうすれば、敵もそちらに集まる。もし、有馬がそれに気づいて少しでも中央に絞っていたら、関井からのパスを中央付近で受けたら、どうなる。

 

翔のなかに鮮明なイメージが流れこむ。

あそこが空く。きっと空くはずだ。

翔は、走り出したい気持ちをおさえ、また少し歩を進める。

 

イメージ通り、関井は須山とのスイッチで抜けだした。

いける。チャンスだ。

翔は、歩きから少しペースを上げる。軽いジョグ程度にトコトコと移動しはじめた。身を潜める様に、準備をするように。

そして、中央に視界を移す。

 

 

有馬がセンターサークルに入ろうとしている姿を確認する。

 

 

今だ―。

そう自分に言葉をかけ、自らの足にエンジンをかけた。

 

自分は間違ってない。この映像通りに進んでボールがやってくる。一気に左サイドタッチライン沿いへダッシュし、そのままサイドをかけあがる翔。

有馬と目が合う。

有馬から、腰の高さドンピシャリでライナー性のボールが届く。

さぁ、ここから自分の出番だ―。

やってやる。見てろ湘南学苑。見てろ原山。見てろ吉沢。

 


第59話。

ライナー性のボールがピッチを斜めに切り裂く。

湘南学苑3バックの右側を担う三島が反応する。ボールが出た瞬間に松ノ瀬中のFW林原をリベロの井本に預け、右サイドに侵入してきた、ボールの届くであろう先にいる翔へアプローチする。

(トラップする瞬間を狙ってやる―)

ボールは強いライナーで少し高かった。全速力でこのボールに走る敵の10番はこのボールをおそらくタッチライン側の足、つまり左足の”もも”か足先インサイド”でトラップするだろう。この強いボールをトラップするためには丁寧なボールコントロールを要する。そこで距離をつめれば、相手はスピードを落とさざるをえない。スピードを落とさせつつ中の方向を切る。最悪、縦には行かせてもいい。そのまま、川崎翔の後ろを追う竹井と挟み込めばいい。

 

さあ、ボールがきた。

気を抜くな。トラップの瞬間一気に距離をつめる。

しかし、なぜか違和感がある。なぜだろう。何かが自分の思い描いている映像と違う。なんだ。なにが違う。気を抜くな、集中しろ。トラップのタイミングを―。そこで一つの事実が三島の脳を直撃する。速い。スピードが落ちてない。このままではぶつかる。自分と翔がぶつかる。二人がぶつかったあとにボールが転がるが、そうなれば竹井、原山、井本が飛び出てくる。ファウルにはならない。この位置をとったのは自分が先だ。ファウルになるとすれば翔の方になる。いずれにせよ、このまま身体をはって止める!


しかし、翔は三島の想像を超えた。

 

翔は、飛んだ。

全速力で走りこんだまま左足で踏み切りジャンプ。

右足の外側でボールを捉え、丁寧に柔らかく右前方へ、文字通り置くようにボールを返した。

 

迫り来る翔に身体をぶつけるつもりで気を張っていた三島は、一瞬何が起きたのかわからなかった。自分よりずっと小さい敵の10番が、自分よりずっとずっと大きく見えた。高いジャンプは、小さな翔を三島が見上げる状態をつくりだし、三島に少しのあいだ劣等感を抱かせた。はるかに小さな翔に、である。

そうこうしているうちに、翔は三島の右を、翔から見て左のタッチラインと三島の間を抜けていく。

ボールは自分の左を、翔は右を。もうわけがわからなくなっていた。

 

完全に翔を迎え撃つ体勢をとっていた三島は、自分の背中に流れたボールにすぐに反応出来なかった。裏街道―。スピードや相手の逆をつくイマジネーションを生かし、敵の裏へボールを出して自分は反対側からそのボールに追いついて敵を抜き去るテクニックだ。

 

ペナルティエリアの角付近に転がるボール。

(追いつく!)

原山がその転がるボールへ全速力で向かっていた。自分のスピードならあのボールに追いつける。最悪自分のボールにならなくとも、同じくこのボールに迫る翔と競って弾き返すことは出来る距離だ。

 

そのとき、原山には何か機械的な音が聞こえた。

いや、試合中にそんな音は鳴らない。ただ、聞こえた気がした。それほどに、変わったのだ。その速度が。三島の背後を弧を描くように走り左サイドからあらわれた男の速度が。翔のギアが一段あがる音がした、そんな気がするほどに、翔が速い。正確には最高速度はおそらく1年前と大差はない。しかし、三島の背中から現れ、走る角度をボールの方向へ変えた時、キュッと軽く身体を切り替え、まるでボールが吸い寄せているように翔がぐいぐいと迫る。

やばい―。

しかし、そう思った時にはすでに遅かった。

翔と競るつもりで、一刻も早くボールに触れるためにスライディングの形態で右足を放り出していた自分は、地べたに滑り込み徐々に身体は万有引力に吸い寄せられていく。下がる視界の目の前を、間一髪ボールをかっさらった翔が走り去っていく。その映像を、なすがままに、絶望のなか街中の大ビジョンに流れるCMを眺めるときのように受け取る原山は、その瞬間に有馬の言葉がフラッシュバックした。

 

“だったら、ウチの10番もなめないほうがいいよ。もう原山の知ってる川崎翔じゃない”

 

確かに―。

こいつはもう俺が知っている川崎じゃない。運動量とテクニックだけじゃなく、そうそうお目にかかれないクイックネスを身につけてきた。ピッチを動きまわり敵陣のギャップでテクニックを発揮するこの手の選手に敏捷性が備わるというのはまさしく鬼に金棒、危険な選手そのものだ。なるほど、相手もただこの1年を過ごしてきたわけではないということか。どうやら、たまたまタレントが揃っただけではなく、あちらにも優秀な監督がついているらしい。慢心していたつもりはないが、しかし相手の値踏みをあやまっていた。油断はどこに眠っているかわからない。

と、そんなことを言っている場合ではない。滑り込み寝そべった自分の身体を即座に叩き起こし、視界をペナルティエリア正面に移す。翔がいた。当然、自分をかわしたあとなのだからフリーだ。トップ下がフリーでボールを持ち、前を向いている。危機以外の何者でもない。


原山をかわし、ちょうど左サイドからペナルティエリアのラインをなぞるように進行した翔は、ペナルティエリアの少し手前、中央でフリーになる。前には柳橋と林原の2トップ。ここで少しキープして味方の上がりを待つか。否。そうしている間に敵まで戻ってきてしまう。

 

しかし、そこで翔はピタっと止まってしまった。

チャンスのはずである。湘南学苑は戻りきれておらず、状況はDF二人に対してこちらは柳橋、林原、自分の三人。ゴール手前で数的有意な状況だ。セオリー通りなら積極的にしかけていくところである。しかし、完全に止まってしまったのである。それは、誰が見ても“棒立ち”という言葉がすぐに出てきそうなほどに。

並の選手たちであれば、そして翔が並の選手であれば、すぐさま翔に人が群がり、激しい当たりで身体を吹き飛ばされボールを奪われていただろう。

しかし、そうはならなかった。

守りに走ってきたボランチの峯田、右サイドの竹井ともに翔との距離を詰めつつも、最後の最後、そこにはまだ距離があった。彼らは本能で感じ取っていた。翔が、恐ろしい敵であることを。翔が、ただそこにつったっているだけではないことを。

一見すれば、どんな方向であろうと前へスピードにのって動かれる方が、追いつくという観点でも、前を塞ぐという観点でも脅威である。止まっているのなら強烈なシュートは打てないし、スピードも速度メーターで言えばゼロなのだからスペースもできない。立っている時点では前を塞げばシュートコースもなくなる。

しかし、それは“その時点での展開”の話である。

 

サッカーとは文脈である。

単発のプレー自体にはさほど大きな意味を持たないことが多い。シュート一つとっても、強烈なシュートを打つためには少なくとも数歩は踏み込まなければいけない。そのためにスペースも時間も必要になる。逆にいえば、それを見越したその前の走りこみやドリブル、ボールの持ち方、そしてパスの質が必要になる。できる限り早くFWにボールが渡れば良いわけではない。FWがワンタッチ出来るだけのボールのほうが、ゴールに入りやすかったりするのもまた事実である。シュートのためのラン、ドリブル、パスの質。一つ一つの小さな“意味”はそれらが文脈として繋がり大きな“意味”を持つ。


峯田、竹井、原山は敵の10番からその“意味”を感じ取っていた。

確かに、あのフリーだった瞬間にドリブルで仕掛けられたり、左右どちらかに流れて中央を空けられそこに誰かが走りこんだら、そこから更なるドリブルによる突破から決定的なシュート、FWへのパス、中央に走りこんできた選手へのパスと、危険な状態であった。しかし、そこには意図がある。中央から斜めへドリブルで仕掛けてきたのなら、ドリブルを止められるように前へ入り、中央を埋め、そのまま挟み込めばいい。間に合うかどうかは時の運だとしても、対処の方法は見えてくる。前へ進んだ以上、一気に後ろへ方向転換することはできないのだから、遮る方向も方法も見えてくるということだ。

 

しかし、翔のその行動に彼らは先を見ることが出来なかった。彼らが感じ取ったのはつまり“文脈がわからない”という“意味”を感じ取ったのである。

止まっているということは言い換えれば、そのときはどの方向どの展開にもメーター0であると同時に、次にどの方向にでも即座に動けるということである。どちらにもプラスに振れない代わりに、どちらにもマイナスではない。

 

ここに、一人の“ファンタジスタ”が覚醒した―。

翔にテクニックが無ければ、守備陣はすぐさま距離をつめていただろう。そして、翔が先ほどのプレーでその敏捷性を見せてなければこれもまた距離をつめ、そしてチャンスを潰していただろう。

有馬の強いライナー性のボールを柔らかいタッチで抑え、そのほんの少し先の地へ“置いた”プレー、その後に高いクイックネスで守備の大黒柱である原山を手玉にとったプレー。この2つのプレーで、3人の守備陣はその勢いを殺された。この男にはパスも、ドリブルもある。簡単に飛び込めばその敏捷性とテクニックですぐにパスコース、シュートコースをつくられる。それでも、動いていればまだ良かった。迫り来る危険に対して最善の方法で対処すればよかったのだから。しかし、完全に動きを止められてしまって、その“危険”が判明しない以上、手が出せない。


第60話。

「すごい」

有馬は、翔の背中を見て素直にそう感じた。

まるで、すべての時間が一瞬だけ止まったような、そんな錯覚すら覚えた。ただ、なぜか、自分は止まらなかった。明らかに周りの選手たちは驚いて一瞬止まった。有馬も、完全に動きを止めた翔に驚きはしたものの、身体は勝手に動いていた。チャンスだ、動け、翔をサポートしろと。

 

有馬は、楽しかった。

この1年、この仲間とピッチに立ってサッカーができたことが。

小学生時代、松ノ瀬KCでのサッカーがつまらなかったわけではない。彼にとってサッカーとは、苦しい悩みも含めていつでも楽しいものであった。もとい、小学生のサッカークラブにおいて、ボールを蹴ることの楽しみを感じることが重視される年代なのだから当然といえば当然なのだが、有馬は松ノ瀬中にあがりこのメンバーでサッカーをすることで、これまでに出会ったことのない楽しさを感じていた。

正直なところ、入部当初はまだ迷いがあった。

似たような境遇にある翔に誘われたとはいえ、その他の選手は存在としてもサッカーの実力としても未知数だったのだ。地域クラブJrユースのセレクションを受ける道もあったし、湘南学苑とはいかずとも、サッカーの強い私立中学に行く道もあった。事実、全く声がかかっていなかったわけではない。実は翔にはだまっていたが、ツテがつながり私立中学のサッカー部の練習に体験参加することになり、そこで中学生との差を感じながらも、やっていける手応えを掴んでいた。結果としては、遠距離通学になることもあり、そして翔の誘いを断ることをためらった有馬は松ノ瀬中に進学する。ゆえに、翔にはわざわざそれを伝えてはいない。しかし、やはり一介の公立中学サッカー部に進むのこと自体にはまだ悩んでいた。

 

しかし、そんな迷いは、すぐに消え去っていった。

松ノ瀬中でのサッカーが、彼は楽しくてしょうがなかった。

何がそう感じさせるのかは、自分でもよくわからない。けれども、ワクワクする、必死になれる、何かがそこには確かにあった。無論、そこには翔だけではなく、全国大会へ出場した富士見FCの面々、岡山県選抜の林原など選手個々の能力の高さがあったことは間違いない。しかし、それであればきっと私立高校でもクラブJrユースでも同じことであっただろう。そうではない、何かがあった。

前線へ向けて走りながら、彼はつぶやいた。

「みんな、いいやつだ」

元来性格がおとなしくいわゆる“いいひと”に分類される有馬は、小学生時代から特段“きらいなやつ”がいたわけではない。良き仲間であり、笑い合えるチームメイトだった。しかし、松ノ瀬中のイレブンはそれだけではなかった。松ノ瀬KC時代の大黒柱:原山のような飛び抜けた存在がいないからかもしれないが、全員が声を出し、全員がさぼらず、そして仲間を信頼していた。それぞれ個性はあるし、好き嫌いも違う。しかし、互いが互いを想い合っていた。周りは有馬の特徴を理解し、有馬のロングパスをみんなが信じ、有馬は林原の、関井の、山井の、それぞれの魅力を信じていた。

するとどうだろう、身体が勝手に動く。今までは、チームの決まりごとであったり、戦況を見た危険察知であったり、辛いなと思いながらも走っていた。いわば、意識的に“仕事”にあたっていた。しかし、このチームにはまるでそれを感じなかった。ピンチでもチャンスでも、身体が勝手に動いた。ピンチを助けたい、仲間を助けたい。自然とそう想い、自然と身体が動いた。そして、周りからもそれが感じられた。自分がミスをしても、周りが必死に助けてくれた。自分が抜かれても、その後ろで広山は必ず身体をはって凌いでくれた。凌いで、自分が戻るのを信じて待ってくれていた。だから、有馬も走った。広山を助けたい、チームに恩を返したい。そう思うと、力が湧いてきた。いつまででも走れるような気がした。ロングパスだけじゃない、ボールキープだけじゃない、サッカーの全てが楽しかったのだ。試合開始すぐの左サイドにおける守備のシーンはなにもこの試合への気持ちの高さではない。有馬にとっては当然のことをしたまでで、身体がいつもどおりに動いた結果なのだ。

 

有馬は、このチームへ引き入れてくれた翔に感謝をしていた。自分は、まさか公立の中学に行って湘南学苑と戦おうなんてことはほんの少しも思っていなかった。そんな未来は描けていなかった。私立に進むとしても湘南学苑とは違う地区の学校に進むことになり、湘南学苑いや原山などはいまのところ戦う相手ではなく、まずは強豪校でスタメンを、少しでも自分の実力を伸ばすことを・・・と、考えうる中でも割と自然で誰も否定をしない道しか描けていなかった。

そして同時に、翔に惹かれた。

何に惹かれたのかは自分でも今ひとつわかっていない。その人間性なのか、同じ境遇の友達として仲良くなれたことなれたことなのか、サッカーの実力に対してなのか。彼に代わって結論を述べるとすれば、世の中の多くのことがそうであるように、それら全てが答えである。敵として“吉沢の横にいる男”として対峙している時には気づかなかった、翔のサッカー選手としての実力、決して多弁ではないが、ひたむきなサッカーに対する想い、そして仲間を信頼する心、その全てである。ただ、もう少し真実に迫るとすれば、有馬は翔のが持つそれらの上に、復号することで存在する何かを感じていた。それは、人がときに“違い”を持った選手にファンタジスタと名付けるそれなのかもしれないし、それとは違うものなのかもしれない。そのどちらにせよ、彼は翔とそのサッカーに人とは違う何かを感じていた。

 

ボールを止めて姿勢よくまっすぐ立つ翔の背中に、その向こうで峯田とそしてあの原山を怖気付かせる背番号10を見て、有馬は心底思った。

 

「すごい・・・翔は本当にすごいやつだったんだ」

自分も負けていられない。大丈夫。身体は止まってない。楽しくて楽しくてしょうがないこのチームのサッカーは、まだ自分を走らせる。走らせてくれる。自分が走りこめば、ボールを落としてくれればミドルも狙えるし、両サイド奥へロングパスも出せる、前進した翔、すでに構えているFWの二人にスルーパスを出すこともできる。もし、自分にパスが出なくても囮にだってなれる。自分を囮に翔ならまた新たに何かを仕掛けられる。さあ、声をだそう。前で待つ、自分を呼んでくれた彼を、今度は自分が呼ぼう。


第61話。

「翔!後ろ!」

有馬の声に原山と峯田は固まってしまっていた自分に気づき、我に返る。

「峯田!」

「オーライ!」

原山の声に反応し、峯田が有馬の走りこみに備え進路を防ごうとほんの少し、翔を視界から外さないようにほんの少し自分の身体を左にステップさせたそのとき、10番は動き出した。

翔は右足でボールを外側へまたぐ。

そのフェイントに原山が少し反応し、峯田もステップを止めて翔を視界の中心に捉える。

何かしかけてくる。

なんだ。

いや、フェイントだ。

そう一瞬安堵した、その瞬間、翔は右足で外側へまたいだ勢いそのままに、左足のインサイドでセンター方向へ切れ込んだ。一つのまたぎが終わった直後にそのまま抜け出す、相手のリズムを崩すフェイントだった。

 

まずい―。切れ込まれた。自分で仕掛けるつもりだ。

フェイントでリズムを崩し左足でペナルティエリア直前、ペナルティアークの中にボールを転がした翔は右足を大きく振り上げシュートモーションに入る。

危険だ、やばい、この位置からこいつに打たれたら、高い確率で枠を捉える。ゴールを奪われる。

焦った峯田は反対側から原山も足を投げ出していることを確認し、自分は冷静に、ここで突如、走りこむ有馬へのパスに切り替えられても対処できるように、ポジションを少し下げながら身体ごとシュートコースへ入る。

間に合え、間に合え、間に合え。

峯田は無意識のうちに心のなかでそう唱えていた。来い、止めてやる、ゴールを背にしてしまったため、正確なゴールの位置はわからないが間に合ったはずだ。身体で止める。

 

しかし、ボールは来なかった―。

「えっ」

声に出したかどうか、定かではない。しかし確実に峯田自身の脳内ではその言葉が発されていた。

翔の蹴ったボールには全く勢いが無かった。それがシュートだとしたら、ゴールマウスへ届くかどうかすらあやしい、威力のない、まるで脅威を感じないボールだった。しかし、その弱く転がっていくボールに誰一人反応できなかった。威力もない、そっと足を出せば誰でも、いとも簡単にトラップできるであろうそのボールを、誰も。ただ一人、背番号9を背負った松ノ瀬中のエースストライカーを除いては。

 

 

 

林原はむず痒かった。

元来、ボールに触りたくて触りたくてしょうがない男である。しかし、この試合ではまったくボールを触らせてもらえなかった。ボールが来たとしてもギリギリのイーブンボールが来て、なんとかキープしても前を向かせてもらえず後ろに戻す。結果、最終的には中盤でボールを奪われることの連続。だから、翔のプレーがむず痒かった。サイドにボールが出た時点でトラップしてアーリークロスもあったし、サイドを突破したあとにグラウンダーの速い球が来るタイミングもあった。それでも、翔はまだ自分にパスを出さない。早くよこせ、背中にいるDF一人ぐらいなんとかしてやる、だから早くボールをよこせ。

 

しかし、それが一旦止まる。

翔が、なんと敵を前にしてピタリと動きを止めたからだ。

「まだだ。まだ。でも、何かをしかけるつもりだ。そして、ボールが来る」

理屈ではない。FWの本能だった。ともかくゴールを貪ることだけに腐心してきた林原だけにある、独特の感覚だった。説明しようにもおそらく本人にすら説明できない。ただ、きっと、まだこない。でも、このあと来る。ボールが自分のもとに来る。あいつの顔を見て、目があったわけではないが、なんとなく、そう感じたのだ。

チラッと自分のマークについている井本に目をやった。この男は、湘南学苑のDFリーダーを任されるほどの男。聞いた話では、確か県選抜だったはずだ。なるほど、確かに翔に何度か目をやりながらも、決して自分を視界から外さない。林原にとってやっかいなタイプの守備者だ。こいつはきっと、シュートチャンスを簡単には与えてくれないタイプのDFだ。仮に縦に突破しても、最後の最後、片方の足だけはコースに入れてきてCKにしてしまうタイプの野郎だ―。

そう思ったとき、自然と林原は井本との距離を詰めた。本来、ボールを貰うためには距離をとった方が良い。にもかかわらず、距離を詰めた。理屈ではなく、本能で。なんとなく窮屈だったのだ、林原には“そこ”にいることが。

 

翔が仕掛けた。

来る。ドクンと自分の心臓が脈打つのがわかった。翔がシュートモーションに入った。そのとき、セオリーで行けばこぼれ球を狙うべくゴール前へ飛び込むか、途中で敵DFに当たったこぼれ球を狙うために距離をつめるか、素早い選択を迫られるシーンである。しかし林原は、そのどちらも選択しなかった。

そして、たった一歩だけ、背中側にたった一歩だけ下がった。

 

チャンスだ。

翔の前にコースができている。峯田も原山も間に合ってない。

打ってもいい。打ってもいいよ翔。お前ならそこからゴール右隅を捉えた良いシュートが打てる。

ただ、なぜか、そうなるとは思わなかった。翔は決して得点を狙わない選手ではない。中盤からも貪欲にゴールを狙う、恐怖感を与えられるMFである。林原はそれもこの1年で理解している。自分より先に得点をされるのは悔しいが、それでも、翔なら許せる。だから、翔のシュートモーションを見た時「いけ、いけ」と思った。思ったのにもかかわらず、なぜか、本当にそうなるとは思わなかった。

だから、一歩下がった。

そして、本当に自分の元へ、ゆるく、かするだけで大きく飛んでいってしまいそうな強さでボールがやってきた。皮肉にも他の誰にも触れられずに、だ。林原が驚かなかった。これを“FWの準備”というのならそうなのかもしれない。しかし準備というにはずいぶんと投げやりな、努力性のかけらも感じられないものだった。なにせ、林原はこの絵を描いていたわけではないのだから。ただただ、なんとなく、ボールが来るような気がしていた。来るような気がしていたから、驚かなかった。

そして、自分の前には少しだけスペースがあった。

そう、一歩下がったから。

井本が翔のシュートモーションに危機を感じボールに注視したその瞬間、一歩、背中側へ下がったのだ。それはちょうど、井本から離れる方向に。結果としてそこには、一歩分のスペースがあった。井本は反応できていなかった。翔のシュートを防ぐ、こぼれ球を拾うという方向に意識が向いていた。仕方がなかった。翔がシュートを選択したと思ったから。

 

 

ヒールキックだった。

翔は、右足を大きく振りかぶったその後、振りぬく直前に勢いを弱め、足首を捻り、かかとでちょんと、右斜め方向へのシュートではなく反対側、左斜め前へボールをそっと送り出した。

完全に出し抜かれた―。

自分の足に当たるか、その向こうを通るかという絵を描いていた原山は、ボールがそのどちらでもない、自分の身体の前をゆっくりと通り視界から消えていく一部始終を屈辱とともに見過ごすことになった。残された少しの期待、FW林原には井本がついているはずだという期待も簡単に打ちのめされた。井本はそこにいるが、いない。ついているが、つけていない。

 

ペナルティエリアのなか左寄り、ゴールエリアの角手前に転がったボールを、林原は全力のキックで、自慢の左足でゴール右下隅にふっ飛ばした。湘南学苑GK森山は、都選抜にまで選ばれた脅威の瞬発力を披露する暇もなく、ゴールを奪われた。

 

1-1。

試合は、再び動いた。


第62話。

前半15分過ぎ。

圧倒的におしていたはず湘南学苑が同点ゴールを奪われた。

もみくちゃにされる林原を中心に、松ノ瀬イレブンが笑顔で歩きながら湘南学苑陣地を歩いて戻る。吉沢はセンターサークルに立ち、一人の男を見つめていた。いや、睨みつけていたという方が正しい。視線の先は、自分と同じエースナンバーをつけた男だ。

見くびっていたなどとはまるで思っていない。川崎翔という男は、確かに実力者だった。自分の横にいたときから、間違いなく才能はあった。しかし、それはあくまでも自分の相棒としての評価だった。自分は年代別の日本代表であり、相手は県選抜にすら届かなかった選手だ。そこには、歴然とした差がある。それは実際のプレーから導き出される吉沢自身の評価でもあり、日本代表としてのプライドでもあった。カテゴリーからして、同列なはずがない。そう思っていた。しかしそれこそが、慢心というものなのかもしれない。ともかく、少なくともいま目の前にいる自分と同じ背番号を背負った敵は、自分と何ら遜色ないプレーを見せたのは紛れも無い事実だ。

何かはわからない。

どういう原因から生まれている感情なのかはわからない。しかし、吉沢は苛立っていた。怒りがこみ上げていた。それは自分に対するものなのか、失点の悔しさなのか、根源はよくわからない。しかし確実に怒りという感情がわきでていた。

こちらの視線に気づいたのか、翔も自分を見つめ返してきた。互いに、仲間の誰も気づいていない。一方は歓喜の集団まま自軍へ歩き、もう一方は多くの選手が腰に手を当てて下を向いている。二人だけの空間がそこにはできあがっていた。

何も言葉は発しない。言葉を発さなくても、言いたいことはわかる。翔は、自分に向かって目で語っている。どうだ、みたか。俺はもう前の俺じゃない―と。

 

「吉沢!」

自分を呼ぶ声に我に返った。

声の方に振り向くと、原山がいた。

「ひどい顔だな(笑)いつものお前の顔じゃないよ。」

ほんの少し、吉沢の顔が緩んだ。まるで、冷静という仮面を再びつけなおしたように。

「やられた奴が言えたことか」

「だな。すまん。完全にあいつ一人にやられた。でもよ、お前だってわかってんだろ?」

吉沢は敵軍の方へ顔を向けて、つぶやいた。

「ああ、誰よりもな。あいつは、危険な10番になった」

この男が認めるほどの逸材かと、しばし吉沢の横顔を見つめたあと、原山が次の言葉を発した。

「いや、お前ほどじゃない。俺はお前の凄さを誰よりも、あいつよりも知っているよ。忘れるなよ?トレセンのトップカテゴリーまで行ったにも関わらず、とうとう全国には行けなかった。お前とずっと戦ってきたのはあいつじゃない。お前の凄さを嫌というほど見せられてきたのは、俺だ」

原山は右の拳を吉沢の胸に軽く叩きつけた。

ふっと少し笑ったあとに「確かにそうだな」と答えた吉沢に、原山は続ける。

「見てろ。あいつがお前のレベルに達してないことを俺が証明してやる。そして、あのチームの弱点もな」

「弱点?」

「なめんなよ。俺はボランチだ。守備に関しちゃお前より上だ。このままだまってるわけねぇだろ」

「へぇ、頼もしいこった」

吉沢はそう言って少し笑い、背中越しに手を振りながらセンターサークルへ向かった。

 

 

湘南学苑のキックオフで再び試合は始まったあと、しばらく膠着状態が続いた。松ノ瀬中が同点に追いついた時点で勢いは松ノ瀬中にあったはずだが、原山の指示で両サイドのMFが下がり目に位置し、峯田が吉沢と並んでハイプレスをかけることで低い位置で密集地をつくり、松ノ瀬中の攻撃を完全に封じ、勢いを削いでいった。そして、原山の的確な守備指示で陣形を保ったまま、類まれなるボール奪取力によりカウンターを発動し、徐々に試合は序盤と同じ形勢に戻りつつあった。湘南学苑の支配下にあった、あの時間に。

 

 

まずい―。

関井は、この状況に危機感を覚えた。同点にした直後はその勢いでボールをキープできたが、何度やっても跳ね返され、シュートすら打てない。そうこうしているうちに原山のロングボールであわやというシーンにまで発展しだしている。今はまだ、こちらもボールをキープできている。流れが完全にあちらに行く前に、手を打たなきゃいけない。

須山、と叫んでセンターサークルの少し後ろでボールを受けた関井に、衝撃が走る。身体に、何かとてつもなく重いものがぶつかった。先ほどから吉井のプレスを受けていたがそれとは全く異質の物質だ。

 

「好きにはやらせねぇよ」

前が向けない関井だが、声でわかった。主は、原山だ。

「くっ!」

吉沢とは次元が違う。ボランチ、またの名を守備的MFというこのポジションで日本の最上位カテゴリーまで上り詰めたこの男は、正確無比なロングレンジのパスだけでなくそのボール奪取能力でその名を轟かせたのだ。しかし、自分がボールを奪われる訳にはいかない。このチームにおいて、自分の“キープ力”は絶対だ。ほとんど、気力で原山の圧力を凌いだ。

「そう、それだ」

原山が何かを言っている。しかしそれどころではない。

「ヒロカズ!なにやってんだ!下げろよ!」

山井の声が響く。そんなことはわかっている。しかし、ボールを蹴る余裕すらこの男は与えてくれないのだ。そもそも、蹴る蹴らない以前に、このボールを失わないように踏ん張るだけで精一杯だ。

 

「このチームは、アンタだ」

 

自分の言葉に関井が反応したことを確認した原山は続ける。

 

「確かに優秀なのが揃ってるよ。林原なんて、ぜひうちに欲しいね。でも、このチームはアイツじゃない。テクニックのある川崎でも、ロングパスの有馬でもねぇ。もちろん、山井でもねぇ。一見すると目立たないが、要所要所でウチの邪魔をしてんのはアンタだ。アイツらのプレーが輝くのは、いつでも信頼できるアンタがいるからだ」

 

「なんだよっ、くそ、うるせぇやつだベラベラと!」

 

原山は全く動じない。

 

「何が凄いわけじゃねぇ。それぞれのプレーは他の奴らに劣る。でも、アンタのハートはこのチームのハートだ。大したもんだよ。U12でもアンタみたいなやつ、見たことねぇな」


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