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    ハネムーン イン ハワイ    前編
                             夏川ルー    

 

 

     一 留学中で結婚式に出席できなかった友人の訪問  その1

 

 

 「いいな。結婚してすぐに庭付き一戸建ての家に住めるんだもん」
メイは,棚に並んだ映画のビデオの中の一本を手にとって、 「この映画のヒロイン、映画の中で『お金持ちのあなたが好き』って言うんだよネ」などと言って私のほうをチラっと見た。

 

 だから何なのと思っている私を気にも留めず、結婚祝いを持って訪れた友人は引き続き新居の中をあれこれと見回している。
結婚式後の数日間、昼間はずっと家の中でポツンと独りぼっちの日々が続いていた私は、突然に訪れてくれた友人の不謹慎な言動も、とりあえず容認している。

 

 「新婚旅行はまだ行ってないってさっき言ってたよネ」
 
 「うん、ダンナの仕事が忙しくてネ。仕事が一段落ついてからってことで先延ばしになってるんだ」

 

 ひとしきり、あちこちを見て回った後にやっとテーブルについた友人の前に、私は煎れたての紅茶を置いた。

 

 メイは、カップに砂糖とミルクをいれるとテーブルの上のスプーンの端を『トン』と軽くたたいた。
スプーンは、空中に舞いあがり、くるくると回転しながらカップの中に『スッ』とみごとに吸い込まれるようにスベリ込んでいった。

 

「スゴーイ・・、でも、カップこわさないでネ」

 

 

 

    二 友人の訪問      その2

 

 

 『ピンポーン』
 
 呼び鈴を聞いてのぞき窓を覗いてみると玄関ドアの向こうに、たくさんのパンフレットを抱えたメイが立っていた。

 

「披露宴よりも新婚旅行にお金をかけて、豪華な海外旅行とかに行く方が、だんぜんいいと思う」

 

夫がバツイチだったり、超多忙だったり、いろいろな諸事情で、結婚式は近しい親族と少数の友人のみでパパッとかたずけられてしまった私を気遣ってくれたのか、メイはこの言葉をことさら力強く言った。

 

メイと私は、何冊ものパンフレットを広げながら、あれこれと話した。
メイのエスペシャリーなおすすめは、『南の島』。
たとえば、グアム、サイパン、ハワイなど。

 

 赤道近くの暖かい島に行く時は、旅行の荷物の中で一番かさばる『服』をたくさん持って行かなくてもすむのが、特にすすめる理由らしい。

 

「今度来るときにとってもいいものもってきてあげる」
玄関でこんな一言をのこして、メイはこの日帰っていった。

 

 

 

    三  必須アイテム

 

 

 『ピンポーン』 覗き窓から、来訪者を確かめると、メイが笑顔で立っていた。

 

「今日も来たの」 ドアを開け、玄関に迎え入れると、ケーキの包みを、差し出しながら、
「もちろん今日も来ました」
と、くったくのない返事を返してくる。
いつものようにリビングに通すと、テーブルの上に、なにやら、いろいろと広げ始めた。

 

 

「ジャーン。これが海外旅行に行くときの必須アイテムだよ 」

 

 

「なにそれ、ちょっと一度かたずけてくれないと紅茶を置く場所がないでしょ・・・」

 

 

「う~ん。じゃあ、先にケーキタイムにしようか・・・」
そう言ってメイは『必須アイテム』をテーブルの隅に寄せた。

 

そして、二人は、とりあえず、ケーキを食べながらテーブルの隅の『必須アイテム』について話しはじめた。

 

 

   必須アイテム その一 時計

 

 

 メイの言う最初の必須アイテムは腕時計だった。時計の裏側には10気圧防水と書かれていて、文字盤側は、針と文字の両方で時刻表示ができ、同時に二つの国の時刻を表示できるタイプのものだった。

 

 

「これなら、旅行先の現地時間をアナログの針の方にあわせて、日本の時刻をデジタル画面の文字表示で表示させておけるでしょう。そうすれば、『日本は今何時だろう』って時差を旅行先の現地時間から、たし算やひき算をして日本の時刻を計算しなくてもすむんだよ、便利でしょう」とメイが丁寧に説明してくれた。

 

 

「そうだね」と私は、簡潔に短く答えておいた。

 

 

 

   必須アイテム その二  レンズ??

 

 

「時計はわかったけど、その虫めがねのレンズみたいなのは何なのよ・・・」

 

 

「これは虫めがねのレンズ」
オウム返しにメイが答えた。

 

 

「何に使うの」

 

 

「これは~、飛行機が遭難して~、無人島に不時着したときに使うの」

 

 

「なにそれ・・・」私は飲んでいた紅茶をあやうく吹き出しそうになった。

 

 

「だから、無人島に不時着したら、まず火をおこさないといけないでしょ。このレンズで太陽の光を集めて、木の葉とかに火をつけて、火おこしという一番重要な課題の一つをクリアするわけよ」と、メイはケーキのイチゴを口に運びながら答えた。

 

 

「さすがメイ、頭いいネ・・・。なんて私が言うと思う・・・。私は絶対に遭難なんてしませんから・・・」という私の答えに対して、

 

 

「う~ん。科学者というものは、どんな考えに対しても絶対などという言葉で否定してはいけないって、昔、自然科学史の教授に教わったでしょ。昨日までみんなが正しいと信じていたことでも、明日には、くつがえることもあるんだよ。ガリレオは言ったでしょ『それでも、地球は回る』って、宇宙人だってその存在が秘密にされてるだけで、明日には世間一般に、宇宙人はもう来てますって世界中のテレビで発表されるかもしれないじゃない」

 

 

「まあ、宇宙人はいるかもしれないけど、私の乗った飛行機は墜落とかしないから、無人島でのサバイバル必須アイテムは必要ないわね」
私のそんな答えを、メイはまったく気にも留めずに次の必須アイテムの説明をはじめた。

 

 

 

   必須アイテム三  
      フライトシミュレーター

 

 

 「それからこれが一番大切なもの。ほら、ケーキも食べ終わったし、紅茶も早く飲んでテーブルの上をかたずけて」
そう言ってメイは一本のゲームソフトを手にとって見せた。

 

 

「じゃ~ん、『スカイフライト シミュレート 002』 飛行機の操縦訓練をクリアーしていくゲームだよ」

 

 

私が何も答えずに紅茶のカップや皿をかたずけている間に、メイはかってにゲーム機をリビングのテレビにセットしていた。

 

 

    飛行訓練開始 

 

 

 「はい、それでは最初に初等練習機での離陸訓練をはじめます。」

 

今日は新婚旅行の行く先をもっと一緒に検討するはずだったのにメイはゲームの説明を楽しそうにはじめた。

 

 

「まずは、プロペラ機での飛行訓練からはじめます。コントローラーを持ったらスロットル(アクセル)ボタンを押してエンジン出力を100パーセントにして、速度が80ノットに達したらゆっくりと操縦桿を引いて、500フィートまで上昇したら水平飛行にして・・・」

 

メイはテレビの画面の上の計器を指さして、速度計とか、ピッチとか説明をしながら何度も離陸訓練を繰り返させた。

 

『うん、見事な腕前だ』ゲームの中の訓練教官から賞賛の言葉を頂戴し私は次の訓練へと進むことが許された。

 

 

「じゃあ、旋回訓練に入ります」

 

 メイが飛行機の方向転換について説明をはじめた。私はハンドルを左に回せば飛行機も車と同じように左に曲がるのだと思っていたが違うようだ。
まず飛行機のハンドルはハンドルではなく操縦桿と言うそうで、左に回すと左に飛行機が傾くような仕掛けになっているのだそうだ。
もちろん飛行機が左に傾けばゆっくりと左に曲がっていくのだそうだが、素早く方向を変えるには左に傾けた状態で操縦桿を手前に引いてやると思い通りに旋回と言うものをしてくれるのだそうだ。
 私は水平飛行から機体を傾け180度旋回しながらゲーム画面の中の飛行場の上を何度も繰り返し飛んだ。
 その後、着陸訓練に進む頃には夕食の準備をしなければいけない時刻になってしまっていた。

 

 

「あ~、もう、どうしよう」

 

 

「肉じゃがにすれば」冷蔵庫の中を見てメイがメニューの提案をしてくれた。

 

 

「肉じゃがなんて作ったことない。」

 

 

 はっきり言って、結婚するまで、ただの一度もご飯すら炊いたことがなかった私にそんなものがありあわせの材料で作れるはずがない。料理本のレシピ通りに材料を買ってきてレシピ通りに調味料を加えていくしか私にはできない。

 

メイはジャガイモの皮を剥くとありあわせの材料を鍋に入れ、適当に醤油や砂糖を加えていく。計量カップも計量スプーンもいっさい使わずに。

 

「そんないい加減な味付けで大丈夫なの」 
わたしは、急いでレシピ本の『肉じゃが』のページをみつけてメイに差し出した。

 

「お醤油の味って製造しているメーカーによってしょっぱさとかがぜんぜん違うんだから本の通りに作ってもしょうがないの」そう言ってレシピ本を無視して最後にテーブルの上の蜂蜜を鍋に加えて料理を完成させた。

 

 

 

     四  日曜日

 

 結婚したら休日はドライブに行ったり、遊園地に行ったり・・・・。だれもが・・・。きっと・・・。そう思っているはず。

 

 今日、夫は朝から会社に出勤していった。日曜日なのに。

 

 昼食をすませて、ソファーで雑誌を読んでいても何か手持ちぶさたな気がしてしまう。

 

けだるい日曜日の午後のひととき。
午前中に掃除も買い物もすましてしまった。

 

 窓の向こう側でときおり鳥のさえずりが聞こえてはどこかに遠ざかっていく。何もすることがないので雑誌をテーブルの脇に置き、テレビにゲーム機をセットした。

 

今日は航空母艦に飛行機を着艦させてみた。
ゲームの中の私はアクロバット飛行も自由にこなす名パイロットに成長していた。ただ、現実の私は、結婚してから何も成長していない。

 

 

   五  新婚旅行の準備開始

 

 

 結婚式から二ヶ月が過ぎた頃、やっと仕事の都合がついて旅行の計画に着手することができた。
まずはハワイのパック旅行を旅行代理店に予約しパスポートの写真を写真屋さんで撮影した。百貨店で水着をあれこれと見ているとメイが約束の時間ピッタリに現れた。

 

 

「おまたせー」

 

 

「ベツにまってないから大丈夫」

 

 

「水着、日本から買って行かなくても向こうで買えばいいジャン」水着を選んでいた様子を見てメイが言った。

 

 

「向こうでサイズのあう水着がなかったらどうするのよ。海で泳げないでしょう」

 

 

「う~ん、まあね。それなら二階のショップでシュノーケルと水中めがねも買おうよ」

 

 

「そんなの向こうで借りれるでしょう」

 

 

私の発言に対してメイは『だめネ』というように手を振って見せた。

 

 

「シュノーケルは口にくわえるんだよ。『そのお口に』。やっぱり自分用のシュノーケルがあったほうがいいでしょう。それと水中めがねは自分の顔にピッタリ密着しないと隙間から水がはいってくるし、ちゃんと自分用のを買って持っていった方がいいでしょう。そんなに荷物にもならないんだし」

 

 

「それから赤道付近では日本より紫外線が強いから水着の上にティーシャツとかはおってできるだけ直射日光を浴びないようにね」

 

「え~、そうなの」

 

「そう。それから帽子とサングラスもあったほうがいいけどそれは向こうで買った方がカッコいいのがあるかも。アロハシャツとかも現地で買ったほうがいいと思うし」

 

 私も、アロハシャツは現地で本物というか本場のものを買うつもりでいた。それから日焼け止めクリームとシュノーケルと水中めがねをメイのアドバイスを受けながら購入した。旅行に持っていく服は最小限にしてできるだけ現地で調達することにした。というか主人に買ってもらうことにした。結婚式から2ヶ月以上も新婚旅行を延ばしたのだからそのくらいの事はしてもらって当然でしょ。と、メイとわたしの意見も一致した。

 

 

 

     六  成田空港ロビー

 

 

「そろそろ、搭乗手続きをしようよ」

 

 目の前の電光掲示板には、もう15分以上も前から私たちの搭乗する飛行機の搭乗手続き開始の表示が点灯している。

 

 

「旅行会社の人が来て、このツアーの参加者の人たちを集めて、みんなで一緒に搭乗手続きをするんだよ。だからこの辺で待っていないと・・・」

 

 

「じゃあ、あと5分だけネ。5分待ったら搭乗手続きに行くからネ」

 

 

商店会の団体旅行じゃないのだから、旗を持った添乗員が現れるはずはないのだけれど、夫が添乗員が来るのを待つと言ってるのに強く否定するのも気が引けるので、あと5分だけ待つことにした。

 

 空港ロビーは比較的空いていた。エントランスの半透明なガラスを通して入ってくる光が床で反射され、航空会社のカウンターをほのかに照らし出している。 
ゆれる光の中で、次々と搭乗手続き開始の表示が点灯してゆく。

 

 ほのかな光の中に、エントランスから私たちの方へ向かって走ってくる人影が見えた。

 

 

「まだこんなところにいたんだ。でも、よかった。はい、これ、緑茶のティーバッグ。ホテルで飲んで」

 

 メイは呼吸を乱しながら、私に小さな包みを手渡した。

 

 

「それから、そろそろ行かないと、飛行機に乗れなくなっちゃうでしょ」そう言って私と夫の背中を押した。

 

メイにうながされて、夫もようやく搭乗手続きに行くことに同意した。

 

 

 ロビーで私たちを見送るとメイは展望デッキに向かって歩いていった。私達の飛行機が飛び立つまで次々と飛び立ってゆく飛行機をずっと観ているのだろうか。

 

 

 新婚旅行中、家の留守番をメイに頼んでおいた。夫の母親が来てくれると言ったが丁重にお断りした。

 

「野菜を洗うスポンジで食器を洗ったり、流しをこすり洗いしたりされたらどうする」などとメイに言われたので彼女に昼間だけ窓の開け閉めに来てもらうことにした。

 

 

 

          ハネムーン イン ハワイ   後編につづく

 

            はたして、メイの用意した必須アイテムは役に立つのでしょうか。

 

          ぜひ、後編も読んでくださいね。よろしくお願いいたします。 

奥付


ハネムーン イン ハワイ 前編


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著者 : 夏川ルー
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