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<第1話>運命なのか

 「時々、自分が誰かわからなくなる」

 こういう感情を抱きはじめたのは、いつの頃からなのか。少なくとも最近ではないことは確かだ。友達に恋心を抱いてしまう。そして深い片思いの渦に吸い込まれてゆく。なぜ他の誰かではなく、いつも友達なんだろう。恋した人を友達にしたのか、友達に恋したのか・・・

 努力をしても所詮はかなわぬ恋。そうなるとわかっていても、恋をしてしまう。その魔の魅力に耐えられた男は、一体何人いるんだろう。少なくとも俺にはわからない。でも、少なくとも自分だけではないはずだ。「ユウジ・・・落ち着け!」。毎日そう自分に言い聞かせて落ち着く。気がついたら机の上には効いているのかよくわからない精神安定剤とかで溢れている・・・

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 「始めまして、東京化工大学のカミノユウジと言います。出身は千葉県です。よろしくお願いします」

 「始めはして、神奈川工業大学のフジキケンイチと言います。出身は兵庫県です。よろしくお願いします」

 

 4年前の秋、就職活動の甲斐もあって関西にある大手電子機器メーカー「ピノサニック株式会社」に内定し、会社主催の内定式のパーティで俺らはこうした社交辞令のような挨拶で初対面した。その瞬間を今でも忘れられない。心拍数が一気に上がり、映画や小説のように「電気」が走ったのだ。要するに一目惚れしてしまった。

 特にカッコいいわけではなく、自分のタイプのガチムチ体系ほどの体型でもない。なぜか一目惚れをしてしまった。恋のキューピットのイタズラでしょうか?いや、そんなはずない。

 その日は23分間ほど話ができただけたった。たぶん向こうは自分のことをあまり覚えていないと思う。ましては入社日まであと半年もある。

 「大丈夫、今回惚れてしまった彼はまだ友達じゃない」


 自分に言い聞かせ続ける。


 「半年後の再会で友達になろう。でも相手はノンケかもしれない。いや、きっとそうだ。だってゲイ的な要素が全く見当たらない・・・いや、もしかしたら・・・あーあの時メアド交換しとけばよかった・・・大学近いし・・・・・・・・・」


 半年もそんな妄想を抱き続けたのは、今になって考えてもある意味ですごいと思う。そんな一人妄想世界に入った半年間はあっという間過ぎてゆき、ついに入社式がやって来た。

  さすが大手企業なだけあって、会場のホールも大きい。役員やら社長やらのお偉いさんの人数も多ければ話も長い。もう頭の中はケンイチのことで一杯でもはや聞いていない状態だった。世界シェアがどうのこうの言ってた程度しか覚えていない。早く終わってくれと願った。


 ようやく長い入社式が終わり、続く導入研修までの間に15分間の休憩時間をもらった。


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最終更新日 : 2012-08-09 08:28:50

 「よし、あの子に話しかけに行こう」


 と心に決め、席をいそいそと立ち上がりケンイチのいる方向へ振り向いた。その瞬間、驚いた。なんとすぐ目の前にケンイチが自ら歩いてきたのだ。


「ちーっす!久しぶりです。これからよろしくです!」


 「お、こちらこそよろしくです!」


 あっさりとした挨拶、半年間妄想しすぎて、まさか向こうから話しかけられるとも思っていなかった。もしかしてこれは俗に言う「運命」なのか。いや、でもきっとノンケなんだろ・・・。それでも淡い期待を抱いてしまうのは、やはり恋に飢えている証拠なのか。

 さっそくメアドと電話番号交換をした。ケータイを持つ手が震える。


 「そういえば社員寮に住んでいるの?」


 「いや、実家やで」 


 あ、実家なのか。ちょっとだけカッガリした。そりゃ、近いほうがいいに決まっている。ましては同じ社員寮なんかになればいつでも一緒にいられるわけだ。でも現実は甘くなかった。寮と彼の家は車で40分かかるくらいの距離だ。遠いな。


 その後の会社の導入研修は1ヶ月間続いた、講義の合間の休憩時間はいつも一緒にいた。気がついたらすっかり会社で一番仲の良い友達になっていた。ある時ふと思った。


 「惚れたのはいいけど、また友達にか・・・。何回目だろう。またノンケだったら・・・。いや、今回は逆だ。惚れたから友達になれたんだ・・・。でもきっとノンケだよな」


 普段からそれとなくゲイ的な話題を気がつかない程度にチラつかせているが、何をどうやってもそういった気配を感じない。


「やはり・・・またか」


  まるでデジャヴを見ているようだった。学生時代にバイト先のノンケの子に惚れてしまったことがあった。そのあと親友になってからさらに恋心が大きくなっていった。いつしか四六時中その子のことで一杯になった。勇気を振り絞ってカミングアウトすると同時に告白したが、相手はゲイに対する理解がない人だった。その日を境に、以前の親友関係ではなくなった。馬鹿にされたりもした。心に深い傷がついてしまった。もう二度と同じ思いをしないと決めたハズだった。そして今再び・・・


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最終更新日 : 2012-08-09 07:06:49

 研修が過ぎて、いよいよ部署配属となった。ケンイチは希望していた先端開発部、俺自身も希望していた第2製品開発部に無事配属された。本当は大学の学科名はケンイチとほぼ一緒だったから、同じ部署に希望しようとしたけれど、この会社を志願したときに考えた部署のままにした。一緒に働けないのは寂しいけど、仕事とプライベートを分けて考えるのは大事だと思った。


 しばらくの間、仕事を覚えるのが必死で、いつしか彼と会う機会もほとんど無くなった。メアドを知ってはいるものの、誘う勇気を持っていなかった。相手は忙しいかもしれないし、もしかしたら他の友達と遊びに行っているのかもしれない。雑念ばかり湧き上がるだけで何も出来なくなった。


 しかしこれもまた運命のいたずらなのか、待つ人に好機は訪れる。

 盆休み前の1日だけの新人研修があって、うちの部署とケンイチの部署が同じ日時で同じ教室になっていたのだ。


 「おー、久しぶり!元気かい?仕事どう?」


 緊張しすぎてこれくらいしか話しかけられなかった。


 「久しぶりーす。元気やで。仕事はまあまあかな」


 ケンイチの極々普通な返答にまたもやちょっと期待していたのと違って、心の中で勝手に凹む自分。普通に考えたら、そういう聞き方している時点でそういう回答になるよな・・・

 定時に研修が終わり、俺は彼を駅前のカフェに誘った。入社して3ヶ月にして始めて社外で2人きり。緊張で心拍数が鰻登りしていた。


 「今度、カミノ君と遊ぼうかなと思って・・・どう?」


 え!?ケンイチから誘われた!と驚きながら、心の中で「ヨッシャー!」の喜びの声を上げた。こんなにうまい具合に物事進むのかというくらい信じられない出来事だった。もうノーとは絶対言えない。もちろんイエス。

  

 「うん!いいよ!フジキ君はどんなんが趣味?」


 「どーしよ、金曜の定時後野球見に行こっか!」


 なるほど、スポーツ観戦が好きなのね。野球はそれまで何回かしか見に行ったことなかったし、正直どのチームになんの選手がいるのかも良くわからないくらいだった。でも2人でプライベートで一緒にいられるのならと、何がなんとしても行こうと思った。


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最終更新日 : 2012-08-09 07:08:18

  「うん。わかった!じゃあ金曜定時後に会社の門の前にしよっか!」


 「ほいほい。了解!」


 「そういえば、『フジキ君』とかの苗字じゃなくて、下の名前の『ケンイチ』で呼んでもいい?」


 「うんいいよ。自分は?」


 「ん・・・なんでもいい。同じように『ユウジ』でいいよ」


 ケンイチはその後用事があるみたいで、短い時間だったけど色々話をすることが出来ただけで心が幸せで一杯だった。もっと一緒に話したい。金曜日が楽しみでしようがない。思えばこれが俺たちの心の距離をぐっと引き付けた「記念日」だった。

 


つづく


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最終更新日 : 2012-08-09 07:08:01

この本の内容は以上です。


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