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1部

『引き寄せ人』になるためのシークレット

~なぜ引き寄せられないのか。その理由と対処法~

                                            
                                ※ 有料版(100円)のサンプルです。

 

第1部

 

  ある事実からある見方が生じるのではなく、ある見方からある事実が生じるのです。

 私たちは自分たちの見方で自分たちを取巻く現実を創り出しているのです。

 それでいながら、創り出した現実に縛られ、身動きがとれなくなっているのです。蓑虫のように。。

 創り出してしまったものに対しては、現実的、合理的に対応せねばならないでしょうが、これは対症療法でしかなく、根本の解決にはなりません。草の部分のみを除草された雑草のようなもので、いずれまた同じような雑草が自らの周囲に生えてきます。

 ではどうすればよいのでしょう?

  見方を変えるしかありません。

  自分に対して、人に対して、過去に対して、現状に対して、未来に対して、肯定的な見方、ポジティブな見方、気分がよくなる見方をすることです。

  すると、時間差はあれども、いずれ、かならず、そうした見方に応じた現象が引き寄せられ、創造されていきます。

 要は、実現までの間、否定的な見方、ネガティブな見方に陥らずにいられるかにかかっています。

 一人ひとりの「見方」に応じた世界が展開しているのです。

 人生を変えたくば、まず「見方」を変えることです。

 

 「あるべき姿」を想い、「ある姿」にはとらわれ過ぎないことです。

 「ある姿」を知り、それに合理的に対処することは、「ある姿」のなかに生きている以上、必要であり、当然ですが、「ある姿」にとらわれているかぎり、「あるべき姿」に立ち入ることはできません。

 自分についても、他者についても、社会についても、世界についても、「あるべき姿」を想い、求め、受け入れることが大切です。

 この際、大切なことは、欠点や悪と思われることを、力づくで改善しようとしたり、無理やりコントロールしたりしようとしないことです。そうした試みに反比例して、欠点や悪は、さらに拡大していくからです。

 自分や他者や世界のよき側面に関心を向けるとともに、それらの「あるべき姿」を思い描くことです。

 そうした心に応じて、現実は、根本的なところから、変化し、改善していきます。

 

 「あるべき姿」を思い描くとき、「あるべき姿」が実現していく過程を含んだイメージを思い描こうとしてはなりません。        なぜなら、そうした想定作業は、「うまくいくのだろうか?いつ、どのようにしてそのようなことが実現するというのだろうか?不利な条件がある。過去もうまくいかなかった。。。」などと、マイナス思考を潜在意識で増幅させてしまうことが多いからです。

 成功を願ったがうまくいかず、引き寄せの法則を実践してもうまくいかないときの核心的理由はここにあります。                     「あるべき姿」を思い描くときは、まず、「あるべき姿」が実現したことによって深い喜びと幸福感と安堵感とに満ち満ちている自分を想定し、そうした自分に波動を同一化、同調させてください。そして、そうした自分が感慨深く過去を振り返るという形で、「あるべき姿」をイメージしてください。

 究極的には、死ぬ際に、「やるべきことはやり尽くした。もうこの人生に何の執着もない。すばらしい人生だった!」という深い感謝や感慨に浸っている自分を想定し、心境や波動を同一化させるとともに、今回の人生において実現成就した「あるべき姿」をたくさん思い浮かべる方法が考えられます。 これは強力なメディテーションの技法です。

 

 求めるべきは、「望ましい人格や能力を顕現させた自分の姿」です。  

 「望ましい人格や能力を顕現させた自分の姿」を思い描けば、そうした自分にふさわしい人間関係、仕事、豊かさなども,具体的にイメージすることができます。  

 たいせつなことは、「顕現させる」という考え方です。

 宇宙を創造したエネルギーと内なる本来の自己とが同質のものであることを信じ、それらを解き放つのです。

 

 自己信頼感

  →自分の価値が他人の評価で左右されない。

  →安定感、余裕、明るさ、素直、謙虚

  →幸福を引き寄せる魅力のオーラ(波動)

  →希望実現へ

 自己不信感

  →自分の価値が他人の評価で左右される。

  →不安感、焦り、暗さ、強情、執着

  →不幸を引き寄せるの不快なオーラ(波動)

  →希望実現せず

 

 自分の思いや心を離れた客観的現実などありません。

 自分の思いの波長に応じた世界が、見えているのであり、展開しているのです。

 心があって、思いがあって、そののちに現実があるのです。これは、仏教の唯識派と同じ世界観であり、最先端科学である量子(素粒子)論に基づいた世界観(*)と軌を一にする世界観です。

 現実は自分を通して仮に投影された映像にしかすぎないのです。

 ならば、今の現実などに負けてはなりません。

 自分の心や思いの波長を、感謝、幸福、成長、成功、発展、繁栄、愛といったよき波長とすることです。

 そうすることで、よき波長をまとった現実が、よく見えるようになり、そして、時間差はあれど、眼前に展開していくのです。

 * 極微の存在である素粒子(電子、クォーク、陽子と中性子を結びつけている力など)は波動エネルギーであり三次元時空間を超越している。この波動エネルギーは認識観察することにより、粒子(つまり、物質、現象、現実)となる。

 

 「望み」には、以下の二つがあります。

 ① 内なる本来の自己が抱いている「望み」

 ② 自我が抱いている「望み」

     自我は、この物質世界を生きるうえで大切な合理的意識であり、内なる本来の自己と、互いに刺激し合い、影響し合い、補完し合い、高めあっている関係にあります。

    しかし、自我は、基本的に、内なる本来の自己が指し示す方向を向いていなければなりません。

   自我が、内なる本来の自己の見方、考え方、望みを無視し、両者に対立、不調和が生じると、われわれは、何となく、「いやな気分」、違和感、落ち着かない感じを抱きます。心の統一感がなくなるからです。

   ですから、折々に、意図して、自我の声を沈静化させ、内なる本来の自己が抱いている望みの声に耳を傾ける静ひつな時間をもつことが大切になるのです。

   内なる本来の自己は自我の考え及ばない無限の英知を内蔵しているのです。

   自我が、そのことを信じ、認め、敬い、頼り、素直に従ったとき、自我は、内なる本来の自己に溶け込み、一体となり、調和した状態となります。心の統一がなされ、深いよろこびと安定感と感謝とに満たされるのです。  

   こうした心境となったとき、よき引き寄せの力が最高度に発揮されることになるのです。

 

 自我は、現実的、合理的であるのはよいのですが、どうしても、今現にあるところの金品、異性、評価、地位、名誉など、自分の外に意識が向き、特定の対象に執着してしまいます。

 すると、それが思ったように手に入らなかった場合、失望感と欠落感にさいなまされ、苦悩し、対象に対する無理強い、支配、攻撃につながっていく可能性が極めて高いのです。

 しかし、内なる本来の自己は、自分の外に今現にあるところの金品、異性、評価、地位、名誉に意識を向けてはいません。豊かで成長した自分、他者、世界のイメージを抱いており、その幸福なエネルギー波動を感じています。ただし、現実合理的な分析判断は不十分です。

 まずなすべきは、自我の働きを抑え、沈静化し、内面に意識を向けることです。そして、内なる本来の自己が抱いている明るくあたたかい考え方にもとずく心地よいイメージを自覚し、受け入れ、感じ、意図的に波動を同調させましょう。そうすることで、スピリチュアルな世界において、望む現実を創造し、かつ引き寄せるのです。それが真になされたならば、現実があとから付いてくるでしょう。

 ただし、今あるところの世界に対しては、現実的、合理的な分析、判断、行動をしなければ正常に生きていけませんから、自我の働きによって適切に対処することです。

 

 子どもは、現実的な力には乏しいのですが、これから、いいことや、たのしいことや、わくわくすることがたくさん待ち受けているという思いで、よろこびに満たされています。

 大人は、現実的な力はありますが、今後ますます、よくないこと、嫌なこと、辛いことがやってくるのではないかと思い悩んでいることが少なくありません。

 その結果、子どもは、一見無力でも、望むことを引き寄せますが、大人は、力があるように見えても、望まないことを引き寄せるのです。

 

 強く求めるほど、まだ実現していない、うまくいく兆候さえない、これまでも達成されなかった、結局無理だ、といったネガティブな意識も増幅してしまうものです。

 しかし、これでは、引き寄せを実効あらしめることができません。「願っても結局何も変わらなかった。」と愚痴ることになります。

 ネガティブな思考は、何気なく考えていると、ふっと浮かび、ぐるぐると頭と心を回っているので、まずは、自分がネガティブな思考をしていることを自覚することが肝要です。

 ネガティブな思考に気付くことができたら、「いけない!」と自分に言い聞かせ、そうした考えにブレーキを掛け、停止させましょう。深呼吸し、「こうしたネガティブな思考や感情は、何の役にも立たない。自分をどこにも連れて行ってはくれない。」と考え、意図して、ネガティブな思いをそぎ落としていく心的作業、いわば無心となる努力をするのです。       引き寄せの力を十全に発揮するためには、実現する前から、「純粋に、一途に、望むことを受け入れ、かつ感じ、うきうきとした期待とよろこびとに満たされる。」ということが肝要です。

 

 うまくいかないこと、嫌なこと、腹立たしいこと、落ち込むことがあったとき、それらにいつまでもとらわれ、こだわっていると、堰きとめられた川が対流するように、同じことが見事なくらいに繰り返し起きます。

 思考や感情という名の川の流れは、よろこび、成長、発展という名の大海に向け、よどむことなく、気持ちよく流れていかなければなりません。

 うまくいかないことがあったメリット(「うまくいくとはどういうことかが分かった」など)に気付き、感謝し、うまくいっているイメージを思い描き、よろこびに浸りましょう。

 嫌なこと腹立たしいことがあったメリット(「心地よいとはどういうことかが分かった」など)に気付き、感謝し、心地よいイメージを思い描き、よろこびに浸りましょう。  

 落ち込むことがあったメリット(「楽しいとはどういうことかが分かった」など)に気付き、感謝しつつ、楽しいイメージを思い描き、よろこびに浸りましょう。

 

 心のなかにあるイメージには様々なものがあり、そのなかには、心地よいものだけでなく、心地よくないものも多数混在しているでしょう。  そこで、心のなかにカメラを設けましょう。

 心の中のイメージから、たのしく、心地よく、幸せで、美しいものを見出し、心の中のカメラで、それらをどんどんと撮影するのです。

 過去および現在において、家族や友人や恋人やその他の人々とのたのしい幸せな満ち足りた一瞬があったでしょう。まず、それらを撮影しましょう。また、物事が解決したり、飛躍的に成長したり、見事に成功したりしたときの高揚感にあふれた一瞬もあったでしょう。何気ない日常のなかで、よろこびがこみ上げたひとときや感動的な出来事もあったでしょう。それらを、心のなかのカメラで、できるだけ数多く、思い出し、気づき、そして撮影しましょう。 そして、心のカメラを未来に向け、想定しうるすばらしい一瞬を可能な限り多く撮影しましょう。

 こうして、過去、現在、未来の輝ける一瞬を撮影した写真の映像で心をいっぱいに満たしていれば、よきことばかりが起きる確立が格段に高まります。

 【注】一般的には、「よくない面から逃げず、それを直視し、反省し改善せよ。」と言われますし、こうした姿勢を身付けることこそが、責任感のある大人になること、社会人として自立することとみなされます。これはこれでその通りです。ただ、この常識的な教えには落とし穴があります。「よくない面を直視」することそのものが大切なこととして強要されたり、自分でもそう思ったりするという落とし穴です。よくない暗いイメージで心の中を満たすほど偉いのですから、くよくよと後悔したり、絶望したり、被害的になったり、攻撃的になったりすることが、人生の深い真理のように勘違いされてしまいます(小説には、こうした姿勢で書かれたものが多いと言えます。人生の醜い部分やネガティブな面を見事にえぐるほど、評価されるのです。よって、小説の世界観をそのまま賞賛して読んでしまうと、あまりよい影響があるとは思えません。小説については、「こう考え、こうすると、こうゆうふうに不幸になるんだな。」という反面教師的な教材として読むとよいのではないでしょうか。それはそれで深い学びを得ることができるはずでしょう。)。そのため、建設的で発展的な方向に成長していくためには、上記のようにして心の中を輝ける瞬間で満たすことが求められます。そして、これは、「反省し改善していくこと」(前向きの反省)と同様の効用があります。

 

 他人はいろいろなことを言います。

 右がよいというひと、右ではだめだという人、左がよいという人、左ではだめだという人、上がよいという人、上ではだめだという人、下がよいというひと、下ではだめだという人、右上ななめが、左上ななめが、右下ななめが、左下ななめが。。。。。。。

 あなたにとって、それは、どれも参考以上のものでも参考以下のものでもないのです。とらわれ過ぎてはなりません。他人の言動にネチネチといつまでもとらわれて許せないと憤ったり憎むなど愚の骨頂です。さらにそうした現象を引き寄せることになるでしょう。これを泣き面に蜂と言うのです。自分にも他人にも益は何一つありません。参考にすべきを参考にしたら、どんどんと流していくことです。

 最終的には、見ザル、聞かザル、話さザルのように、他人の言動や現象世界にとらわれのない安らいだ心境で、心の扉を開き、内なる本来の自己の声を聴き、その声を信頼し、判断基準、行動基準としましょう。

 それがあなたにとって唯一の正解となるのですから。。。  自分を信ずる不動の勇気をこそもちたいものです。

 

 確信の度合いと実現力とは正比例します。

 

 休日などたっぷりと時間をとることができるときには、内なる本来の自己の見方、考え方、望みと深いレベルで同調すべく、メディテーション(瞑想)をしましょう。

 自我の働きを抑え、内面の奥深い繊細な感覚や感情の違いに意識を向け、少しでも心地よい見方、考え方、望みを選ぶことで、心をらくに軽く明るくしていきましょう。

 しかし、どうしても現状や今後が気になってしまい、気持ちが落ち込んだり、不安になったり、暗い気持ちになったりするなら、メディテーションを止めましょう。

 なぜなら、そのままメディテーションを続けると、望まないことを引き寄せることになってしまうからです。そうしたときには、休んだり、今やるべきことをやったり、楽しめることをしたりしましょう。  

 日常の生活のなかでは、「いい気分」になれることを「さらっと」望む。それだけで十分です。そして、それについて、もうそれ以上考えないことです。

 なぜなら、考え過ぎると、現状の欠落や今後の不安にとらわれ、波長が落ち、本来の自己との同調が損なわれるからです。

 多方面に、「いい気分」になれることを「さらっと」望みましょう。すると、様々なことが、効率よく、引き寄せられます。

 

 これまでの経験を振り返ると、軽やかな気分で望んでいたことが確実に早く実現する一方、多大の時間を掛けて強く想ったことは上手くいかないことが分かります。

 なぜか。。。  「力一杯願っている。祈っている。願掛けしている」状況とは、望んでいるつもりでいて、実は、「望んでいないことに意識が向いている自分を何とかしようと無理をして躍起になっていること」だからです。傍目からは、とても気負っているように見えるし、気合いや力が入り過ぎているように見えます。自然体ではなくリラックしていないのです。これで上手くいくわけはありません。考えれば考えるほど、望めば望むほど、希求すればするほど、実現可能性は低下し、望んでいることは反対の事象があらわれ、すべては裏目裏目に動いていくのです。

 ですから、  「ふっと、さらりと、たのしい気分で望むことを思い描く」ことを繰り返すこと。  これが重要となります。  こうした軽やかな心的態度を続けてこそ、願っていることを、確実に早く、引き寄せるのです。

 

 「おもろくてしょうがない」人生を生きることこそが、神の、宇宙のねがいに沿うのです。

 しかし、自分のみよかれといった思いで、他者を排斥したり、嫌ったり、攻撃したりして、被害妄想のうちに孤独な生き方をしても、「おもろくてしょうがない」はずはありません。

 人は、どうしたって、一人で生きているつもりでも一人では生きていけないのですから、他の多くの人と笑顔の関係を築くことが「ほんとにおもろい」人生を生きるための中心となります。

 真におもしろい生き方をしている人は、一人ひとりが有している宇宙で唯一の独自性とその無限の価値を認め、尊重し、一人ひとりの成長、幸福を願うような見方、考え方、望みを抱いています。その結果、よき人間関係を築き、人との交流を心から愉しんでいます。  

 「おもろくてしょうがない」人生を生きるために、「おもろくてしょうがない人間関係」を築くことは、その主軸となるのです。

 

 考える葦であるところの人間は、肉体に関わるものを求める低次欲求と精神的なものを求める高次欲求とを合わせ持つ存在です。

 それは、どのように卑しいと思われる生き方をした人でも、偉人でも同じです。

 この基本的人間観からすれば、低次なる欲求を嫌らしいとして否定することも、高次なる欲求を虚妄として無視することも、愚かなことでしょう。

 マズローは、低次欲求も高次欲求も満たされるべきものであり、また、相互に、影響し合い、支え合うことによって、真の自己実現がなされるという心理学を説きました。

 低次欲求ばかりに偏った生き方をすること、もしくは高次欲求にこだわった生き方をすることが、不自然さや苦悩をもたらし、本来の内なる自己であるソースが抱いている幸福の波動との調和をさまたげます(仏陀も、苦行を捨てた際、「自分を甘やかすばかりの生活でも、自分をいじめさいなむばかりの生活でも悟れなかった。中道の生き方にこそ悟りの大道がある。」と覚知しました。)。  

 低次欲求が満たされることによって高次欲求が促され(「衣食足りて礼節を知る。」)、高次欲求を充足させることが

低次欲求を満たすことにつながるような生き方を目指しましょう。

 

 強さとは、現実のマイナスの状況に挫けず、負けず、とらわれず、引きずらず、意図して、徹底して、内なる本来の自己が抱いているプラスの見方、思考、感情をこそ現実として受け入れ、そのポジティブな波動のままに生きることです。

 その際、「新たな世界に向かっていくようで神秘的な心地になる、新たな展望が開ける感じがする、開放感がある、楽な心地よい気分になる」方向に見方、思考、感情の針路をとることが大切なポイントになります。

 

 嫌な感情はたいへん貴重なシグナルです。これを無駄にしてはなりません。

 嫌な感情の意義や価値を知らずに、落ち込むばかりで、自己嫌悪や悲観的な気持ちに陥れば、引き寄せの法則により、ネガティブな思考や感情が際限なくやってきます。

 この嫌な感情は、見方や思考を反転させよという警告であり、きわめて有意義で、有り難いプロセスなのです。  そう考えて、落ち込んだままに流されてはなりません。

 気力を振り絞って、いま抱いている見方と思考のブレーキを強く踏み、見方と思考の向きを、より明るい方向に、よりあたたかい方向に、より豊かな方向に、より幸運な方向に、反転させるのです。

 今までとは真逆の思考もしくは違う思考をしましょう。

 「意図して」気分が軽く明るくなる方向に思考を向けましょう。 習慣的思考となるまで。。

 例えば、上手くいかなかったり、無礼な言動をされたとき、これまでであれば、自分を責めるか、他人を責めるかしていたのであるならば、そして、それで決していい気分になれず、落ち込むばかりであったのであるならば、「意図して」真逆の思考、違う思考をしましょう。

 つまり、自分を、みくびったり、軽んじたり、おとしめたりするような見方や思考を止めましょう。

 他人を嫌悪したり、非難したり、憎んだりするような見方や思考を止めましょう。

 自分についても、他人についても、自分と他人の関係のあり方についても、現時点から考えられるところのよりよき展開を想念し、いい気分になったら、上手くいかなかったことや他人の無礼な言動には取り合わず、流しましょう。

 

 自分にとって、敵と思われる人、嫌だと感じる人と出会うことは避けられません。

 なぜなら、これが、実は、この多種多様なコントラストのある世界に生まれた大きな目的の一つでもあるからです。

 敵として立ち現れる人、嫌悪感をもよおさせる人は、自分をより鍛え、より強くする刺激、触媒、きっかけであるのです。

 よって、ありがたいと思わなければけません。

 しかし、だからといって、相手に安易に妥協する必要はないし、また、してはなりません。

 なあなあと仲良くしようとすることは、自分とその人の成長を阻害します。

 自分にとって相手は、敵のまま、嫌な奴のままでよいし、相手にとって自分は、敵のまま、嫌な奴のままでよいのです。

 自分も、また、嫌な敵である相手も、納得するまで、自らの心の奥底の声、欲求が、心地よいと感じ、望む方向性を曲げることはないし、また、曲げてはならないのです。

 「自分に正直に生きること。自分に素直に生きること。自然体でありのまま無理なく生きること。」

 これも大きな、いや、究極的には、唯一かつ至高の徳目であるのです。

 ただし、表面的なエゴとしての自己の声ではなく、愛と同義の自己の声に耳をかたむけねばなりません。

 エゴの声を本来の自分の声として聞いた者は、一時勝利したかに見えても、一見善に見えても、最終的には悪と判定されるでしょう。

 愛と同義の深い自己の声に耳を傾け、その声に従った者は、一時負けたかに見えても、一見したら悪に見えても、最終的には善と判定されるでしょう。

 深い自己の声を聞くためには、沈思黙考し、深く静かに、深く静かに、深く静かに、自己を掘り込んでいき、自己存在の根底を流れているところの、マグマのように力強く、かつ、清流にようにさわやかな思念エネルギーを実感せねばなりません。これは宇宙を流れてるパーフェクトポジティブエネルギーと同様のものです。

 そうした自己を掘りさげる心的修養をしつつ、ときに応じて、敵と立ち現れている者に対して、毅然と決然と真正面から闘うことが求められるます。

 そのうえで、発展的に融合することが、自分と相手の成長を強く促すことになります。

 このことによって、哲学的に言えば、正、反、合の弁証的発展がなされるのです。

 ただし、そうは言っても、そうした相手も宇宙に存在をすることを許された独自の存在意義(レーゾンデートル)を有する尊い生命体であるということだけは決して忘れてはなりません。

 

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奥付

 

『引き寄せ人』になるためのシークレット ~なぜ引き寄せられないのか。その理由と対処法~ 

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